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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章19 starting the blooming! ①


 対峙してソレを視る。



 何かを貪るのを止めて身体をこちらに向けた“ゴミクズー”というネズミの化け物もただの人間に過ぎない俺にとっては脅威に違いないのだが――



「ダァメだぜ~、ニイチャンよぉ。こんなとこに来ちゃあ。ママに言われなかったのかぁ? 暗い所に一人で行っちゃいけませんってよ」



――それよりも、この喋る黒い人型から目が離せない。



「生憎と俺は悪い子みたいでな。ママにはとっくに見離されちまったんだ」



 恐らくこいつが水無瀬の言っていた“悪の幹部”とやらだろう。



「……? ナンダァ? 反抗期かテメェ? 親は大事にしろよ。ふとした瞬間に一生会えなくなっちまうこともあるんだぜ? 例えば、路地裏の奥まで入り過ぎちまった時とかよ」



 ソレはニィと哂う。



 全身はライダースーツで覆ったように真っ黒で、遠目に見ればフルフェイスのヘルメットにも見えそうな球体が、人間であれば頭部にあたる位置に載っている。



 その黒い顏に浮かぶのは二つの目と一つの口。


 三日月状のそれらを動かし形を変えることで、人間がよくするような表情を表現してくる。



 自分たち人間と似た部分が見えると余計に気味の悪さがあった。



「興味深い話だがそんなことより。お前の恰好イカレてんな? その服どこで買ったんだ? 教えてくれよ」


「アァ? 服じゃねーよ。こういう身体なんだよ。イカしてんだろ?」


「イカ? お前の国ではイカが黒いのか?」


「何言ってんだテメェ? イカす、って言ってんだよ。意味わかるだろ?」


「あぁ。イカ墨を被ったのか。それでそんなに黒いと」


「ドラッグでもキメてんのか? 黒い黒いうるせえんだよ。テメェらニンゲンは黒いことを馬鹿にしちゃいけませんって教えられてんだろ」



 おどけたように、巫山戯たように弧を描いていた目口が不快気に歪められた。



「そうかもな。だがそれは人間限定の話だ。それに、よくそれを高らかに謳っている白い奴らが一番黒い奴らを虐めているんだ」


「おぉ、それな。オレァそういうニンゲン臭ぇニンゲンらしさが好きだぜ。でもオマエはニンゲンなんだからちゃんと助けてやれよ」


「そうしたいのもやまやまだが、そうすると次はこっちが標的にされるかもしれんしな」


「あぁ。『イジメはいけません!』つったら、『じゃあ代わりにお前をイジメるわ!』ってやつだよな? 違うか?」


「どうだろうな。だが基本的に白いのも黒いのも俺達黄色いのを見下しているからな。そうかもな」



 適当に肩を竦めてみせると、黒いのはカカカッと上機嫌に笑う。しかしその目は笑ってはいない。


 目と口しかない分、より如実にそう感じられる。



「オマエらニンゲンって馬鹿だよな。常に同族の誰かに悪意を向けずにはいられねえし、常にそうしたくって堪らねえくせによ。自分らでそれを制限しようとすんのな。そういう種類の変態プレイなのか?」


「さぁな。俺は人道主義だからな。よくわからないな」


「ハッ。嘘つくんじゃあねえよ。白だの黒だの抜かしてただろ。なんだ? 思想でも歪めてんのか?」


「それは誤解だ。最近知人から『色んな人が居ていい』と聞いてな。大変に感銘を受けたばかりなんだ」



 どんな人間でも殺せば死ぬ。色の違いなど誤差に過ぎない。



「随分立派なお友達だな。また会えるといいな?」


「そうだな。案外共通の知人だったりするかもしれんぞ」


「オマエ、クチが減らねえな」



 俺を見る三日月の奥に赤い点のような光が灯る。



「取り繕ってんじゃあねえよ。出せよ。見せろよ。オマエの悪意を。あんだろ? オマエはどんな悪意をどんな奴に向けるのが好きなんだ? あ? オマエのその腹ン中に詰まった汚ねえドス黒いモンをよぉ、オレに見せてみろよ」


「そう言われてもな。俺達黄色いのは肩身が狭いんだ。下手なことをするとまた袋叩きにされるからな。だから、人間以外のモノにその悪意とやらを向けてみようか。例えば――」


「ア?」


「――例えばそう。路地裏に落ちていた“ゴミ”とかにな」


「……テメェ」



 奴の俺を見る目が怪訝そうに歪む。



「テメェなんなんだ?」


「見たまま人間だ。お前とは違う、人間だ」


「……ウルセェんだよ。何落ち着き払ってんだよ。よく見ろよ。オレたちをよ。オレなんかどう見てもニンゲンじゃあねえし、こいつだってよ、こんなでっけぇネズミいるわけねえだろ? ヤベーと思わねえのか?」


「言ったろ。色んなヤツが居ていいって。心配しなくても――よく視えてるよ」


「…………」



 眼球の中心に力を込めて視線を尖らせてやると、そのニンゲンでないモノはスッと表情をフラットにした。



「気に食わねえな……。ビビれよ。怯えろよ。恐れろよ。慌てふためいて泣きながら命乞いをしろよ。なんでオマエ、感情が動かないんだ? こんなとこまでノコノコ歩いて来てオレの目の前に立ってよぉ。なに余裕かましてんだ? ナメてんのかよニンゲン」


「なんだ? 顔色を窺って欲しかったのか? 真っ黒でわかんねえよ。出来の悪い福笑いみてぇなツラしやがって。ナメてんのか?」


「オマエ、なんなんだ? 状況見ろよ。立場わかってんのか?」


「わかっていないのはお前だ。何故俺が道を歩くのにお前の顔色を窺わねばならん。ここは公道だ。お前の私道か? 私有地なのか? それを主張したいのならまずは税金を払え」


「払うわけねーだろ。オマエらニンゲンと一緒にするなよ。下らねえ」


「そうか。で、あるのなら、顔色を窺わねばならんのはお前だ。ここは人間様のテリトリーだ。立場を弁えろ」


「アァ……? どういう意味だ?」


「わからないのか? 俺はこう言っているんだ。『テメー、誰に断ってここでデカいツラしてやがんだ? 殺すぞゴミクズが』」


「……死んだぞ、テメー……」



 二つの三日月が怒りの色に染まり、傍らのネズミも同調するように「キキキキっ」と喉の奥で威嚇の声を鳴らす。



 自分よりも圧倒的に上の存在である二つの化け物からの敵意を受け止めながら、ここまでに得た情報を整理する。



 人の感情を逆撫でするように喋るわりに短気。


 人外であることを隠すつもりがない。


 それなりに知性があり、人間社会に関する知識を持っている。


 ヤツがその気になるまでネズミの“ゴミクズー”は動こうとしなかったため、やはり支配下にあると見える。



 こんなところだろうか。



 だが、そんなことを知ったところで意味はない。



 その情報を役立てることが出来るのは、ここを生き延びた後の話だ。



 自分よりも格が上の存在が2体。



 真っ向から戦いを挑めば当然即座に死体に為るのは俺の方だ。


 であるなら、第一目標は逃走ということになるが、果たしてどこまでやれるか。



 それなりに絶望的な状況であるが、だからといって特に慌てる必要もない。



 確かに“ゴミクズー”だの“悪の幹部”だなどという奇天烈な存在に出くわすのは初めてのことではあるが、この程度の絶体絶命は今までにも何度もあった。


 おまけに今回は、闘争に敗北し、逃走に失敗しても、それで失われるのは俺の生命だけなので非常にローリスクと謂える。



 だから気負わず惜しまず、危険に心臓を晒して、死と向き合う。




 スターターを蹴り降ろす。



 ドルンと生命の中心に火が入り、ドドドドっと拍動する心房から送り出された戦意が全身を廻る。


 左から廻り右へと還る。


 肺へと流れ込んで混ざり溶けあって、他を脅かす魔となり殺しの許しを得る。



 胸の前で揺れる逆十字に吊るされた赤黒いティアドロップへと右手を――





――クセーッス! こっちがクセーッスよ! この饐えたようなイカ臭さは間違いねーッス!


――ま、待ってよー! 走るの速いよー!




 どこかから近づいてくる声が聴こえ思わず右手を止める。



 正面を視ると悪の幹部とやらはハッとなり、自身の顏を両手でグニグニと揉み解して表情を元のニヤケ顏に戻す。


 そして傍らにいる戦闘状態に入って興奮状態にある獣の背を撫でながら「ヨーシヨシヨシヨシ……!」と宥めると、なにやらソワソワとし始めた。




――コラーーッス! 気合が足りねーッスよ! やる気あるん…………いや、やる気に満ち溢れてるッスね。おっぱいが荒ぶってるッスね! ジブンが間違ってたッス!


――おっぱいは関係ないよぅ……。



――にゃにゃにゃっ⁉ これはマズイッス! ニンゲンがゴミクズーに襲われてるッスよ!


――えぇっ⁉ たいへんっ! どっどどどどどうしようっ⁉



――どうもこうもねえッス! とりあえず勢いッス! 女は勢いッスよ!


――うん、わかったよ! でも勢いってどうすればいいの?



――え? いや、わかんねえッスけど……。とりあえず突っ込むッス! なんかイイ感じに突入ッス! 服脱いでベッドに入ったらあとは流れッス!


――えっ? えっ? よくわかんないけど、私がんばるねっ!




「え、えっと、えっと…………あの、そ、そこまでです……っ!」


「むっ……⁉ ダ、ダレだ……っ⁉」




 俺の背後から何者かの制止の呼びかけがこの場に響くと、ソワソワしていた悪の幹部は白々しく辺りをキョロキョロと見回した。



 俺は全身から抜け出ていきそうな戦意を努めて繋ぎ止める。



 間もなくして、緊張感のない足音が俺を追い抜いていき敵との間に割り込んだ。




 どうやら俺の運はまだ尽きてはいなかったようで、生き残る目が出てきたようだ。



 だが、それなのに、俺はどこか重い気分に囚われ始めた。



 どうにも嫌な予感を感じながら、俺は途中で止めていた宙ぶらりんな右手を伸ばす。




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