表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
852/864

断章 夢の懸け橋《ドリーミン・ワンダー》 ②


『死に戻り』で復活した弥堂は――



「――今回だけだ」

「この一回だけ。俺が替わってやる」



 また一人で戦おうとする。


 でも、これ勝てるの?


 てか、あんたたちこの状況からどうやって引っ繰り返したわけ?



「決まってるだろ。皆殺しだ」


 あんたまたそんな風にイキって。いくらなんでも……、どうすんのよ。



「知るか。お前みたいなの視たことねえよ。なんだこれ、ウネウネしやがって触手かよ。俺に卵なんか産みつけるなよ? 気持ちわりぃな」


 ちょっと! 女の子に――こんな状態の愛苗になんてこと言うのよ!


「気合いで頑張って気持ちでどうにかしろ。じゃあな」


「待って! だめ! お願いだからにげて……っ!」


「うるさい黙れ」



 愛苗はもう戦えないみたい。


 そういえばこの日の出来事に絞ったせいか、愛苗の戦いを見れてない。



 それが見たいって気持ちが少しと。


 この場に居られなくって悔しいって気持ちがいっぱい。


 でもそんなのは――



「素人は引っ込んでいろ」



 部外者のワガママだ。


 だから――



「ここはもう、俺の死に場所(せんじょう)だ――」



 結局弥堂は一人で行ってしまう。


 首筋にクスリを打って。



 何回か聞いた言葉。


 だけど、少し違う意味に聴こえた。


 異世界での最後の戦いのシーンがチラつく。



 というか、やっぱりおかしい。


 ここからどうなってこの弥堂が愛苗を剣で刺すことになるの?


 弥堂は愛苗を助けるために戦ってるようにしか見えない。



 すごく気になるけど。


 これ自動ハイライトとかになんないかな?


 この後の戦いが気になるけど、今はそれより事実関係を先に。



 それに――



 何故だかわかんないけど。


 この後の弥堂の戦いを観るのが少しコワかった。


 なんだかすごくイヤな予感がした。


 まるで、それから逃げるみたいにそんなことを願うと――



――あ、出来たっぽい?


 シーンが飛んだ。



「どうか邪魔をしないでください。その男は生かしておいてはいけない。存在していてはいけないモノなのです」


「弥堂くんは、そんなんじゃ……!」


「アナタももう悪魔なのですからわかるでしょう? その男は存在が禁忌です。お聞き分けください、魔王様」


「私、魔王なんかじゃない……! 弥堂くんのお友達だもん! お友達を守るのは当たり前のことです……っ!」



 今はどういう状況?


 悪魔が弥堂を殺そうとして、それを愛苗が守ってる?


 愛苗を精神的に追い込むために弥堂を狙ってる?



 巨樹の愛苗と、銀髪マッチョの悪魔が魔法弾を撃ちあってる。


 弥堂は?



『その気――に身を委ね――――守り――――想いに《デモブレイブ》は――応え――――――』



 ん? あれ? 今喋ったの誰?


 なんて疑問に思ったら――



『――イッ! オ――こら! 聴こえてんのかテメエッ!』


 わっ、ビックリした。


『ウッセエ! そんなのはいい! テメエはなにボーっとしてんだ! 戦えよボケが!」



 って、これルビアさん?


 いつの間にか彼女がこの戦場に居る。


 しまった。飛ばし過ぎたかも。



『アタシのせいにすんな! いいからとっとと行って、とっとと――』


「あぁ、とっとと――」


『――とっとと皆殺しにしろ! ガキを守れ!』



 ルビアさんはどうしようもない不良息子を叱りつけるみたいにそう言った。


 ちょっとしか知らないあたしが言うのもなんだけど。


 あぁ、変わってないなぁって思った。


 昔の記憶で観たあの時から。



『ウルセエ黙れ! テメエさっきの聞いてなかったのか⁉ キチガイ女も言ってただろ! 守れよ! 守りたいって思え!』



 でも、なんかすっごい怒ってる。


 でも弥堂は醒めてるっていうか、諦めてる。



「思ったところで何も守れない。実際これまでに何も守れなかっただろうが。そんなもので敵は殺せない」


『クズ野郎がッ! じゃあテメエはなんにも感じねェんだな⁉』


「理不尽な目には誰だって遭う。『世界』にはそんなものはいくらでもある」


『この野郎ッ! 前にテメエに教えただろうが!』



 あぁ、そっか。


 ルビアさんは弥堂がこうなっちゃったことに責任を感じてるんだ。


 だから、立ち直って欲しくてこんなに真剣に怒ってる。



『悪魔から人間を守りたいって思わねェのか⁉』

「魂のカタチの違い以外じゃ、俺には人間も悪魔も区別はつかない」


『街は? ある程度ここに住んでたんだ、愛着はねェのか? 世話になった姉ちゃんたちだっていただろ⁉』

「ほんの一時のことだ。どうせずっと関わり続けるわけじゃない。道を別つのも死に別れるのも同じことだ」


『他のヤツらもか⁉ 付き合いのあるチンピラどもは?』

「ほっといたって、そのうちその辺で野垂れ死ぬだろ」


『学校のヤツらは? 同じ教室のガキどもが死んでも構わねェってのか⁉』

「あと二年もすればそこからは一生会わないんだ。今そうなっても同じことだろ」


『あのギャルもか?』

「なんでアンタがギャルって言葉知ってんだよ。そもそもあいつが何の関係がある」



 悲しいけど、どれも弥堂には響かない。


 だけど――



『あの子は?』

「…………」



 弥堂は答えなかった。



『もう一回訊くぜ。あのガキんちょは?』


「水無瀬は……」


『見ろ! もう一度あのガキを見ろッ!』



 親の命令に従って、弥堂の目線が動く。


 そしてその眼に、懸命に戦う愛苗の姿が。


 こんなになっても何も変わってない愛苗の強い姿が映った。


 その時――



 ドクンっと――



 身体ごと心臓が脈を打ったように視界が縦に揺れた。


 蒼銀の輝きが周囲に拡がる。



『ビビんじゃねェ! 逃げるんじゃあ――』



 そこでルビアさんの声は途切れてしまった。


 ここからは、一人でやるしかない。



「フフハハハハハ――素晴らしいこのチカラ……! これはアナタの防壁も抜きますよ! 魔王様……ッ!」



 銀髪の悪魔は巨大な魔法球を愛苗に向けようとして――


――ニヤリと哂った。



 突然その攻撃を弥堂へ向けようとする。



「――弥堂くんっ!」


 愛苗ダメ! それはフェイントよ!

「それは挑発だ! 乗るな――」



 愛苗は巨大になった自分の身体を射線に割り込ませる。


 魔法が直撃して、樹の本体から人間のままの愛苗の身体が抜け落ちてきた。


 そこをエネルギー体の龍が襲う。


 大樹の根が動いてそれを押しとどめた。



 絡まっていた根の一部が開いて、匿われていた女の子が走ってくる。


 銀髪の悪魔は再び魔法をチャージし、周囲では巨大な龍と根が暴れる破壊音が響いていた。



 そんな中で、二人の少女は逃げることもできずにただ身を寄せ合った。


 無抵抗な彼女らを狙って、強力な魔力砲が放たれる。


 その瞬間――



「――【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】」



 弥堂がそう唱えると、次の瞬間には愛苗たちのすぐ前に立っていた。


 それはスピード自慢のあたしの目が眩んでしまうほどの速さだった。



 弥堂は愛苗を視て、背後から迫る魔法を視て――


 もう一度愛苗の顔を視た。



 愛苗の唇が動く。


 耳鳴りが酷くて何も聴こえない。


 でも、何を言ったのかわかる気がした。


 愛苗はどんな時までも愛苗だから。



 愛苗の瞳から大粒の涙が零れて――



 その瞬間にまた。


 視界がドクンっと縦に揺れた。



「俺は水無瀬(おまえ)を――」



 自然と零れてしまったような――


 そんな、弥堂にしては険の無い声で呟き――


 弥堂は迫りくる魔法に手を伸ばす。



 そして、片手でその魔法を受け止めてしまった。



 あたしは驚く。


 弥堂は強いけど。


 こういうことが出来る――そういう種類の強さはなかったはずだから。



「――は?」



 あたしだけじゃなくって、銀髪の悪魔も驚いてる。


 愛苗も、女の子も。


 多分、弥堂も。



 誰もが信じられないような気持ちだった。



 だけど、ユラァっと――


 その強さを証明するかのように、身を包む蒼銀の光が揺れる。



『自分を疑わないで! そのまま……! その感情を否定しないで! その胸にこみあげる衝動に身を任せて……!』



 さっきも少し聴こえた綺麗な声の女の人もそう言ってる。


 

『アナタに足りなかったのは、守りたいという気持ち。強い想い。それが“勇気の証明”……! それがアナタをワタシの遣い手として――最高位の“神意執行者(ディードパニッシャー)”として『世界』が資格を認める条件!』


「俺に足りなかった……資格……」


『強く想って……! 守りたいって!』



 え? なに? どゆこと?


 ここにきてまた、なんかすっごく重要そうな情報を……



「びとうくん……、にげて……」



 こんなに弱り切っても他人のことばっかり心配してる愛苗の姿。


 それを観て、あたしは守ってあげたいと強く想う。


 きっと、弥堂も――



 カッと――


 熱く焔が燃え上がった気がした。



「……俺は水無瀬(コイツ)を――」



 さっき言いかけたことをまた呟いて、弥堂は愛苗に手を差し伸べる。


 愛苗はこんな時でものんびりで。


 不思議そうに首を傾げてから、何の迷いもなくその手を掴んだ。



「――契約成立だ」

「え――?」



 愛苗を立たせてあげて、弥堂はそんなことを言う。


 愛苗にじゃなくって、自分を納得させるための言葉。



 弥堂は愛苗の目を見つめ。


 それから答えを自分の中から引き出す。



「水無瀬、俺はお前を『守りたい』――」



 彼がそう口にした瞬間、『世界』が大きく脈動した。


 そんな風に錯覚した。



 とんでもない量の――多分魔力?――それが弥堂の身体から噴き上がる。


『繋がった! ワタシに魔力を――っ!』


 聖剣が長剣サイズにまで伸びる。



『思い出して! 二代目の魔導書――《コール・ブレイブ》! 最強の盾を……ッ!』


「消えろォォーーッ!」



 銀髪の悪魔がさっきよりも強力な魔法を放ってきた。


 だけど――



『“戯謳神話(コール・ブレイブ)”ッ! 【Replicant(レプリカント)(偽典):――』


「――青輝の神鏡(アイギス)】ッ!」



 聖剣の切っ先に大きな楯が顕れて。


 防ぐというよりも。


 悪魔の魔法を石化して破壊してしまった。



 魔力が碌になくて。


 魔術が碌に使えないはずの弥堂が。



 それを言っていたのは弥堂本人で。


 でもそれはきっとホントのことで。


 だけど今は――



「えへへ……、やっぱり弥堂くんはすごいね……、私ちゃんと、知ってたよ……」



……うん、そうよね。


 愛苗は――愛苗だけはずっと、こいつのこと信じてたのよね。


 だから今――



 あたしも。


 そして弥堂も――



『――ヨォ、グダグダとダッセェ言い訳して逃げてたけどよ、どうなんだ?』

『そんなにそのガキんちょを守りたいのか? アァン?』



 いつの間にか戻ってたルビアさんが、ニヤニヤと意地が悪そうに――だけどとっても嬉しそうに弥堂に問いかけた。


 弥堂は――



「俺にはわからない。そんな自覚はない。街も人も、やはりどうでもいいと、今でもそう思っている。神に誓える」

『ンなこと神に誓うなや。またエルがキレんぞ。で? その子はトクベツなのか?』


「いや? まったくそう思わない。そんな気持ちはわからない」

『オマエまだそんな――』


「だが――たとえ、俺がそう思っていなくても。自覚をしていなくても。自分自身認めていなくても……」



 弥堂はばつが悪いのを隠すように平淡な声で言いながら、輝きを放つ胸の痣に触れた。


 あたしにはあいつがちょっと照れてるように思えた。



「この“聖痕”は『誰かを守りたいと強く想う者に力を能える』――そういうものなんだろ?」

『そう聞いたな』


「そして俺には、明らかに俺には無かった力が、今能えられている……」

『そうみてェだな』


「じゃあ――そういうことなんだろ」

『ヘッ――』

 ふふっ。



 それは実にあいつらしい捻くれた物言いで。


 ルビアさんは笑った。


 あたしも笑っちゃった。



『――じゃあ、後はわかってんよなァ?』


「当然だ――」



 息ピッタリに二人は目線を外す。


 その瞬間に襲いかかってきた銀髪の悪魔を、


「――うるさい黙れ」


 ルビアさん譲りのお決まりの台詞とともに、弥堂はいとも簡単に殴り飛ばした。



 それはさっきあたしと戦った時や、ジルさんと戦ってた時とも違う。


 技術じゃない、ただの力尽くのパンチだった。



「“蘇生”に“焔”に、さらにこのチカラ……! オ、オマエは……ッ! オマエは一体ナニモノだ……ッ⁉」


「別に――」



 さっきまでの自信はどこへやら。


 恐れ慄く悪魔の問いを弥堂はそっけなく無視する。


 あたしはそれにちょっとムッとした。


 言ってやれ!と、そんな勝手なことを思ったから。



 その願いが通じたわけじゃない。


 でも、弥堂は何かを思い直したようで。


 蒼銀に輝く聖剣をジッと見つめる。



 その輝きの中に意味を求めて。


 そして――



「俺は――勇者だ」



『世界』が変わったような。


 そんな胸がスカっとするような気持ちになった。



 あたしは部外者で。


 これを観るためにここに居るわけじゃないのに。



 さっきは恐がって飛ばしてしまったのに。


 今度は目が離せなくなってしまった。



「――勇者……だと……ッ⁉」



 自分は勇者だ――なんて。



「この期に及んで、まだふざけているのか……⁉ ニンゲンめ……ッ!」



 普通に考えたら、ふざけてるとしか思えなくって。


 そうじゃなかったら、どうかしてるとしか。



 あたしも最初は、いやいやそれはって思って。


 みらいも、いくらなんでもって。



 でも。


 今はもう、そうとしか思えない。


 そうにしか見えない。



 なのに。



「『ナニモノか?』と聞いたのはお前だろ。それに答えてやっただけだ」


「なにが“勇者”だ! ふざけるな!」


「生憎、俺は巫山戯たことなど生まれてこのかた一度もない」


「ナメているのか……ッ!」



 中身はやっぱり弥堂で。



「勇者が気に入らないのなら他のに変えてやる。俺は魔法少女だ」


「……はぁ?」


「普通の人間にこんなに魔力があるはずがないだろ? 見ろよ。さっきの水無瀬と同じだろこれ」



 自分がそうされた時はマジでムカつくし。


 決してホメたりなんかしないけど。


 なんでだろ。



「実は俺の心臓にも“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”が埋まって……、あ? あれって埋まってんのか? まぁいいか。そんな感じだ。だから俺は魔法少女だ」



 そうそう、これこれ――って思っちゃう。


 これが弥堂よねって。



 こんな風に誰にも彼にも興味なくって、っていうか見下して?


 バカにして。


 ちっともいいヤツなんかじゃない。



 こんなムカつくヤツに引っ掻き回されたら――



「殺せェェェッ!」



――ほら。


 悪魔だって。


 どんな余裕顔してたヤツだってこうなる。


 

 ホントはダメなのかもだけど。


 それが今はすっごく気持ちいい。



『ハッ、簡単なことだ。いいかァ? クソガキ。もしも目の前のヤツを見て、なんだか知んねえけどソイツを守りてェってよ、そう思った時は――つべこべ考えんな! ただその衝動に生命を賭けろッ!』



 ルビアさんもきっと同じ気持ちなんだろうな。


 嬉しそう。


 弥堂も。



「――もう一度……、最期に……、“あれ”やってくれねえか?」



 この時だけは少しだけ素直に、親にそうお願いした。


 ルビアさんは弥堂みたいに捻くれた感じで、だけどもっと嬉しそうにした。



『いいか? 戦場で上手く立ち回るコツは諦めることだとテメェに教えた。だが、それはデビューしたてのクソガキ用だ。今のテメェの流儀は違う』

『オマエはもう大人だ。テメェのことは諦めてもその背に背負ったモンのことは決して諦めちゃいけねェ……! オマエの後ろに誰が居るのか、わかってるよな?』

『ガキを守れ。焔を燃やせ。魂で吼えろッ! オマエの向こうには一匹たりとも行かせるなッ! 全てのクソッタレどもを灼き尽くせッ!』

『じゃあ――』



 その言葉はホテルの時に思ったあたしの考えの答え合わせのようなものだった。


 やっぱり彼女はただ、弥堂に幸せになって欲しかったんだ。



 でも、そんなあたしの小賢しい理解を遥かに超えて。


 ルビアさんはきっと、もっと、すごく大きな感情をこめて――



『――行ってこい……ッ、ユウキッ!』



 可愛いバカ息子の背中を叩いた。


 あたしの小狡いスキルなんかより、ずっとすごい加速で弥堂は走る。



 激昂した一万だかの悪魔が襲いかかってくる。


 弥堂はそれに正面から突っ込んだ。



 一対万。


 物語でしかありえないような戦い。


 勝てるはずがない戦い。



 でも、圧巻だった。


 弥堂はたった一人でそれを薙ぎ払う。



 さっきまでがウソだったみたいに、弥堂は強くなっていた。


 女の子のピンチに覚醒した物語のヒーローみたいに。



 そこからはまさに無双だった。


 最初の内は少し苦労してたみたいで、何回か死んじゃったけど。


 でも、弥堂は死なない。


 これだけのチカラがあって、その上で不死だ。



 愛苗を守って。


 ただの一匹も悪魔を近寄らせないで。


 圧倒した。


 これ……、もしかしたら聖人よりも……



 さっきの謎のお姉さんの声となんか言い合ってたりしたけど。


 あたしはそれがあんまり頭に入ってこなかった。



 呆っと、弥堂の戦いを観ていた。



 視界を埋め尽くすほどだった悪魔たちは目に見えて数を減らす。


 悪魔たちすら弥堂の変貌ぶりに着いていけなくって、恐怖を浮かべていた。



『――ギャハハハハ……ッ! 死ね……! 死ねェ……ッ! クソ虫どもがァ……ッ!』

 


 こんな風に邪悪な哂い声をあげてた悪魔もどんどん斃されていく。


 このままならいける――


 そう思った時に、それは顕れた。



「フッ、フハハハハ……! 魔王様……、ベルゼブル様……ッ! ようこそおいで下さいましたァ……!」



 巨大で悍ましい指が石の門を抉じ開けるようにしている。


 銀髪悪魔はそれを魔王と呼んだ。


 そっか。魔王ってのは魔王級って意味で、他にもいるんだ。



 だけど――


 それを観ても、あたしはちっとも負ける気がしなかった。



『ユウくん。アナタはこれまでずっと過酷な道を歩き、数々の困難に苦しめられてきました』

『運命は只管にアナタを弄び、異世界での戦いの日々はアナタの心を蝕み、でも、それでもアナタは今日まで歩き続けてきました』

『ですが、アナタはその日々に答えを得られなかった。結末を取り上げられ、決着をつけることが出来なかった。だからアナタの戦いは終わらなかった。日本に帰って来てからもずっと、その心は遠い戦場に置いて行かれたままだった』



 誰かのその言葉。


 あたしは少しだけわかる気がした。


 ちょっとだけ覗いた、弥堂の異世界での――そして日本に帰ってきてからの日々だ。



『あっちの世界で出来なかった魔王討伐。それを今ここでやり直しましょう。そしてアナタは自分の時間を先に進めるのです』


「……魔王討伐、ね」


『ようやく戦争を終わらせられる。アナタの7年の戦争にやっと答えが出るわ』



 思わずあたしは手を握ってしまう。


 救われて欲しいと――


 身勝手にそう思ってしまった。



「――任務了解」


『アハッ――』



 そして、勇者と魔王の戦いが始まる。



 扉から出ようとする魔王から生まれた無数の蠅が空から向かってくる。



『……いきますッ! 【這い寄る悪意(ディスマリス)】――“大鏖殺(フルバースト)”……ッ!』



 これがあの糸みたいな魔術の真の姿?


 弥堂の眼にだけ映る幾千ものレーザーが、一瞬で空を塞ぐ蠅の群れを塵にした。



 それから地上の悪魔たちも。


 弥堂は次々に強力な魔法で薙ぎ払っていく。


 悪魔たちは万を超える軍だ。


 それがまるで相手にならない。



 弥堂はたった一人で一軍を凌駕していて。


 物凄い速度で異形の生命を散らす。


 この戦場は今や、悪魔たちにとっての地獄と化していた。



『お゙ッ、お゙ッ、お゙ッ……、ん゙お゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙お゙お゙ぉ゙ぉ゙お゙お゙ぉ゙ッ!』



 思わず耳を塞いで顔を背けたくなるような悍ましい断末魔も響いてる。


 なんか聞き覚えある人の声だった気もするけど、きっと気のせいだ。うん。



 そして――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――THIS IS “SWORD”

――其は剣


GOD BLESSED “LICENSED SWORD”――

神より賜りし原初の剣――


This is “THE FIRST LIGHT”, “THE ORIGIN OF ALL SAGA”

太古に瞬きし最初の光 遍く総ての戦いを照らす


Once, it slayed a “GIANT”

かつて、その剣は山を断ち


, it lost “NINE HEADS”

かつて、一振りで竜を殺し


, it reflected the malice of “THE SERPENT”

またある時は、あらゆる嫉妬と害意を鏡に映した


That fire is ever lasting

それは今日も続いている時間


This story is never ending

終わりなき物語


Now there are three pains before the people

今、ここに三つの試練


The storyteller is still on the road

語り部はまだ旅の途中


People Beleave People Pray People Fight

願いが未来へ想いを繋ぎ


So, remenber

歴史は記す


You'll never walk alone

英雄は必ず貴方の前に


Blazing Braved Blade――

勇気の証 この一撃を以て――



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 実在する勇者と聖女によって謳われる英雄の物語。



「“戯謳神話(コール・ブレイブ)”――」

『神話をここに――』



 畏れ怯え、身を寄せ合う異形の怪物たちに。



「――【Replicant(レプリカント)(偽典):原初の輝剣(クラウソラス)】】」



 まるで神の意思――断罪が執行される。


 天にまで届く極光の剣が振り下ろされる。


 空ごと光が落ちてきたよう。



 茫然とする銀髪の悪魔と目が合う。



「――運がなかったのさ」



 最期はお決まりの台詞。


 慈悲の欠片もないそれに悪魔は絶望を浮かべ――


 そして戦場の全ては極光に呑まれた。



「――【切断(ディバイドリッパー)】」



 理不尽な悲劇も、絶望的な運命も。


 勇者の剣によって断ち切られる。



 光が止むと、そこには何も残っていない。


 あれだけ居た悪魔も。


 異界への門も。


 地面のコンクリートに残った爪痕と、割れた海だけがあった。



 それらを見回してから、弥堂は空を見上げる。


 少し、長く。



 あいつがこの空の向こうに何を見てるのか。


 あたしは少しだけわかる気がした。


 同じ空の下には居ない人たち。


 あたしはプァナちゃんと彼女のパパを思い出して、泣きそうになった。



 弥堂は泣いたりしない。


 顔を下げて振り返った。


 そして守りたい人の元へ。



 グッタリとしてしまっている愛苗の容態を見て――



『――これはダメね』

「そうだな」



――そんな判断をした。



『……時間の問題ね。心臓が悪魔と結びついてしまっているわ。今の状態は「この子が悪魔に為りつつある」のではなくて、「既に悪魔に為っていて躰が後からそれに追いついている状態」というのが正確なところよ』



 愛苗が具体的にどんなことになっているのか。


 ここでようやくあたしにもわかった。



『――殺すべきだわ。今の内に。魔王として目覚める前に』


「そんな……⁉ ちょっと待ってほし――」


「――そうだな」



 そうか。だから、こういう話になったんだ。


 理屈はわからないでもない。


 でも、そんなのってないじゃない。


 愛苗が何したって言うのよ。



 昨日の夢で見たあのシーン。


 どうしてあの場面が生まれたかの理由。


 それがわかってしまった。


 でも、わかりたくない。



 だけど。


 弥堂ならそういう徹底的に感情を排した合理的な判断を下す。


 それも理解出来てしまう。



 でも、どうにかならないの?


 仕方ないからって。


 それだけで。


 そんなのじゃ、あたしはあんたを許せない。


 他にも何か――



「聖剣エアリスフィール。初代勇者に相応しい武器を造るために、聖女エアリスが炉に身投げをして自らの加護を捧げた。あっちの世界で、一般的にはそのように伝承が残されている。そうだな?」



 弥堂が突然関係ない話を始める。


 聖女エアリス……?


 そっか。やっぱりこのお姉さんがエアリスなんだ。



 弥堂は聖剣の説明――というか、伝承をその聖剣本人に語る。


 でも今訊きたいのはそんな話じゃない。



「だが、その伝承には隠された真実がある……」



 すると――



「そうだ。ノートにはこうある。加護を宿した人造の魔剣を造る為に、加護持ちの人間を集めて鉄と一緒に炉に放り込んで殺した。聖剣が完成したのは偶然の産物だったと」



 え? なに? なんの話?



『まず、“分解”の加護を持った人間と“融合”の加護を持った人間を二人ずつ用意する。最初に錬金術師を炉に入れて人体と“融合”を分解し、剣の素材になる鉄と融合させる。次に“分解”の加護持ちを炉に入れて同様に分解してから加護を融合させる。それから他の加護持ちも追加していくの。そして最後に管理人格の魂を分解して融合させる。そうやって出来上がったのが聖剣エアリスフィールよ』



 なんかややこしい話をしてる。


 分解だの融合だので、剣と人の加護や人格をくっつけるとか、別けるとか。


――え? まって。それってまさか……



「可能か?」



 問いかける弥堂に、エアリスさんは否定はしなかった。


 だけど、酷く気が進まなそうだ。



 そして二人は愛苗に霊子の糸と、聖剣を向ける。



「わたし、しんじゃうの……?」



 愛苗が諦めたような顔で。


 あたしの見たことない顏で。



 自分の状態がわかってるみたい。


 悪魔に為ってしまって。


 元の自分が消えていってしまう。


 それを元に戻すなんて無理だって。



 でも、弥堂は即答した。



「死なない」



 きっと嘘を吐いた。


 嘘を吐いてくれた。


 愛苗を安心させるために。



「お前の加護は『願えば叶う』だろ。だったら大人しく願ってろ。死んだらお前の努力不足だ」



 愛苗の願い。


 何を願って、魔法少女になったのか。



「また……、おとうさんと、おかあさんと、メロちゃんと……、いっしょにくらして……、いっしょにごはん食べたり、したい……」



 それが愛苗の願い。


 普通の女の子の普通の願い。



「ななみちゃんと、びとうくんと……、また、がっこういきたい……」


 あたしも……っ、また、愛苗と……っ。



「――叶えてやる」



 弥堂の魔力がまた湧き出る。


 キレイな蒼銀の輝きが周囲の世界を包んでいく。


 その光に照らされて、愛苗は目を閉じた。



『正直成功率は高くないと思ってる』

「それがどうした?」



 エアリスさんの警告を弥堂は切り捨てる。



「失敗する確率の方が高いだけで、成功する確率がないわけじゃないんだろ?」


『それは、そうだけど……』


「それなら、成功するという結果も未来に在るということだ。ならば、その結果までの道筋(ルート)はある」



 未来に、在る。


 ルートが。



「『ある』のなら『いける』。廻夜部長がそう仰った。ならば、それに間違いはない」



 ある。


 未来に。


 無いならゴールを置けば。


 ある。


 そこに、いける。



 その言葉にあたしは囚われた。


 とても重要なことのように思った。


 あたしにとって。



 その間に、聖剣は愛苗の胸に埋まっていく。



『……なるほど。思った通りね。この子が周囲の魔素を大量に取り込んで魔力を生成する。心臓と同化した寄生悪魔にその魔力が流れる。そして成長する。それを管理しているのが――』



 エアリスさんが多分大事なことを説明してる。


 だけど、あたしは今考えてたことと、愛苗の胸にナイフが刺さっているという恐い光景でいっぱいいっぱいで。


 彼女の言葉が今は頭に入ってこない。



 しっかりしないと。


 愛苗はがんばってるのに。



 痛いはずなのに。


 苦しいはずなのに。


 恐いはずなのに。


 愛苗はひとつも泣き言を言わない。



 でも――



「手、つないで……?」



 やっぱり不安はあるみたいで。


 力無く伸ばされた愛苗の手に、弥堂と女の子の手が重なる。



 これで――


 この先でダメだったなんてウソよ。


 だから、おねがい。


 お願い、弥堂。



「大丈夫だ。必ず俺がお前を守ってやる――」



 応えてくれた誓いの言葉。


 それに呼応してより強くて大きな光が世界へ広がる。


 世界を埋める。



 何も見えないくらいに大きくなった時に――



「――【切断(ディバイドリッパー)】」



 勇者の剣は過酷を切り開く。


 そして開けたその先で。


 世界は変わる――






 真っ白になった。


 何も見えなく。



 そんな世界で。


 あたしはさっきの、空を見上げる弥堂を思い出してた。


 あの時の弥堂の姿を見たいと思った。



 自分の姿で。


 自分の目で。



 あの時の弥堂が何を思っていたのかはわからない。


 ついにやったっていう、達成感があったのかもしれない。


 あの時にこの力があればって後悔だったのかもしれない。



 でも。


 あたしにとっては――



 きっとあの姿は。


 愛苗を守ってくれた。


 あたしの願いを叶えてくれた。



 勇者(ヒーロー)の姿だ。



 それを自分(あたし)で見たかった。








 光が止んで――



「お前、俺の部屋を見てどう思った?」

「え――?」



 本当に世界が変わっていた。


 ここは弥堂の部屋――じゃなくって。


 えっと、ここってあの病室よね?



「わかっているとは思うが、家族とは疎遠だ。というより絶縁している」


「あ、あの……」


「お前程の不運があったわけじゃないが、なんというかこれも俺がバカだったからだ。親不孝をしてしまって、それで勘当されちまったみたいなもんだ」



 ベッドには愛苗が居て。


 弥堂もベッドで隣に座って、何かを言い聞かせてる。


 弥堂の手には色んな書類が。


 美景台学園の印字がある封筒に、転入届の用紙も。



「――俺も独りぼっちなんだ」

「あ――」



 これってさっきの港のシーンの後――翌日とか?


 愛苗が助かった後ってこと?


 助かったのよね? そうよね?



「別にそれをどうとも思っていなかったし、どうでもいいと思っていた。ずっとこのままでもいいと。だけど、昨日考えが変わった」



 いきなりシーンが飛びすぎで、あたしの理解は追い付いてない。


 でも、弥堂の手にあるもの。


 愛苗の顔。


 弥堂らしくない吐露。


 なんとなく、どういう状況かわかるような気がする。



「ひとりぼっちは寂しい。だから水無瀬――俺の傍に居てくれないか?」

「――っ」



 愛苗が息を呑んだ。



「頼むよ。俺の家族になってくれ――」



 文脈が無くてもこれだけはわかる。


 それは愛苗にとってのキラーワードだ。


 こんな言い方されて、愛苗が手を振り払えるわけがない。


 案の定、愛苗はポロポロ泣いちゃって――



「そんな風にいわれちゃったら……、わたし、だめって言えない……っ! いじわるだよぉ……っ」



――ほら。



「あぁ。お前が言ったんだろ? 俺は『ちょっといじわる』だって――」



 あによ。カッコつけんじゃないわよ。


 似合わないし。



 愛苗が泣きながら飛び込んできて、弥堂はそれを抱きとめる。



「わたじっ、わたっ……、うぇぇぇっ、めいわぐっ、ばっかり……っ!」

「しつけえな。あのな、俺もお前程じゃないが、それなりに地獄を見て来てんだ。ガキ一匹養うくらいなんともねえよ」


「うぇぇぇぇぇっ」

「というわけで、これからは家族としてよろしく頼む」



 いきなり場面が飛びすぎて、わかんないこともある。


 でも――



 あぁ、そっか。


 やっとわかった。



 弥堂がどういうつもりで。


 愛苗をどうするつもりで。


 その為に何をしようとしてるのか。



 今はそれだけで――



 やがて、病室に見覚えのあるギャルのナースさんが入ってくる。


 やっぱあの病院なのね。


 そっか。



 弥堂がまたアタオカなこと言ってナースさんを困らせてるけど。


 今だけは見逃したげる。



 いい夢を観させてもらったから。



 でも、夢はここまで。


 これは過去で。


 あたしたちには今があって。


 そして未来がある。



 その未来はまだ決まってなくって。


 でも、決めることができる。



 こうしたい、こうなりたいって、そんな夢があって。


 それが叶ってるゴールを決める。


 叶っていく、そんな夢を現実で見るんだ。



 ある以上はそこにいけるから。



 だから――


 この夢から次の夢へ――



 でも。


 その前に。





 ありがと。





 映像が白んでいって――










――パチッと。


 希咲は瞼を開く。



 寝起きは最高で。


 ムクリと上体を起こした。



 濡れていた目元を擦って。


「んー……っ」と、掌を天井へ向けて伸びをする。



 なんだろうか。


 映画を一本観終わった後のような気持ちのいい気怠さがあった。



 パフンっと、手を布団に落とし。


 コテンと首を傾げると――




「――あれぇー?」




 やらかしたかもしれん!



――と、七海ちゃんは思いました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まるで映画を観ているかのような絶妙な体験、まさに素晴らしい夢のようです。この世界の設定なら、どんな女の子でも弥堂を拒絶することなんて不可能でしょう……
愛苗がお嫁さんになろうとしてることを知ってまた一悶着あるといいな
どうするのか楽しみですねぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ