3章15 綺リ衆ヲ邪ニ濁シ五ツ頸並ブ夜ノ果テニ澄マス心、ハ害 ⑤
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【模倣:LV8】
【体術スキル:LV9】
……
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何度も見た――というか弥堂自身も使った上段から振り下ろす軌道のハイキック。
希咲のその攻撃を弥堂は身体をズラして楽に躱す。
だが反撃までは出来ない。
クルクルと身体を回転させながら次々と繰り出される希咲の蹴撃の嵐に、弥堂は防戦を強いられていた。
しばらくの間、このような格闘戦が続いている。
やがて希咲の蹴りが弥堂に当たる。
しかしそれは腕でガードされた。
蹴りの衝撃を利用して弥堂は距離をとる。
弥堂の身体にはいくつか攻撃を受けた痕がある。
だが決定的なダメージにはどれもなっていない。
体勢を戻した弥堂は反撃には出ず。
その場でジッと【根源を覗く魔眼】に希咲を映した。
その瞳に見つめられると、希咲も追撃の足を躊躇する。
ここまでは希咲が完全に有利だった。
スピードで完全に弥堂を上回り、ほぼ一方的に攻撃をし続けている。
大きなダメージを与えるには至らなくとも、弥堂からの反撃は封殺している。
希咲の方はダメージを受けていないどころか、弥堂には碌に攻撃をさせていない。
なのに――
(――このままじゃダメ……っ!)
希咲の頭には焦燥が膨らんでいた。
弥堂には何もさせていない。
一方的に有利。
(でも、この状態から――)
ジルクフリード――あの最強の騎士ですら敗北を喫したのだ。
まったく安心が出来る戦況ではない。
弥堂 優輝を相手にする場合、局面での有利・不利など何の意味もないのだ。
あの男を完全に倒すまでは。
思えば、今のこの状況は以前に文化講堂で戦った時と一緒だ。
一方的に攻めていたはずなのに、突然思いもよらぬことをされ。
そしてその一瞬の隙で戦況を引っ繰り返される。
納得のいかない形での決着ではあったが。
あの時自分は負けたのだ。
希咲は自分をそう戒める。
その兆候は既に戦いに表れてもいる。
(こいつ、だんだん……っ)
自分の攻撃に対する反応速度が上がっている。
(ううん、そうじゃない……)
正確には対応の精度がどんどん上がっていっているように感じた。
今回の希咲は本気だ。
戦闘用の攻撃スキルや各種パッシブスキルを最初から起動させているし、フル装備もしている。
攻撃の速度も威力も、文化講堂の時よりも上がっているのだ。
ここでの戦いを始めた当初はその違いから、弥堂も対処に苦しんでいたように見えた。
だけど、それは攻防を交わすたびにアジャストしていく。
(そういえばジルさんも弥堂の適応速度をホメてたわね)
あの騎士はおそらく剣術を極めている。
最初は初撃の一太刀に反応すら出来なかった弥堂は、やがて数発までは対処できるようになっていった。
(もしかして記憶の能力が関係しているのかな……)
一度視た攻撃なら、その映像を完璧に記憶から引っ張り出せる。
戦闘中に悠長に映像解析までは出来なくとも、それは反射や反応に無意識レベルで影響を齎すのではないだろうか。
(急がないと……)
時間をかければかけるだけ、弥堂の対応能力は洗練されていき。
そしていずれは必ず引っ繰り返される。
短期決戦で決めないと彼には勝てない。
それには――
(もっとホンキで……ッ!)
ここまでも本気でなかったわけではない。
だが、これではまだ手ぬるい。
これまでに得た情報から、弥堂を倒すためのプランは出来ている。
それを実行するにはこの程度ではまだ足りない。
装備やスキルでステータスを上げればいいというものではないのだ。
(あいつは……、愛苗の心臓を刺した――)
もう一度自分の魂を燃え上がらせる。
怒りで理性を飛ばすことが目的ではない。
『クレバーであることと、冷めてるってことはイコールじゃあねえ』
プァナの父の言葉を思い出す。
怒りに我を忘れてはいけない。
だけど熱は必要だ。
踏み越えるための――
希咲はこれまで対人戦で越えたことのないラインを越える。
(殺す気でやらないと、あたしが殺されるだけで終わる――)
相手はそういう存在だ。
生まれて初めて生成した殺意を固めて、希咲は地を蹴る。
≪スプリントバースト≫――
移動用の加速スキルで一気に間合いを詰めて足を振り上げる。
それに対する弥堂の反応は速い。
ここまでに何度も繰り返したことだから。
「【跳兎不墜】――」
希咲はブーツの名を呼び、振り上げた右足で頭上の空間を踏む。
そしてその右足を支点に回転するようにして、自分の身体を空中に跳ね上げた。
「――ッ⁉」
予測を外された弥堂の眼が見開かれる。
希咲はその顔を見下ろしながら空中で身を捩り――
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【体術スキル:LV9】
【軽業:LV10】
……
【戦技:格闘】――
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「――≪クレッシェント・スラム≫……ッ!」
細長い脚で三日月を描き、大鎌のように振り下ろした。
弥堂はほんの二歩分サイドにステップを踏む。
それは選択ミスとなった。
「なに――⁉」
希咲のその蹴り技は信じられない威力を発揮する。
彼女の体重から生み出されたとは思えないような衝撃で以て、屋上の地面のコンクリを粉砕した。
弥堂は両腕で飛び散る破片から顔面を守る。
しかし体制は崩れ、それは隙となった。
希咲はすぐにステップインする。
弥堂の目の前で、地面を踏むブーツを離した。
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【体術スキル:LV9】
【軽業:LV10】
【手加減:LV4】
……
【戦技:格闘】«三連凶爪»
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空中に跳び上がりながらの蹴りの三連撃が弥堂を襲う。
既に一度見たことのある技だったが、反応が遅れたことで対処出来なかった。
跳ね上げられた左の後ろ蹴りを身を逸らして躱し。
空中で身を捻って放たれた右の回し蹴りを肩で受ける。
だが、その強烈な衝撃に身体をその場で回転させられ上下が逆さまになる。
その死に体のところに左の後ろ回し蹴りが戻ってきた。
「グゥ――ッ⁉」
足が浮いていたために、弥堂はその威力を殺すことは出来ない。
胸を打たれて息が詰まりながら空中を吹き飛ばされる。
(入った――!)
手応えを感じた希咲は弥堂を視線で追う。
その時――
「――ッ⁉」
――吹き飛ばされながら無理矢理体勢を変える弥堂と目が合った。
弥堂の手は懐に挿し入れられている。
希咲の勘が何かを彼女に伝えた。
弥堂は抜いた拳銃を希咲に向ける。
彼女が着地をする前を狙ってデタラメに発砲した。
だが彼女は弥堂が引き金を引く直前には、空中でギュルルルッと身体を横回転させて体勢を変える。
弥堂の放った銃弾は全て外れてしまった。
さらに――
「【無尽の害意】――」
希咲の声に呼応して右手人差し指の指輪がギラリと光る。
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【短剣スキル:LV8】
【投擲スキル:LV8】
【射撃スキル:LV7】
【必中:LV9】
……
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「ちぃ――っ!」
希咲が投擲した黒いナイフが弥堂の手から拳銃を弾き飛ばした。
弥堂は反射で思考を切り替えて床を転がりながらダメージの減衰に努める。
いくらかの距離を転がり膝を立てて顔を上げた瞬間――
「――ッ⁉」
――何かを目視する以前の反射で、弥堂は首を右に傾ける。
すると、顔の左側を何かが超スピードで擦り抜けていった。
背後の壁にガンッと黒いナイフが根元まで突き刺さる。
それに遅れてパックリと裂けた弥堂の左頬からダラリと血が垂れてきた。
弥堂は自身の負傷にも背後にも眼をくれず、その場でスッと立ち上がる。
先程までと同じように、希咲の姿を魔眼に映し続けた。
希咲の右手には黒いナイフが握られている。
弥堂は無言で腰のホルダーから黒鉄のナイフを抜いた。
言葉を交わさぬまま、二人は同時に駆け出した。
中間地点で刃と刃をぶつけ合う。
銃にナイフ。
人を殺すための道具が当たり前のように応酬される戦いとなった。
盗賊風の衣装のイメージ通りに、ナイフの扱いに長けているのか――
弥堂は希咲のナイフを捌くのに苦労する。
(だが――)
彼女自身のスピードの厄介さはあるものの、ジルクフリードの剣撃ほどではない。
そう判断を下そうとした時、希咲が左手にナイフを持ちかえた。
その左手につい視線が釣られる。
すると――
「――くっ……!」
――弥堂は大きく身を仰け反らせて、希咲の右手が振ってきたナイフの刃を避けた。
いつの間にか彼女は両手にナイフを持っている。
二刀流さながらに希咲はそれを振るった。
付け焼刃の二刀ではないようで、希咲の手数はどんどんと回転を上げていく。
傷までは負わないものの、弥堂の制服は次々に裂かれていく。
どうにか暴風のような斬撃の中から反撃の糸口を探そうとした時、弥堂は気が付いた。
希咲の瞳の色が変わっている。
(なんだ――?)
いつの間にか、希咲の瞳に薄い膜のように七色の光があった。
その瞳を魔眼で覗こうとすると、ズキリとコメカミに痛みが奔る。
僅かな隙が生まれた。
「【舞踏剣・双極】――」
希咲の耳から下がった赤いイヤリングが光ると、両手の短剣が細身の直剣に変わる。
希咲はを両手の舞踏剣を左右に広げながら身を沈めた。
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【短剣スキル:LV8】
【二刀流:LV7】
……
【戦技:剣術】――
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「――《クレイブロンド》……ッ!」
地を蹴って猛スピードで弥堂に迫り、翼のような双剣から繰り出されるのは踊るような八連撃――
弥堂は足首を捩じって初撃を逸らし、ニ撃目も躱した。
三つ目が制服の胸元を裂き、四つ目を無理な姿勢で避けたことでバランスを崩す。
五つ目をナイフで受け流したところで処理の限界を迎えた。
六つ目に脇腹を斬られながら、弥堂は形振り構わずに身体を剣撃の射程外に投げ出す。
七つ目が弥堂の足を掠り、八つ目は空ぶらせることに成功した。
しかし――
「【跳兎不墜】――」
希咲は戦技のモーションが終わると同時にその場で跳び上がり、そして空中をもう一度蹴って横っ飛びで弥堂を追った。
床を転がった弥堂が顔を上げた時には、希咲は弥堂の頭上だ。
飛び越えて彼の背後に着地した時には、彼女の武器はもうナイフに戻っている。
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【短剣スキル:LV8】
【背撃:LV7】
【不意打ち:LV8】
……
【戦技:短剣】≪バックスタブ≫
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各種ダメージボーナスのログが流れていくのを視界に入れながら――
希咲は無防備な弥堂の背にナイフの切っ先を突き出した。
「【falso héroe】――」
弥堂は経験からくる反射でそれを使う。
その直後、弥堂の立っていた場所を希咲が擦り抜けた。
今度は弥堂が彼女の背中をとる。
弥堂は『世界』に戻った。
ダンッと――
左足で地面を踏むと同時に爪先を捩じる。
右の拳はもう希咲の背骨に押し当てている。
零衝壱式、徹威――
大地から汲み上げられた威は弥堂の体内を駆け上がりながら増幅し、必殺の一となる。
その一撃が接点となった拳から――
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【体術スキル:LV9】
【軽業:LV10】
【戦技:回避EX】≪緊急回避≫
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「なに――⁉」
零衝の威を徹そうとした瞬間、希咲の姿が消えた。
弥堂の攻撃は空を切る。
「――あっぶな……」
弥堂は声のした方に顔を向ける。
少し離れた位置に希咲が平然と立っていた。
「お前、何をした?」
弥堂は眼を細めて彼女を視る。
「ふぅーん……。その眼。スキルを看破したりとかは出来ないんだ」
希咲は油断なくナイフを構え直しながら別のことを答えた。
「…………」
「なによ。前にも一回見したでしょ」
睨みつける弥堂を挑発するように希咲は鼻で笑う。
そういえば文化講堂で零衝を打ち込んだ時も、同じ現象が起きていたことを弥堂は思い出した。
(チッ、マヌケめ)
無様を晒した自分を嘲る。
(それにしても――)
もう一回視たことで思うことがあった。
これではまるで――
「あんたのスキルとそっくりだって?」
「――ッ⁉」
「今、使ったでしょ? 消えるやつ」
内心を言い当てられた動揺を出さぬように、弥堂は希咲を睨みつける。
「つーか、『ファルソ・エロエ』って言ってんのね。それってさ……」
そこまで言ってから奥歯を噛んで表情を固定する。
親友を殺された怒りで他の全ての感情を塗り潰すと――
「『偽物の英雄』――あんたにピッタリね」
「貴様……」
ドロリとした弥堂の殺意が屋上の床を拡がっていく。
泥沼に足首まで浸かったように希咲は錯覚した。
弥堂の蒼銀の瞳と、希咲の七色の瞳――
二種類の輝きが互いを侵食しあい。
戦いはより激しくドロドロとしたものへと変わっていく。




