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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章17 狭間の夜 ②


 それはともかく。



 魔法少女への憎しみを募らせていても仕方ない。



 当面は彼女は俺の敵ではないし、俺は“ゴミクズー”ではないので俺も彼女の敵にはならない。少なくとも当面は。



 俺は俺で自分の部屋のゴミクズを片付けねばならない。


 明日は燃えるゴミの回収日であり、Y’sから言われたように今夜のうちに部屋の中からゴミを出しておくべきだろう。


 もしかしたら早朝から急に出かけることになる可能性もある。


 今のうちに済ませておこう。



 俺は立ち上がり部屋の隅に適当に置いてあるゴミ袋へ近づく。



 一応中身を確かめる為に袋の口を拡げて覗き見る。



 まず真っ先に目に付くのは昨日希咲のせいで壊れたノートPCだ。



「ふむ……」



 少し考える。



 明日は燃えるゴミの日だ。



 燃えるか、燃えないか。



 それをどう判断するべきだろうか。これは中々に難しい問題である。



 何故なら燃えるか燃えないかとは、燃やせるか燃やせないかということであり、そして燃やすという現象を起こすことが可能か不可能かは俺の問題ではないからだ。



 つまり、俺が考えることではないと判断をし、そのままゴミ袋の中に入れておく。



 燃やせるかどうかは俺ではなく業者の火力の問題だ。


 燃やせない物を入れられたくないのであれば、何でも燃やせるように火力を上げる企業努力をするべきだ。



 何が分別だ。甘えるな素人め。



 俺は心中でゴミの廃棄業者と大家に悪態をつきながらキッチンへ向かう。



 そして、先程コーヒーを煎れるために沸かしたお湯の残りを温め直そうと、コンロのスイッチを入れヤカンを再度火にかける。



 それからダイニングテーブルに戻り床に落ちていた使用済みのバスタオルを拾い上げ、今度は壁際に向かう。


 壁に吊るしたハンガーにバスタオルを掛けようとして手が止まる。



 ハンガーには先客がいた。



 シャワーに行く時に床に脱ぎ捨てていた制服のスラックスを、元々バスタオルを掛けるために壁に吊っていたハンガーに掛けてしまっていたのだった。



 ハンガーに掛けることが出来るのはどちらか一方のみ。



 さて、どうするか。



 少し考えてひとつ思いつく。



 クリーニングから返ってきた制服にハンガーが付いているはずだ。それを使えばいい。



 寝室に置いてあるクリーニング済みのそれを取りにいこうと足を踏み出そうとしたところで、いや待てよと、止まる。



 クリーニング済みの制服から引き抜いたハンガーにバスタオルを掛けたらクリーニング済みの制服はどうなる?


 これではクリーニング済みの制服を掛けておく物がなくなり、床に放っておくしかなくなってしまう。



 なんということか。



 これでは結局のところ、常にハンガーは一つ足りない状態のままになってしまうではないか。



 これはどうしたものかと壁に掛かった使用済みの制服ズボンを睨む。



 答えはすぐに出る。



 手に持ったクリーニング済みの制服を壁に掛ける。


 そしてその隣の元々壁に掛かっていたスラックスをハンガーから抜き取り、バスタオルと一緒に掴んでゴミ袋の方へ向かう。



 口を開いたままの袋の中に使用済みの制服とタオルを突っ込む。



 これで無事に解決だ。



 俺は満足げに壁に掛かったクリーニング済みの制服と隣の空きハンガーを眺めた。



 よくよく考えれば、着終わった物をいちいちクリーニングに出すのも面倒だな。回収にも行かねばならないし。


 これからは使い終わったらすぐに捨ててしまうか。



 タオルも制服も新品を大量に買っておけばいい。



 金ならあるし、その方が効率がいい気がしてきた。



 こうすれば常に空いているハンガーを確保しておける。



 何かが間違っているような気もしたが、俺が何かを間違えることなど別に珍しいことでもない。気にするだけ時間の無駄だろう。



 そうしているとお湯が沸いたことを報せるヤカンの笛が鳴る。



 俺は右足を床から離し膝の高さまで上げてから踵を強く床に叩き落した。



 二度三度と大きく音を鳴らしながら床を踏みつけていると、階下から床に転がり落ちるような音がし、続けて慌ただしく駆けていく足音が聴こえた。



 俺は床を踏みつけるのを止め、けたたましく鳴るヤカンを熱し続ける火を消しに行く。


 そしてお湯を噴き溢すヤカンを手に持ちながら先程までゴミを詰め込んでいた袋を拾い上げ、それからベランダへ向かう。



 カラカラと鳴るガラス戸の音を置いてベランダの下を覗く。



 アパートの302号室である俺の部屋の外というか下にはゴミ捨て場がある。



 カラス避けのネットの掛かったそのゴミ捨て場を無感情に見下ろしていると、そこに一人の男が走ってきた。


 余程慌てているのか片足しかサンダルを履いていない。



 その男はゴミ捨て場に着くとすぐにネットを取り外し、3階から見下ろす俺の方へ身体を向けペコペコと頭を下げてきた。



 その挨拶への返礼というわけでもないが、俺は階下の男へ向かって手に持っていたゴミ袋を放り投げた。



 ガシャーンという破滅的な音と、それに少し遅れて「ヒィィィっ⁉」 という情けない男の悲鳴が夜空に響く。



 男は尻もちをつきながら自身の身体の脇に落ちたゴミ袋を茫然と見ていたが、俺が無言で見下ろし続けていることに気が付くと慌てて立ち上がり、ゴミ袋をゴミ捨て場へ収容した。



 この男は同じアパートの住人でありネット係でもある、202号室の小沼さんだ。



 小沼さんはととも神経質な人のようで、他人の出す生活音などに酷くストレスを感じるらしい。



 俺がまだこのアパートに越してきたばかりの頃、ちょうど今くらいの時間に突然俺の部屋へ彼がやってきて、足音がどうだの騒音がどうだのとクレームをつけてきたのだ。


 俺としては正直なところ、こういった集合住宅での暮らしに慣れているわけでもなかったこともあって、彼が何を言っているのかがすぐには理解できずに対応に困ったので、とりあえず彼を部屋に引きずり込み手足を拘束して軽く拷問にかけてやった。



 あくまで俺の主観だが、突然会ったこともない人間に部屋を訪問され文句を言われるレベルの音を立てていたつもりはなかったので、彼はクレームを付けに来たという体で部屋に上がり込み、盗聴器か何かをしかけるか、それとも直接俺を狙いに来た工作員か刺客の類だと思ったのだ。



 結果的にそれは違ったのだが。



 手の指を1本圧し折ってやっただけで音をあげた小沼さんが涙ながらに誠心誠意の謝罪をし命乞いをしてきたので、俺も2本目の指を圧し折ってやってから快く許してやることにした。



 そして、その日あったことを決して口外しないことと、俺が合図をしたら30秒以内にゴミ捨て場のネットを外すこと、さらに俺の許可なく引っ越しをしないことを条件に彼を解放してやった。


 もしも破れば彼の職場と実家に丁寧に挨拶をしに行くと伝えてやると、彼は喜んでそれらの条件を受け入れた。



 小沼さんとのそんな経緯を思い出しながら、俺は彼が再びカラス避けのネットを掛ける姿をジッと見張る。


 しっかりとネットを戻さないと、カラスを親の仇のように憎む大家さんに怒られるからだ。



 ここに越してきた時にすぐに思ったことが、ベランダの下にゴミ捨て場があるのなら部屋からゴミ袋を投げ捨てることが出来れば、わざわざ階下まで運ぶことなく効率的にゴミの処理が出来るなということだった。


 しかし、ゴミ捨て場にはネットが掛かっており、そのネットの中にゴミ袋を捨てないと大家さんに怒られるというジレンマがあった。



 そんな中での小沼さんとの出会いは俺にとって非常に都合のいいものであり、彼とはもう1年ほどの付き合いになるが、この間彼はとてもよく働いてくれている。



 しかし――



 俺は手に持ったヤカンを持ち上げ傾けると、ネットを戻し終えてこちらへまた卑屈にペコペコとする頭を下げる小沼さん目掛け、沸騰して間もないお湯を地上3階から注ぎかけた。



 言葉にならない叫びが上がる。



 千切れた蚯蚓のように地面をのた打ち回る小沼さんを醒めた眼で見下ろす。


 その動きがちょっと面白くて癇に障ったので空になったヤカンを彼の身体の脇に投げつけてやった。




――しかし。


 人間とは良くも悪くも慣れる生き物だ。



 小沼さんは非常に従順に己の仕事に従事してくれているが、それで甘い顏をすればすぐにナメられることになる。



 だからこうして定期的に力関係を理解させてやる為に躾をする必要がある。



 これがご近所様との人間関係を円滑にするための努力だ。



 この努力を怠れば水無瀬のところのクソ猫のように、ナメた態度をとってくるようになる。



 その証拠に小沼さんも二か月に一回ほどのペースで、もう引っ越しをさせてくれと要求をしてくる。



 なんでも、他人の生活音が過剰に気になる彼は少しの音でも敏感に反応してしまうので、俺がさっきやったゴミ捨ての合図とそうでない音の区別がつかない時があるのだそうだ。



 実際に階下に住む彼が突然バタバタと部屋から走って出ていく音を階上から感知することもあるので、恐らく嘘ではないのだろう。


 昨夜も希咲のせいでノートPCが壊れてしまった際に、彼が走り出す音が聴こえていた。



 しかし、そんなことは関係ない。



 俺は踵を返し部屋の中へ戻ると後ろ手でカラス戸を閉める。



 せっかく手に入れた便利なネット係を簡単に解放するつもりはない。



 シャッと小気味のいいカーテンレールの音を立てて幕を引く。

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