3章14 その瞳に心は、 ④
深刻げな顔になった蛭子に、望莱が続けて問う。
「京子ちゃんとは他にどんな話をしましたか?」
「ん? あぁ……、これからの霊害の対策についてだな」
蛭子は思考を切り替えて望莱に目線を向けた。
「なんて言っていましたか?」
「オマエが佐藤のオッサンに言われたことと変わんねェな。これから増えるだろうってよ。あの様子だと、そろそろオレらにも案件が回ってくるだろうな」
「そうですか。それまでには弥堂せんぱいと水無瀬先輩の件を済ませたいですね」
「あちこちで混乱が起きてわけわかんなくなると、あいつに有利なフィールドって感じよね」
「ですね」
アムリタ事件のことを思い出したのだろう――希咲がとてもイヤそうな顔をする。
望莱はそれにクスリと笑ってから、蛭子へ続きを促した。
「京子ちゃんとの話はそれくらいですか?」
「あー……」
蛭子は声を間延びさせ、少し考える。
それは僅かな時間で、すぐに決断した。
「……いや、まだある。門のことだ」
それはここに居るメンバーだけでなく、自分たち全員にとって重要な問題だ。
希咲も望莱も真剣な目を蛭子へ向けた。
「京子が弥堂に訊いたそうだ。龍脈暴走の日、港で門を見なかったかって」
「それはまた……、京子ちゃんにしては随分とストレートに訊きましたね。それで“せんぱい”は?」
「答えなかったらしいぜ。つっても、帰り際に言ったから聴こえてなかっただけかもって話だ」
「では、何故京子ちゃんは門の話を?」
蛭子は生徒会長室で京子から聞いた話を望莱に伝える。
「あの日――龍脈が暴走、次に過去の災害の死者を“屍鬼”として召喚、学園や街を襲わせる、それからその屍人どもに悪魔を憑依させてレッサーデーモンにする――こういう順番で物事が起きた。だがいくら龍脈の魔力があったからって、万を超える悪魔を一度に召喚するなんてことは難しい」
「つまり、その悪魔の召喚に門が使われたと?」
「京子はそう考えてるみてェだ」
蛭子はスマホを取り出し、過去の京子とのメッセージのやりとりを確認する。
「あの門が島にあったと確実に言えるのは、聖人が聖剣でぶっ飛ばした瞬間までだ。あれで湖での戦闘は終わってあっちの悪魔は消えた。オレはそのすぐ後に京子と連絡をとってる」
「時系列が合致するんですね?」
「そうだ。その時点で学園は屍人に襲われていた。だが、島の門が消えた後に美景の屍人どもに悪魔が憑依した。タイミング的には合ってる」
「龍脈暴走を仕掛けた犯人が悪魔召喚のために、島から美景へ門を移した……? 可能か不可能かはともかく、そう考えた方が収まりはいいですね。そして今のところ、当日港にいた人間だと確定しているのは弥堂せんぱい――」
「――待って!」
二人の話に希咲が割り込んだ。
「ゴメン、先に言っとけばよかった。夢で見たの。港で弥堂が戦ってるシーン。そこにあの門があったわ」
望莱と蛭子は驚きに目を見開き、希咲に発言を譲る。
「シーンが2つあったの。1つ目は大量のゾンビに囲まれてて、その時は門がなかった。2つ目の時はゾンビが多分悪魔に変わってて、あの門が港にあったの」
「あぁ、これは当たりっぽいですね。まさかこうも何でもかんでも繋がってきちゃうとは……。せんぱいは悪魔と戦ってたんですね?」
「うん。だからあいつが喚び出したとかじゃないと思う。それにもう一人ヘンな人がいて」
「ヘンな人?」
希咲は夢で見た謎の人物について二人に説明する。
「――ふむ。銀髪タキシードのイケメンさんですか。癖をついてきましたね」
「ヘキ……? わかんないけど、その人弥堂と戦ってて。悪魔に命令とかしてたから、そいつらと戦ってる弥堂は悪くないと思うのよ」
「シチュエーション的にはそうですね。そのイケメン執事が一連の犯人なのでしょうか?」
「……?」
希咲と望莱の話が進んでいく陰で、蛭子は訝しげに眉を動かす。
希咲の物言いに違和感を覚えたのだ。
だがどの部分にそう感じたのかがわからずに、それを考えている内に二人の会話は進んでいく。
「犯人側ではあると思うんだけど、主犯かどうかはわかんない。偉そうにしてたんだけど、なんていうかそれ以前に人間っぽくないっていうか……」
「まさかそのイケメン執事さんも悪魔?」
「かもしんない。最初は天使なのかなって思ったけど、でもあたしが会った天使とは全然違くて。だけど人間だとも思えない」
「わかっているのはその人が悪魔を従えていて、そして“せんぱい”と敵対してたと。ふむ……。いくつか質問してもいいですか?」
「うん」
望莱は少し情報を整理して、必要なことを訊いていった。
「港のそのシーン、魔法少女は?」
「居なかったと思う。というか、弥堂の視界には入ってなかった。あ、でも港じゃない他の時では魔法少女とその銀髪さんが戦ってたわ」
「とすると、せんぱいと魔法少女は共闘していたんでしょうか……」
「だけどちょっと様子がヘンで。銀髪の人は魔法少女に魔法を教えてるみたいな会話をしてたのよ。で、港での弥堂と戦ってる時には、魔王だとか禁忌だとか天使だとかの話もしてて」
「……その銀髪さんが魔王を召喚しようとしていた? 悪魔が天使を意識して人間界で大規模な行動を起こしていた……?」
望莱は少しだけ考えを巡らせてから、他のことを訊いてみる。
「ではその時、他の“せんぱい”の仲間は?」
「いなかったわ」
「なるほど」
「弥堂が一人で、全部に立ち向かってたの」
付け足された希咲の言葉に望莱は反応しない。
だが、蛭子はここで気が付いた。
先程感じた違和感の正体に。
それを指摘することはせずに、二人の会話を見守る。
「やはり“せんぱい”に仲間はいない。正確には戦闘員が居ない、になりますか」
今日ノエルから訊いた話を加味すると、少なくとも支援要員は居ることになる。
「アムリタ事件の方なら、戦闘への仲間の動員は必要なかったとギリギリ譲ってあげられます。ですが、龍脈暴走事件の方は無理がありますね」
「……うん。ちょっとの時間しか見れなかったけど、多分何千もいる悪魔に囲まれて……。あれは地獄みたいな光景だった」
「あとはそこに居たはずの水無瀬先輩も確認されていないのが気になりますね……」
「なァ、ちょっといいか?」
頭を悩ませる二人に蛭子がここで割って入る。
「話だけ聞いてるとよ。弥堂のヤロウは龍脈暴走の時に中心地に居て、一人でなんとかしたって風にしか考えられねンだが、それで合ってるか?」
「“せんぱい”が犯人でないのならその可能性は高いですね」
その疑問を望莱が肯定するが、そうすると余計に蛭子は首を傾げることになった。
「なんでその話の流れでオレらと敵対することになんだ? ワケわかんねェんだけど」
「事件を解決したはずの“せんぱい”が何故かそのことを隠して、さらに水無瀬先輩のことも隠しているからですね」
「あー……、その話を聞こうとコンタクトとってたら、済し崩しにアムリタ事件に付き合うことになったってのが前回の話か?」
「そうなります」
「クソ……ッ! 水無瀬のことにしろ、一連の事件のことにしろ、アイツからまともに話を聞き出すには一回モメるしかねェってことか……! やっとオレにも呑み込めたぜ」
「まぁ。蛮くんったらまるでヤクザさんみたいです」
「よく言うぜ。その状況に持ち込もうとしてんのはオマエだろうがよ」
蛭子が吐き捨てるように毒づくと、望莱は清楚な笑みを浮かべた。
「あの、なんかゴメン……?」
蛭子の反応を面白がっている望莱の代わりに希咲が謝る。
「イヤ、いい。つーか、オマエとしてもダチの水無瀬のことを追ってたら、弥堂のヤロウに振り回されることになったってことだろ?」
「そう、かも……? や、でも、あたしの方もあいつを巻き込んだみたいなもんだし……。だから“おあいこ”なのかも」
「…………」
希咲のその言葉に蛭子は僅かに目を細め、しかし何も言わなかった。
「ところで蛮くん」
「ンだよ」
「京子ちゃんは門のことを“どこまで”?」
「あー……」
蛭子は一拍間を空けて望莱の問いに答える。
「……わかんねェ。そこまで確認してねェ」
「わたしたちのことは?」
「氷上やチビどもがいたからな」
「なるほど」
「だが、そろそろ打ち明けるべきだと思うぜ。現状を考えるとよ。それに、郭宮や御影は知っておくべきだ」
「そうですね。潮時かもしれませんね」
「弥堂のヤロウにこうさせられた気がして癪だがな」
「ふふふ、いいきっかけを与えてくれたと考えることも出来ますよ? ね? 七海ちゃん?」
蛭子に揶揄うようなことを言ってから望莱は希咲へ目線を向ける。
「そね。終わった後にそうやって笑える決着にしなきゃってことよね」
「ですって。蛮くん」
希咲の言葉を受けてもう一度蛭子に目線を戻すと、彼は不満そうな顔で肩を竦めた。
「あぁ、そうだ。もう一つ」
「はい?」
そして話題を変えるように蛭子は別の報告をする。
「京子っつーか、弥堂のことだ」
「なんでしょう?」
「なんであんなのが学園に居たことを黙ってたんだって、京子に訊いたんだよ」
「まぁ。蛮くんったらハラスメントですよ」
「うるせェよ」
「蛮。会長さんはなんて?」
希咲の問いに蛭子は少し複雑そうな顔で答える。
「なんっつーか、濁されたな。隠したり騙したりするつもりじゃなくって、言えなかったってよ」
「言えないって、なんで?」
「それも言えねェんだとよ」
「ふむ……」
蛭子の言い回しで望莱はその事情を察した。
「口止めをされたのでしょう。脅迫か圧力のどちらか」
「オマエほんとよくこれだけでわかるな」
「おそらく京子ちゃんというよりは、御影の方の事情。ですが、あの御影を脅迫は出来ません」
推測を固めていく望莱に、希咲が思いついたことを言ってみる。
「ねぇ、みらい。弥堂のバカが会長さんのエッチな写真使って理事長を脅したとかは? 俺のことを漏らしたらどうなるかわかってるな――とかって」
「やりそう――ではありますね。ですが、そこまでやっちゃったら御影も本気で潰しにいくはずです。それに、“せんぱい”はその脅迫材料を10万円ぽっちで都紀子ちゃんに売っちゃってますし」
「あ、そか。じゃあ、これはないわね」
望莱は即答でその可能性を否定し、自身の推論を述べる。
「なので、御影が実力行使に踏み切れないギリギリを攻める。つまり、圧力でしょうね」
「それをやれるヤツって限られるぞ」
「はい。まず可能かどうかという話だけなら、最有力は陰陽府。ですがこっちはないと思います」
「アン? なんでだ?」
望莱は不思議そうな顔をする二人へ理由を説明した。
「これってようするに有力者が“せんぱい”を庇ってるわけじゃないですか?」
「あぁ……、そういうことになんのか」
「せんぱいと陰陽府の関りが見えません。というかむしろ敵対しそうです」
「あー、ね。絶対ソリが合わないわね」
今までに接触した陰陽府の人間を思い出して、希咲は納得を浮かべた。
「それに、弥堂せんぱいはアムリタ事件で清祓課との繋がりを作りました」
「そっか。元々陰陽府と繋がってたなら、そっちを頼ればいいんだもんね」
「です。わざわざ危険を侵して陰陽府が敵視している清祓課に近づく必要がありません」
「清祓課に潜り込ませるために陰陽府が送り込んだスパイって可能性はねェか?」
蛭子の問いに望莱は首を横に振って否定する。
「それならもっと早い段階で御影のツテで紹介させるでしょう。というか、そんなことをしてくる相手となるともっと限られますから、御影も繋がりを調べてるはずです」
「もしもスパイだったら2つの事件の弥堂の行動はおかしいわよね? 龍脈にしろアムリタにしろ、どっちかっていうと美景の得になることをしてるわよね」
「ですです。龍脈の件はむしろ悪魔を放置した方が郭宮に打撃になりましたし、アムリタと博士は陰陽府に引き渡したでしょう」
「……なるほどな。じゃあ、結局誰が御影に圧力を?」
二人の意見に蛭子は異論はなく納得をした。
望莱は一つ頷いて結論を言う。
「おそらく個人的な繋がりでしょうね。お付き合いと言った方が正確でしょうか」
「個人……? 御影に圧かけられる個人っているのか?」
「えぇ。さらに候補は限られますが何人かいますね」
「え? そんな強い人いるの?」
「なにも実力行使だけが理由ではありません。ほら、経営していくって大変じゃないですか? まぁ、今回はその両方の条件を満たせる方でしょうね」
「ん? オマエわかるのか?」
「はい。見当はつきました。その方ご本人にコンタクトをとって直接確認してみます。確証が出来たら教えますね」
「……オマエ、またなんか企んでねェだろうな?」
少し思わせぶりな態度の望莱に、蛭子は疑惑の目を向けた。
望莱は手をパタパタと横に振って、それを否定する。
「そんなんじゃないですよ。わたしの予想は多分当たっているとは思います。だけど、あの御方と“せんぱい”に繋がりがあるとは思えなかったので、ちょっとそこに驚いているというか」
「自信がないってこと?」
「いいえ。自信はあります。ありえない繋がりではあるんですが、陰陽府ほどではありません。それに、かなり気紛れな方なので、そういった意味では不思議でもないという感じでしょうか」
「よくわかんないわね」
「ふふふ、まぁ少し待ってください。それに。この予想が当たってたらこの繋がりは逆にこっちが利用できますから。うふふ……」
なにやら邪悪な微笑みを浮かべるみらいさんに、希咲と蛭子はドン引きした。
絶対にロクでもないことだからだ。
「というわけでこれは一旦保留ということで。弥堂せんぱいにはまだまだ裏事情がありそうですね」
「あいつマジややこしい」
「うんざりだぜ……」
弥堂の不審人物ぶりに望莱は楽しげだが、二人は本気でイヤそうな顔をする。
「蛮くんの方はそれくらいでしょうか?」
「ん? あぁ、まぁ、そうだな」
「では、七海ちゃんのお話に戻りましょうか。せんぱいのお家で他に発見はありましたか?」
「あーっと……」
希咲はどこまで話したかを思い出し、途中だった報告を続ける。
「さっき言った『家に物がない』の続きになっちゃうんだけど」
「はい」
「無さすぎなのよ。家電が一個も見当たらないレベルで。んで、部屋に組み立て前の段ボールがいっぱいあって」
「あぁ、なるほど。引っ越し準備の真っ最中ですか」
「そ。既に荷物送ってるってことは、急がないと何処かに逃げられちゃうかもって思ったの」
「ふむ……。ちょっとお待ちを――」
断りを入れて、望莱はスマホを起動する。
スタッフから上がってくる報告の一覧に目を走らせた。
「……もしもそうなら、ちょっと当てが外れましたね。別で追跡をさせます」
「引っ越し先を特定するってこと?」
「はい。絶対に掴んでみせます」
「あいつ……、絶対逃がさないんだから……!」
「…………」
留守中に部屋に侵入したり新住所を探ったりと――並々ならぬ執念を燃やす女子2人に、蛭子くんは若干怯えた。
望莱は素早く指示を送って、スマホを仕舞う。
「さて、七海ちゃん。他にはなにか見つかりませんでしたか?」
「あー……、拳銃……?」
「なんでしょうか……。もはや『あ、ふーん?』って感じですね」
「や、でも実際見るとビックリよ? 多分勝手に作った床下収納があってさ。開けたらピストルって」
「殺し屋のアジトじゃねェかよ……」
「あとベッドの下に血塗れのビニールシートとか」
「殺人鬼のヤサじゃねェか!」
弥堂の生態に若干の知識と慣れのある希咲と望莱にとっては今更な話だったが、弥堂初心者の蛭子くん的にはドン引きだった。
『クラスメイトのお家はどうだったー?』という話題で出てくるような話では決してないからだ。
「そんなものでしょうか?」
「えっと……、そうねぇ……」
考えながら希咲の目が一瞬泳ぐ。
思い出そうとするフリをしながら、ソファに座るお尻の下を意識した。
ズボンの後ろポケットに入っている物――
――それは、弥堂からの手紙だ。
ここまでに報告してきたことなど、きっとどうでもいいことだ。
この手紙こそが核心で、他のことなど全て些事だ。
他にも言っていないことがある。
夢で見たプァナのこと。
龍脈暴走事件のこと。
弥堂のこと。
この2つに迫るのに、この2つ以上の情報はない。
だが――
(どうしよう……っ)
――希咲はこれらのことを言い出せなかった。
自分のために書いてくれた手紙。
そして弥堂を想ったプァナの言葉。
これらを弥堂を追い詰めるために使うことは、どうしても決断出来ない。
希咲自身の目的はその弥堂から愛苗を奪還すること。
そして、弥堂からこれまでの事情を訊き出すこと。
それにはさっき蛭子が言った通り、一度ぶつかって決着をつけるしかない。
これらを達成するには、手紙とプァナのことを有効活用するべきだ。
それはわかっているのに、感情を排除して徹することが出来なかった。
どうしてもそれはやってはいけないことのように思ってしまう。
そして、そこにまた弥堂と自分との差を感じてしまった。
(だけど――)
希咲は顔を俯ける。
「オイ、七海……?」
希咲のその仕草に望莱は素知らぬフリを続けているが、蛭子は訝しんだ。
明らかにおかしな態度だからだ。
望莱や蛭子にどう思われるかなど考えられないくらいに、希咲は追い詰められていた。
(だけど……っ)
ここでこれらの情報を開示しないことは、仲間である彼女たちを裏切ることにもなる。
今はもうそうではなくなってしまっているが、今回のことの発端は希咲の事情に仲間たちを巻き込んでしまったようなものだ。
なのに、ここで希咲自身がその目的に反する行動をするなど、それも絶対にやってはいけないことだ。
どちらを選べばどちらかを犯す。
2つの禁忌に板挟みになってしまった。
(どうすればいいの……⁉ 一体どっちを選べば……っ)
どちらを選択すれば――
どっちの道が正解の未来へと繋がっているのか――
希咲は必死にそれを視ようとした。
「七海? オマエどうし――」
普通でない希咲の様子に、蛭子が手を伸ばそうとした時――
ガバッ――と、勢いよく希咲の顔が上がった。
蛭子はそれに驚き思わず手を引っ込め、そして彼女の顔を見た時にさらに大きな驚きを受けた。
思わず言いかけていた言葉を呑む。
蛭子だけでなく、望莱も驚愕に目を見開いていた。
望莱も、蛭子も、希咲の瞳に魅入られる。
彼女の瞳には七色の輝きが混在していた。
その瞳を向けられ、しかし彼女は自分たちのことなど見てはいない。
もっと、どこか遠くの先を視ているようで――
そんな視線に串刺しにされたように錯覚し、金縛りにでもあったかのように動けなくなった。
「……な、なな――」
「――蛮くん」
絞り出したような声で蛭子が彼女の名を呼ぼうとすると、望莱がそれを制する。
黙って希咲の様子を見守るように促した。
そして、やがて――
虹色が2人を映す。
「…………ない」
「え……?」
どこか抑揚のない声で希咲が否定の言葉を口にする。
「……なんにもなかった。弥堂の家に。他には……」
そこまでを告げて、希咲の瞳から虹の輝きは消え失せた。
元の色へと戻る。
「……え? あれ? あたし……」
希咲自身も自分に何があったのかがよくわかっていない様子だ。
蛭子はいつの間にか自身の身の戒めが解けていたことに気が付く。
改めて希咲へ声をかけようとするが――
「――なるほど。よくわかりました。では、個別ミッションの報告はここまでですね」
――それを阻止するように、望莱がいつもより少し早口で話を締めてしまった。
蛭子は望莱へゾッとしたような目を向ける。
彼にとって、ワケのわからないことがまた増えた。
美景のことだけでなく、弥堂のことだけでもなく。
自分たちの中でのことまで。
蛭子にしてみれば、たったの10日間ほどだ。
希咲が一人で美景に先に帰った日から。
たったのそれだけの間で、こんなにもわからないことが出来ていて。
これまでずっと一緒だった仲間という自分たちの関係に、なにか罅のようなモノが入ったように感じた。
「では、今後の予定なんですけど――」
「あ、うん――」
先程まであった強い苦悩など跡形もなく消えたようにあっけらかんとする希咲と――
今起きたことなど完全になかったように普通の顔をしている望莱――
2人の会話に蛭子は薄気味の悪さを覚えた。
今の出来事は決してスルーしていいものではない。
だが蛭子は切り出せない。
自分もさっき、2人に言わなかったことがあるからだ。
わだかまりが出来たわけではない。
だが、幼馴染2人との間を、少し遠く感じてしまった。
そんな正体不明なナニカが確かに存在したままで、この話し合いは終わっていった。




