3章14 その瞳に心は、 ➁
「――で、魔法少女がなんだって?」
3人は少しの間、過去のそれぞれのやらかしを論って争っていたが、得をする人が誰もいないことに気が付き冷静になる。
改めて蛭子が訪ねると希咲が頷いた。
「うん。ヤバイのよ」
「オイ、語彙」
しかし戦闘能力について言えることはもう言ってしまったので、それ以上の情報は特に出せなかった。
「要するに。聖人か七海じゃないと対応出来ねェようなヤベェのが、弥堂の仲間に居るってこったな?」
「ですです」
「だからあたしじゃ多分ムリなんだってば」
七海ちゃんがまだなにか言ってたが二人には無視されてしまう。
その対応に希咲は「むぅーっ」と頬を膨らませるが、それよりも優先して訂正しないといけないことがあったので、反論は自重した。
「それがね、仲間じゃないかもしんないのよ」
「え?」
昨日聞いた話では仲間という想定でいたので、これには望莱も目を丸くする。
「学園襲撃の時なんだけど。妖と弥堂をまとめてビームで撃ってたのよね」
「あぁ、確かに。敵対もしくは競合の勢力という可能性もなくはないですね」
「これだけで決めつけるのもあれだけど。でも、そういえば弥堂が前に教室でヘンなこと言ってたのも思い出して……」
それは希咲たちが休学する直前のことだ。
「弥堂がさ、なんか魔法少女にどうやって勝つかみたいな話してて」
「ちなみに“せんぱい”はなんて?」
「えーっと、イジメて不登校にさせてネットで炎上させるとか?」
「やめろよ! 心がイテェよ!」
あまりに陰湿な弥堂のやり口に、蛭子はメンタルにダメージを負う。
彼はヤンキーだが、可哀想なのは苦手なのだ。
「あの時はどうせまたテキトーなこと言ってんだろうなってスルーしたんだけど……」
「あの人は必要のないことはしない。となると、本当にそっちの可能性も考えるべきですかね」
「途中参加だと話がややこしすぎて着いていけねーよ。つか、敵対してたってことは、最終的に弥堂が勝ったってことだよな? 聖人じゃないと対応できねェかもってレベルの魔法少女とやりあってよ」
「そういうことになっちゃうわよね。校舎や時計塔が壊れるようなビームくらったのに、あいつ今ピンピンしてるし」
「……その場合だと。龍脈暴走事件が終わった以降には、魔法少女が登場していないことの説明がついちゃいますよね……」
「それって……」
希咲と蛭子は望莱の言葉の続きを察する。
「…………」
蛭子は訊くべきかどうかを少し考えてから口を開いた。
「……アイツは、弥堂はどういうヤツなんだ?」
「え?」
言葉の少ない彼の問いに、望莱が質問を返す。
「どういうことが訊きたいんですか?」
「……京子は、アイツを恐れてた。過剰なほどに」
「なるほど。【霊視】ですか」
それだけで察した望莱の答えに蛭子は頷く。
「霊視って?」
「郭宮の特殊能力ですね。“祝福”と一緒だと考えてください。生者・死者を問わずに他人の思念や怨念のようなものを感知できる能力です」
希咲に対してそう簡単に説明をしてから、望莱は蛭子へ向き直る。
「京子ちゃんはなんて?」
「美景の大災害――それ以上の死者の念が纏わりついてるってよ」
「それってもう歩く霊害というか特級呪物みたいなものですね」
「冗談じゃなく、京子にはそう視えるんだろうよ」
「“せんぱい”のことは、そうですね……。こっちの業界における暗殺者やテロリスト。そのように考えておけばいいと思います」
「だとしてもどんだけだよ……ッ! オレらと歳変わらねェんだぞ……⁉」
「それなりの規模の戦争の中に身を置いていた。そうでもないと、十代で万を超える死に触れるなんてことはないでしょうね」
二人の会話を聞いてどういう話なのかを希咲は考える。
弥堂は多くの人間を殺めた。
その人たちの怨念が彼に憑き纏っている。
そして生徒会長にはそれを視るチカラがある。
そういう話なのだろう。
だが――
「――ねぇ? それってあいつと一緒に何万人分ものオバケが見えるってこと? ヤバくない? つかさ、そんな数だとオバケで校舎埋まっちゃわないの?」
自分に見えていないだけで、普段から教室が霊でギュウギュウになっていたのではと今更ながら希咲は恐怖を覚える。
しかし――
「――あぁ、いえ。厳密には一般的にイメージするような霊が憑りついているという状態とはまた別の話なんですよ」
「そうなの?」
望莱は希咲の想像を否定する。
その説明を受け、希咲は首を傾げた。
「残留思念とでも謂えばいいのでしょうか。生命を落とした際に残ってしまうモノです。直接・間接問わずに死の現場に立ち会うとそれを持って帰ってしまうことがあります」
「じゃあ必ずしもあいつが全部殺したとは限らないってこと?」
「そうですね。まぁ、やってないという根拠にもならないんですが」
「それが視えるってさ。魂が視えるっていう弥堂の能力と同じなの?」
「いいえ。おそらく全くの別物です」
希咲は夢の中で弥堂の眼を通した『世界』を疑似体験した。
ただ視たというだけで、あれらを理解出来たというわけでは全くない。
話を聞いている限り、会長の能力も同じように聴こえたのだが、それはどうも違うようだ。
「経験回数カウンターってあるじゃないですか?」
「はい?」
望莱が人差し指を立ててそう言うと、希咲は首を傾げ、蛭子は外方を向いた。
「ほら、ある日突然全ての人の頭の上に謎の数字が表示されるアレですよ」
「ですよーって言われても、そんなの聞いたことないんだけど……」
まるで当たり前の常識のように言う望莱に、希咲は困り顔になってしまう。
蛭子くんは黙秘を貫いた。
「で、それって実はその人の経験回数とか経験人数だってわかるのが定番の流れなんですけど」
「経験……? なんの?」
「それはもちろん、エッチですよ」
「はぁっ⁉」
てっきり真面目な話だと思っていたので、七海ちゃんはビックリしてしまう。
ウェアキャットモード用のポニーテールがぴゃーっと跳ね上がった。
「あんた! あたしをおちょくってたのね!」
「いいえ。至って真剣です。経験カウンターは当たり前の常識」
「なんの常識よ⁉」
「もちろんエロ漫画です。ね? 蛮くん?」
「オレは知らねェな」
蛭子くんはあくまで“経験カウンター”との関与を否認するが、みらいさんはジロジロと疑惑の目で圧をかける。
その彼女へ希咲が冷たい目を向けた。
「つか、会長の能力の話でしょ。ちゃんと説明してよ」
「いえいえ。実はこれと大体似てるんです」
「はぁ?」
「例えば、他人の経験人数を看破する能力があったとして――それを感知しようとした際に、頭の上に数字で表示される。そういうカタチで能力が発現している。こういうことになります。それを京子ちゃんの【霊視】に当て嵌めると?」
「えっと……?」
希咲は少し考え――
「――殺した数とか死に触れた数を、思念や怨念が纏わりついているってカタチ? そんな風に視覚的というか感覚的に捉えてる?」
「はい、正解です」
彼女が出した答えに望莱はニッコリと笑った。
「数字で表れているわけでも、オバケの数を実際に数えてるわけでもないんです。以前に京子ちゃんに訊いた話では、怨霊オーラみたいなモノが視えて、その強さとかおどろおどろしさでわかるんだそうです」
「へぇ。なんか視えてる本人が病んじゃいそうな能力ね……」
「あぁ、そういえば――」
希咲が会長に少し同情を浮かべると、蛭子は会長との話を思い出す。
「G.Wの前と後で、それが百くらい増えてるとか京子が言ってたな」
「ふむ、きっとアムリタ事件でしょうね」
「実際に霊の数を数えてるんだったら、元々何万もいたら百くらい誤差みてェなモンだからわからねェよな」
「ですです。感覚的な部分が強いそうです。確かに病んじゃいそうですけど、霊媒師的にはアドバンテージになる能力です。憑りつかれている人は一目瞭然ですし、呪いなんかも一発で見破っちゃいます。これがあったからこそ、災害後の美景の鎮魂が出来たんですし」
「……なんかそれって、多くの他人の苦しみまで全部一人で背負わされちゃうみたいで……」
やはりいいものだとは思えないと――しかし、最後までは口にしなかった。
悲しげな顔をする希咲に望莱は苦笑いを浮かべる。
彼女へ何か言葉をかけようとして――唇を閉じた。
その様子を確認してから、蛭子は話を戻す。
「つかよ。それより弥堂だ――」
彼の言葉に、希咲も望莱も意識を向けた。
「――戦闘能力を置いておいたとしても、ちょっと異常じゃねェか? 京子の話が本当だとしたら」
「異常?」
希咲にはその意味がピンとこず怪訝な顔をするが、望莱は頷く。
「京子ちゃんはどれくらいの数だと言っていましたか?」
「……下手したら十万以上だとよ」
「京子ちゃんの【霊視】で正確に把握できないほどですか。それは……」
「ねぇ、みらい。どういうこと?」
陰陽術の知識がある望莱と蛭子の間では話が成立しているが、希咲には理解の出来ない話だ。
望莱は彼女に向けて説明をする。
「いいですか、七海ちゃん。さっきは厳密には呪いとは違うと言いましたが、それは定義の話で。実質的にな“せんぱい”の状態は、呪いや祟りを受けているのとそう変わらないんですよ」
「一応、誰かの仕向けた呪いの類ではないらしいぜ」
「はい。人を殺めたりするとその残留思念がこびりついてしまったりしますが、それだけでは呪いとはならず、取り憑かれているとも言いません。しかし“せんぱい”の場合はそうとも言いきれません」
「数が多いからってこと?」
希咲の問いに望莱は頷く。
「生命を奪い続けると纏わりつく他者の残留思念も増えていき、それが溜まればちょっとした呪いを受けているのと同じ状態になります。これには怨みだけではなく、彼を想った死者の念も含まれます」
「それってどういう状態なの?」
「通常呪いを受ける――つまり誰かの呪術などでそうなる場合は、方向性が示されます。不幸になれという大雑把なものから、破産しろだとか、破局しろだとか、事故に遭え、病気になれなど。何かしら示された方向へ向かわされます。逆に守護霊のようにいい方向に向かうことも」
しかし、弥堂の場合はそういった術で誰かに齎されたものではない。
「その場合は、大抵は対象の精神を蝕む方向になりがちです。戦争帰りの兵隊さんがPTSDを患ってしまったり。連続殺人犯が罪を重ねるごとに狂気的になっていって、最期には発狂して自殺してしまったりとか」
「えっと、頭おかしくなっちゃうとか、病んじゃうってこと?」
「大雑把に言えばそんな感じです。世の中でサイコパスと呼ばれる人の一部にはこういった人も含まれています。医学的には違うんですが、表向きはそう処理するしかないので。で、“せんぱい”も既にアタオカですけど、もしかしたらこれの影響かもしれないと。そう考えることも出来ます」
「つまり、さっき言ってた異常ってのがそれ?」
「いや、違う――」
少し理解の進んだ希咲に、蛭子が先程の発言の真意を伝える。
「逆だ。正気を保っている方がおかしい――そういう意味でオレは異常だっつったんだ」
「それってどういうことなの?」
だが、希咲にはその意味がわからなかった。
その先を望莱が引き継ぐ。
「いいですか、七海ちゃん。殺しを重ねるとちょっとした呪いと同じような状態になる。バステをストックして重ね強化していくような感じです。でもそれは――言い方が少し変ですが――普通の数の場合です」
「あいつの場合は……」
「京子ちゃんの言うとおり何万、何十万の怨念を背負っているというなら、そんなもの人間に負える業ではないんですよ。人間のままで妖になっているようなもので。そこまでいって、発狂していない方がおかしいんです」
「だから、異常……」
「京子がアイツを過剰に恐れるのもきっとそこだ。単純に怨念が多いだけじゃねェ。マトモなはずがねェのにマトモに視えるから、アイツの精神性や存在そのものが不気味でしょうがねェんだろうよ」
「…………」
希咲にもようやく二人の言っていることの意味が理解出来た。
生徒会長の感じる不気味さとやらは、きっと先日希咲が感じたものと一緒だろう。
そして夢で見た弥堂の記憶も思い出す。
時期によって、彼は人が変わっていた。
口調だけではなく人格まで変わってしまったかのように。
その果てにあるのが、先日のホテルでの戦闘で見た彼の姿だ。
躊躇わず突然人を殺す。
無関係な弱者を犠牲にすることを厭わない。
味方であるはずの人間も平気で裏切る。
さっきまで殺し合っていた人間と手を組む。
目的を果たすために人間性が失われた殺人マシーン。
それが積み重ねた呪いのせいだというのは、希咲にとってはしっくりとくる話だった。
「厄介なのはこれが呪術によるものではないという点です」
「え?」
「呪術ならそれを解除すれば間に合うケースも多いです。しかし“せんぱい”の場合はそうではない。術式で変容させられたものは元にも戻せることもありますが、失ってしまったものは戻ってはきません」
「それって……」
決して救われることはないという意味だ。
「呪いを解除、怨念を祓う――そういった解決策がないかもしれません」
「なァ? アイツは身に纏った怨念や呪いを転嫁して何かするタイプの呪術師じゃないのか?」
「可能性はありますが、アムリタ事件の戦闘ではそういった類のものは確認出来ませんでしたね。魔術で身体強化をして戦う近接ファイターといったイメージです」
「それだけだったらどうにでもなりそうだが……」
望莱と蛭子は弥堂の戦闘技術について話し合っている。
その内容は希咲の耳には入ってこなかった。
何故かこの時――
夢の中で――
彼の過去の情景に視たものを思い出していた。
弥堂自身のことというよりは、過去の彼と居た人たち。
まだ子供だった彼に生き延びる術を教えようとしていたルビア。
彼の恋人だったというエルフィーネ。
彼女たちの顔が浮かんでいた。
そして――
弥堂の家で見た壊れた2本の十字架。
もしも彼がこの先永遠に救われることがないのだとしたら――
あの十字架の持ち主だった誰かたちも、救われないのではないかと。
そんな考えが希咲の頭の中を支配していた。




