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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章14 その瞳に心は、 ①

 鍵を回してドアを開ける。



 玄関の入り口から廊下を覗き手前から奥へと一度視線を走らせ、それから中に入る。


 玄関扉のドアノブとすぐ近くのトイレのドアノブに目を遣り、それから玄関を閉める。



 通学用の革靴は脱がずに、玄関の床に貼っておいたガムテープの切れ端に右足の爪先を乗せる。


 ドクン――と、心臓に火を入れて魔力を操り、弥堂はそこから視える廊下の様子を魔眼に映した。



根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)


 弥堂のその眼には魔素の存在だけでなく、全ての物質の根幹となる霊子の姿までが映る。


 その魔眼で実際に視るのは目の前の光景ではなく、自分自身の魂のカタチだ。



 “魂の設計図(アニマグラム)


 ありとあらゆる存在にはその設計図があり、それに書かれたとおりに霊子が配列されカタチを得る。


 そして記憶や経験がその設計図に蓄積されていく。


 今ここで視る記憶は、今朝ここに立って見た廊下の映像だ。



 現在目の前にある廊下の光景と、記憶のその映像を重ねて見比べる。



「…………」



 トイレと風呂場のドアに挟んでおいた付箋の位置が変わっていた。



 トイレの物は今朝家を出る前はもう少し上の位置にあった。


 風呂場の物は角度が少しだけ変わっている。僅かに上向きだった物が若干下向きになっている。



 ただの記憶なら気のせいで済む程度の差異。


 しかし、実際にこうして見比べることの出来る弥堂には明確な違いとなる。



 弥堂はその場でしゃがみ、奥に続く廊下の床も同様の方法で視た。


 床に積もっていた埃の形が変わっている。



「……来たか――」



 スッと眼を細めて立ち上がり、土足のままで廊下に上がる。


 人の気配はしない。


 魔眼にもそういった動きは映っていない。



 トイレを開け、風呂場を開け――


 しかし、特に変わったところはなかった。


 リビングへと向かう。



 足を踏み入れて一度立ち止まり、部屋を見渡してみる。


 左に眼を振り部屋の隅に纏めているゴミ袋を視て、視線を右に流していってキッチンを横目で視てから――


 テーブル付近は避けて、先に寝室へと向かう。



 段ボール箱やクローゼットの中をチェックし、ベッド下の隠し収納を開けた。


 拳銃はある。


 蓋を閉めてリビングへ戻った。



 ガムテープで無理矢理留めたダイニングテーブルに近づき、そこでしゃがみこむ。


 床をジッと視てみると、やはり積もっていた埃の形が変わっていた。


 しかし――



「――おかしいな……」



 こういう時の為に溜めていた埃はきちんと侵入者の痕跡を残している。


 一度愛苗に掃除されてしまったので、その時からまた埃を溜め直したのだが、その役割は十分に果たしてくれた。



 弥堂は外出の度に毎回床に積もった埃やドアの付箋の位置や角度などを視て、しっかりと記憶に残すことにしている。


 そして帰ってきた時に記憶の中の記録と目の前の光景とを見比べて、侵入者の形跡を日常的に確認していたのだ。



 その甲斐あって今回その侵入者が居たことに気が付けたのだが――



「――足跡がないな」



――埃の形が変わったことは事実だが、そこに足跡が残っていない。



 自分の足を動かしてみる。


 すると、その下には革靴の靴底の跡がハンコのように多少残っている。


 しかし留守中にここに侵入した者のそれはない。



 まさか律儀に靴を脱いで上がってきたのだろうか。


 だとしても、侵入者の足のサイズが推測できるようなカタチの跡がどこにも見当たらないのが少々不自然に思えた。



 おかしいと思えることは他にもある。


 それは――



「――何も盗られていない?」



 侵入者はこの部屋のあちこちを見て回っただろうに、失くなっている物が何もないことだ。



 弥堂は立ち上がってパイプ椅子に近づく。


 椅子に置かれた愛苗のスクールバッグを開けてみた。


 だが――



「――これでもない」



――そのバッグの中身にも変わったところは見当たらない。


 次にテーブルの上を視る。



 テーブルの上には、ノートPC、十字架を入れたお菓子の缶、コーヒーの空き缶、それ以外にもいくつかの物がある。


 その中の一つ、封筒を取り上げてみる。


 中に入っているのは30万円ほどの金だ。


 紙幣は一枚も減っていない。



 この部屋に侵入する者として考えられるのは2つ。


 それは泥棒か、敵かだ。



 単純な物盗りならこの金を見逃すはずがない。


 わざと持っていかせることで物盗りだと判別する為に置いている金だ。



 この金に手を出さないということは、他の目的を持って侵入してきたことになる。


 その場合は敵だ。


 その場合何が目的となるかといえば、殆どの場合弱みを握るためだろう。



「だがその為に置いておいた拳銃は無事だ」



 あれを持っていかせたらすぐにこっちから通報して、銃刀法違反でブタ箱にぶちこんでやろうと思っていたのに――その思惑も外れた。



『イヤ、あんなモン持ってくわけねェだろ。バカかよ』



 ふと声をかけられる。



『スマホなんて便利なモンがあるんだからよ、写真だか動画だかに撮ってそれを証拠として官憲に渡せばいいだけだろ。ブタ箱にブチこまれんのはオマエだよ』



 弥堂は封筒をテーブルに放って、声のした方をジッと視る。



『よォ、カス。いよいよ追い詰められてきたな? アァン?』



 そこにはニヤニヤと面白がるように笑うルビアの姿だ。


 弥堂はフイっと顔を逸らす。



「となると――」



 次の可能性として、弥堂はノートPCを開いてみる。


 最後に使った時と同様にデスクトップ画面が表示された。



 壁紙に写るのは二人の少女。


 笑顔で仲良さげに談笑をしているシーンの切り取りだ。



 弥堂はそれをジッと視る。


 そして数秒でイラっとした。


 そんな弥堂にルビアは胡乱な瞳を向ける。



『なんでいちいちイラつくんだよ』


「これだけ視てもわからんな」


『なにがだよ?』


「こういう場合、パソコンに何か仕掛けられるのが定石だろ? だが俺には視てもわからない」


『あー、な。わかるわ。そのパソコンとかいうのなんかムカつくよな』



 異世界産のチンピラ2名は現代科学への反抗心をお互いに共感した。



「そろそろここを探られるだろうとは思っていたが……」



 侵入されることは想定内だったが、この結果は弥堂にとっては想定外だった。



「これでは、侵入者がどの勢力の者なのかも断定できない」


『ハァ~?』



 続いた弥堂の呟きにルビアは素っ頓狂な声を上げる。


 そして心底から頭の悪い者に向けるような目で弥堂を見た。



『オマエそれマジで言ってんのか?』


「なんだよ。だってそうだろうが」


『カァーッ! コイツほんとしょうもねェな』



 ルビアのそのリアクションに弥堂はムッとする。



「確かにタイミング的には紅月たちが濃厚だろうが、敵対勢力は他にもいる」


『アホか。どう考えてもナナミしかいねェだろうが』


「そうとも限らない。今日学園に来なかったのは蛭子と紅月の妹もだ」


『ダメだコイツ……』



 ルビアは処置なしといった風に目を覆って天井を仰いだ。


 その態度に腹が立ったので、弥堂は彼女が何故そう考えたのかの理由を聞く気が失せてしまう。



「とにかく。先にここに寄っておいてよかったな。二度手間になるところだった」


『アン?』


「これから水無瀬の見舞いだ。病院にこれを持っていってエアリスに調べさせる――」



 言いながら弥堂はノートPCを閉じて持ち上げ、雑にコードを引き抜いていった。


 その際にすぐ横に置いてあったコーヒーの空き缶が倒れて、挿してあったボールペンがテーブルに転がる。


 弥堂は空き缶を立て直してそこにペンを適当に放り込むと、ペンが缶の中で跳ねて小気味のいい音を鳴らしだした。



「侵入されたことがわかればそれで十分だ。仕掛けてくる気になったということだからな。直接殺り合う日も近い。行くぞ――」



 ノートPCを裸のまま鷲掴みにし、弥堂は玄関へ歩いていく。



 テーブルの上の空き缶の中で、カランと鳴って止まったボールペン――


 そのペン尻に咲いた花。



『オマエってホント馬鹿だよな』



 花びらを増やしたそれをルビアは残念そうな目で見つめる。


 一度だけ薄く笑ってから、ルビアは姿を消した。












「――だから魔法少女なんだってば」



 所変わってここは望莱のマンション。



 リビングのソファに座る望莱と蛭子は、「魔法少女見たもん!」と言い張る残念なギャルをジッと見た。



「あによ、その目。ガチなんだって」



 二人のその何ともいえない視線に希咲はムッとする。



 今日ここに集まっているのはこの3人だけだ。


 望莱と蛭子は制服姿、希咲だけ私服だ。



 今日それぞれが入手した情報を雑談形式に話しだした際に、希咲が夢で見た魔法少女の話題を出したらこのようになった。



 今日それぞれが担当したことは――


 希咲は夢で見たことと、弥堂家への侵入。


 蛭子は病院付近の調査と、京子との話。


 望莱は各方面から入手した情報。


――このようになっている。



「――なんだよ? 魔法少女って?」



 蛭子にとってはそこからが新情報となるので、与太話を聞かされたような顔だ。


 望莱は彼を無視し、お茶を一口飲んでから希咲に訊ねる。



「コスプレ魔術師じゃなくって、マジのガチな感じですか?」


「そ。あんたがやってるゲームのあの子のまんま。必殺技まで同じだったし」


「えぇ……」


「オイ、なんの話だ?」



 一人だけ話についていけていない蛭子に向けて、望莱はプリメロのゲームの画面を見せてやる。



「これですよこれ」


「は?」


「どうも今回のお相手はコレのようです」


「え? コレって……、フローラルメロディ? 無理ゲーじゃね?」


「おや? 随分と詳しいですね蛮くん?」


「べ、べつに、プリメロくらいは誰だって知ってんだろ……ッ。つか、これマジで言ってんのか?」



 みらいさんにジロジロと無遠慮な視線を向けられると、蛭子くんは居心地が悪そうにした。


 希咲は助け舟として彼の質問に答えてやる。



「マジよマジ。しかもホントにこんな感じよ? 空は飛ぶし、ビームは撃つし。でっかい妖がボカーンだし」


「……ホントに意味わかんねェな」



 望莱のスマホを指差しながら希咲が強調すると、蛭子くんは若干遠い目になった。


 さっき生徒会長室で京子と話していた段階で既にわけのわからない事態だと思っていたというのに、それから1時間も経たずに今度は魔法少女だ。


 もうこれ以上は勘弁して欲しいと思ってしまった。



 そんな彼を尻目に、望莱は少し表情を真剣なものにする。



「要は、普通の魔術師レベルじゃおさまらない実力を夢で見たということですよね?」


「そうなの。てゆーか、冗談とかじゃなくってガチでヤバイくらい強いと思う」


「七海がそこまで言うって、どんだけだよ……」



 二人の会話を聞いて、蛭子の顔も神妙なものに変わった。


 希咲は唇に指を当てて「う~ん」と唸りつつ、自分の見たものをさらに二人に伝えるためによく思い出してみる。



「実際会ったわけじゃないから正確じゃないけど。でも、聖人くらいしかまともに戦えないかもってレベルかも?」



 小首を傾げながら少々難しい顏でそう評してみるが――



「…………」

「…………」



――みらいさんと蛭子くんは二人ともジト目だった。



「え? なに? そのリアクション」



 思った反応と違ったので希咲はちょっとビックリする。


 二人はコショコショと話しだした。



「オイ、どう思うよ?」

「う~ん? ビミョーですね……」


「しょっちゅうこんなこと言ってっけど、コイツ自己評価低いからよ……」

「ですです。いっつもこんな感じです。でも結局一人で全部ぶっ飛ばしてきたり。今回もタイマンで天使撃退とかしてますし」


「は? 天使? なんだそれ?」

「あ、しまったです」


「オイ! オマエらマジで言ってないこと全部言えよ! 聞いてねェぞ天使とか!」

「やめてくださいオラつかないでくださいセクハラです。弁護士を呼びますよ」


「ちょっと!」



 なにやら掴み合いを始めた二人を希咲は慌てて止める。


 するとピタっと小競り合いをやめた二人がまた無言でジト目を向けてきた。



「だ、だから、なんなのよその目は!」


「えー?」

「オイ、七海。天使ってなんだ?」


「えっ⁉ え、えっと……、それは……」



 自分の話を真面目に聞かない二人を咎めたはずが、逆に蛭子から問い詰められ七海ちゃんはお目めをキョドキョドさせる。


 仕方ないと溜め息を吐いて、望莱が説明を代わった。



「実は龍脈暴走時に港に魔王級悪魔が顕れていただけでなく、天使まで出現していたんです」

「ハァ⁉ 聞いてねェぞ⁉」


「言ってませんからね。郭宮にも清祓課にも」

「オ、オマエ、それはいくらなんでも……って、待て。もしかして……?」


「はい。島から一人で美景に先行した七海ちゃんが、ちょうど天使の顕現に出くわしまして」

「まさか……」


「はい。天使さんは現界すると同時にギャルにボコられて、こっちで何もすることなく逃げ帰ったそうです」

「…………」



 その説明で蛭子は、どこにも天使のことを報告していないことの事情はとりあえず察した。


 だがそれ以上にギャルへの戦慄が勝った。


 開いた口が塞がらないまま希咲の方を見る。



「七海……、オマエさあ……」


「なんでよ⁉ なんでドン引きするわけ……っ⁉」



 せっかく頑張って天使をやっつけたというのに、こんな反応をされることには希咲も納得がいかない。


 実際本当に命懸けだったし、ギリギリの戦いだったのだ。


 それを主張しようとするが、蛭子は半眼になるだけだ。



「言っとくけどなァ。オレからしてみたら、オマエもたいがい聖人と同じ枠だからな」


「はぁ……ッ⁉ 意味わかんない!」


「意味わかんねェのはこっちだよ! たまたま天使に出くわすだけで十分アレだってのに、それをタイマンで仕留めるとか意味わかんなすぎなんだっつーの!」


「そ、そんなこと言われても……っ」


「今日だけでもう情報量多すぎなんだよ! 消化できねェよ! どうせこっからまたうんざりするくらい出てくんだろ⁉」


「はい、その通りです。こんなもの序の口ですよ?」


「カンベンしろよ!」



 望莱が清楚な微笑みで残酷なことを伝えると、蛭子は頭を抱えた。


 被害者ムーブをする彼に希咲も言い返す。



「つ、つーか、あんただってしょっちゅうやってんじゃんか! ワケわかんない地下闘技場とかいうのに出場してたりとかさ! アレの方が意味わかんなかったから!」


「やりたくてやったんじゃあねェよ! 気が付いたら決勝戦だったんだ!」


「てゆーかさっきからなんですか蛮くん。七海ちゃんは頑張ったんですよ。日本救って何が悪いんですか?」



 そしてすかさずみらいさんも参戦してくる。


 彼女は常に七海ちゃんの味方だ。



「悪いっつーか、おかしいだろっつってんだよ!」


「は~あ? ウチの推しに文句ですか? 文句ですね? こっちの推しは天使倒したんだが? アナタの推しは天使倒せるんですかぁ~? 日本救えてますかぁ~? その推しちょっと魂の強度低くないですかぁ~?」


「ハ~ア? ンだコラ? 言ったな? お? 戦争か? 戦争すんだな? そもそもオマエがよォ、いっつも頭おかしいこと企んで秘密にすっからややこしくなんだろうが。アァッ?」



 3人は誰が一番やらかしてるかについて不毛な言い合いを始める。


 しかし、彼女たちは知らない。



 こうしている間に、聖人はたまたま巻き込まれた不良との揉め事で、たまたま学園の部室で激ヤバなおクスリを拾い――


 そしてその清祓課や皐月組が血眼になって探しても入手出来ていないブツを、紅月本宅へと持ち帰っていることを。



「あんたたちホントいっつもいっつもいい加減にしてよね!」



 そして、今回相手にしているのは、もしかしたら自分たちよりもずっと頭がおかしくてヤバくて意味がわからない人物であることを――



 この時はまだ完全には知る由もなかった――というか、完全に忘れて。


 少しの間ギャーギャーと言い合いを続けた。


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