3章13 Beyond the Veil ⑥
衝撃的なものを目にしてしまった蛭子は暫くして――
「……いや……、えぇ……?」
――まだドン引きしていた。
この現実をどう受け止め、どう反応すればいいものか。
蛭子は困り果ててしまっていた。
彼の目の前にはスカートをたくし上げて泣きながらオムツを見せつけてくる少女が一人。
彼女こそが蛭子を困らせている元凶だ。
郭宮 京子――
私立美景台学園3年生、生徒会長。
そして学園の所有者でもある。
学園内での彼女の評判は、物静かな才媛、クールビューティ、高嶺の花、尊きお嬢さま――そういったものをよく聞く。
それには蛭子も一部同意してやれる。
確かに生まれが生まれなので、遠くから見ていればそういった神聖さを感じるかもしれない。
成績もいい。
どこか怜悧さのある美貌も持っているので、口数の少なさからミステリアスな美人にも見えることだろう。
それは仕方ないと同意してやれる。
だが、蛭子自身が彼女にどういう印象を持っているかと聞かれた場合、まず一言で返すとしたら――ポンコツだ。
そして――
(――コミュ障のド陰キャなんだよなあ……)
――そういった評価になる。
寡黙でも物静かでも口数が少ないのでもなく、度を越した口下手なのだ。
そして度を越した内気さも相まって、他人の輪に自分から混ざりにいくことが出来ない。これは元々一般庶民とは隔離されて育ったという事情もあるので、多少は同情もしてやれる。
だが、それ以上に彼女は天然のポンコツでもある。
なので内心ではしょっちゅうパニックになっていたりもするのだ。
しかし、彼女は幼い時からそういう教育を受けていたこともあって、表情には一切出さないのだ。
そうすると、生まれ持った美貌や神聖性が悪さをして、関わりの薄い他人からはミステリアスな深窓のお嬢さまにしか見えなくなってしまう。
何事にも動じない頼れる生徒会長というイメージが完全に一人歩きし、そのことで他人は近寄りがたくも感じる。
おかげでここまでの高校生活の2年間、誰にもその本性がバレないできてしまったのだった。
蛭子が今日ここに来てからも彼女は数度ほどしか喋っていないが、これでも彼女の気の許しようとしてはほぼマックス値なのだ。
お供の何人かと蛭子にだけは京子も自然に振舞える。
だが、それで極端に饒舌になったりはしないが、今度は少々距離感がバグっている部分が散見されるようになる。
抱きついたりなどのスキンシップだったり、そして現在やっているように肌を見せすぎたりなど。
とはいえ、何度か言っているように蛭子は彼女のそういった部分を熟知しているし、そして慣れてもいる。
「慣れてると、思ってたんだけどなァ……」
蛭子くんはとってもビミョーなお顔で京子のもっさりオムツを見て、大きく溜息を吐いた。
少し落ち込みそうにもなる。
なにせ彼女は“郭宮”なのだ。
学園内の評判云々など関係なく、郭宮家というのは京都の陰陽府の中でもトップオブトップの高貴な血統である。
色々あって今はちょっと没落しかけているが、陰陽師の中には彼女を神のように敬う者だっている。
その郭宮の現当主が、オムツなのだ。
「あのな? 京子な?」
「……?」
蛭子は渋々といった風に彼女に喋りかける。
べそをかいている会長さんは不思議そうに首を傾げた。
「幼馴染っつーと、やっぱまず聖人たちが浮かぶけどよ。だが、ある意味オマエもオレの幼馴染みてェなモンだ。そうだよな?」
「……うん。蛮ちゃん。すき」
「…………」
そして彼女は平気でこういうことを言ってくる。
幼稚園や小学校低学年の子供同士の時代のノリがそのまま続いているだけだ。
しかし彼女と自分の家の格や立場を考えると、かなりシャレにならない発言なので、蛭子は毎回スルーしている。
「他の幼馴染にはしょっちゅう言ってるんだがよ。付き合いが長ェから遠慮がないのはベツにいい。オレも楽だ」
「……うん。私も。なんでも言って」
「だがな、限度はある。それはわかってくれるな?」
「うん。言うこと。何でもきく」
「…………」
素直に頷く会長に蛭子は胡乱な瞳を向ける。
彼女はなにもわかっていない。
言動もそうだし、なによりもコクコクと従順に顔を動かす彼女の下半身はオムツなのだ。
そんなものを唐突に異性に見せつけてくる人がわかっているはずがない。
「親しき仲にもラインあり、だ。特に性別が違うと。配慮が必要だ。適切な距離ってモンがある。そうだな?」
「……?」
金髪ヤンキーが何やら腰の抜けたことを言って聞かせると、生徒会長さんはまたも首を傾げてしまった。
「幼馴染だからって何でも教えなきゃいけないわけじゃあねェ。何でも相手のことを知ってなきゃいけないわけでもねェ。どういうことかわかるか?」
「私。蛮ちゃんのこと。全部知りたい」
「…………いいか、京子。その全部はホントに全部じゃあねェ。オマエだってイヤだろ? なんもかんもオレに筒抜けになるのは」
「? 別に。大丈夫」
「…………」
蛭子くんは「フゥ……」と息を吐いた。
遠回しに言っても無駄だと理解したのだ。
「あのな? いくら幼馴染でもなんでもぶっちゃけてくんな。生々しいのはやめろ。昔から知ってる分よけいに生々しく感じるんだよ」
「ところが蛮くん。お嬢さまは“なま”がお好きなんです~。ね~? お嬢さま~」
「……? わからないけど。蛮ちゃんがそうしたいなら。生」
「だからー! そういうのうやめろっつってんだよ! 余計なチャチャ入れてくんなクソメイド! 話変わってんじゃあねェか!」
「ふふ、“こせがれ”ださい。もっとストレートじゃないとお嬢さまには通じない」
蛭子は茶化してきた“うきこ”を睨みつけるが、彼女からの反論には「そりゃそうだよな」と納得してしまう。
「つまりだ、京子」
「うん」
「オマエがどういう趣味持ってようが別にいい。だが、それをいちいちオレに言ってくんな」
「趣味?」
「それだよそれ」
蛭子が示したのは彼女のオムツだ。
京子は自分の着用しているオムツを見下ろし不思議そうにする。
「だから! そういう特殊性癖をいきなりカミングアウトされてもリアクションできねェってんだよ! ガチめに悩んでて相談をしたいってんなら、せめて段階を踏んでくれ!」
「――っ⁉」
特殊プレイにはアドリブで応じられないと蛭子が打ち明けると、自身のオムツを特殊性癖呼ばわりされた会長はガーンっとショックを受けた。
そしてまたメソメソと泣き始める。
「あ~あ、ノンデリ~」
「これだから“こせがれ”は」
すると、ヤレヤレといった仕草で氷上と“うきこ”は蛭子をバカにする。
「ンだよ?」
「“こせがれ”はわかってない」
「お嬢さまはなにも性癖を満たすためにオムツを穿いてるわけではないんですよ~?」
「はァ? どういうこった?」
二人の証言に蛭子は眉を顰め京子を見る。
しかし彼女は泣くばかりで何も答えようとはしない。
仕方ないのでまたメイドたちの方へ目線を戻すと、彼女らは神妙な顔でコクリと頷いた。
「蛮くん。お嬢さまは変わってしまわれたんです。正確には変えられてしまったというべきでしょうか~?」
「“こせがれ”の知らない間に」
「はァ? そりゃまぁ、そうだろうよ……」
二人の言い方が鼻につくものの、京子のオムツを見れば確かに変わってしまったのだろうと思うしかない。少なくとも去年の彼女がオムツを穿いていたなんてことは蛭子の記憶にはない。
「このオムツは必要だから装着しているんです~」
「オムツが必要な高校生なんていねェよ」
「蛮くんがそんな態度だから~、お嬢さまはオムツの必要な身体にされてしまったんですよ~?」
「ア? なんでオレが――って、まさか……?」
自分の知らない間に事故に遭っただとか、敵に襲われただかで、何か身体に不具合の残るような怪我をしたのではと、蛭子は顔色を変えた。
だが――
「――あ、そういう重い感じじゃないので大丈夫ですよ~?」
「そ、そうか……? じゃあ、どんな事情があったらいい歳こいてオムツを外せなくなるってんだよ? コイツ生徒会長だし、郭宮なんだぞ? 都紀子サンが知ったら泣くぞ? ガチめに」
そんなことありえないだろうと――蛭子が訊けば訊くほどに、クソ雑魚メンタルな京子のハートにナイフがグサグサと突き刺さっていく。
蛭子はそれに気が付いていないが、氷上はその様子を楽しみながら先を続けた。
「お嬢さまはコワイんです。弥堂さんが」
「弥堂? やっぱりアイツになにかされたのか?」
「されたといえばされたんですけど~?」
「ハッキリしねェな。なんだよ?」
「今のところは無礼なことはされてますけど~、ガチの敵対行動とかはされてませんね~。もちろん襲われたりなんかも~」
「ハァ? じゃあ関係ないんじゃあねェの?」
「そういうことじゃないんです~。とにかくコワイんです~。あの人がただ目の前にいるだけで~」
「なんだそりゃ。つか、それとオムツに何の関係が――ッ⁉」
くだらないと吐き捨てようとしたところで蛭子くんはハッとする。
まさか――と、脳裏に浮かぶモノがあった。
それを肯定するように氷上が「フッ」と笑う。
「気付いてしまいましたか~。そのとおりです~! ここをご覧ください~!」
ドヤ顔で前に進み出てきた氷上が会長のオムツの一点を指差す。
キュッと閉じられた右足と左足の付け根の中心点。
そこは気持ちこんもりとしていた。
「み、京子……、オマエ……ッ⁉」
蛭子はギョッとしながら京子の顔を見る。
すると彼女は両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。
「“こせがれ”がお嬢さまを放っておいたせい。お嬢さまの身体は“ふーきいん”に変えられてしまったの」
京子が手を離したことで落ちてきたスカートを掴み、何故かまた捲り上げながら“うきこ”が蛭子を非難する。
蛭子は言葉が出ず、無言で氷上の顔を見た。
氷上はまたコクリと頷く。
そして――
「お嬢さまは弥堂さんがコワすぎて~、彼を見るとお漏らししちゃう身体になってしまったんです~!」
――驚愕の真実を氷上が告げると、お漏らし癖のついたお嬢さまはわっと泣き出した。
蛭子くんは白目になることしか出来なかった。
何が起こっているのかはわかったが、わけがわからなすぎたからだ。
「“こせがれ”は責任をとるべき」
「……は?」
すると、ここぞとばかりに“うきこ”がそんなことを言ってくる。
彼女の目にあるのは嗜虐心だ。
ただ弱っているモノをオモチャにしたいという。
「そうですね~。郭宮に仕える者として、蛭子家の跡取りとして、蛮くんは役目を果たすべきですね~」
さらに氷上も便乗してくる。
彼女の目にあるのは悪戯心だ。
ただ困っている人をオモチャにしたいという。
ちびメイドたちと氷上は同じ顏だ。
しかし見た目の年齢、身体の大きさ、性格の違いからくる表情の差異のため、普段はそんなに似ているようには見えない。
しかし、この時ばかりは全く同じ顔をしていた。
「オレは一緒にすんなよな」
ジト目で“まきえ”がそう主張する。
彼女は唯一の良心なのかもしれない。
だが一番アホなので、あまり頼りにもならないが。
「さあ! そういうわけでお願いします~!」
「ア? なにが?」
「“こせがれ”は責任をとるべき」
「は? って――うぉッ⁉」
蛭子が混乱しているうちに、氷上は一瞬で彼の背後をとる。
そして膝裏を蹴り簡単に彼を跪かせる。
それに蛭子が驚いた時には、同じく一瞬で接近してきた“うきこ”の怪力で首根っこを押さえられた。
「な、なにしやがる……ッ⁉」
「さぁ、蛮くん。これを――」
「アァ? って……、え?」
氷上が蛭子の眼前に差し出したのは新しいオムツだ。
それだけでなくおしり拭きとベビーパウダーまで揃っている。
蛭子の脳はそれらの用途の理解を拒む――拒んでいるはずなのに、自分が何をさせられそうになっているのかがどうしてもわかってしまった。
「では交換をお願いします」
「バカじゃねェの⁉」
「“こせがれ”早く。お嬢さまのお尻がかぶれちゃう」
「アホか! オイ、京子! やめさせろ!」
この二人では話にならないので蛭子は主の方に訴えかける。
しかし京子は元に戻ってしまったスカートを何故かまた自ら捲り上げた。
「なにしてんだ⁉」
「蛮ちゃん……、どうぞ」
「オレがやりたがってるみたいなのやめろよ! カンベンしろ!」
どういう認識でいるのかはわからないが、京子はぐすっと鼻を鳴らして一歩前に進んできた。
そして彼女は頬を赤らめつつ、控えめな仕草で目を逸らす。
「恥ずかしいけど。ガマンする」
「ほらお嬢さまもこう言ってることですし~?」
「やめろ! オレにオムツを持たせようとすんな!」
「“こせがれ”はヘタレ。早くするべき」
「オ、オイ、よせ……ッ! 顔を押し付けんな……ッ!」
氷上には新しいオムツを持たされた手をギリギリと締め上げられ、“うきこ”には京子のオムツの股間部分に顔を押し付けられそうになり――
「テ、テメエら……、いい加減に――」
――ブチンっと蛭子くんはキレた。
反射的に身体は戦闘モードに移行し【身体強化】のスキルがONになる。
「――しやがれ……ッ!」
両腕を広げながら力尽くで立ち上がると、メイドさんたちはコロンと転がった。
「お嬢さま、あっち行こうぜ」
すると、そんな様子を軽蔑の目で見ながら“まきえ”が新しいオムツとおしり拭きを拾い上げる。
そしてお嬢さまの手を引き、パーテーションをカラカラと転がしながら彼女を部屋の隅へと連れて行った。
「ったく、冗談じゃあねェぜ」
蛭子は悪態をつきながら彼女らに背を向け、しばしの間耳を塞いで出口のドアを見つめていた。




