3章13 Beyond the Veil ⑤
入室するなり抱きついてきた生徒会長に、蛭子は面倒そうな顔をする。
「オイ、京子……」
離れるように言おうとしたが、それを最後まで口にする前に会長は涙に濡れた顔を蛭子に制服に押し当ててしまう。
「ったくよォ……」
だが、彼女のこういったスキンシップには慣れているようで、蛭子は拒絶するのを諦める。
彼女に何かを言う代わりに、部屋の中へと目を向けた。
すると、部屋の奥でニマニマとする氷上と視線が合う。
「ハァ~イ、蛮くん。お久しぶりです~」
「アン? 桜樹女か。やっぱりオマエだったのか」
彼女の姿を見止めて、蛭子は目を丸くした。
弥堂を呼び出した放送を聴いて、それが氷上の声だとはわかっていた。
だが彼女が学園に居ることは意外に感じたのだ。
「緊急招集? 招聘? されちゃいまして~。代理でお嬢さまのサポートに入るようにって命じられたんです~」
「御影にか?」
氷上に直接命を下すとしたらそうなる。
問題なのは――
「――ってことは、あの人はまだしばらく帰れねンだな?」
蛭子が眉間に皺を寄せると氷上は苦笑いをした。
「ですね~。困ったものです~」
「何考えてやがんだ、陰陽府の連中」
「まったくです~。ワタシの貴重なキャンパスライフを削らないで欲しいものです~」
「大学生ってやっぱ忙しいのか?」
氷上は普段は美景台大学の学生として大学に通っている。
その大学もこの美景台学園と同様に御影――というか、郭宮の経営する学校だ。
「オマエを教師にするために通わせてんのに、こっちのトラブルで単位落としたりしたら本末転倒だよな」
「あ~、いえ。実は教職課程はもう済ませたんですよ~」
「そうなのか? 卒業まで終わらないモンだと思ってたぜ」
「実際に教員免許が渡されるのは卒業した時なんですけど~。一応、非常勤講師としてはもうこの学園に勤めている設定になってます~」
コイツが教師とか世も末だなと内心で思い、蛭子はジト目になる。
「設定っつーな。つか、じゃあもう大学は実質行かなくてもいいってことか?」
「いえいえ~。だからこそ行きたいんですよ~。残った時間で他の色んな授業聞いてみたいですし~」
「オマエって喋るとアホとしか思えねェのに、意外とマジメだよな」
「逆に蛮くんはもっとお勉強しなきゃですね~? 業界の歴史、現在の情勢、そもそもの陰陽術について。御曹司さまのためにも~」
「既にいっぱいいっぱいまでやってるっつーの」
氷上を揶揄ったつもりが藪蛇となり、蛭子はうんざりとした顔になった。
だが、他の真っ当な陰陽師の家に生まれた同年代の子供と比べて、自身が出遅れているのも事実だった。
「“あね”、言っても無駄」
「アン?」
すると、氷上よりは手前側に立っていた“うきこ”が嘲笑をするような目で見てくる。
彼女の手には何故かPCのキーボードがあった。近くの“まきえ”は電話の受話器を持っている。
どうやら生徒会長がこちらに飛び込んでくる際に、両手に持っていたそれを投げ出し、それをちびメイドたちがキャッチしたようだ。
「“こせがれ”はかいしょーなし。うだつが上がらないから蛭子神社もいつも貧乏」
「うるせェんだよ」
知った風な口を利く女児を蛭子は睨みつける。
「ガキが生意気言うな。大人は色々大変なんだよ」
「ふぅ、“こせがれ”は言い訳ばっかり。その点“おんぞーし”はちがう」
「アァ?」
「イケメンだし、実家が太い」
「オイ、桜樹女。コイツの育成失敗してんぞ」
二言目には容姿と金の話ばかり持ち出すチビッ子に、蛭子神社の小倅は堪らず保護者にクレームをつけた。
「ワタシのせいですか~?」
「適当なことばっか言うのはオマエと一緒だけど、なんか方向性おかしくなってねェか?」
「どうもネットに触れさせたのがよくなかったみたいですね~。変な事ばっかり覚えてきて」
「やめさせろよ。ロクでもねェことにしかなんねェぞ」
「とはいえ、そもそもワタシのコピーでもありませんしね~。ウチはノビノビとした育成方針の家庭なんです~」
割と真剣に蛭子は忠告をするが、氷上は他人事のように笑うだけだ。
すると、ここぞとばかりに“まきえ”が告げ口をした。
「ネットより“ふーきいん”のせいだよ。“うきこ”は“ふーきいん”の悪いとこばっかマネするんだ」
「黙って“まきえ”。そのような事実はない。ウソ言うと泣かせる」
「つか、それよりよォ――」
子供たちがケンカを始めそうだったので、その前に蛭子は話題を変える。
変えるというか、戻した。
「――オマエはいつまでそうしてんだ?」
腰に抱きついて胸に顔を押し当てたままの生徒会長にそろそろ止めるように要求する。
だが京子は蛭子の制服を逆にギュッと掴むことで意思表示をしてきた。
彼女のこういったところには慣れているのだが――
「オレらもうガキじゃねンだからこういうのはそろそろ……」
――ここで蛭子は気が付く。
京子の身体が震えていることに。
どうやらスキンシップでのハグを求めているわけではないようだ。
「……京子? オマエどうした?」
尋ねるが彼女は答えない。
代わりに“うきこ”がバカにしたような口調で喋った。
「“こせがれ”かいしょーなし。今頃気付くなんて」
「アァ?」
「お嬢さまはコワイ目にあった」
「なんだと?」
いつもの憎まれ口かと思ってスルーしようとしたが、続いた言葉に蛭子の顔色が変わった。
「なんだ? どういうことだ?」
「お嬢さまに訊くといい」
「まさか……」
脳裡に先程廊下ですれ違った男の顔が浮かぶ。
「オイ、京子。弥堂になにかされたのか?」
そう問いかけるが、京子は蛭子の胸に顔を押し付けたままで横に振った。
どう見ても何もなかったとは思えない。
「あのヤロウ……ッ。今からでも追いかけて――」
「――待って。ちがうの。蛮ちゃん」
蛭子が踵を返そうとすると、京子はようやく口を利いた。
そして自ら一歩下がって身を離す。
「京子……?」
訝しむ蛭子の視線に、彼女は少し逡巡するような仕草を見せる。
そして躊躇いがちに両手を下げた。
「ア?」
その彼女の手がスカートを掴んだことで、蛭子の口から間抜けな声が漏れた。
「見て……」
「オ、オイ……」
その手がゆっくりと上に昇ってくる。
蛭子は制止しようとするが、京子の濡れた瞳にジッと見つめられるとそれ以上意味のある言葉を発することは出来なくなった。
長いスカートの端が、日焼けのない彼女の肌を吐き出していく。
その緩慢な動作に膝と太ももをじっくりと見せつけられ、そしてついに足の付け根よりも上に――
「――は……?」
――スカートの中に隠されていたものの全てが露わになり、それを目にした蛭子は茫然とした声を出した。
「――ふははははー! ワタシが風紀委員会委員長、豪田 ノエルであるっ!」
「はーい、天才超絶美少女のみらいちゃんですよー」
椅子の上に立ったロリっ子がバーンっと名乗り上げると、みらいさんもニコっと挨拶を返す。
ここは学園内のとある部室である。
望莱は椅子の上で満足げにドヤ顏をする女児に指摘をする。
「ですがノエルちゃん。今日のノエルちゃんは風紀委員さんではないですよ?」
「あ、そうだった! ノエル間違えちゃったぞ」
「うふふ、ではテイク2をどうぞ――」
ハッとするノエルに微笑みながら望莱は掌を差し向けた。
するとノエルはスーっと息を吸い込み――
「――ふははははーっ! ワタシがPC部部長、豪田ノエルであるっ!」
「株式会社M.M.S 代表取締役会長 兼 社長 兼 CEO の紅月 望莱です。本日はお忙しい中お時間をくださり感謝しております」
――バーンっと名乗り直すと、望莱はペコリと丁寧に頭を下げる。
2秒ほどポーズを維持し、それから二人は顔を合わせてニッコリした。
子供同士のごっご遊びが成功した時のような空気だ。
「――コホン。お二人ともそろそろ……」
その空気を破って先に進むよう促したのは、今日もみらいさんの付き人として同行していたスタッフの豪田さんだ。
黒服サングラスの彼の姿を見ると、ノエルは顔を輝かせた。
「ゴウダーッ! 久しぶりだな!」
「はい、ノエル様。あまり家の方に帰れずに申し訳ありません」
豪田は謝罪をしつつ、椅子の上に立ったままの彼女を持ち上げて下ろしてやり、丁寧に椅子に座らせる。
「気にすんなよー。みんなよくしてくれてるぞー」
「それはよかったです」
「ゴウダはミライにコキ使われてるから帰れなくても仕方ないって、みんなが言ってたぞー?」
「ゴホッゴホッ……、さぁ、会談の時間は短いです。早速本題に」
豪田さんはみらいさんからのジトっとした目に気付かないふりをしながら下がっていった。
ノエルは英国のとある貴族の息女であり、この日本へ飛び級で留学をしている。
この学園の経営者である郭宮や御影はその貴族と懇意にあり、天才であるノエルを預かる上で後見人を用意することになった。
そこに肩を捻じ込んできたのが、みらいさんである。
望莱は自社のスタッフである豪田を後見人とし、日本での仮の身分を用意するために彼の苗字をノエルに貸し出した。
ホームステイの体をとった日本に居る間の仮のお父さんである。
だがそれはあくまでも書類上のものである。
“M.M.S社”はブラック企業なので、社員は滅多に自宅に帰宅できない。
なので豪田さんは普段はほぼ社員寮に押し込められていて、ホームステイ先ということになっているノエルの自宅では、別の専門スタッフたちが彼女のお世話係をしていた。
こうして至れり尽くせりの環境を用意して天才ロリを甘やかし、みらいさんはお貴族さまに取り入った。
今では郭宮や御影を通さずとも、独自にその貴族へのパイプを作ることに成功していたのだった。
そして、それだけでなく――
「では、先日からお願いしていた件なんですけど――」
「うん。盗まれちゃったドローンのことだな」
――このロリの天才的な頭脳も利用していた。
この学園に配備されている防犯システムや監視ドローン。
そして望莱の会社の商品ともなっている防犯システムは、このノエルを唆して開発させたものだった。
その際に彼女のラボとして与えられたのが、この表向きは『PC部』となっている部室である。
みらいさんの出資によって、並みの研究機関よりもはるかに高級な機材が揃っていた。
順番としてはまず市から受注した際に一般的な防犯カメラを街中に設置し、それを後からノエル製のものにアップグレードして試験運用。
そこからさらに学園にも売りつけた。
望莱の会社と学園のドローンや監視カメラは同型機であるものの、管理は当然別々であり、学園のものには特別なカスタムも施されていた。
学園のドローンやカメラの映像などはこの『PC部』で管理されている。
その学園のドローンを3機、弥堂が盗んだ。
望莱はそれの追跡をノエルに頼んでいたのである。
今日はその結果を聞きに来たのだが――
「なにか見つかりましたか?」
「うーん、それがな? なんかおかしいんだ」
――どうも一筋縄ではいかないようである。
当然の話だが、ドローンには盗難対策の仕組みが仕掛けられている。
ここの本部の操作を離れた機体からは、定期的に現在地の座標と映像が送られてくるようになっていた。
「だけど、盗まれたドローンからの発信が一度も送られてきてないんだ」
「ということは、そのシステムを解除してから盗まれたことになりますね?」
「うん。ノエルもそう思うぞ。でも、それもちょっと変なんだ――」
盗難ロックの解除は遠隔操作では出来ないようになっている。
必ずドローンの機体に直接手動で解除の操作を行う必要がある。
そのように設計されていた。
「それには機体内部の隠れたとこにパスを打たなきゃダメなんだ」
「解体まではいかなくても、盗み出す前に多少ドローンをバラさなきゃいけないわけですね?」
「そうなんだ。それに学園の外で使うには外部バッテリーへの付け替えもしなきゃだし」
「つまり、犯人はその構造や仕組みを知っている人物ですか。解除用のパスワードはどうやって入手したのでしょう?」
「うーん……」
望莱が尋ねるとノエルは腕を組んで唸る。
「それがわからないんだぞ」
「わからない?」
開発者であり、そのパスワードの設定・管理を行ったのは彼女のはずだ。
あまりにも断言したことに望莱は少し驚く。
「あのパスワードは入手できるわけないんだ」
「と言いますと?」
「パスはネット経由で絶対に入手できないようにどこにも保存してないんだ」
「つまりノエルちゃんが暗記しているだけということですか?」
「うん。そうだぞ」
「では、盗み出す際に自力で解読するなりして突破するのは?」
事前に解除コードを知っていたのでないのなら、必然的にそういうことになる。
だが、ノエルは首を横に振ってその可能性を否定した。
「それもムリだ。最低でもノエルと同じレベルの天才じゃないと解けないようにしてるぞ」
「では……、ロックシステム自体を物理的に破壊するのは?」
「それは可能だけど、それをやった時点で警報が鳴って他のドローンから救助信号が発信されるようになってる」
「なるほど……。つまり、パスワードを使用しない限り、気付かれずに盗み出すことは不可能だということですね」
望莱は少し考えこむ。
弥堂にこの天才ロリと同等の知能や技術があるとは思えない。
となると――
「ちなみに。ノエルちゃん以外にそのパスワードを知っている人は?」
「うん? いるぞ。数人だけ」
「それはどなたですか?」
「ウチの部員だぞ。学園の防犯システムの管理やメンテを特別に手伝ってもらってる部員が何人かいるんだ。ノエルみたいな天才じゃないけど、優秀なんだぞ」
ロリはエッヘンと胸を張る。
望莱はその特別な部員とやらの名前を訊こうとして、やめた。
この状況ならその部員の内の誰かが怪しい。
弥堂に協力をした可能性が高いし、彼に脅されてリークしたという可能性もある。
しかし、彼女のこの言いぶりだとその部員たちを信頼しているようだし、このちびっこの性格上その部員を疑っていると気取られたら、きっとヘソを曲げられてしまうだろう。
「そういえば――」
「ん? なんだー?」
なので、アプローチの仕方を変えてみることにする。
「PC部にはウチの兄のクラスメイトさんも所属してるんですよね。2年B組なんですけど」
「うん? いるぞー。カエデたちだなー?」
「ですです。“いいんちょ”さんです」
「カエデはすごく優秀だぞー? 副部長なんだ。新しいモノを創れるタイプの天才じゃないけど、ノエルに出来ない色んな細かいことを全部やってくれるんだ。風紀委員でも助かってるぞー」
「まぁ。それはステキですね」
自慢げに部員のことを語るノエルににこやかに相槌を打ちながら――
(――はい、ビンゴ)
――望莱は予測が当たった手応えを覚える。
「あとなー? カエデと同じクラスのサヨコもスゴイんだぞー?」
「舞鶴先輩ですか?」
「うん! 凡人にしては頭がいいんだぞー。ノエルほどじゃないけどな!」
「ノエルちゃんは天才ですもんね」
「ふははははー!」
(ふふ、所詮はロリ)
学年トップの成績を誇る舞鶴を捕まえて『凡人にしては』と称する天才児を望莱は適当にヨイショしつつ、心中では嘲笑した。
(それより、これはどっちですかね……)
出来ればパスワードを知っている他の部員の名前も聞き出したいが、この件に深入りしても仕方がない。
ドローンの盗難事件を解決することは望莱にとってはさして重要ではないからだ。
弥堂に協力していた可能性のある人物を少し絞れただけでも僥倖だろう。
「では、次にこの間お渡しした映像の解析についてなんですけど――」
望莱は話題を切り替えて、ノエルに頼んでいた他の案件について訊いていった。
場所は戻って生徒会長室。
突然スカートをたくし上げた生徒会長。
完全に露わになった彼女の下半身を凝視したまま、蛭子は固まっていた。
その顔は驚きに満ちている。
今までに目にしたことのないものを見てしまったような顔だ。
それも無理はない。
京子のスカートの下には本来あるべきであるはずのもの――つまり、下着がなかった。
そのことを蛭子の脳が理解を拒み、彼には今何が起こっているのかが正確にはわからなかった。
しかし――
「蛮ちゃん……、みて……」
――そうして呆けていることすら彼女は許してはくれない。
自身で何も命令を下さないためにフリーズしていた脳は、京子の命令に従ってしまう。
視線はずっと彼女の露出したものに向いたまま。
その目に映った情報が段々と脳に染みわたっていく。
ようやく蛭子は自分が今何を見ているのか――
京子のスカートの中から出てきたものが何であるのかを理解した。
蛭子の視線の先、京子のスカートの下にあったもの。
それは――
「は、はずかしい……っ」
――オムツだった。
「えぇ……?」
目の前で恥じらうオムツ露出女に蛭子くんはドン引きした。




