3章13 Beyond the Veil ④
同じ学園に通う男子生徒を妊娠の冤罪によって退学させようと目論んでいた男は、自身が女子生徒を妊娠させた疑いをかけられて窮地に立たされていた。
弥堂には実際に妊娠や堕胎をさせた事実はないものの、これは先日白井さんと揉めた件のことだろう。
ニコニコ顏の氷上の尋問に応え、弥堂は無実を証明せねばならない。
「最初に一応確認しますけど~、これは事実ですか~?」
「そのような事実はない」
「こんなに通報があるのに、どうしてそう言いきれるんですか~?」
「そのような事実はないからだ」
「なるほど~?」
弥堂の初手はとりあえずの伝家の宝刀――ゴリ押しによる容疑の否認だ。
基本的に学園内で他人にどう思われようとも構わないのだが、それとは別に弥堂はまだこの妊娠作戦による紅月 聖人の討伐を諦めてはいない。
この先に実行に移すこともあるかもしれない。
それまではこの部屋にいる紅月の関係者のような連中に、作戦を気取られるわけにはいかないのだ。
「う~ん……、でも~。全くの誤解で複数人からの通報が入るなんてことも考えづらいですし~。万が一この件が保護者の方々のお耳に入ったら面倒――ゲフンゲフンッ、当学園としても弥堂さんをお守り出来ないような事態になってしまうかもですし~?」
「きっと俺を陥れることを目論んだ反体制派の連中の仕業だろう。通報者のリストを寄こせ。あと文句を言ってくる保護者がいたらそいつらの住所も教えろ。俺が懇切丁寧に説得してやる。念入りにな」
「おやや~? 秒で圧力をかける方向にシフトしましたね~? 説明じゃなくて説得とか言ってますし?」
「そうやってすぐに邪推をするお前の心持ちが浅ましいだけだ」
「えぇ~? そうでしょうかぁ~?」
氷上はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、愉しげに弥堂の顔を見ている。
彼女にとっては生徒同士の不祥事など実際はどうでもよく、単に弥堂のおかしな事態を面白がっているのだろう。
「それにぃ~? G.W前にも正門前で女性トラブルで騒ぎを起こしていたらしいじゃないですか~?」
「そのような事実はない」
「なんでも~? 浮気を咎められた腹いせに痴漢をしたとか~? しかもしかも? 今回の女子とは別の女子ですって~?」
「そいつは俺の彼女だ。彼女だから何をしても痴漢にはならない。不当な容疑だ」
「いえ、それは真面目にどうかと思いますよ?」
それには氷上もジト目を向けてきた。
「というか、複数の女子になんやかんやってとこは否定しませんね~? 弥堂さんはヤリチンさんなんですか~?」
「“あね”。ちがう。“ふーきいん”はただバカ犬なだけ。お外で発情するとその辺の手ごろなメスに襲いかかる」
「あら~? 狂犬ってそういう意味だったんですね~」
「そう。でもバカだからすぐにフラれる。それで泣きながら私のところに帰ってくる」
「勝手なことを言うな」
氷上と“うきこ”に好き放題に詰られて、弥堂はついに態度を悪くした。
「そこまで言うなら証拠を持ってくればいいんだろ」
「証拠、ですか……?」
開き直る弥堂に氷上は首を傾げる。
「ワタシから訊いておいてなんですけど、こういうのって証拠を出すのは難しいと思いますよ~? 人間関係に物的な証拠って基本ありませんからね~」
「ふん、そうやって俺から無実の証明の機会を奪おうとしても無駄だ。俺をそのへんの素人と一緒にするなよ」
「はぁ」
痴情の縺れのプロと名乗った男は鋭い目でメイドを睨む。
「本人たちをここに出頭させてやる」
そして自信満々にそう言い放った。
氷上は少し同情げな目で弥堂を見る。
「あの……、そんなことしても何の証明にもならないというか~? 修羅場が加速するだけと言いますか……」
「証明にはなる。そいつらは処女だ」
「え~と? だから?」
「そもそも穴に突っ込んでねえんだから妊娠もクソもねえだろ」
「うわぁ……」
自分の女の処女膜を証拠品として提出すると述べた男に氷上はドン引きした。
「そんなこと言われても……。確かめようもないですし~」
「確かめりゃいいだろうが」
「いやいや、まさかここに女子生徒を呼びつけて『キミは処女なのかな~?』って聞けとでも? 大炎上ですよ~? それに結局何とでも言えちゃうじゃないですか~」
「直接確認すればそれで済む」
「直接ってどうやって?」
「だから――」
弥堂は目の前にあった衝立をカラカラと脇にどかす。
向こう側で座っていた生徒会長がビクっと肩を動かした。
構わずに弥堂は彼女の方へ向かい、机の反対側――会長の背後に回った。
「こうやって――」
そして、目を合わせぬように顔を俯ける彼女の両脇に手を差し入れて身体ごと持ち上げて、執務机の周りを歩いて元の方向へ戻る。
「――確かめればいい」
そう言って生徒会長を執務机の上に座らせて手を離した。
室内の全女子がパチパチとまばたきをする。
「え~と……、とりあえずお嬢さまに触れた無礼は一旦置いておいて……」
戸惑いがちに喋る氷上の言葉に、一旦置いておかれたお嬢さまはガーンっとショックを受ける。
しかし、その仕草で顔が上がって弥堂の顏が見えるようになったので、すぐにまた顔を俯けた。
「これでどうやって確かめられるんです~?」
「チッ、まだわからんのか」
氷上の問いに苛立たしげに弥堂は眉を寄せつつ、机の上に置かれている物に視線を遣る。
するとアンティークな電話機が眼に入った。
「だから――」
弥堂は受話器を片手にとり、もう片方の手を生徒会長の膝に置く。
「ここで股を開かせて適当にこれでも突っこんでみろよ。血が出たら俺は無実だ」
そのあまりに堂々とした非人道的な最終陳述に生徒会長はゴーンっと白目を剥く。
パタパタと駆け寄ってきた“まきえ”が会長の長めのスカートを押さえ、せめてパンチラだけは守ってやった。
弥堂は受話器が邪魔だったので、とりあえず会長の手に握らせてみる。
そんな弥堂へ、氷上は珍獣でも見るような目をマジマジと向けてきた。
「え~~っと……? 狂ってるんですか~?」
「狂ってなどいない。正常で効率のいい処女検査だ」
「いやいや、自分の彼女をそんな扱いする人いないでしょ~?」
「我々は処女しか認めないということになった。そう決まったところだ。お前らここの支配者だろ。ちょうどいいからキッチリ調べておけ」
「そんな初夜権みたいなことできませんよ~。令和なんですよ? 正気ですか~?」
「うるさい黙れ。俺は解決案を提示したぞ。お前らが検査するまでこの件については何も喋らんからな。あぁ、そうだ。検査の際はちゃんと映像に残しておけよ。処女じゃなかったと言い張られたらかなわんからな」
「おぉ~。相変わらずの地球人類とは思えない発言。クセになりそうですね~」
本来なら弥堂を咎めるべきはずの立場の氷上だが、まるでお喋りを楽しむように笑う。
それならそれで都合がいいと、弥堂は会話を終わらせにかかった。
「ということで以上だ。検査が終わるまではもう俺を呼びつけるなよ。じゃあな」
一方的に告げて踵を返そうとするが――
「――オイ、待てよ! “ふーきいん”ッ!」
“まきえ”がそれを呼び止めた。
「なんだ」
「なんだじゃねェんだよ! いっつもいっつもワガママばっかりしやがって!」
「そう感じるのはお前がワガママを――」
「――あぁーッ! ウッセ! ウッセ! その手にはのらねェかんな!」
弥堂がすかさず屁理屈で煙に撒こうとすると、女児はお耳を塞いで聴こえないフリをした。
「チッ、これ以上なんの用だ」
「これだけで終わりじゃねェんだよ!」
「じゃあなんだ」
「オマエ、連休前の騒ぎの時に正門前の桜を折っただろ!」
「なんのことだ?」
それは正門前で希咲の彼氏だと言い張りながら彼女に痴漢行為を働き、結果としてぶっ飛ばされた時のことである。
女子高生離れした空中コンボをくらい吹き飛んだ弥堂が桜の木に激突し、それによって木が折れてしまった件だ。
弥堂はすぐにそれを思い出しはしたが、とりあえずスッとぼけておいた。
「バックレてんじゃねーよ! あれもオマエがやったってみんな言ってたかんな!」
「みんなとは誰だ」
「みんなはみんなだよ! オマエがやったって言ってた人がたくさんいたんだって!」
「たくさんとはどれくらいだ? 全校生徒の内の何人がそう言っていた? まさか数人程度でたくさんなどと言って、俺を陥れようとしているんじゃないだろうな? おい、どうなんだ」
「だーからーッ! なんですぐにオマエがキレてくんだよ! おかしいだろ⁉」
早速わけのわからないことを言い出した男に“まきえ”は怒鳴り返す。
勢いで負けてはいけないと女児は学んでいた。
「大体本当に折れていたのか? そんな痕跡は見当たらなかったぞ」
「オレが直したんだよ!」
「ふん、嘘を吐くな。折れた木をそんな簡単に戻せるものか」
「ウソじゃねーよ! オマエがぶっ壊したモンいっつも直してやってんだろうが!」
「どうだかな。本当は壊れていなかったものを直したと嘘を吐いて自分の手柄を捏造してるんじゃないのか?」
「オ、オマエ……、よくそこまで言えるな……。バケモンかよ……」
学園の設備を頻繁に壊しておいてそれを指摘されてもまるで悪びれない弥堂に“まきえ”は恐怖を覚える。
弥堂はつまらなさそうに鼻を鳴らすだけだ。
「というか、直ったんなら別にいいだろ」
「ついに開き直りやがったな。メーワクかけんなって言ってんだよ!」
「迷惑だと? 本当に迷惑だったのか? 具体的にどの程度の迷惑だったのか言ってみろ。どうせ難癖をつけるために大袈裟に――」
「――だぁーーッ! ウルセェっつってんだよ! オマエと喋ってると頭おかしくなりそうだぜ!」
「だったら話しかけてくるな。自分から話しかけておいてなんだその言い草は。さては貴様、そうやって当たり屋のようなことをして俺から金を――」
「――ぎゃぁーーッ! ねーちゃん! 助けて!」
止まらない弥堂の屁理屈に“まきえ”は堪らずに氷上に助けを求めた。
「え~と、迷惑といえば迷惑ですかね~? この学園のお庭の管理はワタシの仕事でもあるんですが、普段から常駐できるわけじゃないんで。代わりにやってくださっている姦作さんも専門ではありませんし~?」
「お前が? 庭師の仕事を出来るのか?」
弥堂は氷上に疑いの眼を向ける。
こんな年若く軽薄な口調で喋る女にそんな仕事が出来るとは思えなかったからだ。
「庭師というか~? それも仕事の一部ではありますね~」
「どうでもいい。で、話はもう終わりでいいんだな?」
「え? この人一切謝らない? さすがですね~」
注意は与えたものの、やはり真剣には弥堂を咎めずに氷上はまた笑っている。
どこまでが冗談で、どこからが本気なのかの境目が読めず、弥堂はその点で彼女が嫌いだった。
「あともう一個いいです~? 龍脈暴走の時のことなんですけど~」
「俺にはまず、その龍脈とやらがわからないから答えようがない」
「またまた~。ほら~、ゾンビがいっぱい出てきた時のことですよ~?」
「知らないな」
「どこで何してたんですか~」
「いつのことかわからないから答えようがない。というか、お前自身は何をしていた?」
「え~? 気になります~?」
何を言っても暖簾に腕押しといった感じで、弥堂のやり口は彼女には通じづらい。
「ワタシは~、ちょうど大学の方に居たのでそっちを駆除して~。それから清祓課と一緒に街を飛び回ってたんですよ~? あ、清祓課ってわかりますよね~? 最近弥堂さんが仲良しになったあの人たちですよ~?」
「チッ」
「本当にワタシの行動が気になるのなら~、佐藤さんにでも訊いてみてくださいな~。ウフフ」
やはり清祓課との関係を掴まれていたようだと弥堂が舌を打つと、氷上はその反応に満足げに微笑んだ。
氷上相手には通じないので、弥堂は標的を変えることにする。
「おい――」
ジロリと見下ろしたのは、机に座ったままの生徒会長だ。
「あの日のことは前に訊かれた時に答えただろ」
「あれ~? いつのことかわからないんじゃなかったです~?」
「うるさい黙れ。俺はこいつに言っている」
氷上を無視して生徒会長を問い詰めるが、彼女はいつも通り何も答えず、弥堂の顔を見ようともしない。
「俺に何かを訊きたいのなら自分で訊け」
だが弥堂がそう言うと、会長は自身のお尻の後ろに手を伸ばしてPCのキーボードを取った。
それを膝の上に置き、“カタカタカタ……ッターン!”と素早く打鍵する。
すると、氷上が手に持つタブレットが着信をした。
彼女はそれを読み上げる。
「えぇ~っと……? あの日、港で門のような――」
「――自分の口で言え。あまり俺をナメるなよ」
だが、弥堂がそれを遮り、あくまで生徒会長本人に話しかける。
「声を発する価値すらないという意思表明か?」
会長は静かに首を横に振る。
それでも弥堂の顔を見ることはなかった。
「これまではお前の立場を尊重してきてやったが、勘違いをするな。俺はお前の配下になったわけじゃない。見下すのもいい加減にしろよ」
「…………」
会長は一度だけ身体をブルリと捩らせただけでそれ以降は動かない。
静かにただそこに居るだけだ。
弥堂はそんな彼女の頭頂部を視たまま3秒だけ待ち――
「――そうか。じゃあな」
――今度こそ踵を返して出口へと向かう。
「ほら、“あね”。私の言ったとおり」
「本来はアナタは止めに入るのが仕事ですよ~?」
「“ふーきいん”のあれはポーズ。ここから逃げたいから怒ってるフリ」
「あら~? サイテーさんですね~」
「それより賭け。私の勝ち」
「は~い。じゃあ、約束のおこづかいです~」
どうやら彼女たちは、弥堂から話を訊き出せるかどうかという賭けでもしていたようだ。
氷上は“うきこ”のちっちゃなお手てに百円玉を一枚握らせる。
「うふふ」
“うきこ”はそれを愛おしげに指でスリスリした。
その頃にはもう弥堂は部屋のドアを開けている。
振り返ってドアをきちんと閉めることもせずに廊下を進もうとした時――
――目の前には一人の男子生徒が。
蛭子 蛮だ。
「…………」
「…………」
二人の目は合ったが、お互い何か言うことなくそのまま擦れ違った。
(あいつは今日まで停学のはずじゃなかったか……)
弥堂は横目で背後を気にしながら先へ進む。
(あのヤロウ。堂々と歩きやがって)
遭遇しても一切動じた様子を見せなかった弥堂のことを、同じく蛭子も視線は向けずに意識だけした。
蛭子は閉じた生徒会長室のドアの前に立ったまま、弥堂の気配が離れて行くのを待つ。
少しして足音が聴こえなくなったところで蛭子はドアをノックした。
そして1秒だけ空けて、返事を待つこともなく入室する。
「よォ、みや……、アン?」
蛭子は生徒会長に挨拶をしようとしたが、その彼女が何故か電話の受話器とPCのキーボードを持って机の上に座っていたので、怪訝そうに眉を顰めることになった。
「オマエ、なにやって――」
そして当然の疑問を口にしようとしたが、それもまた中断される。
突然、正面から誰かが組み付いてきたからだ。
「オイオイ……」
だが、蛭子はそれに驚くことはなく、呆れたような顔で目線を下にやる。
その視線の先、というかすぐ近く。
蛭子の身体に抱き着いてきたのは生徒会長だった。
「つか、オマエってそんな素早く動けたんだな……」
この後の対応を考えて少し面倒になりながら、そんなどうでもいいことを口にする。
すると、会長がバッと顔を動かして蛭子を見上げてきた。
彼女の身体はプルプルと小動物のように震えている。
そして――
「――蛮ちゃん……」
――とてもか細く縋りつくような声で呼びかけてきた。
ウルウルと大粒の涙をためた彼女の瞳を見下ろして、蛭子は「ハァ」と大きく溜息を吐いた。




