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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章13 Beyond the Veil ①

 放課後になり、HRも終わった。



 別れの挨拶が済み担任の木ノ下が教室を出ていくと、これで自由になったとばかりに生徒たちは動き出す。


 朝のHRが終わって授業が開始して以降、弥堂と聖人の間には特に何も起こらなかった。



 昼休みや授業の合間の休み時間に聖人の方から何かしら言ってくるかと弥堂は思っていたが、そんなこともなく。


 ならばと体育の時間のバスケの時に、偶然を装って聖人に執拗なファウルをしかけて挑発したりもした。


 だがそれでも彼は苦笑いをするだけで、激昂して襲い掛かってくることもなく。


 ただ弥堂が「授業のバスケで5ファウルで退場になる奴なんか見たことない!」と教師に怒られただけだった。



 しかし、だからといって聖人が完全に弥堂をスルー出来ていたわけでもない。


 弥堂のことは気になるようで視線を送ってくる回数も多い。


 間違いなく意識はしている。


 きっと5回目のファウルの時に、聖人のシューズを脱がせて隣のコートに投げ込んでやったのが効いたのだろう。あの時は彼の苦笑いも引き攣っていた。



 だけど決定的なことは起こらない。


 もの言いたげな顔をしていても、聖人はこの放課後まで弥堂に直接絡んでくることはなかった。



 そして今も――



 聖人は弥堂に横目で視線を向けてきた。


 弥堂は堂々と眼を合わせる。


 だが、聖人は唇を噛んですぐに視線を逸らした。



(ふん、根性なしめ)



 4回目のファウルの時には腰を掴んで身体を揺すってから引き倒してやると、隣のコートで見学していた女子どもがキャーキャーと騒ぎ彼を心配した。


 このような屈辱を与えてやったというのに、それでもかかってこないとは男の風上にもおけないと、弥堂は心中で彼を見下す。



「……あの、ごちそうさまでした」


「うん?」



 帰り支度を終えたのか、隣の席の空井さんがボソっと何かを言ったような気がした。


 しかし彼女は内気で臆病な女生徒で弥堂に話しかけてくるなんてことはない。


 だから気のせいだと思うことにして、昏尹さんと一緒に帰っていく彼女の背中から視線を切った。


 そんな時――



「――お疲れさまです。弥堂君」



 学級委員であり同じ風紀委員でもある野崎さんがやってきた。



「あぁ、野崎さんか。お疲れ」


「うん。ありがとう」


「俺になにか?」



 はにかむ様に微笑んでから、野崎さんは表情を業務中のものに改める。



「うん。先週末にもお伝えしたけど、今日の放課後は――」

「――あぁ……、委員の会合が中止なんだったか」


「そうそう。委員長にお客さまが来るからって。忘れてたらいけないって思って」

「そうか。わざわざ悪いな」


「ううん。差し出がましいことだったらごめんなさい」

「いや。いつも助かってるよ」



 週を跨いでわざわざ重ねて連絡をしてくれながら、野崎さんは弥堂のプライドに配慮して遜る。


 わかってる女で便利な女だと、弥堂は少し機嫌を良くした。


 すると、それに呼応したわけではないだろうが、野崎さんもまた表情を緩める。


 業務連絡はこれで終わりという合図だ。



「ところで、弥堂君」


「なんだ」



 だからここからは世間話となる。



「紅月君となにかあった?」


「いや? 別に」



 有能な学級委員である彼女は当然、弥堂たちの様子に気が付いていた。


 この訊き方じゃ答えてくれないかぁと――野崎さんは「うーん……」と少し考え、



「紅月君と仲良くなったの?」


「なんだそりゃ」



 そう聴き直すと、弥堂の表情が崩れて眉間に皺を寄った。


 不機嫌になったわけではなく、ただ理解に苦しんだだけだ。



「キミにはそう見えるのか?」

「うーん、私というより、女子たちが結構気にしてて……、かな? 連休明けたら妙に意識しあってるみたいって」


「俺は別に。ただ、俺は風紀委員だ。その俺を意識するのはヤツになにか疚しいことがあるからじゃないのか」

「なんか意味深な感じで視線を合わせてる回数がやたらと多いとか」


「覚えがないな。それで? 結局みんなは何て言ってるんだ?」



 弥堂としてはバカな女どもの邪推になど欠片も興味がない。


 だが、もう少し教室に居る必要があるし、野崎さんへのサービスのつもりで話に付き合ってやった。



「えっとね、大きくわけて2つの派閥かな?」

「なんだそりゃ」


「うふふ。一つはほら、希咲さんの件で」

「希咲がなんの関係がある」


「え? なにって……」

「それで? もう一つは?」


「あ、うん。もう一つは、なんというか、お耳を汚すことになると言いますか……」

「なんだそりゃ」



 弥堂がまた不可解さに眉を寄せた時――



「――七海ちゃん今日もこなかったんだよ」

「ちょっと心配だね」



――早乙女の目立つ声が聴こえてきた。


 日下部さんと一緒に帰ろうとしているようで、スクールバッグを肩から提げて教室の出口へ向かっている。


 その通り過ぎ様――



「――なぁーなぁー、紅月くんなんか知んない?」


「えっ?」



――その出入口近くの席に座る聖人に早乙女が話しかける。


 聖人は少し驚いたようで肩を跳ねさせた。



「えーっと、早乙女さん。なんの話かな?」


「アホののか。紅月くんは私たちと一緒に会話してたわけじゃないんだから、ちゃんと聞かないとわかんないでしょ?」


「あはは……」



 日下部さんが早乙女を咎めると、聖人は曖昧に笑って誤魔化した。



「あのね、紅月くん。七海はどうしたのかなって、私たち心配してて」


「あーっ! マホマホはそうやってまた自分だけポイント稼いでんだよ。愛人素養ハンパねーんだよ」


「やめろばか。事あるごとに私を修羅場に組み込もうとしないで」



 自席の前で立ち止まった彼女たちがキャイキャイと言い合っていると、聖人はもう一度苦笑いをしてから答える。



「あぁ、うん。七海はちょっと体調崩してて……」


「体調を」

「へぇ」



 どうとでもとれる便利な理由を伝えると、女子2人はスンっと真顔になった。


 その落差に聖人はビクっと怯える。



「え、えっと、でも、もう大分よくなってて、今は大事をとって念のために休んでるだけだから、もうちょっとで……、あはは……」



 聖人はわけがわからずにしどろもどろに言い訳のようなものを重ねる。


 そうしながら、何か悪いこと言ったかなと、聖人は内心で首を傾げた。



 彼女たち2人の目線では、希咲が最後に教室に姿を見せたのは連休前の4/28となる。


 本来なら連休が終わった後に登校を再開するはずだった希咲が、血相を変えて朝の教室に現れた。


 そしてその次に希咲を学園で見たのは5/1の放課後だ。


 その時に彼女になにがあったのかというと――



「僕なにかマズイこと言った?」と聖人が焦っていると、女子2人はグリンっと顔の向きを変えた。


 その先に居るのは弥堂だ。



「――あ、弥堂君。あっち」


「あ?」



 野崎さんに指摘され、弥堂は出入り口の方を見る。


 そこにはジトーっとした目をする早乙女と日下部さんだ。



「なんだよ」



 その視線の温度が気に喰わないので、弥堂は思わず口を利いてしまう。


 だが、彼女らは何も言わずにもう何秒か同じ視線で弥堂を見てから、クルっと出口の方を向いた。


 そのまま「でさー」「それなー」とお喋りしながら教室を出ていく。



 全く意味がわからないと、弥堂が野崎さんの方へ向き直ると――



「あやまろ?」



――コテンと首を傾げながらそう言われてしまった。


 弥堂の浮気疑惑はまだ完全に晴れていないようだった。


 本人はそんなことをもう忘れてしまっているので、鬱陶しそうに溜め息を吐く。



「キミたちのその連携は訓練でもしているのか?」


「え? 訓練? あはは……、やだ。なに言ってるの弥堂君。うふふ……」



 弥堂が冗談を言ったとでも思ったのか、野崎さんはコロコロと笑いだす。


 彼女の方こそ冗談なのか本気なのか判然としないと、弥堂は眉を顰めた。



「楓――」



 すると、彼女を呼ぶ声が。


 舞鶴だ。



「そろそろ行くわよ。部活」


「あ、ちょっと待って小夜子」



 野崎さんは彼女へ声をかけて弥堂に向き直る。



「それじゃあ弥堂君。ごめんね」

「構わない。早く行ってやるといい」


「うん。それじゃあ、さようなら」

「あぁ」


「小夜子ー。今日は部活休みだってば……」



 ペコリと挨拶をして、野崎さんはパタパタと舞鶴の方に駆けて行った。



「あら? そうだったかしら」

「うん。今日は部長にお客さんが来るからって」


「そういえば言っていたわね。それじゃあモールに寄っていくわよ」

「うん。いいよ」



 そして二人も連れだって教室から出ていく。


 周囲の生徒も大分少なくなってきていた。


 それはつまり邪魔になる者が減ったということだ。


 今なら声をかける絶好のチャンスでもある。



 弥堂は席を立って通学バッグを持つと、自身も教室の出口へと向かった。


 そうして――



「――弥堂」



――聖人の席の前を一歩過ぎたところで呼び止められる。


 弥堂は廊下の方を向いたまま、横目で彼を見下ろした。



「マ、マサト……」


「大丈夫だから」



 不安げな様子のマリア=リィーゼに断りを入れてから、聖人は改めて弥堂に話しかける。



「弥堂。キミに訊きたいことがある」


「だから?」


「え――」



 しかし、即座に発せられた弥堂の返事が思いもよらないものだったのか、早速彼は困惑して言うはずだった続きの言葉を詰まらせてしまった。



「『訊きたいことがある』、それはお前の今の状態だろ? ただの都合で、そういう欲求を持っているという」


「は……?」


「聞いてもねえのに、何故自分が今どういう状態にあるかを、いちいち俺に報告してくる? 気色悪い」


「な……っ?」


「それともなにか? お前がそういう欲求を持っていれば、他人はそれに応えて当然だとでも思っているのか? それは勘違いだよ、お坊ちゃん」


「な、なんだって……⁉」



 そして流れるような弥堂の煽りによって、開始数秒で眦を上げることになる。


 後ろの席で天津が目を覆った。



「もしも、本気でそう思い込んでいるのなら。わざわざ断りなど入れずに、とっとと訊けばいいだろ? 効率が悪い。この愚図め」


「お、お前……っ!」



 敵対心を隠しもしない弥堂の態度に、聖人もヒートアップしていく。


 しかしそれよりも早く頭に血が昇り切った人がいた。



「この無礼者ォーーーッ!」



 マリア=リィーゼ様だ。



「黙って聞いていればなんですの! その態度は! エルブライト公国の第一王女たるこのわたくしのパートナーが貴方に問いかけているのです! しっかりと答えなさいッ! この下民が!」


「リ、リィゼ……、ダメだよそんなこと言っちゃ……っ」



 光の速さでぶちギレた王女さまの叱責に、聖人は逆に冷静になってしまう。


 慌てて彼女を止めようとするが――



「あ?」


「ヒィ――」



 ギロリと、弥堂の眼が向くと第一王女さまは怯む。


 彼女は王女として蝶よ花よと育てられた。


 このような瞳に映すモノになんの価値も認めていないような冷徹な眼を向けられた経験などあまりないのだ。



「なにが王女だ。この家畜以下のゴミめ」



 対して、弥堂くんは高貴な身分の女性が大嫌いだ。


 大体セラスフィリア様のせいである。



「自分の価値を勘違いするなよメスブタが。王族の女などガキを生産するためだけの畑だろうが」


「ななな、なんですって……⁉」


「王女だと威張りたいのならとっとと国に帰ってガキをひりだせ。そっちで賞賛を浴びて勝手に有頂天になってろよアホが。よそ様の国でプラプラ遊んでるだけのボンクラに、何故日本人の俺が頭を下げねばならん。お前の身分などケツ拭く紙よりも薄っぺらだ」


「げげげ下民の分際で……っ!」


「うるさい黙れ。ゴミ以下の分際で俺にナメた口をきくな。国民の税を貪って肥え太った使い道のない苗床め。お前の国のヤツらはキレてるぞ。金を吸うだけ吸ってバックレやがってと。金返せよこのヤロウ」


「んガッ――⁉」



 世の王族の過半数以上が死ぬまでに一度も言われることのないような汚い罵倒を浴びて、マリア=リィーゼさまはゴーンっと白目を剥く。


 しかし彼女はかのエルブライト公国の第一王女だ。どこにある国なのかを知る者はこの教室には殆どいないが。


 高貴なる王族のプライドが彼女の正気を呼び戻す。



「けけけ決闘ですわぁーッ!」


「うわぁっ! ダメだって!」



 王女さまはナヨっちい女の子フォームで弥堂に手袋を投げつけようとするが、手から放たれると同時に聖人が慌ててキャッチした。


 チッと、弥堂は舌打ちをする。



「どうした? ゴミ女。キィキィ金切り声を上げるだけで何も出来ないマグロか? ヤク中の売女の喘ぎ声の方がまだマシだぞ」


「キッ⁉ ギッ……! キィェェェェェッ⁉」


「うるせんだよ。股からドリル突っこんで腹の中を滅茶苦茶にしてやろうか? ホンモノの役立たずにされたくなければ黙ってろこのブス」


「キョワァーーーッ! わ、わたくし、このような侮辱を受けたのは生まれて初めてですわ! ガチで初めてですわ! マ、マドカ! 何をしているのです! 今すぐにこの痴れ者を斬り捨てなさい……ッ!」


「黙っていろ豚女」


「あ、あんまりですわぁーっ!」



 どストレートで口汚い悪口のオンパレードに王女さまは痛く傷ついた。


 おまけに何故か味方にも背中から刺されて心がベッキリ折れる。


 机に突っ伏すとわっと泣き出してしまった。


 そのあんまりなやられっぷりを見て、聖人はキッと弥堂を睨みつける。



「弥堂ッ! 女の子になんてことを……!」


「男相手ならいいのか?」


「そういう問題じゃないだろ!」


「どういう問題かをお前が決めるのか? お前がその権利を持っているのか?」


「そんな話はしていない!」


「そもそも女を侍らせたまま絡んできたのはお前だろ。騎士気取りをするのなら最初からどっかにやっとけ。傷つけられたくないものを俺の前に出すな」


「そ、それは……」



 遂に弥堂と聖人が直接の言い合いを始める。


 が、やはり口喧嘩では圧倒的に弥堂が優勢で、聖人は碌に言い返すことが出来なくなっていった。



「なんだ? 都合が悪いのか? じゃあこれで終わりにしてやるよ。じゃあな」


「ま、待て……!」



 好き放題に言うだけ言って弥堂が立ち去ろうとすると、聖人は慌てて引き止める。



「なんだ? まだ何かあるのか?」


「まだもなにも、まだ何にも言ってないだろ!」


「じゃあ、なんだ? さっさと言えってんだよ。自分の女をボロクソに貶されても何も出来ないタマナシめ」


「弥堂ッ!」



 度重なる挑発に激昂し、聖人は席を立ちあがる。


 その勢いで弥堂に詰め寄ろうとして、しかし彼は足を踏み出さなかった。



「なんだ? ビビってんのか? こいよ坊ちゃん」


「ぼ、僕は、キミとケンカをする気はない……! まずは話を訊きたくて呼び止めたんだ」


「あ? 眠てえこと言ってんじゃねえよ。理由が欲しいんだろ? くれてやっただろうが。お前の女を辱めた。十分だろ?」


「そ、それは……、でも、リィゼが先に……」



 生来の行儀のよさからか、聖人はいきなり弥堂に殴り掛かったりするようなことはしない。


 その態度に弥堂は強く舌を打った。



「なんだ? まだ足りねえのか? おい、ブタ王女。聞いたか? お前が悪いんだとよ。お前の男がそう言ったぞ。謝れよてめえ」


「あんまりですわぁーッ!」

「び、弥堂ッ! 僕はそうは言ってない……!」



 卑劣な弥堂のやり口に王女さまはさらに大泣きをする。


 彼女のことを気にして聖人は余計に弥堂に集中できない。


 そんな時――



「――ルッセェんだよ! クソがッ!」



――横合いから怒声が乱入した。



「さっきっから人の席の近くでギャーギャーとよォ……ッ!」



 ゆらりと席を立ってヨタヨタと近づいてきたのは鮫島くんだ。



「さ、鮫島……、騒がしくして、ごめん……」


「チッ」



 人のいい聖人は彼に謝罪をするが、弥堂はジロリと鮫島くんを視る。



「なんだ、貴様。俺の邪魔をするのか?」


「……ヘッ」



 鋭い視線を受け流して、鮫島くんはニヤリと笑った。



「ベツに? オレはやめろとは言ってねェぜ?」


「あ?」



 弥堂と聖人の間に立ちながら矛盾したようなことを言う彼に、弥堂は怪訝そうな顔をする。



「逆だよ。とっとと始めろって言ってんだよオレは……ッ!」



 そう言って鮫島くんは歯を剥いた。


 これには弥堂も聖人も不可解そうにする。



「男のくせにギャーギャー言い合ってんじゃあねェよ! やんならとっとと殴り合えってんだ!」


「鮫島ッ! 僕はそんなつもりじゃ――」


「――ア? そうかァ? オレにはオマエもやる気マンマンに見えたがなァ? 違うのか?」


「そ、そんなことは……」



 図星をつかれたように聖人は口ごもる。


 弥堂は目を細めて鮫島くんに訊ねた。



「どういうつもりだ?」


「別にどうも? つか、とっととやろうぜ! そんでオレも混ぜろよ!」


「は?」



 何故か当事者たちよりも興奮して息を撒く彼に弥堂も気勢を削がれる。



「前に言っただろ? 紅月らとモメんならオレはオマエにつくってよ」


「なんのために?」


「紅月か蛭子とケンカさせろよ! そんな機会なかなかねェからよ! オイ、早く蛭子呼んで来いよ! どっちがオレの相手だ? アァッ⁉」



 理解不能だと弥堂はただ眉を顰める。


 聖人の方も意味がわからずに動揺した。



「ば、蛮は今日まで停学だよ。ていうか何言ってんの? 鮫島」


「ハァ? じゃ、テメェがオレの相手だな? おし、来いよ。今日のために首相撲を仕上げてきたんだ! ゲロ吐かせてやんよこのヤロウ!」


「どうして⁉」



 聖人はどうにかやり過ごそうとするがまったく話が通じず、鮫島くんは完全にやる気だ。


 弥堂は自分の前に立つ鮫島くんの後頭部を無機質な眼で視る。



「よくわからんが。お前は俺に協力をするということか?」


「オォ! でもタイマンだから手を出すなよ!」


「そうか。なら役に立ってもらおうか」


「ア? どういう意味――ゴブゥッ⁉」



 弥堂は鮫島くんにスッと近寄り、背後から彼の首に腕を回して気管を締める。


 味方のはずの男から唐突な裸絞を喰らい、鮫島くんはゴブリンのような鳴き声を上げた。



「ど、どういうことぉっ⁉」



 意味のわからない展開の連続に聖人は困惑する。


 鮫島くんはすでに声も出せないようでどんどんと顔色が悪くなっていった。


 一人だけ冷静な弥堂は聖人を睨む。



「おい。このままだとこいつが死ぬぞ」


「は、はぁ……⁉」


「いいのか?」


「いいわけないだろ! っていうか、味方じゃないのぉ⁉」



 2秒前に自分にケンカを売ってきていたクラスメイトが突然人質のようなものに変わり、聖人の理解はついていけない。



「そうだ。こいつは俺の役に立つと言っていた。それは俺のために死んでもいいということだ」


「そんなバカなッ⁉」



 あまりに飛躍した弥堂の主張に聖人はびっくり仰天する。


 鮫島くんも「そんなこと言ってねえ」と、自身の首を絞める弥堂の腕を必死にタップした。



「こいつがこうなったのはお前が俺に絡んできたせいだ」


「ムチャクチャだよ! というか、やめろ! 首を絞めるのはシャレにならないって……!」



 鮫島くんの顔色はもう紫色だ。ちょっと泡も噴いている。


 これ以上は悪ふざけじゃ済まないと聖人は訴えるが、弥堂の表情は変わらない。



「元々洒落じゃないからな。止めたいのならさっさと俺をどうにかした方がいいぞ」


「び、弥堂……ッ、キミは……ッ⁉」



 その冷徹な瞳に、聖人は弥堂の意図をようやく察する。



 きっかけは何でもいい。


 何が何でも聖人に先に手を出させる。


 彼はずっとその為の行動しかしていない。



 それは仲間たちに止められていたことだ。


 ここまで直接の接点がなかったために、聖人は弥堂のこの融通の利かなさをわかっていなかった。


 そして、彼の『手段を選ばない』というのがどういうことかも。



 中途半端に話し合いをしようとしただけで、こんなことになるとは思っていなかったのだ。


 だが、無関係なクラスメイトを巻き込んでしまった以上、このまま放っておくわけにもいかない。



 鮫島くんはもう意識が飛びかけている。


 弥堂が力を緩める様子はない。


 このままでは万が一がある。



(ぼ、僕を挑発するためだけに、こんなことを、こんな場所で、こんな簡単に……⁉)



 その振り切れ方に戦慄する。


 そして、もうやるしかないのかと覚悟を決めようとした瞬間――



――ぴんぽんぱんぽぉーんっと、間の抜けた音がスピーカーから鳴った。


 これは連絡用の校内放送だ。



『2年B組の弥堂優輝君。2年B組の弥堂優輝君。至急、生徒会長室までお越しください。繰り返します――』



 女性の声でそうアナウンスされた。



 聖人が呆然とスピーカーを見上げていると、弥堂がチッと舌を打った。



 弥堂は鮫島くんの首を絞める腕を緩める。


 彼はもう完全にオチていた。


 適当にそのへんにペイっと捨てると、どこからともなくスッと現れた須藤くんと小鳥遊くんが気絶した彼を回収していった。



 放送が終わると辺りにはマリア=リィーゼさまの嗚咽だけが響く。


 聖人が口を開けたままどうしたものかと迷っていると――



「――じゃあな」



 弥堂は興味を失くしたように踵を返した。



「――あ、ま、待てっ!」



 聖人はそれを反射的に呼び止めてしまう。



「3度目だぞ。しつこい。聴こえてただろ」



 弥堂は顎を振ってスピーカーを示す。


 そうすると、聖人は口ごもった。



「こ、こんなこと、許すわけにはいかない……っ」


「気が合うな。俺は俺を許すなと言っている」


「弥堂ッ」


「邪魔をするな。それとも一緒に行くか? あっちで聞いてやろうか?」


「くっ……!」



 続きは生徒会長室で。


 そしてそこに居る人間を巻き添えにする。



 弥堂のその脅迫まがいの言葉に聖人は悔しそうに視線を逸らした。


 弥堂はもう一度鼻を鳴らすと今度こそ教室を出て行った。



 息を吐いて聖人は席に座り直す。



「いいのか?」



 すると、天津からそう声をかけられる。


 一連の出来事にも、彼女には動じた様子はない。


 聖人は苦笑いを浮かべ、首を振った。



「……仕方ないよ。京子先輩を巻き込むわけにはいかないし」


「そうではない。郭宮の元にアレを行かせていいのかと、私は聞いたんだ」



 天津の指摘に聖人はハッとする。


 慌てて立ち上がろうとするが――



「――紅月くん」



 タイミング悪く、新しく教室に入って来た女の声に呼び止められてしまった。


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― 新着の感想 ―
まさかの聖優!?
弥堂×紅月派閥と紅月×弥堂派閥ではどっちの方が優勢なんだろうか?
弥堂くん相手に口喧嘩するのは聖人くんのような良い子にとって難しいすぎ
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