3章12 ○× sneak into ×○ ④
リビングと寝室は引き戸で区切られてる。
その戸が開けっ放しだったので、敷居を跨ぐだけで寝室には入れた。
中は4.5畳くらいの部屋でシンプルなパイプベッドが置いてある。
他の家具はやっぱり何もない。
一人暮らしだから微妙に違うかもだけど。
ここがあたしたちでいう“自分の部屋”ってやつよね?
でもあいつの趣味とか好みとか、そういうのが表れているようなものは何も見当たらない。
本棚もなければ机もない。
勉強どうしてんだろ? ガムテーブルでやってんの?
てか、あいつって勉強すんの?
……こ、高校生だし、テストもあるし、少しはするわよね。
全然イメージ出来ないけど。
この部屋もあっちと一緒だ。
物は少ないはずなのに散らかってる。
まず目につくのは床に脱ぎ捨ててある洋服。
あ、このジャージって嘘デートの時に着てたやつじゃん。
ちゃんと畳んでしまっとけ……っていうか、そもそも洗ってないのか。
てゆーか、マジで他の私服はないわけ?
探してみようと視線を動かすと――
「ん? これって……」
ビックリ。
寝室の床にブーツが置いてある。
もちろん新品じゃない。
これはアムリタ事件の時に履いてたやつだ。
あたしは「うぇぇっ」と思わず顔を顰める。
ブーツには煤だか泥だかわかんないような汚れが目立つ。
それどころかどう見ても血痕としか思えないようなものまで。
港での戦いの激しさを物語るようだ。
つーか、このブーツちょっと壊れてる?
それはベツにいいんだけど。
こんなもんベッドのすぐ横に置いとくな!
なんで玄関に置かないのよ!
ベッドの上で枕に頭をのせて横を向いたらすぐ間近に目に入るような場所にこんなの置いておいて、なんで平気なんだろ。
ぅぐぐぐ……っ! スルー!
顔を別の方へ向けると、壁にハンガーで架かってる制服が目に入った。
「は?」って思って、そっちへ近寄る。
美景台学園の男子制服。
それ自体は見慣れてる。
だけど――なんで3着?
横並びで架かってる制服の内2着はクリーニングの袋を被ってる。
制服多くない? 私服はジャージ1着なのに?
ヘンなのって思った時、足元の紙袋に気付く。
大きな紙袋が2つ。
印刷されている名前はクリーニング屋さんのもので、近くの“MIKAGEモール”に入っているお店だ。
片方の袋を覗いてみる。
「……?」
あたしの理解がすぐには追い付かない。
袋の中はクリーニングが終わった後の洋服がいくつか。
まず、制服が5着。
「……え?」
なんで?
制服8着持ってるやつとか聞いたことないんだけど。
蛮のスニーカーみたいな感覚で制服集めてんの? バカなのかな……?
他にはクリーニング済みのパンツとか靴下が入ってる。
「……え?」
パンツとか靴下ってクリーニングするもんなの?
ベツにダメってことはないだろうけど、少なくともそんなことしてる人をあたしは知らない。
これ以上あいつのパンツのことなんか考えたくないから隣の袋へ。
「……え?」
そっちに入ってたのは多分クリーニング前の衣類。
脱いだ服をこっちに入れてクリーニング屋さんに行って、クリーニングが終わった物と交換して持って帰ってくるってサイクルなのかな。
それはベツにいいんだけど。
袋に入ってる衣類は、また制服。
それからパンツに靴下にバスタオルなんかも。
「……え?」
も、もしかして……
あいつってば自分で洗濯したくないからって、なんもかんもクリーニングに出してんの?
そういえばあっちの部屋のゴミ袋にもパンツとか靴下とかタオルとか入ってたけど、そんなに使い古した物には見えなかった。
え? 気分次第でクリーニングしたり捨てて新品に替えたりってこと?
それって毎月いくらかかんの?
バカなの?
困惑しすぎてなんかヘンな風に胸がドキドキしてきた。
関係ないのに不安がやばい。
健康に悪そうだから見なかったことにしよ。
逃げるようにして近くにあった段ボール箱の中を見てみる。
「……え?」
入ってたのは、制服だ。
それもこっちは多分新品だ。
箱の中に何着も積まれている。
制服箱買いってこと?
マニアなの?
自分の制服の?
「……ぅ、うぇぇっ、わかんないよぅ……」
わかんないけどコワくって、泣きそうになったあたしは箱をパタンと閉じる。
その隣にあったもう一つの箱を開けてみた。
「あれ? これって……」
その中にあったのは見覚えのあるもので、あたしは正気を取り戻す。
こっちに入ってるのは女の子用の衣類。
私服や制服と、あと下着類が少し。
これは愛苗の洋服だ。
なんでここに……って、そっか。
そういや夢の中で見た病室で愛苗が着てたパジャマも、あたしの知ってる服だった。
入院用やこの先の生活のために水無瀬家から持って来たのだろう。
そう納得したのも束の間――
「……んん?」
――ちょっと待って。
誰が持って来たの?
もっとずっと前からここにあったなんてことはありえない。
普通に考えたら、愛苗が“ああ”なっちゃってからよね?
でも、どうやってそれを水無瀬家から持ち出すの?
愛苗は両親から忘れられちゃってる。
本人が行くにしろ弥堂が行くにしろ、そんな状態で水無瀬家を訪ねて「お洋服とらせてください」なんて言っても「は?」としかならない。
それに愛苗は入院しちゃってるわけだから、やるとしたら弥堂よね。
「……え?」
まさか盗んできたの?
あたしは箱の中の愛苗のパンツをジッと見る。
「……え?」
水無瀬家に忍び込んでこのパンツを盗みだそうとタンスを漁ってる弥堂の姿を想像してドン引き。
いや、自分の制服集めとかクリーニングの乱用とか、そういう無駄遣いやめて愛苗に服買ってあげてよ!
っていうか、愛苗のお家ってお店やってるから毎日いつでもパパかママのどっちかは必ずお家にいるはずなんだけど、そんな中どうやって……
「……え?」
そこであたしはハッとする。
そ、そういえば愛苗ママが謎の強盗に入られたとか……
パンツ強盗ってこと……?
「……え?」
ダメだ。
さっきから「え?」しか言えてない。
この家に来てから困惑しかなくてやばい。
ビニ手の中の手汗もやばいし。
このままだと困惑しすぎで自分の名前もわかんなくなっちゃいそう。
これも一旦見なかったことにして蓋を閉めようとした時――
――あたしの眉がピクリ。
箱の中の愛苗の服はグチャグチャだ。
さっきの弥堂の脱いだ後の服程じゃないけど、適当に箱に詰められてる。
た、たいへん……っ! このままじゃ愛苗のお洋服がしわくちゃになっちゃう……っ!
たたみたい! たたんであげたい……っ!
でも――
「――ぅぐぐぎぎぃ……っ!」
今度は疼く左手を右手で押さえる。
ダメ。ダメよ七海。ガマンするのよ!
で、でも、このままじゃ退院した愛苗がしわくちゃの着替えしかなくて残念な気持ちになっちゃう!
強制的に迷いを打ち切るように、勢いよく箱をパタンと閉める。
弥堂め。許さないわよ。
ゴメンね愛苗。退院したら一緒にお洗濯とアイロンしようね。
絶対にあのクソDV男のとこから助け出してあげるから!
新たな決意とともにあたしは立ち上がる。
そういえばこの部屋にはタンスもない。
や。服をこんな風に扱ってる時点でそりゃそうなんだけど、こんなの不便じゃないのかな。
アホみたいにクリーニングしてるせいで家具を買うお金がないってこと?
うーん……
そんな風に考えたところで思いつく。
キッチンに転がってた段ボールの束。
もしかして引っ越しするため?
そっか。そういうことか。
愛苗と一緒に住むにはこの部屋じゃ手狭だから別の家に移るつもりか。
だから大きな家具とかはもう運び出したあとってことなのかな。
まぁ、そうよね。
こんな環境で日常生活してる人なんているわけないし、いくら弥堂でもそんなわけないわよね。
引っ越し直前だから部屋がこんな状態って考えたら、まぁ理解は出来る。
あー、はいはい、オッケオッケ。
完全にわかっちゃったし。
ふぅ、ちょっと気分がよくなった気がする。
つーか、あっぶな。
この感じだと引っ越しまであとそう何日もないわよね。
早めに侵入しとくべきって、みらいの判断は間違ってなかったってことか。
おし、他のとこも確認するぞ。
コキコキと首を鳴らしながら次は備え付けのクローゼットへ。
両開きの扉を見上げてみると、ここにも付箋が挟まってる。
失くすと厄介だからそれを先に回収してから扉を開けた。
クローゼットの中には服が架かってない。
だけど、丸めて放り込んであるものが。
革製のその服?を手に取って広げてみると、ボロボロのツナギみたいな服だった。
かなり頑丈な造り。
だけど、多分上半身部分が消し飛んだみたいになってる。
これって前に港の倉庫の監視カメラで見たってみらいが言ってたやつよね。
ライダースーツみたいなのって。
さっきのテーブルとか冷蔵庫とかもそうだけど、どうやったらこんな壊れ方するんだろ。
てゆーか。
なんで捨ててないの?
なんとなくそこに違和感を覚えた。
これも血とか土埃みたいなのがいっぱい付いてるから、あんま触らないように横に置いておく。
他にクローゼットにあるのは細かいゴミみたいなのと、段ボール箱くらいだ。
しゃがんで箱を引っ張り出して開けてみる。
「んー……」
この中もゴミみたいなのばっかり。
なんかの空き瓶とか、ボロボロのポシェットとか。
どれもこれもに言えるんだけど、なんというか造りに古さみたいなのが感じられた。
だけど、それだけで特に目立ったものはない。
ちょっとだけホッとする。
よかった。麻薬とかそういうマズイものが出てきたらどうしようって思ってたから。
「あれ?」
箱の中の一つの瓶に気が付く。
ちょっと大きめのガラス瓶。
これには中身が入ってた。
手に取るとジャラっと音が鳴る。
造りの粗いガラス瓶の中は錠剤みたいに見えた。
「ま、まさか……っ」
こ、これ、ヤバイおクスリとかじゃないわよね……?
不安になりながら【鑑定】のスキルを発動――
「――んん……?」
――だけど、スキルが表示してきた鑑定結果は『アイテム名:不明』というものだった。
少し目を細めて考える。
この【鑑定】スキルは対象のアイテムの名前や効果を見破るためのものだ。
だけど万能じゃない。
あたしのスキルレベルは9だけど、これより高い等級のアイテムは鑑定出来なかったりする。それより高いっていうとレベル10になって、それが最高ランクだ。
こんな適当な扱いのこの薬がそうとは思えない。
他にも鑑定が出来ないパターンがある。
それに気が付いたのは1年くらい前からだけど。
みらいが言うには『システムに登録されてないアイテム』は鑑定が出来ないそうだ。
みらいの説明では、辞書に書かれてない言葉は辞書では調べられない――とか。
ネット上のどこにも書かれていない言葉はどう検索しても出てこない――とか。
そんなニュアンスらしい。
そういうアイテムはレアなのかっていうと、そうじゃない。
この日本で生活する上で日常でいくらでもある。
だからこの錠剤を鑑定出来なくても別に変でも珍しくもないんだけど。
「…………」
ふと思いついて、脇に置いたボロボロの革スーツを【鑑定】してみる。
こっちも結果は同じだった。
アイテム名は“不明”で、“broken”という追記だけがある。
壊れていて使えないという意味だ。
「ふーん……」
他にもこういう系の物ないかな?
あ、さっきのブーツ!
ブーツにも【鑑定】をしてみるけど、ビンゴ。
これも同じでアイテム名は不明だ。
「んー……」
少し考えて今度は【無尽の害意】のナイフを出す。
ナイフの先端で革スーツをほんの少しだけ刺してみる。
すると刃は通った。
傷はつけられる。
ランクの高すぎる装備ってわけじゃない。
スキルでの看破がジャミングされてるわけじゃない。
だけど何にも解析を受け付けない。
これって……
やっぱり一つの可能性にぶつかる。
みらいは思いっきり否定してたけど。
あたしの知識に無い化学物質だとか鉱石だとか、そういうものだったら不明になるのもわかる。
でもこの革って動物よね?
こういうのって大体牛とかだと思うんだけど、うーん?
他にも何かないかな。
思いついたのはさっきの十字架だけど、あれはちょっと気が引ける。
周囲を見ても目ぼしい物はない。
「…………」
ボロボロのスーツを見つめる。
これってもう使わないわよね?
ほんのちょっと切れ端をもらっていくとか――
「――やめとくか」
――これにリスクをかけてもしょうがない。
まぁ、本筋とも少し離れるし、ここでやめとくか。
でも、覚えとこ。
全部元の位置に戻してクローゼットの扉を閉める。
付箋も忘れずに。
もうPCのデータコピーも終わってるだろうし、そろそろ――
『――ベッドの下を』
――なんて思った時に思った時に豪田さんからの指示が。
「…………」
『念のため』
えぇ……? あたしヤなんだけど?
だって男子のベッドの下よ?
何があるかわかんないじゃん。
『とりあえずカメラだけでも』
「はい……」
諦めてヘッドの方からペン先をベッドの下に。
さっきとはまた違った意味でドキドキ。
「なにかありますか?」
『特には……、あ、いえ、ビニールシートが』
ビニールシート? なんだってそんなものがベッドの下に。
ピクニックでもしたん?
『確認してみてください』
「……はーい」
うぅ、ヤダよぅ……
頭を下げてベッドの下を覗いてみる。
あー、確かに奥の方にそれっぽい物がある。
他には特に何もない。
強いて言うならゴミと埃だ。
よくこんなとこで寝られるわね。
『引っ張り出してみてください』
「え――」
ウソでしょ? この下に顔つっこむの?
絶対髪に埃つくからヤダなぁ……
「あ、そうだ。【愛の深さと等しきモノ】――」
喚び出すとあたしの左ふとももにガーターリングが。
紫色の宝石が控えめに光って、鎖が一本伸びてくる。
「あれ――あのシートとってくるのよ」
あたしが命じると、鎖がシャリンっと小さな音を立ててゆっくりとベッドの下に入っていく。
心なしか気が進まなそうな動きだ。
鎖はすぐにスルスルと戻ってくる。
ビニールシートをペイっと床に放って、あたしが何か命じる前にガーターの中に帰っていった。
ごめんて。
出てきたのは雑に畳まれた青いシート。
何かを包んでいるような感じはしない。
とりあえず広げてみるか。
すると――
「……え?」
――広げたシートにはベッタリと赤い染みが。
どう見ても血痕だ。
ちょっと指切っちゃったとかそういう量じゃない。
ホテルで見た死んじゃった人の身体の下に流れていたような、そんな血の量だ。
『採取お願いします』
あたしはドン引きというか、一瞬頭がフリーズしちゃってたんだけど、豪田さんからは冷静かつ無慈悲な指示が飛ぶ。
採取って……
血は完全に乾いてしまっているようだ。
絵具とかペンキの跡みたいな。
仕方ないので指輪からアイテムを取りだす。
スタッフさんから渡されていたカメラのフィルムケースのような物。
ビニールシートにこびり付いた誰のものかも知れない血痕をナイフの背で少し削る。
これ誰の血よ。
恐すぎんだけど。
ま、愛苗じゃないわよね?
ついこないだ病院で元気にしてたし違うわよね……?
カサブタのように剥がれ、砕けて零れる血をケースに入れて指輪に仕舞う。
使ったナイフも消す。
無言でシートを畳み直して、また【愛の深さと等しきモノ】を使ってベッドの奥にさっさと戻す。
ウネウネと不満そうに進む鎖の動きを見送っていると――
「……ん?」
――ふと、自分が手を乗せてる床に違和感を覚えた。
ベッド下のすぐ手前の位置だ。
「…………」
ヤな予感を浮かべながら力をこめてみると床板がズレる。
床下収納のようだ。
さらにヤな予感を膨らませながら、中を見てみる。
そこに入っていたのは拳銃だ。
「…………」
あたしはパタンっと蓋を閉じた。
スッと立ち上がる。
うぇぇ、もうやだよぅ……
こんなんだったらエロ本が出てきた方が全然マシだったっつーの!
マジでなんなのこの家!
こんな殺人鬼の部屋みたいなとこにこれ以上いられるかと、あたしはリビングへと足早に引き返していった。




