3章12 ○× sneak into ×○ ➂
リビングに戻ってきました。
リビングじゃなくってダイニング?
どっちでもいっか。
改めて見回してみると、うーん……
なんだろ。
物がないのに散らかってる?
ヘンな感想だけど。
部屋の真ん中あたりにダイニングテーブル。
テーブルの上には適当に物が乗っかってるというか転がしてあるというか。
んで、椅子が2つ。なんでパイプ椅子なのよ。
ん? 背もたれの後ろのシールに『私立 美景台学園』って書いてあんだけど。
え? これ……、え……?
一旦スルーして周囲をキョロキョロ。
それ以外には床にテレビが置いてあるだけで、他に家具らしき物が何も見当たらない。
床置きもスルーするとして、あいつもテレビとか観るんだ。
当たり前っちゃ当たり前だけど、ちょっと意外。
これしか物がなくてお部屋はスッキリしてるはずなのに、散らかってる印象を受けるのはあちこちにゴミが転がってるからだ。
紙を丸めたやつとか、コンビニのビニール袋の口を縛って風船みたいに膨らんでるやつとか、そういうのが床にポイされてる。
ゴミ箱は見当たらない。
代わりなのかわかんないけど、部屋の隅の方にゴミ袋がいくつかある。
ゴミ箱からゴミ袋に移してゴミの日に出すのが面倒だから直接ゴミ袋に捨ててるとか?
それはすっごくあいつっぽい。
多分このテーブルからゴミ袋の方にポイって投げて、袋に入らなかったのが床に落ちて、それをそのまま放置してるんだろうなあ。
だらしない男子のやりそうなこととして凄くイメージできる。
つか、みらいもそうだし。
それと――
スリッパの爪先でフローリングの床を軽く擦ってみる。
すると床の色が変わった。
「うわ……」
薄く白い膜が張ってるみたいに埃が積もってる。
こことか毎日の生活の中で居る時間が長い場所だろうに、こっちも全然掃除してないのね。
所々その膜が剥がれてる箇所はあいつが歩いた跡なのかな。
……って、んん?
あたしはその場でしゃがんで、床の気になった場所をよく見てみる。
これって靴跡……?
え? あいつ靴履いたまんまで部屋上がって生活してんの?
ウソでしょ……、って思ったけど、でもそっか。
あいつ外国暮らししてたのよね。
部屋でも土足な習慣?
それなら仕方ない……、でいいのかな?
大家さん的にどうなんだろ。
これならあたしもわざわざスリッパに履き替えなくてもよかったかな。
や、ムリだ。日本人的価値観が咎める。
ま、もういっか。
立ち上がって、もう一回周囲をキョロキョロ。
掃除機も見当たらない。
寝室の方にあんの?
そもそも置いてないとかだったら、それって最初から掃除なんか一切する気がないってことよね。
んー……ビミョー。
ここって1年くらいは住んでるのよね?
埃はすごいしあちこち汚いけど、1年間完全放置ってほどじゃない気がする。
すっごくたまにだけど、一応掃除はしてるのかも?
それでもあたしからしてみると、生活空間としてどうなのってレベルだけど。
あいつよくこんなとこで暮らせるわね。
まぁ、どうでもいっか。
そろそろ用件を済ませなきゃ。
テーブルに視線を動かす。
すると目的の1つがすぐに見つかった。
それはノートPCだ。
ペン先のカメラに畳んで閉じてるノートPCを映す。
『――確認。10秒後に』
豪田さんの声を受けてあたしは部屋の隅に視線を向ける。
そこにあるのはインターネットモデムとWi-Fiのルーターだ。
あいつスマホの使い方もよくわかってなかったし、ああいうの苦手そうだけど、あれ自分でセッティングしたのかな?
あそこの隅っこでしゃがみこんで、一生懸命機械と格闘する弥堂を想像するとクスってしちゃう。
『――5……、4……』
5カウントが開始されると、あたしは指輪からアイテムを一つ取り出す。
それはUSBメモリの見た目をした『M.M.S社』製の秘密道具だ。
『……1……、0』
カウント0とほぼ同時に、部屋隅の機器の点滅・点灯していたランプが消える。
それを確認してあたしはUSBをノートPCに差し込んだ。
メモリのランプがピカピカと点滅を始める。
『――念のため電源も』
あ、はい。
指示に従って、畳んでいた画面部分を開く。
すると、画面が勝手に点いた。
どうやらスリープ状態になっていただけで、ちゃんとシャットダウンしてなかったみたい。
こういうとこもすっごくあいつっぽい。
やっぱ端々にその人らしさみたいなのが出るもんなのね。
今回はあたしは楽でいいけど。
今PCの中身のデータが差し込んだUSBにコピーされていっている。
その動作の痕跡を外部に発信されないように、念のため部屋のネット回線をスタッフさんたちが遮断しているのだ。
時間はそんなにかからないはずだけど、その間あたしはやることがないので手持無沙汰だ。
無意識にPCの画面に視線が向いてしまう。
アプリとかは閉じてたみたいで、画面にはデスクトップが表示された。
されたんだけど――
「……は?」
――表示された壁紙を見て、あたしは一瞬頭がフリーズした。
「なにこれ……」
なにこれっていうか、なんで?
壁紙に映ってたのは、愛苗とあたしだ。
や。なんで?
そんなどうでもいい感想しかすぐには浮かばなかった。
なんというか、これがすっごくあいつっぽくないからだ。
この写真は教室での風景で、愛苗とあたしがお喋りしてるシーンかな?
いつぞやのアレと一緒で多分盗撮したものだと思う。
今回はさすがにパンチラはしてないけど。
ツッコミどころは他にもある。
『どうやって撮った?』とか、『なんで撮った?』とか、『なんであいつが持ってんの?』とか。
多分あたしが思うべきことは「え? きも」とかそういう感じのことだ。
だけど真っ先に浮かんだのはやっぱり『なんで壁紙に?』って違和感だった。
「……あれ? え? あっ――」
ここで唐突に気が付いた。
あいつが自分から愛苗を守る? そんな風になった理由。
愛苗のことが好きになったから。
や。実際はどうだか知んないけど。
でも、普通の男子高校生が女の子を守ろうとするようになる理由としてはさ。
一番ありえそうなものよね。
とはいっても、弥堂が愛苗を好きになったって本気で思ってるわけじゃなくって。
その誰でも思いつきそうな一番シンプルな理由を、あたしもみらいも、全く発想すらしてなかったってことに、今この瞬間に気が付いた。
そういう意味です。
うーん?
どうなんだろ。
もちろん愛苗はめっちゃカワイイし、いい子だし。
好きになる男子がいてもおかしくない。
おかしくないっていうかそれがフツー? つか全人類好きになれ。でも不用意に近づいたらぶっ殺す。
それがあたしのスタンスだ。
でも、あの弥堂が――ってなると、それもまた想像つかない。
『愛苗を』っていうか、そもそも人を好きになるってのが。
や、でもエルフィさんいたしな。
あいつエルフィさんのどんなとこが好きになったんだろ。
う、やば。めっちゃ興味ある。
でもでも、彼女いたってことは、あいつでも人を好きになることがあるって証拠よね。
じゃあ、愛苗のどんなとこにだろ。
前にみらいに借りて読んだ漫画とかだと。
ああいう人の心どっかに落っことしてきちゃいました系の子って、愛苗みたいな“いい子パワー”に絆されてってパターンが多いわよね?
ぐぬぬ、これもめっちゃ気になる。
だけど、今はそんなこと考えてる場合でもない。
あたしも女子なので、こういうことを考え出すとちょっと止まらなくなっちゃう。
ともあれ、あいつが愛苗を好きになっちゃったんだったら、不明瞭だった色んなことに説明がつくようにもなるんじゃ……
壁紙だってそうよね。
好きな子の写真を――とかって、別に全然ヘンなことじゃないし。
盗撮はダメだけど。
そんな風にまとめかけたけど、でもすぐにちょっと違うなと思った。
もう一回壁紙の写真を見る。
うん。やっぱ不自然よ。
仮にあいつが愛苗を好きだったとしても、あの弥堂がわざわざ壁紙の設定とかする?
あたしは絶対にしないと思う。
そもそもそんなこと自体思いつかなそう。
あたしと嘘デートした時に、嫌がらせでスマホの待ち受けをお互いの写真にしたじゃん?
あの時の反応からしてそういう発想がなさそうだし、そもそもやり方もわかってなかったし。
おまけに、この壁紙の写真にはあたしも映ってる。
やるにしても、この写真を選ばないわよね。
愛苗だったらお願いすればいくらでも写真くらい撮らせてくれそうだし。てゆーか、撮らせちゃうし。
だからあいつが愛苗を好きでもそうじゃなくっても。
やっぱりこの壁紙に激しく違和感。
そんな疑いを持ちつつ、壁紙をジッと見てるとふと別の思いが。
つか、この写真欲しい……
あたしが持ってない愛苗の写真。
あたしが普段撮る感じとは全然違った印象の写真。
めっちゃ欲しい。
めっちゃカワイイし。
都合よくあたしとツーショだし。
…………思わず無意識にマウスに手が伸びると――
『――他の場所の調査を』
ハッ――⁉
愛想のない豪田さんの声であたしは我にかえる。
危ない。ホントにごくごく個人的な理由で泥棒するとこだった。
ありがと豪田さん。
名残惜しさを感じつつ手を引っ込める。
くそ、弥堂め。
なんてヒキョーな罠を。
ジトっと画面を睨んで、そしてすぐに目元の力が抜ける。
「なにそれ……」
恋愛的な好きとかじゃなかったとしても、こんな写真を壁紙にしてそのまんまにするってなに?
自発的に壁紙に設定するのもヘンだけど、それをそのまま使ってるってのもヘンじゃん。いつだって変えられるのに。
なのに、これをそのまんまにしてるってのは。
恋愛的な好きじゃなかったとしても、少なくとも悪い感情は持ってないってことよね。
愛苗に。
そして……
こんなのどう思えばいいかわかんないじゃん。
そんな迷いが浮かんで、気持ちが落ちそうになる。
頭を振って、その重さを振り払った。
「……あれ?」
そうすると、テーブルの上の他の物に目がいく。
他の物っていうか、まずはテーブルそのものだ。
えーっと、これどう説明すればいいんだろ。
なんかさ。
テーブルの真ん中あたりがガムテでグルグル巻きになってんだけど、なにこれ?
え? どういうことなの?
生活の中のどんなシーンでこんなことしようって思っちゃうの?
ダメだ。あたしには理解不能だ。
ん?
なんかこのテーブル傾いてる。
傾いてるっていうか軽く『Vの字』みたいになってるっていうか。
え? まさか真っ二つになったテーブルをガムテで止めてるってこと?
それそのまんま使ってるの? 雑すぎん? もうちょいなんか工夫しなさいよ。
つーかそもそも、生活の中でどんなことが起こればテーブルが真っ二つになるわけ?
ダメだ。やっぱあたしには理解不能。
珍獣の謎の生態について考えることを放棄して、テーブルの上の他の物に目を向ける。
色々散らかってるテーブルだから、最初に目に付くのはやっぱり大きな物。
それはお菓子の缶だ。
コンビニとかで売ってる普通のお菓子じゃなくって、多分デパートとかにあるみたいなちょっとお高めのやつ。
あいつこんなの食べるの?
てゆーか、お菓子自体を食べてるイメージがない。
あ、でも。
ちょっと思いつくことがあった。
探偵事務所の経理のオバちゃんとかがこういう缶にレシートとか入れてた。
オバちゃんというか、レシートや領収書はパパみたいな調査員さんのものなんだけど。
その調査員さんごとに缶を分けて、自分が使った分の領収書やレシートはここに入れといてねーって感じ。
あんまり現代的なやり方じゃないらしいけど。
パパみたいなだらしない人とかは、自分でキッチリ仕分けてから持って来いって言うと、ギリギリまで何にも出してこないんだって。
だから普段から気軽にポイって入れられるようにしておいて、経理の方で経費に出来るものと出来ないものを仕分けるんだってさ。
つまり――よ?
この中にはもしや、あいつの怪しい取引とかの記録が?
本音的にはあんま見たくないけど、今の状況だとそういう何かの証拠になるものが必要になるかも。
それが目的でPCのデータ抜いてこいってみらいに言われてここに来たわけだし。
というわけで――
「――失礼しまーす……」
――ちょっとだけビビリながら蓋を開けてみる。
暗殺の依頼書的なのとか出てきたらどうしよ。
しかし、そんな心配とは裏腹に――
「――あれ……?」
――缶の中には書類などの類はなかった。
入っていたのは――
「――十字架……?」
触れようと手を伸ばしかけて止める。
缶の中には2つの十字架。
チェーンや紐などは付いてない。
それはベツにいいんだけど――
「これって、焦げてる……?」
十字架はお世辞にもキレイな状態ではなかった。
アクセサリーとかでよく見かけるようなタイプの十字架じゃなくって、なんていうかもっとガチな感じのやつ。
黒く変色してたり。
拉げたみたいに変形した痕。
錆びや、血の痕に見えるものも。
「…………」
理解が追い付くよりも先に後悔が湧き上がる。
思わず十字架から目を逸らすと、缶の中の他の物に気が付いた。
それは多分髪の毛。
きっと女の人の髪の毛のほんの一部で、キレイに束にしてまとめられている。
反射的にパタンっと蓋を閉じる。
そして――
「――ごめんなさい……っ!」
――キレイに腰を折って、缶に頭を下げた。
やっちゃった。
これも絶対に見ちゃダメなやつだった。
不法侵入とかしといて何言ってんのって感じだけど。
それでもこれはダメだ。
もう! こんな大事そうな物こんなとこに無造作に置いとくな! お菓子の缶なんかに入れてないでちゃんとしまっときなさいよね!
……大事だから手を伸ばせば届くとこに置いとくのかも。
あぁーっ、もうっ!
早く謝らせなさいよね!
犯罪的なヤバイものとか出してくんじゃないわよ!
よし、切り替えよ。
気落ちしそうになるのを勢いで誤魔化す。
それから溜息を吐いて顔を上げようとすると、あたしはテーブルの向こう側の椅子の上に置かれてる物に気が付く。
あれ? あのバッグって……
近づいてよく見てみると間違いない。
これは愛苗の通学バックだ。
ぶら下がってるキーホルダーがあたしと“おそろ”なのだ。
テーブルのPCが向いてる側とは反対側にあるパイプ椅子に、その愛苗のバッグが置かれている。
少しだけ迷ってからバッグを開けてみる。
ゴメンね愛苗。
バッグの中身はパッと見で普通だ。
今までにも何回か見た愛苗のバッグの中と特に変わったとことはない。
あたしは自分のスマホを出して、保存していた画像を表示させる。
これは先月の時間割だ。
その時間割に書かれている教科と愛苗のバッグに入ってる教科書を見比べてみると――
――うん。金曜日の時間割だこれ。
愛苗が最後に登校した4/24も金曜日。
多分そういうことよね。
教科書を詰め直すとカサリと音が鳴る。
コンビニのビニール袋だ。
その中にはシャンプーなどのお泊りセット。歯磨きセットもある。
中身は大して減ってないような感じがする。
多分1、2回しか使ってない?
あ、よかった。
お風呂にはこれ使ったんだ。
ホッと安心して袋をバッグの中に戻した。
他には特に目立つ物はないのでチャックを閉じようとする。
すると――
「……ん?」
――異変に気が付く。
異変というか異臭だ。
普段家事をするあたしにはすごく覚えのあるニオイ。
「もしかして……」
バッグの中に手を入れて、弁当袋を持ち上げてみる。
ズッシリとした重みはない。
顔を近付けてニオイを嗅いでみると、やっぱりここから生ゴミのニオイが薄っすらとした。
いや、待って。
もしかしてこれ洗ってない?
弁当袋はもう一個ある。
おそるおそる手を伸ばしてそっちに持ち換えてみると、こっちには確かな重さが。
これは中身入りで、顔を近付けてみると――
「――うぇぇ……っ」
――しっかりとした生ゴミ臭がした。
これってまさか……
イヤな予感を浮かべつつスマホでカレンダーを見てみる。
多分中身がない方は愛苗のお弁当よね。
そんでもう一個の中身入りは愛苗が作った弥堂用?
ということは、愛苗が最後にお弁当作って持っていったのは4/24のはず。
多分自分用の中身は、行くとこなくて街を彷徨ってる時に食べたのかな?
中身は空っぽにしたけど洗ったりはできなくて。
弥堂用のは渡しそびれ?
当日の状況を考えると、そんなこと頭から抜けちゃってても仕方ない。
んで、今日はもう5/11だ。
「うそでしょ……」
思わず茫然とした声が出ちゃう。
愛苗が汚れたお弁当箱や腐った中身をそのままにしとくわけがない。
えーっと、4/24にこの部屋に泊まって、その次の日が港の大事件。
つまり、その事件以降は一回もここには帰ってない?
ずっと病院に入りっぱなしってことになるわよね?
それはベツにいい。
や、よくはないけど、一旦いいってことにして。
それはそれとしてよ。
つーか、あのバカ……!
洗ってあげなさいよ!
愛苗のバッグの中が臭くなっちゃうでしょ!
あー、でも。そっか。うん。
あのノンデリがそんなことに気が付くはずない。
ぐぬぬ……、なんて気の利かない男なの……!
こんなヤツと女子が一緒に生活できるわけない!
「どうしよ……」
思わずキッチンの方をチラっ。
いやいやダメよ七海。なに考えてるの。
でも洗いたい。洗ってあげたい。
こんなのずっと放置しておいて、退院した後にバッグ開けたら臭いとか。
そんなの愛苗がカワイソウ。
でもだからって……、やったらヤバイわよね?
クラスの男子が登校してる最中に空き巣に入って洗い物したらバレたって――
そんなことになったら、あたしアホすぎるわよね……
つーか、なんかあたしストーカーみたいじゃない?
や、気のせい気のせい。
とりあえずキッチン見るだけ見に行こ。
そう思って偵察に向かうけど、キッチンの入口でいきなり足止め。
床に解体した段ボールがいっぱい転がってる。
あによ。キッチンの出入り口にこんなもん転がしとくんじゃないわよ。ジャマね。
踏んづけないように慎重に足を上げたところで気が付く。
なにこれ?
目の前にあるのは冷蔵庫。
気になったのはその冷蔵庫のドアに貼ってあるガムテ。
段ボールから剥がして適当にここに貼っといたわけ?
何から何までだらしないわね。
でも……、ん?
そのガムテープになにか違和感。
テープが僅かに凹んでる?
そっと指を伸ばしてテープの窪みをなぞってみる。
なんか冷たい……?
これって冷蔵庫の冷気……?
あたしはギョッとして冷蔵庫のドアをマジマジと見ちゃう。
え? 冷蔵庫に穴空いてんの?
なんで?
どういう使い方をすれば冷蔵庫のドアに穴が空いて、それをガムテープで塞いでそのまま使い続けることになるのか。
あたしには全く想像もつかない。
くそぅ、弥堂め。
何から何まで意味不明。
ここってラストダンジョンかなんかなの?
見なかったことにしてキッチンのシンクへ。
……なんで!
流しには洗剤もスポンジもない。
周囲を見回す。
どこのご家庭にも必ずあるような生ゴミ用のバケツもない。
つか、調理器具すらもなんにも見当たらない。
フライパン、鍋、どころか電子レンジもない。
シンクの中にヤカンが転がってるくらいだ。
生活ナメてんのかあいつ……っ!
どうやって暮らしてんのよ!
改めてシンクの中を見てみる。
流しの中には、ヤカン以外にはコーヒーを淹れるための器具とマグカップ。
そういやコーヒー豆買ってきたとか前に言ってたっけ。
ホントに自分で淹れてんだ。
でも――
使用済みのドリップ用の紙とコーヒーの粉が流しの中に適当にベチャっと放り込まれてる。
とてもコーヒーを愛してる人のすることとは思えない。
これ適当に排水溝に流して片付けた気になってんの?
ふざけてんの?
同じく使用済みのマグカップはシンクの中で横倒しに。
多分その中から流れてきたであろうコーヒーが銀色を汚している。
「…………」
ハッ⁉ ダ、ダメよ七海っ!
思わず伸びていった右手の手首を左手で捕まえる。
せ、せめてカップくらいちゃんと立てて置け!
そんで中に水入れておけ!
え? つか、ちょっと待って?
食器を洗うためのものが何もないんだけど、これどうしてんの?
ま、まさか、適当に水で濯いでそのまま何回も使いまわし?
う、うそでしょ……、あいつなんも恐くないの? ヤバすぎじゃん。
そういえばBBQの時に使った洗剤とスポンジが指輪に入ってなかったっけ?
――って、ダメだってば!
で、でも気になる……っ! 気になり過ぎるっ!
ゆるせない……っ!
ぐぎぎぃ……っ!
湧き上がる衝動を必死に抑えると自然と手が上に上がる。
疼く右手を左手で掴んでプルプルと震えた。
なんなのっ!
どういうことなの⁉
本人留守なのに、どうしてこんなにあたしをイライラさせられるわけ⁉
これで生活できてるつもりなの⁉
つーか、あのヤロウ。
愛苗にもこんな生活させる気じゃないでしょうね……⁉
「……ぁぁぁああっ! ざけんなばかぁ……っ!」
怒りが最高潮に至ったあたしはつい大声を出しながら床を足でドンドンと鳴らしてしまう。
しまった、やってしまったと、冷や汗を浮かべた瞬間――
ドカドカドカっと――
階下から酷く慌てた様子の大きな足音が。
続いてバタンっと玄関ドアを開けて外に飛び出る音が。
マズイ――ッ!
あたしは床に散らばった段ボールをピョーンっと飛び越える。
この部屋の玄関が見える位置に移動して――
「【無尽の害意】――」
右手人差し指に顕れた指輪の黒い宝石が無機質に光る。
あたしの手にはナイフが現れ、そして戦闘態勢に。
マズった。
下の階に仲間が住んでた?
今ので侵入に気付かれてここに来ちゃうかも。
おのれ弥堂。なんてヒキョーな罠を……!
【小指で支える世界】で下の階から動き出した反応を監視する。
チラっと横目でUSBを見る。
作業はまだ終わってないみたい。
この部屋に踏み込んできたら先制攻撃を仕掛けるしかないか。
そう覚悟を決めた。
だけど――あれっ……?
生体反応は上には昇ってこない。
てゆーか、建物の外に出た?
位置的にはこの部屋の窓の下あたり?
このリビングからベランダに出るための大きなガラスドアには遮光カーテンがかかっりぱなし。
あたしはそこへそっと近づいて、慎重にカーテンに小さな隙間を作った。
階下には……、多分ゴミ捨て場かな?
そこに男の人が一人立っている。
見た感じ武器とかは持ってないっぽい。
「…………」
しばらく様子を見てみると、その男はゴミ捨て場の前に立ってこの部屋をジッと見続けている。
バレてる……?
「【偵察】――」
スキルで対象を見てみるけど、特になにも戦闘スキルはない。
パっと見でも戦う人にも見えないけど……
「すいません。仲間にバレたかも。表のゴミ捨て場の前の男。スキルなし」
『――了解。こちらでも確認』
報告を入れると豪田さんからすぐにお返事。
それからほとんど間を空けずに――
『――10秒後排除開始』
そんな報告が。
あたしもここからサポート出来るように男の監視を続ける。
棒立ちだった謎の男はどこかソワソワと落ち着きがない。
するとその場をウロウロと回り始めた――と思ったらピタっと止まってまたこの部屋をジッ。
え? なに? こわ。
その不審者っぷりにあたしが引いてると、男の左右から人が一人ずつ歩いてきた。
まず不審者さんの目の前を通り過ぎようとしたOLさんがヒラリとハンカチを落とす。
すると不審者さんは親切にもそれを拾ってOLさんに声をかけたようだ。
OLさんが不審者さんにペコペコと頭を下げると、不審者さんは片手で後ろ頭を掻きながら恐縮。
そうしている内に道の反対側から歩いてきたサラリーマンさんが不審者さんの背後を通り過ぎようと――見せかけて。
サラリーマンさんは不審者さんの背中にお札をペタリ。
するとスタンガンでも喰らったみたいに不審者さんがビリビリ。
抜群の連携で今度はOLさんが不審者さんのお顔にお札をペタリ。
不審者さんはスッと意識を失う。
その隙にサラリーマンさんは鞄から取り出した布をバサっと広げる。
大きな布であっというまに不審者さんを包んで寝袋状態に。
OLさんとサラリーマンさんは二人でその寝袋風不審者さんを担いで「エッホエッホ」と退場していった。
その悪の組織のような手際のよさと、自分もその仲間であるという事実にあたしはドン引きだ。
『――確保完了。作戦続行』
えぇ……、あたしもうヤなんですけど……
『――次は寝室を』
……はい。わかりました……
カーテンの隙間から、ベランダにパンパンのゴミ袋がいくつか転がってるのが見えた。
あたしはそれを見えないフリして、そっとカーテンを閉じた。
次はベッドルームらしいです。
なんか一番いかがわしそう。
精神健康のためにどこか他人事のように思いながら部屋の中へ戻った。
すると今度は部屋の隅のゴミ袋が目に入る。
「…………」
あたしはスンっと無表情になり、そこへ歩み寄った。
見たくないけどゴミ袋の中をジッと見る。
「…………」
ゴミ袋の中はゴチャゴチャだ。
燃えるゴミも。そうじゃないゴミも。ペットボトルとか服とか。なんかの機械部品みたいのも。
なんもかんも一緒くたに燃えるゴミの袋に放りこまれてる
あ、い、つ、ぅぅぅ……っ!
あたしはゴミの分別もしないクズやろうに激しい怒りを燃やす。
こんなのゴミ捨て場に置いておいても、最近の業者さんは回収してってくんないのよ!
そんで永遠にゴミ捨て場に放置されたままになるから、こっちが片付けるハメになんの!
あんたみたいなヤツのせいで!
くっそぅ。
ズカズカと寝室へ歩いて行く。
ゴメンね愛苗。
再会した時には新しいお弁当箱とスクールバッグをプレゼントするから。
だから今は無力なあたしを許して……!
でもここに来た目的のもう一つ。
愛苗がここに居ないことと、ここに居た時の痕跡を確認するというものは達成できた。
あともうちょっとのガマンよあたし!




