3章11 5月11日 ➁
「勇者の弱点――」
廻夜がポツリと喋る。
その声には先程よりも重みのようなものを感じた。
「そうだね。その前に弥堂君。仮にキミが勇者と戦うとしたら、どう攻める?」
「は……」
弥堂は短い返事を先に置く。
そして少し意外にも感じた。
いつものパターンならここから廻夜が怒涛の一人語りをするところだ。
このタイミングで自分に意見を求めてくるとは思っていなかったのだ。
そうは思えども、上司に発言を求められたのならば答えないわけにはいかない。
話の流れからして勇者の弱点を突けということだろう。
ではまず、その勇者の弱点とはなんなのかを考える。
我が事として考えると、そんなものはいくらでもあるような気がした。
そうすると途端に絞れなくなるので、ここは自分ではなく、廻夜が先に言っていたような一般的な勇者を仮想敵として考えてみることにする。
「一般的な勇者ってなんだよ」
「え?」
「あ、いえ。今のはミスです」
どうでもいいことにイラっとして、弥堂はつい失言をしてしまう。
他人から勇者などと呼ばれるバカが一般的なはずがないからだ。
しかしここは苛立ちを他所に置いて、一般的な勇者を仕留めるプランをシミュレートした。
すると答えはすぐに出る。
「……イジメ、ですね」
「なんだって?」
しかし弥堂の答えに廻夜は目を丸くした。
とはいえ、彼の目元は今日もサングラスで隠されている。
きっと驚いたように見えたのは気のせいだろう。
「それってこないだの魔法少女の時の話と一緒ってことだよね?」
「まぁ、概ね。要は戦闘能力が発揮できない環境下で精神的に弱らせて自殺に追い込みたいと思います」
「だからグロイよ! 弥堂君。僕は口を酸っぱくして言ったはずだよ? イジメはダメ。ゼッタイ。まったくビックリさせないでくれよぉ……」
「は。恐縮です」
どうやら驚いたように見えたのは気のせいではなかったらしい。
「それにさ、それって勇者が同じ学園に居るって設定だよね? そうすると仮にやるとしても、勇者をイジメの対象にするってのは難しいと思うぜ?」
「そうでしょうか?」
「そうさ。だって勇者だよ? イケメンで運動も勉強も出来る。分け隔てなく優しい。そんなのが同じ学園にいたらさ、そいつは間違いなくカーストトップだ。掛け値なしの“tier0”だよ。そんな人をイジメようとしたってさ、そんなの周りが着いて来ないよ。むしろ逆にこっちがイジメられちゃうぜ? 僕はそう思うね」
「なるほど」
それには一理あると思った。
そして廻夜がシチュエーションを具体化したことで、弥堂にも敵の姿がより鮮明にイメージ出来るようになった。
そうなると、手がないわけではない。
「ならば、孕ませです」
「えっ⁉」
弥堂が提示した次の案に、廻夜部長はビックリ仰天する。
「そ、それって……、ゆ、勇者をママにするってことかい……⁉ ご、ごめんね弥堂君。僕は完全に勇者=男の設定で考えていたからさ。だけど、女勇者だったとしてもそれは――」
「――いえ。俺も男で想定していました」
「えぇっ⁉」
恐る恐る確認してみたら、より驚愕の事実が浮かび上がってしまった。
廻夜はサングラスの下でお目めをキョドキョドさせる。
「び、弥堂君。その……、僕はね、そういう性癖もあっていいと思っている。これは誓って真実だ。だが、僕自身にはそういう癖はない。それはわかってくれるね?」
「はぁ」
「そ、その上で、確認なんだけど……。その男勇者ってのはもしかして男の娘なのかい? それなら僕には譲りあいに応じる準備がある。男の娘は妊娠可能――どちらかといえば僕はそっちの派閥だからね」
「はぁ。いえ、多分違うと思います。普通の男です」
「な、なんだって……⁉ じゃあ、するってぇとキミは、なんというか、男でもイケちゃったりするのかい……?」
「それもよくわかりませんが、やるとなったら相手は選びません。当然、手段も。俺にはその準備と覚悟があります」
「そ、そうかい……。ヤるとなったら……。そうか……」
廻夜はどこか畏れ入った風にゴクリと喉を鳴らした。
「だけど、弥堂君。現実問題、どうやって一般男性を妊娠させるのかという壁がある。キミはそこんところどう考えているんだい?」
「ん? 男を妊娠?」
「え?」
「それは不可能だと思いますが。しかし部長。ここで俺が言っているのは勇者を妊娠させるということではありません」
「え? 違うの? だって“孕ませ”って言ったよね?」
「はい。孕ませるのは勇者ではなく、勇者の女です」
誤解は解けたが、しかしここでまた問題発言が飛び出す。
弥堂の発言に対して――
「ほう……」
――しかし、廻夜は今度は驚きを浮かべることはなく、どこか面白げに微笑を浮かべた。
「さすがは弥堂君。実に興味深い話だ。続きをお願い出来るかい?」
「は。恐縮です」
上司の命に従って、弥堂は自身の思う“孕ませ”を説明する。
「要はですね。ターゲットの女が妊娠すればターゲットを退学に追い込めると、そう考えました」
「……うん? あれ? 思ってたのと違うなあ」
だが、廻夜はすぐに首を傾げてしまった。
「でもさ、弥堂君。確かに高校生の身の上でヒロインを妊娠させたりなんかしたら、それはさすがに勇者といえども取り返しのつかない醜聞になる。だけど、仮にそうなったとしても、なんか勇者パワーでいい感じの雰囲気にならないかな? 駆け落ちエンド的な。というか、そもそも勇者はそんなミスしないと思うし。だってさ弥堂君。考えてみてもおくれよ。ヤツら連日ヒロインのお腹のナカにダレイクトアタックをキメても当たり前のように着床しないじゃない? 妊娠にフォーカスした作風ならともかく。だからさ、デキちゃった結婚で身を持ち崩す勇者なんていないでしょ……」
そしていくつものダメ出しが出される。
だが、弥堂はゆっくりと首を横に振った。
「確かに仰るとおりです。自然にそんなミスが起こることはないでしょう。だったら起こさせればいい」
「うん?」
「ターゲットの周囲にいる女を孕ませるのではなく、外部の女を近付けて勇者の子供を孕ませるのです」
「それってハニートラップってことだよね? おいおい、この僕を甘く見てもらっちゃあ困るぜ? 断言するぜ。それは絶対に上手くいかない。ていうか定番じゃない。勇者モノの。ハニトラ要員がそのまま勇者にホレちゃってって。そんでホレちゃった後は元々いたヒロインたちと一緒だよ。うっかり在学中に妊娠なんてことにはならない。むしろ勇者ハーレムが増員されちゃうだけじゃないか」
「確かにそれは大きな懸念材料です。そこで考えました。それなら最初から孕んでいる女を送りつけようと」
「うん?」
「要は、もう誰の子でもいいので、既に出産が近い女をその辺から適当に拾ってきて勇者に押し付けてはどうでしょう」
「えーっと、子持ちヒロインってことかな? まぁ、なくはないけど……。でも、それってシングルママってことだよね? それを引き取るって逆に勇者の好感度上がっちゃわない? というか、身重の女性はその辺に落ちてたりしないからね? 女を拾うという表現はやめよう? ね?」
「ご安心を」
弥堂は上司の懸念を解消しようとする。
しかしその眼つきはおよそ他人に安心を齎すものではなかった。
廻夜の不安はさらに広がる。
「腹の中の子は勇者の子です」
「え⁉ で、でも誰の子でもいいって……」
「はい。ですから勇者の子だと言い張ります」
「そんなバカな⁉」
「昨今、女が無理矢理孕まされたと叫べば大体通るようです。実際は他の男の子であろうとも。そうやって規制事実を作り上げ勇者に責任を負わせるのです。それによって元の女たちとの信頼関係も破壊し、社会的に孤立させることを――」
「――弥堂君……」
朗々と語る弥堂の謀略を廻夜は遮る。
それはとても静かな声だった。
「それはつまり、托卵をするってことかな?」
「托卵?」
「元々は鳥などの習性なんだけどね。要は、他の男性との間に出来た子供を、現在のパートナーである男性の子として育てる行為のことだ。それで間違いはないかな?」
「はい。間違いありません」
「ふぅ……。弥堂君。ちょっとそこに座り給え」
「……は。失礼します」
既に対面に座っているのだが、上司の命令なので弥堂は一度立ち上がってすぐにまた椅子に座りなおす。
廻夜はもう一度重い溜め息を吐いてから切り出した。
「まず、托卵は禁止だ。これは不文律であり、一考の余地すらもない。サバイバル部では禁忌に指定されている」
「禁忌……」
弥堂は反射的に窓の外へ眼を向ける。
どうやら天使はまだ顕れていないようだ。
「弥堂君。托卵は赦されざる悪行だ。議論を必要としないほどの、そんな悪だ」
「なるほど」
「特に僕たちのような弱者男性にとっては本当に恐ろしいものだ。そんなこと僕は絶対に許さないよ。いいかい、弥堂君。托卵はダメ。これは我がサバイバル部の掟だ。僕たちはATMなんかじゃない。繰り返したまえ」
「は。我々はATMではありません」
「よろしい」
廻夜は満足げに頷き、その身から放つプレッシャーを霧散させた。
「では、そうすると現在実行中の作戦は中止するべきでしょうか?」
「うん? 実行中? どどどど、どういうこと……?」
しかし続いた弥堂の言葉に、廻夜の顔から冷や汗が一気に噴き出す。
「えーっと、弥堂君? キミが勇者と戦っているのかい? あれ? なんで?」
「いえ。勇者ではないのですが。なんというか、気に入らないヤツがいるので、孕み女を嗾けて退学に追い込んでやろうしていたのです」
「リアルですでにやってた⁉」
衝撃の報告に廻夜は目ん玉が飛び出そうになる。
「ダダダダ、ダメだよ! いくらなんでもシャレにならないって! 僕たち高校生なんだよ⁉」
「そうですか。残念ですが仕方ないですね。作戦は中止します」
「あ、あの、作戦とかって、まるでサバイバル部の活動として誰かを妊娠させようとしていたかのように聴こえるんだけど。僕の気のせいだよね? ね?」
「ふ、お戯れを」
「弥堂君っ⁉」
あくまで意味深な弥堂の態度に廻夜は余計に不安を覚える。
仮にこれが真実だった場合に自身に降り懸かる責任の重さに吐き気を催した。
ちょっと怖すぎるので、今回も一旦聞かなかったことにする。
「しかし、そうなるとここからとれる手段が大分限られますね」
「えっと、それはどの話のことかな? 僕たちなんの話をしていたっけ?」
「イケメンを孕ませる話です」
「あれ? 僕がしてたのは勇者スゴイって話なんだけど……。キミがあまりにもNGワードを連発するものだから、頭がゴチャゴチャでもう訳がわかんなくなってきたよ。というか、キミはまだそれを諦めてないのかい?」
「当然です」
人気者のイケメンを退学させることに並々ならぬ執着をみせる弥堂に廻夜は戦慄する。
「ま、まぁ、キミのその不屈さは素直にスゴイと思うよ。そこをリスペクトしよう。それで? 次はどんな手を?」
「そうですね……。他所の女を引っ張ってくるのがダメなら、今の女でどうでしょう?」
「うん?」
「つまり、イケメンの周りに居る女を犯して孕ませてその子供を――」
「すとぉーっぷ! ストップだよ弥堂君! それじゃあさっきと変わらないって。どこの女なのかは問題じゃない。まずは妊娠のことは忘れよう。ね? あと、レイプもダメ。それもサバイバル部の掟だ。托卵とレイプはやってはいけないこと。校則でも禁止されている。せめて今日はそれだけでも覚えて帰って欲しい。いいね?」
「は。恐縮です」
弥堂はサバイバル部員として相応しい人間になるための厳しい規律を言い付けられた。
「ですが部長。レイプも托卵もダメとなると、最早我々には打てる手がないのでは?」
「そんなことないよ? もっと他にやれることはたくさんある。人間の可能性をもっと信じよう?」
「はぁ。ではどのような?」
「うん。そこで、だ。弥堂君。キミは実は半分正解を言っていたんだよ。半分だけどね」
「正解? なんの話ですか?」
「いや、だから、勇者の弱点だよ。勇者をより盤石な存在にするために、予め弱点を洗い出してそれを潰しておこうって、そういう話を僕たちはしていたじゃない?」
「そういえば、そうでした」
「まぁ、わかるよ? 僕も途中から誰が誰に何をする話だったのか見失ってたからね。いつの間にか勇者が消えて、気に入らないイケメンを退学させる話になってたし。でも、スクールカーストに挑もうというキミのその反骨精神は大いに買うよ」
「恐縮です」
よくわからないが褒められたようなので、弥堂は恐縮した。
「というわけで、勇者の弱点だ。それはズバリ――」
ギラリと廻夜のサングラスが光る。
彼の言う勇者の弱点とは――
「――NTRだ」
自信満々にふくよかなお腹を突き出して、廻夜はそう言った。
「はぁ」
しかし弥堂にはいまいちピンとこない。
「半分と言ったのはね、キミの作戦から托卵とレイプを取り除く必要があるからだ」
「と言いますと?」
「つまり、女を押し付けるのではなく、女を寝取るんだよ弥堂君……ッ! バーンッ!」
効果音を口にしながら廻夜は豪快に手を振り下ろす。
しかし、それでも弥堂には具体的なイメージが浮かばなかった。
「弥堂君。キミに渡した資料の中には、主人公が勇者のものだけではなく、勇者に挑むものもあったはずだ。そういった物語で勇者が破れる際に高確率で起こっていた出来事がある。それはなんだい?」
「勇者に挑む物語……」
弥堂は廻夜から借り受けた漫画や小説などを思い出してハッとする。
その表情を見て、廻夜はニヤリと笑った。
「そう、NTR――より正確に言うならば、『NTRザマァ』だ……ッ!」
弥堂は衝撃を受ける。
勇者に挑むものとして多かったのは、勇者のパーティを追い出された役立たずが逆恨みをし、なんか色々やって勇者の女を寝取ってバカ笑いをするというものだった。
眼に映しておけばとりあえず記憶に記録されるのであまりちゃんと読んでいなかったが、大体そんな感じだったような気がする。
だが確かに、勇者に敗北を味わわせるシーンではそういった決着になるものが多かった。
「ここで一度勇者視点の物語に戻ってみよう。仮に戦闘で勇者が破れたとしても、それは一時的な敗北にしかならない。むしろ膝を着いて立ち上がるたびに勇者は強くなる。短慮な武力制圧は勇者の武勇伝の一助にしかならないのさ。不屈さでいうならキミもそうだろう? 弥堂君」
「確かに……」
「だが、肉体的ではなく精神的な敗北ではどうだろうか? その不屈さを削るのに『NTRザマァ』はこの上なく有効であると僕は提言する。というか、勇者目線の物語でヒロインを寝取られたら読者である僕たちだって心折れちゃうよ。そうだろう?」
弥堂は廻夜のその思慮深さに畏れ入り、それから「はて?」と首を傾げる。
自分の勇者としてのキャリアに照らし合わせた場合、果たしてそうだっただろうかと。
異世界の勇者ライフにおいて親しかった女たちというと、まず浮かぶのはエルフィーネとルビアだ。
しかし、彼女らが他の男と寝たところで自分の心が折れたかというと、全くそんなことはない。
というか、彼女らは出会った段階で最初から寝取られてたような女たちだ。
なので、そんなことを気にするのは、豚小屋から盗んできた豚の雌にお前はメスブタだと文句を言うようなものであり、全くの無意味だ。
『オイ、アタシは別にいーけど、エルがまた号泣してるぞ』
他の女たちはどうだろうか。
恋人関係だったのはエルフィーネだけだが、肉体関係にあった女は他にもいる。
だが、例えばリンスレットの場合、彼女は枕営業がライフワークのような女だったので、やはり寝取られたという気にはならない。
ではルナリナはというと、実際彼女が他の男とも関係を持っていたのかは知らない。
しかし、あの女の変態性は度を越していたので、どうせ余所でも誰彼構わずヤってんだろうなという信頼感がある。
当然そのことに何も思うことはない。
ただ、やっぱりなと納得をするだけだ。
他に肉体関係を持った女はというと、後はほぼ行きずりのようなものなので特に印象はない。
日本に帰って来てから関係を持った女たちも、それが仕事や趣味のような女たちばかりなので、やはり文句を言う筋合いもない。
それならば、肉体関係はなかったが親しかった女ということで、シャロはどうだろうか。
シャロは弥堂の初恋の女の子であるという設定だ。
当然だが、聖女であり敬虔なシスターである彼女は他のバカ女どもとは違って身持ちが固かった。
他の男ともそういった関係はないし、一番身近にいた弥堂ともない。
彼女は聖女の名に相応しくとても清楚で誠実で、勇者とかいうクズ男なんかに簡単に抱かれるようなバカ女ではないのだ。
『その勇者とかいうクズ男はオマエなんだが』
そんなシャロが今これから他の男に抱かれると考えたらどうだろうか。
『コイツキメェな』
もしもあのまま異世界に居続けたとしても、シャロとそういう関係になることはなかっただろう。
もしもまた彼女に再会することがあっても、そんなことにはならないだろう。
じゃあ、そんな彼女が今、他に男を作っていたとしたら――
(――それはそれでなんかムカつくな)
弥堂は若干の不快感を覚えた。
これがNTRなのだろうか。
この上で相手の男にクソほど煽られると考えると許し難いものがある。
『オマエってマジでクソだよな。嬢ちゃんも可哀想に……』
(うるさい黙れ。今真面目な話をしているんだ)
しかしそう考えると、勇者の弱点はNTRザマァであるという廻夜の論説は正しいように思えてきた。
「だけどね弥堂君。誤解しないで欲しい……」
弥堂の理解が追い付いたタイミングで廻夜はそう言い、そして机の下に手を入れた。
そしてゴソゴソと何かを漁り、ある物を机の上に置いた。
それを見て弥堂はまたもハッとする。
それは角だ。
白い角。
螺旋状に真っ直ぐと伸びている。
廻夜は机の上、自身の前にそれを置いて静かに視線を向けてきた。
このアイテムは、『NTRが世間で流行っているということにする風潮に対して断固たるNOを突き付ける時に出す角』だ。
「キミも知ってのとおり、この僕はNTRを絶対に許さない。ずっと一貫してそのスタンスを表明している……」
机の上で手を組み静かに語る彼の周囲からは「ゴゴゴゴ……ッ」という音が聴こえてくるようだ。
それほどのプレッシャーを弥堂は感じる。
「僕はね、心が痛いよ。大切なヒロインが酷い目に遭わされ、他の男に奪われる。そして時には相手の男と一緒になって僕をバカにしてくる。そんなこと想像しただけでこの豊満なお腹がはちきれそうだよ。そして僕だけじゃなく、最強無敵な勇者でさえも、この宇宙誕生に匹敵するような衝撃からの痛みには耐えられない。だから僕はこう言っているんだ。決してNTRをされるなと――」
その言葉に弥堂はまたもハッとする。
そういえばそうだった。
世界中の女を奪い取ってやれば男を皆殺しに出来るのではと、ついそんな極端な方向に考えてしまいそうになっていた。
しかしこの話はそもそも、勇者を盤石な存在とするための話だった。
そのために弱点を研究していただけだ。
そして、勇者とは自分だ。
弥堂はここでエアリスから聞いた話を思い出す。
初代勇者とは“勇者”というもののイメージを体現したかのような存在だった。
強く、正しい。
しかし、あの修羅のような世界で無双をし、一度はあの魔王を退けもした屈強な男がだ――
謎の触手によって自身のハーレム要員の女どもの処女を次々に散らされたことには耐えられずに自殺をしたらしい。
千年単位で後世にまで語り継がれるような伝説の男がだ。
勇者にとってNTRとはそれほどの鬼門なのだ。
そしてここで今一度シャロのことを想像してみる。
あの可憐な少女がある日どこの馬の骨かもわからないチャライ男を連れてきて、彼氏が出来たと紹介をしてくる。
その男がこちらを指差してゲラゲラ笑ってくるのだ。
弥堂は廻夜の前にそそり立つ立派な角をジッと視る。
そして徐に机の下をゴソゴソと漁った。
「へぇ……」
弥堂が自身の前にある物をコトリと置くと、廻夜は感心したような声を漏らす。
弥堂が取り出したのは当然、自分用の『NTRが世間で流行っているということにする風潮に対して断固たるNOを突き付ける時に出す角』だ。
「ありがとう弥堂君。僕と気持ちを同じくしてくれて」
廻夜は満足げに頷き、握手を求める。
男二人硬く手を握り合った。
そして手を離すと、お互いの角をとり、キィンっと一度だけ先端を打ち合わせる。
それからまた螺旋の角を机に飾った。
「僕はね、弥堂君。NTRが流行っているなどということは絶対に認めたくないんだ。あくまで一部でそういう需要があり、そしてその声が大きい。だから流行っているように見える。ヤツらがそう見せかけているのだと……」
「はい。その通りです」
「もしも、だ。僕のお気に入りの作家さんたちが、これを世間の正常な需要だと誤解し、そういったジャンルのものばかりを描くようになってしまったら――そんなことを考えると将来に不安しか感じないよ。そうなってしまったら僕の夜の生活は一体どうなってしまうんだい? いや。もう正直に言おう。例えそれが正常な需要だったとしても、そうじゃないと見せかけるために声を大にして情報工作したい……! 僕は本気なんだ……っ! 誤解を恐れずに明言する。処女じゃなきゃイヤだ……ッ!」
「ご立派です」
正直それはどうでもいいなと弥堂は思ったが、上司が本気だというのでとりあえずヨイショしておいた。
『オイ、オマエらまた話が変わっておかしくなってんぞ。いつもいつもいい加減にしろよ』
(黙れ。このネトラレ初期不良女め)
緋色の髪の保護者が怒りを露わにしているが、弥堂は取り合わなかった。
「さぁ、ここまで言えばもう、キミにならわかるよね?」
「任務了解しました」
『えっ⁉』
そしてルビアの困惑を余所に男たちは勢いよく椅子から立ち上がる。
『いやいや、元の話はどうなったんだよ? オイ、エル。オマエもなんとか言えよ』
『うぅ……っ、もうしわけ、ありま……っ。私は……、私は……っ』
『クソ、ダメだ。今日はもうコイツ使いモンにならねェ……ッ』
弥堂と廻夜は一度視線を合わせると、それぞれの角を所定の位置に丁寧に仕舞った。
「ここは僕に任せてキミは征くんだ、弥堂君! 僕の勇者よ!」
「ご武運を――」
廻夜は素早く部室の片付けに入り、弥堂は通学バッグを引っ掴むとザッと出口へと向かう。
バンっと勢いよくドアを開けて、弥堂は廊下に出る。
そのまま足早に教室へと向かった。
どうやら朝練はこれで終わったようである。
『オイ! 結局どうなったんだよ!』
だがルビア姐さんは納得がいかないようだ。
「うるせぇな。結論はもう出たろ。これ以上何を話せと」
『どこがだよ! オマエらしょっちゅう集まってなんの練習だってんだこれ!』
「ふん、お前にはわかるまい」
『アァ⁉』
何の練習かは弥堂にもわかっていない。
だからとりあえずマウントだけはとっておいた。
しかし――
「――必要なことはもう聞いた」
『どこにそんな話あったよ』
「どこかのアル中のクズは夜中にフラっと現れてゴチャゴチャと文句を言ってくるだけだったが、部長は違う」
『このガキ……ッ!』
「部長が今日伝えたかったのは、警告でもなければ作戦の指南でもない。覚悟と決意を促したんだ」
『はぁ?』
処女じゃなきゃイヤだとか腰の抜けたことを言っていた人物のどこに、そんな男らしさがあっただろうとルビアは疑う。
しかし、弥堂は確信していた。
廻夜は言った。
勇者の弱点はNTRザマァ。
勇者は弥堂。
そして絶対にNTRをされるなと。
女を奪われるなというのはつまり、魔法少女を寝取られるなということを意味する。
しかしこれは本来言われるまでもないことだ。
現在の弥堂の目的は水無瀬 愛苗を守ることにある。
元々、愛苗を奪われれば即失敗なのだ。
そんなことを廻夜ほどの男が敢えて口にしたことにこそ意味がある。
つまり――
「――徹底抗戦だ」
――何一つとして敵に譲るなということであり、退く道などないということだ。
『だからオマエ、昨夜あれだけ言っただろうが……!』
「部長の言うことに間違いなどない」
『それはまた楽な方に流されてるだけだろうが!』
「そんなことどうでもいい。最終的に目的が果たされればな。そのためには俺は手段を選ばない」
『つーか、あのデブは適当なこと喋ってるだけだし、オマエの事情なんかわかってねェよ! 傍から見てっとオマエらの会話全然成立してねェからな』
「そのような事実はない」
『あーあ、アタシはもう知らねェかんな……』
肩で風を切って廊下を進む男に、ルビアは呆れた溜息を吐いて姿を消した。
弥堂は振り返らずに進む。
今日はいつもより早く朝練が終わった。
だが、ちょうどいいかもしれない。
今週はヤツらもいい加減に登校を再開してすることだろう。
早ければこの後にでも決着はつく。
敵の待つ教室へと、弥堂は進んだ。




