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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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断章 fragment films ⑦

「――キラキラ……っ!」



 空を飛ぶ魔法少女は、初めて目にするものに感動をする子供のような笑顔で『世界』を見回す。


 その瞳こそがキラキラと輝いていた。



「みんなのキラキラに、私のキラキラをくっつけて……支配……、ううん、ちがう……。仲良くなって、お願いをきいてもらう……」



 迫りくる無数の魔法球を躱しながら、まるで泳ぐように自由に空を飛び回る。



「いいですね。では、そろそろ本日の授業を締めましょうか」



 タキシードを着た男が鳥型の妖に何か薬品のようなものを振りかけると、妖はみるみると巨大化した。


 周囲の風景は見覚えのある公園だった。



 再び空に上がった化け物は、魔法少女へと叫ぶ。



「悲しいんだよね……? 痛くて、苦しくて……、お腹もすいて、さみしくて……。だいじょうぶ。私がぜんぶキレイにして助けてあげる……」



 魔法少女はその慟哭を受け止めた。



「……うん、わかる……、みんなが教えてくれる……、ううん、教えてくれてた。私が聞いてあげれてなかっただけ……。世界はみんなつながってる……」



 いくつもの魔法球、鳥の妖。


 それらの脅威を歯牙にもかけず、やがて――



「――おねがい……、『Blue Wish』ッ……!」



――手にした魔法のステッキに祈りをこめる。


 すると、空には夥しいほどの数のピンクの光弾が現れた。



「アハッ――アハハハハハ……ッ! 素晴らしい。見つけた……、見つけたぞ……っ! 逸材……、適した器……っ! これなら叶う……っ! 新たに証明され……、新たな知識となり……っ! 新たなる王が誕生する……っ!」



 それらに見下ろされながら、タキシードの男は狂ったように哄笑をあげている。



「ワガママなんかじゃないもん……っ! 難しいことわかんないけど、でも……っ! 魔法は、この力は、みんなを笑顔にするために使いますっ! 今は――その子を助けるために……、いっぱいがんばるっ!」



 魔法少女は必死にそう訴えかけた。


 そして――



「悲しいこと……ぜんぶっ! 救ってあげる――【光の種(セミナーレ)】ッ!」



――光の雨が降り注いだ。




 映像が飛び――




「――【光の盾(スクード)】ッ! もっと……っ!」



 光の盾にドリルのようなものが突き刺さる。


 空に浮かぶ魔法少女には、長い髪の毛のようなものが巻き付いていていて拘束されていた。


 ここはどこかの川のようだ。



 亡霊のような少女の妖。


 肉の管のようなもので川から水を吸い上げると、それを魔法少女目掛けて放った。



 まるでビームのような水砲。


 それが光の盾に直撃する瞬間――



「フローラル――バスタァーーーーッ!」



 魔法少女もまた光線を放った。



 二つの砲撃が拮抗したのはほんのわずかな時間だけ。


 すぐに水砲をピンク色のビーム砲が飲みこんでいった。




 映像が飛ぶ――




 古い雑居ビルの屋上。


 路地裏の中を見下ろしている。



 さほど広くない路地の上空。


 ビルとビルの間に大きな妖が張り付いている。


 黒い蜘蛛のように見えるその妖に、どこからともなく生えてきた光の蔦が巻き付いた。



「――グッ……⁉ ウ、ウオォォォォ……ッ!」



 妖が咆哮をあげてそのカタチを変える。


 巨大な黒い砲塔のように変化した。



「――私……っ! 逃げません……っ!」



 砲口を向けられても魔法少女は退かない。


 彼女の背後の地面には一般人たちがいた。



「だいじょうぶっ! 私、がんばるから……! だから、みんな私を信じて……、応援して……っ!」



 人々が声援を送ると、彼女の周囲にピンク色の粒子がキラキラと満ちて行った。



「――想いの具現化……? 霊子との結合……? 他人の想いを自分の魔力で周囲の霊子と結び付け自身の支配下の魔素に換える……?」



 いつもと変わらぬ低い声音。


 だが、男には少なくない動揺があるように感じられた。



「みんなの想いと、お願いが……、キラキラとくっついて私のチカラに……」



 意味不明な男の言葉を少女の魔法が肯定する。



「みんなの願いを叶える――それが私の魔法……っ!」



 花が開いた。



 魔法少女と妖は向かい合って互いに魔力のチャージを開始する。


 力での真っ向勝負だ。



 先にチャージを完了させた黒いビーム砲が、魔法少女の盾を貫いていく。


 しかしそれが彼女に届く前に――



Lacryma(ラクリマ)……ァッ――BASTA(バスタ)ァァァァーーッ!」」



――魔法少女も光を放った。


 川で撃ったものよりも遥かに強力なピンクのビーム砲。



「がんばれーっ!」

「気合いだァッ!」

「フィオーレー!」

「がんばれーッ!」



 それは人々の願いを受けてさらに力を増し――



「――すぅぅぱぁぁぁーーーーっ!」



――そして彼らの願いを叶えるチカラとなる。



 強大な光の奔流がビルの隙間を埋め尽くし、そして『世界』へと溢れていった。




 映像が変わる――




 妖しい月の下、夜空にいる。


 魔法少女ではなく、自分が。



 大きな、ネコだった妖。


 それに咥えられて、空を飛んでいる。



 進行方向の逆――背後には時計塔だ。


 その少し横の空には魔法少女が浮かんでいる。


 彼女はこちらへ強い光の灯ったステッキを向けた。



 そして、先程も見た破壊的なビーム砲をこちらへ発射してくる。



「――フギャアァァァーーッ!」



 ネコの妖が必死に叫んでそれを躱す。


 ビーム砲に飲み込まれて校舎が一棟消し飛んだ。



 だが、安堵をする暇もなく。



「――まだっ……!」



 気合の声と共に、魔法少女はビーム砲を放射したまま剣を振るようにステッキを払った。


 その光の剣は校舎を削り、時計塔を撫で斬り、そして――



 妖と一緒くたに男も光に呑まれた。




 映像が変わる――




「――ふ、“ふーきいん”っ!」



 校舎と校舎の間。


 茫洋とする狭い視界。


 行く手には赤い髪のメイド服の子供がいる。



「オレ……っ、寝ちゃってて……、気付いたら吊るされてて……、それで……っ!」



 親に叱られることに怯える子供のように。


 言い訳をするように。


 だけど――



「オレがもう少し早く……、だったら……、だから……、ゴメンッ……!」



 素直に謝罪を口にし、少女は涙を落とす。



「問題ない」



 男の返事はいつもどおりにべもない。


 適当な受け答えをしてから、通り抜けようと動く。


 緩慢な動作で少女に近づき、ライトの光を浴びる。



「――あっ……、あっ……っ? オレ……、ふーきい……、ごめんっ……」



 男の姿を見た少女の目が驚きに見開かれる。



「問題ないと言っただろ。そもそもお前に謝られる筋合いはない」


「だって……、オマエ…………、もう、それ…………っ」



 男の有様は余程に酷いのか、少女の表情からは絶望を感じとれる。


 その瞳は大粒の涙で揺れていて、それが零れると。


 少女の瞳に映った“自分の姿”が見て取れた。



 男はそれに動揺するようなことはなく。


 少女をあしらう。



 泣いている子供の頭に手を伸ばそうとする。


 しかし意識が朦朧としていて、その手は何もない方へと向かう。


 空を切りよろめいて、少女に支えられる。


 優しい少女は男の手を自分の頭の上に持っていった。



 赤い髪を一度撫でで、すぐに離れる。


 自分を気遣う者を置き去りにして、ズッ――と足を引き摺った。




 映像が飛ぶ――




 ズッ――ズッ――と、足を引き摺る音がする。



 学園の外、国道沿いの歩道を進んでいるようだ。


 一緒に通ったいつかの帰り道。


 足取りは非常に重く、遅い。



 闇の中を這いずるように進み、たまに車のヘッドライトに照らされる。


 それらや街灯の光から逃げるように、足を擦って細い脇道へと入った。



 暗闇の中へと帰る。



 ズッ――ズッ――と、足を引き摺り、壁に凭れる。


 そのままズルズルと壁を身体で擦りながらゆっくりと地に倒れた。



 目に映る狭い光は周囲の闇にどんどんとのまれていって、そしてプツリと真っ黒になった。

















 目が開く。



 映像が変わったのか、さっきの続きなのかわからない。



 だけど、最後に見ていた路面が先程よりも鮮明に映る。



 地面から頬を離し、立ち上がる。


 足元と壁には血痕。


 一瞥だけして顔を元来た大通りの方へ向けて、歩き出した。



 しっかりとした足取り。


 少し足早に。


 一定のリズムで。



 街灯の照らす場所。


 国道沿いの歩道に戻って、駅方面へと進んでいった。




 映像が変わる――




「3つ――不可解な点があります」

「一つは今言及した『姿を消すこと』」

「二つ目は――『異常な治癒能力』」

「そして三つ目。そのナイフ……」



 先程も見た銀髪のタキシードの男と対峙している。


 ここは港のようだ。


 辺りには大量のゾンビがいる。百や二百では済まない数だ。


 まるで地獄のような風景。



「シンプルに考えるのなら一つ目は転移魔術、二つ目は強力な治癒魔術、三つ目は聖剣レベルの魔剣……なんですが、どれもアナタには見合わない」



 銀髪の男に能力を考察されているようだ。


 それをのらりくらりと躱しながら戦闘状態に入る。


 力量差は明確で簡単に追い詰められていった。



 銀髪の男が創り出した魔法剣の切っ先が眼前にまで迫る。


 その時――



「【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】」



――『世界』がまた真っ白になった。



 フラッシュライトの目潰しの時のように白く塗りつぶされたわけではない。


 元の世界は変わらずそこに在る。


 そこから自分がズレたように感じて、置いてきた元の世界が色褪せて、それで『世界』が真っ白になったように感じた。



 魔法剣が顔に突き刺さる。


 突き刺さったはずだ。


 だが、何も起こらなかった。


 まるで自分が幽霊にでもなったように、剣が通り抜けていったように感じた。



 銀髪の男は完全にこちらを見失っている。


 そこへ真っ直ぐに近づいていく。


 元の世界でそうしていたように、地面を走って。


 だが――



「このあたり――でしょうか」



 元の世界の方の周囲が大量の魔法弾で埋め尽くされた。


 それを見た瞬間に身を投げ出す。


 そして元の世界へと還った。



「消えていられるのは3秒から5秒……、瞬間移動ではなく、あらゆるモノからの自分への認知・関知を切ってその間に行動している。見えなく聴こえなくするだけならまだしも、驚くべきことに私の魔力探知すらも潜り抜けている……」



 明確な強者である銀髪の男がそう解説した。


 時間が経てば経つほど。


 戦えば戦うほどに捲られる。



「――さらに、一度『消えた』後はインターバルが必要。30秒から1分といったところでしょうか。おそらく正規には1分ほど。それよりも早く連発すると次に消えていられる時間が短くなる。そうですね?」


「『消える』瞬間に僅かですが魔力が消費されている。ただ大した量ではない。アナタ自身、魔力量が乏しい個体のようですが、連発出来ないのはその消費魔力を捻出することが出来ないからか。それとも他の理由か……」


「……魔力を燃料に現象を引き起こしているということはそれは魔法や魔術に類する技術。消費魔力に対する効果を考えれば恐ろしくコスパのいい魔術ではありますね……」


「――先程ここに刻印が浮かんでいましたね。“ルーン魔術”に酷似している。“ルーン魔術”を源流に独自アレンジで派生したというよりは、別の起源から同じ原理・原則に辿り着いた。そんなニオイを感じます。ただ、少々古くさいようにも見えますが、現存の“ルーン魔術”よりもどこか洗練された部分も見えます」



 突然姿を消すスキル。


 その正体が朗々と語られる。



「――アナタのその魔術にはもう一つ弱点がありますよね」



 それを語った男が自ら瞬間移動をする。


 そして上空に大量の魔法剣を生成した。



「広範囲攻撃にも弱いですよね――?」



 あっさりと攻略法を示される。



 一斉に発射された剣群。


 それらへ向かって走る。


 照準から逃れ、躱して、ナイフで切り裂き、だが捌ききれない。



「【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】」



 もう一度真っ白な『世界』へ逃げ込む。



 1、2、3、4、5と時間を数えたところで、元の世界へ戻った。


 それを待っていたように、大量の剣が今度こそ突き刺さる。




 映像が変わる――




 場所は変わらず港。


 だが、地のコンクリートはあちこちがひび割れて、先程はなかった天にまで届くような巨木が聳え立っている。



 そして視界を埋め尽くさんばかりの異形のバケモノ。


 生皮が剥がれて筋線維が剥き出しになった肉人形たち。


 それらが何千・何万と居るように見える。



 さらに奥の方からは、また違った異形が現われている。


 ゾンビよりも強力な妖たち。


 これらはきっと悪魔だ。



 それらが湧き出てくる場所。


 そこには巨大な門があった。



 見覚えのある、石造りの荘厳な門。



 先程地獄だと感じた光景が生温く思えるような、そんなこの世の終わりがここに在った。



 男はたった一人で、終わりに向かい合っている。


 いつもと変わらぬような態度で。


 なにも恐くなどないのだろうか。



「別に。ただ死ぬだけのことだろう?」


「そして、生き返る――と?」



 先程の優男然とした見た目から変貌した、筋骨隆々の銀髪の男が目を細める。


 その瞳には疑惑と興味。



「死んでいましたよね? どんなトリックです?」


「つまらない手品だよ」


「私には本当に死んで生き返ったように見えましたが」


「そんなわけがないだろう。死者の蘇りは『世界』は許していない」


「そう。許さない。最大の禁忌であり、種族を問わずに史上誰もそれを成功させたことはない。禁忌中の禁忌。それが本当に蘇生なのであれば、魔王の誕生以上に天使どもが血眼になってアナタを殺しにかかるはずの」



 生き返り。


 禁忌。


 魔王。


 天使。



 理解が出来ない会話。


 しかし核心に限りなく近いような、そんなやり取り。



「認知から消えるチカラに、超回復なのか復元なのか蘇生なのか……、それにそのナイフ。全てを検証してあげます」



 銀髪の男が合図を出すと、異形の群れがたった一人の人間に襲いかかってくる。



「――【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】」



 ズレた『世界』へ隠れ、背後を取り――



「――聖剣(エアリスフィール)



 光のナイフを創り出して――



「――【切断(ディバイドリッパー)】」



 実体の無い刃を触れさせてそう唱えると、バケモノの身体が切断された。



 刃を当てて引くでもなく、切っ先を突き刺して貫くでもない。


 ただ光で出来たソレを触れさせて、呪文のようなものを唱えると、触れたものが切断される。


 斬撃というよりはまるで魔法だ。



 男は出来ることを駆使して、“終わり”に抗う。


 しかし、敵の数が多すぎる。



 そうは時間がかからずに囲まれ押され、地面へと引き倒された。


 あっという間に群がって来た肉の人形たちに激し暴行を受ける。


 身体の上に跨って来た異形が口を開ける。


 その大きな口が迫って――



 ブツリと――




 映像が途切れた。




 次の記憶は始まらない。


 世界は暗いまま。



 そのまま時間が過ぎていく。



 おかしい。


 さっきの映像の途切れ方。


 いつものように別のシーンへ飛ぶ時とは違ったように思える。


 どこか無理矢理切られたような。



 それにいつまで経っても次のシーンが始まらない。


 次がないのなら、それは夢の終わり。


 これまでだったら目覚めるか、通常の眠りに戻るはずなのに。



 そんな風に疑問を覚えていると。


 ジジジッ――と。



 暗闇に銀色のノイズのようなモノが奔った。



 そして――



「――あー、あー、聴こえてますかぁー?」



――幼さの残る可憐な声。


 それが聴こえると同時に映像が戻った。


 しかし、先程までとは違って鮮明なモノではない。


 所々ノイズが入っていた。



「聴こえてたらいいなぁ。たぶん成功したような気がするんですけど……」



 視界に映ったのは少女。


 銀色の髪の、透き通るような白い肌の少女だ。


 服装は異国の民族衣装のようなもの。


 時代がかったデザインにも見えた。



 先日に見た銀髪の少女とは違う人物。


 もっと優しげな目元をしていて、もう少し年上だ。


 今の自分よりは1つか2つくらい下の年代だろうか。



 そんな少女が男を見下ろしている。



 辺りは夜。


 野外だ。



 とても静かで、虫の鳴く声と、パチパチっと弾ける焚火の音がしている。


 周囲には木々が多いようだ。


 どこかの森の中の少し開けた場所。


 そこでキャンプでもしているかのような光景。



 月の光が少女を照らしている。


 その光が少女の肌をより白くさせ、どこか儚げに映った。


 近くで燃える焚火の火が少女の右頬にだけ赤みを齎す。



 少女は声を潜めて囁くように男に話しかける。


 まるで内緒話のように。



「これはナイショのお話なんですけど――」



 すると、会話が成立したように少女がそんなことを言い、心臓がドキリと跳ねた。


 男は何も答えない。


 眠っているのだろうか。



「あの、説明が難しいんですけど。これはお兄ちゃんの記憶には残るんですけど、本人は思い出せないようになっています」



 どこか覚えのあるようなことを少女が言う。



「あ、お兄ちゃんって言っても、私は本当の妹ではないです。勝手にお兄さんのことをお兄ちゃんって呼んでます。ちょっとイヤみたいなので、失敗したなぁって思ってます。でも今から戻したらそれはそれで変ですよね?」



 よくわからないことを言って、少女はクスクスと笑った。


 非常に美しい造形の少女。


 しかし、喋るととても愛嬌があって、可愛らしい。



「私はプァナって言います。お兄さんの国の言葉で喋っているので通じたらいいな。私が誰で、お兄さんとどういう関係かを説明すると、わけがわかんなくなっちゃうと思うので言いません」



 ここまで聞いて、違和感を覚えた。


 少女の言葉は男に向かって話しかけているはずなのに、まるで今ここに居る自分に喋りかけているように感じたのだ。



「お姉さん――」



 また、心臓が跳ねる。


 ここには心臓は持ってきていないはずなのに。



「もしかしたらビックリさせちゃったかもしれません。それはゴメンなさい。でもどうしてもお姉さんに……、あれ? お兄さんの可能性もあるのかな? パパは“お姉さん”だって言ってたけど。でもでも、全然関係ない別の人が見ちゃうことだってありますよね?」



 そんなこと訊かれてもと。


 少女があまりに無邪気に屈託なく喋るので、そんな場違いな困惑を浮かべてしまった。



「お友達だって出来るだろうし、恋人だって決めつけるのは……、あ、でも、絶対お姉さんだ……。どうせ女の人なんだろうなぁ……」



 少女は一瞬だけジト目を向けて、またすぐに笑顔になる。



「でも、お兄さんと一緒にいてくれるならどっちでもいいかぁ。本当は恋人はちょっとだけ妬けちゃうけど、でも私にそんな資格ないし……」



 その笑顔が曇っていき、少女は頭を振った。



「あ、余計なこと言ってる時間ない。パパがやってた魔法の見様見真似で自信ないんですけど。上手くいってたらいいなってことで進めます」



 そうして今度は真剣な顔に変わった。



「ということで、お姉さん。まず最初に。これからお話することは、こんな不思議なものを見てしまっているアナタが現在直面している問題などとは一切関係ありません。というか、私にはアナタのことはなんにもわかりません。これは全部、私の勝手なお願い。ワガママです」



 そう言い切りながらも、少女の瞳はとても真摯で、そして切実なものだった。



「このお兄さんはなんていうか……、そのちょっと乱暴というかワガママというか、えーっと、ヤンチャというか……。あの……、多分、わかりますよね……? えへへ……」



 気まずそうにして誤魔化すように苦笑いし、そしてはにかみながら共感を求める。


 そして次は寂しそうな顔に。



「だけど、この人は可哀想な人なんです。そんな言い方しちゃダメだと思うんですけど。でも他にどう言ったらいいかわからなくて……」



 言葉に詰まり、少女は鼻を鳴らした。



「とっても寂しい人で。ひとりぼっちで。誰もいなくなっちゃって……」



 涙を溢し、少し言葉が途切れる。



「色んな人たちに翻弄されて。利用されて。パパも……。それらと戦うためにお兄さんも悪いことや酷いこといっぱいしちゃって。引き返せなくて……、引き返せないから……っ。もうどうにもならなくって……っ。心がどんどん熱を失って……っ、パパみたいに……っ!」



 しばらく少女は嗚咽を漏らした。



「……本当はもっとはやく、終わるはずなのに……。こんなになる前に、先に死んじゃって……。それで解放されるはずなのに……っ」



 少女の手が近づく。


 男の髪を撫でたようだ。



「でも……っ、このひとは、強いから……っ。強すぎちゃったから……っ! 死ねなくて、死ねなくなっちゃって……っ。ひとりだけ……っ! 生き延びて……、生き抜いちゃって……っ。もう、誰も残ってないのに……っ!」



 泣きながら強く訴えかけてくる。



「みんな、お兄さんのことを弱いって言うけど……、私はそうじゃないって……。このひとは強いから、強くなりすぎちゃったから……。だからこんなにもさみしい……っ。私も、もう……っ」



 だが、感極まってしまって上手く言葉を続けられないようだ。


 しゃくりあげながら、どうにか感情を落ち着けようと苦労している。



「ご、ごめんなさい……っ。知らない人の前で、いきなりこんな風に……、泣いちゃって……っ。でも、お願いすることしか、私には……。アナタが誰かも知らないのに……。居るかもわからないのに……っ」



 彼女が何を言っているのかさっぱりわからない。


 だけど、何を望んでいるのか。


 それをこの自分に向けて懇願していることはわかってしまった。



 これはまた、同じだ。


 見てはいけないもの。


 自分が知ってはいけないことだ。



 だけど無視はできない。


 きっと、してはいけない。


 少女の訴えがあまりに必死で、あまりに純真で。


 それはきっと許されないことなのだと思ってしまった。



 だけど、やっぱりそれは自分の役割じゃないと思ってしまう。


 だって、今、この男と敵対してしまっているのだから。



「だ、だめだぁ……っくぅ……。お兄さんのこと話すと、泣いちゃって喋れなくなっちゃいます……。だから、私のお願いだけ……」



 やめて。


 聴かせないで。


 そんな風に恐れてしまう。



「平和に生きてほしいんです――」



 だけど少女は、こんな風に残酷に、優しいことを言う。



「すっごく順風満帆とかじゃなくってもいいです。今より、ほんのちょっとだけ、平穏で、安寧が、僅かでも、あるなら……」



 そんなのは願うようなものじゃない。


 誰だって当たり前にもっと持っているものだ。


 普通なら――



「恋人じゃなくても……、親友とかじゃなくてもいいです。会って、お喋りしたら、一回くらいは笑えるとか、それくらいの……。ギリギリ友達っていえるくらいの……、どんな関係でもいいんです……っ」



 少女はまた泣き出す。


 だけど今度はもう言葉を止めない。



「このひとと、なんでもいいから、関係してあげてください……っ! お兄さんをひとりぼっちにさせないで……っ。おねがいします……っ!」



 頭を下げた少女の姿を前に、言葉は何も思いつかない。



「誰だかわかんない私に、いきなりこんなこと言われて、困らせてしまうと思います……っ。もしかしたら、もうすでに一緒に幸せだから、そんなこと言われる筋合いないとか、そんなことになってたらいいなって思ってます……っ。でも……」



 少女は両手で涙を拭いながら顔を上げた。



「でも、たぶん、ぜったい、そうはなってない……っ。こんなこと願いながら、私はそう確信しちゃってる……っ! ひどいこと言ってごめんなさい、お兄さん……」



 そこだけは男へ向けて言った。


 だけどすぐに、目線は動かないまま、また自分を見る。



「たぶん重荷だと思います。迷惑かもしれません。でも、どうかお願いします。この人が、アナタたちと同じように、せめてニンゲンらしく生きられるように……っ」



 重荷だし、迷惑だし、そしてやっぱり『関係』がない。



「私が自分で出来たらいいんですけど、無理で……。逆に私のせいでお兄さんをもっと酷いことにしてしまって……。世界中の人に憎まれちゃって……」



 それはきっと自分には想像もできないことなのだろう。


 さっき見た『この世の終わり』よりも、もしかしたらもっと。



「それに、お兄さんは多分あんまり私のこと好きじゃないし……。きっとパパのために責任をとろうとしてる……。お兄さんにとっては私は会ってそんなに経ってない女の子だけど。私はパパの魔道具で、ずっと何年もお兄さんを見ていたから……」



 浮世離れしていて普通でない美しさの少女。


 だけど、そう溢す姿は、教室で恋バナをしている女生徒たちと何も変わらないように見えた。



「ごめんなさい、ちがう話になっちゃって……。お姉さんお願いです。ほんのちょっとだけでいいので、お兄さんに優しくしてあげてください……。それで、お兄さんもお姉さんに優しくしようって思うようになればいいなって……」



 だけどこの男は他人からのそんなモノは一切受け取ろうとしないではないか。


 少女のその願いは、この世のどんな無理難題よりも不可能だと思えた。



「あ、それと、アドバイスっていうと、ちょっと偉そうですよね……? えっと、お兄さんのことで、もしかしたらもう知ってるかもですけど、注意点というか。気を付けないといけな――」



 ザァーっと砂嵐に呑み込まれるようにして、そこで映像が途切れた。


 全ては真っ暗になって、何も見えなくなる。



 夢はそこで終わってしまった。



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― 新着の感想 ―
素晴らしい回でした。まさに予想外の展開です。 かつてアリスが推測していた弥堂の能力が、回想を通じて情報解体(スクリプト)として語られることで、エピソードとしての深みがさらに増しましたね。非常に効率がい…
未来を観測する技術があったということかな
誰だって持ってる普通をひとつも持っていなく、きっと弥堂の世界には誰もいなく、人間はおろか生物の領域からもはぐれた最強の個として完成してしまったのが弥堂なんだと思う。死ねないから終わりがないのが罰ならい…
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