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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章10 1-away ⑧


 辺りはすっかりと夜。


 国道を下り方面へ、疎らに車が走っている。



 その内の一台の車内。


 後部座席に座った望莱は膝の上のタブレット端末を弄っている。


 新美景駅近くのオフィスでの用事はもう済ませ、今はまた自宅マンションへと帰っているところだ。



 端末に表示されているのは何年も前の記事。


 ネットニュースや紙媒体の新聞・雑誌のページのコピーなど、とある一つの事件についてまとめたものだ。


 事件の内容は江東区の男子中学生失踪事件となっている。


 最初に記事になってから数年が経過しているが――



「――そんなに数がないですね。半年経った後に続報を出している媒体はほとんどありません」



 当然、これは弥堂の過去の失踪に関する事件だ。



「とはいえ、別に誰かの意図で隠蔽されているといったニオイもしません」



 他の通常の行方不明事件などと扱いは変わらないように見える。


 最初の失踪のタイミングでは地元紙などでは取り上げられるが、捜査に進展がなく特に続報として出せる情報がなければ自然と消えていく。



「彼らにも生活がありますし。数字にならないことを続けても仕方ありません。ですが……」



 一つだけ、1年が過ぎた後も定期的に残された家族に会って取材し、この事件について記事を投稿している者がいた。


 フリーの記者のようだ。


 しかしその人物の記事も――



「最後に投稿があったのが約二年前。つまり弥堂せんぱいが中学三年生の夏休み頃の時期。そこから今日までの二年間はもう何も記事がありません」



 望莱はそこでタブレット画面をフリックする。


 次に表示されたのはまた別の事件の記事だ。


 その内容は、フリーのジャーナリストの死体が発見されたという記事だ。



「これの時期が、二年前の冬。せんぱいが中学三年生の冬の時期です。そして……」



 この被害者は、最後まで弥堂の失踪事件の記事を書き続けていた記者である。


 さらに、望莱は画面のページを送る。



「その数か月後。犯人が自首。その人物は無職の男性。元皐月組の構成員だったらしいですね」



 “元”といっても、事件を起こしてから抜けたり破門になったわけではなく、この時よりさらに5年前には組名簿からは除名されていたようである。



「“そういう人”がカタギになった後に、結局どうにも生きられなくってこういった事件を起こす。よくある話ではありますね」



 現在厳しくなった暴力団への規制によって、所属組員が起こした事件の責任は組が負わせられることになる。


 昔によくあった『鉄砲玉』をメタる為の規制だ。


 しかし――



「そのカウンターとして、予め公式には除名や破門をされたことになっている“元組員”を何人も作っておいて、“こういう時”に身代わりに使う。やろうと思えばそういうことも出来ますよね。ふむ、皐月組ですか。ここがクサイですね……」



 望莱がそう呟いて目を細めた時――



「社長――」



 運転席に座る男から呼びかけられる。



「どうしました? 豪田さん」



 車の運転をしているのは望莱の専属運転手兼秘書の男だ。


 外はもうすっかり暗いのだがサングラスをかけている。


『M.M.S社』に勤務をする者は、入社して数ヶ月も経てば皆死んだ目になる。


 それはとても企業イメージを損なうので、お外ではサングラスの着用を義務付けられているのだ。



 運転手の男は顔を前に向けたまま、冷静な声を出す。



「先日の売春少女のことでお耳に入れたいことが」


「売春? そんなの困ります。確かにわたしは社員の皆さんの生活に責任を持つ立場ですが、だからといって豪田さんの売春日記を報告されましても……」


「……先日の、希咲七海さんのデートの際の――」


「――七海ちゃん」


「…………」


「七海ちゃん、ですよ? 豪田さん」


「……先日の七海ちゃんのデートの際に、パパ活広場でコンタクトをとった女性の件です」



 社長から圧をかけられて、豪田さんは少し間を空けてから言い直した。


『M.M.S社』では、社長の推しである希咲のことは親しみをこめて『七海ちゃん』もしくは『ナナミン』と呼ぶことを義務付けられている。ただし本人の前では禁止だ。


 もしも社内でこう呼んでいることが本人にバレた場合には、厳しい減俸処分を下された上での降格処分。そういう社則がある。



「と言いますと、豪田さんが金銭を支払って要求に応えさせた『右ケツにホクロのあるデカケツ女子』のことですね?」


「…………」


「豪田さん?」


「……はい。私が金銭を支払って聴取に応えさせた『右ケツにホクロのあるデカケツ女子』のことで、社長のお耳に入れたいことがあります」


「なるほど。聞きましょう」



 豪田さん(32)独身男性はベテランのスタッフさんだ。


 元は望莱の父が経営する紅月グループに雇われたボディガードだ。


 なまじメンタルが強かったが為に途中で脱落することができず、みらいさん専属という実績を積み重ね続けてしまった。


 その結果、今では『M.M.S社』所属となっている可哀想なスタッフさんである。



 なので彼は、みらいさんのこういったイジリにいちいち慌てたりはしない。ちょっとだけ無言で不満を露わにする程度だ。


 社長のウザ絡みや可愛がりに堪えられなければ、この会社では生き延びられないのだ。



「あの時には関係のないことで、確証もなかったので報告していなかったのですが」


「はい」


「あくまで直接対峙して、顔や姿を見て会話をしただけでの印象です」


「実は幼い頃にお引越しで別れた幼馴染だったとかですか? 男の子だと思っていたのにまさかのパパ活広場で買った子が……。そんな軽いNTRものでよろしいですか?」


「……あの少女、おそらく薬物をやっています」


「へぇ……」



 膝の上の端末を見ながら適当な受け答えをしていた望莱は、ここでようやく目線をあげた。


 バックミラーごしに運転手の顔を見るが、彼の視線はフロントガラスの外へ向いたままだ。



「麻薬の絡んだ話になったようでしたので。今さらのご報告で申し訳ありません」


「いえいえ。とても面白いお話です。ところで、その女の子とはまだコンタクトをとれますか?」


「……可能です」


「では、いくら使っても構いません。手に入れて欲しいものがあります」


「わかりました。それで、なにを?」


「もちろん――」


「…………」



 望莱はそれ以上は何も言わない。


 5秒ほど間が空いて――



「――わかりました」



 豪田さんは了承した。


 用は済んだのでまた彼を揶揄おうと望莱が口を動かそうとした時――



「――あら?」



 膝の上のタブレットが着信を報せる。


 メールの着信だ。


 望莱は画面へ指を伸ばす。



「さすが佐藤さん。お話が早いですね。あ、豪田さん、明日の放課後の会談には同席してください」


「……わかりました」



 それっきり望莱はタブレットの方へ興味を完全に移す。



 夕方前、自分のマンションを出てすぐに、望莱は佐藤へ資料を請求した。


 それは“アムリタ事件”当日前後の、ホテルの宿泊客の名簿だ。


 現在警察の捜査資料扱いとなっているそれを貰えないか打診したのだ。



 何故今頃になってそれを欲しがったのかというと、今日希咲から聞いた話で気になったことがあったからだ。


 聞いた話というか、希咲の様子が急変する原因となった弥堂の記憶。



 ホテルの客室で、窓の外から飛び込んできた獣人の傭兵に使ったという罠。


 あれは弥堂が用意したものではないと希咲は言った。



 リストに目を通してすぐに――



「ふむふむ……、あはぁ」



――望莱の唇が弧を描く。



 当日のホテル12Fにある部屋の使用者の中から、見覚えのある一つの名前を見つけた。


 少し前に別件で一応調べていた時に知った人物の名前。



「まさかあるとは思いませんでしたが、これは当たりですかねぇ……?」



 望莱は指先でその人物の名前をなぞる。


 左から右へ指が流れて文字列の端を過ぎると、その名前が露わになる。


 そこから現れたのは――



廻夜 朝次(めぐりや あさつぐ)



――の名前だった。



 望莱は窓の外、学園のある方向へと目を向ける。



「――ゴールは部活、ですか……」



 その呟き以降、目的地に着くまで車内に声はなくなった。

















『――ムリだ……っ! ブツが回ってこねェんだ……!』


「なぁ、ウマヅラくん。そんなことは聞いていない。俺はヤクを寄こせと言っているんだ」



 自宅の台所で弥堂はスマホで通話をしている。



『こっちも渋ってるわけじゃないんだよ。本当にないんだ。わかってくれよ、ビトーくん』


「だったら持ってる人間を差し出せ」


『オレの知ってるヤツら誰も持ってない。多分なんかヤバイことがあったんじゃねェかって、みんな言ってる。全体的に“WIZ”の流れが止まってるんだ』


「知ったことか。どうにかしろ。次に連絡する時までに用意していなかったら殺すぞ」


『待ってくれ! だか――』



 一方的に要求を突き付けて弥堂は通話を切る。



(まさかアムリタの件の影響か……?)



 そんな考えを巡らせようとすると、ちょうどそのタイミングで火にかけていたヤカンの水が沸騰したようだ。


 ガス台のスイッチを切ろうと足を動かすと、流し台の下に立てかけておいた組み立て前の段ボールの束に足が当たって倒れかかってくる。



「チッ――」



 弥堂は舌打ちをして段ボールの束を蹴り飛ばした。


 それらは壁際に飛んで行って冷蔵庫の前にバラバラに散らばった。



 弥堂はそれを無視して、さっき買ってきたばかりのヤカンを持つ。


 ドリッパーの上からカップにお湯を注ぎ入れた。



 ゴポゴポという雑な音とともに、マグカップの底からゆっくりと黒い水面がせり上がってくる。


 それが溢れる前に弥堂はヤカンを離し、流し台の中へ乱暴に放る。


 水道のレバーを下ろし、湯気を吐くヤカンに水をかけた。



 水の流れる音を背景に、流し台の縁に寄りかかる。


 カップを口に近づけ、注いだばかりのコーヒーを一口含み、眉を不快げに動かした。


 カップを持った手を今度は流しの上に持っていって、中身を捨てるためにカップを傾けようとした時――



『――オマエそれやめろよ』



――ふと、横合いから声をかけられた。



 弥堂はカップを持つ手をそのままに左側へ目線を動かす。


 そこには冷蔵庫に寄りかかるような姿勢で立つルビア・レッドルーツの姿があった。


 彼女の足元には、組み立て前の段ボールの束が散らばっている。


 ブーツで踏みつけているはずだが、段ボールは凹みもしていない。



『捨てるために淹れるとか意味わかんねェだろ』


「……一口飲んだ」


『飲みたくねンなら淹れるな。つか、そもそも買うな』


「ほっとけ」


『見てる方の身にもなれってんだ。完全に精神病んでるヤツの行動だろうが』


「チッ」



 弥堂は舌打ちをして、中身が入ったままのカップを脇に置いた。


 代わりに口に残っていたコーヒーを唾と一緒に流しに吐く。



「病んでなどいない」


『オマエは頭イっちまってるよ』


「そのような事実はない。仮にそうでも、死ねば治る」


『むしろ死ぬほどにイカレてってねェか?』


「何の用だ?」



 都合の悪いことには答えずに用件を問うと、かつての保護者のような存在だった女は大袈裟に肩を竦める。



『なにをイラついてやがる?』



 そして質問には答えずに、意趣返しのように問いを返した。



「別に」

『思い通りにいかなくてムカついてんだろ?』


「そのような事実はない」

『あんなガキどもに気取られて心配されるとかダサすぎんだろ。アタシに恥をかかせんじゃあねェよ』


「…………」



 弥堂は反射的に言い返そうとしたが、それを止めて代わりに溜め息を吐く。


 そして改めて答える。



「確かに予定とは違ったな」

『本当なら連中がとっくに学園に出てきていて、とっくにもうやりあってるはずだったって?』


「……そうだな。佐藤から俺のやったことを聞いたら、紅月はすぐに向かってくるだろうと思っていた」

『アテが外れたなァ?』


「……認めるよ。まさか佐藤が約束を守るとは思っていなかった」

『ハッ』



 弥堂が素直に答えて肩を竦めると、ルビアは笑い飛ばした。



 佐藤との取引では、弥堂のことは彼らに漏らさないという風な暗黙の了解がある。


 だが表向きはそういうことにしたまま、実際は事実を伝えるだろうと、弥堂はそう考えていた。


 約束や取引をする時は、必ず破られる前提で結ぶのだ。



『まァ、アタシもそこはちょっと意外だったぜ』


「もしくは知った上でこんなにも慎重な対応をしているのか。そうだったとしても意外だがな」


『それはねェと思うぜ。あのガキはオマエを知ったら止まらねェ。そういうタイプだ』


「そうか」



 これは、彼らが清祓課や佐藤などと応対する時には紅月 聖人が表に立っていると――弥堂たちがそう考えているがために起こった齟齬だ。


 望莱の存在を彼らはまだ知らない。



「だが想定外などいつものことだ。どうせ時間の問題だしな」



 弥堂はそれで話を終わらせようとした。


 だが――



『ホントにそれだけかァ? アァン?』


「…………」



――ルビアはまだこの話題を続けようとする。



「どういう意味だ」



 弥堂の眼が少し険しいものになると、ルビアはまた鼻で哂った。



『それすらアタシに言わせるつもりか? クソガキがよ』


「別に。何もない」


『スッとぼけてんじゃあねェよ、このクズが。アタシがあるっつったらあるんだよ』


「今回もまたらしくねえな。まわりくどくってよ。アンタ歳とったんじゃねえか」


『アタシだって好きで出てきたんじゃあねェよ。女クセェ女どもがうるさくってよ。つか、オマエだって何言われんのかわかってんだろ?』


「わかんねえよばーか。くたばれって言っとけ」



 弥堂は話にとり合おうとはしない。


 だが、構わずにルビアは突きつける。



『よォ、負けるぜ? オマエ――』



 決まりきった事実であるかのように、ハッキリとそう言った。



「…………」

『これも自分でわかってんだろ?』


「さぁ? どんなチカラがあるのかは知らんが、素人に負けるとは思えないな。ガキの数人くらい引っ越しの片手間で殺してやるよ」

『フン、バカがよ』



 変わらずの態度を貫く弥堂を、ルビアは睨みつける。



『まァ、殺せるかもな。今回も。なんだかんだでよ』

「じゃあそれでいいだろ。何言ってんだアンタ」


『バカがよ。そんな話してんじゃあねェことくれェわかってるだろ?』

「わかんねえよ、ばーか」


『ケッ――』



 ルビアは心底嫌そうに悪態をつき、そして話を続ける。



『こんなことあんま言いたかねンだが……』

「じゃあ黙ってろ」


『ウルセエ黙れ。いいか? クソガキ。テメェに殺せねェモンはねェ』

「は?」



 支離滅裂に聴こえる彼女の物言いに、弥堂は眉を寄せた。


 彼がトボける態度を崩したことで、ルビアはニヤリと笑う。



『クソガキ。オマエは何でも殺せる。相手がなんだろうと、生命の殺り獲りでオマエに勝てるモンは、多分この世にあんまねェ』

「どうした? 気持ちワリィな」


『だが、それでもオマエは負ける。今回は切り抜けたとしても、その次か、またその次か。そんなに先はねェ。誰でも殺せるのにオマエはずっと誰にも勝てねェ。言ってる意味わかるよな? アァン?』

「…………」



 弥堂は答えない。


 だが逃げることは許さないと、ルビアの視線が射貫く。



『これまでなんでどうにかなってたか、わかるよな? 言え』

「知らねえよ」


『異世界だったから。戦争の中だったから。そしてセラスフィリアがいたからだ』

「…………」



 弥堂の雰囲気が変わる。


 だが――



『親に向ける眼つきじゃねェだろうが……ッ!』


「チッ」



 そんなもので怯む相手ではない。


 ルビアに怒鳴られ、弥堂は殺意を引っ込める。



『オマエがムチャクチャしてもどうにかなってたのは、あっちの世界の戦争の中だったからだ。つか、それでも余裕でライン越えしまくってたのを、セラスフィリアがどうにかコントロールしていた。そうだな?』


「あのクソ女は――」


『――敵だというんなら、そこは認めろ。そう言ったよなァ? 昔にも。さっきの夢でも』


「……それがなんだ」



 今度は居直ろうとする弥堂にルビアは鼻を鳴らす。



『オマエが勝てるのは、殺し合いで決着がつく勝負にだけだ。相手を殺すことでしか、オマエはなんにもカタをつけられない。だから一生勝てねンだよ』


「知ったことか。そうなったら――」


『――クソガキ、あのガキンちょはセラスフィリアじゃねェんだぞ? あのイカレた女ほど、オマエについていけない』


「…………」



 いつものような物言いを許してもらえず、弥堂は返す言葉を失くした。



『ここはあっちとは違う世界だ。戦争もねェ。そしてオマエの目的も昔とは違う』

「…………」


『あのガキんちょを守るんだろ? オマエが殺せば殺すだけ寸詰まってくぜ?』

「……だが」


『目の前の一回だけを切り抜ければいいんならそれもいいさ。だが、その一回は悪魔どもとのケンカでもう終わった。こないだのケンカはテロだか犯罪だか知らねェが、運よく戦争になったからギリギリ通った。だからって今度も最初から運任せにすんのか? そんなこたぁ教えてねェぜ?』

「…………」


『あのガキんちょはセラスフィリアみてェに、オマエが何をしても自分の立場を守れるわけじゃあねェ。つか、自力で立場を作ることすら出来ねェ。極めつけに、あの女みてェにオマエを見限ってくんねェぞ?』

「俺は……」



 しかし、弥堂の言葉は続かない。


 彼が何も言い返さなくなると、ルビアも呆れたように大きなため息を吐き、そのまま彼女は脱力してしまった。


 その仕草が弥堂の癇に障る。



「……落としどころの手段は用意している」


『あのな? 殺しじゃなければ脅迫ってよ。それ一緒だバカやろう。つか、ムキになってここでそれを口に出すんじゃあねェよ。素人かよ』



 しかし苦し紛れの反論はより彼女を呆れさせてしまった。



『まぁ、アタシは言うこた言ったぜ?』

「なんだそりゃ。無責任だな」


『なんせもう死んでっからな。それにケジメは前回でつけたつもりだ。後は知らねェよ』

「…………」



 言い捨てて、ルビアはコートのポケットをいくつか叩き、煙草を取り出す。


 それに火を点けて煙を吐く。


 彼女は異世界でも喫煙をしていた。


 だが、その様子を見て弥堂は怪訝な顔をする。



『ンだよ?』


「あんたそれどうしたんだ?」


『アァ?』



 問われたルビアの方も怪訝そうにする。



「なんでアンタがそんなモン持ってんだ?」


『ん? あぁ、これか』



 ルビアが手にしているのは、異世界の煙草ではなく、こっちの世界で売られている紙巻煙草だ。


 異世界でとっくに死んだ女がその煙草に100円ライターで火を点けている様子が、弥堂には気味が悪く見えたのだ。



『なんか知らねェけどよ、何日か前くらい? そんくらいから出来るようになったんだよ』


「前は出来なかったのか?」


『オォ。あっちの煙草すら吸えやしねェ。つか、こっちの庶民に出回ってる煙草の質どうなってんだよ。向こうで貴族からぶんどったモンより遥かに上質じゃねェか』


「どうなってんだ?」


『さぁ? 別にどうでもいいだろ。オイ、テメェよォ。こないだ酒場で出されたエールくれよ。そろそろ煙草だけじゃなくって酒もいけるような気がしてんだ。どうにかしろ』


「それは俺がどうにかするもんなのか?」


『知らねェよ。いい酒呑ませて親孝行しろや』


「無茶を言うな」



 相変わらずなルビアの物言いに、弥堂は溜め息を吐く。


 しかし、そのことで少し肩の力が抜けた。


 ルビアはそんな弥堂をニヤニヤと眺める。



『ぶっちゃけよ。アタシはオマエに出来るとは思ってねェ』

「あ?」


『つか、アタシが生きてこっちの世界に飛ばされてきたとしても、多分アタシにもムリだ。あの傭兵どもの仲間になって戦場にでも行くぜ』

「…………」


『だがそれじゃあ済まさねェってヤツもいるからよ。自分で言わねえでグジグジしてやがんから、鬱陶しくてよ。仕方なく代わりに出張ってきたっつーんだよ』

「……そりゃ悪かったな」



 ルビアはもう一度溜め息を吐いて、今度は少し真剣な目をする。



『今日この場で出来るようになれとはアタシは言わねェよ。だが、今日言ったことを考えるくれェはしろ。生きてる間にな』


「…………」


『オイ、即答しろよクズ』


「……わかったよ」


『ハッ。じゃあ、ガキはとっとと寝ろ』



 言うだけ言って、ルビアは煙草を足元の段ボールの上に落とすとそれをブーツの爪先で踏み消す。



『じゃあな――』


「…………」



 そして彼女自身もそれで姿を消した。



 彼女が立っていた場所。


 そこには吸殻もなく、段ボールに焦げた様子もない。



 弥堂は脇に置いていたカップを持って一口だけコーヒーを口に含む。


 そして流しっぱなしにしていた水道を止めると、シンクの中にマグカップを横倒しにして置いた。



「おやすみ。ルビア――」



 ポツリと呟いて寝室に向かう。


 ベッドの横に座って、膝に額を当てて、また今日の続きを待つ。



 シンクの中では、薄まった黒がゆっくりと排水口へ流れていった。


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― 新着の感想 ―
望莱の見つけた切り口はどれも鋭く、容赦ないですね。ただ、カイブンさんと部長(社長)はおそらく同一人物ではないですよね?能力の性質が違うように見えます。しかし、「あの部長」と望莱が対峙するシーンを想像す…
これって部長さんもいよいよ巻き込まれたな
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