3章10 1-away ⑦
今現在の弥堂に仲間がどれくらいいるのか。
これまでの調査でわかったことを整理していく。
「夢で見てきたあいつの記憶をさ。時系列順に整理して考えてたのよ。でも、どうしてもわからなくって」
「ふむ?」
「んで。考えてるまんま口に出してみるから、あんたにそれを聞いて欲しいの」
「そういうことですか。お任せを」
主旨を理解して望莱は頷く。
その彼女へ希咲は指を三本立てて見せた。
「直近の記憶であいつから出てきた名前が3つ」
「日本に帰ってきてからってことですね」
「ん。ルビア、エルフィーネ、エアリス。愛苗の家の付近で一緒にいた緋色の髪の人がルビア。これは確定でいいと思う。んで、ドローンとか操作してるのが多分エアリス」
「すると、魔法少女がエルフィーネさんですか?」
消去法ではそうなるが、希咲は手を下ろして首を横に振る。
「エルフィーネはメイドさん。まず顔が違うし、声とか喋り方がもっと落ち着いてて、これは別人だと思う」
「では、姿の見えないエアリスさんが魔法少女というのは?」
「それも違うと思う。これはカンだけど」
「ふむ。ちなみに、エアリスさんは“せんぱい”の過去の記憶では?」
「この人だけ一回も出てきてない」
「なるほど……」
望莱は少し考えて整理する。
「ということは、仲間は“せんぱい”以外に最低4人で考えるべきでしょうか。ちょっと多いですね……」
「あと、これも多分なんだけど。ルビアさんとエルフィさんは、あいつより強いと思う」
「せんぱいよりも……」
望莱はついさっきスマホで見たものではなく、朝に自室で観ていた方の戦闘映像を思い出し、少し難しい顏をする。
「そうすると病院突入の方にもっと人員を割かないといけませんね……。“せんぱい”には出来れば兄さんをぶつけたかったのですが」
「あたし一人で突っ込んで、仲間の内の誰かとバトル状態になっちゃったら、それだけでもう半分以上失敗よね?」
「です。蛮くんをデコイ&捨て駒にしましょうか」
「あたしにそれを見捨てて愛苗と逃げて来いっていうんか。つか、それでも結局病院爆破とかされそうじゃん」
「ですよねー。でも、不可解なことがあります」
「なに?」
これまでの2つの事件のことを取り出す。
「龍脈暴走の時はわかりませんが、学園襲撃事件の時、そしてさっき見たアムリタ事件の時。“せんぱい”には余裕がありません」
「あいつより強い人が何人もいるんならってことよね?」
「はい。前にも言ったかもしれませんが、その戦力を投入しない理由がないんですよ。アムリタ事件の時だけなら水無瀬先輩用の防衛戦力だから――で一応納得は出来ます。でも、学園襲撃や龍脈暴走の時はどうなんでしょう」
「あー……」
望莱の指摘に希咲は反論を思いつかず、声だけを間延びさせる。
少し迷って、今思っていることをそのまま言うことにする。
だが、その顔は少しだけ気まずそうなものになった。
「あのさ?」
「はい」
「ちょっとまたヘンなこと言っていい?」
「はい?」
「ここまでの話を台無しにするようなことで。多分聞いたら『は?』ってなるようなことなんだけど」
「はぁ……」
キョトンと目を丸くして、望莱は続きの言葉を待つ。
希咲は一息呑んでから口を開いた。
「んとね。あいつに仲間はいる。でも、いないと思うの」
「は?」
希咲の言ったとおり、望莱は口を開けたまま呆けてしまった。
「ちょっとちがうか。仲間はいる。だけど、あいつは一人。こっちの方が合ってるかも」
「…………」
意味不明な言葉で、希咲にもその自覚はある。
だが、望莱はそれを慎重に考えた。
「……ちなみに。それって、カンですか?」
「カン、なんだと思う……」
「あら? 自信なさげです?」
「そういうんじゃないんだけど。なんて説明すればいいかな……」
希咲は少し言葉を探してから、自身の感覚を説明する。
「いつもみたいに、今この場で、この瞬間にピーンってきたって感じじゃないの。でも、なんか不思議とそんな気がしてるっていうか……。わかる?」
「ふむ……」
もちろん望莱には希咲の言う感覚は理解できない。
しかし――
『仲間はいない。いるけど、でもちがう。ちがう人たち……』
『元カノ。それより、魔法少女』
『弥堂じゃない。大事なのは、魔法少女……』
――数時間前、様子のおかしくなった希咲が倒れる直前に言っていたこと。
感覚でも理屈でも望莱には理解が出来ない。
だが、彼女は希咲のこういったセンスを大事にすると以前から決めている。
「――こうしましょう」
なので、それを踏まえた提案をする。
「一応、『OP:J・S・K』は先程の通りで準備を進めます。七海ちゃんは引き続きそのお仲間の存在を洗ってください」
「それでわかったこと次第で配置とか配分を変えるってこと?」
「概ねそうですね。まずは、やっぱり魔法少女の存在確認の優先。3人か4人かでも結構変わりますし」
「ん」
「どちらにせよ決行までに調整は必要になりますが、一応計画の大枠はそのつもりでいて下さい」
「最悪の場合は中止?」
「はい。病院の防衛力がこちらの突入部隊の戦力に拮抗したら詰むので。だからそこは重要ですね」
「おけ。わかった」
プランについての合意はとれた。
そこで望莱はまた考える。
(せんぱいのバトル切り抜き……、七海ちゃんにも見せておくべきでしょうか……)
先程見せた動画ではそこにあまりフォーカスしていない。
むしろ弥堂の主要なスキルはカットされている。
これとは別に弥堂になにが出来るのかという分析用の切り抜きがある。
戦いが起きる前にはメンバーに共有しようと考えていたのだが――
(七海ちゃんにはなるべく“せんぱい”と直接戦って欲しくない。その後のことも考えると……)
バトルに勝って終わりの戦いではない。
事後の交渉を考慮すると、心情的な部分だけでなく、人間関係の調整も考えなければならない。
だから希咲は弥堂との直接対決から外す予定だった。
(……まだ、いいですね。明日の調査結果を見て考えましょうか)
この場ではそう判断する。
「みらい?」
すると、急に黙り込んだ望莱のことを怪訝に思ったのか、希咲から呼びかけられた。
「いえ、なんでもないです。ということで、七海ちゃんには申し訳ないんですが、明日も学園を休んでもらいます」
「え? まぁ、いいけど」
「ちょっと日中の授業が行われている間にやって欲しいことがあるんですよ」
「それって弥堂が学園に拘束されてる間にって意味よね? 蛮の手伝い?」
「いいえ。病院とは別の場所を調べてもらいます」
「ん。わかった」
「ウチのスタッフさんをサポートに付けます。なのでこの後オフィスに行って調整した後に詳細をメールしますね」
「おけ」
そういった流れで話はまとまった。
二人は少し空気を弛緩させる。
ホッと息を吐いてから、希咲が少し明るい声を出す。
「あんたやっぱ色々スゴイわね。なんかイケそうな気がしてきたわ。愛苗も元気そうだったし、少しだけ安心した」
「わたし、水無瀬先輩を見つけたら七海ちゃんは泣いちゃうと思ってました」
「あはは。ぜんぶ終わったら泣くと思う。でも、今泣いちゃうと、ホントに気が抜けちゃいそうで……。大事なのはここからだしね」
「そうですね」
ここまで希咲はずっと張り詰めていた。
いつ切れてしまってもおかしくないくらいに。
望莱の目にはそう見えていた。
それがいい塩梅に緩んだので、望莱も安堵する。
「そういえば。今更なんだけどさ」
「はい?」
「あんたの推理とか作戦とかがスゴイってのとは別でさ。都紀子さんの事務所のこと」
「都紀子ちゃん? 何かありましたか?」
「ほら、なんであいつが事務所に来るってわかったの?」
「あぁ、なるほど」
希咲の言いたいことがわかり望莱は頷く。
「事務所になんか色々仕掛けてたみたいってのは聴いててわかったけど。でも、どうして今日ドンピシャであいつが来るってわかったの? あれスゴすぎん?」
「スゴイですよぉー!」
改めて希咲が内容を説明し賞賛をする。
しかし、みらいさんは何故か突然キレた。
「わっ⁉ な、なんで怒鳴るのよ……っ!」
「だって七海ちゃんがわたしをディスるから。スゴくないって」
「だからスゴすぎん?って言ってんじゃん!」
「スゴイですよぉー!」
「うっさい! いいから教えて!」
七海ちゃんを一頻り揶揄って満足してから、みらいさんは得意げな顔をする。
「昼想夜夢――」
「え?」
「昼想病むではありません。七海ちゃんはメンヘラさんなので、昼に思ったことを夜に病むのでしょうがそうではなく。昼間の起きている時に思ったことを、夜に夢で見る。そんな感じの意味です」
「あぁ、うん? え? なんで今あたしのことディスったの?」
「その逆もまた然り!――ということです」
色んな意味で納得のいかない様子の希咲を勢いで押し切り、望莱はニヤリと笑った。
仕方ないので七海ちゃんは一旦スルーしてやることにする。
「逆に、夢で見たことが現実の行動に影響を及ぼすこともある」
「んっと、夢で見たからなんとなく気になっちゃって、同じ場所に行ってみるとか? でも事務所の夢なんて見てないわよ?」
「はい。そういう例もあるでしょうが、今回の例だと。麻薬を入手する夢を見る→起きた時に麻薬の手持ちがないことを思い出す→入手先を訪れる。雑に言うとこういう仕組みですね」
「あぁ、そっか。今日のあいつってそうなるのか」
「です。とはいえ、一発で当たりを引いただけです。一点狙いで百発百中とはいきません。だから可能性のありそうな所に片っ端から罠を張っていく。これがタネです」
「あー、なんとなくわかったけど。それでも全然スゴイじゃん」
「都紀子ちゃんは“せんぱい”が突然来たと言っていました。アポなし。つまり思い付きの行動である可能性が高い。だから、七海ちゃんが夢で見る情報はどんなものでも重要なんです。ただ終わってしまっただけの過去の記憶ではなく、“せんぱい”もその映像を見ることになる。それは少なからず心理に作用します。“せんぱい”の次の行動を読む上でとても有用なんですよ」
「……うん。あたし一人じゃそこまで活用できないから助かるわ」
「将来は二人で探偵でもやって世界中の凶悪犯を追い詰めましょう」
「あたしそんな人たちにマーキングするのヤなんだけど」
「お忘れですか? もしかしたらそんな人たちよりもっとヤバイ人に既にマーキング中であることを」
「そういえばそっか」
冗談めかして二人で笑い合う。
「今日はこんなとこ?」
「そうですね……、あ、もう一つ」
希咲が話の終わりを意識すると、望莱は思い出したように手を打った。
「ビミョーに別件なんですけど。美景の霊害のことで」
「え? なに?」
「島の門がなくなりました」
「え――」
望莱は船の上で他のメンバーとした話を希咲にも説明する。
それを聞いた希咲はわかりやすく顔を顰めた。
「……なにそれ。アレって動くんだ」
「流石にわたしもそれは想像もしてませんでした」
「なんか、ヤな感じね。今のこのタイミングでそんなの」
「こっちを完璧に片付けてからそっちに全力で集中しなきゃいけません。まだしばらく忙しいですよ?」
望莱はまた冗談めかしてみるが、今度は希咲は笑わなかった。
島の門とやらに嫌悪感でもあるように、表情を苦いものにする。
「そこで、七海ちゃんの勘で、門がどこに行っちゃったかわからないですか?」
「ムチャぶりするわね……。いくらなんでも見当もつかないわよ」
「まぁ、わたしたちもアレのことは何にもわかっていないようなものですしね」
お手上げだと希咲が肩を竦め、二人一緒に溜め息を吐いた。
だが――
「あ――」
――希咲がなにか思いついたように声を漏らす。
「七海ちゃん?」
「あのさ、港ってなんかあるの?」
「え?」
門のことについて何か思いついたのかと期待したが、希咲の口から出てきたのはまるで別のことのようだった。
「港ですか? どうしてまた?」
「や。ほら、龍脈もアムリタもさ。最後は港だったじゃん?」
「そういえばそうですね」
「あ、ゴメン。門の話と関係ないんだけど、なんか今急に気になって」
「ふむ……」
ただの思い付きだと希咲は言うが、望莱は少し考えた。
「あそこは重要点なんです」
「え?」
「龍脈の通っている場所には、何ヶ所か要所があるんですよ。学園もそうですし、他に都紀子ちゃんの事務所、蛮くんのお家の神社など。もちろんあの島も」
「じゃあ、もしかして港も?」
「はい」
望莱は首肯する。
「そういう場所って、一般の人からすると『なんか不思議なことが起こりやすいスポット』っていう風になります。業界的に見ると『魔の集まりやすいスポット』なので、まぁやっぱり色々なことが起こります。偶然でも意図的でも。そういう運命が流れこみやすい、らしいです」
「一個一個は偶然かもだけど、そこにそれが集中するのは偶然じゃないって感じでいいの?」
「そんな理解で構いません。だからそこは要所として護ります。そして、だからこそ、あそこを新港として開放したくなかったんですよ」
「そういや、開放して使わせろーみたいな運動があったんだっけ?」
市民たちのそういった運動があって、現在は開放の為に工事が行われているという背景がある。
「圧力がすごくて守り切れなかったようです」
「えぇ……、そういうのも絡むんだ……」
「運動の主力は左っかわの人たち。その中には外人街や外国との関係を噂される人物もチラホラ……」
「絡むっていうかガチの政治の話なのね……」
「ちなみに、今の市長もそっち側ですよ。美景市初の女性市長とかってはしゃいでたあのババア」
「うわぁ……、って! ねぇ? あんたさ、真刀錵を唆して『市長を斬れ』とかやってたけど、あれって冗談よね? マジなやつじゃないわよね?」
「うふふ。いやですよ七海ちゃんったら」
「ちょっと! あの子マジでやるから絶対やめなさいよ!」
現市長への害意を明確に否定しなかったみらいさんに、希咲は本気で不安を覚えた。
「まぁまぁ、冗談に決まってるじゃないですか」
「ホ、ホントよね……?」
希咲が尚も疑惑の眼差しを向けると、望莱はわざとらしく壁にかかった時計に目を遣る。
「まぁ、もうこんな時間です。そろそろ出かけなきゃです」
「あ、うん……」
これから彼女は会社に行くと言っていたので、希咲は仕方なく引き下がる。
「では、また後で連絡します。わたしはお着替えを」
「あー、おけ。色々ありが……と……?」
望莱は希咲の目の前で着ていたダボダボパーカーをズポッと豪快に脱ぐ。
その下に着ているのは下着だけだ。
それは別にいいのだが、しかし脱いだ瞬間――
みらいさんの胸の間から黄色い布がポロっと落ちる。
希咲は自然とそれを目線で追ってしまう。
床に落ちたそれをよく見てみると――
「あぁぁーーッ!」
「む、不覚です」
――それは失われたはずの七海パンツであった。
「あんたやっぱ持ってんじゃんか!」
「なむさん……っ!」
希咲の叫びには答えず、望莱は黄色おぱんつの上にガバっと覆い被さる。
絶対にこれは渡さないと全身で主張した。
「かえせバカ!」
「やだーやだー!」
希咲はどうにか望莱の身体の下に手を捻じ込もうとするが、【身体強化:LV2】を悪用したみらいさんは執拗に粘る。
そんな攻防を繰り広げていると、望莱のスマホが着信音を鳴らした。
「おや? どうやら豪田さんが下に到着したようです」
「だったらもうあきらめなさい!」
豪田さんとは望莱社長の秘書兼ドライバー兼ボディガードさんだ。
彼の運転する迎えの車がこのマンションに到着したようである。
「いいえ。わたしは絶対に諦めません。たとえスタッフさんを何時間待たせることになろうとも」
「かわいそうでしょ! あたしもスタッフさんも!」
「豪田さんを憐れに思うのなら、七海ちゃんが諦めることです。いいんですか? 七海ちゃんのワガママのためにスタッフさんが無為な時間を過ごすことになっても」
「パンツ穿きたいってのがなんでワガママなのよ!」
「ではこうしましょう。七海ちゃんも一緒に行きましょう。七海ぱんつの所有権についての続きは車の中で」
「七海ぱんつの持ち主は七海しかいないでしょ! 七海ぱんつなんだから!」
希咲は正当な主張をするが、しかしそんなことを言っても彼女には通じないのもわかっている。
やがてスタッフさんへの罪悪感から諦めることにした。
それに、顔見知りのスタッフさんの前で、パンツを返せだとかパンツを穿いてないだとかのやりとりをしたくなかったのだ。
「ど、どうせ、あとは家に帰るだけだし……っ」
こうして望莱さんの悪辣な手口に屈した七海ちゃんは自分を励まして、手薄な下腹部の不安を誤魔化す。
「今どんな気持ちなのかを実況しながら帰ってください。そしてそれを録音してわたしにくださいね?」
「うっさい! いいから早く行け!」
「はーい」
返事とともに望莱の首から下が光に包まれ、それが消えると彼女の身体には衣服が装着されていた。
希咲はジト目を向ける。
「着替えくらい自力でやんなさいよ」
「これもある意味自力。それではいってきます」
「はいはい。いってらっしゃい」
「出る時にカギは適当にお願いします」
「あーい」
軽い挨拶をして、望莱はてててっと廊下を駆けて行った。
希咲は大きなため息を吐き、部屋を少し片づけてからマンションを後にした。




