3章10 1-away ⑥
「――ウソ、でしょ……」
動画を観ていた希咲がそう呟く。
信じられないといった顔で。
望莱は再生を一時停止し、そんな彼女の顔を窺う。
希咲の顔色は悪い。
予想通り大きなショックを受けている。
望莱は何も言わず、彼女の続きの言葉を待った。
すると――
「――ミラーさんが、裏切ってたってこと……?」
「えぇ。残念ながら」
そう肯定をしつつ、望莱は心中でホッと安堵する。
(よっしゃ! 通りました!)
望莱が希咲に見せたものは、午前中に望莱が自室で観ていたものと全くの同一ではない。
望莱が観ていたものが完全版。
希咲に今ここで観せたものは切り抜きを繋ぎ合わせた編集版だ。
これは佐藤に渡したものとほぼ同一の内容となっている。
この編集のコンセプトは、『ミラーを悪くみせる』というものだ。
福市博士を攫った傭兵を追って弥堂が倉庫に突入。
獣人の傭兵を倒す。
ミラー率いる“G.H.O.S.T”が乱入。
傭兵ダリオとの裏取引の様子。
傭兵同士で揉めている様子。
カルトの魔術師が妖を召喚。
そこから内ゲバの乱戦へ。
最終的に弥堂がそれを納めた。
そう見えるように悪質に継ぎ接ぎがされている。
弥堂のネックとなるような肝心な部分は全てカットされた状態で。
この動画では、ミラーはテロリストと結託して博士を誘拐しようとした犯人に仕立て上げられている。
見た者の大多数がそう受け取るように絶妙な編集が施されているのだ。
これの用途は主に、アメリカとの事後の交渉に使って有利に立つためだ。
さらに、万が一福市博士の生存がアメリカにバレた時には、“G.H.O.S.T”はテロリストと結託していて信用できないからこちらで匿っていた――そんな言い訳が出来るように。
現在責任の押し付け合いになっていると佐藤が言っていたので、彼にこれを交渉材料として渡して恩を売ったのだ。
そのために望莱はこれを予め用意していた。
編集パターンは他にも複数ある。
ミラーを悪くして、弥堂の存在自体を隠すもの。
ミラーを悪くして、弥堂をヒーローに見せるもの。
また逆に弥堂を悪に仕立て上げるパターンなども。
必要に応じてどれでも出せるように準備していたのだ。
佐藤に渡したものはミラーを悪に仕立て上げることを強調したもので、弥堂の存在はほぼ隠されている。
そして今希咲に見せたものは、弥堂の活躍もある程度入っているものだ。
これは弥堂を清祓課のヒーローに仕立て上げる時に使う目的で編集されたもので。
要は弥堂くんの宣材用スーパープレイ集だ。
ただし、死に戻りなどの公表できないものはカットされている。
この動画を作ったのは『M.M.S社』お抱えの切り抜き師である。
とある日、みらいさんはインターネットの治安を守るためにパトロールをしていた。
すると、様々な配信者やインフルエンサーの配信を恣意的に切り抜いて、悪戯半分に炎上に持ち込んでいる切り抜き師を発見した。
みらいさんは面白半分に彼の作った動画をいくつか分析し、その人物像をプロファイリングした。
次にこの人物が狙いそうな配信者をいくつか見繕い、パパにお願いをしてその配信者たちへ紅月グループから破格のPR案件を飛ばす。
そして、獲物がまんまとその配信者たちを炎上させ、ある程度件数が溜まったところで一斉に開示請求をかけた。
紅月グループのイメージを損ない、商品売り上げに多大な損害を出し、人件費も無駄に浪費させたとして、名誉棄損とは別に膨大な額の損害賠償請求の訴状を送りつける。
切り抜き師はその金額と件数にビビり散らかして、紅月家弁護団が持ち掛けた奴隷契約のような示談内容に応じた。
賠償金はいくらか減ったところでその金額は一般人からすれば膨大だ。
おまけに彼は無職で、せっかく育てたいくつかのCHも全て押さえられた。
とても払いきれるものではない。
心やさしいみらいさんはそんな彼を憐れに思い、就職先を用意してあげた。
そう、『M.M.S社』の広報部である。
みらいさん中学2年生の時のことだった。
こうして彼はみらいさん子飼いの切り抜き師となり、今回のような激ヤバ動画の編集をさせられ続けている。
定期的に「もう足を洗わせてくれ」と訴えてくるそうだが、その度に『M.M.S社』の特別コンプライアンス室に連れて行かれ、懇切丁寧に数時間をかけて諭される。「ここまで関わってシャバに帰れると思うなよ」と。
そんな切り抜き師さんは、こうしている今も悪質な動画編集をさせられ続けている。
自分よりも遥かに純度の高い悪意に出会ったことで、今ではすっかりと死んだ目だ。
(ぐっじょぶです。陣内さん)
みらいさんが心中で愛する社員を褒め称えた時、ようやく希咲が口を開く。
「……ねぇ。ミラーさんってどうなったの?」
「この後もっと乱戦になるのですが、その中でお亡くなりになったそうです」
「そう……」
何故、ここで希咲にこんなものを見せたのかというと――
(ショックは小分けに、です)
あの倉庫内で行われたことでショッキングなものはいくつかある。
あまりに人が死に過ぎたこと。
弥堂の戦闘の様相。
そしてミラーの殺害シーン。
希咲がおそらく最もショックを受けるのは、ミラーの殺害とその死体の処理のシーンだ。
今この場で全てを見ると酷いショックを受けることになるので、その最もヤバイシーンをカットしたものを見せたのである。
(【夢の懸け橋】を繋いでいる以上、いつかは辿り着くでしょう……)
その前に現在の愛苗を巡るトラブルが解決してスキルを解除出来ればいいのだが、そこはどうなるかはわからない。
(それは神さまのみぞ知るってことで)
ミラー殺害の真実を知った時に、希咲が弥堂にどういったスタンスをとるかはわからない。聖人はアウトだ。
その時は希咲の意向に従うつもりだが、それはそれとして――
(わたし的には七海ちゃんにも兄さんにも、最終的には“せんぱい”を許してもらう方向になってくれた方が都合がいいです)
――それが決まるまでは、そのつもりで調整を続けるつもりだ。
「七海ちゃん。大丈夫ですか?」
「あー、うん」
「やっぱりショックでした?」
「そう、ね……。ショックっていうか、飲み込み切れないっていうか……。ミラーさん、全然そうは見えなかったから……」
「わたしもこれは予想外でした。さすがは若くして“G.H.O.S.T”の指揮官まで成り上がっただけはありますね」
「……それってエリートってことよね? そんな人がテロリストと組んでその立場を捨てるの? なんか……」
「ギャンブルとかじゃないですかね? ほら、有名で大金持ちなはずのスポーツ選手が実はギャンブルで身を持ち崩してて、それを弱みに犯罪者に脅されてとかよくあるじゃないですか?」
「……そんな人がこんな計画できる? だってあんたのことも騙しきってたってことでしょ? どっちかっていうと弥堂のムーブじゃん、それ」
「人ってわからないものですよねー」
「うーん……?」
みらいさんはにこやかに受け答えをしつつ――
(――あ、やばい。これバレます)
――内心では冷や汗を掻いていた。
「――ってことで、問題の『イカレ女』発言ですけど。本題の!」
「え? あ、うん」
なので、完全に疑われる前に無理矢理進めて有耶無耶にすることにした。
咄嗟に出した動画ではあるので、これがバレた場合の二の矢はない。
その時は素直に土下座するのみだ。
望莱が指を指したスマホの画面は、ちょうど復活後の弥堂がレイスにもう一度挑む直前のシーンで止まっていた。
再生を開始する。
「ここのシーンで、どこか――もしくは誰かに向けて『イカレ女』と言っていました」
「んー? でも、なんも聴こえなくない?」
「音声を修復したものが別であります」
望莱は動画を止めて、音声のみの別のファイルを再生させる。
『奪ったのはイカレ女だ。お前のせいじゃない――』
『――俺が……、俺に、何か変わったものがあるのだとしたら……』
『約束しちまったしな。それに――そうすると決めた。決めたことはやる。必ず。何があっても、どんなことをしても。ずっと、そうだろ?』
『誰が寄こしたのかもわからねえモンに執着はねえよ。あいつは――水無瀬は、俺に目的をくれた。それで全てに十分だ。理由には足りてる』
弥堂の声だけが次々に流れてくる。
「わ。こんなにハッキリ聴こえるようになるんだ。ちょっとビックリ」
「ウチのスタッフさんががんばりました。不眠不休で」
「あんたんとこの会社さー、スタッフさんにもうちょっと優しくしてあげた方がいいって」
「それを改革するには七海ちゃんが入社して中から変えるしかないですね。わたしはそれを応援しています」
「や。あんたが社長だろ。明日からやれ」
「えー?」
スッとぼけるブラック企業の経営者に希咲は胡乱な瞳を向ける。
だが、今の本題は『M.M.S社』の企業倫理ではない。
それよりも気にするべきは――
「つーかさ、これどうやって撮影したの?」
「ドローンです」
「あ、そっか。学園のと同じか」
「ですです。犯人の逃げる先を予想して事前にいくつかのポイントに配置してました。その内の一つが大当たりだったってだけです」
「や。十分スゴイじゃん。よくこんな決定的なの撮れたなって感じ? じゃあ、あれもやっぱあんただったのね」
「あれ?」
感心した様子の希咲の言葉に望莱は首を傾げた。
「ほら。ホテルの隣のビルの屋上でさ、見張ってるあたしのこと撮ってたでしょ?」
「え?」
そして続いた言葉にはキョトンとしてしまった。
「あれ? ちがうの?」
「はい。それはわたしじゃないですね。ドローンの数がそんなに揃わなくてホテル近辺には配備出来なかったんです。代わりにホテル内部のカメラは押さえていたので」
「え? じゃああれって……。や、そうか。あれは弥堂の……」
「学園で盗んだものでしょうね」
「……その後にも2回見てるのよ。1回目と2回目の爆破の時」
「そのドローンを操作している人がやったのでしょう。これちょっと面倒ですね。いざという時に、『爆破は自分とは関係ない』って“せんぱい”に言い張られちゃいます」
「つか、最初からあたしを見張ってたってことは、もしかして……」
「最悪ウェアキャットの正体もバレてた可能性もありますね。ですが、そこはまぁ、今さらですし。なるようになれってことで。それより――」
今はこちらのことを考えようと、望莱はもう一度同じ音声を再生した。
同時に該当時間の動画も動かす。
『奪ったのはイカレ女だ。お前のせいじゃない――』
『――俺が……、俺に、何か変わったものがあるのだとしたら……』
『約束しちまったしな。それに――そうすると決めた。決めたことはやる。必ず。何があっても、どんなことをしても。ずっと、そうだろ?』
『誰が寄こしたのかもわからねえモンに執着はねえよ。あいつは――水無瀬は、俺に目的をくれた。それで全てに十分だ。理由には足りてる』
希咲は眉を寄せる。
「これって多分思念通話みたいなのしてるのよね?」
「そう見えますよね。相手はどなたでしょうか」
「……たぶん、エルフィーネさん」
「元カノさんでしたっけ?」
「ん。カンだけど」
「わたしもそう思いました。恋人相手に喋ってるみたいだなって」
女の勘が一致する。
「ポイントは『イカレ女』と『水無瀬先輩が目的をくれた』ってところだと思いました」
「……愛苗が、どういうことなんだろ」
「元々七海ちゃんからのお願いで水無瀬先輩に関わることに消極的だった“せんぱい”が、おそらくこれをきっかけに自発的にやるようになったのでしょうね」
「そうね。あとさ」
「はい」
「『ずっとそうだろ』って言ってる」
希咲の指摘した箇所を望莱はもう一度再生させる。
『約束しちまったしな。それに――そうすると決めた。決めたことはやる。必ず。何があっても、どんなことをしても。ずっと、そうだろ?』
しかし、望莱にはいまいちここの問題点がピンとこない。
「ここに何かあります?」
「ん。ちょうどね、さっきこのこと考えてたのよ」
「このこと?」
「あいつの失踪期間のこと」
「あぁ、なるほど」
希咲が何を言いたいのかを望莱は察した。
「『ずっとそうだろ』って、それなりに相手と付き合いが長くないと言わないわよね?」
「はい。その通りだと思います。そうなりますね」
「あのさ――」
希咲は慎重な目で望莱に問う。
「あいつの過去、いくつか見てきたんだけど。納得いかないのよ」
「と言いますと?」
「あいつって中学出てから高校入るまでの少しの期間失踪してたって。そういうことになってるし、そう思ってたじゃん?」
「記録上もそうなっていますね」
「でもさ、絶対にそんな短い期間のことじゃないと思うの」
「ふむ……」
先程考えていたことを望莱へ聞かせていく。
「声とか喋り方の変わり様がさ。あー……っと、例えばよ?小学生の聖人が今の蛮みたいになったみたいな?」
「なるほど?」
「んで、口調だけじゃなくって、言ってることの内容が小学生の聖人が今の弥堂になったみたいな?」
「それはちょっとの期間で起こる変化ではないということですね」
「そう。だから、あいつの経歴って実際どうなってんだろって」
「なるほど。よくわかりました」
望莱は一つ頷いて、すぐに解説を始める。
「実はですね、せんぱいが失踪をしたのは中学一年生の2学期からなんですよ」
「え?」
「ごめんなさい。これは隠していたわけではないんですけど、言いそびれてました。さっきご両親の話が出た時にも言えばよかったんですけど……」
「あ、もう調べてたんだ」
「はい」
望莱はもう一度深く頷く。
「パパさんは省庁勤め。そこそこのエリートさんでした。しかし、“せんぱい”の失踪時期の少し後くらい。勤怠が安定しないという理由で左遷されてしまったようです。閑職ではありますが、現在もその仕事を継続しています」
「……そっか。息子が行方不明なんだもんね」
夢で見たあの優しそうな父親の雰囲気から察するに、きっと必死に息子を捜索していたのだろう。
希咲はそれを想像して胸を痛める。
「ママさんの方も結構なバリキャリだったようです。ちょっと意識お高めのコンサル業とか。しかし、パパさん同様に息子の失踪後しばらくして退職されています。心を病んでしまったようで」
「そんな……」
そして、続いた情報には希咲は言葉を失った。
「妹ちゃんもいるようです。現在中学生。わかりやすくグレちゃったみたいです」
「……ねぇ、それって」
「はい。敢えてハッキリものを言いますと、“せんぱい”の失踪をきっかけに家庭崩壊したのでしょう。ですが、それ自体は一旦置いておきます」
「…………」
今この家族に同情したところで、彼らの問題も自分たちの問題も、何一ついい方向に進みはしない。
そういう意味で、望莱はそこで話を区切った。
少し間を置いて、希咲が口を開く。
「……あいつって、いつ帰ってきたんだろ。っていうか、その感じだと実家には――」
「――いいえ。帰っています。最低でも一度は」
「え?」
予想と違って希咲は驚きを浮かべた。
「ジャーナリストを装ったウチのスタッフさんを妹さんに接触させました。失踪事件に関する取材という名目で」
「ねぇ、あんたの会社って一応セキュリティの会社でしょ? そういうのアリなの?」
「…………」
みらいさんはニッコリと微笑んで、明確な回答をしなかった。
七海ちゃんは察する。
「妹さんは兄を激しく嫌っているようで、まともに話もしてくれませんでした。しかしその時の口ぶりから、失踪したままではなく帰って来た“せんぱい”と会ったことがあるように受け取れました」
「それって、いつなんだろ」
「去年の5月に美景台学園に編入しているので、最低でも4月には帰ってきていると思います」
「……ねぇ? それじゃあさ。あいつって中学の卒業は?」
「しています」
「んん?」
またも予想外というか、辻褄の合わない望莱の答え。
希咲はさらに首を傾げる。
「ずっとガッコ行ってなかったのに、戻ってすぐに卒業にしてもらえるもんなの?」
「正確にいうと、記録上は卒業になっています。これは前にも調べたとおり。そこで今回は、当時の卒業生――つまり“せんぱい”の元同級生たちに聴き取りをしました」
「ジャーナリストってことで?」
「はい、ジャーナリストで。すると、同級生たちは彼が帰ってきていることを知りませんでした。当然、卒業式にも来ていなかったそうです」
自称ジャーナリストって便利だなと思いつつ、それはそれとして――
「それってさ……」
「はい。偽造です。せんぱいが自分で学歴を改竄したのでしょう」
「……そもそもの失踪の原因ってやっぱり?」
「もちろん、不明です」
「あいつの地元って」
「江東区。隣町ですね」
「…………」
中学一年で謎の失踪。
その後卒業まで学校には戻らず。
家には一度は帰った。
だが実家に居つくことは無く、中学卒業の学歴を違法に得て隣町の美景市で高校に入学。
「ここでポイントが1つ」
「ん?」
「弥堂 優輝というのは本名です」
「あ、そっか。偽名の可能性もあったのか。そうね……、失踪期間にいたどっかでも、ユーキとかユキって呼ばれてたわ」
「そしてここで、七海ちゃんとのデートの時を思い出してください」
「嘘デートね」
「…………」
「…………」
二人はジッと見つめ合う。
しかし、お互いにスルーすることにした。
「それで?」
「はい。彼、出会う人に何度か偽名を名乗ってましたよね?」
「あ、そういえば?」
「まるで息を吐くように偽名を名乗る。4/23の商店街の乱闘事件の何日か前から、あそこの路地裏で“ダイコー生”が暴れていたという情報がありましたね? その犯人も毎回違う名前を名乗っていたそうです」
「偽名使うのが癖ってこと?」
「少なくとも、悪いことをする時にそうする習慣があるんでしょうね」
「え。あたしとデートするのって悪いことなの? は?」
「まぁまぁ」
ピキった七海ちゃんを宥めつつ望莱は続ける。
「大事なのは、美景台学園には本名で入学してきているということです」
「あ、うん」
「学歴は偽造。しかし戸籍はそのまま使っています」
「あ、そっか。つまり……」
「はい。失踪の原因、戻って来た動機は不明です。ですが、彼はその後に普通の高校生になった。なろうとした。そういう生活基盤を築いたということになります」
「なんかやらかす目的だったら、偽名で入って来て用が済んだら逃げるとかやりそうだもんね」
弥堂は最初から何か悪さを働くつもりで美景台学園に来たわけではないということだ。
「えーっと、つまり。それが変わっちゃったのが、龍脈事件ってことになるのか。最初からあんたたちのお家とか郭宮の敵対勢力のヤツだったってわけじゃない?」
「そう考えた方が整合性はとれますね。ただ相手は“せんぱい”なので怪しいですけど。ともかく龍脈事件中での水無瀬先輩との関りが、今現在の彼のスタンスを決めた大きな要因です」
「……ねぇ、それってさ――」
「――七海ちゃん」
望莱は黙って首を横に振る。
「それは今考えることではないです。水無瀬先輩を追うにはノイズになります」
「あぁ、そか。だからこのこと黙ってたのね?」
「同情をするのも謝るのも、全部が終わってそれをしてもいいのかわかってからですよ」
「……ん。そうね。それには話を聞きだすか、調べるかしないといけないってことだけど……」
「出来れば本人から直接聞きだすことが望ましいです」
「勝手に調べて、『あんたこうなんでしょ?』なんて感じ悪すぎだもんね」
「だからその為にも、やっぱり『OP:J・S・K』を成功させなきゃですね」
「そうしないと、話をする場すら作れない、か……」
弥堂の生い立ちや境遇と、愛苗の件は切り分けて考えるべきだという話だ。
まずは愛苗のことを解決するべきで、それまで弥堂に負い目を感じてはいけない。
この不愉快さを吞み込むのに、希咲は苦労する。
解決の方向へ進めるために自身のすべきことは明確になっている。
だが、それに躊躇を覚える。
(あいつから愛苗を奪うことが、本当に正しいの……?)
ふと、そんな疑問を感じた。
だが――
(あぁ、そっか……。弥堂の振る舞いって、こういう時に少しも迷いを感じないようにするためなのね……)
そして彼がそうなったのはきっと、失踪期間の経験が影響をしているのだろう。
その間に起こった出来事たち。
そして出会った人たち。
それはつまり――
その間、望莱は希咲が切り替えるのを待ちながら――
(咄嗟にいくつか計画を変更しましたが、どうにか軌道を戻せそうですね……)
そう内心で安堵をしつつ、
(――ん……?)
ふと気づく。
(わたしが計画を変えた? 変えるハメになった? この短い時間に、いくつも……)
それは言い方を変えると――
(変えさせられた――そうも言えます)
変えたといっても真逆の方向に舵を切るような大幅なものではない。
まだ見せるつもりのなかった動画を公開。
まだ出すつもりのなかった弥堂の情報も。
それに、病院を急襲する計画も。
(少しずつ軌道を修正された? そんな感覚がします)
では、そうなったのは何が原因だっただろうかと考えを巡らせようとしたところで――
「――ねぇ、みらい」
――その前に希咲から声がかかる。
「手伝って欲しいことがあるの。弥堂の仲間のことで、今わかること」
「なにかわかったんですか?」
「多分何人かは。でも、上手く整理が出来なくて。それを手伝って」
「わかりました。お聞きしましょう」
望莱は思考を一旦止めて、希咲の話を聞くことにした。




