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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章16 出会いは突然⁉ ⑧

「………………………………………………2――」

 そして開いたその瞳を俺へ――






















「――シ、シードリング ザ スター………………れっ…………と……? はれっ……?」




 何かを叫ぼうとしていた水無瀬の声は萎んでいって尻切れする。



 何が何だか、訳がわからないと、茫然とした目を俺へ向けている。



 俺はというと、カウントは2で止めており、そのまま黙って彼女を視ている。



 丸い彼女の目に写った自分を見ながら、両腕を拡げて何も持っていないということを水無瀬へ強調してやった。



「冗談だ」


「え……?」


「冗談だと言ったんだ」


「じょーだん……」



 無意識に力が抜けたのか、彼女の手から零れ落ちたペンダントトップが胸の前で揺れる。



 彼女のその存在は揺らがず、そして彼女の瞳に写る俺の顏も変わり映えなく。



 それらを眼にし、視ながら、放心したように立ち尽くす彼女へ向けていた圧を完全に解いた。



「じょ、じょうだん、って…………全然笑えねぇッスよ……」


「そうか。それは悪かったな。許せ」



 毛をまだ逆立てたまま、結局一連の中で一切動こうともしなかった猫がようやく口に出した言葉に、俺は心にもない謝罪を返した。



「訊きたいことはもう訊けた。じゃあな」



 俺は踵を返す。



「あ、うん……。ばいばい、気を付けてね……」



 未だ茫然としたまま譫言のように挨拶をする水無瀬の声を背に俺は歩きだす。



 確認したいことも確認は出来た。


 ここにも、こいつらにも、もう用はない。


 4つある路地の中から適当なものを選んでそちらへ進む。



 この路地に入って来た時には、とうとう俺も運が尽きたかと思い、それなら死んでも仕方がないかと考えた。


 しかし、この場に潜んでいた最も脅威となりうる存在が常軌を逸したポンコツだったため、結局は何事もなく、事無きを得た。



 それはつまり運がよかったということになり、それならば俺には生き残る資格があったということになる。



 そして、それは言い換えれば――




「待たんかいこのボケェェェェェェーーッス!」




 足を止める。



「なんだ?」



 畜生風情の分際で人間様の行動を妨げてきた身の程知らずへ向きなおる。



「なんだ? じゃねーーッスよ! クサレニンゲンがっ! なに帰ろうとしてんスか⁉」


「ここにはもう用はないからだが?」


「オマエになくてもこっちにはあるんスよ! このやろー、突然あたおかムーブ始めたと思ったら、やりたい放題やって帰るだと⁉ アレか⁉ 飽きたのか⁉ 飽きちゃったのかーッス!」


「飽きたというか…………まぁ、そうだな。お前らはもう用済みだ」


「なんてことを言うんスか! オマエには人の心はないんスか!」


「お前にもないだろうが」


「うるさーーーいっ! ヘリクツこねるなーーッス! どんだけジコチューなんッスか! 自分ばっか色々聞いてきてその態度は人としてないッスよ!」



 何故猫のフリをした変な生き物に人の道を問われねばならんのか。



「チッ、うるせえな。色々聞いた結果、特にお前らに興味はなくなった。だからもう帰る。それだけのことだろうが」


「な、なんてワガママなヤツなんッスか……。オマエ、大丈夫っスか? ちゃんと学園生活送れてるんっすか……?」



 怒り心頭といった風に憤りをぶつけてきていた猫が突然同情するように、心配をするように、こちらの顔色を窺いながらそんなことを聞いてくる。



 畜生ごときに学園生活を心配され、俺は強い屈辱を感じた。



「メロちゃんメロちゃん」



 俺が頭の中で、小動物を20秒以内に殺害する方法をいくつか思い浮かべようとしていると、遅れて再起動した水無瀬が自身のペットへ声をかけた。



「ん? どしたんスか、マナ?」


「あのね? メロちゃんまた弥堂くんのことニンゲンって呼んでるよ? ダメだよ、なおさなきゃ」


「え? そこッスか? てか、この流れでジブンが注意を受けるんスか?」



 猫は人前で飼い主から躾をうけ愕然としている。


 俺よりもその『前頭前野お花満開娘』の学園生活を心配してやれ。



「ま、まぁいいッス……、じゃあ少年、帰る前にオマエに言っとくことがあるッス」


「待て」



 思わず相手の言葉を止める。



「……その少年というのはまさか俺のことか?」


「え? そッスけど?」



 衝撃を受ける。



 まさかこの四つ足の毛だるま、俺よりも精神が成熟しているつもりなのか……?



 これは驚いた。



 もしかしたら屈辱ランキングの上位に食い込むかもしれない。



「あ、メロちゃん。私から言うね?」


「ん? そッスか? がんばってお話するんスよ」


「うん。ありがとう」



 俺がランキング更新の妥当性について考えている間に話は進んでいく。



「あのね、弥堂くん。実はお願いがあるの」


「…………」


「弥堂くん?」


「……問題ない。続けろ」


「うん、えっとね、今日のことなんだけど……出来たら内緒にして欲しいの……」


「…………お前もか」


「えっ?」


「なんでもない。続けろ」


「うん、ありがとう」



 否が応にも昨日の希咲との出来事が想起されひどく億劫になる。



「あのね? 私、魔法少女じゃない?」


「……俺に聞かれてもな」


「だからね、内緒にしなきゃいけないの」


「何故だ?」


「えっ? 魔法少女だからだよ?」


「なんで魔法少女だと魔法少女であることを秘密にしなければならないんだ?」


「えっ? ……そういえば…………なんでなのかな?」


「…………俺に聞かれてもな」



 自分で必要性を訴えて嘆願してきた癖に、首を傾げてその根拠を考えるバカに俺は半眼を向ける。



 ここに来てから考えるのは何度目かわからんが、こいつ本当に大丈夫か?


 街の平和を守るといった風なことを言っていたが、自分で自分が何をしているのか正確に理解していないのでないか?


 まぁ、理解していないのだろうな。



「ねぇねぇ、メロちゃん。なんで内緒にしなきゃいけないのかな?」


「えっ? だって、魔法少女だからじゃないッスか?」


「あ、そっか。やっぱりそうだよね」


「……お前ら馬鹿だろ」



 あまりにゆるすぎる会話に思わず余計な口を挟んでしまった。



「誰がバカっスか! 失礼なヤツッスね。女の子がお願いしてるんだから男は黙って言うことを聞いていればいいんッスよ!」


「女の子とはいい身分だな」


「そうッス、いい身分なんッス。特にJKはこの世のヒエラルキーの頂点に位置するッス。それに比べてお前ら男はゴミッス。例外はイケメンや金持ちッス。それなら話は別ッス」


「随分と俗世的な妖精もいたものだな」


「確かにジブンはネコ妖精ッスが、その前に一人の女子ッス。そして一匹のメスッス。本能が求めてるんス。有名インフルエンサーとベンチャー社長を」


「……そうか」


「オマエ、顔はまぁまぁ悪くないッスが、それを台無しにしてなお追加請求されるくらい頭のおかしさと陰気さが滲みだして人相悪すぎッス。おまけに身分もただの男子高校生とかいう経済力もない底辺ッス。つまりゴミッス」


「それは悪かったな」


「しかし、ジブンも鬼じゃないッス。そんなオマエらモブ男にも評価している部分があるッス。それが何か聞きたいスか?」


「結構だ」


「ハァーーーーっ! 仕方ないッスねぇ! そこまで言われたら教えてやるッスよ!」


「いらねえっつってんだろ」


「それはズバリ――竿ッス! オマエらの下腹部に生えたソレだけはジブン高く評価してるッス。竿はいい……なにせ女の子をより可愛く、よりエロく飾り立ててくれるッス」



 なに言ってんだこいつ。



「猫に小判。美少女に竿ッス。これが鉄板ッス。マストアイテムッス」


「それじゃ持ってても意味がないってことにならんのか?」


「カァーーーーっ! うるせーッス! ダメな? オマエほんとダメなッス! 脳で考えるなッス。子宮で考えろッス」


「持ってないんだが?」


「確かにそうかもしれねえッス。でも、オマエには竿があるだろ?ッス。言い訳ばっかり並べ立ててる暇があるなら、竿を並べ立てろッス! ちょっと微妙なレベルの女でも顏の横に竿を並べておいたら『あれ? この女ちょっとよくね?』って気分になるだろッス! そういうことッス。わかるッスね?」


「いや?」


「ということで、オマエはもっと自分の竿に自信を持つといいッスよ! でも調子にのっちゃダメッス。あくまでも竿役のモブとしてなら見所もあるって話ッス。AVでいうなら汁男優ッスね! ネームド男優になるならまずは有名インフルエンサーかベンチャー社長になることッス。話はそれからッス」



 こいつの言っていることが全く理解できないが、ネコ妖精とやらの間では有名インフルエンサーやベンチャー社長よりもポルノ男優の方が格上なのだろうか。


 特に答えを必要としない疑問だし、どうせ人外の考えることなど聞いても共感できようはずがないので捨て置く。



「ということで少年! 自分が汁男優であることをしっかりと自覚して出直してくるといいッス!」


「……よくわからんが、帰っていいってことだな?」


「うむッス! ジブンの伝えたいことは以上っス」


「そうか、じゃあな」


「あっ、で、でもぉ~――」



 踵を返そうとすると、ヤツは突然声音を変えて猫撫で声を発する。



「――でもぉ~、もしぃ~、少年が有名インフルかベンチャー社長になったらぁ~……、どうしてもって言うならぁ、ご飯とカラオケくらいならぁ? 一緒に行ってあげてもいいかなぁ~って……?」



 クソ猫は後ろ足だけで立つと、腹の前で前足を絡めてモジモジと身を捩らせる気持ちの悪い動作をした。


 頬の毛皮を紅く染め、声音どころか口調までもガラっと変えてくる。



……どうやって毛皮を紅潮させているんだ? 気持ち悪ぃなこいつ。



「あ、あとぉ~……、もしぃ、少年がタワマンに住んでたらぁ~、すっ、少しだけなら? お家に遊びに行ってあげてもいいかなぁ……とか? で、でもお茶するだけだからねっ! そんなに軽い女じゃないんだから勘違いしないでよねっ! だけどパーティには気軽に呼んでよね! いつでもスケジュール空けるんだからね!」



 魔法少女活動のスケジュールをいかがわしいパーティのために空けるんじゃねえよ。真面目に仕事しろ。



 しかし、妙に鼻につく言動をする。



 何故こんなにもこいつの言葉に腹が立つのかと考えてみると、以前に廻夜部長が仰っていた、『こういう女はクソだ』という話の中に似たような特徴を持つ女がいたなと思い出す。



 その時に彼がこういう奴のことをなんと呼んでいたかと記録を探ってみるとすぐに該当する記憶に行き着く。



 そうだ。


 こいつは――『港区女子』だ。



 非常に尖った思想の持ち主たちのようで、一部には年収1000万円以下の男は人間ではないとまで人目を憚らずに豪語する者もいるほど、極めて狭窄的な差別思想と選民思想に染まっているらしい。


 またこういった輩は多義的に宗派が枝分かれをして多様的に繁殖をして社会に潜り込んでいるらしく、近似的な存在の一つとして『パパ活女子』という者もいるらしい。


 そしていずれにしても彼の者たちが年齢を経て孤独を拗らせると、やがては『婚活BBA』という存在に進化するらしい。



 そういった内容のことを部長が拳を振り上げ唾を飛ばしながら熱く語ってくれたのだが、俺には少々難しい話で、完璧な理解には程遠いのかもしれないが、まぁ、要はモグリの売春婦のことなのだろうと理解をした。


 一点だけ気になったのは、その時の彼の手に握られていたスマホの画面に何故か港区の不動産情報が表示されていたことだが、しかし、まぁ、まさかタワマンの値段を調べていたわけではあるまい。


 恐らく偶然のことだろう。



 しかし、この猫が港区女子であるのなら、何かしらの制裁を加えるべきかもしれない。


 廻夜部長は感情を露わにして港区女子を敵視していた。


 もしかしたらサバイバル部にとって邪魔になる存在なのかもしれない。



 廻夜部長が港区女子の弱点についてなにか言及していなかったか記録を探る。

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