3章10 1-away ⑤
夢で見た愛苗に関すること以外のシーン。
(さっきの夢……)
思い出すのはベッドでのシーンだ。
多分何年も前の記憶のように思える。
弥堂が今よりも大分幼いように感じたからだ。
(幼いっていうか、なんかまるで別人みたいで……)
彼の視点で見る関係上、弥堂本人の姿は見えない。
今よりずっと高い声や、大人しい喋り方、喋っている内容。
現在の彼とは似つかないと言ってもいいレベルで違う。
(“僕”とか言ってたし)
あそこから成長して現在の彼になったというだけの話なのだろうが、順調に成長してこうなったようには、希咲にはとても思えなかった。
(あと、あの女の人……)
弥堂がずっと彼女に背を向けていたので、さっきの夢では女性の姿は見えなかった。
だが、声や口調などから、愛苗の自宅近くで一緒にいたあの緋色の髪の女性と同一人物だろう。
(仲間っていうか……)
ベッドでの弥堂とのやりとりを聞いて、思い出したことがあった。
『保護者のような女』
弥堂が以前にそう口にしていた。
(ルビア……。そっか、ルビアって言ってたわよね……)
自警団のようなもののボスだと聞いたが、さっきの夢では傭兵だと言っていた。
日本から失踪してどこか他の国でルビアに拾われ、そして傭兵をやっていたということなのだろうか。
望莱も以前にそんな予想をしていたし、希咲自身もアムリタ事件の最中に彼のことをそんな風に感じた。
戦争に慣れているというか、戦争こそが居場所だと。
だからそれ自体は別にいい。
それよりも――
(保護者っていうか……)
『――誰がママだ。あんな奴そんなもんじゃねーよ』
学園からの帰り道。
彼はそう言った。
夢の次のシーンでは別の宿泊部屋で、酔いつぶれたというルビアに膝枕をしていた。
多分その前のベッドのシーンよりは少し成長した時のもの。
部屋は暗く、横髪で覆われたルビアの顔はよく見えなかった。
多分眠っているであろう彼女の髪を撫でながら弥堂は話しかけ続けていた。
その時の言葉。
(そりゃ怒るか……)
母親呼ばわり、というか子供扱いをされたくなかったのだろう。
(いつか謝ろ……)
あの男と関われば関わるだけ、謝って欲しいことが増えていく。
そして今のように敵対に近い関係が続けば続く分だけ、謝りたいことも増えてしまう。
(でも……)
別に気に懸かることがあった。
これまでに夢で見た他の弥堂の過去。
(えっと、女上司さん、騎士の友達、元カノメイドさん、なんか可哀想な赤い髪の子、金髪のかわいらしいシスターさん……)
そういった人たちと一緒に居たのはさっき夢に見た弥堂よりも成長した彼のような気がする。
つまり先のルビアといた弥堂よりも後の時間の弥堂だ。
(でも、その時にはルビアさんは出てきてない)
そんなに多くを見たわけじゃないので、たまたまかもしれない。
(つーか、あいつミラーさんに……)
アムリタ事件の最中で、『保護者は死んだ』と言っていた。
だが、龍脈暴走事件の時に、愛苗の家の近所にルビアと一緒に居た。
それなら龍脈暴走事件でルビアが死亡したという風にも受け取れるが――
(――あいつの言い方だともっと昔の話っぽかったわよね)
拷問の果てに殺されたとも。
(やっぱウソだったってこと……?)
どこか違和感を覚えた。
(あ、でも――)
アムリタ事件のホテルでの出来事を思い出す。
弥堂と思念通話でやり取りをしていた時に、一瞬だけ聴こえた他の人間の声。
特にホテルで弥堂が本性を露わにしたあの時――
『あーあ、やっぱり殺りやがったよ……。アタシャ絶対ェこうなるって思ってたね。ほれ見たことか!』
『途中で“ごーすと”に取り入ろうとしていましたから、今回はもしかしたら穏便に済むかもしれないと期待したんですけど……』
『あわよくばってスケベ心だろ? このバカはいっつも行き当たりばったりの思いつきで行動してんだよ』
『そのくせ最初に決めたことも無理矢理押し通そうとするから、毎回滅茶苦茶なことになっちゃうんですよね……』
――希咲と弥堂との間だけで繋いでいたはずの思念通話に、他の人間の声が聴こえてきた。
(あれ、片っぽはルビアさんよね? 言葉遣い悪い方……)
そのルビアと会話をしているもう一人の女性が居た。
そしてその後弥堂は――
『エアリス――』
――と誰かに呼びかけた。
その後に起きたのがホテルの爆破だ。
そしてその直前、弥堂が居た部屋の窓の外にはドローンが飛んでいた。
(このルビアさんと喋っていた相手がエアリスで、ドローンを操作してる人……?)
そういう風に考えられるが、しかし――
(でも、あの人……。声と喋り方が……)
――物静かな印象の声と落ち着いた喋り方。
声だけでルビアほど特徴があったわけではないが、あの喋り口に聞き覚えがあった。
(夢で見た、イケメン騎士とお茶してた時の……、メイドさん。別の時では弥堂をぶっ飛ばしてたひと……)
あの女性の声と喋り方に似ている気がした。
だが、あのメイドは――
(エルフィーネさん……、元カノさんよね……?)
そうすると弥堂の仲間には、ルビア、エルフィーネ、エアリスの3人が居ることになる。
(あ。魔法少女もいるから4人か……)
悲鳴くらいしかまともに聴いていないが、あの魔法少女はルビアやエルフィーネの声とは違う。
(あれ? でも、それならエアリスが魔法少女の可能性もあるのか……。なんでそう思わなかったんだろ……)
なんとなく違うような気がしている。
それに他にも違和感がある。
(あいつ、エルフィちゃんは元カノって言ってたわよね……?)
彼からその話を聞いたのは、4/16に起きた法廷院たちとの揉め事が終わった後だ。
(あ、いや、別に元カノだとはハッキリ言ってなかったっけか)
自分がなんとなくそう思っただけだ。
だけど『元』で間違いないとも思っている。
(別れたのに、今も一緒に行動してるってのにスッゴイ違和感あんのよね……)
恋人との破局が全て絶縁や今生の別れとなるわけではない。
だが――
(――弥堂だもん。あれと別れるってなったら絶対円満じゃない)
大抵というかほぼ、相手の方が「もうむり!」と限界を訴えて逃げるか、愛想を尽かして見限るかになるだろう。
フラれたのは弥堂。
そこには確信があった。
そしてそんな別れ方をした元恋人同士なら、その後も一緒に行動を続けたりするはずがない。
(それに……、そうだ――)
そもそも、何故現在も継続中の恋人関係ではなく、『元カノ』だという風に憶えていたのか。
それは弥堂の言いぶりからだ。
そのことを今思い出した。
教室で荷物を回収して昇降口へ行く前にトイレに寄る。
その道中で――
ほんの軽い気持ちで彼の恋愛遍歴を訊ねていた。
その時に返ってきた弥堂の言葉。
『――そうだな。そういうことなら、キミの言うとおりエルフィは俺の彼女なのだろう』
彼はそう言った。
言葉どおりに受け取るのなら、彼は別に別れたとは言っていない。
言葉を口にした時の彼の表情もいつもの無表情だった。
だけど希咲は、この時の彼の雰囲気から、もう二度と会えない人のことを言っているように感じとった。
だから気付いていない素振りをして、逃げるようにトイレに入り、そして訊いたことを後悔したのだ。
(あたしの勘違い……? でも……)
死んだはずのルビア、別れたはずのエルフィーネ。
その二人と一緒に、彼女たちの元いた国からは外国となる日本で、表沙汰には出来ないような行動をしている。
それはとても不自然なことだと感じられた。
ルビアの死は弥堂の嘘かもしれない。
だけどエルフィーネの方は、やっぱり自分が感じたことが合っているような気がする。
(つーか、時系列……)
今までに見た夢の内容から、時系列順に並べてみる。
(たぶん一番最初は……)
1.魔術を習ったと嬉しそうにセラスフィリアに自慢をしていた時。
(その次は……)
2.どこかの宿でルビアに添い寝をされていた時。
3.担がれたノーパン女子のスカートを覗いてた時。
4.女の子を逆さ吊りにしていた時。
5.イケメン騎士とお茶会。
6.街でシスターさんのお尻を見て怒られてた時。
7.メイドさんのスカートをきんちゃく袋みたいにしてイジめていた時。
8.牛さんの悪口を言って怒られてた時。
9.バニーさんのキャッチに騙されて店ごと爆破された時。
10.戦争を終わらせるために戦争反対の人を殺したと言い張って怒られてた時。
(大体こんな感じ……? 細かいとこは違ってるかもだけど)
基準にしたのは変化していく弥堂の声と口調。それから他の人物の見た目の成長だ。
(やっぱり中3で卒業して高校始まるまでの期間じゃ収まらない。何年もあるようにしか思えない)
1.の場面、弥堂の声や喋り方が中学3年生よりももっと幼く感じる。
それにその時に出ていたセラスフィリアが後半に比べてやはり幼かった。
気になるのはこの時の2人の態度や関係が後のものと明らかに違うことだ。
(1.から2.になった時。弥堂の喋り方も声も変わらない。でもあのセラスなんちゃらのことをハッキリ嫌ってる。嫌ってるっていうか、怖がってた?)
セラスフィリアとの関係が破綻して、そしてルビアのところに送られた。
そんな風な会話をしていた。
(次の3.になった時には、弥堂の喋り方が変わってた。ルビアさんそっくりに……)
そしてこれ以降ルビアは登場していない。
それから時間を追うと、ガラが悪くなっただけでなく声変わりもして。
そして段々と今の弥堂に近づくように、頭のおかしい言動をするようになっていっている。
(最後の方ってか、今のあいつって、言ってることは頭おかしいけど、喋り方はエルフィーネさんみたいになってる? あんま抑揚なくて落ち着いた感じ。んで、たまにオラつく時はルビアさんが出てくるみたいな)
それが合ってるかどうかはともかく、そうなるまでにはそれなりの期間の年数が必要な気がした。
(小学校時代の友達に社会人になってから会ったらヤクザになってた、みたいな? 知らんけど)
中学卒業から高校入学の間の僅かな期間では考えられないどころか、2年や3年でも足りないように思える。
(でも、あの素直そうな男の子がこんなに変わる……?)
ごく普通の小中学生の口が悪くなって、ガラが悪くなって、段々と無感情になっていき、狂った犬と呼ばれるようになる。
それにはどのくらいの時間がかかっていて、どんな物語があったのだろうか。
途中から別人に入れ替わったと言われた方がまだ納得ができる。
視点の関係上、弥堂の顔を見ることは出来なかったが、
(周りの人たち……。中高生が大学生か社会人になったみたいな)
弥堂の目に映る他の人物たちはそれくらいの時を経たように成長していっていた。
(あ、でもエルフィーネさんは変わってなかったっけ? 最初の方を見てなかっただけ?)
段々とわからなくなってしまうが、しかしそこは一旦置いておく。
(あいつが変わったきっかけって多分あの上司の子と揉めたからよね。ルビアさんとか騎士の人にめっちゃ愚痴ってたし。なんだっけ、長い名前のセラス……、イカレ女さん。って……、うん?)
そこで希咲はまた違和感を覚えた。
ただし今度は弥堂にではなく――
(――イカレ女? あたしそんなこと言ったっけ……?)
――望莱にだ。
希咲は望莱に、『イカレ女』について調べて欲しいと要請された。
希咲はそれをセラスフィリアのことだと認識した。
だが――
(あたしそんな呼び方で伝えたっけ……?)
夢で見たものを望莱に伝える際に、セラスフィリアのことをそう呼んだ覚えがない。
イカレ女=セラスフィリアと結び付けたのは、騎士とのお茶会の時の弥堂の口ぶりだ。
弥堂が何度かそう呼んでいて、文脈からセラスフィリアのことを指しているのだと判断した。
だけど――
(あたしは『女上司さん』って言ったはず……)
例え弥堂がそう呼んでいたからといって、同情心やシンパシーをちょっとだけ感じていたあの女上司のことを、自分がそんなヒドイ呼び方をするわけがない。
ということは――
「おい――」
「はぇ?」
――希咲は唐突に望莱をジロリと睨む。
「あんた、あたしに何か隠してんでしょ?」
「ドキリ――」
端的に疑いを向けるとみらいさんは「ドキリ」と口で言った。
これはまだ全然余裕がある時の態度だ。
希咲は彼女をジト目で見遣る。
「イカレ女」
「?」
「どこで知ったの? これ」
「ドキリ」
「あたし、あんたに言ってないわよね。これ」
「おーまいがー」
みらいさんは頭を抱えて天を仰いだ。
どうやら惚ける気はないようである。
「これはやってしまいました。わたしとしたことが」
「あんたね」
「イケっかなと思ったんです」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「よし」
素直にペコリとする罪人を気持ちよく許してやった。
「んで? どこで知ったわけ?」
「ふむ……」
そして当然事情聴取に入るが、望莱は一つ考える。
望莱が『イカレ女』を知ったのは、倉庫での映像からだ。
なので、正直に話すとあの映像に触れざるをえない。
あの映像の出来事は可能な限りギリギリまで――
つまり弥堂と戦うことが決まるまでは出さないつもりで――
さらに決まったとしてもその戦闘の直前までは隠しておくつもりだった。
だが、弥堂との戦いを起こすというのは先程決まった。
あとはどれだけ出すのを遅らせるかという問題でしかないのだが――
(七海ちゃんの今日のアレ……)
あの様子を考えると、隠してもバレるのは時間の問題のような気がした。
きっと彼女は遠からず自力でアレに辿り着く。
(それなら――少し、試してみますか……)
望莱は数瞬でそこまでを決める。
「七海ちゃん」
「ん?」
そして希咲へ真剣な目を向けた。
「今の体調はどうですか? 少しでも気分が悪いとかはないですか?」
「あんた話逸らそうとしてない?」
「いいえ。これからお見せするものは本当にショッキングなものです」
「え?」
「わたしは『イカレ女』というのを弥堂せんぱいの口から聞きました」
「は? だってあんた――」
「――はい。わたしは“せんぱい”に直接お会いしていませんし、通話などもしたことはありません」
「じゃあ――」
「――わたしが見たのは映像です」
「えいぞう……?」
望莱は言いながら自身のスマホを操作し、内臓メモリに保存された動画を表示させる。
再生はせずに待機画面のまま、希咲へと向けた。
「この映像の中で、弥堂せんぱい自身が言っています。『イカレ女』と。わたしはその人物が“せんぱい”のルーツに繋がるのではと睨みました」
「……これってなんの映像なの?」
「これは“アムリタ事件”のクライマックスからラストシーン。港で行われた戦闘の映像です」
「え――」
希咲の目が大きく見開かれる。
「ここには知ってはいけない情報が入っています。それがなかったとしても、かなり残酷な内容になっています」
「……だから体調は大丈夫かって聞いたのね?」
「はい。というか、体調万全でも多分気分が悪くなると思います。なので、隠していたというよりも、お見せするのを躊躇していたというのが本音です」
「…………」
希咲は沈黙する。
望莱の言っていることは本当なのだろう。
実際に自分はアムリタ事件で経験したことを引き摺っていた。
それに配慮されたことは責められない。
「どうしますか? 今、見ますか?」
「…………」
無理してまで今日は見なくてもいいということだろう。
だが、希咲は無言で手を伸ばした。
望莱は諦めたように嘆息してから席を立つ。
そして希咲の隣に座り、動画を再生させた。
希咲は食い入るようにスマホに視線を固定している。
(さて、どうなることでしょうか……)
望莱は彼女のその横顔を注意深く観察した。




