3章10 1-away ①
「――…………っ」
元のリビングに戻って、希咲は脚を内股にしてソファに座っている。
「では、お話をお聞きしましょうか」
希咲の前のテーブルにお茶を置いてから対面のソファに座り、望莱はどこかキリっとした顔でそう訊ねた。
「う……、え……? あ、えっと……」
しかし希咲は口ごもる。
先程跳び起きた後に「話がある」と望莱に持ち掛けたのは彼女の方なのに。
ショートパンツから伸びる生足はピッチリと閉じて、その付け根近くの太ももの上に置かれた左手はギュッと握られている。
ゆるく握られた右手で口元を隠すようにして、顔は少し俯けながら目線は忙しなくキョロキョロと動いている。
頬は紅潮しており、何故か恥じらうような仕草だ。
「おや? 七海ちゃん。お顔が紅いです。まさか熱でも……」
「だだだ、だいじょうぶっ! なんともない! へーきだから……っ!」
「ですが……」
望莱は心配げに眉を下げる。
なにせ、希咲は数時間前に倒れたばかりだ。
何が原因でそうなったのかはわかっていないし、目が醒めた今も体調は懸念されて当然である。
望莱がそれを訊ねても、希咲はどうしてかモジモジと身を捩るばかりだ。
望莱はその太ももの隙間に視線を突き刺そうと――して、自制する。
「なにか気になることがありましたら、遠慮なく言ってくださいね?」
「あ、うん……。あり、がと……」
望莱は素知らぬ風に希咲を気遣う。
希咲はそんな望莱の態度に、どこか素っ気ないとも謂えるような返事を返す。
心ここにあらずというか、なにか別のことに物凄く気を取られているようだ。
(な、なんで……っ⁉)
口には出さず、心中で疑問を大にする。
一体何が起きたのかまるでわからない。
自分のことなのに。
(な、なんで……)
一生懸命に考えようとしても、動揺はいつまで経っても収まらない。
ダラダラと冷や汗が出て、心臓も激しく動悸する。
今までに出遭ったことのない事態に心はちっとも追い付かない。
(なんであたしパンツ穿いてないのぉーーっ⁉)
七海ちゃんは心の中で叫んだ。
「――みらいっ!」
「七海ちゃん⁉」
ベッドで目を覚まして、自分の見たものがなんなのかがわかった瞬間、希咲は寝室を飛び出した。
そして廊下を走り、望莱が居るであろうリビングに飛び込む。
「みらい! 見つけたの! あたし――」
「――七海ちゃん!」
「んえ……?」
急いで大発見の情報を望莱に教えようとするが、その前に望莱が彼女には珍しい素早い動作で抱きついてくる。
希咲は出鼻を挫かれてしまった。
「もう大丈夫なんですか⁉」
「は? え? なにが……?」
「き、気付いてないんですか? 倒れてたんですよ⁉」
「たおれる? あたしが……?」
「そうですよっ!」
「へ……?」
そういえばと、思考が追い付いてくる。
夢で見たものだけに気を囚われていたが、そもそも自分はなんで寝室のベッドに居たのだろう。
リビングで望莱と喋っていたはずなのに、何故寝ていたのか。
「あっ――」
希咲は壁にかかっている時計に目を遣る。
さっき寝室で見た時は気付かなかったが――
「――え? なんで16時……?」
――望莱と喋っていた時はまだ午前だったはずなのに。
「――っていうか、ヤバッ! ごはんっ!」
「大丈夫です。横手さんにお願いしましたから」
「え? うそ。マジで? っていうか、これ、どゆこと……?」
「落ちついて聞いてください。昼前に七海ちゃんは急に倒れて意識を失ったんです。それでつい今まで寝ていたんですよ」
「えぇ……っ?」
望莱からの説明を聞いて、希咲はドン引きしてしまう。
倒れただとか、意識を失っただとか、そういうことよりも。
なにより自分自身、それを説明されても全く身に覚えがないことにゾッとしたのだ。
「とりあえずお茶でも飲んで、一度落ち着きましょう」
「あたしは落ち着いてるけど。それよりあんたの方が……」
「もうっ! わたしだって! 目の前で七海ちゃんが倒れたら普通にビックリしますよ!」
「あ、そ、そうよね……。ごめん。今のは無神経だった。あたし全然理解が追い付いてなくて……。ていうか、ベッドに運んでくれたのよね? ありがと」
「いいんです。だからお茶しながら一緒に少しずつ整理していきましょう? 一応わたしの診察スキルでは、今も問題なしってなってますけど。原因を探るためにもお話をしましょう?」
「あ、うん。じゃあお茶淹れ――」
「――もうっ。そんなのわたしがやりますから。七海ちゃんは座って待っててください。あ、おトイレとか平気ですか?」
「あ、それじゃ、借りる」
「はい」
望莱はニッコリと笑ってキッチンへと歩き出す。
希咲は「あれー?」と首を傾げながら廊下へ向かった。
望莱はそっと振り返り、希咲の後姿を見てニヤリと笑った。
そんなことには気付かず、希咲はトイレに入ってカチャリと鍵をかける。
洋式便器にお尻を向けて立ち、「おかしーなー?」「なんなんだろー?」と考える。
これから望莱と話す上で、自分で自分のことをある程度説明できないといけない。
一体何が起こったのかを思い出そうとしながら、両手をおへその下へと伸ばした。
ふと視線の先、ドアに貼られているものに意識がいく。
ポスター大に引き延ばされた自分の写真だ。
ひくっと頬が引き攣る。
みらいさんは昔からこういうことをしがちなので、今さら大袈裟に驚きはしない。
だけどトイレに貼るのはやめて欲しいなと思った。
「むむむ……?」
あることに気が付き、写真を睨む。
その写真でアゴピをキメる自分の顏の確度が若干気に入らない。
自身のポテンシャルはもう少しあるはず。いやまぁこんなものか。
そんな風に考え込む。
そうやって写真を見ながらも手は動く。
ショートパンツを留めるボタンを外して、チャックを下ろす。
それから少し下げるだけで細い脚からストンっとショートパンツが落ちた。
続いて下着に指をかけようとする。
だが――
「――ん?」
――その指がスカっと空ぶった。
写真の中の自分のマスカラが少し溶けているのではと、見ることに集中していたので狙いをミスったのかもしれない。
もう一度手を動かして――今度は爪が自分の肌に刺さる。
「あれー?」
おかしいなとまた首を傾げた。
もしかしたら、倒れた時の後遺症のようなもので手付きが覚束なくなっているのかもしれない。
今度はちゃんと目視しながらやろう。
これは写真なんか見ている場合ではないぞと、希咲は自身の下半身が映るように目線を下げ――
「――いにゃああぁぁぁぁっ⁉」
――そこで目にしたものに驚き大きな悲鳴を上げた。
そのトイレのドアの外。
誰もいない廊下では、みらいさんがニッコリと最高の笑顔を見せていた。
そうして混乱しながらトイレから戻ってきた今――
(――なんでなんでなんで⁉ なんでパンツないの……⁉)
――七海ちゃんはお目めをグルグルさせながら混乱継続中だ。
起きたばっかりの時はまだあった冷静さは、今はもうカケラもない。
(どどどどどどうして⁉ え? 家出る前にパンツ穿き忘れてずっと気付いてなかったってこと⁉)
だが、乙女としてこの問題は早急に解決せねばならない。
不幸にも、今日は指輪の中にパンツのストックはなかった。
他の子の替えパンツはあるのに。
したがって今も絶賛ノーパン継続中なのだが、せめて原因くらいは究明すべきである。
(うぅ……、なんかお尻ごわごわするし……っ)
さりげなくお尻をもぞもぞさせる希咲を望莱はアルカイックスマイルで見つめている。
だが、その細められた瞼の奥の目は若干血走っていた。
そんな望莱に気付かず、希咲は今日ここに来る前のことを思い出してみる。
今朝は平日と変わらぬ時間に起きて、まず洗濯機を回し、それが止まる前に手早く弟妹たちの朝食を作った。
自分は料理中に適当に摘まんで朝食を済まし、一番下の妹にご飯を食べさせる。
そしてその妹が日曜朝の魔法少女アニメを見ている間に、手早く洗濯の終わった衣服を外に干した。
それが終わると一番上の弟に妹のことを頼み、出かける準備に入る。
超速で簡単なメイクを済ませ、その後に着替えをした。
(下着はその時に替えたはず……)
七海ちゃんは自身の着ているシャツの襟元をみょーんっと伸ばす。
するとそこには淡い黄色のおブラだ。寝る時に着ていたナイトブラではない。
お胸もしっかりフルアーマー状態になっている。
(胸だけバッチリ盛ってパンツ穿き忘れる女とかいる⁉ ありえなくない⁉)
だが悲しいことに、パンツを穿いていないのだ。
百歩譲って――
(スカートならまだ、あるかもだけど……っ)
先にスカートを穿いて、それから下着を脱いで、新しいのを穿く前にスマホに着信があって、メッセを返していたらパンツを穿くのを忘れた。
それならもしかしたらワンチャンあるかもしれない。
自分はやったことはないが、マリア=リィーゼ様はたまにやらかす。
だが、今日の七海ちゃんはショートパンツだ。
(ショーパン穿く時にパンツ穿いてないのに気付かないバカなんていないでしょ⁉ あたし⁉ あたしがそのバカなの⁉)
どれだけ謙虚になったとしても、自分がそんな不祥事をやらかすとは到底考えられない。
そもそも――
希咲はまた座り心地が悪そうにお尻を動かす。
――さっきここに座っていた時と、丸っきりお尻の感触が違う。
その時はこんな不快感は全く感じなかった。
絶対にパンツは穿いていたはずだ。
だとすると――
(考えられるのは……)
希咲はチラリと対面に座る望莱を見た。
犯人はこいつだ。
そんな考えが過ぎる。
寝ている間にこの悪戯好きな妹分がパンツだけ脱がせてズボンを穿かせたに違いない。
それに気が付いた時の自分のリアクションを楽しむために。
普通そんなことをする人はいないが、望莱なら十分に考えられる。
というか、自分がパンツを穿き忘れる確率よりは遥かに現実的だと思えた。
そんな風に考えるが――
(で、でも……っ)
「七海ちゃん?」
疑心を浮かべた瞬間、望莱に声をかけられる。
希咲はビクっと肩を跳ねさせた。
「あの、体調はどうですか?」
「え?」
「お話の前に、やっぱり七海ちゃんのお身体が心配で……」
「え、えっとそれはもう……」
「わたし本当に自分の心臓が止まっちゃうんじゃないかって思いました……」
「あ、うん、それは本当に、その、ごめん……」
物凄く悲しげな顔で望莱が俯く。
希咲はそれにフォローをしつつ、心中では――
(い、言いづらい……っ!)
自分が倒れたのは事実だろう。
望莱が心配したというのも事実だ。
そして自分が迷惑をかけたのも。
なんなら愛苗の件で色々と助けてもらっている。
そんな中で、さらに今のこの空気で――
『ねぇ? あんたあたしのパンツ盗んだでしょ?』
――そんなことはとてもじゃないが言い出せなかった。
(ぐ、ぐぐぐ、でも……)
本気で驚いて、本気で心配して、本気で悲しんで。
でもそれはそれとしてパンツはとる。
この子はそういう子だ。
希咲は長年の付き合いでそれを正確に理解している。
だけどもし――
万が一、億が一。
望莱がパンツ泥棒じゃなかった場合。
その時は彼女をとても傷つけてしまうことになる。
もうほぼ間違いないとは思っている。
だけど、もしも外した時を考えると、やはり問い詰めることは出来なかった。
少なくとも、それをするのは今ではないと思った。
そう、今は――
(パンツの話してる場合じゃないのに……っ!)
ずっと探していた愛苗の居場所を掴んだ。
それに、自覚のない自分の体調の急変。
するべき話はどう考えてもこっちだ。
絶対にパンツじゃない。
ここはグッと堪えて、パンツは後回しにするべきだ。
(でも……っ)
不意に七海ちゃんのお顔が悲痛げに俯く。
「おや?」と望莱さんは興味深げに目線を向けた。
(こんな……、こんな肝心な時にパンツを穿いてない女に何が出来るの……⁉)
腰回りが心許ないせいか、七海ちゃんは急激に自分に自信がなくなった。
確かにこの世には下着を着けないと決めている人もいるらしい。
しかしそれはそういう主義なのだ。それは自由だし仕方ない。
だが、自分はそうではない。
なのに、高校生にもなってお外でパンツを穿いてないなんて、そんなのは変態かバカのどっちかだ。
ただでさえ、小学生のちょっとおバカな弟がパンツ穿き忘れて学校に行ったことをこないだ叱ったばかりである。
これから先、どんな顔をして弟を叱れるというのだ。
(こんな……、こんなあたしじゃ愛苗を助けられない……。それに助けたとしても、その時にパンツ穿いてなかったら愛苗に「え、きも」って思われて、それで嫌われちゃう……っ)
パンツを穿いてから助けに行けばいいだけなのだが、メンブレした七海ちゃんにはもうそんなことは考えられない。
ちなみに愛苗ちゃんは愛苗ちゃんで、ブラジャーに邪悪な魂が憑りついて特級呪物になり見てないところで勝手に触手が生えて悪さをするようになっているのだが、ノーパンとどっちがマシかは議論が別れる。
そんな事情は知らずにヘラった七海ちゃんはスンスンと鼻を鳴らす。
その様子を見守るみらいさんはニッコリだ。
(で、でも……っ!)
七海ちゃんはブンブンと顔を横に振る。
(こんなことじゃダメ……っ! ヘタレてるんじゃないわよ七海っ!)
自身を激しく叱咤した。
(大事なのは愛苗でしょ? たとえパンツがなくたって、愛苗に嫌われちゃったって……。愛苗が無事ならそれでいいじゃない……っ!)
七海ちゃんのお目めに轟っと闘志が宿る。
「おー」とみらいさんが感心する声を出したが、希咲は気付かない。
(気合いよ! パンツがなくたって気合いで乗り切れる……っ!)
なんか誰かがそんなようなことを言ってた気がした。
やれると、実感した。
「ねぇ、みら――」
「――んんぅぅ……っ」
意を決して話しかけようとした寸前、不自然に立ち上がったみらいさんが何故か伸びをした。
彼女はずっと寝巻のまま。
背伸びをしたことでダボダボパーカーの裾が持ち上がって、黒い下着がチラ見えした。
希咲はその行動を不審な目で見る。
すると、望莱は今度はコロリとソファに寝そべった。
ダボダボパーカーがだらしなく捲れあがって、黒パンツのお尻が露出する。
「……ねぇ」
「はい? なんでしょう?」
「……お尻。出てるけど」
「えー?」
みらいさんは適当にスッとぼけた。
希咲はピキっとコメカミに青筋を浮かべる。
このまま彼女のペースに合わせてはいけないと、話題を逸らした。
「つか、まだ着てんのそのパーカー。中一の時にあげたやつじゃなかったっけ?」
「はい。七海ちゃんのおさがりパーカーは、わたしのお気にのパジャマです」
「あんただって背伸びてるんだから、それもうちっちゃいでしょ」
「そうなんです。最近はちょっと動いたらすぐに『パンツ』が出ちゃって……」
「……ッ」
絶妙に『パンツ』を強調してから、みらいさんは悩まし気に溜息を吐く。
希咲は頑張って無視をした。
「だったらサイズあうヤツ着なさいよ」
「えー? でもでも、これを着てると七海ちゃんのニオイを感じられてハッピーハッピーなんです」
「もう何回も洗濯してるでしょ」
「はい。出来る限り洗濯の回数を減らしてます」
「ベツなのあげるわよ。丸出しはヘンでしょ」
「いいえ。動きに気を付ければまだまだいけます」
「いけてないし」
「えー? それに、たとえ『パンツ』が丸出しになっても、それは七海ちゃんに『パンツ』を見せるよう強要されていると考えると二倍おいしいですし」
トボけあう二人の会話が応酬される。
ヘラヘラするみらいさんに対して、七海ちゃんはピッキピキだ。
どちらが優勢かは一目瞭然だった。
「……いみわかんないっ。つか、今も出てるし」
「出てる? 何がですか?」
「だから……。お尻」
「いいえ。わたしは『パンツ』をしっかり穿いています。お尻が出ることはありません。お尻が出ちゃうのは『パンツ』を穿いてないおバカさんだけです」
「ぐ……っ」
希咲は奥歯を噛む。
(こいつ……っ!)
やってんなと思った。
犯人確率が爆増する。
しかし、それでもこちらから問うことは出来ない。
(わかってんのよ……!)
もちろん、冤罪の可能性もまだある。
しかし、彼女が犯人だとしてもここで「あんたパンツとったでしょ」などと言おうものならば、絶対にこれみよがしに傷ついたフリをしておちょくってくるのだ。
絶対に思い通りになんかならないと希咲はまだ粘る。
「か、隠すか何か穿くかしなさいよ?」
「お家なんだし、いいじゃないですか。七海ちゃんだってお部屋ではパンツ出てる時ありますし」
「だ、だけど、今は真面目な話する時だし……っ」
「大丈夫です。『パンツ』さえ穿いてるなら全然いけますって。ちなみに徹夜でお風呂も入ってないので2日目『パンツ』ですが。それでも穿いてないよりはマシです。リィゼちゃんの使いまわしの裏っ返し『パンツ』だって、穿いてないよりは遥かにマシというものでございますわー。『パンツ』さえ穿いていれば我々女子はどこまでだって羽ばたいていけます。あ、穿いてない人のことは知りませんけど」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……っ!」
段々望莱の煽りが露骨になってきたことで、七海ちゃんはぶちギレ寸前だ。
すると、わざとらしくコロリと転がった望莱がソファからベチャっと落ちる。
「ぁいたた。落ちちゃいました。ちゃんとお行儀よく座らないといけませんね」
「あ、あははー……っ!」
みらいさんは立ち上がると、これみよがしに黒パンツのお尻をフリフリして煽り、それから座り直す。
希咲の目はもう笑ってはいない。
「でも、安心しました。七海ちゃんがすっかりいつも通りの様子で。わたしもう心配で心配で……」
「ぐっ、ぎっ、ぬぬぬぬぅ……っ」
「それに、『みつけた』って言ってましたけど、水無瀬先輩に関する新しい情報ですよね? これもよかったです。わたし水無瀬先輩のことも心配で心配で……」
「こ、い、つ……っ!」
「え? なんですかー?」
望莱はもう隠そうともしていない。
望莱はこれまで『愛苗が心配』だとは一回も言ったことがない。
彼女は愛苗自身に何も興味はないのだ。
当然心配などしていない。
希咲が助けようとしているから、それのサポートをしているだけなのだ。
そうでなければ極論、愛苗がどうなろうとどうでもいいとさえ思っている。
希咲はそれを理解している。
じゃあそれなら自分だけでやると言っても、ここまでの危険な話になったなら彼女はそれでも勝手に首を突っ込んでくる。
そして無理矢理にでも希咲のことを助けようとする・
そういう子なのだ。
その望莱が白々しくも「水無瀬先輩を心配している」などと言った。
そのことで希咲は確信する。
これは『とっても心配してるのにパンツ泥棒の容疑をかけられた可哀想なみらいちゃん』という演出に、無理矢理持ち込もうとしているのだ。
「そ、そうよね……! 愛苗も心配だし、お話始めよっか……!」
「えー? 七海ちゃんなにか気になることがあったんじゃ?」
「き、気がしただけ! だから気のせいなの……!」
希咲は笑顔を引き攣らせながら、頑張って切り替えようとする。
「あ、ちなみにー。わたしこの後オフィスに顔出さなきゃいけないのでそんなに時間ないです。七海ちゃんが心配だし、お話もゆっくり聞きたいのですが……、お心苦しいです」
「う、ぐ、ご、ごめんねー? い、今ちゃんと、話すから……」
尚も煽ってくる望莱をスルーし、希咲は姿勢を整え深呼吸をする。
そうして気を落ち着けて――
「あ、その前にひざ掛け貸して」
「ダメです」
「貸してってば」
「ないです」
「あるでしょ」
「なくなりました」
「あたし倒れたばっかだし、冷えるのよくないかなって」
「ダメです」
「…………」
「…………」
二人は笑顔で見つめ合う。
「じゃあ寝室のタオルケット貸して」
「クリーニングに出しました」
「…………」
「…………」
二人は今度は真顔でジッと見つめ合い――
「――あっ⁉」
ダッと希咲が廊下の方へ駆け出そうとすると、それを見越していたように【身体強化:LV2】を使用した望莱がガッとタックルを仕掛けてきた。
「ちょっと! 離しなさいよ!」
「行かせませんよ!」
「こんなことにスキル使うな!」
「やだーやだー」
「つーか、あんたどこにやったのよ! 言え!」
「なんのことかわかりません! あ、ちなみに、時間がないってのだけは本当です」
「もぉーーっ!」
そのまましばしじゃれ合ってから、結局最終的には希咲が折れて、このままでお話をすることになった。
とりあえず一旦なかったことにして、二人は真剣な顔で向き合っている。
そういう空気に変わった中で――
「愛苗が今どこにいるのかわかったわ――」
――希咲はハッキリと断言した。




