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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章09 Threads Connect ⑨

 御影探偵事務所で女性に乱暴を働いた後、弥堂は愛苗の病室を訪れていた。



「――それでね? みんなお絵描き上手でね? わたしがちっちゃい時はあんな風に描けなかったからみんなすごいなぁ~って思ったの」


「そうか。それはいいことだな」



 レクリエーションルームで、他の入院中のチビッ子たちと一緒にお絵描きをしていた時の話を愛苗がしている。


 昨日弥堂が警察に連行された後の出来事のようだ。



 いっしょうけんめいにお話する愛苗ちゃんに、弥堂は味気のない相槌を続けている。


 女の話に自動で相槌を打つ“刻印魔術”だ。


 とりあえず『いいね』的なことを言っておけば、話を聞いていないことがよりバレづらくなるのではないかと、SNSなどを参考にして思いつき改良を加えたのだ。


 女の話に自動で相槌を打つスキルver2である。



「つーかオマエ、痴漢の現行犯でパクられてパトカーで連れてかれたのに、なんで次の日に当たり前のようにシャバに出てきてんッスか? ジブン完全終了だと思ったんだが」


「あ、そういえばそうだね。ユウくんはあの後何して遊んでたの?」


「…………」



 メロがジト目で余計な茶々を入れてくると、弥堂は彼女を適当に罵倒してやろうと口を開きかける。


 しかし、続く愛苗の言葉に『別に遊んでたわけじゃないんだが』と言葉が出なくなってしまった。


 仕方ないのでメロは無視することにして、愛苗に応えることにする。



「あー、昨日はアレだ……」


「うんっ」



 愛苗ちゃんはワクワクと期待感でお目めを輝かせるが、弥堂の言葉はやはり出てこない。



 昨日の見舞いの後と謂えば――


 警察署で散々ゴネ倒して、担当Pを脅迫し、その後は次のヤサの候補地周辺の偵察に行った。


 偵察の際にも、道行く知らない人とどうでもいい理由で揉めてうっかり殴り倒してしまい、騒ぎになる前にと撤退をして帰宅をした流れになる。


 彼女に言えることなんて何一つないなと、弥堂は会話に困った。



「昨日は……、寝た」


「わ、そうなんだ。よかったね」



 しかし、こんな返答にも愛苗ちゃんは手を合わせて喜んでくれる。


 弥堂はそれはそれでカチンときた。



「バカにしてんのか」


「え?」


「いや、なんでもない。今のはミスだ」


「そうなの? だいじょうぶだよ! 次はがんばろ?」


「…………」



 またも反射的に何か悪態をつきそうになるが、今度は堪えることが出来た。


 余計なことを言って、昨日のことを詳細に話すことになる方が都合が悪い。



「じゃあじゃあ、今日は?」

「今日はここにいるだろ」


「あ、ホントだ」

「不思議だな」


「うん。不思議だねー」

「あぁ。いいことだな」


「えへへ、そうだね」

「あぁ。そうだな」


「な、なんっちゅー会話してんッスか……」



 二人の不思議なコミュニケーションにネコさんは思わず頭を抱えてしまう。



「あんな? 少年な?」

「いいことだな」


「いや、じゃなくって。『今日は?』って聞かれたら、『今日この後どうするの?』とか『今日ここに来るまで何してたの?』とか、そういうこと聞いてるんだってばッス」

「そうか。それはいいことだな」


「だからよくねーって言ってんッスよ! オマエ適当な相槌打って会話成立させた気になってんじゃねーッスよ!」

「チッ、うるせえな」


「ジブンはオマエのコミュ力がホンキで心配ッス……」

「ネコ風情に心配される謂れはない。お前ら獣はメシのことだけ考えてろ」



 四つ足動物にコミュニケーション能力に対する懸念を抱かれた弥堂は気分を害する。


 仕方ないので、会話くらい問題なく出来るということを見せてやることにした。



「今日は……」



 しかし、今日ここに来る前にしたのは、ヤクの密造の進捗確認だ。


 ではこの後の予定はというと特に大きなものはなく。


 適当に駅前の路地裏をブラついて、絡んできた三下を殴って金を奪おうかと考えていた程度の予定だ。


 当然“よいこ”の愛苗ちゃんに聞かせられることではない。



「…………」


「オ、オマエ……」



 口を開きかけたまま黙ってしまう弥堂のことを、口下手のせいだとでも思ったのか、メロは思わず同情的な目になってしまった。



「あんな? 少年な?」


「なんだよ。お前その顔ムカつくからやめろ」



 その同情を屈辱に感じ、弥堂はますます不機嫌になる。



「オマエ人の話を聞き流すだけで自分から話題を出したり、話を広げようとしたりとか普段からしねェから。だからそうなっちゃうんッスよ?」


「そのような事実はない。必要なことは言っている」


「必要とか必要ないとかじゃねェんッスよ」


「なんだよ」



 弥堂はネコさんに上手なお話の仕方を教授される。



「さっきもッスよ? マナが『みんなの方がお絵描き上手~』って言ってただろ? そしたら『そんなことないよ』とか、『マナはどんな絵を描いたの? 見せてー』とか。色々あんだろ? なんッスか? 『それはいいことだな』って」


「『いい』つってんだから『いい』だろうが」


「よくねーっつってんッスよ!」


「うるさい黙れ。ネコごときに人間さまのなにがわかる」


「た、たぶんオマエよりはわかってるっぽいッス……、残念なことに」


「ち、しつけえな」


「あのね? ユウくん」



 弥堂が眉間に皺を寄せると、少し困ったような顔で愛苗が間に入ってきた。



「メロちゃんね、ユウくんのこと心配してるの」


「ネコの分際でか?」


「ニャんだとぉー! ネコさんナメんなー! 我々は永遠のニンゲンさんのパートナーじゃろがい!」


「ち、ちがうのっ」



 再び口論が発生しようとすると、愛苗が慌てて弁解する。


 これは彼女には少し珍しい行動だった。


 普段弥堂がメロなりギャルナースさんなりと会話をしていても、彼女はそれをニコニコ見ているだけで無理に割り込んできたりしない。


 本当に何かあるのかもしれないと、弥堂は彼女の話を聞くことにした。



「メロちゃんが言ってたんだけどね?」


「そうか。それはいいことだな」


「え?」


「いや、待て。今のはミスだ」



 刻印を切り忘れてオートモードが誤爆する。


 弥堂は魔術をオフにして、ジロリとメロを睨む。


 また何か余計なことを漏らしたのかと。


 メロは慌ててお顔をブンブンと横に振った。



「あのね? ユウくんが落ち込んじゃってるんじゃないかって」


「あ? なんだって?」


「こ、これが勇者定番の難聴スキル……⁉ なんと見事な」



 愛苗の言ったことがあまりに予想していなかった方向の言葉だったので、弥堂は思わず聞き返してしまう。


 すると、メロが今度こそ余計なことを口走ったので、睨みつけて黙らせた。


 それから改めて愛苗に聞き直す。



「俺が落ち込んでるというのはどういうことだ?」


「えっと、ションボリ?」


「特にそういったことはないが」


「そうなの?」


「あぁ。おそらく勘違いだろう。これからはネコごときの言うことなど真に受けるなよ? 人語を話すとはいっても、所詮はケダモノだ」


「コラァーッ! 失礼なこと言うなッス!」



 誤解を解くついでに愛苗とメロの関係を悪化させようと試みると、これには堪らずにメロが叫んだ。



「落ち込んでるっていうか、イライラしてるって言ったんッスよ!」

「そうなの?」


「そうッス!」

「えへへ、間違えちゃったごめんね?」


「ふひひ、気にすることたぁねぇッスよ。わかってくれたらいいんッス」

「ありがとう。ユウくん。メロちゃんがね、ユウくんがイライラしちゃってるって言ってたの」


「……今目の前で俺も聞いてただろうが」


「え?」



 不思議そうに首を傾げてしまう愛苗はとりあえず放っておくことにして、弥堂はメロの方へ話す。



「別にイライラなどもしていない。勝手なことを言うな」


「いやいや、してるってばッス!」


「してない」


「してるって! 動揺してるとまでは言わないッスけど、いつになくメンタルがブブレッスよ」


「お前になにがわかる」


「だからジブンそういうのわかるって前に言っただろ? 煽りとかおちょくってるとかじゃなくって、マジでどうしたんだろって心配したんッスよ」


「俺が……?」



 メロの様子から、本当にふざけてそう言っているわけではないようだと判断する。


 だが、弥堂の方も全く覚えがない。


 自分ではいつも通りのつもりだが、一応思い当たることがないか考えてみる。



 確かにイライラはしている。しかし、それはいつもだ。


 今この時に特別苛立っているわけではない。


 だが――



(そういえば……)



――事務所で福市博士にも会うなりに、「機嫌が悪いのか?」と言われたことを思い出した。



 弥堂は椅子から立ち上がり壁に貼り付いている鏡の前まで行く。


 もしかしたら、表情に何か出ているのかと思ったのだが、



「…………」



 鏡に映るのはいつも通りの無表情な自分だ。


 自分の顔を鏡で見たことにより弥堂はイライラする。



「――あっ! 今っ! 今イライラが強くなったッス!」


「…………」



 すかさずそれにメロが反応する。


 弥堂は何も言わずに元の椅子に座り直した。


 どうやらメロの――悪魔の感情を感知する能力は正常のようだ。



「俺にはまったく自覚がない。そんなにいつもと違うように感じるのか?」


「いつものイライラはその場その場で気に入らねェことあった時に瞬間的にイライラするんッスよ。でも今日――っていうか最近? ずーっとイライラしてる感じで。だからメンタルがおかしいのかなって。しかも日増しに強くなってるんッスよ」


「こうして話している今も、自分じゃわからないな」


「ほら、あの時と近いッス」


「あの時?」


「港で悪魔軍団とバトった時ッス。あの最後のお前が強くなる前の――」


「――おい」


「――あっ⁉」



 おそらく勇者の力の覚醒前、ルビアと話していた時のことだろう。


 メロはわかりやすくそれを持ちだしたのだが、その話を愛苗の前でするのはご法度だ。



 そのお仕置きもここでするわけにはいかないので、弥堂はまず愛苗の表情を確かめる。


 釣られてメロもソローっと彼女の顔を窺った。



「?」



 しかし、ここはさすがの愛苗ちゃんクォリィティ。


 キョトンとしているだけだった。


 命拾いをしたとメロは安堵の息を吐く。



「…………」



 弥堂は安堵をするわけでなく、少し何事かを考える。


 そして――



「愛苗」


「なぁに? ユウくん」



 彼女の目をジッと視て、



「お前、ここに運ばれる直前のことをどこまで憶えている?」


「えっ――」



 彼女本人に直接訊ねてみた。



「気を失ったショックで、前後の記憶があやふやになっているかもしれないと医者が言っていた」


「倒れちゃう前……」


「起きたばかりでそれを確かめてもキミを混乱させるだけだと俺たちも心配でな。だいぶ元気になってきたことだし、そろそろ訊いても大丈夫かと思ったんだ」


「そうだったんだ。ごめんね? 気を遣ってもらって……」


「なに、気にするな。なにせ俺はキミの味方だからな」


「わぁ。ありがとう」


「…………」



 優しい言葉をかける弥堂に愛苗は嬉しそうにする。


「何をしらじらしいことを」とメロはジト目になった。



 今言ったことは全てが嘘なわけでもない。


 本当のことを憶えていない方が好都合なこともあって、これまではあまり触れないようにしてきた。


 だが、いつまでもそのままではいられない。



 特に学園に通うようになれば、そのあたりの設定も固めておかねばならない。


 なので、弥堂はここで彼女の記憶上ではどういうことになっているのかを確かめることにした。



「えっと……、一人で港まで行って……、お父さんとお母さんとメロちゃんが捕まっちゃって……。あれ? そういえばメロちゃん――」


「――ドキィンッス⁉」


「……お父さんとお母さんは弥堂くんが助けてくれたけど。でも、メロちゃんは……? あれぇ?」


「……この役立たずはゴミ捨て場に落ちていた。ゴミだからな。キミを病院に運ぶ時についでに拾った」


「あ、そうだったんだ。ありがとうユウくん!」


「なに。大したことじゃない」


「結局、みんなユウくんに助けてもらっちゃったんだね」


「そうでもない。それはいいことだ」


「え?」


「…………」



 適当な相槌を打ちながら考える。



 女児姿のメロのことは憶えていない。


 なら、彼女が悪魔であることも忘れているようだ。


 だが、両親の身柄を回収したことを憶えているのなら、弥堂が魔術などを使ったことも憶えていることになるだろう。


 あの時にはもう散々彼女の前で【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】などを乱発してしまっていた。



「その後はどうだ?」


「えっと……、あっ、ゾンビさん? いっぱいで。街にいっぱい行っちゃって迷惑を……」


「迷惑って……、まぁ、迷惑だが」



 彼女の独特の表現に弥堂は何も言えなくなる。


 確かに街の人たちはとても迷惑していた。



「あ、今ちょっとだけ機嫌がよくなったッス!」


「いちいち実況しなくていい」


「ぁいたぁーッス!」



 余計な口を利くネコを引っ叩いて黙らせる。


 愛苗の言い様で、あの時の戦いがとても軽いものだったように感じて、少し面白くなったのは事実だった。



「で?」


「あ、うん。それでアスさんとかクルードさんと……、弥堂くんと一緒に戦って……。弥堂くんがいっぱいおケガしちゃって――あれ?」



 言っている途中で愛苗は顔色を変える。


 口に出して思い出すことで記憶が鮮明になっていっているのかもしれない。



「弥堂くんおケガは⁉」


「大丈夫だ」


「え? で、でも、すっごく痛そうだったのに……」


「治った」



 当時の弥堂の負傷を思い出して愛苗は今更ながらに慌てる。


 不安げな目で弥堂を見上げた。



「本当に?」


「あぁ。お前がここで目を醒ますまでには完治した。今は痛みもないし傷ひとつ残っていない」


「そうなんだ……。でも、あれ? かなりヒドイおケガだったような……」



 いつものように強引に言い包めるようなことはしない。


 愛苗でも不審に思うように、完治を伝える。



 思惑どおり、愛苗も疑問を覚える。


 記憶が正しいのなら、入院が必要だったのは自分よりもむしろ彼の方だと思えた。



「そうだ。相当酷い怪我だった。それが治った」


「治っちゃったの?」


「あぁ。なんでだと思う?」


「え? なんで……?」



 彼女の記憶を確かめるために、弥堂はそう問いかけた。


 記憶がその後も全部残っているのなら彼女は見たはずだ。


 弥堂が死んで、戻るところを。



「…………」



 どこか神妙そうな顔で愛苗は考え続けている。


 これはダメかもなと、弥堂は諦めた。


 適当な魔術程度ならどうとでも言い訳できるが、『死に戻り』は別だ。


 あれを憶えているか次第で、対応を変える必要がある。



 愛苗の答えを待つ時間にはどこか緊張感が漂った。


 足元でネコさんが「ゴクリ」と言う。


 そして、やがて――



「ユウくん……。私……」


「なんだ」


「あのね、思ったんだけど。でも間違ってるかも……」


「構わない。何でも言ってみてくれ」


「じゃあ……。私ね、思ったの……」



 少し緊張した様子で愛苗はついに答えを口にする。



「男の子だから?」


「あ? なんだって?」



 弥堂はまた難聴になった。


 愛苗は少し興奮したようにさらに続ける。



「あのね? いっぱい転んじゃったりしたのに、何回もがんばってて……! 私すごいなーって思ったの! やっぱり男の子だから?」


「……そうだ。男の子だからだ」



 弥堂は面倒くさくなって適当に答えた。


 すると、愛苗ちゃんはパンっと手を合わせて喜ぶ。



「わぁっ。やっぱりそうなんだぁ。男の子ってすごいんだねっ」


「あぁ、そうだ。男を敬え。そしてお前ら女はくだらない口答えをするなよ」


「オ、オイ! オマエそれでいいのか⁉ そんなんでいいのか⁉」



 色々な意味で危うい弥堂の発言にメロは慌てて食って掛かる。


 割とどうでもよくなってきた弥堂はされるがままに身体を揺らされた。


 緊急的に発動した【領域解放(ゾーンブレイク)】の自己洗脳により、自身の知能を一時的に著しく低下させているためだ。


 現実を真面目に考えたくない時にこうする癖が彼にはある。



「あとは憶えてないのか?」


「あと……。なんかおっきくなっちゃったクルードさんが『がおー』ってしてて、それで私『ダメだよー?』ってしたとこは憶えてて……」


「…………」



 その『ダメだよー?』とはあの最後の極大のビーム砲のことだろうかと、弥堂は当時の記憶の映像を再生させる。


 魔法が直撃した後には大爆発を起こして空にはキノコ雲まで出ていた。


 果たして自分と彼女で同じ話をしているのだろうかと、記憶の映像を前に弥堂は自身の記憶を疑ってしまった。



 だが、ずっとそうしていても仕方ないので、とりあえずスルーすることにする。



「……で?」


「あ、うん。その後がなんかもやもやで……」


「よく憶えていないということか?」


「うん。なにかあったような気がするんだけど。でも次にちゃんと覚えてるのはもうこのお部屋で起きた時で……」


「そうか」



 そこでまた少し考える。



 ということは、弥堂が魔術を使ったところまでは憶えているが『死に戻り』までは見なかったことになっている。


 弥堂が目の前で死んだことも、生き返ったことも。


 自分が悪魔に――魔王に一度為ってしまったことも。


 メロの正体も、悪魔たちの計画にも覚えがなく。


 ただいつもよりも強い敵と戦ってどうにか勝ったと。



 彼女の中ではそういうことになっているようだ。



 それはあまりにも――



(――都合がいいな)



 しかしそれは愛苗にとってではなく、



(俺にとって、都合がよすぎるな)



 そのことに疑いを感じる。



 弥堂にとって世の中とは、常に自身に都合の悪いことが起こるものだ。


 特に意図せずに自分にとって良い方に転がるなどという経験はほとんどない。


 だからそういうことが起こると、根拠は無くともどこか納得がいかないのだ。



「…………」



 弥堂はチラリとベッドの横に視線を向ける。


 サイドチェストの上に作られた祭壇に祀られるおブラを見遣った。



<――運がよかった、でいいのかしらこれは?>



 エアリスからも同じ疑問が出る。



<こうなるように狙ったのか?>


<いいえ。確かにこれくらいの記憶違いが起こればいいとは考えていたわ。でも、実際に小娘の“魂の設計図(アニマグラム)”のどこからどこまでが、いつからいつまでの記憶なのかが私にはわからないから……>


<少し前の時間の記憶にある“魂の設計図(アニマグラム)”で上書きしたら、たまたまこうなったということか>



 そうとしか説明がつけられない。


 だが、このことに弥堂は強く不快感を覚えた。



「あっ! なんかまためっちゃイライラしてきたッス!」


「訊いてもねぇのに勝手に自分の気持ちを語るな。メンヘラが」


「ジブンのじゃないッスよ! オマエのッス!」


「チッ」



 弥堂は殊更不快げに舌を打つ。


 愛苗の記憶がこうなった理由はわからないが、今ので自身のメンタルの荒れようについての見当が少しついてしまった。



 そのことに考えを巡らせる前に、愛苗が不安そうに言葉を発した。



「ユウくん、ごめんね? 私なにかダメだった? なにか忘れちゃってる……?」


「あぁ、いや」



 こちらの方が優先順位が高いと判断し、弥堂は先に彼女のフォローをすることにした。



「大体それで問題ない。お前がボスを殺ってくれたおかげで、残りのヤツらも逃げて行った。だがそこでお前もチカラを使い果たしてしまって倒れたんだ。それを俺が病院まで運んだ」


「えっと、それじゃあ?」


「あぁ。記憶は十分に足りている。もう大丈夫なようだな」


「そっかぁ。よかったぁ」



 安堵を浮かべて愛苗は明るい顏で笑った。



「それじゃあ、次はユウくんの番だね」


「あ? なんだって?」


「オマエ実はそれ味をしめたッスか?」


「うるさい黙れ」



 愛苗は顔をまた心配げなものにして、弥堂を案じる。



「ユウくんがションボリしちゃってるのはなんでだろーって」


「だから俺は……、まずはその『ションボリ』をやめてくれないか?」


「え?」



 一番強く否定したかったところは本当はそこではなかったのだが、あまりにも聞き捨てならならなかった。


 キョトンっとする彼女の顔を見ていると、何故か自分が途轍もなく情けないような気になってくる。


 だが――



『――気がしただけなら気のせいってか?』


(そういうことだ)



 茶々を入れてきたルビアに心中で同意した。


 すると、



「あれ?」



 愛苗が反応し周囲をキョロキョロとする。


 お鼻が「くんくん」と動いていた。



『うぉっ。マジかよヤベ――』



 慌てたような声を残してルビアが居なくなる。



「どうかしたのか?」



 弥堂は惚けながら愛苗に訊ねてみた。



「うぅん? 誰か知ってる人がいたような気がして」


「知ってる人?」


「えっと……、あれ? お母さん?」


「……そんな人は知らないな」


「あっ! またイライラ――ぁいたぁーッス!」



 メロの頭を引っ叩いてから、弥堂は愛苗を適当に言い包める。



「ここは病院だからアレだ。お化けだ」


「えぇっ⁉ お化け⁉ どどどどどうしよう……っ⁉」



 魔物も悪魔も魔王もやっつけた魔法少女はお化けの存在に顔色を悪くして動揺した。



「なんでお化けが恐いんだよ」



 弥堂が呆れたように言うと、愛苗はすぐに落ち着きを取り戻した。



「ううん、えっと、私はそんなに恐くないの。色んな人がいてもいいと思うし」


「いなくなった人だからお化けなんだろ」


「え?」


「いや、なんでもない。続けてくれ」



 コテンと不思議そうに首を傾げる彼女に弥堂は自身の発言をひっこめる。


 余計な口答えをするとこうなってしまうので、次からは気を付けようと反省をした。



「えっとね? 私よりもななみちゃんがね? お化けが――」


「――大変興味深い話だが、それはまた今度聞かせてくれ。今はどうしてもキミに聞いてもらいたい話があるんだ」


「え? うん、いいよーっ」


「あ、またすっげぇイライラしてるッス」



 しかし、続く話が自分にとって全く面白くない話であると察すると、素早く彼女の話を打ち切って話題を変えようとする。


 反省をしても実践しなければ人は変われないのだ。



 こんな扱いをされても愛苗ちゃんはニッコニコだ。


 大好きなユウくんがどうしてもお話したいこととはなんだろうと、むしろ期待を膨らませている。



「ユウくん何をお話したいの?」


「あ? あー……」



 そんな愛苗のキラキラしたお目めを見ながら、弥堂は口を半開きにする。


 適当なことを言っただけで、特に言いたいことはないからだ。


 話題を探そうにも最初と同じように、自身の日常生活に他人に言えるような話はない。


 そのまま少し話題を探すのに困って――



「――実はな、どうも俺のメンタルが不調らしいんだ」


「えぇ⁉ た、たいへん……っ」



 まるで初めて聞いた話のように愛苗ちゃんはビックリする。


 自覚のない自分の不調の話など真面目にする気はなかったのだが、他に話せることがないので結局ここに戻って来てしまった。


 弥堂はなんだか色々とどうでもよくなってくる。



「…………」


「なにかあったの? 私なんでもきくよ?」


「……どうしてこうなったんだろうな?」


「え?」


「いや、なんでもない」



 どうしてこうなったか。



 嘘に嘘を重ねて自分で自分を追いこんでいくのは嘘吐きによくあることだ。


 それは相応しい末路であり、何も不思議なことではない。


 それなら――



「そうだな……」



――嘘を聞かせてばっかりの彼女に、たまには本当のことを言ってみるのもいいかもしれない。


 弥堂はそんな気紛れを起こした。


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― 新着の感想 ―
弥堂はそういう特質で女性を引きつけているのか?こいつは女に余裕で近づくたびに、必ず悪いことが起こるのに
「あ? なんだって?」 実に面白い一話でした。女性の言葉に対する「自動応答スキル」がまさかVer2.0に進化し、刻印魔術にまでなっているとは……面白すぎますよ、ばか優輝。 第3章07「昼想夜夢 ⑩」…
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