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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章09 Threads Connect ⑧


 望莱はパチパチとまばたきをする。



「魔法少女、ですか?」


「うん。魔法少女」



 慎重に問い直すと、希咲も真剣に頷く。



「…………」


「…………」



 二人はジッと見つめ合い、自然と無言になる。


 だがそのまま5秒、10秒と時間が過ぎていくに連れて、段々と希咲の頬は赤くなっていき、やがて――



「ちょっと! なんか言ってよ……っ!」



 ついに羞恥が限界突破して、彼女は堪らずに叫んだ。


 みらいさんはふにゃっと眉を下げる。



「すみません。七海ちゃん渾身のボケに適切にツッコめないなんて、わたしはファン失格です」

「ボケてないから!」


「でも、今はふざけるのはよくないと思います」

「ふざけてもないんだってば!」



 普段の自分を棚に上げてマジレスしてくる望莱に希咲は必死に訴える。


 真面目な話なのだと。



「さて。そろそろ真面目に進めますか」

「あんたわかっててあたし弄るのやめなさいよね」


「まぁまぁ。改めて聞きますが、魔法少女というとあの魔法少女ですか?」

「うん。たぶん?」


「アニメとかであるような?」

「そう、だと思う?」


「プリメロ的な?」

「少なくとも見た感じはまんまそれだったわ」



 触りを聴取して望莱は「ふむ」と考える。


 今度は混じりっけなしの真剣さで。



 話自体はとても荒唐無稽なものだ。


 それこそふざけているのかというような。


 しかし、みらいさんは訓練された七海ちゃんガチ勢だ。


 推しを弄りはしても否定はしない。



「要はこういうことですよね?」



 スマホを手に持ちゲームアプリを起動させ、画面を希咲の方へ向ける。



『魔法少女プリティメロディ☆ドキドキお~るすたぁ~ず!』



 すると、元気いっぱいなタイトルコールとともに、OPのアニメーションが開始された。



「うん、それそれ。その真ん中のピンクの子に似てた」

「ほう。フローラルメロディですか。その方はきっと最強厨ですね」


「知らんけど。でも、愛苗がその子好きで。だからすぐにパッと思い浮かんだのよね」

「へぇ。もしかして、それで昨日このゲームを気にしてたんですか?」


「あ、うん。実はもう1日前にも魔法少女見てたんだけど。昨日はまさかいくらなんでもって思っちゃって」

「それが今日はまたどうして?」


「や。ほら、昨日あんたが騎士とかいるって言ってたじゃん? 一日経ってみたら、騎士とゴブリンがいるなら魔法少女がいても不思議じゃないのかなって思い直して」

「その魔法少女が弥堂せんぱいの周囲に居たと。仲間っぽい感じで」


「そうそう」

「ふむ……」



 望莱はまた短く唸り考え込むようにしながら、しかしゲームをスタートさせる。


 希咲が返事を待つ前で、各種ログボを回収し、お報せにも目を通し、そしてデイリーミッションを達成するために素材クエストへ――



「――おいこら。なにフツーに遊ぼうとしてんだ」


「あっ! か、かえしてください! わたしスマホがないと心の平穏が保てないんです」


「ヒールしろ」



 希咲はにべもなくゲームを終了させ、望莱のスマホを隠す。



「そうですね。ではお答えしましょうか……」



 望莱は割とどうでもよさそうな態度で、希咲の疑問に答える。



「まず、結論ですが、今見て貰ったような魔法少女は存在しません」



 そしてキッパリとそう言い切った。



「普通の女の子がアイテムで変身して自由自在に魔法を使えるようになる。仮にそれが魔法少女の定義とすると、そういったモノは実在しません。変身して魔法が使えるようになるなら、変身する前にも同じことが出来ないわけがない。つまり変身する必要がない。だから魔法少女なんて存在しない。少なくともわたしの知識ではそうなっています」


「うーん……」


「ですが。弥堂せんぱいのお仲間に、魔法少女の恰好をした人がいるわけない――そういうことにはなりません」


「ん? どゆこと?」


「要は、ですね。魔法少女のコスプレをした魔術師。それなら全然いるでしょう。そういうことです」


「あー……」



 わりと身も蓋もない答えでもあるが、「そりゃ確かにそうか」と希咲も納得する。



「学園襲撃事件の被害って要石を穢されたことだけではなく、学園の施設の大規模な破壊もありました。ですがホテルでの戦闘の様子から、弥堂せんぱいにはそういったことが出来るような火力はないのではと思っていました」


「つまり、校舎とか時計塔の破壊とかは、そのコスプレ魔法少女がやったんじゃないかってことよね」


「ですです。そのプリメロもどきちゃんを見たのは?」


「まさにその学園。あと、一瞬だったけどあれはモールかな? あと路地裏もあったかも」


「あら。これはクサイですね。実際に魔法もとい魔術を使うところを見ましたか?」


「あー、実際ビームとか撃ってるようなシーンはなかったと思う。昨日見たのは学園で空を飛んでるっていうか浮いてて、それを見上げてたりとか」


「ん? 空を……?」



 そこで望莱の表情が怪訝なものになる。



「え? なんかヘンなこと言った? 魔法少女だし空くらい飛ぶでしょ?」


「んー、本物の魔法少女ならおっしゃる通りですけど。でも、魔術師が魔術で空を飛ぶっていうのは……」


「出来ないの?」



 キョトンとする希咲に望莱は少し考えてから回答する。



「出来なくはないです。難度が高いということもありますが、それ以前にコスパが悪すぎるんですよ」


「コスパ?」


「はい。必要な魔力もそうですし、術式の起動難易度が高い。起動出来ても維持や制御にかなりのリソースを持っていかれる。などなどの理由で」


「難しいってより、やる意味ない的な?」


「はい。かなりマニアックな話になりますが、空を飛ぶ――つまり空中移動するために多くの工数がかかるんですよ。浮くための重力操作、移動の操作、止める操作、姿勢も維持しないといけないし、身体にかかる負荷も抑えなきゃいけない。要するに、出来たとしても割にあわないんです」


「そんなことしてたら他の攻撃とかする余裕がなくなるってこと?」


「ですです。なので、魔術師たちの間では、無理して制空権をとるよりも下から攻撃魔術を乱射した方が遥かにマシ――それが常識になっているそうです」


「へぇー、じゃあ基本的には空は飛べないもんなのね」


「そう考えてもらって大丈夫です。とはいえ、ちょっと宙に浮くくらいのことをする魔術師はいます。ですが、例えば……」



 望莱は言いながら希咲の方へ掌を差し出す。


 希咲はその手に没収したスマホを乗せて返してやった。


 望莱はまたアプリを起動させる。


 少しだけ操作をして――



「……例えば、これ――」



 再び希咲の方へ向けられた画面に映るのは、魔法少女の必殺スキルのアニメーションのようだ。



『届いて、私のホンキ……ッ! フローラルバスタァーーーッ!』



 ピンクの魔法少女が縦横無尽に宙を飛び回ってから、バシっとしたポーズとともに敵へ魔法のステッキを向ける。


 そこからごん太なビームが放射された。



「――こんな感じのことはまず出来ません」


「なるほど……」



 希咲は自分が見たものをもう一度思い出す。



「あたしが見たのはやっぱり、宙に浮いてるだけだったわ」


「それならコスプレ魔術師で実現可能です。しかし、です。希咲さん、ここで教科書の54ページの16行目を」


「あ、はい。と言われても」


「島でBBQした時の話を思い出してください。学園の破壊。どうやればこうなるかって話をしたじゃないですか? あの時兄さんはなんて言ってました?」


「あ……、時計塔の3階くらいの高さから無理矢理聖剣使えばもしかしたらって……」


「奇しくも空中のその位置に浮かぶことの出来る人が実際に居たわけですね」



 望莱の言いたいことに気付き、希咲は慎重に思い出す。


 しかし――


「うーん、やっぱそこまでは見てないわ。浮かんでた場所もその位置かわかんないし、ビームとか撃ってるとこも見てない」


「まさか本当にビーム説が有力になる日がくるとは。口は災いのもとですね」



 二人は顔を見合わせて苦笑いをしてしまった。



「とりあえず空中浮遊は出来たとしましょう。ただ、破壊の方は何とも言えないですね」


「魔術でそこまでは出来ない?」


「それも空を飛ぶことと一緒ですね。魔術に可能かどうかなら、理論上可能です。ただそれが出来るような強力な魔術師がいるのかっていうと……」


「聖人が出来るか悩むくらいだもんね」


「厄介なのは、絶対に居ないと言い切れるレベルではないってところですね。と言っても、そこまでの火力を出せるのはかなり人間やめてる領域ですが。しかし可能性は切り捨てられません」



 望莱は嘆息して考察を切り替えることにした。



「なので、これについて考えるのは一旦やめましょう。今重要なのは学園破壊の犯人ではなく、“せんぱい”のお仲間が誰なのかということ。魔法少女の外見特徴をお願いします」


「んと、髪がピンクのツインテで。服はプリメロみたいな感じ。白とピンクのフリフリでミニスカ」


「いかにもなコスプレの印象が強すぎて、逆に着てる本人の印象が残らないパターンですね」


「本人は……、お顔はカワイくて若い女の子。あたしらより年下かも? 背も小さくて、小学生ってことはないだろうけど、中学生かなあ……?」


「コスプレ中学生をあの“せんぱい”が連れ歩いてると考えると、別の事案の可能性も浮かび上がりますね」


「ふざけないの――って言いたいけど強く否定できない……」



 七海ちゃんは色々とざんねんな気持ちになってしまった。



「声は? 喋ってるところとかありませんでしたか?」


「あー……。会話とかじゃないけど、悲鳴なら?」


「事案ですか?」


「ちがうわよ! なんかモールでだと思うんだけど、デッカイお花の妖にポイってされてた。そんで、『ひゃぁー』とか『きゃぁー』って」


「うむむむ?」


「なんていうか、見た目の年相応というか。キャピキャピというか? なんか明るくって元気そうな感じ?」


「なんだか、学園の破壊を一撃でやったような人外レベルのスゴ腕魔術師ってイメージじゃないですね」


「それね。クールな感じとかはしなかったわね」


「いけません。いくら想像してもプリメロしか出てきません。具体的な人物像とか該当人物の候補が何も浮かびませんね……、うん?」



 望莱はコメカミを押さえながら唸る。


 しかし言葉の途中で違和感を覚えて首を傾げる。



「ん? 誰か思い当たった?」


「あ、いえ。そうではないです。そうではないんですけど……」



 望莱が疑問を感じたのは魔法少女にではなく、自分自身だ。



 確かに手掛かりが少なすぎて特定のしようがないが、そうだとしても――



(――このわたしが、何も思い浮かばない……?)



――そのことに違和感を覚えたのだ。



 だが、それが何故かということの答えも出しようがなかった。



「う~ん? 徹夜明けでちょっと頭が鈍ってるんですかね……」


「えっと、とりあえずだいじょぶってこと?」


「はい。すみません。ここはスルーでお願いします。ところで、七海ちゃんの方はその魔法少女の正体に見当とかつきませんか?」


「んー? コスプレとかする知り合いいないしなあ……」



 希咲は否定しつつ考えて、そして徐に眉を寄せた。



「あの、誰かとかってのは全然わかんないんだけど」


「はい。いいですよ。言ってみてください」


「知らない子のはずなんだけど、なんか見覚えがあるような気が一瞬だけしたのよね」


「ほぉ」


「でも、それで考えても結局誰かわかんないってなるんだけど」


「なるほど……」



 望莱は頷きつつ、



(やはり何かありそうですね。この魔法少女。となれば――)



 どの道今は情報が不足している。


 やることは一つだ。



「――次はこの魔法少女のことも意識して探ってみましょう」


「そうね。それしかないわよね」


「とりあえず、イカレ女さんより優先度高めでオッケーです」


「わかった。やってみる」



 希咲も力強く頷いた。


 昨日今日の彼女の調子からすれば、明日の朝にはかなりの部分を掴めていそうだと望莱は手応えを感じる。


 だが、それはそれとして――



「――結構関わってる人いるんですかね。せんぱいの過去映像の出演者さんが勢ぞろいで日本に来てるとかってなったら、これ相当面倒ですよ」


「あー、それはそうね。面倒っていうかヤバイわよね? それだともう弥堂一人の問題じゃ済まないっていうか」


「組織的な犯罪。というか、戦争をしかけられてるレベルにまでいくかもしれませんね。ちょっとそれはノーサンキューなので……」


「愛苗を見つけて弥堂にお仕置き。これで済ませたいわね」



 言葉とは裏腹に希咲は少し不安げに目を俯ける。


 望莱もまた少し不穏なものを感じていた。



(コスプレ魔術師が仲間だったとして、不可解なのはその人がアムリタ事件に投入されていないこと。学園破壊とまではいかなくても、戦闘が出来る魔術師を温存するほどの余裕は“せんぱい”にはなかったはず)



 どこか収まりの悪さを望莱は感じた。



(この魔法少女。どこか浮いた存在のように思えます。コスプレした魔術師……は薄い気がしますね。まさかホンモノではあるまいし。なら、使役する悪魔にコスプレをさせている――とか、どうでしょう?)



 その方が可能性が高いように思えた。


 確定させるだけの根拠も証拠もないが。



(しかし……、いえ、明日の情報を待ちましょうか)



 今はそれで留めるしかない。


 お互いに切り替えるために、希咲に別の話題を振ることにした。



「他になにか見えませんでしたか?」


「他? えーっと……、後はくだんないのがいくつかあったけど……。あ、そうだ。聖人にさ、変態女に気を付けてって言っておいて」


「変態女? どういうことです?」


「うん。うん……、説明するのは難しいっていうか。あたしの脳も理解を拒んでるからビミョーに説明できないんだけど。とにかく変態注意報よ」


「はぁ」



 曖昧な言葉とは不釣り合いに、やたらと意思の強い瞳でそう主張する。


 そんな希咲の勢いに、望莱は生返事しかでなかった。



「あとは、そうね。これはあんま言いたくないんだけど……」


「またエロいことですか?」


「ちがうわよ! つか、“また”って言うな!」


「じゃあシコいことですか?」


「しらないっ。そうじゃなくって、パパとママ」


「はい?」


「だから! あいつのパパとママの話!」


「ほぉ、それは……」




 思っていた方向ではなかったが、望莱は興味を惹かれる。



「ちっちゃい時のことだと思うんだけど。多分あれがパパとママだと思う」


「出生環境は犯人の人格に大きな影響を齎しますからね。どんなご家族でした?」


「うん」



 頷きつつ希咲は少し逡巡する。


 ここまでに見たどの記憶よりも、一番見てはいけないと感じてしまっていたからだ。


 しかし黙っているわけにもいかない。



「どうしました? もしかして相当ヤバげなご家庭だったんですか? 虐待とか」


「あ、ちがう。そうじゃないの。むしろ逆っていうか」


「逆?」



 望莱が首を傾げると、希咲は一つ息を呑みこんでから話し始めた。



「なんていうか、フツー?」


「ふつう、ですか?」


「うん。家は多分リビングだったと思うけど、結構広めでキレイな感じ? 中流階級かそれより上とかかも」


「ふむ。割と裕福。そうじゃなかったとしても、少なくとも貧困家庭ではないと。失礼ですけどテンプレを外してきましたね。ご両親はどんな感じでした?」



 望莱は経済状況ではなく親の人格に問題があったのかと見当をつけたのだが――



「――あ、そっちもフツー? というか、パパはすっごく優しそうだった。メガネかけてて穏やかそうで、息子大好きって感じ?」


「う~ん? お母さまは?」


「ママもおんなじ感じ? ちょっと厳しそうだったけど、でもコワイってほどじゃなくって。多分休みの日の少年スポーツクラブだったのかな? ほら、聖人が小学校の時に入ってたサッカークラブみたいな。それの付き添いで来てた時のだと思う。キレイな人だったわよ」


「むむむ? 家庭環境に問題がないなら、“せんぱい”ったら突然変異さんなんでしょうか?」


「そうだったとしても、あんたが言うな」



 紅月家の異常個体に希咲は胡乱な瞳を向けた。



「せんぱい自身は? ショタせんぱい見たいです」


「といっても、あいつの姿は見れないしなぁ。なんか、大人しい子だったのかも。パパとママは喋ってたけど、あいつは何にも喋らなかったから。そん時だけたまたまかもだけど」


「無口キャラは共通してますね」


「や。あいつ違うし。無口キャラ装ってるけど、ウソよ。いっぱいムカつくこと言ってくるから」


「うふふ。では、なにか“ショタせんぱい”の性格とか心情のようなものが、状況から見えたりしませんでしたか?」


「……んーん。そういうのはなかった。と、思う」


「なるほど。じゃあなかったですね」


「むー」


「うふふ」



 希咲は嘘を吐いた。


 望莱はそれにすぐに気が付き、そして希咲も気付いた上でスルーしてくれたことに気が付いた。


 逆に年下扱いされたようで、そのことに希咲が唇を尖らされると望莱は楽しそうに微笑む。


 感謝と罪悪感の入り混じった気まずさから、希咲は少々強引に話題を変える。



「あとは、そうだ。あの傭兵たち」


「傭兵というと、“アムリタ事件”のテロリストさんたちですか?」


「そ。事件前に街で会った外人さんたちよ。弥堂のヤツ、多分事件後にそいつらと飲み会してた!」


「飲み会、ですか」


「どっかのBARみたいな店で。もしかして最初からグルだったとか? つか、あいつの仲間って――」


「あー、それはないです」



 希咲の感じた疑惑を望莱は即座に否定する。



「どうも事件の最中で協力関係になったようです。港から博士を脱出させる際に彼らを使ったようで。傭兵さんたちはそれで身の安全を得たのでしょう」


「えーっと、裏切らせたってこと? それもそれでサイテーね」


「せんぱいと獣人さんがバトルしてたのを見たんですよね?」


「あー、そうね。確かに。アレは戦ってるフリには見えなかったわ。少なくとも獣人の人の方はガチであいつにキレてた」


「やはりそういうことでしょう。これって、警察内でも結構な秘密なのでシィーっですよ? むしろ忘れちゃった方がいいかもです」


「え? うそ。知ってるとマズイ系? やば」



 望莱が声を潜めると希咲は焦りを浮かべる。



(これで誤魔化されてくれるといいんですが。ふふ。さっきのとでチャラにしてくださいね?)



 そんな希咲の顔を見ながら、望莱は心中でウィンクをした。



「その傭兵さんたちと一緒の時に、なにか他のヤバイ犯罪の話とかしてませんでしたか?」

「や。特にはないかなー。そこんとこ飛び飛びであんまよくわかんなかったのよね」


「そこまで都合よくはいかないですか」

「でも、一人ちょっと気になる子がいて」


「子?」

「ん。何故か一人だけ子供が混じってたのよ」


「まさか魔法少女の正体とか?」

「たぶん違うと思う……。もうちょい年下で、小学生くらい? ちょっとナマイキそうな女の子」


「なんかミスマッチですね。お店の方のお子さんとか?」

「それも違うと思う。傭兵たちとか他の人より、弥堂に対して遠慮がないっていうか。多分前にも別のとこで会ってたことがあって」


「おや。仲間っぽいですね。女児と言うのは意外ですが」

「それもそうなんだけど。でももっと気になることがあったの」



 希咲はそこで眉間を歪める。



「どんなことです?」

「その子が駄々こねてたんだけど、ちょっと気になること言ってて。でもあいつは全然相手にしてなかったから。だから関係ないかもしんないけど……」


「何を言ってたんです?」

「あーっと、えーっと……」



 そこでまた希咲は恥ずかしそうな顔をする。



「七海ちゃん?」

「んと。ちょっとまた、けっこう? ハズイこと言うんだけど……」


「魔法少女より?」

「魔法少女より!」


「まぁまぁ、言ってみてください。今日はそこから繋がるパターン多いじゃないですか」

「うーん、いいけど。でも絶対笑わないでよ?」


「えぇ、笑いませんとも」



 前フリかな? と思いつつみらいさんはニッコリと微笑む。


 少し逡巡して希咲は結局言うことにした。



「その女の子があいつのことヘンな風に呼んでて。小学生っぽいっちゃぽいんだけど」


「うん? アダ名的なことですか?」


「ううん。そういうんじゃなくって。んで、もっかいやり直して来いみたいな。それがさ――」



――そして希咲がその続きを言葉にすると、



「…………」



 望莱は目を丸くして黙ってしまう。


 そして彼女は大きな声で笑い出した。



「あ、ちょっと!」



 ツボに入ってしまったのか、目に涙を浮かべてまで笑い続ける望莱に、希咲は約束と違うと怒る。


 少ししてようやく望莱は笑いが収まってきた。



「あははは……、ふふ……、もう七海ちゃんったら」


「笑わないってゆった」


「だって、いくらなんでも……、うふふふ……」



 拗ねた希咲の顔を見て望莱はまた笑ってしまいそうになる。



「言わなきゃよかった」


「ご、ごめんなさい。だってすっごく真剣な顔で……。なんか全然予想してなかった方向だったので……」


「もういいっ!」


「ごめんですってば。ただでさえ魔法少女でお腹いっぱいだったのに。いくらなんでもそれはないですって」


「はぁ……。まぁ、そうよね。いくらなんでもよね。わかってた!」


「せんぱいはどういうリアクションだったんです?」


「なんかヤクザっぽいオジさんに、すっごいスカした感じっていうか、鼻で笑う感じでそんなの知らないとかって」


「ふふふ。そう。ほら? いくらなんでもです。そんなこと流石に現実にポロポロ転がってるわけないですよ。うふふ、あははは……っ」


「ちっくしょう……!」



 また笑い転げだした望莱に希咲はとても悔しそうにする。


 いつか立場が逆になった時には絶対にやり返してやろうと誓った。


 もうしばらく、彼女が落ち着くまで屈辱を噛み締めながら待つ。



「まぁ、そういうわけで。まずは魔法少女の方から探りましょう。“せんぱい”の方はともかく。ぷぷっ」


「うっさい。もう弄ってくんな。わかってるわよ」


「さっきは省いちゃったんですけど。コスプレした魔術師を魔法少女と呼んでいいかどうかって問題もありますし」


「うん? どういうこと?」


「ジョブ的な呼び名じゃなくって、使ってるモノが魔術なのか魔法なのかって問題ですね」



 おっとこれはまた専門的な話だぞと、希咲は反射的に構えてしまう。


 その様子に望莱は苦笑いをした。



「大丈夫ですよ。これもマニアックなので触りだけにします」


「つか、魔法と魔術って違うの?」


「違います。簡単に言えば、一般的に人間の魔術師が使うのが魔術。人間を超えた存在――わかりやすいのは悪魔とか天使ですね。そういった存在が使うのが魔法って覚えとけば大丈夫です」


「魔法の方がスゴイってこと?」


「まぁ、それで何をするのかにもよりますけど、基本的にはそうです。シンプルかつストレートに奇跡を起こすのが魔法。複雑な行程を経て回りくどい技術が魔術みたいな」


「複雑なのに魔術の方がショボいんだ」


「はい。シンプルってことはそれだけ楽に奇跡を起こしているということにもなりますし。その力が無いから複雑に回り道をしているとも考えられます。でも、覚えなくても大丈夫ですよ」


「あぁ、そっか。魔法少女が本当に魔法使ってたら人間じゃないってことになるし、逆に人間に魔法は使えないから魔法少女なわけないってことにもなるのか」


「そういうことです。どうでもいいですね」



 また一つ業界のお勉強をして七海ちゃんはコクコクと頷いた。


 どっちにせよ自分に使えるものでもないし、戦った相手が使ってくるならそれが魔術だろうと魔法だろうとどっちみち避けるだけなので、望莱の言うとおり確かにどうでもいいかと思えた。



「他に何か言っておくことはありますか? そろそろ一回お家に帰らなきゃですよね?」


「ん? あ……」



 視線を動かした望莱に釣られて壁掛け時計を見て希咲は驚く。



「いつの間にか1時間経ってたんだ。ウチの子たちのお昼作らなきゃ」


「ママー。わたしのお昼はー?」


「自分で作れ」


「ぶー。仕方ないので“UMA(ユーマー)”頼みます」


「いちいち出前とるな。勿体ない」



 横着宣言する望莱をジト目で見ながら希咲は席を立とうとし――



「――あっ」


「はい?」



――浮かせかけたお尻をまたソファに落とした。



「あと、もう一個だけいい?」


「はい。わたしは構いませんけど」


「えっと、もう一個、気になるっていうか……。わかんないことがあって……」


「わからないこと?」


「うん。なんて説明すればいいんだろ。あれは……」



 自分が見たものを思い出しながら希咲は言葉を探す。


 余程に説明が難しいものなのか、そのまま10秒以上沈黙してしまう。


 そしてそれがもう10秒ほど過ぎて、「あれ?」と望莱は怪訝に思う。



「七海ちゃん?」


「…………」



 声をかけるが希咲からは返事がない。


 居眠りをしているわけでもない。


 その瞼はしっかり開いている。


 だが――



「――っ⁉」



――その瞳がどこか茫洋としていることに望莱は気が付いた。



「七海ちゃん⁉」


「――っ⁉ えっ……?」



 慌てて身を乗り出して先程より声を張る。


 その際に膝がローテーブルに当たって、テーブルの上のカップをカチャリと鳴らした。


 その音に反応したのか、希咲がようやく驚いたように反応した。


 だけど――



「――は? え? なに? 呼んだ?」


「え……?」



――さっきまでのことを忘れてしまったかのような反応だ。


 これには望莱も本気で驚く。



「七海ちゃん? どうしました?」


「どうって……、あっ、そっか。あたしが喋ろうとしてたんだった……。ごめん。ちょっとボーっとしちゃって……」


「それはいいんですけど。どこか具合が悪いんですか?」


「や、ちがう。そうじゃないの。でも、むずかしくって……。それがなんなのか考えると……」


「七海ちゃん?」



 さっき言いかけたこと。


 恐らくそれを説明するためにまた頭に浮かべようとしたのだろう。


 希咲の瞳がまた揺れる。


 視点がどこにも定まっていないかのように。



「七海ちゃん!」


「……待って。だいじょぶ。思い出す。ちゃんと。あれは……」



 席を立とうとする望莱を手で制して、希咲は何事かをブツブツと呟く。



「あれ、しらない、わかんない。でも、しってる……、なんだっけ……?」


「七海ちゃんもういいです。無理には……」



 望莱はやめるように呼び掛けるが、希咲にはもう聴こえていないようだ。


 どう見ても尋常な様子でないので、望莱は彼女が思い出そうとしているという何かに強い危機感を覚えた。



(なんです? まさか“せんぱい”の記憶でなにかマズイものを見てしまった……?)



 残酷なもの。グロテスクなもの。


 だが、そんな程度のことではないようにも思えた。


 希咲のこんな様子は、長年の付き合いがある望莱も一度も見たことがない。



「超音波……、学園だけじゃなくって……、ホテルでも……」

「ホテル?」


「12F。1回落ちて、ガラス割って侵入して、そこに準備してあった……」

「七海ちゃん。アムリタ事件のことはもう――」


「獣人が追ってきて……。あいつはスイッチを入れた……。部室みたいに超音波で獣を……。それだけじゃない……。光が……、たくさん……」

「超音波発生装置? せんぱいの罠ですか?」


「ちがう。あれは、あいつじゃない……。強い光で……、なにも見えなくなって……。世界は……、『世界』は真っ白……」

「七海ちゃん! もうやめてください!」



 希咲の顔色がどんどんと悪くなっていく。


 発汗まで激しくなっているようだ。



「なにもなくて……、誰もいない……。ちがう? 全部あるから、最初から……、だから誰もいない……?」

「な、なんのことを言ってるんですか?」


「『世界』……。でも、いいの。ずっと、最初からそうだから……。それじゃなくって……、線……」

「線……?」


「線じゃなくて糸……? やっぱ線かも……? それがいっぱい、適当に……、絡み合って……。なにかのカタチ……」

「線? 糸? 何を見たんですか?」


「わかんない……。でも、あいつは……、弥堂は……。ずっとそれを見てた……。ずっと視えてた……」

「せんぱいが? あの野郎、七海ちゃんに何しやがった……!」


「ちがう。してない。ただ、視てただけ。あいつのせいじゃない……。あいつと関係なく、ずっと、ぜんぶ、そこにも……、どこにも……、ずっと在った……」

「い、一体なにを見たんです……⁉」



 これ以上喋らせるべきじゃない。


 思い出させるべきじゃない。


 だが、無かったことにしていいものでもない。



 望莱は――


 彼女自身もう何年振りかわからないくらい、本気で動揺していた。


 もしかしたら生まれて初めてかもしれない。



 何が起こっているのか一つもわからず。


 その予測すら立てることが出来ない。



 希咲の様子はどんどんとおかしくなっていく。


 まるで譫言のように意味不明なことを口走り続けている。


 きっと望莱に向けて言っているわけでもなく。


 こんな状態の彼女を見たことも今までに一度もない。


 思い当たることは一つだけしかない。



(【夢の懸け橋(ドリーミン・ワンダー)】……、それしかない……!)



 だが、そうはいっても――



(スキルの暴走……? だけどスキルがそんな挙動をした事例なんて一つも知らないです……!)



 これ以上はいけない。


 無理矢理希咲の意識を奪ってでもやめさせるべきだ。


 そんな焦燥を浮かべつつも、しかし、それなのに続きの言葉を待ってしまう。



 それを聞かなければならない。


 そして従わねばならない。


 それはまるでそう――神託を待つように。



「ずっと、あったのに、視えないから……。余計なものがいっぱいで……。でも、周りがぜんぶ、真っ白になったから……、あたしにも……」

「…………」


「あれはなに……? なんだっけ……? みたことなかったのに……。でもしってる……。あいつが……、そうだ。言ってた……」

「あいつ……、せんぱいが見えるもの? もしかして、魂……?」


「そう。魂……。でも、そうじゃない……。そのカタチ……。あの糸は、それをつくるもの……。つくられたカタチ……。ねぇ、びとう……。もっかい、おしえて……」

「魂のカタチ……? それって……」


「……うん。そう……。設計図……。魂の……。それは――」



 思考も意識も記憶も、なにもかも朧げなまま。


 しかし、希咲はその答えに行き着く。



 行き着いてしまった。



「――“魂の設計図(アニマグラム)”」



 希咲がその単語を口にした瞬間――



 望莱の目に、彼女のその唇の動きが映った瞬間――



 この部屋だけでなく、まるで世界の全てから音が消失したかのように望莱には感じられた。



 時が止まってしまったかのように、希咲の動きが全て止まる。


 彼女の中の何もかもが消失してしまったかのように感じられた。



 倒れてしまったわけではない。


 希咲はこちらを向いたままでまた反応がなくなってしまう。



 それを目に映す望莱も、頭の中の何もかもが吹き飛んでしまったかのように自失した。


 しかし、数秒でハッとする。



 何もかもわけがわからないが、これは尋常なことではない。


 慌てて頭を振り、望莱は希咲の様子を確かめるために席を立って駆け寄ろうと考えた。


 しかし――



「――っ⁉」



――腰を上げようとしたところで望莱は動けなくなる。



 彼女は――


 希咲がこちらを見ている。



 その瞳から先程まであった揺れはなくなっていた。


 目はこちらを向いているのに、だけど望莱のことなど見ていないかのように。



 やはり彼女から彼女という意識が、彼女という中身が抜け落ちてしまったようだ。


 豊かなはずの彼女のあらゆる表情は消え失せ無表情に。


 そしてその瞳に光は――ある。



 彼女の瞳は光の当たり具合によって様々な色に反射する。


 それはカラーコンタクトのせいだと彼女は言っているが、それは嘘だ。


 元々生まれつきそういう瞳なのだ。


 奇異の目に晒されたくなくて、また自分でも説明のしようがないので、嘘を吐いている。



 その瞳には今、色が混在している。



 赤に、青に、黄色にと――


 様々な色が混ざり合うでなく同時に虹彩に存在している。



 虹のような――七色の瞳。



 その不思議で美しい色彩が望莱の方を向いており。


 しかし、決してその瞳に望莱は映ってはいない。



 望莱の身体を通り抜けた先のもっと先の向こう。


 そんな遥か何処かを視ているような。



 望莱は声をかけることも出来ず、ただその瞳に魅せられたように動けなくなる。


 音の消えた世界で。



 しかし、音が消えたというのはただの錯覚のようだ。


 自身の知覚能力が一時的に落ちていただけのようで、気が付いたらカチっと秒針が時を刻む音が戻っていた。


 望莱がそのことに気が付いた時――



「――ちがう」


「え……?」



――姿勢も視線も動かさないままで、希咲がポツリとそう言った。



「県道、スマホ。ハズレ」


「はずれ?」


「そ。ホムセンの先。コンビニを過ぎたあたり。ゲーセンよりは手前。そこ。でも――」



 希咲は望莱に応えながらも独り言のようにブツブツと続ける。



「――でも、その先はちがう。キャバクラの女の人。何も知らない。かわいそう。ゴールに繋がってない……」


「な、ななみちゃん……?」



 何のことを話しているのかはわかっている。


 わかっているはずだが、思考が追いつかない。


 聡明なはずの望莱の思考が。


 だから何かを言わなければとただ彼女の名前を呼ぶ。


 その時――



「――っ⁉」



 望莱は息を呑んだ。


 希咲が自分を視た。


 さっきまでと姿勢も視線も変わっていない。


 だけど、自分を視たと感じた。



「4つめ……」


「え……?」


「4つめのやつ、ちがう。ハズレ。アムリタじゃない。“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”は関係ない……。天使も関係ない……」


「ドープ・ダーヴ……? なんですかそれ?」


「知らない。バカに付けるクスリだって。サイテー。ぜんぜんバカ治ってない。ばか優輝」


「な、ななみちゃん……。なにを見てるんですか?」


「知らない。知らないから、視る。ゴール。『死に戻り』はあいつのチカラ。でも、バカは死んでも治らない。サイテー」


「な、なんでそれを……っ」



 望莱が頭の中だけで考えていたこと。


 望莱すら知らないこと。


 希咲はそれを何でもないことのように口にしている。



 望莱は動揺する。


 希咲の様子にだけでなく。



 希咲は望莱から別のものを見た。


 姿勢も視線も動いていない。


 だけどもう望莱を見ていない。



 望莱はそれに強い喪失感を覚えた。


 まるで置いてけぼりにされたような。



 だって、彼女はもう自分を見ていない。


 自分を通り抜けたもっと先の――遥か先の時間の未来を視ているような。



「仲間はいない。いるけど、でもちがう。ちがう人たち……」


「仲間? せんぱいの……、いない?」


「元カノ。それより、魔法少女」


「…………」


「弥堂じゃない。大事なのは、魔法少女……」



 ここで希咲がハッキリと動いた。


 ソファから立ち上がり身体ごと向きを変える。


 北の方角へ向き、そして壁の向こうのどこかを視ている。



「……学園? ちがう……。こっち……」



 何事かを呟きながら、身体を少し東の方へ向ける。


 そっちには――



「――病院。美景台総合……。あれ……? でも、ゴールじゃないの……? どっち……?」


「七海ちゃん?」



 希咲の瞳がまた揺れ始める。


 どこか自信なさげな様子に。


 彼女は迷うようにキョロキョロと顔を動かして、そして今度は反対――


――南西の方角を向いた。



「こっち……、港……? また港なの……? なんで……? わかんない……」


「な、ななみちゃんっ!」



 表情にも変化が表れる。


 無表情だった彼女の顔が苦しげに歪み始めた。


 顔にはまた多量の汗が流れ出している。


 だけどそれでも、彼女は必死に何かを視続けようとしている。



「ゴール、ここじゃない……」


「七海ちゃん、もうやめましょう! すぐに医療スタッフを――」


「――だからちがうんだってば。病院はゴールじゃないの……」


「七海ちゃんっ!」



 フラフラと身体を揺らしながら彼女はまた別の方を向く。


 また学園の方角へ戻って来た。



「え……? またこっちなの……? あ、そっか……。学園じゃなくって……、ゴールは……」


「い、いけません……っ!」



 ついに希咲の身体から力が抜けて膝が折れる。


 望莱は今度こそ彼女へ駆け寄り腕を伸ばす。



 そしてハッキリと耳にする。


 希咲が倒れる寸前に――



「――部活……」


「七海ちゃん!」



――そう口にしたのを。



 間一髪で間に合い、床に落ちる前に希咲の身体を抱き留めることが出来た。


 しかし、彼女にはもう完全に意識がない。


 気を失ってしまっている。



「い、いそいで……、どうしましょう……っ。まずは、診察を……」



 望莱は動揺を無理矢理抑え込みながら、急いでスキルを起動し希咲の容態を見る。



「……異常なし? ただの気絶……? そんなバカな……!」



 自身のスキルが教えてくる結果を自分で信じられず、何度も何度も診察のスキルを使う。


 どう考えても異常なしなわけはない。


 だが、何度やっても結果は変わらなかった。



 そうしている内に、腕の中の希咲の呼吸も落ち着いてくる。


 ただ、眠っているだけのように。



 望莱はその寝顔を見下ろしながら、僅かに判断に迷い――


 そして頭を振った。



「――ふぬおぉぉっ! 唸れぇっ! わたしの【身体強化:LV2】……っ!」



 気合いの声を上げると同時に、希咲の細い身体を横抱きにして持ち上げる。


 そしてフラつきながらもどうにか寝室へと運んだ。



 希咲を自身のベッドへと寝かせる。


 彼女の顔を心配げに見下ろして、だがすぐにリビングへと駆け戻った。



 自身のスマホを手に取る。



「――わたしです。医療スタッフ、特殊チームを緊急招集。いいと言うまで待機させてください。必要があれば呼びます。わたしの自宅。あらゆる準備を」



 会社に電話をかけて、それだけ伝えてすぐに切った。


 そして、床に落ちていた希咲のスマホを拾い、寝室へと戻る。



 希咲はまだ眠っている。


 先程の苦悶などどこかへ行ったように、落ち着いた顔で。



「ウチの七海ちゃんになにしてくれてんですか……!」



 悔しげな声でそう文句を言う。


 だが、何をされたのか、何が起きたのか、未だに何もわからない。



 わからないのに。


 それなのに、自分がこれから何をすればいいのか。


 それだけは何故かわかるような気がした。


 だけど、今はそれがすぐには認められなかった。



 気を紛らわせるために、望莱は希咲にタオルケットをかけてやる。


 そしてまた希咲の寝姿を見下ろした。



 今はもう寝ているだけでいつもの彼女の姿だ。


 だけど、先程のことを思い出すと、やはり遠くへ行かれてしまったように感じてしまう。


 その感傷に囚われるとどんどんと心が不安定になっていく。



「七海ちゃん……」



 ベッドの横に膝をつき、どこか縋るような声で彼女の名を呼びながら、望莱は希咲の手を握る。


 そしてその手にスマホを近づけた。



 寝ている希咲の指をスマホの画面に当てて、指紋認証のロック画面を突破する。


 そのまま淀みのない操作で“edge”を起動した。



「おじゃましまーす」



 そして愛苗ちゃんと個別メッセージをやり取りをするお部屋に躊躇いなく侵入をした。


 そこでは――



ーーーーーーーーー

『おはよ』

『お昼たべた?』

『お買い物いく』

『おやすみ』


『おはよ』

『今日がんばる』

『まじむり』

『おやすみ』


『おはよ』

『これはウソなの』

『あいつきらい!』

『おやすみ また明日』


『おはよ』

『あいつストーカー!』

『バイトだった』

『おやすみ ごはんたべてる?』


『おはよ』

『もぅわけわかんないよぅ』

『明日ゼッタイがんばる』

『おやすみ まってて』


『おはよ』

『今日は勝負!』

『もうすぐだから』



ーーーーーーーーーーー



 そこにあったのは、宛先ナシで送信の出来なかったメッセージたち。


 出来ないのをわかった上で送り続けているある意味墓場のような壁打ちの履歴だった。


 さらに過去を辿ると、どうやら愛苗が失踪した日あたりから連日、一日最低数件はメッセージを送っているようだ。



「……うわぁ」



 みらいさんはスンっと真顔になる。


 健気だなと思う気持ちと、「さすがにこの女ヤベーな」と思う気持ちとで半々だった。


 だが、心の平穏は保たれた。



「さすがにこれは見なかったことにしましょう。七海ちゃんったら激重メンヘラさんです」



 潔くアプリを落とす。


 そしてまた希咲を見る。


 視線が向いているのは顔ではなく、彼女のサイドテールを括る淡い黄色のシュシュだ。



「ふ……」



 望莱はせつなげな顔で薄く笑う。


 そして、希咲の身体にかけたタオルケットの中にズボっと両手を突っ込んだ。



 モゾモゾ、グイグイと動かして両手を引っこ抜く。


 その手にはショートパンツと薄い黄色のおパンツがあった。



 みらいさんはタオルケットの上から七海ちゃんの下半身にギンっと強い視線をぶつける。



 七海ぱんつを自身の胸の谷間にグイっと突っ込んで、残ったショートパンツを握った手はまたタオルケットの中へ。


 タオルケットがズレないように慎重に作業を行う。



 直接の目視はしない。


 今はその時ではない。


 見えないからこそ、超えるべき壁があるからこそ、人は強く生きられるのだ。



「ふぅ……」



 そうしてショートパンツだけを穿かせなおして、みらいさんは手術後の外科医の気持ちで額の汗を拭った。


 パンツの消失に気付いた時に彼女はどんな反応を見せてくれるのだろう。


 それを想像し、祈るような気持ちで胸の上に手を置く。


 大事なもののぬくもりが感じられた。



「ふひっ」



 気色の悪い笑みを漏らしながら何気なく視線を逸らすと、壁にかけた時計が目に入った。


 時刻はあと10分で正午だ。



「これはいけません――」



 自分のスマホに持ち替えてまた電話をかける。



「――あ、横手さん。みらいです。すみません。大至急でお願いしたいことがありまして。はい。そうです。七海ちゃんがちょっと具合悪くなっちゃって、今ウチの部屋で寝かせてまして。はい。なるはやで。ボーナス付けますのでお願いします。はい……」



 希咲家のチビっ子たちが飢えないように対処をして電話を切る。


 もう一度診察のスキルで希咲の状態を確認する。


 問題は何も表示されない。



 自然に目覚めるまでこのまま寝かせておいてあげようと、望莱は立ち上がる。


 部屋の出口へ向かおうとして足を止めた。



 振り返って枕元に置いた希咲のスマホをもう一度手に取る。


 起動したままだった動画アプリを開くと、先程の曲のページのままだった。



 少し苦笑いをし、望莱はその曲を再生させた。


 それをまた枕元に置き、今度こそ部屋を出る。



「せめていい夢を――」



 優しく呟いてドアを閉めた。



 明かりの消えた部屋で、歌声だけが流れる。



 観客は眠り姫が一人だけ――






ーーーーーーーーーーー




見つけられなくて


あたしが立つ場所 街は寒すぎて


凍え泣いていても


明日はくるから 独りじゃ眠れない


永遠の夢を ✗'s MARIA




ーーーーーーーーーーー


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― 新着の感想 ―
え…………ええええっ!? ま……、なんて凄まじい章なんだ。平穏な気持ちで読み進めていたのに、最後にこんな展開が待っているなんて! まず……魔法少女のコスプレをした魔術師。うわぁ、行き遅れの女性が羞…
弥堂は他人の魂の設計図は読めないって言ってたけど、七海は読めるのかな?それとも勘で当ててるだけ?
ストーリーは相変わらず面白くて予測不可能だ。理性的には登場人物たちが各自の目的のために合理的に行動し、第三章で弥堂の登場を減らして望莱と希咲のストーリーを増やしたことで、感性的に弥堂の焦りを実感した。…
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