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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章09 Threads Connect ⑥


 アイランドキッチンでお湯が沸くのを待つ希咲が鼻歌を歌っている。


 上機嫌そうな仕草とは裏腹に、どこか悲しげな曲調だ。



(さて、イキますよぉ~)



 その様子を眺めながら、望莱はペロリと唇を舐める。



(アムリタが“せんぱい”にとってアウトな“理由”。4つの内の3つめ……)



 ここからは希咲には言わなかったことだ。


 ずっと隠し通すつもりではないが、何故そう思ったかの根拠を説明すると倉庫のあの映像に繋がってしまう可能性が高いので、今は秘めておく。



(でも、この3つめが本命。一番致命的。少なくとも“せんぱい”本人がそう示してしまいました)



 1つ目は、アムリタを所持していること――


――普通に犯罪である。アメリカや外人街に狙われることにもなる。



 2つ目は、アムリタを所持していないこと――


――彼の手の内や現在の戦力低下の証となる。



(3つ目は、アムリタが彼のルーツに繋がること――)



――それが何処、或いは何かはわからない。


 だが、アムリタからそれが辿れることを弥堂自身の行動から読み取った。



 倉庫内映像での福市博士の発言。


『どうしてあなたたちがアムリタを持っているんですか?』


 彼女がこう言った時――



(ここで見るべきは注射器ではありません。瓶の方――)



 あの時博士は注射器と瓶の両方を示しながら、あの発言を弥堂に向かってした。



(つまり、注射器と瓶の中身も同じだということになります)



 その中身とは当然アムリタだ。


 正確にはアムリタを原料とした『魔力増強薬』である。


 しかし――



(その入れ物である注射器の方は極めて現代的な製造品です。路地裏発のモノも、カルトさんが使ったモノも。それに比べて――)



 映像を解析させている専門スタッフからもそう報告が上がっている。



(――せんぱいが取り出した瓶の方。あっちはそうじゃありません)



 作りが粗く工場生産品には見えない。


 前時代的な手法で手作りされたような。


 注射器よりは明らかに製造の技術力が劣る。



(仮に中身が同じでも、同じ入手先から出てきたモノだとは思えません。まぁ、中身も違うんでしょうけど。それは4つ目の“理由”に繋がるので一旦スルーします)



 それよりも――



(七海ちゃんが見た、恐らく失踪期間の“せんぱい”の過去風景……)



 ヨーロッパの田舎風。


 現代っぽくない。


 騎士。


 隠れ里。



(ワンチャン今回のカルトさんと同郷もあるかもしれませんが、きっと別口――)



 弥堂が所持していた瓶入りのアムリタはそこで造られたモノだと、望莱は推測している。


 弥堂は日本に移り住む際にそこからそれを持ちこんだ。


 恐らく常用していたのだろう。


 それをいつも通り仕事中に使っていただけ。


 そうしたら――



『どうしてあなたたちがアムリタを持っているんですか?』


 福市博士にそう指摘されてしまった。


 最後の最後で。



(“せんぱい”は水無瀬先輩の件に絡むよりも以前から、元々ご自身のことを隠されていました)



 つまり、あのアムリタの瓶は愛苗のこととは別件。


 弥堂個人の事情だ。


 その事情とは――



(――自分のルーツ。つまり以前に何処にいたのか。あの瓶を何処から持ち込んだのか。それを探られたくないのでしょう。水無瀬先輩のこととは別で)



 自分が所持していた薬品が、アムリタ改造品の麻薬と同じものであると知られたくないのだ。



(“G.H.O.S.T(ゴースト)”に行くつもりだったのに。取り入ったはずのその指揮官を思わず咄嗟に殺してしまうくらいの。水無瀬先輩のアメリカ亡命を捨ててでも。瞬間的にそう動いてしまうほどの。それほどの闇――)



 それが弥堂の過去の居所だ。


 少なくとも彼自身がそう考えている。


 そんな彼のルーツ。



(注射器の方。路地裏のモノもカルトさんのモノも。あれらは辿れば最後は外人街のバックに行き着くでしょう。では、“せんぱい”の方は?)



 あの瓶の製造元まで辿って行けば、そこに弥堂のルーツがある。


 そして其処にいる人物こそが――



(――イカレ女さん)



 望莱はそう確信を持った。



(イカレ女さんがクスリを作ったのか。“せんぱい”にそれを与えたのか。それは別に重要ではありません)



 だが、弥堂 優輝という人間のルーツ。


 そこに相当な割合で関わっている人物であることは間違いがないだろう。



 だから昨日は希咲に「弥堂の過去の全部まで知る必要はない」と言ったのに、今日になって逆の指示を出したのだ。



(あのイカレ極まった弥堂せんぱいが『イカレ女』とまで呼ぶ人物。単純に興味があります)



 だが当然それだけでなく、あの法も何も知ったことではないと開き直っている男が、現在遂行中で達成寸前だった目標を捨ててでも隠蔽に走った闇――


――つまり“弱み”。


 それを暴かないわけにはいかない。



(実際のところ。せんぱいが水無瀬先輩を保護しているのか、何か悪用しているのか、それはわかりません。でも、どっちにしても“G.H.O.S.T(ゴースト)”か清祓課を後ろ盾にして、自分たちの身の置き所を得ることは必須だったはず……)



 それが“アムリタ事件”での弥堂の目標だ。



 その“アムリタ事件”は現在このような結末のカタチになっているわけだが――



(――これはかなりの“運ゲー”。しかもかなりの上振れの結果です)



――望莱は“アムリタ事件”と“弥堂 優輝というユニット”をそのように評価していた。



(もしも“せんぱい”の場所に別のユニットを配置したら……)



 頭に浮かべるのは“紅月 聖人”、“天津 真刀錵”、“蛭子 蛮”、そして“御影”だ。



(味方の被害は格段に減って、博士は無難にアメリカへ帰ったでしょう。局面的に蛮くんや真刀錵ちゃんの苦手なシチュエーションはあるかもですが、しかし誰を当てても負けは絶対にない)



 決して身内びいきではなく、客観的にそうシミュレート出来る。


 しかし――



(今現実となっているこのカタチ。これは誰にも出来ない。倫理だの人道だの正義だのをポイしてシンプルにこのカタチを目指したとしても、恐らく兄さんにも不可能)



 あれは弥堂にしか出来なかったと正当に評価もする。


 ただ同時に、再現性のない、運に左右された結果であることも付け加える。



(“せんぱい”は水無瀬先輩とともに、正当な身分・立場を得る必要があるはず。ですが、事件中のあの立ち回りは、下手をしたら生き残っても国際指名手配になってもおかしくありませんでした。むしろその確率の方が高かった。こうなったのは運が良かったという部分が大きい……)



 しかしそれでも――



(――それを勝ち取った)



 佐藤は弥堂について『状況を問わず問答無用に勝ちを作る人間』、そう評価をした。


 望莱もその点において弥堂 優輝というユニットを高く評価している。



 では、人を使うような立場の人間にとって、彼という人材は手駒に加えるべき優秀な者なのか――



(――いいえ。まったく。というか、扱えません。ほとんどの人が)



 何をするかわからない。


 言うことを聞かないどころか会話が成立するかも怪しい。


 いつ裏切るかわからないし、本人はそれを裏切りとすら思っていないかもしれない。



 理由は他にいくつもあるが、いちいち言うまでもないだろう。


 しかし――



(――とても魅力的です)



 リスクをわかった上で、自分なら扱えると――


 そんな風に狂わせてくる魅力がある。


『お前には出来ないのか?』と、そんな挑発を受けているように錯覚する。



 普通の指揮者や管理者ならそうは思わないだろう。真っ先に斬り捨てるべき人材だ。


 反面、自分に自信がある者ほどそれに囚われる。



 彼自身にではない。


 アレを扱えている自身を想像してその全能感に酔いしれるのだ。


 さらに、絶対に達成不可能な無理難題に投入して、その先に何が起こるのかを見たくなる。



 望莱もまた彼にそれを感じていた。


 そして――



(――それに魅せられてしまったのが、ジャスティン・ミラーさん……)



 その結果どうなったかは明白だ。


 しかし、それら全てをわかった上で――



(――わたしなら使えます)



 望莱はそう確信もしている。


 狂っていることを自覚した上で。



(そんな狂ってる人はわたしだけじゃない。もう一人います。それが……)



 実際に使えていた――或いは今も使っているのが弥堂が『イカレ女』と呼ぶ者だ。



 今この美景で暴れている弥堂の背後に、今もその女が居るのかどうかはわからない。


 しかし、彼と彼女の物語を知ることは、対弥堂戦において絶大なアドバンテージになるだろう。



(だからこそ、“せんぱい”も急な方向転換をしてでもそれを隠した……)



 融通が利かない。


 能が無いから最初に決めたことへ一点突破。


 達成するためには生命も惜しまない。



 そんな風な印象だった男が目標を曲げた。


 何を置いても目的を優先する――そんな男が。



 それはこれまでに得た彼という人物情報からそのようにプロファイリング出来るし、何より――



『約束しちまったしな。それに――そうすると決めた。決めたことはやる。必ず。何があっても、どんなことをしても。ずっと、そうだろ?』


『誰が寄こしたのかもわからねえモンに執着はねえよ。あいつは――水無瀬は、俺に目的をくれた。それで全てに十分だ。理由には足りてる』


『守るのなら――な』



――映像の中の彼自身もこう言っていた。



(水無瀬先輩が弥堂せんぱいに目的を与えた。それが“せんぱい”にとってはとても大きな出来事だった。その結果今は水無瀬先輩を守るようになった。義理か恩返し、なのでしょうか……)



 誰かと話していた彼の言葉からそう読み取れる。



(この誰か――守護霊さん(仮)の方の台詞も欲しいですね。そっちの方が重要なことを言ってそうです。この相手が水無瀬先輩でないことだけは確かですが……)



 ただ、この会話内容からわかることとして――



(行方不明になってからかなり日が経ってしまいましたが、水無瀬先輩は生きている。それを“せんぱい”が守っている。のんびり登校なんてしているのなら、無事なのでしょう。居場所にも見当はつきました)



 何があって、そんな関係性になったのかはわからない。


 弥堂の言う『守る』の意味も不明だ。


 しかしそれが現在の彼の目標か目的であると見て、間違いがないだろう。


 あの男はそれを達成するために何でもする。



(けど、それよりも優先度の高い――そんな急所。保身ではなく、これがバレると水無瀬先輩を守ることにも支障が出るのでしょう。こんな特ネタは是非とも掴まねば。わたしは今“せんぱい”のタマタマをニギニギしています)


「うふふ……」


「?」



 みらいさんは無意識に掌を上にした右手を持ち上げてニギニギと動かす。


 その様子を目撃した七海ちゃんは不思議そうに首を傾げた。


 そんな彼女へニッコリと笑いながら掌を向けて、モミモミと動かす。


 プイっとされてしまった。


 みらいさんはスンっと真顔に戻る。



(とはいえ、懸念はあります)



 なにせあの弥堂の過去だ。


 なにが出てくるかわからない。



(既に聞いただけでもアタオカなことばっか言ってますし)



 望莱は現在、港の倉庫でのバトル映像を希咲に隠している。


 それは作戦遂行の順番を狂わされないための調整というのが第一だが、希咲の精神状態を慮った配慮でもある。


 あの倉庫の映像と同等かそれ以上の凄惨なものが出てくる可能性は十分に考えられる。


 だから出来るなら避けたいのも本音だ。



(ワンチャンそれで免疫が出来て、ミラーさんをコロコロした映像観ても「あ、ふぅん? で?」くらいで済むように……、いや、さすがにそれはねぇな、です……)



 しかし、ここはリスクをかけてでも行く場面だと、そのように判断した。



 ここ数日の調査で弥堂と愛苗の核心には徐々に近づいている。


 最善な勝ちの形のビジョンは持っているし、その勝ち筋も見えている。


 だが、時間がないのも事実だ。


 弥堂や佐藤のこともあるが、自分の仲間たちのこともある。



 完璧で確実な勝ちを実現するためにギリギリまで待てる。


 動くべき時に動き、そうでない時には動かない。


 その判断と実行を望莱はミスなく行えるが、他の人間はそうではない。



 仲間たちだけでなく、敵方のミスがこちらの不都合になる場合だってある。


 世界に居る全ての人間の行動が複雑に絡み合って、その結果現実に事象として現れるのだ。



 勝ち筋が細い内に仕掛けるべきではない。


 だが時間が経てばその筋が切れてしまう。


 最良の機に行動に出るべき。



 望莱や佐藤がそれを出来たとしても、聖人や弥堂は待ちきれなくなる可能性がある。


 それに、彼らだけでなく――



(――実際、七海ちゃんはよく我慢しています……)



 彼女がどれだけ親友の愛苗のことを想っているかは望莱にはよくわかっている。


 本当ならすぐにでも弥堂へ特攻を仕掛けてでも、愛苗の居所を見つけ出したいことだろう。


 だが、そうするとどうなるかわからない。


 だから望莱は希咲へよく言い含めてきたのだ。



 彼女はそれをよく聞いて我慢してくれている。


 それと――



(――兄さんがピキってることが逆に功を奏しましたね)



 今にも戦いを仕掛けたそうにしている人間が身近にいるおかげで、それを止める側に回らざるを得ない。


 仲間内がそういった雰囲気になれば、希咲は自身の感情を呑み込んでくれる。


 さらに――



(――手段があること。もう少し待てばスキルで決定的な情報を引き出せるかもしれない。そんな希望が忍耐の糸を繋ぎ止めてくれています)



 だが、それでも、その忍耐の時間は無限ではない。



(兄さんもいつまでもつかわかりませんしね。今日か明日にはネタを揃えて。そしてそこからの1日か2日かで“せんぱい”の首根っこを押さえる)



 そういう流れになるだろうと望莱は読んでいた。



(この3つ目がそれを可能にする急所となることでしょう。そしてあともう一つ……)



 弥堂にとってアムリタが泣き処となる“理由”の4つ目。


 最後のもの。



(正直これは確証がまだ持てません。というか、最早アムリタとも別件で扱うべきネタかもしれない。これがわたしの考えているとおりなら、他の3つの比ではない。それほどにアウトなネタ)



 ここまでの3つだけで十分な勝算はある。


 しかし、この4つ目はそれらよりも致命的な急所であり、そして比類なき厄ネタだ。



(あの瓶に入ったアムリタ。あれは完成した不死薬なのではないでしょうか――)



 そう思える――思うしかない材料があの倉庫の映像には残っていた。



 それは片腕を失い魔力を吸い尽くされた弥堂が、死の際から復活を遂げたシーン。



(復活――そうとしか言えない現象。ただ魔力が増えたとかそういったレベルではありません)



 立って歩くことすら出来なかった瀕死の男が、傷が全快し、失った腕まで元に戻った。



(ぶっちゃけ、これだけならわたしのヒールでも余裕で再現できます。問題はその回復が起こる直前です)



 地を這い、割れた瓶から漏れ出したアムリタを啜り、そして――



 死の間際の錯乱状態による支離滅裂な行動。


 一見するとそうとしか思えない。


 だが、その行動の結果、彼は全回復した。



(最初は、女の子のおしっこを飲んだら全回復してパワーアップする系の極まった変態さんなのかと思いましたが、そのタネは博士さんのおもらしと混ざったアムリタ……?)



 身体を全回復する治癒魔術――それの使用のために魔力増強薬を必要とした。


 だからああいった行動をとった。



(せんぱいがあのお貴族さまの同類ならそういうこともあるのかもしれませんが、仮にそうだとしたら、そもそもあそこまで追い込まれることもないでしょう)



 そこで、希咲が持ち込んだ情報から、弥堂の所持していたあの瓶がアムリタであると繋がり、この仮説は消える。



(死ぬ前に女の子のおしっこが飲みたかったわけではなく、それと混ざってしまったアムリタを飲むため。そこまではいい。十分変態さんですが許しましょう。問題は……)



 アムリタを使い魔力を得る。


 その魔力で回復、或いは治癒の魔術を使う。


 だが、そんな風には見えなかった。


 ただ回復や治癒をしたわけではない。



(傷が治ったというより、無くなった。負傷も体力の消費も、なかったことにした。わたしにはそう見えました)



 自分で捥ぎ取って失った腕までがキレイさっぱり元通りになっていたのだ。


 治癒魔術だとしても、相当にハイレベルなものだ。



 だが、そんな話ですらない。


 とても看過できない問題がある。


 彼はその回復をする前に――



(――自殺をした)



 博士に拳銃を拾わせ、それを手元に引き寄せ、自分の頭を撃ち抜いた。


 それで一度死に、生き返った。


 無傷の状態で。



(博士さんの身体がブラインドになっていましたが、そうとしか思えません……)



 それが可能なことなのかどうかは置いておいて、起こった現象はそれだ。



(ですが……)



 不可解なことが多い。



(あれが回復という現象なら何故自殺をするのです? 致命傷を負うことを条件に発動する治癒魔術? ですが、それならわざわざ苦労して銃の落ちている所まで半生の身体で這っていかなくても、その場でグッタリしてるだけで十分に致命傷だったはず……。術の発動に魔力が足りないからアムリタが必要だった……?)



 色んなパターンを考えてみるが答えは一つしかないように思える。



(必要なのは致命傷を負うことではなく……。つまり――)



 それは回復ではなく――



(――生き返り……。不死の実現)



――そういうことにしかならない。



(せんぱいが持っていた方のアムリタはホンモノ、真の完成品? 魔力を増やすだけでなく不死を齎すクスリ? そんなバカな……)



 それは望莱のような出自や立場の者からしても、非常に荒唐無稽なものだ。



 だが、そうであるなら“G.H.O.S.T(ゴースト)”行きを捨てでも最優先で隠すべきものになる。


 その説得力は増すし、起きたことを見ればそうとしか考えられない。


 こうであるならば説明がついてしまう。



 不死は禁忌だ。


 数ある禁忌とされているモノの中でも――



(――代表格。バチバチのド禁忌です)



 それを実現するだけでなく、実現するための薬品や術式の開発なども当然ご法度となっている。


 仮に弥堂のアレがホンモノならば、世界中のウラの組織から狙われる。



(教会もそうだし、陰陽府もそうです)



 教会の号令のもと、全ての退魔師(エクソシスト)から粛清対象として追われることになるだろう。



(おそらく、博士さんが元所属していた研究所にも、わりと早い段階で教会から警告はあったはず……)



 それを躱し、或いは跳ね除けて研究を進めたのだろう。


 それを可能とするために――



(――だから表で投資を募った。アレに賭けている資産家のご老人たちの中には、教会に多額の寄付をしている金主も少なくないはず。だから教会が力尽くで介入してくるのを防げた……。お金最強です)



 そして教会も教会で、研究が失敗した時には堂々と粛清し、仮に成功したらその蜜を啜る。


 きっとそういう図になっていたはずだと望莱は予想する。



(しかし、それはどうでもいいです)



 弥堂にフォーカスした視点に戻す。



(博士さんの研究所とは違い、せんぱいにはそれを押さえる後ろ盾がありません……)



 ならばよくて処刑。


 一番現実的な将来は、死ぬまで実験動物というものだろう。



 この線なら“アムリタ事件”のラストシーンを説明することが出来る。



(ですが――)



――望莱は別の可能性を睨んでいた。



(不死は“薬”ではなく、“術”――つまり、アムリタが実現したものではなく、“せんぱい”自身が実現した不死)



 そもそもその不死が可能なものなのか。


 どうやって実現しているものなのか。


 それらについては一旦考えない。


 出来ているものとして考える。



(さらに――)



 映像に残されていた弥堂の『独り言』に――



『それはレイスを仕留めたらの話だ。バックレたら白紙だろう。それに……、このまま終わらせると『死に戻り』がバレる』



――こんなものがあった。



 戦闘が再開された後の声には修復が不完全な不明瞭なものが多かったが、再開前のこの時の言葉はハッキリと残っている。



(『死に戻り』……。生き返りではなく。死んで。戻る)



 望莱はこの言葉にとても引っ掛かりを覚えていた。


 どうとでも読み取れる内容かもしれないが、この『死に戻り』はアムリタという物品を指すのではなく、自分自身を指しているように感じられた。


 そしてまたさらに――



(“アムリタ事件”だけにフォーカスするのならば、あの瓶の中身が不死薬であると考えた方がスッキリします。ですが、不死はアムリタではなく“せんぱい”だと考えれば……)



 これらは全て一連の流れとなり、“龍脈暴走事件”の真相まで見えてくる。



(4/25のあの時。港には魔王級が現れ、天使までもが現れた。未曾有の危機と言っていいでしょう。あー、禁忌のニオイがプンプンしますねー)



 しかし、結局魔王級の悪魔が何をして、何故消えたのかも不明。


 天使が何の目的で現れたのかも不明。


 そこへ、この不死という禁忌――



(――これを付け加えるとかなり説明がつくようになります)



 弥堂が不死を求めて魔王級を召喚、その願いが叶い悪魔は還った。


 悪魔が人間に悪戯に不死を与え天使を挑発した。


 色んなパターンが頭の中を巡る。



(あえてロマンチックにするのなら――生命を落とした水無瀬先輩を救うために、“せんぱい”は魔王に不死を願った。その結果二人揃って死ねなくなった。とかどうでしょうか?)



 いくつもストーリーは思いつくが、いずれにせよ――



(――どうでもいいです。重要なのは『不死』がそこに実在すること)



 それだけで“龍脈暴走事件”の方も大分説明がつくようになってしまう。



(――ですが、まだ足りない)



 それも全て解き明かすにはもっと情報が必要だ。


 解く方法は2つ。



(七海ちゃんのスキルで直接当時を見ること……)



 だが、何が出てくるかわからないという点でそれは最後の手段だと考えている。



(普通に個人的に不死を求めた“せんぱい”が龍脈を暴走させ、水無瀬先輩を生贄に悪魔召喚したとかありえますしね。まぁ、水無瀬先輩が生きているのでそうではないのでしょうけど、一番それがキャラ的に納得できるストーリーです。こんなもんウチの七海ちゃんに見せられません)



 であるならば――



(わたしが解きます。そのために必要なのがやはり、3つ目の“理由”――弥堂 優輝のルーツ……)



 これが望莱が『不死』を確定させずにいる理由で、そして『弥堂のルーツ』を追う理由だ。


 最悪『不死』を立証できずとも『ルーツ』だけでも知れれば、今回の戦いに勝つには足りると考えている。


 不死の検証は今回の戦いの勝敗を左右することはない。


 何故なら――



(せんぱいの戦い様。死ぬことが恐くないような。生命を捨てているような……)



 あれは不死の確信があるからなのだろう。


 だからこそ可能な無茶であり無鉄砲。



(ですが、せんぱいのストロングが『不死』であるのならば……、絶対にウチの兄には勝てません)



 弥堂の不死技法――これはむしろ勝算を高めたと望莱は考える。



(せんぱい……、兄さんは“せんぱい”の天敵ですよ……)



 とはいえ、戦って勝つだけならの話だ。



(大事なのは戦いをどう始めて、どう終わらせるか……)



 そこを描くのが望莱の仕事だ。


 その目途はついている。



(ぶっちゃけ、水無瀬先輩は龍脈暴走の時に死んでいてくれた方がわたし的には都合がよかったんですが。生きているのなら仕方ありません……)



 それならどう使うかを調整すればいいだけだ。



(まずは二人の身柄を押さえて。それから“せんぱい”には不死身のヒーローとして、是非とも清祓課でご活躍をしてもらわねば……)



 きっと彼は外人街とのアムリタを巡った抗争の中で、勝っても負けても死ぬことになるだろう。


 弥堂の不死を知れば、おそらく佐藤もそうする。


 そっちはそれでいいとして、



(とはいえ、カイブンさんめ……、こんな地雷男をわたしに守らせようとは……)



 別の方向へ恨みを向ける。



(それは確かに利害が一致してしまいます)



 そうしながら不敵に笑う。


 目を向けるのは今回の弥堂との争いの先。



(仮に“せんぱい”を始末したとしても、街の麻薬は消えてなくなったりしません)



 弥堂が生み出しているものではないからだ。



(この麻薬を巡った外人街との戦いは絶対に起こります。これは回避不可な確定イベント)



 であるならば――



(その時に“せんぱい”が居ない場合、戦いの矢面――最前線に立つのは一体誰になるでしょう?)



 その候補は簡単に見当がつく。



(まず御影。もしかしたらあのお貴族さまも手伝ってくれるかもしれません。あくまで本人の気が向いたらですが)



 立場的にも戦力的にもそうなるだろう。


 清祓課だけでは異能も銃火器も駆使した人間同士の殺し合いという実戦に勝つことはできない。



(ワンチャンそう見せるために今回負けてみせた可能性すら疑います。佐藤さんめ)



 だが、きっとそれだけでも戦力は足りないだろう。


 相手はまだ断定は出来ないが、強力であることは間違いがない。



(外人街のどの筋でしょう? やはり中国? そうすると道士と、最悪の場合は仙人まで出てくる? それらとやり合うにはネームドユニットの頭数が足りませんね)



 当然佐藤もそれは想定内のはず。


 なら――



(では、誰が駆り出されるのでしょうか? 考えるまでもなく、わたしたちです)



 それは冗談ではない話だ。



(これも“せんぱい”との戦いと一緒。単純なバトルの勝ち負けだけなら勝てます。ですが、やはりチカラを隠しての勝利は不可能。より不可能になります)



 勝っても立場が悪くなるなら、戦うメリットがないという話だ。



(その戦いを以て、兄さんが英雄になってしまいます。今や、御影よりも強いということが大っぴらにバレてしまうでしょうね)



 当然それは望莱としては避けたいことだ。



(どうしても避けられずそうなってしまったのなら、その時はやるしかないですが)



 避けられる手段や道筋がある内は、そっちに舵は切れない。


 では、どうするか――



(――わたしにとって、弥堂せんぱいは必要。生贄の羊(スケープゴート)として)



 そういう話になってしまう。


 彼に清祓課のヒーローという役回りを押し付ければ、不都合な未来を避けられる可能性が高まる。



(カイブンさんは、わたしにそう言いたいんですね?)



 思わず舌打ちが出そうになる。



(悔しいですが、それは割と図星です。少なくとも今はそうするしかない。ちゃんとわたしにメリットもあるし、やらないと明確なデメリットとなります)



 そして――



(そういう形に調整できるのはわたしだけ。それを見越してずっと前から怪文書を送り続けてきたのなら、見事な手腕だと認めましょう)



 正体不明の怪文書の主。


 自分や佐藤に比する謀略の持ち主であると認定する。


 本当に未来が見えているのなら相手の方が上かもしれない。



(まったく恐い変態さんです。そのうち調子にのってエロ写メとか要求されてしまうのでしょうか。若干興奮してきました)



 みらいさんは徐にスマホを取り出し、先程の怪文書メールへの返信文を作成し始める。


 返信して反応があったことは今までにないが。



(もしもそんなことになったら、試しに身代わりのエロ写メでも送ってみましょう。リィゼちゃんの洋モノ乳輪をくらうがいいです!)



 気合と共に送信ボタンを押す。


 すると、すぐにその返信が届いた。


 反応があるとは思っていなかったので、望莱は少し驚く。



 望莱が送った文章とそれに対する返信はこうだ。



『エッチな写メなんてゼッタイにあげないんだからねっ!』


『そういうの、よくないと思うよ』



「――チッ、ヘタレが」



 みらいさんは気分を害してドカっと背もたれに寄りかかった。



「こいつ絶対童貞です」



 大した根拠もなくそう決めつける。



(羊じゃなくて、わたしに忠実なワンちゃんにしてみせましょう)



 決してこんな童貞の言いなりになんかならないと堅く決意した。



(なにせ――)



「――あんたまた怒ってんの? 忙しいわね」



 お茶とお菓子を持った希咲が戻ってくる。


 望莱は彼女へニッコリと微笑みかけた。



(――なにせ、ゴールを決めるのは七海ちゃん。わたしは推しのいいなりなダメ女です)



 怪文書の主がどの未来を目指していたとしても、望莱自身がどんな絵図を描いていたとしても。


 希咲 七海の望む着地点(ゴール)が別の場所なら。


 それら全てを捨ててそこまでの道を作り照らす。


 それが彼女自身が決めた紅月 望莱なのだ。



「では、お茶しながらお話の続きといきましょうか――」



 ニッコリと淑やかな笑みを貼り付け、心では狡猾に舌を伸ばす。


 細めた瞼の裡に赤い月はまだ隠されている。


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― 新着の感想 ―
なるほど。弥堂の根源こそが最後かつ最重要の「4番目の理由」だと思っていましたが、実際は彼の「死に戻り」に関することだったのですね。異世界の謎にあと一歩で手が届きそうなところで、次にどんな決定的な情報が…
ヤツが負けるとこが想像できん、何があっても最終的には勝利を掻っ攫っていくイメージ。
そう簡単に思い通りにはならなそうなのが楽しみ
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