3章09 Threads Connect ⑤
まるで嘯くように望莱が告げた言葉。
「あいつが、アムリタを……?」
希咲は驚きを浮かべる。
弥堂が使用していた薬物の正体がアムリタであると、望莱はそう主張した。
「麻薬を持ってるのがバレたらマズイってこと? でも……、あれ……?」
希咲はあまりピンとこず首を傾げてしまう。
「それってフツーのことじゃない? 麻薬だし。でもさ。こんな言い方もヘンだけど、あの弥堂がいまさらそれくらいで――」
「――そのとおりです」
口にしようとした疑問は、最後まで告げる前に肯定された。
希咲はそれにますます疑問符を浮かべる。
「あのヤバヤバな“せんぱい”が今更シャブの一つや二つ持ってるのをバレたところで――そう言いたいんですよね?」
「うん。や。フツーはね、完全にアウトだし、あいつもアウトだけど。でもそれがあいつの急所かっていうと……。そんくらいじゃビビんなそうじゃない?」
「わたしもそう思います。ですが、七海ちゃん。せんぱいにとってアムリタが“ダメ”な理由がいくつかあるんですよ」
「どういうこと?」
希咲は眉を顰めて少し身を乗り出す。
みらいさんはその希咲の胸元をチラリと見てから解説を始めた。
「まず1つめの“理由”。それは『所持』。今言ってたことのまんまですね。違法薬物の所持は犯罪です。麻薬はダメ。ゼッタイ。そしてさらに、それがアムリタであるということが輪をかけてアウトです」
「うん。う~ん……」
ほぼ繰り返しとなった言葉に希咲は不満そうに唸る。
「それがよくわかんないんだけどさ。アメリカが秘密で作ってたモノを、あいつが持ってるのがアウトってこと?」
「端的に言えばそうなりますね。通常の法律的にアウトということ。あるはずのないモノを持っているはずのない人物が持っているのがアウト。この2つの意味を合わせて1つ目のアウトです」
「わかるっちゃわかるけど……」
それでもやはり、あの男がそれくらいで弱みだと感じるとは希咲には思えなかった。
なにせあのクズ男の開き直りスキルったら尋常ではないのだ。
その考えを見透かしたように望莱は補足をする。
「たとえ本人がどうでもいいと思っていようと、世間様もアメリカ様も許しません。そしてそれは社会生活を送る上で確実に足枷にも瑕にもなります。つまり、『アムリタを所持していること』、これ1つだけでは弱いですけど、それでも1つの“理由”にはなります」
希咲は「ふむふむ」と聞いて、そしてまた「う~ん」と唸る。
反論は思いつかなかったが、納得がいったという風でもない。
「リクツはわかるんだけど。でもさ? ホントにアメリカって――博士さんって、そんなモノ作ってたの? 全然そういう人に見えなかったんだけど」
「もちろん違います」
そもそもの部分を訊ねてみると、望莱はそれをキッパリと否定した。
「思い出してください。最初に聞いた“アムリタ”の説明を」
「都紀子さんの事務所でってことよね?」
「ですです」
「えっと……、不老不死? でも、それは出来なかったのよね?」
「はい。それは出来てはいけないです。でも、それは研究プロジェクトの目的ですよね? では、次はホテルで聞いた話。開発者である博士さんにとっての“アムリタ”とは?」
「……ガンの治療薬?」
「です。ではでは、それらを踏まえて、“現在のアムリタ”の実態は?」
「実態……? えぇっと……、なんか生命力の活性化とか、アンチエイジングがどうとかだったっけ?」
「そうです」
一生懸命思い出しながら希咲が自信なさげに答えを言うと、望莱は強く頷く。
「もう少し言いますと。博士が発明したアムリタを原料として別の方向に派生した結果――末期患者が持ち直すほどの生命力を与えたり、アンチエイジングの効果が出たりなど。そういった少し別のモノに為った。こう言い換えることが出来ます」
「なんかムツかしいわね」
「うふふ。とりあえずこの『生命力』――これがポイントです。これ大事」
「なんか授業みたいになってるし」
「みらい先生 新卒22歳です」
みらいさんがキランっとキメると、七海ちゃんはハッとした。
素早く指輪の中から女教師風メガネをパッと取り出し、それを望莱に渡してやる。
みらいさんはそれを機敏に装着してもう一度キランっとドヤ顔をキメた。
「では、希咲さん。その上でもう一つ思い出してください。教科書の29ページ6行目です」
「あ、はい。つか、なにを?」
「せんぱいがおクスリを使った後、どうなりましたか?」
「え?」
希咲が目撃したそれはホテル屋上での出来事だ。
弥堂は逃げるヘリを追う前にそれを使用した。
「血管が膨れたみたいに浮き出て……、屋上からジャンプして……」
「それで?」
「手から黒い糸……、ワイヤー……? あれって魔術? それを出して、ヘリにぶら下がって……、ビルの壁走ってた……?」
「ヘンタイで草」
改めて想像してみらいさんは笑ってしまい素に戻る。
すぐに女教師風表情に改めた。
「希咲さんにお聞きしたいんですが、あなたは学園の文化講堂で弥堂君と喧嘩をしましたね?」
「あ、はい。ごめんなさい?」
「その時のバトルを思い出してください。あの時、お互いにホンキではなかったとはいえ。“せんぱい”にあそこまでのことが出来ると思いましたか? 空を飛ぶヘリに引きずられながらビルの壁を走って着いていくなんて」
「…………」
希咲は真剣な顔で考える。
ヘリに離されないようにするだけでなく、その後ヘリに飛び乗ったところまでを。
「――出来ない。たぶん、そこまでじゃなかったと思う」
期待通りの答えに望莱は満足そうに頷いた。
「では、何故それが出来るようになったのでしょう?」
「何故って……」
「七海ちゃん。彼のジョブは?」
「あ――魔術師……っ!」
正解だと、望莱は微笑む。
「そう。魔術。普通の人間には出来ないことを可能にする失われた秘術です」
話が希咲にも見えてきた。
「ワイヤーは魔術。あとは身体能力の強化も。そんなカラクリじゃないでしょうか」
「そっか……。あたしが見失った時の消えるやつとか、あれも魔術かもしんないのか」
「さて、次の問題です。魔術師であるはずの“せんぱい”が魔術を使う前におクスリを使うのは一体何故でしょうか?」
「え?」
「ヒント。清祓課からの報告。カルトさんも同じことをしたそうです」
「カルトさん?」
「注射をして魔術を使い、そして妖を召喚しました」
「あ……、魔力?」
「正解です」
出来のいい生徒に望莱はますます笑みを深める。
「ここでさっきのポイントに戻ります。『生命力』。古来より魔力と生命力には密接な関係があるとされています」
「そっか……。アムリタって……」
「そうです。アムリタを原料として生成した薬品で、生命力を活性化し、そして魔力を増やす。せんぱいが持っていたおクスリの正体は、そういう方向へ派生して開発された『魔力増強薬』。わたしはそう考えます」
「…………」
順番に説明を受けて、希咲には否定する材料が見つからなかった。
「せんぱいは、もしかしたら魔力が少ないのではないでしょうか――」
まるで別の話題かのように、望莱はポツリとそう言う。
彼女が何を言いたいのか、希咲にもすぐに察せられた。
「……だから魔術を使う前にクスリで増やす?」
「はい。機会があれば一度専用の術式で計測したいですね。蛮くんに呪符をお願いしておきましょう」
「…………」
希咲は自分と対峙した弥堂、それからホテルで見ていた弥堂の、それぞれの戦いを改めて思い出してみる。
(他にも――)
その思考を待つフリをして、望莱は口にしない言葉を思い浮かべる。
(犬耳傭兵さん、人狼さん、悪霊さん。せんぱいがクスリを使ったのは、いずれも勝負をキメにいく時。これは確実に当たっています。でも、それだけじゃない……)
「――でもさ?」
「うん?」
希咲の声に思考から引き戻された。
「そもそもの話なんだけど」
「はい」
「魔力を増やすのって出来ないじゃん」
「そうですね」
今語ったことを根底から覆すような希咲の意見に、望莱はあっさりと頷く。
希咲は指輪を光らせて、一つの小瓶を取り出した。
それをテーブルの上に置く。
赤い液体の入った小瓶だ。
望莱にはそれが何なのかはよくわかっている。
「七海ちゃんお手製の“赤ポーション”ですね。リィゼちゃんが徹夜で大量の魔石に魔力をチャージした時にガブ飲みした物」
「ん。でも、これは“魔力回復”のポーション。使って減った分を補充するだけ。元々ないものは作れない。魔力の最大値は増やせない。ルールが違うってこと?」
「いいえ――」
希咲が不文律が崩れたのかと確認すると、望莱は強く否定した。
「仰る通り。魔力を増やすことは出来ません。陰陽府でも教会でも、どこの魔術組織でも――それは世界の、“退魔師”の業界の常識です」
「じゃあ――」
「――つまり、不完全。だから“麻薬”なんですよ」
「……副作用があるってこと?」
慎重に訊ねる希咲に望莱は重く首肯する。
「少し回り道をします。以前から街で出回るようになった新種の麻薬。そんな噂話です」
「街って、美景でってこと?」
「はい。それの出所は外人街だそうです」
「……話が見えてきた」
希咲の瞳を見て、望莱は薄く微笑んだ。
「それの被害者というか、服用した人がどうなったか。グロいのでハショりますが、ミイラみたいに衰弱して最期は心臓や血管がパンッ! だそうです」
「血管……。ねぇ、あいつが路地裏で手に入れたクスリって」
「十中八九それでしょうね」
要素を繋げて、話を本筋へと戻す。
「つまり、博士さんが所属していたアメリカの研究所から、アムリタの現物はとっくに流出していた。それを原料として造られた麻薬がある。そしてそれが流通し始めている。今はおそらくまだ商品の実験段階。そういう話です」
「ってことは、あの“アムリタ事件”って……」
「はい。アムリタの実物を巡ってではなく、最初から本命はそれを創れる博士だけだった。実物に拘るカルトさんは捨て駒だったのでしょう」
「だから佐藤さんも、最悪アムリタは諦めてもいいって、博士だけはマストって言ってたのか……」
「まったく汚いおぢおぢですねっ」
みらいさんは自身を棚にあげて、大人への反感を強調した。
それを無視して希咲はここまでの情報を脳内で処理する。
それからまた不思議そうに首を傾げた。
「えーっと、だから、そんなヤバイものを持ってるのが弥堂の弱みってこと? でもそれって、1つ目の理由とおんなじじゃない?」
「いいえ。ここで考えるべきなのは、『せんぱいが何故博士さんを攫ってきたのか』ということです。港のバトルを終えた“せんぱい”はホテルに戻ってきましたよね? その時彼は?」
「……一人だった」
「そう。でもそれはおかしいんです。本来は博士さんを“G.H.O.S.T”か清祓課に引き渡すのが筋じゃないですか。そういう依頼でしたし。ですが、彼は都紀子ちゃんの事務所に匿った。そして次の日、水没した車に乗っていた死体は福市博士のものだとニュースが。これってどういうことでしょう?」
「どういうって……、博士を独り占め?」
「いえす」
パチンっと軽くウィンクをする望莱に対して、希咲はとても難しい顏だ。
「あいつ麻薬で悪い商売しようとしてんの?」
「いいえ。あ、いえ。もしかしたらそれもやりかねないですが、もっと個人的で切実な事情ですよ」
「んん? どういうこと?」
「せんぱいのバトルをもう一度思い出しましょう。せんぱいはアレがないと戦えない。だから――」
『――ヤクを出せ』
「……そっか」
望莱が言葉の途中でスマホを操作して、先程の音声を再生させる。
それによって希咲も理解した。
「博士にアムリタっていうか自分が使ってる麻薬を創らせるために攫ってきた?」
「ですです。それが、せんぱいにとってアムリタバレするとマズイ2つ目の“理由”。『アムリタを所持していること』ではなく、『アムリタを所持していないこと』――そういうことです」
「…………」
指を2本立ててみせる望莱の意見を深く考える。
やはり希咲にもそれが合っていると思えた。
「……あいつ、もう持ってない?」
「その可能性が高いです。それか満足できるほどの手持ちや供給源がない」
「それを必要とするのは……」
「わたしたちと戦うため――でしょうね」
「やっぱそうよね……」
希咲は眉を寄せる。
これも間違ってないと、そう思えた。
しかし――
「――でも……」
「はい?」
――それでもまだ完全には納得が出来なかった。
だけど、それがなんなのか彼女自身うまく言葉に出来ない。
「あーっと……、今あんたが言ったことは理解したわ。出来てる。でも、まだちょっと納得いかないこともあって」
(さすなな。するどいです)
望莱は笑顔を貼り付けたまま、彼女の続きの言葉を待つ。
「なんていうかさ、結果だけ見ればよ? あいつって、最初からアムリタっていうかあのヤバイ麻薬目的でこの事件に絡んできたことになんない? でも――」
「――そうは思えなかったってことですよね?」
「うん。偶然がすぎるっていうか、都合よすぎっていうか」
「はい。それもまた正解です」
「え?」
反論のつもりだったのだが望莱がそれを肯定したことで、希咲は余計にわからなくなってしまう。
「せんぱいも最初からそのつもりではなかったんだと思います。おそらく、自分が常用しているクスリとアムリタが同じモノだとは思っていなかった。それに気付いたのは事件の途中なのでしょう」
「え? それって、あのバカってばヤバイおクスリ欲しさにいきなり裏切って、それで博士さん攫ったってこと? バカすぎない?」
「でも、七海ちゃん。せんぱいって……」
「あっ……」
みらいさんがふにゃっと眉を下げると、七海ちゃんも察して眉をふにゃっとさせた。とてもざんねんな気持ちになった。
そして二人同時に表情を戻す。
「まぁ、冗談はともかく」
「でもやりかねないのよね……」
「実際その可能性が高いとわたしも思っているんですが、これは本人の口から真実を聴取しない限りはハッキリしないでしょう」
「あいつ絶対ウソつくわよ」
「でしょうね」
「マジさいてー」
顔を見合わせて苦笑いをすると、そのまま一緒に少しだけ笑ってしまう。
だけどずっと笑っていられることではない。
「もう一個さ。納得いかないの」
「なんでしょう」
希咲の真剣な目に望莱も応える。
「あいつが急に麻薬欲しさに博士を誘拐したってのが合ってたとしてもよ? それで都紀子さんのとこに連れてくるのは――」
「――おかしいと?」
「ん。だって、あいつは今、愛苗を隠してるわけじゃん? 博士のことも独り占めして隠したいなら同じとこに隠さない?」
「それはそうですね」
「や。でも、ジッサイ『ヤクを出せ』とかバカなこと事務所で言ってるけどさ。でもあそこって――」
「――佐藤さんにバレますよね」
素早い望莱の返しに希咲はコクコクと頷く。
「それはつまり、清祓課――警察でもある佐藤さんが、麻薬の不法所持並びに生成を許さないと」
「うん。だってそうでしょ?」
「そう。まさに『許さない』からですよ」
「え――?」
何度目かの希咲の驚きの目に、望莱は嬉しそうにする。
「七海ちゃん。アレの出所は何処ですか?」
「外人街?」
「です。それはいずれ取り締まらなければいけませんよね?」
「もしかして、博士さんに協力してもらうってこと?」
「そうです」
一つ頷いて、さらに付け加える。
「でも、それだけじゃありません。理由は上げていけば細かくいっぱいあります。警察が博士を確保したとなったら、悪い人たちに警戒されて逃げられるか隠れられるかしちゃうから。被害者の治療法を博士が見つけてくれるかもしれないから。などなど、理由はまだまだいくつでもあげていくことが出来ます。でも肝心なのは――」
「――佐藤さんにメリットがあるから?」
「いえす! さすななっ! あの麻薬がこっちの業界のモノだと公式に判明したら、その扱いは清祓課に移るでしょう。さらに美景だけ、日本だけで出回っているモノでもないでしょう。これを解決したら大手柄です」
「それはそうだろうけど……、あのオジさん……」
「実に“らしい”ですね」
希咲はちょっと残念な気持ちになり、疲労感から指先でコメカミを押さえてしまう。
望莱は楽しそうにニッコリと笑った。
だが――
「この案件って相当ヤバイですよ。街の麻薬が絡まなければただのウラだけのいつものやり合いで済んだんですが、麻薬とアムリタが繋がるとそれでは済まない」
「…………」
急に真顔になってそう告げる望莱に、希咲はゴクリと喉を鳴らして緊張する。
「“表”だけの事件でなく、“裏”だけの事件でもない。両方が混ざり合って“表”で展開される犯罪。この先かなりヤバイことになりますよ」
「そ、そこまで……?」
「はい。多分そのうち、佐藤さんがちょっと簡単なお願いとか言って、すごく軽い感じで何か頼んできます。絶対に安請け合いしないでください。その時は必ずわたしに。あの人のよくやる手口ですから」
「わ、わかった……」
汚い大人たちの世界に、か弱いギャルJKはプルプルと怯える。
やがて――
「――あぁーッ! もぅ……ッ!」
「わわ」
――大きな声で怒りを叫んで立ち上がった。
「あたしは愛苗を見つけたいだけなの!」
「あ、はい」
「それがなんで悪魔だとかテロリストだとか麻薬だとかって話になんの⁉ 意味わかんないんだけど!」
「大体せんぱいのせいですね」
「なんなのあいつ! ムカつく……っ!」
「だって弥堂せんぱいですし……」
もしもこの場にいたら、彼の保護者女性2名も大いに同意してくれたことだろう。
しかし、そんな人は居ないし知らないので、望莱は話を引き戻す。
「佐藤さんはいずれ来る外人街との戦いに“せんぱい”を使うつもりです。だから今は目を瞑っている」
「それがあたしたちを止めてる実情ってこと?」
「でしょうね。七海ちゃんのおかげでわたしにもやっと断定できました。ですが――それはわたしたちには関係ない。あんまり」
「あんまり、ね」
「そうです。“あんまり”です」
自分たちの街でのことなので完全に無関係とまでは言わない。
だが、それは現状の最優先ではない。
その意思確認だ。
「さて、というわけでここまで説明したのが『アムリタが“せんぱい”の急所になる』ということの“理由”でした。それは逆に言うと、わたしたちの武器にもなるということ」
「ぶき……?」
「肝となるのは、佐藤さんがわたしに『アムリタと麻薬の関係』を隠したということです」
「えっと? ナメんなーってこと?」
「それもあります。そうやって怒りたいところですが、でも――隠されちゃったからわたしたちはそんなこと知らないんです」
「うん……?」
望莱の妙な言い回しに希咲は首を傾げる。
その様子に望莱は可笑しそうにクスクスと笑った。
「いいですか、七海ちゃん。クラスメイトが違法な薬物を持っていたら、良識ある一般的な高校生としてはどうします?」
「え? ヤバって思う」
「ヤバヤバですか?」
「ヤバヤバのヤバよ。そんなの関わらないようにするか、仲のいい子だったらどうにかして……、あっ――」
言葉の途中で希咲は望莱の言いたいことに気が付く。
望莱は一層笑みを深めて頷いた。
「止めようとしますよね? お友達なら。ましてや、彼は七海ちゃんの彼氏なんですし」
「そっか。そういうことね……、や。彼氏じゃないけど」
「っていう大義名分が出来ちゃいました。いやぁーこまりましたぁー。まさかそんな大人の事情があったなんて露とも知れず。佐藤さんったら先に言っておいてくれたらよかったのにー」
「あんたも大概よ」
実に愉しそうに棒読みをする望莱を、希咲はジト目で見遣った。
「清祓課は“せんぱい”に手を出すなと釘を刺してきました。ですが、この隠し事をネタにこっちから圧力をかけることも可能となりました」
「うーん、出来るかどうかって話なら出来るんだろうけど。でも……」
「ですね。やったら確実に関係は悪くなります。でも、立場は少しだけこっちが上になります」
「だとしても、あんまりよくなくない?」
「はい。よくなくなくなくなくなくない感じですね」
「ん? それってどんな感じ?」
「最後の手段の2つ手前くらいの感じです」
「あ、うん」
実に軽い感じにされてしまって、希咲はよくわからなくなった。
「でも、そっか。今までは……」
「はい。せんぱいへのダイレクトアタックはマジの最後の手段でした。それをやれるハードルが少しだけ下がった。これは確実な成果です。なにせ、麻薬の撲滅は人類共通の大正義ですから」
「あー……、おかしいな? 正義ってもっと気持ちいい感じだったような……」
理屈では理解できたが、希咲はどこか釈然としない気持ちが残る。
「とはいえ、いつまでも使わずに放置も出来ません。時間が経てば超法規的措置ということで、この隠し事が許される状況を佐藤さんが作るでしょう。それまでには“せんぱい”との勝負をキメる必要があります」
「勝負、ね……。こっちは本当に愛苗に会いたいだけなんだけどな……」
苦笑いしつつ、やはりそれは避けられないのかと希咲も覚悟をする。
「まとめますと。アムリタを所持していたこと、所持していないこと。どちらも“せんぱい”の弱みです」
「なるほどね」
「つまり、今なら“せんぱい”の戦闘力は著しく低下しているので、叩くなら今が大チャンスなんですけど……」
「あたしたちの目的は別にあいつをやっつけること自体じゃない」
「そういうことですね。水無瀬先輩の居場所を見つけ、状況を確認、安全に掻っ攫えるチャンスを見極める。このカードはその時に切る。“アムリタ事件”はもう用済みです。一旦ポイしておきましょう」
「まずは愛苗の現在地……」
自分のやるべきことを改めて噛み締める希咲に、望莱は「ふふ~ん」と得意げに笑う。
「これはわたしの勘なんですけど。それを見つけるのはそろそろだと思うんです」
「……そうね。あたしもそう思ってる」
希咲もニッと強気に笑った。
路地裏の麻薬から繋がった“アムリタ事件”の結末の真相を二人は共有した。
希咲は優秀すぎる妹分に頼もしげな目を向ける。
「あんたやっぱスゴイわね。や。知ってたんだけど」
「はい?」
突然の推しからの素直な賛辞に望莱は一瞬キョトンとし、それからすぐにドヤ顔をキメる。
「ふっふっふっ、名探偵みらいちゃんです。“せんぱい”がおもろすぎるので、今回わたしの脳みそはバッキバキです」
「最後までおもろいで済めばいいんだけどね」
「でも、わたしだけじゃここまで解くのはムリムリでした。七海ちゃんが持って来てくれた情報のおかげです」
「え? でも、あれだけでよくここまでわかるなーって。あたし感心しちゃった」
「わたしたちはコンビで最強です」
「ふふ、そーね」
冗談めかす望莱に希咲も釣られて笑う。
「あ、そういえば――」
「ん?」
笑い合っていたら突然、望莱が思い出したかのように声をあげた。
「いけませんいけません。ツッパリさんたちの話が途中でしたね」
「あ、そういえばそうね」
「では続きを……、コホコホっ」
希咲に話を促そうとしたところで、望莱は咳き込んでしまう。
希咲の眉が心配げに下がった。
「ちょっと、だいじょぶ? もしかして風邪? 徹夜なんかするから……」
「いえ……、大丈夫です。久々に全力シャウトしたから喉を痛めてしまいました。レモネードを要求します」
「別にいーけど。あるの?」
「ないです」
「ダメじゃん。んじゃ、紅茶にハチミツ入れたげる」
「わーい、です」
望莱が両手をあげて喜ぶと希咲は席を立つ。
その時――
「――あ、そういえば」
――また思い出したように望莱が喋る。
「七海ちゃんにお願いがあったのを思い出しました」
「あたしに?」
コテンと首を傾ける希咲に望莱は気軽に言う。
「次にスキル使う時なんですけど――」
弥堂から情報を抜く時という意味だ。
「イカレ女――“せんぱい”がこう呼ぶ人の情報が欲しいです」
「イカレ女……?」
随分なアダ名だなと希咲はこれまでに見たことを思い出してみる。
すると――
「――あれ? それって確か、あの美人上司さんのことだったかも」
「ほー。すっごい呼び名だから気になったんですけど、なんかイメージが合わないですね。どんな印象ですか?」
「んー……、キレイだけどコワイ? でも、あいつにスッゴイ迷惑かけられまくって苦労してそうで。なんか他人事と思えないっていうか。ちょっとカワイソウな感じ?」
「なるほど。では、最優先第一は水無瀬先輩。そのついでくらいでいいのでイカレ女さんと、他の“せんぱい”の過去について意識してみて欲しいです」
「ん。成果は約束できないけど、意識してみる」
「えぇ。どうイカレてるのか気になっただけなので、それくらいでOKです」
「どうせあいつが悪口で言ってるだけだと思うけど。んじゃ、お茶淹れてくるから」
「拙者お菓子も所望致す! 甘いのを! ついでにちょっと休憩しましょう」
「はいはい」
適当な返事をしながら希咲はキッチンへと向かう。
その背中を見ながら――
(なぁ~んて――)
望莱は心中でペロっと舌を出した。
(“理由”はいくつか。言ったのは2つ。それで終わりだとは言っていません)
言い訳のようなものを頭の中に浮かべる。
イタズラの成功が半分、もう半分は申し訳なさといった気持ちだ。
(アムリタが“せんぱい”の急所となる。その“理由”はまだあと2つあります。彼にとってもっとヤバイのが)
嘘は言っていないが、情報を全部出してもいないということだ。
それだけでなく――
(倉庫での映像。あれもいつまで隠せるか……)
希咲のスキルの性質上、きっといつかは彼女もアレに行き着くだろう。
それをなるべく遅らせるために――
(七海ちゃんの意識から“アムリタ事件”を遠ざけ、水無瀬先輩の現在と、“せんぱい”の過去へ気を向けさせる……)
希咲が思い浮かべるキーワードで、弥堂の記憶から出てくる情報を誘導するように。
望莱もまたキーワードを指示することで、希咲を誘導していた。
(だというのに、まさか路地裏の不良の乱闘騒ぎからアムリタに繋がるなんて。本当に“せんぱい”は迷惑な人です)
だが、それもどうにか修正できただろう。
それによってわかったこともあったので収穫の方が多い。
しかし、そんな風に誤魔化したところで時間の問題でもある。
(決着まであと数日でしょうね)
それ以上かかると、希咲も倉庫の映像に辿り着いてしまうだろうし、佐藤の方も準備を終えてしまうだろう。
今後のスケジュールの調整をしながら、望莱は希咲には伝えなかった『弥堂の急所』について、頭の中で検証を行っていく。
タイムリミットは希咲がお茶とお菓子を持って戻ってくるまでだ。
名探偵みらいちゃんにとって――
アムリタも麻薬も水無瀬 愛苗も、どんな事件も――
推しとのお茶と比べれば優先度が低いから。




