3章09 Threads Connect ④
「――ってわけなのよ」
希咲は新たに知った弥堂の情報を一気に喋りきる。
前置いたとおりかなりの情報量だったが、聞き手は紅月 望莱だ。
彼女なら食事を摂りながらでも、余裕で処理できるだろうと判断してのことである。
だが――
「――エ、エナ汁を……、ください……っ」
望莱は今にもテーブルに突っ伏しそうな体勢で、プルプルと震える右手を伸ばしてきた。
「あれ?」
思ったのと違うなーと、七海ちゃんは首を傾げる。
「徹夜明けには少々堪えました……。お侍さま、どうかご慈悲を……」
「お侍さんは真刀錵でしょ。仕方ないわね」
本来は食事中のエナ汁は禁止なのだが、場合が場合なので特例で許可をすることにした。
希咲の指輪が淡く点滅する。
すると、彼女の手にエナ汁が1本現れた。
「はい。1本だけよ」
「ひゅぅ~っ! ヤクですぅー!」
ぺキっと音を鳴らしてキャップを外し望莱へ手渡す。
すると彼女は途端に飛びついた。
「人聞きのワルイことゆーなし」
呆れた目で希咲が見ている前で、みらいさんは天井を仰ぎ瓶を口元で傾ける。
漢らしくゴッゴッゴッと喉を鳴らし――
「――ぷぅっ、ごっそさんです」
――江戸っ子仕草で空き瓶を適当に背後に放り捨てる。
だが、その瓶は彼女の手を離れると同時にパッと消えてしまった。
「あっ」
そのことに驚きの声を上げるのとほぼ同時に、希咲の指輪が再び淡く光る。
すると、消えたはずの空き瓶が希咲の手に現れた。
希咲はコンっとわざと音を鳴らして、みらいさんがポイ捨てした空き瓶をテーブルに置く。
望莱が捨てた瞬間に再度指輪内にゴミを収納して、それをまた外に出したのだ。
咎めるような目で七海ちゃんはみらいさんをジッと見る。
みらいさんも対面に座る七海ちゃんのお顔をジッと見た。
そのまま数秒経過して――
「――では一つずつ整理していきましょう」
――何事もなかったかのように望莱が本題に入る。
「そうね」
あとでお説教することにして、希咲も一旦スルーしてあげた。
「今回は一つ一つのシーンの繋がりがわかりやすくなりましたね」
「ん。あんたに言われたこと意識してみたら、割と繋がるようになったの。“キーワード”? 多分それが効果あったんだと思う」
「なるほど。水無瀬先輩が前に言っていた『七海ちゃんにはナイショ』――」
「――多分それと同じことなんだと思うけど、弥堂が愛苗に『希咲は知ってるのか?』って訊いたら……」
「不良さんたちに繋がったと……」
望莱は顎に指を当てて顔を俯ける。
(せんぱいから、水無瀬先輩に、聞いたんですね……。ここ重要)
思案は一瞬、すぐに顔を上げた。
「とりあえず、ツッパリさんたちからいきましょう」
「ツッパリ?」
「はい。せんぱいの手下の昭和ヤンキーさんたちです」
「あ、そういうアダ名にすんのね。おけ」
弥堂や愛苗とモっちゃんたちとの関わりについてだ。
「まず、学園で会ってたんですね?」
「うん。多分体育館裏あたり。愛苗も一緒だった」
「それで?」
「なんか『みんなお友達ー』とかって」
「シチュエーション的に、弥堂せんぱいがツッパリさんたちに紹介したんですかね?」
「たぶん? あんま不良とかと関わって欲しくないけど、でも愛苗嬉しそうにしてたし……。どうしよう……」
「ママ。そのお悩みは見つかってからにしましょう」
「誰がママか」
過保護だと茶化してくる望莱を希咲はジト目で見る。
だが、その表情がすぐに変わる。
「あ、ママといえば……」
「どうかしましたか? “さーな”ちゃんがまた借金増やしました?」
「あー、そうじゃないこともなきにしもあらずなんだけどっていうか……」
「?」
キョトンとする望莱の顔を見ながら少し思案し――
「――ん。ゴメン。これは後にしとく。まずはツッパリくん関係で」
「はい。おけまるです」
――そう軌道を修正した。
「次は路地裏でしたね。これは4/23の“乱闘事件”と見て間違いがないでしょう」
「うん。周りにスカルズっぽいのも居たし。そんでツッパリくんたちに大金渡してた」
「いくらくらいありました?」
「ぱっと見じゃわかんないけど札束だったわよ。ツッパリくんたちは『100万だー』って小躍りしてたわ。これでバイク買うって」
「ふむ。例のスカルズから奪ったお金で間違いないでしょうね。まさかあの弥堂せんぱいがタダでお金をあげたわけじゃないですよね?」
「もちろん。なんかヤバげな物を受けとってたわ。場所も場所だったから闇の取引にしか見えなかったし」
「ブツの中身はわかりますか?」
「ブツってゆーな」
希咲は反射的にジト目になるが、しかしどう考えてもブツ以外のナニモノでもないなと遅れて納得する。
「なんていうか、こう……、筆箱くらいのアルミケースっぽいやつで……」
「……中身は瓶でした? 注射器でした?」
「え? 注射器だった。一瞬だけしか見えなかったけど4本くらい入ってたかな……。ねぇ。これってさ……」
「せんぱいがホテル屋上で使用したものでしょうね。これの出所というか入手先とかについての会話とかありませんでしたか?」
珍しくかなり真剣な様子で望莱に訊ねられ、希咲は「うーん」と慎重に思い出してみる。
「えっと、弥堂じゃなくってツッパリくん?の一人が」
「売人さん?」
「や。違う。あの乱闘騒ぎの中にいたホスト? ほら、多分アワビのお化けから生まれてきたあのチャライ人のことじゃない? その人から盗んできたって」
「七海ちゃん。今は真面目な話をしてるんです。ちょっと面白く言うのはやめてください。わたしもふざけたくなっちゃいます」
「しょうがないでしょ! 他に言い様ないんだもん!」
「せんぱいの周りはおもしろそうですね」
クスクスと笑ってから望莱は表情を改める。
「しかし、ホストですか」
「うん。見たまんまホストだったと思う。ベチョベチョだったけど」
「七海ちゃん。ちょっと面白く言うのはやめてください」
「だから見たまんまなんだってば!」
「うふふ。でも、スカルズ……、でも北口……、外人街……、ホスト……、ハーヴェスト……、外人街……、麻薬……っ!」
「わっ――」
なにやらブツブツと一人連想ゲームをしていた望莱の目が大きく見開かれる。
同時に強調された語気に希咲は驚いた。
「ど、どした?」
「ちょっとお待ちを――」
訝しがる希咲へ掌を向けて、望莱は高速で思考を回転させた。
そして、おもむろにスマホに手を伸ばす。
一体どうしたのかと訊ねたかったが、望莱がどこかへ電話をかけ始めたので七海ちゃんはお口にチャックした。
「――あ、都紀子ちゃんおはようございます。可愛い姪っ子的存在のみらいちゃんですよー」
通話の相手は希咲のバイト先でもある御影探偵事務所の所長である御影 都紀子のようだ。
希咲がそう察すると、望莱は「正解」とでも言わんばかりにこちらへウィンクを送ってくる。
「……えぇ、はい。ちょっと急ぎでお聞きしたいことがありまして。もしかしてなんですけど、今日あたり弥堂せんぱいが来る予定はありませんか? え? もう来た?」
「えっ?」
聴こえてくる会話内容に希咲が驚きの声を上げる。
すると、今度は望莱はこちらを見ながらニヤリと唇の端を持ち上げてみせた。
「……ふむ、9時くらいに? はぁ? ほぉ……? なるほど? つまり特に何もせずに都紀子ちゃんと博士さんにえっちなことをして、自分だけ満足したらお金を置いてさっさと帰ったと? まぁ、なんて漢らしい」
「は? なにそれ……、サイテーなんだけど」
全く意味がわからなかったが、ある意味いつも通りの弥堂でもあると、希咲は謎の納得感を覚えてしまう。
「……とりま博士さんに会いに来たということですね。わかりました。ところで都紀子ちゃん。わたしがお願いしたものは? はい。あー、発信機はさっき。なるほど。構いません。内臓のものがありますので。ウチのスタッフさんがすぐに回収にいきます。え? 盗聴器? いいえ。大丈夫です。大丈夫なやつです。はぁ~? このカワイイ姪っ子を疑うんですか? とても残念です。え? あ、はい。じゃあそういうことで……」
「え、えっと、みらい……?」
所長との電話を切ると希咲がオズオズと話しかける。
しかし、望莱はそれをまた掌で制した。
「わたしです。なるはや案件です――」
そしてすぐにまた別の所へ電話をかける。
七海ちゃんはウズウズとした。
「……えぇ、探偵事務所の例のもの。音声きてるはずです。そのサーバーは遮断して隔離。別のものに切り替え。アクセスの形跡もチェック。該当時間は本日午前9時前後。主要部分だけ先行で音声修復と文字起こし。30分以内に。あとダミーの回収に誰か行かせてください。では――」
矢継ぎ早な業務連絡だけをして、今度こそ望莱はスマホを置いた。
「あ、あの……」
「もう少々お待ちを――」
待ちわびたとばかりに希咲が話しかけようとするが、またも「待て」だ。
七海ちゃんはシュンとする。
そんな希咲をチラリと盗み見しつつも、望莱はブツブツと口の中でなにやら呟き思考を整理していく。
七海ちゃんはふとももの間に手を挟んでモジモジとしながらそれを眺める。
そのまま1分ほど経過しようとした時――
『――ピュキィーンッ』と、望莱のスマホが音を立てる。
「わ、ビックリした……」
「…………」
肩をビクっとさせた希咲が目を丸くする中、望莱は無言で着信を開く。
今回届いたのもメールだ。
これも怪文書――ということもなく、今回は社員からのようだ。
本文は短く、音声ファイルが添付されている。
――――――――――――――――――
題名:先行の先行
本文:取り急ぎ
――――――――――――――――――
たったそれだけの文章。
望莱は僅か数秒の音声ファイルを再生させる。
すると――
『ヤクを出せ』
――たったそれだけでファイルは終わる。
「え……? 今の声って……」
「アハァ――」
望莱のスマホから聴こえてきた覚えのある声に希咲は驚き、そして望莱は唇を邪悪げに歪めた。
望莱はグリンっと首を動かして希咲の顔を見る。
「七海ちゃんっ!」
「は、はいっ⁉」
「あと1分だけください!」
「えっ?」
一方的にそう言って望莱は瞑想でもするように俯いた。
答えを言語化するためだ。
(急所を掴みました……!)
その手応えだけを先に確信する。
いつも涼しい笑顔を浮かべながらマルチタスクを余裕で熟す彼女が、何か一つの思考に集中しようとしている。
それを察して七海ちゃんはハッとした。
パッと指輪からエナ汁を取り出してキャップを開ける。
そして、左右のコメカミに人差し指を当てて、「むにゃむにゃ」と念仏でも唱えているかのように思考に潜るみらいさんの前にそれを差し出した。
半ば無意識の行動で、みらいさんはそれをひったくるように取る。
もう一度喉をゴッゴッゴッと豪快に鳴らした。
「キタキタ、キましたよぉ~……ッ!」
追い汁をキメたみらいさんの天才的脳みそが“きゅるるぅ~ん”っと回転し、その最大スペックがここに発揮される。
バッと席から立ちあがると、みらいさんの両目からペカーっとビームのような光が放出された。
「わっ――⁉」
ヒールスキルを悪用した演出だ。
希咲はそれに驚いたために今回はポイ捨てされる空き瓶の回収をしくじってしまった。
コンっと、瓶が床を鳴らし、それを合図に静寂が生まれる。
そしてそれを打ち破るように――
ドッパドッパと分泌されるアドレナリンが齎す衝動のまま、みらいさんは激しく叫んだ。
「うおー! おまえなんかと付き合ってるわけあるかぁー、このくそぎゃるがぁーっ!」
「なんであたしにキレんの! ゼッタイもうあげないんだから!」
唐突にディスられたと思った七海ちゃんは、今後のみらいさんのエナ汁の服用量について厳しい規制を設けることを決める。
そんな希咲の声も耳に入らない様子で、望莱は目を閉じて超集中状態に入った。
無意識に思考が口から漏れていく。
「――麻薬……、福市博士……、ホスト……、スカルズ……、外人街……、カルト……、アムリタッ!」
望莱はカっと目を見開いた。
「どうして、あなたが、あなたたちが、アムリタを……」
一度中断していた思考へ戻ってきた。
「答えは一つ前に博士が言っていたものと同じ……」
「ねぇ、あんたさっきのビームどうやってんの?」
「そうです。彼女が言いたかったのは、『どうしてあなた達がアムリタを持っているんですか?』でした」
「んん? なにが?」
「“さすなな”ってことですよ」
全く噛み合わない会話に希咲は首を傾げる。
そんな彼女に望莱はパチリとウィンクして希咲の対面に座り直した。
「いいですか? 七海ちゃん。せんぱいが持ってるあのおクスリ。あれ相当ヤバイものですよ」
「え? そりゃそうだろうけど。でもさ。つか、エナ汁ヤバくない? これコンビニとかで売ってていいヤツなの?」
「マジメにきいてください、七海ちゃん。せんぱいの泣き処を掴んじゃいましたよ」
「や。けっこうマジメにヤバイと思ってんだけ……、え? 弥堂の?」
「はい」
話にまだ着いてこられていない希咲に真剣な表情で、そして深く頷いてみせる。
説明をする前に、今一度頭の中で反芻させる。
『どうしてあなたが……、あなたたちが、アムリタを――』
この発言の直後、弥堂は射殺した。
福市博士を――ではなく、ジャスティン・ミラーを。
(発言の主ではなく、それを聞いていた者……)
そっちの方が都合が悪いということだ。
(それは何故?)
内定がほぼ決まっていた“G.H.O.S.T”を裏切って皆殺しにし、敵であった傭兵たちと組んでまで福市博士を誘拐しなければならない理由。
(水無瀬先輩絡み? いいえ。それでミラーさんを殺すなら元々彼女に身を寄せようとはしない)
ということは、ここで博士の発言により突如発生した弥堂自身の事情ということになる。
この日一日やってきたことを台無しにしてでも、略取――或いは隠蔽しなければならないこと。
(延いてはそれが、水無瀬先輩のことにも影響する……?)
そうとしか考えられない。
そしてそれが――
(――あの麻薬……、そして福市博士……)
それらを繋げると――ではなく、それらに繋がりがあったということにすると、見えてくる答えがある。
(あのタヌキジジイ……、この事実をわたしに隠しましたね)
最後に佐藤に怨嗟を念じて、望莱の思考は纏まる。
あとはこの場で希咲に何を聞かせて、何を聞かせないかを選別するだけだ。
(うふふ……。マジさすなな、です)
元々MAXだった七海ちゃんへの好感度がさらに上限突破する。
現在89凸くらいだ。
(わたしの頭脳と七海ちゃんの能力。これでパーフェクトです。都合のいい時だけ兄さんの暴力を使ってあげます)
勝算が増したことを実感する。
(大義名分を手に入れました。だけど――)
それでもまだ100%にはならない。
急所は掴んだ。
それでもあの男が相手だと必ず1%は残される。
望莱はそのように全能感を戒めて、ようやく口を開く。
「七海ちゃん。せんぱいがキメてるあのおクスリ。あれ、アムリタですよ――」
希咲の目が驚きに大きく見開かれる。
その瞳に映る自分の顏がイタズラに成功したようにニヤリと笑う。
その現象を見て、望莱はさらにうれしげに目を細めた。




