3章03 その正しさの呼び名は ④
ジルの瞳に優しい光が戻る。
彼はまた困ったように笑った。
「誤解しないで欲しい。これはボクという騎士について話しているだけで、決してキミを否定しているわけじゃない」
「……大丈夫だ。それくらいはわかってる」
「そうか。ありがとう」
どうしようもないガキにフォローを入れて、ジルはさらに補足する。
「例えば。姫殿下がある施策をする――」
クソガキは俯けていた視線を上げた。
「――それは成功すれば短期的には富を生む。だけど失敗すれば世界中の国から責められるような悪徳だったとしよう」
「あいつがいつもやってることだろ」
「ふふ、そうかもね。そして成功したとしても、姫殿下が居なくなった後世で明確な失策だと非難されるような愚かな行為で、歴史書に永遠に愚王と書き残されるような下策でもあったとしよう」
「もう手遅れじゃねえか?」
「例えば村一つまるごと使った禁忌とか、ね?」
「…………」
クソガキは口を慎んだ。
その背中には冷たい汗が流れる。
ヤベエ、バレてる――と。
「殿下がそんな愚かで非道な行為に手を染めたとしても、ボクはそれを止めない。その先に破滅が待っていることがわかりきっていたとしても」
「世界中から狙われたとしてもか?」
「うん。そうしたらボクは世界の全てと戦い、その上で殿下を守り切る」
「セラスフィリア自身が自分の行いを後悔したとしてもか?」
「そうだよ。姫殿下自身が失敗したと思っても、それはボクにとってはどうでもいいことだ。もしも反省をして、新たにやり直すのならそれを手伝うし。そうじゃなくってそこで終わりにするというのなら、そこがボクの終わりでもある。結果の成否は問題じゃない。極端な話、殿下が殿下自身の目的のために不幸になったとしても、ボクは知ったことじゃないとさえ思っているよ」
「マジかよ……」
ハッキリと言い切った彼の言葉にクソガキは呆然としてしまう。
「だけど決して主の不幸や破滅を願っているわけじゃない。出来るだけ幸福でいて欲しいとは思っているよ」
「……あいつ自身はそんなことに興味なさそうだな」
「そうだね。だからボクもどうでもいい。ボクにとって重要なのは姫殿下が生きて道を歩き続けていること。姫殿下だけが生きていて、そこに椅子を置いて腰を掛けたならば――そこがグレッドガルド皇国となる」
「だから国も皇族も必要ない?」
「うん。殿下が生きて道を歩き、いつかその歩を止める。そこまで守り続ける。そこがボクの道の終着点でもある」
「そこにオマエ自身の幸せとかはあるのか?」
それではまるでセラスフィリアの為の都合のいい道具ではないかと、クソガキは納得が出来ない。
「あるよ。ボクは奴隷じゃなくって騎士だからね」
「だが、そこに違いはあるのか?」
「当然だよ。忠誠を誓い、心は主に預けているからね。主がその心を最後まで連れて行ってくれる。ボクは主を守る。騎士でないボクの自我なんていらないんだよ。だからそれを全て主に差し出す。そうして一度空っぽになった後に、余計なものを全て省いて初めて、ボクの魂は騎士そのものになる。そうして自分の裡から湧き出てきたものがボクの忠誠のカタチとなる。それを現実で実行するのみだ」
「そうやって死ぬまでオマエで、騎士でい続けることが――」
「そう。『騎士道』――騎士に成る為の道じゃない。騎士として歩む道さ」
「……ハッ――狂ってんな」
まるで嘲笑をするようなクソガキに、しかしジルは嬉しそうに笑った。
「最初に言ったとおり。キミ以外の人に同じことを訊かれたらボクは今言ったようには答えない。とりあえず『YES』とでも答えて相手を斬り殺す。もしかしたら何も答えないで首を落とすかもしれない」
「コエェな」
「でも、キミには思っていることを正直に答える。ボクたちは友達だからね。他の人には言ってもどうせ理解されない」
「オレだってわっかんねェよ」
「だけど聞いて受け入れてくれる。ボクを変えようとはしないでくれたじゃないか」
「そりゃ、まぁ……、ダチだからな……」
照れ臭そうにするクソガキにジルはまた笑った。
なにかいい話のようになっているが、この時に俺がジルが狂っていると思ったのは本当だ。
今でもそう思っている。
だが、だからこそ――
狂っているからこそ、ジルクフリードは最強の騎士で。
この狂気の忠誠こそが彼の“加護”を特別強力なものに押し上げ、“神意執行者”たらしめている。
【至高無上の忠誠】――それがジルの“加護”の名だ。
己の総てを唯一人の主の為に捧げる――その忠誠が強固であればあるほどその加護は力を発揮する。
他に並ぶもののない強力な加護と認定され、この加護を以てジルは教会に“神意執行者”と認定をされた。
だが、この力が唯一無二のものなのかというと、そうでもない。
似たような加護は他にもある。
それは【騎士の忠誠】――騎士の家系に生まれた者に能えられることの多い汎用加護だ。
その能力は、忠誠心の強さによって本人の能力が上がるというものだ。
身体能力、防御能力、魔力などがブーストされる。
先日俺がうっかり覚醒した時。
あの勇者モードの時のブーストにも極めて似ている。
俺はジルの戦う姿を見て、俺よりもよほど勇者に相応しいと思い憧れてもいた。
ジルのそれをよく知っていたからこそ、あの時の自分の力への戸惑いが少なく、最低限扱うことが出来たのだと思う。
ただその力の根拠は忠誠ではないので、そこには違いがある。
だから、ジルの【至高無上の忠誠】の効果は汎用的な騎士の加護とほぼ同じだ。
しかし、発揮される力がケタ違いなのである。
特に防御能力が難攻不落・鉄壁そのものだ。
この加護に目覚めた幼少の日より、ジルは実戦・訓練問わず一度も傷を負ったことがない。
セラスフィリアの騎士に就任して以降はその強さがさらに飛躍的に向上したらしい。
もちろん、相手が魔族でも例外ではない。
加護による絶対的な防御。
魔力のリソースは魔剣と身体強化に注がれ。
それを磨き抜かれた剣技で扱う。
その守護を一度も抜かれたことのない不倒の騎士ジルクフリード――これがその最強の所以だ。
汎用的な騎士の加護の上位版の加護。
その加護が強力だからジルは最強の騎士となっている――
――などと、よく謂われるが。
俺はそれは逆だと思っている。
こいつが最強なのはこの狂気的なほどに強固な忠誠心のおかげだ。
最強の加護がこいつを最強にしているのではない。
ジルの狂気的な忠誠心が【至高無上の忠誠】を最強の加護たらしめているのだ。
“神意執行者”だから強いのではない。
ジルクフリードという超越者を凡人どもが己の理解の内に収めようとして、勝手に“神意執行者”と呼んでいるだけなのである。
その“超越というのはエルフィーネの強さに似ている。
それがわかっていない馬鹿どもがジルの加護を妬んでいたが、俺にはそれがよくわかっている。
そして、だからこそ、ジルはこの時クソガキに心の裡を明かしたのだろう。
この時クソガキはダチに対してより深く理解をした。
同時にもう一つ直感的に理解したことがある。
それは、俺たちはいつか必ず殺し合うことになるということだ。
クソガキはいつか自分はセラスフィリアを殺そうとすると、この時には朧気に考えていた。
そうすると、自動的にジルと殺り合うことになる。
そして実際そうなった。
だけど、この日のこの出来事があったから。
その時に俺はジルに対して「どうして邪魔をするのか」「どうしてわかってもらえないのか」などと考えることはなかった。
お前ならそうだよなと、嬉しくなったくらいだ。
だから、ダチのままで殺し合い。
今もずっとダチだと思ったままだ。
俺は勇者でも騎士でもないが、それはずっと変わらず、ずっとそのまま歩いていける。
何の道かは未だにわかっていないが、それでも足を動かしていればいつか何処かに着くかもしれない。
それは水無瀬が歩みを止める場所なのか。
それとも俺が死ぬ場所なのか。
それは別にどっちでもいい。
そうだろ? ジル。
ジルは微笑む。
俺にではなく、クソガキに。
クソガキもあいつと対等になれるように、ルヴィのようにニヤリと笑った。
ジルは『純粋』という言葉を使った。
それは想いの純度の高さのことなのかもしれない。
純度が高く確かで強固――だから忠誠が揺るがず、彼自身も強力になる。
それは“魂の強度”の考え方とも矛盾しない。
きっともう会うことはないだろうが、あいつは今も変わっていないだろう。
俺が最後にやらかした後で、今もイカレ女を守っているに違いない。
彼の忠誠が揺らぐことなど決してないのだから。
「――だけどね、ユウキ」
「アン?」
ジルの手がそっとクソガキの手に重ねられる。
少し驚いて彼の顔を見たクソガキは息を呑んだ。
ジルの瞳がまた昏いものになっていたからだ。
「近頃、ボクは少し迷いを覚えることがある……」
「オマエが……?」
「忠誠が揺らぐわけじゃない。でも、少し何かを迷う。いや、本当に迷っているわけじゃない。だけどそうなってしまいそうな。そんな気がすることがある」
「……?」
怪訝そうにするクソガキをジルは真っ直ぐに見つめている。
奥底まで視線を届かせるように。
「さっき一度“純粋”って言葉を使ったけど……」
「あぁ……。三下の騎士どもが純粋じゃないってやつだろ?」
「うん。だけど彼らのことなんてどうだっていい。獲るに足らない。ボクはキミの話をしている」
「オレ?」
ジルの雰囲気に妖しいものを感じている。
だが、クソガキは目を逸らすことも手を払うこともできない。
圧倒的に強固な存在に抗うことは出来ない。
だけどジルの瞳にある昏いものには純粋さを感じていた。
「ボクは己の忠誠を高めるために、その純度を上げている。そう努めている。一切の曇りなく、疑う余地のない。唯一つの忠誠だ。そうして道を歩いている。騎士としての道を」
「あ、あぁ……、さっきそう聞いたな……」
「だけどね――ふとした時に、自分がその道の上で迷っているように錯覚することがある。どういう時だかわかるかい?」
「い、いや、オレにはわからねぇ――ッ⁉」
クソガキの身に緊張が奔る。
自分の手を握るジルの手の力が増したからだ。
だが、ジルの表情も瞳も、何も変わっていない。
まっすぐにクソガキを見つめたままだ。
「キミは悪い子だね――」
「え――」
昏い瞳に映る自分から眼が離せない。
「キミは純粋だ」
「オレが? 冗談だろ?」
「冗談なんかじゃない。でも、まだ余計なものがたくさん残っていて、混ざっている。濁ってしまっているけど、だけどそれは不純なんかじゃない。決して」
「な、なに言って……」
「もっと奥だよ、ユウキ」
「は……?」
「キミのもっと奥の方。底の方。其処に本当のキミが居る。何とも混ざっていない本当のキミだけが居る。ボクは時折、そのキミを感じるんだ。儚くてだけど強い。それはとても……。もしかしたら、何よりも美しい……。そんな純粋さをキミの中に見ている」
クソガキにはなんのことだかわからない。
これは今の俺にもわからない。
だがジルがこんな風に妄言や冗談を言うわけはない。
超越した者にしかわからない何かがあるのかもしれない。
だけど、そうでない俺にはいつまでもわからない。
「その純粋さを思うとね……。自分が迷っているように錯覚するんだ。キミのその純粋さがボクを惑わせる。いつか本当に迷わせるかもしれない。そして、いつかボクの忠誠を……」
「…………」
そこまで言って、ジルは唇を閉ざし首を振った。
「ゴメン。なんでもないよ。変なことを言った」
「い、いや、別にいいけどよ……」
ジルが手を離すとクソガキは戸惑いながら自分の手をもう片方の手で覆った。
不快感を覚えたわけではない。
ただ、こんなジルは見たことがなかったので本当にただ戸惑ったのだ。
そしてやっぱり、今の俺にもわからないままだ。
だが、別にどうでもいいだろう。
ジルは変わらない男だ。本人もそう言ってる。
だったらいちいち細かいことで心境の変化など読む必要はない。
変わらないということは何も気にしなくていいということだし、放っといてもいいということだ。
つまりジルは便利で、俺にコストを強いらない効率のいいヤツだ。
『友達甲斐のねぇヤツだなァ。この恩知らずのクズはよ』
うるさい。女のくせに男同士の話を茶化すな。
『誰がオマエを男にしてやったと思ってんだカス』
うるさい黙れ。
『へぇへぇ』
ルビアを追い払ったところで俺はそろそろこの夢に飽きてきた。
前にも何回か見たしな。
もうお開きでいいだろ。
起きろ俺。
「――つーかよ、ジル」
「うん?」
あ? なんだよクソガキ。まだなんかあんのか? もういいだろ。
「騎士が二種類ってのはわかったけどよ。“皇族派”の騎士ってのはオマエと同じ感じなのか?」
どうでもいいだろ。そんなこと。ジルとそれ以外だ。そう覚えとけ。
「どうだろうね。主第一主義な人ももちろんいると思うけど、ボクとはちょっと違うかもなぁ。どっちかっていうと皇家至上な感じだし。そうだなぁ……、あ、ほら、第四皇女様のお付きの騎士。彼がわかりやすい“皇族派”だよ」
「第四? 4人も皇女いたか? 3番目なら見たことあるけど。第二のブスに金魚のフンみたいに着いて回ってるうるせぇガキ」
「あれ? 会ったことなかったっけ? もう一人いらっしゃるんだよ。第三皇女様よりも年上なんだけど、継承権の順位としては4番目なんだ」
「へぇ。そいつも敵なのか?」
この国は頭がおかしいので生まれた順番ではなく実力順で皇女の順位が変わる。だからあんな1位のモンスターが生まれるんだ。
第〇皇女とは言っても、それは所詮女の中での順位であり、通常であれば皇位は男に継がれる。
だが勇者召喚という特例があった場合、女の皇族が皇帝の座に就くのだ。
勇者召喚という実績、そして皇帝としての能力。
それによってセラスフィリアが第一皇女となっている。
仮にイカレ女に不幸な事故があった場合は、順番が繰り上がる。
その争いに勝利し生き残ることすら能力査定に含まれているらしい。
なんて野蛮な国なんだ。
つまり、あの第二皇女が皇位に就くということは、勇者である俺に宛がわれるということになる。
あのブスで第二なバカ女はそれがわかっていないので、俺にナメた口をききやがる。
たかが高級風俗嬢の分際で身の程知らずが。
そのNO.2の嬢の妹が第三のガキでロリだ。
ちなみにNO.1嬢はセラスフィリアだが、あいつは一番風俗嬢としての心構えがなっていない。サービスは最低だ。
もしもあっちの世界にインターネットがあれば、「愛想がない」「下手くそ」「陰毛が濃い」などの悪口レビューを複数アカウントを駆使して死ぬほど書いてやるところだった。
だが残念ながらあの低文明な世界にインターネットはない。
命拾いしたなイカレ女め。
『オマエよォ……、流石のアタシでも皇族をそこまで貶さねェぞ?』
『ユウキ! いくらなんでも口が過ぎます……っ』
あ? だって大体そんな感じだろ?
なにせ俺の意思と関係なくあのゴミ女どものどれかが押し付けられるんだ。
グレッドガルドの皇族の女はこの俺を性的に消費しようとする最低の淫乱どもだ。
『やめなさいユウキ!』
勇者召喚のシステムってのはそんな淫乱どもに男をお届けする性風俗サービスなんだよ。
アレだ、デリヘルの男版みたいな。デリ勇だ。
『あぁ……、申し訳ございません神よ……。どうかこの愚かな子をお赦しください』
神じゃなくて店長と呼べ。
『お赦しを……っ』
悲愴な顔でお祈りを始めたこっちのエルフィは放っておく。
とにかく、今ジルが言った第四というのは、クソガキがその存在も知らなかった新人の嬢というわけだ。
「敵どころか、味方って言ってもいい。現実的に考えて彼女に皇位が回ってくることはないしね」
「ほぉーん」
「むしろセラスフィリア皇女殿下と仲もいい」
「あいつと仲がいい人間なんか存在するわけないだろ」
「そんなことないよ。一番可愛がっておられる」
「可愛がる? それって虐待の隠語か?」
「あはは、違うよ。普通に可愛がってるってこと」
「あの冷血女が……? ウソだろ……?」
信じ難いとクソガキは瞠目をする。
そして興味を持った。
「……ちなみにどういう見た目なんだ?」
「え? セラスフィリア殿下と同じ銀髪で、でも蒼みは少なくて白髪に近いかな。とても可愛らしいお顔をされているよ。お歳はキミの一つ下じゃないかな」
「へぇ……」
「ジルクフリード――」
そこでエルフィが咎めるように口を挟む。
セラスフィリア自身が口にしていないことを軽々しく喋るなということだ。
だが、ジルとしては身内であるクソガキを蔑ろにするなという思いがある。
二人は殺意の籠った目で見つめ合っている。
だから――
何かを企み、ほくそ笑むクソガキに二人とも気が付いていなかった。
『あぁ……、この時に……っ。この時に気が付いていれば……っ!』
こっちのエルフィが強く後悔をしている。
『アァ? あ、そっか。こいつが姫サンへの嫌がらせのために騙して口説いたのってその第四のガキか』
『本当にほんのちょっと目を離しただけで、こんなことをしでかして……』
『あれよー。あのまんまあっちの国に残ることになってたらシャレになんなかったよな』
『……おそらくそれが理由で別の戦争が起きていたかもしれません』
うるさいぞ。
どうせもう二度と会うことはないんだから過去の女のことなんてどうでもいいだろうが。
『クズが』
『神に懺悔なさい』
すいません店長。
『ユウキッ!』
うるさい。神などいない。
過去の女どもがまだなんか文句を言っているが、どうやらここまでのようだ。
目の前の庭園とジルの姿にノイズが奔り、映像が薄れていく。
この記憶はこれまでにも何回か見た。
俺にとって大事な出来事だったからだろう。
だから俺はジルの言うヤツの騎士道ってのをよくわかっている。
この時のクソガキにはいまいちわかっていなくても、それより時間の経った今の俺にはよくわかっていた。
だけど、今日のこの俺はそれよりももっと理解を進めた。
それが、さっき考えた『何故今日またこの記憶を夢に見たのか』というのと同じ理由だ。
おそらく原因は今日――もう昨日か。
朝練の時の部室で聞いた廻夜部長の話の影響だろう。
あれが強く印象に残っていたので、この記憶が引っ張られて呼び覚まされた。
だから夢に見たのかもしれない。
そして。
この夢を見たことで。
改めてジルの話を聞いたことで、部長の言っていたことへの理解も深まった。
つまり――だ。
推し活とは騎士道――
そうですね? 部長。
『い、いや、そっちじゃねェだろ?』
『また変な解釈をして……』
てっきり俺は部長に勇者として何かを求められているのかと誤解していたが、どうやら部長は俺に騎士になれと言っていたのかもしれない。
水無瀬の騎士となり、ジルに倣って、水無瀬以外皆殺しにしろということでいいのだろうか?
いや、でもそれは勇者の時も対して変わらねえか。
まぁ、どうでもいいか。
勇者だろうが騎士だろうが、結局邪魔なヤツは全員殺すことになるんだし。
だから部長の言いたかったことは「ぶっ殺せ」ということになる。
よろしいんですね? 部長。
『お、おい……? あのデブってどう見ても素人だよな? もしかしてマジモンなのか……⁉』
『そんなわけないでしょう? あれは戦う者の肉体でも佇まいでもありません。あのような堕落した身体……』
おい。部長をディスるな。いくら元カノ兼師匠とは言え部長への不敬は許さんぞ。
『え――っ⁉ し、師である私よりもあの無精な男を優先するのですか……⁉』
当たり前だろ。ちょっと零衝極めてやっただけで調子にのるな。
ガーンっとショックを受けて打ちひしがれるエルの姿も遠くなっていき、視界が黒く塗りつぶされていく。
夢は終わ――
「――ねぇねぇ! 聞いてよセイラっ!」
あ?
テレビのCHが切り替わるように、一瞬で別の光景が映し出される。
辺りは城内の廊下。
居るのはクソガキと、セラスフィリアだ。
「どうしましたか? ユーキさん」
何処かへの移動中に呼び止められたセラスフィリアが足を止めて振り返ると、クソガキは嬉しそうに駆け寄った。
「あのね、今日はルナリナに魔術を習ったんだ!」
「まぁ」
セラスフィリアは胸の前で両手を組み合わせて大袈裟に驚いてみせる。
「なにか魔術を覚えたんですか?」
「ううん、それは出来なかったんだけど。でも、魔力がちょっとわかったような気がして」
「……魔力を。ちょっと」
期待をこめて訊ねたセラスフィリアにクソガキは興奮気味に答える。
セラスフィリアはほんの一瞬の間を置いて、ニコっと満面の笑みを浮かべた。
「それはすごいです。さすがは勇者様です!」
「へへ、そうかなぁ? なんかさ、身体の奥にこう熱い感じのチカラっていうの? そういうの感じてさ。それを指先に集中させてみたら、なんかこうビリリってした気がして」
「…………」
セラスフィリアは一瞬だけ真顔になり、そして素早く顔面に笑顔を貼り付け直した。
クソガキはなおも今日覚えたての受け売りの魔術知識を一流魔術師級のイカレ女に語って聞かせてイキる。
セラスフィリアは固めた笑顔をピクリとも動かさずに、称賛の相槌をし続けていた。
俺は手で目元を覆った。
説明するまでもないが、これはさっきのジルとの記憶よりももっと前の、異世界に攫われたばかりの頃の記憶だ。
まだ猫を被って理想のお姫様を演じるイカレ女に、バカなクソガキが嬉しそうに今日あった出来事を語っている場面だ。
「ルナリナも言ってたんだ! 僕には魔術のセンスがあるかもって」
あぁ、そうだな。最低のセンスがな。
よく思い出せ。ルナリナは実は一個もお前を褒めてない。
精一杯配慮してなんかそれっぽいことを言ってただけだ。
バカが。死ね。
「流石は勇者様です!」
うるせえ!
このクソッタレ詐欺師のイカレ女が。
こんなガキ騙してんじゃねえよ。どう見ても使い物になんねえだろうが。とっとと見限れよ。気持ちワリィな。
というか、そうか。
これも今日の出来事のせいか。
1年A組 出席番号29番 幸馬 颯太。
ヤツのせいだ。
俺は今日あの一年坊を尋問し、あのガキの話を聞いて、過去のクソガキの醜態を思い出した。
きっとそれに紐づいてこの記憶が引きずり出されたに違いない。
やはりスパイだったか。
許さんぞ。
今夜はジルの話が聞けて、明日の目覚めはいいだろうと思っていたが台無しだ。
最悪の目覚めになる。
それもこれも全ては1年A組 出席番号29番 幸馬 颯太のせいだ。
あとセラスフィリアも悪い。
明日朝一であのガキのクラスに行ってシメるか。
こんなナメた真似しやがってただではすまさん。
「僕がんばって強くなって、きっとセイラとこの国を魔族から守ってみせるからね」
うるせえ死ね。
「うれしい……。信じております、勇者様……」
お前も死ね。
あと金返せ。
クソが。いつまで続くんだこの悪夢。
もう終わりだ。
夢は終わる。
終われ。




