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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章02 5月7日 ③


 放課後――


 帰りの会で担任の木ノ下先生に「さようなら」をして解散した後――



 弥堂は下校時の正門に立っていた。


 その腕には風紀委員会の腕章が巻かれている。



 先に触れたように放課後は風紀委員会の活動があった。


 今日のような連休明けの学校再開日には、放課後に会議を行うのが風紀委員会の通例となっていた。


 連休明けの生徒たちの様子や、連休中に起こったトラブルなどの共有と対応が主な議題となる。



 弥堂は休日に限らず平日でも、街に出れば何かしらのトラブルを起こすか巻き込まれるかをする。


 そこで高確率で人を殴るか物を壊すかをしてしまうのだ。


 当然、平日より休日の方がその確率は高くなる。


 全てはこの街の治安が悪いせいだと本人は考えている。



 その際にうっかりこの学園の生徒だとバレてしまった時には、休日明けには既に学園にクレームが入っていることもある。


 そんな中でノコノコと風紀委員会の会議に出向けば、そこで副会長の五清 潔(いすみ いさぎ)に嬉々として糾弾されてしまうことになるのだ。



 なので、弥堂は会議への出席は野崎さんに任せ、自身は外回りを選択しその業務に就いている。


 しかしこれは決して自身の罪から逃げているわけではない。


 高校生というそう遠くない将来に社会人となる責任ある立場から適切なリスクヘッジをし、休日明けの会議には出席しないことを心掛けているだけなのだ。



 都合の悪い話は聞かないし回答をしない。


 質問されさえしなければ肯定も否定もしなくていい。


 認めてもいないし、嘘も吐いていない。


 これこそが社会人として、大人としてあるべき姿だと弥堂は考えていた。



「風紀委員さんお疲れ様です。さようなら」


「む」



 そんなことを考えていた時――


 見知らぬ男子生徒が弥堂に会釈をして目の前を通り過ぎようとする。



 きっと1年生だろう。


 この学園の2年生や3年生で弥堂 優輝という危険人物と、“風紀の狂犬”というその呼び名を知らぬ者はほぼ居ない。


 入学したばかりでまだ右も左もわからぬ1年生でもなければ、わざわざ危険を侵して弥堂に声をかける者など存在しないのだ。



「待て――」



 弥堂はその男子生徒を呼び止めた。



 本日の正門前でのお見送り業務の公式的な目的はいつも通りのもので、それは下校時の生徒に真っ直ぐ家に帰るよう促すことと、その際の交通の注意だ。


 それと本日は連休明けの初日ということもあっていまだに連休中のノリを引き摺ったままで気の緩んでいる生徒たちに、厳格な風紀委員としての姿を見せることで彼らの気を引き締めることも目的となる。



 しかしそれとは別に弥堂には他の目的もある。


 それは生徒どもの顔を改めて憶え直すことだ。



 弥堂の眼には【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】という魔眼が宿っている。


 それは魂のカタチを写す瞳だ。



 魂には設計図があり、それを“魂の設計図(アニマグラム)”と云う。


 その設計図にはその持ち主が見聞き経験してきた全ての記憶が記されており、弥堂にはそれを知覚することが可能だ。



 とはいえ、他人のそれを読み解きその記憶を知るだなんてことは不可能に近い。だが、それでも自分自身のモノならば一部解読可能だ。


 弥堂はそれを視ることによって、自身のあらゆる記憶を思い出すことが出来るのだ。


 つまり、生徒たちの監視をしながら彼らの顔や“魂の設計図(アニマグラム)”を魔眼に映し、それを記憶に蓄積しているのである。



「はい。なんでしょうか?」



 呼び止められた男子生徒は丁寧に身体ごと弥堂に向き直る。


 その様子には警戒心の欠片もないように見て取れる。


 それどころか、穢れのない澄んだ眼差しで真っ直ぐと弥堂を見返してきた。



 きっとまだ高校生活などというものに希望を抱いており、自身の未来が輝かしいものであると信じて疑っていない――そんなキラキラとした目だ。



「ふん」



 弥堂はその目を下らないと吐き捨てるように見下した。


 吐き捨てるようにというか、実際に「べっ」と唾も吐き捨てた。


 一年生男子くんは桜の並木道を汚したその唾を見てふにゃっと残念そうに眉を下げる。


 弥堂はその彼に近づきながら口を開いた。



「貴様。見慣れない顔だな? 名前と所属を言え」


「えっ――?」



 男子生徒さんは生まれてから一度もされたことのない名前の聞かれ方に戸惑いを浮かべる。


 しかし根が素直なのだろう。


 無礼極まりない先輩の質問にちゃんと答えてくれる。



「その、ボク1年生で……」


「ふん」



 弥堂はもう一度鼻を鳴らし、彼の前で足を止める。


 そしてジロリと彼の顔を見下ろした。



「そんなことは訊いていない。俺は名前と所属を言えと言ったんだ」


「あ、あの、幸馬 颯太(ゆきま そうた)……、A組です……」


「そうか。で? 何年のA組なんだ?」


「え? で、ですから、1年です……」


「ふぅん?」



 弥堂は彼の答えに気のない返事を返す。


 颯太くんの目には、その態度はまるで自分の言うことを全く信じていないように見えた。



「それで? 何故誤魔化した?」


「えっ?」



 ギロリと睨まれ颯太くんは身を強張らせる。



「何故一度俺の質問に答えずに誤魔化したんだ? なにか疚しいことがあるんじゃないのか? どうなんだ?」


「そ、そんな……⁉ 誤魔化しただなんて……」


「では、今貴様が謳ったそのプロフィールを証明できるのか?」


「しょ、証明……? そ、そうだ。生徒手帳なら……」


「さっさと出せ」


「は、はい……」



 颯太くんは肩を縮めながら慌てて鞄を開ける。


 ゴソゴソと中を探りながら、彼は内心で首を傾げた。



 自分は下校の途中で見かけた風紀委員の先輩に挨拶をしただけのはずだ。


 学園のために一生懸命役目を果たしている立派な先輩だと思ったからこそ、労いの言葉と挨拶の声をかけたのに、今の状況は一体どうだろうか。


 まるで警官の職務質問や軍人の検問のような――でなければ、不良生徒にカツアゲでもされているようではないか。



 しかし目の前に居るのはその不良を取り締まる立場であるはずの風紀委員だ。


 きっとオドオドとした自分の態度が、この先輩にあらぬ誤解をさせてしまったに違いない。


 もしもそうなら、先輩に申し訳ないなと颯太くんは反省をする。


 そして言われた通りに身分を証明して先輩のお仕事の邪魔をしないようにしなければと決める。



 相手は同じ人間なのだ。ちゃんと話せばわかってもらえるはず。


 そう考え直し、颯太くんは生徒手帳を取り出した。



「ど、どうぞ――」



 まだ受け取ってから一ヶ月ほどしか経過していないその手帳は真っ新だ。革製のカバーにも瑕どころか皺や弛みも一切ない。



「よこせ」


「あっ――」



 その手帳を差し出すと乱暴に取り上げられる。


 強い力のこもった親指が、お母さんが渡してくれた手帳のカバーをへこませるのが目に映り、颯太くんは少し悲しい気持ちになった。



 そんな下級生のことなどまるで慮ることなく、弥堂は無遠慮に手帳を開いて内容を読み上げた。



「1年A組 出席番号29番 幸馬 颯太……。さっき言ったことと相違はないようだな……」


「は、はい。だって、自分の名前ですから……」


「……へぇ? 川向こうの新興住宅地に住んでいるのか……。三丁目ね……」


「え? そ、その、はい……?」



 颯太くんは違和感を覚える。


 まさか住所まで確認されるとは思っていなかったからだ。


 彼はまだ気付いていない。


 決して渡してはいけない人に個人情報を渡してしまったことに。



「写真と同じ顔に見えるな」


「見えるというか……、だってボクの写真ですし……」



 生徒手帳と自分の顔とをジロジロと無遠慮に見比べられ、颯太くんは居心地が悪そうにする。



「手帳の作りも、印刷も、学園の印も、よく出来ているな。まるで本物のように見える。どこで買ったんだ?」


「え……?」


「聴こえなかったのか? どこでいくらで買ったんだ?」


「どこで……、って学園だと思いますけど……。その、値段とかはよくわからないです……」


「ふん、スッとぼけやがって青瓢箪が」


「あっ――」



 弥堂はつまらなそうな顔をしながら、つい最近まで中学生だった華奢な男の子の胸倉を掴み上げた。


 そしてその手で彼の首元に生徒手帳の写真を押し付け、実際の顔と並べて見えるようにする。



「逆の訊き方をしようか。いくら貰ったんだ? 言え」


「も、もらった……?」


「誰に金を貰ってここに来たんだ? 早めに白状することを勧めるぞ」


「え? え?」



 颯太くんは戸惑う。


 こんな風に他人に胸倉を掴み上げられたのは初めてのことだというのもあるが、何より訊かれていることの意味がまるで理解出来ない。


 まだ子供の彼は世間知らずではあるが、それでも私立の高校に入学する際にお金は払うものであって、逆に貰えるなんてことは普通はないということはわかっていた。



「そ、その、お母さんが手続きをして、お金を払ったと思うんですけど……」


「ほぉ? 貴様は金を払ったのか?」


「は、はい……、だって、入学金とか……」



 弥堂にギロリと睨まれながら颯太くんは躊躇いがちに頷く。


 それは普通のことであるはずだが、この先輩に「金を払ったのか?」と訊かれて肯定するのは、何故だかとっても犯罪的なことをしている気がしてしまったのだ。


 どうして自分がこんな目に――というか実際どんな目に遭っているのかも定かではないが、ここにきてようやく純真な新入生もこの先輩は何かおかしいということに気が付く。



「あ、あの、さっきからなんでボクを……」


「ちっ、めんどくせえな」



 颯太くんが恐る恐る訊ねると、弥堂は不快そうに舌打ちをした。



「おい。貴様スパイだろ?」


「スパイ⁉」



 面倒になった弥堂が直球で疑いをぶつけると、新一年生はびっくり仰天した。



「ス、スパイってどういうことですか⁉」



 思わず大声で聞き返してしまう。


 だが、それも仕方ない。


 スパイなんて映画やアニメなどでしか聞いたことがない。



 大体の話、この学園にスパイとして潜入したとして、誰にどんな情報を流すというのだろう。


 文化祭にどんな催しをするか、とかだろうか。


 しかしそれを知るためにそんな犯罪的なことをして、誰がどんな得をするのかは彼にはまるで想像が出来ない。


 だが、そんなことは関係なく。そもそも――



「――あ、あの、ボクはスパイじゃありません……!」



 颯太くんは力いっぱい叫ぶ。


 リアルで他人にこんなことを真剣に主張するだなんてことが、まさか自分の人生の中で起こるとは夢にも思っていなかった。



「ふん、スパイはみんなそう言うんだ」



 当然弥堂はそんなことは信じない。


 颯太くんは顔色を悪くする。


 下校の途中で同じ学園の先輩にちょっと挨拶をしただけでこんなことになるとは思っていなかったのだ。


 酷く混乱している今はなにもかもがわからない。



 だがこの日、颯太くんはたった一つだけ学んだ。


 よく知らない他人に軽々しく話しかけてはいけないということを。



「な、なんでボクがスパイだなんて……」


「白々しいことを」



 後輩の必死の訴えを弥堂は鼻で嘲笑う。



「俺は記憶力がいいんだ。一度見たり聞いたりしたものは絶対に忘れない」


「そ、それがなにか……?」


「俺はこの学園に1年ほど勤めている。だが貴様の顔は一度たりとも見たことがない。これは間違いのない事実だ」


「え……?」



 まるで証拠を突きつけるかのようにそんなことを言ってくる先輩に、颯太くんは「この人何言ってるんだろう」と恐怖を覚える。


 何故なら――



「だ、だって、ボクは1年生です。まだ入学したばかりだから、先輩と会ったのは初めてなだけだと思います……」



 至って説得力のある答弁だ。


 しかし、この程度でこの男を黙らせることは出来なかった。



「随分ともっともらしい言い訳だな」



 弥堂は彼の弁明をまるで受け入れない。


 そもそも他人に疑いを向ける際に、相手の言うことを受け入れる気などは最初からカケラもない。


 それが弥堂だ。


 そして、これこそが今回のお見送りにおける弥堂の目的だった。



 いくら弥堂とて、今しがた颯太くんが述べた理屈が理解できないわけではない。


 弥堂自身も1年生から2年生へと進級し、旧3年生は卒業し学園から去り、そして新1年生が入学してきている。


 学園に来たばかりの1年生は全員知らない顔だ。



 だから弥堂と颯太くんは今日が初対面となり、顔を知らなくて当たり前。


 彼以外にも知らない顔の生徒が大勢いてもそれは自然なこと。



 その理屈は全くを以て正しい。


 おそらく誰もが「正しい」と同意するだろう。


 しかし――



「――俺は騙されない」


「えっ⁉」



 弥堂は鋭い眼で、無害そうな顔を装った下級生を睨みつける。



「誰もがそう思う。ならば、その状況を利用する者が必ず現れる。お前がそうなんだろう?」


「い、意味がわかりませんっ!」



 つまり、弥堂は下級生に紛れて学園にスパイが潜入することを警戒していたのだ。



「ボクがなにをスパイしたって言うんですか⁉」


「そんなもの俺の知ったことか。お前が自分でよく知っているんだろう? さっさとそれを言えよクソガキが」



 今言った通り、誰が誰に何の目的でスパイ活動をしているのかということについて、弥堂は何も具体的なことは考えていない。


 ただ可能性としてそういうことがあるかもしれないと考えただけだ。


 それ以外のことは何もわからない。



 だが、何も確かなことがわからないのなら、とりあえず全てを“クロ”だと決めつける。


 そしてとりあえず全員を疑ってかかる。


 それが弥堂のやり方だ。



「あまり面倒をかけるなよ。風紀の拷問部屋に連行されたいか?」


「この人おかしいよ……っ!」



 今日から授業が再開されたというのにいまだに連休中のノリを引き摺ったままの頭の悪い先輩に恫喝されて、幼気な1年生は悲鳴をあげた。


 すると、ここらでボチボチ周囲の人々も異変が起きていることに気が付く。


 周囲にはいつものように野次馬たちが集まって見学をしていた。



「ったく連休明けの初日からなんの騒ぎだよ?」

「ア? あぁ、なんかアイツ弥堂に話しかけたみたいでよ?」


「は? 弥堂に自分から声をかけるとか正気か? 素人かよ」

「素人だろ。あれ1年じゃね? 見ねえ顔だし」


「……あぁ。そりゃ、なんて言うか、可哀想によ……」

「ま、通過儀礼みたいなもんだよな……」



 顔見知りの野次馬同士で情報を共有し、そして揃ってその顔に同情を浮かべる。


 しかし自ら危険を侵してまで、罪のない後輩を悪の風紀委員から助け出そうとするような者は一人もいない。


 この私立美景台学園に通う生徒さんは、例え一般生徒といえどもその民度は控えめに言っても最低だった。


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― 新着の感想 ―
えっ!?颯太くん、転校生じゃなかったの!?マジで?!
新キャラのようだ。 表面上はミドウの因縁づけのように見えるが、『根源を覗く魔眼』の設定に照らせば、幸馬颯太の魂の設計図はミドウが「入学後も会ったことがない」はずだ。つまり、最近の転校生である可能性が…
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