3章02 5月7日 ➀
俺の名前は弥堂 優輝。
俺は異世界からの帰還勇者だ。
正気を疑われるような恥ずべき妄言だし、俺自身そんな風に名乗りたくはないのだが、事実なのだから仕方ない。
とはいえ、実際にこれを声に出して発言したとしても、真面目に聞いてくれるのは精神科医くらいしかいないだろう。
だから、部室から教室までの道すがら、頭の中だけで思い浮かべる。
事実とはいえ、普段から頻繁にこんな馬鹿なことを考えはしない。
今しがた終わったばかりの朝練にて、部長である廻夜 朝次から『帰還勇者についてのレポート』を作成するよう命じられたばかりなので、どうしても考えざるを得なかったのだ。
“帰還勇者”などという恥ずかしいものについて考える場合、その一番身近なサンプルが他でもない自分自身なのだからこれも致仕方のないことだろう。
しかし、早速矛盾するかもしれないが。
“帰還勇者”について考察するにあたって、“俺”というサンプルは恐らく不適切だ。
何故なら、俺にあるのは“勇者”という称号のみで、それに相応しい功績もなければチカラも無い。
なんだったら称号もないかもしれない。
最初こそ勇者として喚ばれたからそう呼ばれることもあったかもしれないが、結局誰も俺を勇者と認めることはなく、また最後までそう呼ばれることも殆ど無かった。
在るのは『勇者として召喚されたことがある』という事実・経歴のみだ。
弥堂 優輝はこの日本でごく一般的な家庭で生まれ育った、ごく一般的なクソガキだった。
そんなクソガキは中学一年生の二学期頃に、学校の帰り道で道を踏み外し異世界にドロップアウトすることになった。
その際に、本当なら召喚された世界の誰もを凌駕するような反則的なチカラを与えられるはずだったのだが。
素体となるクソガキの素養があまりもクソだったせいで、戦うのに役に立たないゴミのような魔眼が与えられたのみで、特に身体能力も増えることなくまた特殊な能力が芽生えることもなかった。
当然魔力もカスだ。
全くを以て、“勇者”の名に相応しいとは云えない。
召喚されて半年もすればカスであることが現地民にバレて、当然そこから冷遇されることになる。
そんな世界からの己の待遇と運命にすっかり不貞腐れたクソガキが、当然そんな世界の住人どもを守りたいなどと考えることはない。
その『守りたい』という願いだか衝動だかが、勇者のチカラを呼び醒ます為の条件だったようだ。
だから最後までそのチカラに目覚めることはなかった。
しかし、これは俺が悪いわけではない。
俺をゴミクズのように虐待したセラスフィリアのせいだ。
セラスフィリアというのは、俺が召喚された国の実質の支配者であり、召喚魔法の使用者でもある頭のイカレた女だ。
全部あいつが悪い。
とはいえ、だ。
勇者のチカラを覚醒させる条件がわかった今でも、俺はそのチカラを使うことが出来ない。ほんの一ヶ月前にまぐれで運よく一度覚醒したっきりだ。
これに関しては俺の落ち度と認めるしかないだろう。
俺がイカレ女から与えられた目的は『戦争を終わらせること』だ。
あの世界では記録に残ってる最古の歴史から途切れることなく戦争が続いている。
その戦争は人類側と魔族側とで別れて争っているものだった。
魔族といっても、一ヶ月前に港でぶっ殺した悪魔や化け物どものようなモノではない。
少しだけ耳が長くて肌の色が違うだけの同じ人類の別種族で、“魔族”だとレッテルを貼られた者たちのことだ。
つまり、俺が放り込まれた戦争とは、人類の存亡を脅かす悪しき外来生物との正義の戦いではなく。
ただの人間同士の実権と利権を奪い合う為の戦争だった。
そんなクソのような戦いの決着を押し付けられて、何故大人しく従っていたかというと――
――それは他に何をしたらいいかわからなかったからだ。
元の世界に帰る方法はないと教えられ、またあったとしてもそれは許されない環境。
他にすることも身を寄せるところもなかったので、仕方ないから殺せるだけ殺すかと、そんないい加減な心持ちで俺は戦争をしていた。
先に言ったとおり、俺にはよく言われる『チート』に値するようなものもなく。また他に大したチカラも能力もない。多少鍛えはしたが何も大成はしなかった。
だから、戦争を終わらせるなんてどうせ出来るわけがないし、そう時間はかからずに俺も殺されるだろうから、それまで適当にやっていればいい――そんな惰性のような心構えでいた。
そんな風に俺は戦った。
その世界の住人を守りたいとは全く思わないまま。
だけど、恐らく彼らに平和を齎す為の戦いを。
しかし――だ。
そんな戦いの中で。
俺はうっかりと、敵の魔族の親玉である魔王の首を獲ってしまった。
つまり、戦争の決着をつけることに間違って成功してしまったのだ。
俺はあまり過去を引き摺らないタイプなのだが、これには今でも後悔している。
何故なら、勝ち方が気に入らなかったからだ。
俺は弱い。
だから勝ち方を選ぶことは出来ない。
というか、あの戦争については勝てるつもりで戦ってなどいなかった。
戦争を終わらせる方法は2つ。
停戦をするか、どちらかが勝つかだ。
俺がイカレ女に命じられたのは『戦争を終わらせること』であり、決して『戦争に勝つこと』でも、『世界に平和を齎すこと』でもない。
つまり、停戦をしない以上はどちらかが滅びる必要があり、そしてその滅びる側は別に味方の人類側でも構わないのだ。
だから俺は、戦いに参加する際は出来るだけ敵だけでなく味方の損害も大きくなるように心がけていた。
途中までは足りない頭を唸らせて、バレないように少しずつ慎重に事を行っていたのだが。
途中から飽きてめんどくさくなったので、割と適当に味方を裏切ったり、特に意味もなく突然背後から味方の首を斬り落としたりしていた。
そんなことをすればすぐにバレて処刑されそうだが、意外とどうにかなった。
あの世界には電話もインターネットもない。
首都から遠く離れた戦場で何が起こっても、目撃者や生存者を出さなければ割とどうにかなった。
最終的にはしっかりバレたのだが、なんかどうにかなった。
きっと運が良かったのだろう。
ともかくとして。
そんな俺がもしも戦争に勝つことがあるのなら、どんな勝ち方が理想的かと問われた場合。
あくまで理想を言うのなら、敵も味方もありとあらゆる人類が絶滅して欲しいというのが理想だった。
しかし、そこまではいくらなんでも望み過ぎなので、もう少し現実的に考えると、少なくとも魔族か人間のどっちかは絶滅して欲しかった。どちらかというと人間の方に滅んで欲しかった。
だが、敵の親玉の首を獲るというのは、最も双方に損害が少ない決着方法だ。
だから、思わずして、望まずして、うっかりこれを達成してしまった俺は非常に不満だ。
もしも今目の前にあの世界に繋がる扉のようなものが開いて、そこへ照準を向けた核ミサイルのスイッチが手元にあれば、俺は迷わずそのスイッチを押すだろう。
核ならば。
核ミサイルならきっとあのイカレ女をぶっ殺すことが出来るはずだ。
そう考えると、やはりアメリカの手下になるべきだったのかもしれない。
今からでも遅くないだろうか?
いや、無理か。
結構な数のアメリカ人をぶっ殺しちまった。
今から関係者を全て捜し出して皆殺しにしても間に合わないだろう。
この世界には厄介なことにテレビだの電話だのインターネットだのがある。
情報の伝達を遮断することは非常に難しい。
クソ。科学って目障りだな。
話が逸れたが、そうして俺は魔族との戦争を期せずして終わらせてしまった。
ではそれであの世界に平和が訪れたのかというと、そうでもない。
今度は“魔族に勝った世界”で誰が実権を握るのか――そういう争いが人間の国同士で起こった。
俺はこれには呆れ果ててしまい、もう付き合いきれないと、こっそり生き延びていた魔王の娘と一緒に俗世から離れる旅に出た。
すると、うっかりそれが教会のクソどもに見つかってしまい、今度は俺が人類共通の神敵と認定され、全世界で指名手配されてしまった。
もしかしたら教会の執行者という名の暗殺者を惨たらしく殺して、その首を肥溜めの上に十字架と一緒に吊るして晒してやったのがマズかったのかもしれない。
魔王の娘であるプァナが「そんなヒドイことしちゃダメだよ!」と止めてきたのだが、やはり彼女の言うことを訊くべきだったようだ。
しかし、これは俺の悪癖のようなものでもあり、ついうっかり癖でやってしまったのだ。
俺はあの戦争が出来る限り凄惨なものになるように、あらゆる勢力を挑発するように動いていた。
その一つとして、敵対した者はバラバラに解体して出来るだけ侮辱的に死体を晒してやるという手法をとっていた。
そうやって全ての国を怒らせて、滅びるまで戦争から降りられないように追い込んでやっていたのだ。
そんな作業を日常的に繰り返していたからすっかりと癖になってしまっていた。
これに関しては師であるエルフィーネにも改めるよう何度もお叱りを受けていた。
今でも受けている。
なのに、つい先日もうっかりやってしまった。
こっちの世界でも同じノリでやっていたら、異世界よりも遥かに早く異端認定相当を受けるだろう。
これは少し気をつけなければ。
反省したのでこの件はもう済んだとして。
結局色々と面倒になった俺は、俺に迷惑をかけ続けるクソのようなイカレ女をぶっ殺そうと考えた。
そうして何もかも終わりにしようと。
だが、その戦いの最後の最後。
運よくイカレ女の目の前まで辿り着けたものの。
俺はあの卑劣極まりないクソ女の罠に嵌まり、この日本へと強制送還されてしまった。
俺は魔王を殺すために召喚された勇者だ。
その魔王の首は獲った。
だから、あっちからしてみれば俺はとっくに用済みだったのだろう。
俺は、あのイカレ女は最後の最期では無条件で俺に殺されてくれると――何故かそんな風に思い込んでいた。
それだけは信じていたのに。
その際に、どんな風にあの女の首を切り取って、どのように晒して辱めてやろうかとずっと考えていたのに。
それだけでなく、その時に使用する装飾や背景小道具などの発注をリンスレットが遺した商会に前もって済まして手付金まで払っていたのだ。
なのに、コレだ。
酷く裏切られた気分だ。
金返せよクソ女が。
兎も角。
そうやって俺は異世界から帰って来てしまったので、俺が帰還勇者であるというのは否定の出来ない事実だということが主張したかったのだ。
そこまで考えたところで、部室棟から隣の一年生校舎へと渡る。
実際のところ――
廻夜部長は俺のことをどこまで把握しているのだろうか。
俺は自分が異世界へ行って帰って来たこと。
自分が勇者的な何かであるということ。
その一切を彼に話していない。
彼だけでなく、こっちへ帰ってきてからそれを話した人間はいない。
唯一、先月から使い魔として引き取ることになったバカネコには少しだけ情報を話したが、しかしあいつは悪魔であり人間ではないのでカウントしなくていいだろう。
悪魔は税金を払っていないので人権はない。だから人間として数に数えない。
そんなわけで俺は自分の事情を部長には言っていない。
勇者だの異世界だのに限らず、ほとんど話していない。
だから――
彼は俺が“そう”であることを知るはずがない。
だけど、それは実際のところどうなのだろう。
さっきの話は、それを知っていて俺に向かって言っているとしか思えなかった。
だけど、それを知るはずはない。
しかし、同時に彼なら知らないはずがないとも思える。
廻夜 朝次といえば、深慮遠謀・神算鬼謀の権化であり、それこそ『全知全能』を錯覚してしまうほどだ。
俺がこう思うのは少し不自然だが、しかし彼ならば知らないはずがないとさえ思ってしまう。
それは部長に『全知全能』を求めてしまっていることになるのだろうか。
もしも知っているのなら――
彼が知っていると俺が知ってしまったのなら――
その時は彼を殺しにかかるのが弥堂 優輝という人間だろう。
だが、実際どうなるだろうか。
少なくとも、2ヶ月前までならそうだったかもしれない。
今は、どうだろうか。
今の俺には目的がある。
それは水無瀬 愛苗を守るということだ。
この『世界』にはそれよりも優先されることは唯の一つも無く。
そして、それ以外のことは総てどうでもいい。
その水無瀬を守る上で、俺の正体がバレることは殆どの場合デメリットとなる。
俺が原因で余計なトラブルを増やすのは望ましくない。
ならば、俺の正体をもしも部長が知っているのなら。
その時は彼を殺すべき。
そういうことになる。
しかし――だ。
その水無瀬 愛苗を守るという目的に辿り着いたのは、廻夜部長が原因だとも謂える。
もしかしたら、『彼のおかげで』と表現するべきか。
俺が水無瀬を守ると決めたのは、彼女の抱えていたトラブルに巻き込まれてその決着が左右される本当に最後の最期の場面だ。
部長の指示がなかったらそこに辿り着くよりももっと前に、とっくに放り捨てていたことだろう。
ならば、俺が『水無瀬を守る』という目的を得ることが出来たのは、間接的に部長のおかげだと謂えるのかもしれないし。
或いは、『彼がそう仕向けた』とも謂えるかもしれない。
今日の朝練の話を総括すると、部長は俺に功績を積めと要求しているように俺には聞こえた。
彼はこれまでも俺に指示を出したり、何かを言い聞かせたり、吹きこんだり、仄めかしたり――
――そういった様々なコミュニケーションを駆使して、俺を導いてきた。
それを言い換えると、誘導してきたとも謂える。
まるでセラスフィリアのように。
いや。
部長をあのクソッタレのイカレ女と同列に並べるのは不敬だ。
総てにおいて部長があの女を上回っている。
あの下衆な女は陰毛も濃いしな。
くたばれセラスフィリア。
あの女はいいとして。
この直近の出来事を振り返っても、だ。
先月は魔法少女を巡って、悪魔どもと殺し合い。
先日はヤクの成る木を巡って、軍隊やらテロリストやら死霊やらと殺し合い。
俺はそいつらを大体皆殺しにしてきた。
これは極端に言えば、部長の指示に従って勝利をし、そして功績を積んだとも謂えるのかもしれない。
つまり何が言いたいのかというと――
そもそも水無瀬を救えるに至ったのは部長のおかげだとも云えるということだ。
彼が魔法少女を保護し手中に収めることを望み、俺にそれをやらせたと解釈できないだろうか?
これらの一連の出来事はサバイバル部の活動なのだろうか。
もしもそうならば、水無瀬を守る上で廻夜 朝次の存在は非常にこの上なく有用であるとも云える。
実際のところはわからないが、そうであるなら――
それは弥堂 優輝が廻夜 朝次を殺さない理由になる。
思えばいつも常にそうだった。
俺はエルやルヴィには、考えなしにノリで人をぶっ殺していると言われがちだが、決してそんなことはない。そんな野蛮人ではない。
俺は文明人なので、それなりに殺す理由や殺さない理由を考え、そしてそれらを天秤にかけ、殺す理由が上回った場合はそいつを殺すようにしている。
出来る限りは。
しかし――だ。
この約一年を振り返ってみると。
ここまでのあらゆる場面で。
廻夜 朝次という人物は、殺す理由よりも殺さない理由が常に上回り続けてきた。
だからこそ、人付き合いが苦手で続かない俺のような男が、これまで彼とは上手くやってこられているのだろう。
一年もの間、俺が殺すことも、他人に殺されることもなく続いた人間関係など、俺の人生の中では数えるほどしかない。
こっちに帰ってきてからはそうでもなくなったかもしれないが、異世界の方の人間で考えると2人しかいない。
それはセラスフィリアと彼女の騎士であるジルクフリードだ。
ジルのヤツはともかく。
よりにもよって生き残っているのが、俺が唯一殺したいという欲求を持っているクソ女だというのは本当に碌でもない。
そんなわけで、俺は引き続き廻夜部長の管轄の元、水無瀬を守っていくことになる。
少なくとも今暫くは。
一年生校舎からの渡り廊下を越えて、昇降口棟へと入る。
廊下の真ん中あたりに見えるのは『生徒会長室』の表札。
俺はその表札を一瞥してから、その部屋の対面の窓を視る。
その窓は閉められている。
約一ヶ月前。
4月16日の朝。
俺はここで桜色の魔法と出逢った。
俺がここを通りがかった時、あの窓が開いていて。
その向こうの世界から桜の花びらが舞い込んできた。
それはきっと俺に運命を告げる魔法だったのかもしれない。
そしてその翌日、俺はその花の妖精のような存在――
――魔法少女と出逢った。
その魔法少女こそが水無瀬 愛苗だ。
出逢ったと言っても、彼女と俺は1年ほど前から同じクラスで既に出会っていたわけだが。本当の彼女との出逢いとなったのはこの時だろう。
彼女は高校に進学するより幾らか前に魔法少女となったらしい。
だから1年か2年か――興味がないので細かい数字は確認していないが――最低でも1年は魔法少女として街の平和を守っていたと言う。
思えば、隣の席に座りながらそれに1年も気が付かなかったのだから、俺も大概間抜けだ。
水無瀬は表向きは普通の高校生として過ごしながら、裏では魔法少女として悪魔や魔物と戦っていたという話だ。
これもまた「何をバカな」と思うだろう。
かくいうこの俺も今でもそう思うが、残念ながら事実だ。
それに、“異世界から帰って来た勇者”などというバカなものも実在するのだ。だったら魔法少女なんてアホなものがいても仕方ないだろう。
それは諦めるしかない。
とにかく、この魔法少女との出逢いこそが、異世界から帰ってから抜け殻のように死に場所を求め彷徨っていた俺にとっての転機となったわけだ。
水無瀬は街の人間たちに迷惑をかけるゴミクズーという魔物のようなものと戦い、それらを浄化していた。
だが、それはどうでもいい話だ。
俺も大概間抜けだが、水無瀬も水無瀬でアホなので、物事の真実は違う。
彼女は悪魔に騙されて魔法少女をやらされていたのだ。
魔王級の悪魔へと生まれ孵らせるために。
実際それがどういうことなのかというと、長くてややこしい話になるので改めて思い出したりはしない。
だがその結末だけを言うなら、俺は彼女と共にクソッタレの悪魔どもと戦い。
そしてここでもまたうっかりと。
魔王をぶっ殺してしまい、この街の平和を守ってしまったことになる。
だがもちろん俺にそんなつもりはなく。
またそもそも水無瀬の戦いに巻き込まれることにも乗り気ではなく。
あろうことか彼女を救おうだなんて、そんな気は全くなかった。
しかし結局はそういう結末となった。
そしてそれはもう終わった話でもある。
俺は通り過ぎざまに窓から視線を切る。
二年生校舎へと繋がる道を進んだ。
今日は足元には桜の花びらは落ちていない。
幻視する死も、全て通り過ぎたものだ。
結局のところ。
そういうことになってしまったのは、俺の意思だけではなく、先に触れた廻夜部長の影響が少なくないだろう。
それもまた事実だ。
そして、俺がそうなるに至ったのには水無瀬や部長以外にも、あともう一人だけ影響をした人物がいる。
それは希咲 七海――同じクラスのギャルだ。
クソが。
希咲は水無瀬の親友だ。
そしてG.Wが始まる前から休学をして仲間と旅行などに行っていた不良生徒だ。
おまけにあのクソ女は自分が不在の間の水無瀬の護衛のようなものを俺に押し付けて行きやがった。
俺としても素直にあの気に喰わない女の言うことを訊いたつもりはないのだが、それでも水無瀬の件に深く関わるきっかけになったのは間違いがない。
なので、それに対する賠償は別途しっかりと請求しようと思っている。
とはいえ、希咲に言われたから、俺は今も水無瀬を守っているというわけではない。
きっかけの一つではあるものの、最終的には俺の意思だ。
今現在は希咲とは関係なく、これからも水無瀬を守っていこうと決めている。
その為には、水無瀬を守るよう俺に頼んできた希咲自身を、水無瀬に近づかせないようにする必要がある。
希咲からの頼みで水無瀬を守ったが、その希咲が不在の間に全ての出来事が起こり、そして終わった。
俺は水無瀬の正体も、魔法少女や悪魔の真実も――水無瀬の事件で知り得たことを希咲に明かすつもりはない。
それは希咲自身の問題というよりも、彼女の周辺にいる仲間たちが問題だからだ。
特に、紅月 聖人だ。
希咲の幼馴染たちの家はどうやら古くからの異能の一族のようだ。
そしてこの国の行政機関とも繋がっている。
俺はこの部分を非常に問題視している。
ちょうどG.W中に関わった事件の中で、こっちの世界の国家機関どもが、強力な異能を持った者をどう扱っているかはある程度把握できた。
水無瀬の力は強大だ。
数日前に皆殺しにしてやった異能部隊や魔術師どもの比ではないほどに。
ヤツらが水無瀬を――魔法少女の存在を知ったらどうするかは予想がつく。
彼女をクソッタレどもの政治や戦争に利用などはさせない。
異世界でセラスフィリアが俺にそうしたような――そんなことは許さない。
だから、それらとの繋がりが深い紅月たちと水無瀬を関わらせたくない。
実にシンプルな話だ。
なにより紅月は恐らく水無瀬と同類だ。
もちろんヤツも魔法少女だという意味ではない。
正義感が強く、困っている他人を放っておけない。
そんな――正義の味方だということだ。
水無瀬はその性質につけこまれて悪魔に利用された。
それが先月の魔法少女事件の顛末だ。
水無瀬の持つ力は強大だから、解決できることは多くなる。
だがそのまま突き進んでいけばいつかどうにも出来ないことに直面するだろう。というか、そうなったのが先月のことだ。
そして持つ力が強大だからこそ、その力でもどうにも出来ない事態がどんなものになるかは想像に難くない。
先月の件も一歩間違えばこの美景の地域や、もしかしたら日本という国自体が滅んでもおかしくなかった。
水無瀬一人でそうなのに。
それにもう一人同類を組み合わせたらどうなるだろう。
地域、国――それを超える規模はなんだ?
考える必要はない。
そんなことにはさせないからだ。
これに関しては誰に何を言われようと俺は考えを変える気はない。
俺は実際に失敗したあいつらなのだから。
俺の目下の目標は水無瀬を日常生活に戻すことだ。
それはこの学園に戻すことを意味する。
現在の水無瀬は一度魔王に為り、また人間に為り、元々の彼女とは違う存在となっている。
その副次効果として、多少語弊はあるが全ての知人に忘れられている状態だ。
だから彼女は全く新しい転入生としてクラスに編入させる予定だ。
そうする為にはこの街で暮らす基盤が必要で、それらはG.W中に大体クリアすることが出来た。
一番の問題だった警察や異能組織をケツモチにすることも出来た。
これによってこの地に根差す異能の一族どもを牽制することが出来るだろう。
脅迫材料は十分にあるので、ゴチャゴチャ言わせないし、こちらを探らせもしない。
残った問題はあと一つ。
それが紅月や希咲たちとの決着だ。
俺は自身が所属する2年B組の教室の前に辿り着き足を止める。
その戸をジッと睨んだ。
行政やヤツらの家は黙らせたとしても、紅月自身が黙っていないだろう。
なにせ、他の一般生徒は水無瀬を忘れていても、強固な魂を持つヤツらは忘れていないのだから。
元々クラスメイトだった水無瀬が突然初対面ヅラで転入してくるなんていう不可思議な事態に大人しくしているわけがない。
さっきも言った通り、俺は希咲にも紅月にも水無瀬の事情を話さない。
希咲だけなら考える余地はあったが、紅月は駄目だ。
悪魔や魔法少女の話などあの男には聞かせられない。
だって、考えてみても欲しい。
もしも水無瀬が、自分と全く同じ境遇の者に出遭ってしまったら?
彼女が何もせずに大人しくしているわけがない。
関わるなと言っても聞くわけがない。
紅月も同じだ。
だから――
決着を着けよう。
水無瀬が退院をし、この教室へ帰る前に――
解決する手段は主に2つ。
脅迫するか排除するか、だ。
紅月の家には力があり、そして紅月 聖人自身にも強いチカラがある。
脅して黙らせるのはほぼ不可能だろう。
ではどうする?
排除するしかない。
ヤツを退学に追い込んで海外へ強制的に出稼ぎに追い遣るか。
それが出来ないのなら――
俺は教室の戸に手をかける。
そしてドクンと心臓を打って、魔眼に魔力を送り込んだ。
希咲は既に美景に帰って来ていた。
紅月たちももう戻ってきているだろう。
敵は俺よりも強く、俺より数も多い。
ただのいつも通りだ。
俺は教室の戸を開け、いつものように戦場へと足を踏み入れる。
どんな戦況であろうとも、俺は必ず目的を達成する。
その為の手段は問わない――




