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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章01 introduction ➁


「――推しを操作してはいけないよ、弥堂君」



 廻夜はそう切り出す。


 先程の弥堂の『推しを人を殴れる人間にする』という発言に対しての言葉だろう。


 弥堂は僅かに眼を細めた。



「前回僕はキミに“推し活”についての話を少ししたね?」


「……えぇ」



 少しどころではなかったような気がしたが、上司がそう言うのならきっと気のせいなのだろう。



「その時は主に『推し変は基本NG』って話をしたけれども、“推し活”をする上での心構えのようなことにも少しだけ触れたよね。まぁ、ほんの入り口に過ぎないただの触り程度のものだったけれど」


「……なるほど」



 あれでまだ入り口に過ぎないというのなら、『推し活とは大変奥深いものなのだな』と弥堂は感心をした。


 しかし、決してその先に進みたいとは思わなかった。



「その時に僕はキミに言った。『推しは全知全能の神ではない』と。また『全知全能を求めてもいけない』と。そうだね?」


「俺のしようとしていることはそれに触れる禁忌だと?」


「そこまでは言わない。だけど、その先にあるのは間違いなくそれだぜ?」



 不満げに眉を寄せる弥堂に、廻夜はニヤリと笑った。



「いいかい、弥堂くん。推しのあるがままを受け止めるんだ」


「あるが、まま……?」


「そうさ。推しを否定してはいけない。要求してはいけない。操作をしてはいけない。そのままの姿を愛で、その生末を見守るのさ。決して自分の思い通りに変えようとしてはいけないよ」


「……ですが――」



 そのあまりに理不尽な言いつけに弥堂は反論する。



「――必要なことなんです。ずっと、そのままではいられない」



 廻夜は静かに頷き答えた。



「キミの言い分を確認するよ? 『推しが人を殴れるようにする』だったね?」


「はい」


「うん……、推しの犯罪性を高めようという意図はわからないけれども。しかし問題はそこじゃあない。確かにその内容自体にも問題はあって、僕は部長としてそれを正さなければならないんだけれど。しかし一旦そこには目を瞑ろう。論点がぼやけるからね」


「……つまり?」


「内容は問題じゃないってことだよ、弥堂君。どんな内容であれダメだということを僕は言っているんだ」


「しかし――」


「――キミの言いたいことはわかるぜ、弥堂君。例えば、キミの提言する『推しはこうするべき』『推しはこうなるべき』というのが仮に方法論として正しかったとしよう。そしてキミの言うとおりにしなかったことで、実際にその推しが破滅してしまったとしよう。もう一度言うぜ? それでもダメだ」


「そんな馬鹿な……」



 理解し難い不文律に弥堂は絶句する。


 サングラスの奥で廻夜の目がギラついた。



「あるがままを見守り応援するというのはそういうことだぜ、弥堂君。推しは人間だ。時にはミスもするし、間違いもする。本人が気付いていないミスをそれとなく指摘することなら場合によってはOKだ。だけど、間違いを正すことは許されない。成功も失敗も、あるがまま歪めずに見守り、その総てが推しから齎されるものとして受け止め享受するのさ。例えそれが推しの破滅だったとしても。キミはそれを見届けなければならない。その覚悟がキミにはあるかい?」


「…………」



『覚悟があるか?』と問われれば弥堂は反発したくなる。


 なにせこれまでに血みどろの戦場を一人生き抜いてきたのだ。


 今更この日本で覚悟を問われるなど侮辱に相当する。



 しかし、今目の前に座り、“推し活”について語るオタクからは、戦場で出遭った化け物たちに匹敵するプレッシャーを感じた。



「我々はサービスを受けているのではない。喜びや楽しみだけじゃあオタクなんてやってられないのさ――」



 その眼光は鋭く弥堂の魔眼を射抜き、思わず息を呑んだ。


 が――



「…………」



――冷静に見てみれば、廻夜はいつものサングラスをかけているので実際にその眼光が鋭いものだったかどうかはわからない。



「しかし部長――」


「なんだい? 弥堂君」



 なので、気のせいだったということにして、弥堂は適当な反論を開始した。



「お言葉ですが、SNSでは時折、推しの失敗や間違いに対して文句を言っている者たちが居ます。中には『金を払ったのに』と被害を訴える者も」


「あぁ、ふふふ……」



 廻夜は余裕の笑みを浮かべる。



「弥堂君。彼らの“それ”はね、聞く価値のない戯言であり只の鳴き声だよ」


「金をとられたのにですか?」


「そこから既に思い違いだよ。いいかい、弥堂君。“課金”とはそういうものじゃあない。もちろん、何か物質的な商品を買うために対価としてお金を払い、実際の商品に瑕疵や不具合があった――そういうことなら話は別だけれど。でも今キミが言っているのは恐らくそういうケースではないよね?」


「……多分」



 元々見かけただけで興味が湧くことまではなく、炎上の内容を確認していたわけではなかったので弥堂は曖昧に答える。


 そもそも、今回持ち出した者たちに共感していたわけでもなく、この場の反論材料にするために取り上げただけなので弥堂自身にこの件に対する理解はこれっぽっちもないのだ。



「いいかい、弥堂君。我々は買い物をする為に課金をしているわけじゃあないんだよ」


「金を払ったのに、ですか?」


「そうだ。金を払ったのに、だ。まず根本的に一般的な消費活動とは別だ。一般的な消費活動とは、先に言った通り、お金の対価に商品を得ること。つまり自分のお金と、自分の欲しいモノを交換する行為のことだ。そうだね?」


「……多分」



 盗んだり強奪したりすることが日常的に選択肢に入っている弥堂は、うっかりそれを自白しそうになるが寸でのところで口を噤んだ。



「だけどね、『推しへの課金』は違う。お金を渡して欲しいモノを要求することじゃあないんだ。これまでに既に貰ったモノに対して課金をするんだよ。既に貰ったものとは、あるがままの推しの姿や振舞いから齎されたもの、つまり幸福に近いものだね」


「それは詭弁では?」


「そうさ。全くを以てキミの言うとおり! これは詭弁だ。だけどね、弥堂君。僕たちはこの詭弁を生命がけで守っていく必要がある。死ぬまで言い張り続ける必要がある。それが覚悟ってものさ。だから推しへの課金に前払いは無く、常に後払いしているんだよ。そう言い張ってお互い永く安らかに過ごせる環境を保つのさ。わかるかい?」


「……了解しました」


「だからお金を先払いして、望む対価を求めてはいけないよ? パパ活じゃあないんだからさ」


「はぁ……」



 つまり、ミカジメ料みたいなものかと弥堂は適当な理解の元に生返事をする。



「ですが、それでは余りに推し側が一方的に有利ではないですか?」


「それは否定しないぜ? だけどそのバランスが推し活をする上での環境を保ちやすいのもまた事実だ」


「それは推し自身の良識に左右されすぎます。中にはいるでしょう? 自分が精神的に有利なのをいいことに、相手が否定的な発言をしないことを逆手にとって搾取や詐欺を働く者が」



 ソースは弥堂自身だ。


 たった今、そういう詐欺で稼げないかと思いついたのだ。



「それも否定しないぜ? 当然居る。だって推しは人間だからね。時には犯罪を働くことだってあるだろうさ」


「それでも、その間違いに気付きながら行動を正さないのですか?」


「あぁ、その通りだぜ弥堂君。推しが例え犯罪を働こうとしていたとしてもだ。決してその悪徳を否定してはいけない。正すよう要求してはいけない。また、操作もしてはいけない。あるがままを受け止めよう」


「それは……」



 廻夜の言い様に弥堂は眉間を歪める。


 普段自分が犯罪的なことばかりをしている弥堂は不快感を覚える。


 自分がそうだからこそ、自分以外の人間が上手いことやって儲けているとムカつくのだ。



「ふふ、それはキミの“正義”が許さないかい?」


「いえ、そういうわけでは……」


「だけど弥堂君。例え自分自身の正義感に触れるものであったとしても、推しを変えようとしてはいけないぜ?」


「あるがまま応援をしろと? それは犯罪の手助けをして共犯者になれという意味ですか?」


「いや、それは違う――」



 廻夜はゆっくりと顔を左右に動かした。



「キミがそうしたいのならそれも構わないだろう。僕は推奨しないけどね」


「では、どうすれば?」


「いいかい、弥堂君。推し活をする上での基本は、あるがままの推しの行動を応援だ」


「それは共犯を働けということになるのでは?」


「いや、違う。『推すのなら、応援しろ』ということだ。だけどね弥堂君。我々が推し活をするのは全て我々自身の自由意思の元だ。しかし、いつだって同時に別の選択肢が存在する。それがなんだかわかるかい?」


「ヤクの密造ですか?」


「えっ――⁉」


「いえ、今のは言い間違いました。わかりません」



 廻夜の問いに弥堂はうっかり口を滑らせて別の犯行を自供してしまう。


 廻夜はギョッと目を剥いたが、少し考えて聞かなかったことにしたようだ。



「――んんっ、つまりね弥堂君。推すことを自由に勝手にやっているなら、推すのを止めることもまたいつでも好きに選べるんだよ」


「推しをやめる……?」


「そうさ。決して推奨しているわけではないけれど。そういう選択肢もあるって話さ。推しが気に入らない行動をする。それを変えてはいけない。どうしてもそれに我慢がならない。そうしたら推すのをやめるんだよ。相手を変えるのではなく、自分が離れるんだ」


「……ですが、それでは目的を達成することが出来ないのでは……?」


「いいかい、弥堂君。キミの目的はあくまでキミ自身の目的であり、キミ自身の問題だ。その達成も解決も他人の在り方に求めてはいけないよ?」


「…………」



 諭すような廻夜の言葉に弥堂は納得がいかない。



『解決法があるのにそれを実行しない』


『ダメになったら黙って離れる』



 だったら今やっていることに何の意味があるのだろう。


 それならば最初からやらなければいい。


 弥堂自身はそのように考える。



「…………」



 しかし、反論の言葉は出てこなかった。


 反論が思いつかないわけではない。


 ただ、納得は出来ないが、廻夜の提唱する考え方に既視感を覚えたのだ。


 いつかどこかで、似たような考えに触れたような。


 そんな気持ちになり、また何故か、不思議と悪い気分にはならなかったのだ。



 そんな風に黙っていると廻夜が締めに入る。



「もう一度言うぜ? 推しを操作してはいけない。それが明確な間違いを正すことだとしても。何故なら推しはキミの友人でも恋人でもない。当然家族でも。相手がそういったものなら話は別だ。必要とあらば拳を顔面に叩きつけてでも目を醒まさせてやらなければならない時もある。今の時代許されない行為かもしれないけれど。でも僕はそうするべき時はそうするべきだと思うぜ?」


「…………」


「だけど推しは違う。赤の他人だ。だから否定してはいけない。要求をしてはいけない。操作もしてはいけないというわけさ。ということで、『推しを操作してはいけない』。今日はそれだけでも覚えてくれればいい。いいね?」


「……わかりました。推しを操作しません」



 弥堂は廻夜の言いつけを受け入れることにした。


 議論の内容よりも既視感の方に気を取られていたからだ。


 一体いつどこで触れたものだったかと記憶の中から記録を探そうとして――



「――さて、それじゃあ次の話、本題に入ろう」



――廻夜のその言葉に意識を引き戻された。



「我々の3番目のテーマは、連休前にも匂わせたよね? それはズバリ、帰還勇者についてだ――」


「…………」



 そして廻夜にしては珍しく遠回りすることなくストレートに告げてきたその単語に、弥堂は緊張感とともに一気に引き込まれる。


 弥堂の表情を見て、廻夜は満足げに鼻息を漏らした。



「帰還勇者とはなんだい? 弥堂君」


「…………」



 その問いは、弥堂にとって名を訊ねられるのに等しい。


 相手が廻夜とはいえ、思わず回答に慎重になる。


 だが――



「それは異世界に渡って“勇者”と成って元の世界に還って来た者のことを云う――」



 そんな弥堂の内心を知ってか知らずか、廻夜が代わりにその答えを口にした。



「これまでキミには帰還勇者に関する様々な資料を渡し、関連作品へのリンクの一覧も共有したね? 帰還勇者に関する基礎的な知識は既に持っていると判断しても構わないかい?」


「…………」



 弥堂は僅かに廻夜から眼を逸らす。


 逸らした先にあるのは廻夜の背後の壁に貼り付けられた鏡だ。


 その鏡の中の人物を一瞥し、それから視線を戻した。



「構いません」


「うん。いい返事だ。では、異世界でファンタジーなチートを手に入れて大活躍し、それから元の日本へと帰って来たのが“帰還勇者”。そして、そんな彼が現代社会で様々なトラブルに巻き込まれるのが“帰還勇者モノ”だ。往々にして彼らは社会とは上手く共存できない。それは何故かな?」



 弥堂は視線を動かさないままもう一度鏡を見て、それから答えた。



「ヤツらが反社会的だからです」


「へぇ。そうなるのは何故だい?」


「ヤツらの『自身は勇者である』というアイデンティティは異世界で培われたものだからです」


「そうだね。異世界の常識はこの日本とは全く違うものだ。異世界の常識に適合して完成された人格は、こっちの世界には合わない。同じこの世界の中でも一歩外国にお邪魔すれば全く日本の常識が通じなくなるだろ? 世界が変わってしまったらそうなるのも当たり前だよね? だから社会とぶつかるのさ。異物と見做されてね。元々はこの国で生まれたというのに。全くヒドイ話だね。キミもそうは思わないかい?」


「……そうかもしれませんね。ですがヤツら自身にも問題があると思います」


「ほぉ? それはなんだい?」



 弥堂は表情を変えないまま、しかし自嘲をするように答える。



「ヤツらは下手くそです。大抵というかほぼ全てのケースで、ヤツらは自分の正体と能力を隠して潜伏しようとします。だがそこから先は多少割合は減りますが、やはり大抵の場合ヤツらは異世界で手に入れた異能を使って金を稼ごうとする。その結果バレる。ヤツらは下手くそだ」


「ふふ、それは確かにそうだね。それだけかい?」


「……そうじゃなかったとしても、多かったのが実はこの世界にも異能と同種のモノが存在したというケースです。ヤツらは必ずそれに首を突っ込んでバレる。下手くそです」


「なるほど。ありがとう。確かにキミの言うとおりだと僕も思うよ。でもそれには仕方のない理由もあるんだ」



 不機嫌そうに回答する弥堂に廻夜はどこか愉しげに笑い、先を続けた。



「まず、そうしないと物語にならないから――ってのは野暮だから言わないでおこう。だから別の理由を述べると、こんなのはどうだろう? 『異能と異能』『異質と異質』これらは引き寄せ合う。よく言うだろう?」


「どうでしょうか。わかりません」


「俺は普通の高校生だから?」


「……そうですね」


「ククク……」



 今度は少し意地悪げに笑ってから廻夜は表情を改めた。



「僕はね、これは意外とあるんじゃないかと思うんだ。おっと、論理的な根拠はないぜ? だけどそうじゃないと説明がつかないこともあるだろう? 例えば――こうしてキミと僕とが出逢ったことのように」


「…………」



 弥堂は答えに迷った。


 弥堂がまだこの学園に入る前に路頭に迷っていた頃、駅前の路地裏で廻夜に出逢った。


 そこで彼から色々と話を聞いた結果、弥堂は高校進学をすることに決めた。


 様々な書類や経歴を偽造してこの美景台学園に編入し、そしてここで廻夜と再会した。



 弥堂は彼がこの学園に在学していることを知らなかった。


 廻夜の方はどうかわからない。しかし少なくとも自分がここへ入学するつもりだとは話していない。


 これを『異質と異質』が引き寄せ合った結果の数奇な運命だと謂われれば、それは確かにそうなのかもしれない。



 それだけではない。


 ほんの一ヶ月前には魔法少女なんていうものと偶然出逢い。


 そしてほんの数日前にはバイト先で偶然異能関係のトラブルに出遭った。



 それは『異質と異質』『異能と異能』が引かれ合ったのでなければなんなのだろう。


 だって、“普通の高校生”がそんなモノに出逢うはずがないのだから。


 だからこそ、弥堂 優輝はこう答える。



「下手くそだったからです――」と。



 或いはこうだ――



(――運がなかったのさ)



「ふふ、そうかい」



 それはどちらへの返答だったのか。


 廻夜はまた笑う。



「まぁ、話を戻そう。彼らは何故社会と衝突するのか。それは彼らが異物だからだ。隠れてひっそりと暮らそうとしても、何故見つかり社会と争うことになるのか。それもやはり異質な異物だからだよ」


「そうですね」



 それに関しては弥堂も異論はなく、反論もなかった。



「そうして異なってしまうことの原因はさっきキミも言った、『自分は勇者である』という自認や自負のせい。だけどね弥堂君。僕は逆だと思うんだ」


「逆?」


「そうさ。どちらかというと彼らの自負よりも、他者からの認識や評価の方が問題だと思うね。どういうことかわかるかい?」


「……いいえ」



 廻夜は大きく息を吸いこんで腹を膨らませる。



「いいかい? 弥堂君。これは割と単純な話なんだ。この答えを言う前に前提としてもう一つ訊いておこうか。弥堂君。『勇者』ってのは一体全体何なんだい?」


「…………」


「それは『勇者』の称号を与えられて得た者だ。そのまんまだろって? でもそうなるには2つのルートがある。まずは、勇者の称号を与えられてそれに相応しいチカラを得た者だ。キミに渡した資料では大体がそうだったよね? ある日突然異世界に召喚されて。なんか神さまだかよくわかんないものにそんな称号を与えられて。そうしたら何にもしてないのにとんでもないチカラが身に着いちゃったりする。それから何かを成したり成さなかったり、それはそれぞれだ。でもさ、弥堂君。それって何か変だよね? 変というかなんかムカつくよね。まるでゲームのユニークなジョブみたいじゃん? 勇者になったから勇者に出来ることが出来るようになる。そういうことだろ? まぁ、でも、だ。そうであるなら、彼らは必ず成さなければならない。だって先払いしたんだもの。受け取っただろ? じゃあ世界を救うのは対価だよ。何せ『先払い』だからね」



 これに関してもやはり弥堂には異論はなく、反論もなかった。



「だけどさ、弥堂君。僕は本来順番が逆だと思うんだ。それがもう1つのルート。勇者と呼ばれる前に、そう呼ばれるに相応しい功績を挙げることだ。勇者だから世界を救ったのではなく、『世界』を救ったからその結果として勇者と呼ばれるようになる。僕は断然こっち派だね! むしろこれしか認めないよ。だってさ、考えてみてもくれよ弥堂君。そうじゃないと後払いにならないだろう? じゃないと僕は推せないよ。これは至極簡単で当たり前で順当な話だと、キミもそうは思わないかい?」


「……そうですね」


「ありがとう。ここでもキミと見解が一致して僕はとても嬉しいよ。ということで。『勇者とは、それに相応しい功績を齎してくれた結果そう呼ばれるようになった者』、これを我がサバイバル部の公式見解とする。異論はないね?」


「……ありません」



 廻夜はニヤリと笑いながら弥堂の顔を睨めつける。


 そして弥堂が同意をすると満足そうに頷いた。



「では話を戻そう。そんな帰還勇者と現代社会が何故相容れないのか。これも単純な話さ。彼らが功績を挙げて勇者の称号を与えられたのは異世界での話で。こっちの世界での話じゃないからさ。こっちではまだなんにもしていないのにさ、『俺は勇者だ』なんてイキられたら鼻につくだろ? だから現地勢力――というか、こっちの世界の人たちのことね? それと衝突することになるのさ。現地民からしたら正体不明で、だけど異質で強力な謎のチカラを持ったただの不審人物だからね。だから彼らはこっちの世界でも、その名に相応しい活躍と功績を見せつけなければならないのさ。でなければ誰もその背に続こうだなんて思うわけがないだろ? 面白味のない話で大変申し訳ないけれど、事はこんなにも単純なことなのさ。だからね、弥堂君――」



 冗長な口上を廻夜が締めようとした時、彼の眼前に弥堂の腕が突き出される。


 言葉を切られた廻夜の目に映るのは、弥堂の手首に巻かれた腕時計だ。



「時間です――」



 短い弥堂の言葉の直後、部室内のスピーカーからチャイム音が鳴る。


 朝のHR開始の10分前を報せる合図だ。



「おや。これは僕としたことが時間管理をミスったかねぇ。でも、時間なら仕方ないね」


「そうですね」


「それじゃあ弥堂君。今言ったことを考えて、帰還勇者についてのレポートを作成してくれたまえ」


「わかりました」



 弥堂は短く返事をすると席を立ち、手早く荷物を纏めて部室の出口へと歩き出した。


 その背に、いつかのように廻夜の声がかかる。



「残念ながら話は途中だったけれど。だけどまぁ、キミになら簡単だよね。“帰還勇者”のことなんて。僕がキミに語って聞かせるのは釈迦に説法でしかないだろう」


「…………」



 その言葉に弥堂は足を止める。


 そして振り返って廻夜の顔を窺うように視た。



「どうしたんだい?」


「…………」



 小首を傾げる廻夜に対してすぐには答えず、弥堂は虚空を見上げながら少し考える。


 そして、思いついたこととは別のことを訊くことにした。



「……2番目の課題――」


「うん?」



 再び廻夜のサングラスのレンズを視る。



「『もしもホテルが――』というやつです」


「あぁ、うん。それがなにか?」


「結果は聞かなくてもわかると仰いましたが。じゃあ、俺が何をどうやって達成したかご存知なのですか?」



 探るような心持ちで弥堂は廻夜の言葉を待つ。


 しかし、廻夜は殊更軽薄に肩を竦めてみせた。



「いや? まったく知らないよ。僕はなんにも知らない。だけどね、弥堂君。僕はただキミを信じているのさ。それとも今日の議論に副ってこう言い換えようか。『僕はキミを推している』と――」


「……そうですか」


「訊きたいことはそれだけかい?」


「何故そう思うんです?」


「うん? 何故僕がキミを推すのかってことかい?」


「あぁ、いえ。違います――」



 弥堂は結局最初に訊こうと思いついて止めたこと――それも訊いてしまうことにした。



「どうして、俺には帰還勇者の説明はするまでもないと――そう思うのですか?」



 それは通常なら絶対に口にしない問いだ。


 ともすれば、質問をした時点で自身にとって致命的なことにもなりかねない。


 だが――



「あぁ、そんなことか――」



――廻夜はやはり軽薄な調子で腹を揺らした。



「――さっきも言ったじゃあないか。僕はキミにはたくさんの“帰還勇者モノ”の物語を貸したし紹介もした。だからよくわかってるだろ? “帰還勇者”のことは」


「あぁ、そういうことですか」



 そして、運よく致命的な事態にはならなかったようだ。



「僕はね、弥堂君。キミを信頼している。だって、キミは僕が紹介したそれらに真面目に眼を通してくれたじゃあないか。僕はキミのそういう行動の一つ一つ――功績を以てしてキミを信じているんだよ」


「大袈裟だと思いますが」


「そんなことはないさ! だって弥堂君、さっきも言っただろう? 何の功績もないヤツがさ、自分が“そう”だからって。まるで自分の名前を名乗るかのように。『自分は勇者だ』って名乗ってきたらさ。そんなの僕は認めないよ。認めるわけがないだろう? だからこれまで共にした活動の中でのキミの行動を評価して、それで僕がキミの方を推すに至るってのは至極当然の話なんだよ」


「……そうですか」



 廻夜からの全肯定に弥堂は居心地の悪さを感じ、この場を辞すことにした。


 称賛する上司に背を向けて再び出口へと歩きだす。


 背後で苦笑いを浮かべたような気配を感じた気がした。



 弥堂がドアノブに手をかけると、また廻夜が繰り返す。



「そんなわけだ。キミにとって“帰還勇者”に関するレポートなんて楽勝だろ?」



 弥堂はドアを開き廊下に足を一歩踏み出したところで室内を振り返った。



「いいえ。さっぱりですね――」


「うん?」


「その理由もまた簡単なことです。だって――」



 答えを口にしながら弥堂は答えを口にする。




第三章 『俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない』




 パタリと扉は閉ざされた。



 物語はもう始まっている。


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うおおおお! 先輩は一体「どこまで」見えてるんだ!? 流石だぜ
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