2章裏 The True Traitor #EX
やっぱポーションもっと作っとけばよかったなぁ。
また1人、ホテルの中から連れてきた要救助者を清祓課に引き渡して、あたしは胸の中でぼやく。
正式に指示された救助活動を始めてから、けっこうな時間が経った。
ケガ人がいっぱい。
重傷者から軽傷者まで。
ホテルの1Fでテロリストとガチンコしてた“G.H.O.S.T”の隊員さんなんかは特に酷い。
ケガの具合もそうだし、中には死んじゃってた人も。
今日だけで何人も死体を見た。
けど、あたしは慣れない。
ホテルの上の方にもケガをして動けない人たちはまばらに居た。
でも15Fより上には生存者はゼロ。
あいつが居たところの近くには生き残りは居ない。
そういうわけで、かなりの回数をホテルの外と中で往復することになっちゃって。
そうするとつまり、かなりの数のケガ人がいるってこと。
んで、ある程度までの傷ならすぐに全回復させる秘密のポーションをあたしは持ってるわけなんだけど。
当然あたしの手持ちだけじゃポーションは足りない。
そしてこんな不思議アイテムを人目の多いとこじゃ、大っぴらには使えない。
だから、ケガの状態がヤバイ人にはホテルの中で助けた時に優先的に使って、比較的軽症の人にはゴメンねするしかないわけで。
そうすると――
「――火元に近い場所、ヨクこの軽傷で済んだナ」
――やっぱ怪しまれちゃうわよね。
黄沙ちゃんのジト目を「あはー」っと愛想笑いでスルーしようとしたけど――
「……オマエ連れてくる、ケガ人、ミンナ大したケガない。偶然カ?」
さらにジロリと疑われちゃう。
でも、許してくれた。
「後ハ?」
「上の方の階とか、爆発したとこに近い火の激しいところはもう大丈夫。後は、下の方の階でテロリストと戦ってた人たちかな」
そして情報交換。
多分もう山場は越えられたと思う。
2回目の爆発は1回目よりもヤバかったみたいで、建物の損傷や火事も酷かった。
あたしも全力で何度も往復ダッシュした。
けど、その甲斐あってどうにか助けられたと思う。
助けられる人は――
「キミの異能のおかげでかなりの人を助けられたよ。ありがとうウェアキャットくん」
だから。
佐藤さんからのこのお褒めの言葉にも、素直には喜べない。
それに。
あたしたちの本来の目的は、救助活動ではなかったはず。
その本来の目的ってやつのことを考えると、気掛かりな点がいくつか。
まず、今回の本丸である福市博士が攫われたままなこと。
あと、それを一人で追った弥堂のこと。
んで、今考えてた助けられなかった人のこと。
事件自体はまだ何も終わってない。
だから喜んでちゃダメ。
そんなあたしの浮かない様子を目にした黄沙ちゃんに――
「オマエ、死体、ハジメテか?」
――気付かれてしまう。
「慣レロ。今回の戦場、死体、少ない方」
彼女は続けてそう言った。
わかってはいる。
それに。
ここで死んだ人たちは、“そういう”戦いをする為にここに来た人たちだ。
そうなる可能性が十分あることをわかった上で。
そうなることを織り込み済みで。
だけど――
「うーん、慣れたくないなぁ……あはは……」
あたしは苦笑いで誤魔化す。
黄沙ちゃんの言うことが正しいのはわかってる。
でもさ。
たぶん、“それ”に慣れきっていった先の。
その果てにあるのが、あいつのあの姿なんだ。
だから――
あたしがそうやって呑み込めないでいると佐藤さんが、
「キミのおかげで死者が増えないで済んだって言ってくれてるんだよ」
おや?
そなの?
もしかしてツンデレさんなのかな?
思わず視線を向けると黄沙ちゃんはプイって。
かーいい。
少し癒された。
けど――
「中途半端、痛めつけて、逃がシタ。オマエ、シロウト」
そんなことを考えたあたしへの仕返しなのか。
また獣人さんを逃がしたことを叱られてしまう。
うぅ、だってさぁ……
これも思わず、言い訳をしたくなっちゃうけど。
だけどこれもあたしの経験不足だ。
次に活かします。
「それより、マッドドッグ君の方は、やっぱり……?」
佐藤さんに聞かれてもう一回スキルでの反応を確認。
だけどやっぱりどっちのスキルも範囲外だ。
多分ヘリはどっちも港の方に向かったと思うんだけど。
でも港で降りたとは限らない。
【小指で支える世界】で現在表示してるのは。このホテルの周辺だけだ。
やろうと思えば港までどころかもっと広域表示も出来る。
だけど、範囲を拡げれば拡げるほど、生物の反応とか、細かい建物や路地の詳細な表示は出来なくなる。
このスキルはそういう仕様。
ホテルで救助活動をする以上、ここに範囲を絞らざるをえなかったの。
それと、【仮初の絆】。
一時的なパーティを組むスキルなわけだけど。
これも作戦エリアとして指定した範囲から出られると繋がりが切れちゃう。
闇バイトが指示役から逃げるための仕様でフェアです――
とかって、みらいが言ってたけど。
これはあたしにはよくわかんない。
真っ当に協力しあいなさいよ。
というのが今のあたしと弥堂の状態で。
これは元々のあたしのスキルの性能どおりなんだけど。
でも――
その前に屋上近くで一回切れたのは――
――あれはなんだったの?
しかもわりとすぐに勝手に戻ったし。
今までにあんな挙動したの見たことない。
どっちのスキルも、範囲から出ること以外でスキルを解除するには――
対象が自力で解除するか、別のスキルかなんかで隠蔽するか、だ。
でも。
それでスキルを切ることが出来たとしても、よ?
その後にまた繋ぎ直すってのは絶対にムリなはず。
あるとしたら隠蔽スキルで自分の存在を隠して、それを解除したからあたしの方でもまた知覚出来るようになった、とか。
でも、これもないと思う。
【小指で支える世界】のMAP上の表示を、気配を消すことで隠すことは出来る。
だけど【仮初の絆】は違う。
こっちはあたしとの直接的な繋がりで感覚的なものだから、それはありえないと思うのよね。
だから今回のことは、やっぱり範囲外だからって考えるしかないんだけど。
それに、あともう一個だけ。
薄いけど、可能性がある。
それは、対象が死ぬことだ。
そこから復旧したってことは。
死んで、それから生き返った――とか。
まぁ、それこそありえないわよね。
いくらあいつが変態でも。
うーん。
でも、スキルのことは置いといても。
あいつは屋上にも、港にも、一人で向かった。
そこには敵がいっぱいだろうし、“そんなこと”になってもおかしくない。
だからフツーに心配ではある。
そんな風にあたしが考えてる間、佐藤さんはどっかに電話してる。
報告とか指示かな?
英語で喋ってるっぽいから、“G.H.O.S.T”への報告?
港の方に逃げたって伝えてるのかな?
“G.H.O.S.T”がそっちに向かうってなると、増々あたしの出る幕じゃなくなっちゃう。
なんか曖昧というか、すっきりしないというか。
今回の事件は、ケガ人を助けたりとか、敵を追っ払ったりとか――
そういうことで“勝ち”になるわけじゃない。
「ハカセ、奪われタラ、負ケ」
そう。
それが一番重要で。
そういう条件の、そういう仕事だったはず。
でも――
(本当にそうなのかな……?)
なんか違う気がしちゃう。
違うっていうか。
それだけじゃないっていうか。
これもただのカンだから、上手く言葉に出来ないんだけど。
でもやっぱり――
(違う……、なんか気持ち悪い……)
やっぱりそうとしか思えなくなる。
(敵って誰……? ううん。そうじゃないか。敵ってテロリストだけなの……?)
弥堂の行動を見たことで、全部わからなくなる。
てゆーかさ、あいつムチャクチャなことばっかしてるけど。
でも。
そもそもさ――
(あいつは誰の敵なの……?)
テロリストの?
“G.H.O.S.T”の?
あいつはあんなでも、それでも佐藤さんの言ったボーナスの条件を満たそうとはしてた。
だから少なくとも、あの事務所で受けた仕事をやってるつもりではあって。
清祓課に敵対してるつもりはないのかも。
清祓課の方はそう思ってはくんないだろうけど。
でも、そんなのより。
もっと大前提がある。
あたしにとっては?
あいつは、あたしの敵なの?
極端に。
ドライに考えるのなら。
あたしは別に“G.H.O.S.T”の味方というわけじゃない。
だから“G.H.O.S.T”の敵となったあいつのことを、あたしも絶対に敵視しなきゃいけない――わけではない。
フツーというか、法的、倫理的、道徳的とかで考えたら完全アウトだけどね。
それこそ、愛苗の敵だっていうんなら、その瞬間にあたしの敵にもなるけど。
(ううん。これもやっぱり違う。あいつは……、誰の味方なの……?)
たぶん、これが一番大事。
あたしはこれを知らなきゃいけない。
その真実がきっと、あたしとあいつの関係を決定づける。
ヘンよね。
さっきの空中戦とかさ。
なんか連携して潜り抜けたって感じなのに。
今更こんなこと考えてるなんて。
自分とあいつに呆れて、思わずクスリと笑ってしまいそうになると――
「あれぇー? おかしいなあ……」
またベツのとこに電話をかけてた佐藤さんが、ピシャリとおでこを打って首を傾げる。
どしたんだろ。
「“G.H.O.S.T”の指揮官さんが電話に出ないんだよぉ。コールは鳴るんだけどねぇ……」
え? ミラーさん?
「あの女の死体、見つかってナイ」
そういえば、途中からあの人見なくなったわね。
「うん。“G.H.O.S.T”の人たちも慌ててないから、死んだってことはないと思うんだ。せっかく港のこと教えてあげようと思ったのに。というか、あそこで戦闘になるんなら封鎖もしなきゃいけないから相談したかったのに……」
「……クサイ」
黄沙ちゃんが眉を寄せる。
その女児らしからぬ眉間の皺を見て――
あれ?
なんか。
すっごくヤな予感がしてきた。
なんだろ?
気掛かりなことがまた増えちゃった。
博士の安否。
ミラーさんの安否。
ついでに弥堂の安否。
ついでついでにあいつの本心。
そして――
(やっぱりあの爆発……! スゴイ気になる……っ!)
2回目の爆発のこと。
空中でヘリとケンカしてる大バカの援護をして。
それからそのバカを追って一緒に博士を取り戻しにいこうと思った時。
タイミング良くなのか、悪くなのか。
ホテルがまた爆破された。
そのことに気を取られてる間に、弥堂も博士もどっか行っちゃって。
少しすると弥堂にかけたスキルが解けた。
あたしはホテル内の救助を命じられて、中に向かおうとした。
そんなあたしの姿を監視してるドローンが居た。
ドローンさん本人がそう言ったわけじゃないけど、あれは絶対にそう。
そして――
あたしはあのドローンを見た瞬間に、こないだ戦った天使の姿が頭に浮かんだ。
とはいっても。
さっきのホテルの爆破が天使の仕業だって言ってるわけじゃないし、そんなことは思ってない。
ただ、このシチュエーションっていうか、この出来事?
あたしのジャマをするような。
あたしを誘導するような。
そんな誰かの意図を感じた。
前回の港での事件。
天使を追っ払って、あたしはそれで力尽きちゃった。
少しの間意識を失っちゃって。
魔石も使い切っちゃったから、そこから泳いで美景の港へ向かった。
辿り着いた時にはスタミナ切れで、それでまた気を失っちゃったんだけど。
でも、あたしが着いた時にはもう、あの時の港の事件は終わっちゃってた。
もしもよ――?
あの時、天使と遭遇しなかったら?
あの天使は美景か無人島のどっちかに行って、別の大惨事が起こってたんだと思う。
だから、アレをやっつけられるあたしが、偶然たまたまベストタイミングで天使の出現位置でエンカウントしたのは――
トンデモないラッキーだった。
ってことになる。
でも、ホントにそうなの?
その事実自体はホントなんだろうけど。
でも。
たぶん。
それだけじゃない。
まだ他に。
他の知らない誰かの、何かの意図があった。
だからもしも――
あの時、あの天使があそこに現れなかったら?
あたしはあの時の港の事件に間に合ってたの?
弥堂が何かと戦ってたっぽい港に。
愛苗が居たかもしれないあの港に。
逆なの?
誰かが、あたしが間に合わないようにするために、あの天使を?
ううん。
天使はちがう。
あの子には意思というか意図というか自我というか。
そういうのは感じなかった。
だから。
あの子自体には何のつもりもなくって。
ただ自分の役目的なものを果たしに来ただけで。
じゃあ、誰かが、天使が出てくるように仕向けた?
天使に、あたしを、ぶつけたんじゃなくって。
あたしに、天使を、ぶつけた――?
自意識過剰。
思い上がりも甚だしい。
だけど――
あたしにはもう、そうとしか思えない。
だって。
今回も一緒だ。
あたしを、港に行かせないために――
「――ニセネコ。ボーっとスルナ」
――あ、ほら、これよ。
といっても黄沙ちゃんがどうこうってことじゃないわよ?
そういう運命というか、巡り合わせというか。
あたしはこの通り、まだここで救助をしなきゃいけない。
今回もあたしは港には行けない。
なに?
あの港になんかあるの?
というか、さっきのだけじゃなくって、1回目も2回目も。
そもそも爆発ってさ、おかしくない?
「うん。いい目の付け所だね」
「そもそもね、あんな規模の大きい爆発を起こせるような爆発物がいくつもホテル内に残っているのがおかしいんだよ」
そうよね、佐藤さん。
だってさ、“G.H.O.S.T”が調べないわけないじゃん。
だからホテルを爆破した爆発物は、そこらの客室や廊下とかの物陰にテキトーに置かれてた物じゃなくって――
「壁の中や配管部分など……。つまり、業者でもないと簡単には立ち入れない場所だ。なんなら改装工事の時でもないと仕込めないような場所にまで……。ちなみに、この建物に最後に改装工事が入ったのは半年ほど前だ」
「え、それって……」
「そう。おかしいんだ。ここを使うのが決まったのは今日だ。そんなに以前から仕込めるはずがない。今回の博士の来日のスケジュールが決まるずっと以前から、今日という日に何が起こるか知ってでもいないと……」
気味が悪すぎる。
なにもかも。
全部が都合よく。
あたしにとっては多分都合悪く。
こんなの仕組まれてたとしか思えない。
けど仕組むにしたって、こんなの実際に実行して成功させられるヤツなんて、あたしの知る限りじゃみらいくらいしか思いつかない。
でもあの子は犯人じゃない。
すっごくやりそうではあるけど、今回は違う。
他にそれが出来るヤツ。
あたしのまだ知らないヤツ。
だけど――
あたしのカンが捉えた――
『本来知るべきではない未来を知っているかもしれないヤツがいる』
――法廷院の言葉。
学園の廊下で最初に聞いた言葉。
――ソイツだ。
たぶん。いや、ゼッタイ。ソイツだ。
見つけた。
や。見つけてはないんだけど。
でも、ソイツが――
何かを知ってて――
何かを思ってて――
何かのつもりで――
――それであたしたちにチョッカイをかけてきてる。
ソイツのやってることが、善いことなのか悪いことなのかは、わかんない。
ソイツのやったことで結果が、良くなってるのか悪くなってるのかも、わかんない。
だけどそこに――
ソイツ自身の――
ソイツだけの都合が――
――なにかがある。
こういう風に言うと、ソイツだけが特別な悪のように聴こえちゃうかもだけど。
でも、それはきっと、あたしたちみんながそうなんだ。
今回のこの戦場――
博士を守るための場所。
そこには――
博士を奪いたい人たち。
博士を守りたい人たち。
――それぞれ自分の都合を持った人たちが大勢いた。
敵にも、色んな意図を持った色んな勢力が混ざってて。
こっちもこっちで、“G.H.O.S.T”そのものの意義があったり、ミラーさん自身の意図が別にあったりで。
さらに清祓課や、佐藤さんも。
みんなそれぞれの都合があって、そしてあたしたちもそうだった。
あたしは愛苗のことと、弥堂のこと。
弥堂は多分お金と、それと他にというか、そのお金自体もきっと他の何かのために。
事件の中心に置かれた博士にはなんにも関係なくって。
博士自身はなんにも望んでなんかないのに。
その周りに居たあたしたち全員が、それぞれ勝手な別の意図を持って、都合を持って――
そうやって勝手にややこしくして、勝手に殺し合ってる。
だけど。
これが戦場なんだ。
あたしは知った。
この人間同士の戦場という場所には、正義なんてものはないんだ。
もしもここに聖人が居たら。
他の全員の都合や思惑なんて知ったことじゃないと。
あいつの信じる正義の元に全員を叩き伏せるのだろう。
でも、そんなヤツも聖人だけで。
だからきっと、これがフツーなんだ。
今日あたしが知った、戦場のフツー。
誰も正義じゃなくって、きっと勝ったヤツが正義を名乗る。
その“ライセンス”を得る。
そんな、酷く身勝手な場所。
でも、それでも――
全員がその自分の都合の為に、自分の生命をBETしてる。
きっとそれだけが、唯一のイーブン。
あたしは今日、初めてそれを知った。
だけどさ――
そのたった一つのイーブンなルールも守んないでさ。
外側から操って、自分の都合のいいようにしてるヤツがいる。
一人だけ、安全な場所で。
ソイツはゼッタイにあたしの敵だ。
根拠はカンしかないけど。
でも、そのことも、間違いなく今日初めて知った。
そして――
これだけわかって――
これだけ知って――
それでもなお――
「ソンナことヨリ、救助」
――あたしは港へは行けない。
そこまで感じ取ってても。
結局目の前で傷ついてる人や、死にそうになってる人たちを見捨てて。
自分だけの都合だけで行きたい方に進んでいくだなんて。
そんな選択は選べない。
でも――
あいつには出来る。
あいつは、誰の生命も、都合も、知ったことじゃない。
向かってる方向は真逆だけど、ある意味であいつは聖人と一緒だ。
だからあいつは今港に居て。
あたしはまだホテルに居る。
これが弥堂なんだと――
それも今日初めて知った。
そして思い知った。
あたしは半ば消極的な足取りでホテルの方へ戻る。
これじゃ結局前回と一緒じゃんか。
あたしは中心じゃないトコで気だけ揉んで。
あいつは一人で中心で。
少しあいつに好意的な言い方にすれば――
またあいつ一人に丸投げしちゃってっていう風にも謂える。
あたしが本当に居るべき場所はここじゃなくって――
それはもしかしたら、あいつの向かいで対立するか。
それはもしかしたら、あいつの隣なのかもしれない。
隣。
でもそれって――
『共犯者がいればいい』
――正門前での、あいつの言葉を思い出した。
あたしは色々思いながら。
だけど、あたしのホントじゃないベツの大事なことをする。
(それでいいのかな……? 本当の敵って……誰なの……?)
ボタンが掛け違ってることに気付いてるのに、それを直すことが出来ない。
そんな気持ち悪さがある。
自分の都合を押し付ける――
『周囲がどう変わっても全て無視してしまえば、自分は変わらずに、変えずに済む。他人とのコミュニケーションのコツは、要はいかに相手を無視して自分の都合を押し付けられるか、だと考えている』
一緒に帰った時、あのバカはそんなことを言った。
そっか。
ちょっとヘンなこと言うね?
んなわけねーだろ! って怒られちゃうようなこと。
あいつって、ホントにウソつきなのかな?
だってさ、最初っから全部言ってたんじゃん。
だからさ、本当にウソつきなのは、あたしの方なのかも。
それに、『最初』――
そっか。あの日が最初――始まりだったのかな?
ふと、足を止めてあたしはクルっと振り返る。
そして港の方角をビシッと指差す。
「――『共犯者』」
あの時。
あたしはあいつにそう言った。
何がホントか、一緒に確かめてみよって。
そのための『共犯者』――
そういう約束をした。
でも。
それは守るつもりのない口約束で。
ただの他愛のない高校生同士のお喋りで。
それは契約じゃないから。
それが約束として守られるかどうかは本人たちの気持ち次第の。
そんな軽い約束。
あたしにはそんな重い意味はなくって。
きっとあいつだって本気にはしてない。
でも。
あれがホントの約束だったとしたら。
あたしは今日、あいつの『共犯者』になってあげるべきだったのかもしれない。
だけど。
そうじゃないから。
そうはなれなかったから。
だからあたしは今ここにいる。
そう考えると。
本当の裏切者は――
ウソつきは、あたしなのかもしれない。
あ――でも。
あたしはあいつのしたことを、誰にも言わなかった。
どう考えてもちゃんと報告しなきゃいけないようなことだったのに。
それをオトナたちに隠して。
結果的にはだけど。
あいつを庇うようなカタチにもなっちゃってる。
そうしたのには確かな自分の利益があって。
そして確かな意図もある。
そっちの方向で考えると。
あたしは今日、あいつの『共犯者』になってしまったことになる。
そうなのかもしれない。
仮にもしそうだったのだとしたら――
もう引き返せない。
オトナの戦場で、人がいっぱい死んだんだ。
子供同士の他愛のないお喋りでは済まない。
だから、あれはもうホントにしなきゃいけない約束に――
千切れて破綻しないように二人で結んで、その糸の両端をそれぞれで握っていなければならない――
あたしたちはそんな風に為ってしまったのかもしれない。
だって。
そこにはお互いの明確な利益があって。
明確な意図がある。
勝手な都合が。
だから。
あたしたちは。
言い訳のしようもなく。
擁護するのも不可能な。
『共犯者』と為った――
――なんてね。
それがどっちか確かめるには――
だからあんた。
ちゃんと帰ってきなさいよね。
「え――」
その時――
港の方を指差すあたしの指先から――
淡いピンク色の小さな光が顕れて。
そして緩い風に浮かぶように、ふよふよと流されて行った。
港の方へ――
「なにあれ……」
なんかスキル誤爆した?
あれー?
あんなスキル取ってたっけかな……?
「不思議だなー」と思いつつ。
その言葉を浮かべると愛苗のことを思い出して。
それから今の自分の仕事を思い出して。
あたしは踵を返そうとして――
「わわわ……っ⁉」
――足元にあったちっちゃなお花を踏みそうなり、慌てて足の置き場を変える。
それから急ぎ足でホテルへと戻った。
元はアスファルトで完璧に舗装された綺麗なホテル。
その玄関口の真ん前のスペースに、そんな花が一輪だけ咲いてることの不自然さには気付かなかった。
何故かあたしは、それがそこにあることが当たり前のように受け止めていた。




