2章裏 War Behind ②
10Fの広間――
ここまでの道中のように不意打ちの取り合いじゃなくて、今回は正面切ってスタートする戦いだ。
相手は7人、あたしは1人。
おまけに人質まで3人もとられてる。
誰がどう見ても完全に不利なんだけど、あたし自身はそこまで深刻には思ってない。
敵。
テロリストの男たち。
今日会った清祓課や“G.H.O.S.T”の正規の隊員さん達とは雰囲気が違う。
異質でコワイ感じ。
でも――
さっきの弥堂に比べれば全然マシ。
たぶんあいつの方がずっとコワイヤツなんだと思う。
人質に銃を向けて見張ってる2人以外――
つまり残りの5人分の銃口があたしに向く。
流石にちょっとだけ身が強張っちゃいそうになるけど。
だけど――
「――だいじょぶ。できる……」
銃を構える敵を映す視界の手前にまた文字が流れてく。
みらいが言うには『戦闘ログ』とかって。
敵の手元に注目。
一番前に居る男の人差し指が動いた瞬間にスキルを発動させる。
【体術スキル:LV9】
【戦技:回避】≪幻影舞踏≫――
スキルを発動させると足の爪先から踵まで床につけて、すり足のように歩を踏む。
左右に揺れるあたしの上体がブレる。
その瞬間に発射された無数の銃弾があたしの姿を貫く。
だけどそれは残像――
銃弾が通り過ぎると其処に残してきた映像は霧散してしまった。
“な、なんだと……ッ⁉”
空振りに気付いた連中が驚きの叫びをあげる頃には、あたしは数m横に移動してる。
今度はこっちの番――
「【無尽の害意】――」
右手の人差し指に嵌った指輪に呼びかける。
黒い宝石にギラリと冷たくて鋭い光が灯り――
“――暗器使いか……ッ⁉”
――あたしの手に黒いナイフが顕れる。
宝石の色と同じで、黒くて無機質な鉄。
余計な装飾どころかヒルトもハンドルもない。
グリップからエッジまで黒い鉄で一体になってる。
サイズは小さめ。
それが3本。
指の間に挟んで右手で3本とも持つ。
続いて――
【投擲スキル:LV8】【射撃スキル:LV7】【マルチショット:LV6】【ダブルアタック:LV9】【必中:LV9】【手加減:LV4】……
スキルとアビリティが多重起動。
これらは全て次の攻撃スキルにかかる有利な効果。
【戦技:投擲】≪スロウ・スワロウ≫――
スキルを発動すると、そのスキルに設定されたモーションどおりに身体をクルっと回す。
そして、喚び出したばかりのナイフを3本とも投げた。
あたしの手を離れた瞬間に、3本のナイフがそれぞれ分裂でもしたかのように6本に増える。
それらは一斉に急上昇してから急降下。
まるで燕の飛行のような軌道でテロリストたちに襲いかかった。
まず人質を押さえていた2人の銃口に刺さり、残りの4本も他の男たちの銃口に突き刺さった。
チャンス――
「――いっくわよ!」
――≪スプリント・バースト≫
ブーツの底が爆発したって錯覚するくらいに推進力を得て、あたしは一気に――そして一瞬で人質たちの間近まで接近した。
【体術スキル:LV9】【手加減:LV4】……
【戦技:格闘】≪円蹴撃≫――
円を描くような軌道の右の回し蹴り。
人質の近くにいた2人の敵をまとめて蹴っ飛ばす。
これで人質は解放――
――と、そこまで甘くはなく。
背後の近くに居た敵の一人が慌てて銃を向けてくる。
さっきの投擲スキルで無力化出来なかった一人ね。
だけどあたしだって油断なんてしてない。
すかさずスキルで迎撃――
「≪ハインド・フリップ≫――」
鹿がそうするように後ろ足を跳ね上げる。
あたしのブーツがヒットした瞬間に、テロリストの構えていたライフルは粉砕。
“く、くそ――ッ!”
男はライフルから素早く手を離してナイフに持ち替える。
でも、その時にはあたしはもうそいつの視界にはいない。
「【跳兎不墜】――」
男の2mほど頭上で身を反転させながら名を呼ぶと、愛用のブーツの白い宝石が上機嫌そうに輝いた。
【体術スキル:LV9】【軽業:LV10】【手加減:LV4】……
【戦技:格闘】≪クレッシェント・スラム≫――
あたしを見失ったままの男の頭に、三日月を描く蹴り足が振り落とされた。
男はその一撃で白目を剥いて引っ繰り返る。
おし。これで人質を回収できれば。
その時、残った敵の4人が使い物にならなくなった銃を放り捨てる。
そしてほぼシンクロした動きで、懐から短い鉄の棒のようなものを取り出す。
そしてそれを身体の前で構えた。
なにあれ。
どう見てもなんかありそうだから、怪しい棒を「むむむっ」と睨む。
すると――
ん? 独鈷杵?
なにそれ――って、魔術媒体⁉
やば――
男たちは口々になにかムニャムニャと唱えてる。
考えるまでもない。
魔術の詠唱だ。
何が飛び出してくるのか知んないけど。
このままじゃ人質を巻き込んじゃう。
あたしはその場を大きく飛び退る。
同時に――
「【愛の深さと等しきモノ】――」
呼びかける。
あたしの左の太ももに、デニムの上からガーターリングが顕れる。
黒いレザーに飾られた紫色の宝石が怪しく光り、宝石から3本の鎖が飛び出した。
「え――」
長く伸びたその鎖は意思を持ったように動く。
この状況にまったく着いていけてない人質のスタッフさんたちに、鎖が1本ずつ巻き付いた。
そして――
「――う、うわあぁぁーーッ⁉」
まるで大物のお魚を釣り上げたみたいに、スタッフさんたちを部屋の天井近くまで引っ張り上げる。
当然スタッフさんたちはびっくり。
ごめん! ちょっとガマンして!
あたしが飛び退いた数瞬後に、元居た場所に火だの水だのの魔術が集中砲火。
あっぶな。
一気に安全圏まで跳んだあたしはさらに鎖を操作。
スタッフさんたちを部屋の出口へ引っ張って、外の廊下にそっと下ろす。
鎖を消しながらあたしもそっちへ駆け寄った。
スタッフさんたちのケガの状態をザッと確認。
……うん。すぐに生命に関わるような大怪我の人はなし。
「あとでケガ治したげるから、もうちょっとだけガマンしてね?」
目を白黒させる彼らに一方的に告げて、返事は待たずにドアをバタン。
そして――
「【不可侵の錠前】――」
中から厳重に鍵をかける。
これなら戦いに巻き込む心配も、人質にとられる心配もない。
「さて、覚悟しなさいよね……」
敵の方へ身体ごと向けると、あいつらなんかすっごい怒ってる。
まぁ、あっちにしてみればそりゃそうか。
残った人数は6人、か。
最初に蹴っ飛ばした人質係の2人は起き上がってきていた。
≪クレッシェント・スラム≫を叩きこんだヤツだけは気絶したままだ。
うーん。これが【手加減】スキルの難しいとこよね。
あたしのレベルだとKO仕切れないし、気絶もさせられないことがある。
かといって、手加減抜きでぶっ飛ばしちゃうと死なせちゃうかもだし。
この辺は聖人がすごい上手いのよね。
あいつの【手加減】はMAXまで上げてるからLV10だし。
そういえば――
テロリストたちをマジマジと見る。
さっきのって魔術よね?
ってことは、こいつら魔術師なのか。
陰陽術は見たことあったけど、魔術は初めて。
改めて彼らを注視すると――
――【魔術師】【魔術:LV2】などの表示が浮かぶ。
おし! これで【魔術】登録できた。
次からはすぐに見分けられるようになるかも。
そう満足しつつ、ヤツらからの罵詈雑言には聴こえないフリ。
でもお返しに――
「――あっさり人質奪われやんの。だっさー」
――と煽ってみたら、魔術師さんたちのお目めはガンギマリ。
あ、そっか。
カルトの魔術師ってこいつらのことね。
そんなカルトさんたちは、また一斉になにやらムニャムニャと唱え始める。
そんな敵の様子を視界に映して――
「――てゆーかさ?」
ちょっと待って?
もちろん待ってくれるわけなく、火だの氷だの雷だのと――
色とりどりの魔術が全部あたしに向かってくる。
「――これみんな魔術師なのぉッ⁉」
魔術師なんてここまで一人も居なかったじゃん!
なのに一気にまとめて出てくることないでしょ⁉
理不尽だと叫びながらあたしは横方向へ走る。
あたしが走り去った後の床に魔術が次々と着弾。
万が一魔術が壁を壊して、廊下のスタッフさんたちに被害が出るといけないから離れないと――
――ん? でも……
あたしは走りながら顔だけ振り向かせて背後を見る。
火の玉が壁に直撃したけど、せいぜい焦げたくらいだ。
それに、今も全力で走ってるわけじゃないのに、あいつらの魔術は全然あたしに追いつけない。
空振って床を傷つける程度。
あー、ね? そーゆーこと?
こいつらのレベルって、陰陽府の一般的なスタッフさんたちと同じくらいか。
魔術を撃ち終わったあいつらは、また次の呪文を唱えてる。
あたしはそれを睨む。
相手は魔術師6人。
だけど――
「――これならリィゼ1人の方がよっぽど厄介……ッ!」
次の魔術の一斉発射に合わせて、グリンっと進路を変える。
あたしは敵の方へ突っ込んだ。
正面からは当然魔術が狙ってくる。
でも、こんな遅いの、回避スキルを使うまでもない。
あたしはほとんどスピードを落とすことなく、魔術を避けながら敵の集団に近づく。
すると――
このままじゃマズイと思ったのか。
魔術師たちは連携でもとるような動きを見せた。
タイミングを合わせて一斉にあたしを狙う。
そんなの余計にやりやすいっつーの。
大きくジャンプして魔術の掃射を回避。
そして――
「【跳兎不墜】――」
ブーツの能力で空間を踏む。
空中を蹴った反動でまず前に進み敵の頭上まで来る。
それから今度は“上”を蹴って下に“跳ぶ”。
真上から迫るあたしを狙って、魔術師の1人が氷の矢を放った。
「【心射つ幻穹】――」
腕輪をまた魔法弓にフォームチェンジ。
でも魔法はまだ使わない。
てか、防御魔法とかムリだし。
なので、魔法抵抗の高い魔法弓をスイングして――
飛んできた氷の矢を引っ叩いて力尽くで魔術を打ち払う。
同時に――
「“魔力装填”――」
魔石から魔穹に魔力を供給。
その頃にはあいつらのど真ん中に逆さまに落ちて、頭の位置がもうすぐ同じ高さに。
「【ショックウェーブ】ッ!」
魔力弦を引いて弾くと、音の波が周囲に拡がる。
これは有効範囲内に居る敵を一定時間硬直させる魔法。
魔法抵抗の高い相手には通じない場合もあるけど――
「――徹った!」
案の定、この人たちはあんまり強くない。
敵は全員、ほんの一瞬だけ意識を失ったみたいに棒立ちになる。
あたしは上下反転。
着地と同時に床を蹴って、この隙にトドメを刺しにいく。
トドメって言っても気絶させるだけだから、あいつと一緒にしないように。
蹴って、弓で殴って――
今度は確実に意識を刈り取っていく。
なんか――
意外と言ってもいいのかわかんないけど、こいつら接近戦も弱いのか。
や。ほら。
あたしの知ってる魔術師って弥堂だけだったからさ。
あれを基準にしてたのよ。
だけどあいつの方がヘンよね。
魔術師ったら接近戦は苦手って、こっちのイメージの方がフツーよね。
おのれ弥堂。
そんなことを考えながら5人までやっつけた時。
残った1人がハッと我にかえる。
そいつは懐から何かを取り出して投げた。
「――ッ」
それは何故かあたしの方に飛んでこない。
仲間の方へ飛んでいく。
まさか回復ポーション?
それはめんどいなと警戒し、宙を舞う瓶へ視線を合わせて――
【鑑定:LV9】――
スキルでその正体を視ると――
「――って、火炎瓶……ッ⁉」
なんちゅーもんを仲間に投げてんだと、びっくりしたあたしは反射的に火炎瓶に飛びついて遠くの方へ蹴り飛ばす。
「ホテルん中で、ンなもん投げるなバカ――ッ!」
“こ、こんなガキ1人に、我々が……ッ”
「誰がガキだ! オッサンのくせに!」
【体術スキル:LV9】【軽業:LV10】
≪スプリントバースト≫――
カッとなって起動させた移動スキルで残りの1人に一気に接近。
左手を突き出して相手の胸に掌底を当てる。
【体術スキル:LV9】
【戦技:格闘】≪フラッシュ・ボム≫――
掌から相手の身体の裡になにかのチカラが撃ち込まれる。
そしてそれが弾ける。
その瞬間、カルトさんはスタンガンでも喰らったみたいに立ったまま痙攣した。
蛮が謂うところの“なんちゃって発勁”――あたしは“ビリビリぱんち”って呼んでる。
どう呼んでも効果は一緒で、これは強制スタン技だ。
ちなみに弥堂のアレは“必殺ヘンタイぱんち”なので一緒にしないで。
ともかく、“ビリビリぱんち”でスタンしたカルトさんに、魔法弓をブンっと振って顎を打つ。
グリンっと白目を剥いて引っ繰り返った。
周囲を確認すると、動く者なし。
【小指で支える世界】の反応でも問題なし。
「ふぅ……、どうにかなったわね……」
これにて制圧完了。
思ったよりは楽に勝てたけど、でも人質がいると緊張がハンパない。
あたしはちょっとだけまだドキドキしてる胸を押さえながら、部屋のドアへと戻る。
ケガ人の手当てをしなきゃ。




