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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
2章 俺は普通の高校生なので、バイト先で偶然出逢わない
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2章裏 War Behind ➀

 ホテルの5F。


 外から窓ガラスをぶち破って客室の中に突入。


 あたしはすぐに部屋の出口へと向かった。



 だけど――



「……ッ!」



 ドアノブに指先が触れる直前で、僅かな躊躇いを感じて手が止まる。



 このドアを開けた向こうではもう、何が起こるかわかんない。


 すでに今、何が起こってるかもわかんない。



 爆発の被害もそうだし、1Fからは敵の部隊が攻めてきてる。


 それに、スパイ。



 このホテルにまだ他にも潜んでるかもしれない。


 そいつらにとってはこの状況ってチャンスよね。


 もしも居るんなら絶対に動き出すはず。



 っていうか、動かざるを得ないわよね。


 そう考えるとあいつがしたことで、そういう風に追い込まれたとも考えられるのか。


 ホントにヤなヤツ。



 ともあれ。


 ここから先は何が起こるかわかんないし、誰が敵になるのかもわかんない。



 でも、行かなきゃ――



 この建物内を表示したMAPをあたしは改めて確認する。


 立体的な建物の地図と、その中に浮かぶ多くの光点。


 光点は動かないものと、忙しなく移動をしているものとで対照的だ。



 この5Fフロアのものにフォーカスする。


 同じフロアの少し離れた位置にある広い部屋――


 そこに数人集まってる。



 あそこが多分従業員さんたち――つまり一般人の休憩スペースになってたはず。


 このフロアに他には人の反応はない。



 ものすごい極論として。


 あたしを含めて戦うためにここに来たヤツらは勝手に死ね!で済むかもしれないけど。


 でも、そうじゃない本当に巻き込まれただけの一般の人たちは助けなきゃ。



 テロリストの集団が攻めて来た以上、清祓課にも“G.H.O.S.T(ゴースト)”にもその余裕はない。


 あのバカは当然アテになんない。


 今それが出来るのはあたしだけ。


 だからやらなきゃ……!



 ひとつ息を吐いてドアを開ける。


 そして意識して軽い歩調で廊下に出た。



 でも、その瞬間に身が強張る。



 空気が違う。



 肌の表面がピリピリするような。



 これが殺気……?


 わかんないけど。


 でも、これが戦場の空気なんだ。



 視界の隅に追いやったあいつの映像をもう一度見る。



 さっきと変わらず。


 あいつはこの中をフツーに、自然に歩いてる。



 あたしだって――



 そう気合いを入れると、目の前にあたしにしか見えない文字が次々に表示されては流れて消えていく。



BATTLE START!


身体強化(フィジカル・ブースト):LV7】

敏捷強化(クイック・ブースト):LV10】

感覚強化(センサリー・ブースト):LV10】……


 戦闘用の各種アビリティが交戦状態(バトルモード)に移行する。



 見慣れたそれらをスルーして、あたしは走り出す。



 足が重い。


 そう感じる。


 まるで膝までが沼に浸かってしまってるみたいに。



 だけどそれは気のせい。


 今のあたしが走ってる速度は、実際に普段の駆け足よりもずっと速い。



 この重さが、人間同士が殺し合う戦場が齎す重圧なのか。


 それとも、あいつの――





 5Fの広間にはあっさりと辿り着いた。


 特に何事もなく、誰とも遭わずに。



 部屋の中には4つの光点。


 一ヶ所に固まってる。


 その光の白っぽい色を見ながら、あたしは慎重にドアを開けた。



「こんにちはー」



 あえて軽い調子で声をかけてみる。


 催事やパーティーなんかに使うものかな? 大きなテーブルの下に人が居た。


 そういや地震の時はこうしなさいってガッコで言われたわよね。



 その人たちは従業員の制服を着てる。


 人数は4人。


 男の人が1人と、女の人が3人。



 他には人の姿はない。


 肉眼でも、MAP上でも。



「キ、キミは……っ?」



 男の人が恐る恐る訊ねてくる。



「あた――ボクは日本の警察に頼まれた救助スタッフです。みなさんを助けにきました」



『頼まれた』ってとこだけは怪しいけど、一応ウソじゃない。


 ホテルスタッフさんたちはあたしの言葉に一瞬だけ表情を明るくして、でもすぐにまた曇らせちゃった。


 あたしの方に懐疑的な目を向けてる。



 まぁ、そうよね。


 警官でも軍人でもないし。


 こんなダメージデニム穿いた私服の男の子一人で来たら、そんな反応になるわよね。


 でもゴメン! ガマンして!



「ケガしてる人とかはいないですかー?」



 あたしはスタッフさんたちの視線に気づかないフリをしながら近づいていく。


 敵だと疑われてはないみたいで、スタッフさんたちはテーブルの下から出てきてくれた。



「ケガは、ありません。誰も。それより、このホテルで今なにが……?」


「あー……」



 そっか。そうよね。


 “G.H.O.S.T(ゴースト)”と情報共有してるわけないし、ワケわかんないわよね。


 その“G.H.O.S.T(ゴースト)”も知らないような情報を知ってるあたしですらワケわかんないもん。


 あのバカのせいで。



「……さっきこのホテルは爆弾で攻撃されました」


「え――⁉」



 少し考えて、あたしはホントのことを言うことにした。



「同時に外から銃で武装した犯罪者が攻めてきてます」


「銃って、そんな……⁉」



 この人たちは実際どこまで説明を受けてたんだろ。


 VIPの貸し切りみたいな感じだったのかな?


 もしかしたらVIPにホテルごと貸すってのは、こういう可能性まで含んでるのかもだけど。


 でもまぁ、ホントにこうなるとはフツー思わないわよね。



 スタッフさんたちは顔色を悪くしてるけど、でもよかった。


 パニックになる人はいなかった。



 パニックになられたら困るのなら、ホントのことを言わなきゃいいっていう風にも考えられるけど。


 でもそれは敵に一切遭遇せずにこの人たちを脱出させることが出来る場合だ。



 ここを出るには1Fから出なきゃいけない。


 そしてそこは一番の激戦地。


 現場に着いてから真相がバレてパニックになられるよりも、先に伝えて覚悟を決めといてもらった方がいいって――



――あたしはそう判断した。



 まぁ、いざパニックになられてどうにもなんなそうならいっそ気絶させてゴニョゴニョゴニョ……



「……というわけで、安全に出られるようボクが誘導するから着いてきてね!」



 そういうワケで、スタッフさんたちを連れて下の階に向かいます。




 5Fフロアを進んで、下への階段がある場所に向かう。


 このホテルは階段が一ヶ所に纏まってなくて、1フロア移動するたびに次の階段のある場所までそのフロアを歩かなきゃいけない。



 めんどい!


 ダンジョンじゃないんだからさ。


 フツーの人たちは着いてこれなくなっちゃうから、さっきみたいに走れないし。



 MAPで他の人間の気配を神経質に確認しながら歩いて、4Fへの階段に到着。


 無事に1フロア移動。



 4Fの廊下を少し進むと――



「――ひ、火が……っ⁉」



――女性スタッフさんの一人が怯えた声をあげる。


 この4Fは多分爆発が起こったフロアで最初の段階から火が出てるのは知ってた。



 あたしたちの進路を阻むように廊下が燃えている。


 壁や天井が崩れて出来た瓦礫のせいで歩けるスペースが狭く、火を避けて進むのは難しそう。


 おのれ弥堂!



「これは……」


「ど、どうしましょう……⁉」


「ん。任せて?」



 火を前に少し考えるあたしに、スタッフさんが縋るような目を向けてくる。


 あたしはパチリとウィンクで答えた。



 そういやスキルで目元が隠れてるから見えないか。


 ちょっとハズイ。



「みんなちょっと下がってて」



 それをおくびにも出さずに、あたしはスタッフさんたちに指示を。


 みんな従ってくれる。


 よかった。協力的な人たちで。



「いくわよ……、『七色の宝石(アルカンシェル)』――」



 そっと呼びかけると、右手の薬指に填めた指輪が呼応するように淡く光る。


 そして、あたしの左の手首に腕輪が装着される。



「【心射つ幻穹(ハートピア)】――」



 その名を喚ぶと腕輪の翠色の宝石が輝いて、あたしの左手に洋弓が顕れた。


 この弓に矢はない。


 矢の代わりに魔法を撃ちだす魔穹なのだ。



 だけど、使用者であるあたしには魔力はちょっとしかない。


 それは魔法を使うには全然足りないし、そもそも魔法使いの適正もない。


 じゃあどうするのかっていうと――



「――“魔力装填(リローテッド)”ッ」



 右手に取り出しておいた魔石から魔穹に魔力を供給する。


 こうすることで、魔法使いでないあたしにもリィゼみたいな魔法が使えるようになる。


 この【心射つ幻穹(ハートピア)】はそういう武器だ。



 炭酸が抜けるみたいな音を出して魔石が色を失い、代わりに魔穹に魔力の弦が張られる。


 矢を番えるようにして、あたしはそれを引いた。



 どんな魔法を造るのか――それを指示するための“詠唱(プロンプト)”を詠みあげる。



「《流水》・《噴射》・《瀑布》……」



 青い魔力光の矢が顕れる。


 燃え盛る廊下の奥へ狙いをつけて――



「【アクアストリーム】――ッ!」



――あたしは魔法の矢を放った。



 噴水のように放たれた水流が炎の中を突っ切る。


 そして廊下の奥へ辿り着く寸前――



「――BREAK!」



 パチンっと指を鳴らすと水流が弾ける。


 そして水は天井まで散りながら上がり、スプリンクラーのように床へと降り注いだ。



「――おしっ」



 その一発で火は完全に消化される。


 フツーの水じゃそうはなんないだろうけど、流石は魔法ぱわー。



 とはいえ、魔石の手持ちは心許無い。


 こないだリィゼが夜なべして補充してくれた分は天使との戦いで使い切り。


 それからみらいの会社のスタッフさんが残業して補充してくれた分を貰ったけど、それはそんなに数は多くない。


 ヤバイ敵に遭遇するかもだし、節約して使わなきゃ。



「さ、いきましょー」



 魔法なんていう不思議現象にポカーンとしてるホテルスタッフさんたちに呼びかけ、返事を待たずにあたしは歩き出す。


 彼らにしてみれば疑問しかないだろうけど、訊かれても説明できないし、してる時間もない。


 だからあたしは「ん? こんなの当たり前ですけど?」みたいにお澄ましして気付かないフリ。



 すると、みんな気まずそうにアイコンタクトを取り合って着いて来てくれた。


 弥堂式ゴリ押し術もたまには役に立つわね。



……救助終わった後どうしよ。



 でも、それこそ。


 あいつなら、「そんなのは終わってから考えることだ」って言うわよね。


 うっさいっつーの。



 てゆーか今更ってゆーか、既にもう手遅れだけど。


 こういうチカラって隠さなきゃだったのよね。


 もうそんなこと言ってられる場合じゃないから、いーけど。



 それもこれも全部あのバカやろうのせい。


 あーもうっ。ホントむかついてきた。


 早く救助を終わらせてあいつをひっぱたかなきゃ。




 3Fへの階段を降りながら、先にMAPでフロア内を確認する。


 ここにも人の反応はない。


 なかなかにラッキーだ。



 スタッフさんたちもいることだし、なるべく戦闘はしたくない。


 安心して――でも慎重に進みながら、次の2Fのことを考える。



 確か2Fって吹き抜けになってて1Fと繋がってるっていうか、同じ空間になっちゃってるのよね。



 1FのMAPを見てみると、そこには多くの人の反応が。


 多分吹き抜けの階段になってるところにも光点が集まってる。



 まだ色分けはされてないけど、この内の何割かは外から乗り込んできたテロリストよね。


 適性存在はこの光点が赤色になるけど、今はまだ白だ。



 この敵性というのはあくまで『あたしにとっての敵』ということになる。


 あたしはまだ誰にも敵対してないので、現状は白だ。



 例えば自分以外のホテル内の反応を全て敵として指定すれば、これらは今すぐ赤色に変わるけど。


 先んじて“G.H.O.S.T(ゴースト)”とテロリストを識別して、テロリストだけ赤にするなんてことは出来ない。


 いくらなんでもそこまで便利じゃない。


 実際にあたしが下まで降りてテロリストと戦闘状態になれば、そのフロアのテロリストは赤くなるだろうけど。



 さて、どうしよっかと考える。



 1Fは恐らく激戦区だ。


 こうしてる間にもいくつかの光点が消えてる。


 それは恐らく人の死を意味する。



 このままスタッフさんたちと一緒には降りられないわよね。


 でもこのホテルからフツーに出るならその激戦区を抜けて玄関から出ることになる。


 じゃあ、他のルートは……



「……ん?」



 それを探そうとしたらヘンな反応を見つけた。


 思わず曲がり角の真ん中で足を止めたあたしに釣られて、スタッフさんたちも止まる。



 怪訝そうな顔をしてるけど、今は説明してる余裕はない。


 ごめんね。ちょっと待っててね?


 なんて心の中で念じながらMAPを見る。



 ホテルから出ていく人たちがいる?


 それも結構な人数。


 なんだろこれ。



 明らかに今ホテル内にいる他の反応と動きが違う。



 全部で20人以上もいる?


 これって地下の駐車場から?


 ってことはそっちのルートを使えるのかな。



 そう思って監視を続ける。



 その反応たちはいくつかのグループに別れて移動してる。


 2,3人の塊と、それよりもっと多い5~7人くらいの塊。


 それが纏まってこのスピードで移動ってことは、移動手段は車よね?



 地下駐車場から外に出るルートは3つある。


 1つは外で戦場になってる正面玄関ルート。


 あとの2つは裏口のようなルートだったはず。



 正面玄関へ行った車は地上に出るなり動きを止める。


 そのまま動かず、光点がバラけた。


 多分外の戦闘に参加したか巻き込まれたってことね?



 他の2つは……



 1つはホテル敷地外に固まってた他の反応に近づくと、正面玄関と同じで動きが止まってからバラけた。


 もう1つはほぼ素通りで敷地外に出た。



 外に出た方は速度を落とさずにホテルから離れて行って、そして反応が消えた。


 MAPの範囲外に出ちゃった。


 今はこの建物にフォーカスして詳細表示にリソースを大きく裂いてる分、MAPの範囲はかなり狭くなってる。


 だからこれは仕方ない。



 一番気になったのは2番目の裏口から出て戦闘になった人たちだ。



 フツーに考えて。


 今このホテルから出る人って、あたしたちみたいな一般人か“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員よね?



 せっかく1Fに突入したばっかのテロリストがそのまま地下から出ていくのは考えにくい。


 仮に彼らがここを脱出するとしたら、それは目的の博士を奪った後か、“G.H.O.S.T(ゴースト)”にメタメタにされて逃げて行く時だ。


 戦闘はまだ始まったばかりで、それはどっちも可能性は低い。



 と、すると。


 今出てったのは味方側の人たち。


 じゃあ、それと戦ってるのは誰?



 正面は戦場になってるからまだわかる。


 裏口の方は?


 あそこに元々居た人たちって“G.H.O.S.T(ゴースト)”じゃないの?


 テロリストが張ってた? 博士の逃走防止とかで?


 でも、そこで張れるならそこからも戦力を中に入れてくると思うんだけどなぁ。



 張ってたのが“G.H.O.S.T(ゴースト)”側だって方が考えやすいけど、でもそれだと戦闘にはなんないだろうし。


 なんだろこれ。



 救助した人たちを連れて逃げるなら地下からのルートの方が逃げやすそうだけど。


 でも、こんな何が起こってるかわかんない状態だと迂闊にそっちには進めないなぁ。


 うーん。どーしよっかな。



 そんな風に迷ってると――



「――っ⁉」



――MAPに反応。


 2Fからこの3Fフロアに上がってくる人たちがいる。


 そして、あたしたちが居る方へ進んできてる。


 人数は3人、か……



「ちょっとボクの後ろに」


「あ、はい……」


「なにかあったら角のそっち側に逃げてね」


「え?」



 あたしは一歩前に出て、廊下の向こう側の角からこっちに来るであろう反応を待ち受ける。



“――うん?”



 すると、“G.H.O.S.T(ゴースト)”の制服を着た男が3人、角を曲がって現れた。


 当然銃を持ってる。


 その人たちは一瞬だけその銃に手を遣ろうとしたけど、あたしと後ろに居るスタッフさんたちを見て眉をピクリ。


 先頭の人が他の2人に止まるよう指示を出して、銃から手を離した。


 でもその手は下ろさず、いつでも銃に触れる位置のまま。



“キミたちは?”



 英語だ。


 あー、やっば。


 でもしょうがないか。



「あー、味方です。ボクは清祓課です」


“ん? あぁ……”



 問題なく言葉が通じて相手は納得の反応。


 でもあたしの背中からは困惑の反応が。



 そうよね。不思議よね。


 でもゴメン。そのまま黙ってて。


 あたしは“弥堂式ゴリ押し術”で隊員さんとの会話を続ける。



“……正規の隊員なのか? そうは見えないが”


「えっと。実は今回の為だけに外部から雇われたんです。ミラーさんに話は通ってるはずです」



 答えながら彼らの方へ一歩踏み出す。


 そして背後へ向けてこっそり――



「動かないでね」


「え――」



 戸惑うスタッフさんを置いて一人で隊員の方へ歩いてく。



“ということは日本からの援軍ってことでいいのか?”


「そーです。援軍ってより、一般人の救助をするよう指示されました」


“そうか、助かる。要救助者はこれで全部か?”


「や。まだ始めたばっかで。多分他にも……」



 彼らまであと数歩というところまで近づいた時、背後からスタッフさんが会話に入ってくる。



“あ、あの……っ! 実は10Fにも従業員用の待機場所があって。もしかしたら……っ!”



 そりゃそうか。アメリカの人たち相手にするんだもん。英語がわかるスタッフさんが集められてるわよね。



「んー……」



 MAPで見てみると、確かに10Fにも動いてない人の反応が複数纏まってある。


 もっと早く教えてよとは思いつつも。


 今それを喋ったのもよかれと思ってのことよね。


 しゃあない。



“へぇ、そうなのか……”



 報告を聞いた隊員が頷く。



 あんま興味なさそうね。


 そーゆーの、わかるし。



 あたしは歩を緩めず、彼らの目の前まで来た。


 その時――



 ずっと見張ってたMAP上の彼らの反応が突然赤色に変わる。


 それに1秒ほど遅れて、先頭の男がいつの間にか抜いていたナイフをあたし目掛けて振り下ろした。



 でも――



“――は……?”



 そこにもうあたしは居ない。


 空振りした男も他の2人も、お目めをパチクリしてることだろう。


 あたしからは彼らの顔は見えないので、知らんけど。


 何故なら――



「――後ろだよっ」


“なに――ぐべっ⁉”



 背後をとっていたあたしは彼らの振り向きざま一気に距離を詰めて、攻撃してきた男にハイキックを見舞う。


 カウンター気味にヒットしたその一撃で一人沈めた。



“キ、キサマ――ッ!”


「遅いっつーの――」



 その時のあたしの位置は、他の2人の間。


 慌てて彼らが銃を取る前にその場でしゃがみこむ。


 そして両脚を大きく開いてクルっと回転。


 二人同時に足を払って宙に浮かせた。



 反応が追い付かずに目を白黒させるその2人の間を縫って、あたしは天井へ跳び上がる。


 空中で大きく姿勢を変えて天井に着地、視界を上下反転させたまま天井を強く踏み切った。



「ウソつきばっか、だいッキライ……ッ!」



 そしてブーツの靴底の左右のそれぞれで2人の顔を踏んづけて、そのまま床に叩きつける。


 こっちも一発で気絶させて、無事に制圧完了。



「ふんっ」



 少しだけせいせいしたと鼻を鳴らす。


 すると、後ろに残してきたスタッフさんたちが恐る恐る近づいてきた。



「あ、あの、その人たち味方じゃ――」


「スパイよ――」


「え――」



 短く言い切って、あたしは指輪から出したロープで手早く男たちを拘束していく。


 スタッフさんたちはワケがわからないと大混乱。


 あれ? これじゃさっきの弥堂と一緒じゃない?



「え、えっと……。実は“G.H.O.S.T(ゴースト)”の中に元々敵が潜んでて」


「そ、そうなんですか?」


「うん。1Fで交戦してるのにそっちの助けにもいかないで、ゆっくり上に進んでくるからヘンだと思ったの」


「は、はぁ……」



 テンパってはいるものの、スタッフさんはあたしの説明に一応納得してくれる。


 うんうん。やっぱあいつとは違うのよ。



「【拘束(バインド)】――」



 男たちを拘束したロープの結び目を対象にスキルを発動。


 これであたしが解除しない限りこの拘束は解けない。


 あたし以上のスキルで解除するか、無理矢理ロープを引き千切るかすればアウトだけど、フツーの人間にはまず無理。



 続けて指輪の中から今度は香水のアトマイザーみたいな小瓶を。


 プシュッと霧吹きみたいに男たちの顏に中の水を吹きかける。



「あ、あの、それは……?」


「ん?」



 何故かちょっと興味津々そうにスタッフのお姉さんが訊いてくる。



「眠り薬だよ。これで2時間くらいは起きない」


「へぇ……」



 ホントのことを言った方が安心できると思ったので、そのまま真実を説明。


 これは自家製の眠り薬ポーションだ。


 抵抗スキルとかアビリティがなければ今言った時間くらいは眠らせておける。



「よいしょ……っと――」



 そして、あたしは近くの客室のドアを開けて、男たちを奥の方へポイする。



 ていうか、やっぱまだスパイは潜んでるのね。


 これじゃ助けた人たちを迂闊に“G.H.O.S.T(ゴースト)”には預けられない。


 最悪人質にされちゃうかも。



――ってなったら。


 この後の方針を決める。



「みなさんもここに入って」


「ここに、ですか……?」


「あいつらは起きないからだいじょぶ」



 ちょっと強引気味にスタッフさんたちを客室に押し込める。



「ボクは今から10Fの人たちを助けてくるから。それまでちょっとここに隠れてて?」



 1Fは戦場。他のルートは罠があるかも。


 そのどっちかの隙を見て抜けるにしても、そう何度もは成功させられない。


 だから――



「――脱出する時はみんなで一緒に」



 最初の一回なら成功させる自信はある。



「え、えっと……、はい。指示に従います」


「ん。あんがと。ここのドアには外からカギをかけます。ボクが戻ったら自分で開けるから、他に誰か来ても絶対に開けちゃダメだよ?」


「は、はい……っ」


「もしも誰か来たら静かにしてやり過ごしてね?」



 必要なことを伝えたら客室のドアを閉める。


 そしてドアノブに手を翳して――



「【不可侵の錠前(ハードロック)】――」



 スキルで鍵をかける。


 これならあたしのスキルレベル以上の開錠スキルを使うか、壁ごとぶち破ったりしない限りはこのドアを開けられない。



 さて、急いで10Fの人たちを回収して戻らないと。


 あたしは【身体強化】のアビリティ任せに全力で走り出した。






 やがて10Fに辿り着く。


 ストレートに到着とは行かなかったけど、そんなに時間はかからなかった。



 ここまでに何度か敵と交戦した。


 ホンモノの“G.H.O.S.T(ゴースト)”と見分けるのはあんまり難しくなかった。



 この状況下で、下に向かうのは“G.H.O.S.T(ゴースト)”。


 逆に、あたし同様に上を目指して進んでるのはテロリストのスパイだった。



 さっきの3Fでやっつけたヤツらみたいなのと数回戦闘になったけど、フツーの人間だったから簡単に倒せた。


 と言っても、向こうはこっちのスキルなんて知らないから、同じ要領で不意打ち気味での撃退だけど。


 気絶させて拘束してその辺のお部屋にポイ。



 割と楽に勝ててはいる。


 だけどここまではまだ、魔術師や“異能力者(ギフテッド)”とは出遭ってない。


 そういうのもいるかもだから油断は出来ない。



 そして目的の広い部屋に到着。



「……多いわね」



小指で支える世界(リトル・アトラス)】が捉えた部屋の中の反応を数えると、10人も居る。


 テロリストが上階に上がって来てることを考えると、この人数を引き連れてゆっくり降りてくのは厳しいかもしんない。


 エレベーターが使えればなぁ。



「……や。それもそれで危険か」



 エレベーターが動いてるのなんて他の階のエレベーターホールから丸わかりだし。


 待ち伏せされるのが関の山か。


 そもそも停電中だし。


 どうにか頑張るしかない。



感覚強化(センサリー・ブースト):LV10】で強化された聴力で部屋の中を探ってみる。


 MAPの光点は動いてない。


 特に何か争ってるような音も聴こえない。



 だけど、ヤな予感は――する。



 うーん。


 気配と姿を消して別口から入るとか?


 通風口とかから。



 考えてすぐに却下する。


 流石にそこまでの下調べは足りてない。


小指で支える世界(リトル・アトラス)】にも道でないルートは自動で表示されないし。


 結局行くしかないか。



 テロリストだと思われて発砲されてもヤダし、ノックしてからゆっくりドアを開けた。


 部屋の中は5Fにあったのと同じパーティールームのような広いスペース。


 そこの真ん中に人が集まっていた。



「こんにちはー。清祓課のヘルプでーす」



 あー、これマズイかも。


 見てすぐに感じるものがあった。



 パッと見、ホテルスタッフは3人。


 床に座っていて、怯えた様子だ。


 その周囲で立っているのは7人の武装した兵士。


 見た目は“G.H.O.S.T(ゴースト)”。



 だけど。


 ここまでに出遭ってきた正規の“G.H.O.S.T(ゴースト)”隊員とも、スパイとも雰囲気が違う。


 構成員は日焼けしたアジア系の人や、中東の人っぽい感じ。


 でも、それだけじゃなくって、フツーの人とは明らかに違う異質な雰囲気がある。


 少し、弥堂っぽい。



「あ、ボク一般人を救助するように言われてて。その人たち引き継ぎますね。ご協力どうも……」



 適当な感じで取り繕おうとしてやめる。


 だって――



「――強気じゃん? 隠そうともしないんだ?」



――MAPの表示は既に7人とも真っ赤だ。



“武器を捨てて投降しろ”


「ヤダよ」


“人質を殺すぞ”


「うーん……」



 やっぱ当たっちゃうわよね。


 つか、カンがあってもなくても、これは十分にありえた可能性だ。


 内部に潜んでた人たちが一般人をどう扱うかっていったら、交渉材料にするに決まってる。



 当然弥堂じゃあるまいし、人質を見殺しにするなんていう選択肢はない。


 けど。


 言いなりになることもムリ。



 人質の救出という面でもそうだけど。


 この人たちを盾にして「博士を寄こせ!」なんていうことに使わせるわけにもいかない。


 その2つの意味で、ここであたしがどうにかしなきゃ。



(さて、どうしよ……って、こいつら――ッ!)



 人質の様子を改めて見ると気付いた。


 この人たち、ケガしてる。



 一人は頭から少し血を流していて、ベツの人はズボンの太ももあたりに赤い染みが。



「――ねぇ? その人たちケガしてんだけど?」


“ふん――”



 念のため訊ねてあげたんだけど、相手は鼻で嘲笑ってくる。


 あっそ。


 それも隠す気ないってわけね。



“指示に従わずに騒ぐから少々痛めつけてやっただけだ”


「人質は大事に扱うもんでしょ?」


“知ったことではない。どのみち用が済めば我が神の供物に捧げるつもりだ。光栄に思うがいい。邪教の民どもめ。我が神の成果物を奪ったキサマらの――”


「――まれ……」


“――なんだと?”



 口上を遮られて不快そうにする男を、こっちはもっと睨みつける。



「うっさい黙れ。聞いてねーっつーの」


“ガキめ。口の利き方がなっていないな。立場がわかっていないのか?”


「わかってないのはあんたたちでしょ? 大体なによ? 神? そんなもん何処にもいないっつーの」


“キサマ……ッ!”



 やっぱあいつって人をキレさせる天才よね。たった一言マネしただけで明らかに全員目の色が変わった。


 だけど、こんなヤツらなんかに配慮なんてしてやんない。


 今度はこっちが鼻で哂ってやる。



「ふん、そんなのジョーシキでしょ? いい歳こいたオトナのくせにそんなことも知んないの? だっさーい」



 クスクスと露骨に笑ってみせると、いくつもの銃口がこっちを向く。



“我々の神を……、信仰を……愚弄したなァ……⁉ 絶対に許さんぞ……ッ!”


「リスペクトして欲しかったらね、まず先に自分がそうしなさいよ。関係ない人、戦えない人を自分の都合で傷つけて。そんなこと教えてる神さまなんて、あんたたちごとまとめてぶっ飛ばしてやる……ッ!」



 戦闘用アビリティの起動状態を報せるログが、目の前に順番に流れてくる。


 自分にしか見えないそれらの向こうにいる敵をロック。



「許さないってのはこっちのセリフよ! あたし怒ってんだから――ッ!」



 そして、正面からぶつかる本格的な戦闘がついに始まる。


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― 新着の感想 ―
ゲームっぽいと思ったがここまでとは。これを開発した黒幕さん絶対ふざけてるんだろう。この感じだと暁月組がスキル過剰気味に盛りに盛られてる気がするが黒幕さんが最初はこいつらになんの役演じさたかったのか気に…
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