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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
2章 俺は普通の高校生なので、バイト先で偶然出逢わない
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2章裏 福市 穏佳 #EX➀

「――見つけてやろうか?」



 あいつはなんでもないことのようにミラーさんにそう言って。


 そして――



 部屋の中に居た“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員さんに、いきなり襲い掛かった。


 あっという間に2人をKOしてしまう。



 それはあまりに突然で。


 誰も反応が出来なかった。



 だって。


 談笑してたはずなのに、いきなりこれなんだもん。



 あいつの向かいにいたミラーさんも。


 あいつに襲われた人も。


 そして、ここで見ているあたしも。



 ただ目を白黒させることしか出来なかった。


 一体なんのつもり?



「スパイだぞ。こいつら」



 また当たり前みたいにそう言う。


 そしてさっきみたいに、ミラーさんに自分の手に触れさせて。


 サイコメトリーで確かめろと命令する。



 ウソじゃないみたい。


 でも、なんであいつにそれがわかるの?



「こいつらは数日前――5月2日の正午頃、新美景駅の北口をうろついていた。そこに何があるかわかるか?」



 それって、あたしとデートしてた日。


 っていうか、正午頃って一緒にカフェに居た時じゃない。



 それを思い出すと、一人の男の人が頭に浮かぶ。


 アレックスさん。


 仲間にそう呼ばれてた。


 多分、イタリアの人?



 でも、今弥堂が殴った人たちはアレックスさんじゃないし、国籍も人種も違うと思う。



「そうだ。こいつらだけじゃない。十数人居た。俺はそれを視ていた。大事な任務前に敵の本拠地近くで一体何をしていたんだろうな? 何か偵察任務でも与えたのか?」



 え? 十数人?


 数人じゃなかった?


 どういうこと? 他にも仲間がいっぱい居たってこと?


 あれってたまたまあそこで声をかけられて、それでケンカしたんじゃないの?


 それがスパイだったなんてそんな偶然は――



「じゃあ、スパイ以外にどういうことが考えられる? 説明してみろ」


「…………」



 ミラーさんは沈黙。


 あたしも何も言えなくなる。



 ていうかわかんない。


 なにこれ?



 ついさっきまで、ミラーさんと仲良さげにお喋りしてて。


 “G.H.O.S.T(ゴースト)”にスカウトされるとかどうとか。


 これから仲間になろうって、そんな話をしてたのに。


 その仲間をいきなり殴り倒して。


 それで、スパイだって。



 いみわかんない。



 なんで?


 いくらこないだ街で見かけたからって。


 どうしてそれがわかるの?


 それになんで今突然。



 真意を確かめようと弥堂を見る。


 そして、あたしは息を呑んだ。



 蒼い眼。



 目の色が変わって、光ってる。


 揺れない蒼――


 あいつの色。



「あぁ。“加護(ライセンス)”だ。根源を視徹すという魔眼――ルートヴィジョン。ミラー。俺はお前と同じ、“異能力者(ギフテッド)”だ」



 ルートヴィジョン?


 なにそれ。


 それに“異能力者(ギフテッド)”?


 あんた魔術師だって言ったじゃん。



 あの目。


 やっぱりフツーじゃなかったんだ。



 あれはあたしも見たことある。


 でも。


 根源を見徹す魔眼?


 ルートヴィジョン?



 なにそれ。


 そんなの知らない。


 見たことない。



「俺には魂が視える。薄汚い裏切者の汚れた魂の色は一目でわかる」


「魂の色……?」



 人の感情の色が見えるというミラーさんは『色』という言葉に反応する。


 あたしは『魂』の方だ。



 みらいが言ってたことを思い出す。



 弥堂は魂には設計図があると言った。


 その設計図には出来の良し悪しがあるらしい。


 それによってその設計図の持ち主のスゴさが変わるみたいな。



 “存在の強度”


 “魂の強度”


 それの強い・弱いがあいつにはわかる。



 じゃあ、どうやってわかるの?



 それを判別出来る以上は、それを測る方法があるはず。



 だから弥堂にはその“魂の設計図”――あいつは“アニマグラム”とか言ってた――を見る方法があるんじゃないか。


 それがみらいの仮説だった。


 あの時のあの子の話が、ピッタリとハマる。



 その手段はあの目――“ルートヴィジョン”。


 あいつの“異能(ギフト)”。



 弥堂はここでその能力を明かし、そしてそれを使ってスパイを見つけるって宣言してる。


 それがプレゼンだって。



 そう言って。


 相手の――周りの了承なんて待たないで。


 あいつは、始めた。



 あいつの瞳の真ん中――その奥には蒼い焔が在った。







 殴って。


 蹴って。



 血が出て。


 骨を折って。



 まるで作業のようにそれらが行われる。



 それはあたしが知ってる――あたしがこれまでに見たことのある暴力とは、次元の違う暴力だった。




 これはもう、拷問だ。


 というか、あいつは拷問をしてるのだろう。



 その拷問という非道な行為と、ここまでの凄惨な暴力は見たことない。


 けど。


 でも、この光景にはどこか既視感があった。



 あたしはただ茫然と息を潜めて見ているだけしか出来なくって。


 あいつを止めることや問い質すことを思いつくことすらしない。



 そしてそれをスキル越しに目に映しながら。


 この時にあたしが頭に浮かべていたのは全然ベツの出来事だ。



 それは――



「笑ってんじゃねえよクズ」



 あの時も聞いたセリフ。


 あの時と同じスキーム。



 あの時とは――



 それはあいつに初めて近づいた日。


 学園の文化講堂で、法廷院たちと揉めた時のことだ。



 あいつの物言いは、あの時のものとほぼ同じだ。



 知らずに身体が震える。


 あたしは怖くなる。



 あいつはいつでも変わらない。


 どこでも変わらない。



 なら――



 これは――



 今ここで、あたしが見ているこの光景は――



 あの時にも――



 平和な学園の廊下でも起こり得た光景なんだ。



 あの時はあたしがたまたま一緒に居て。


 止めに入って、庇って、それで色々あって最終的にはあいつをぶっ飛ばして、それでおしまいになった。



 でも。


 あれは、たまたまだったんだ。



 もしも、あたしがあそこに居なくて。


 あたしがああしなかったら。


 あいつが必要だと思ったのなら。



 きっとあいつは、今やってることと同じことを、ただの高校生相手にもした。



 そのことに気が付いて、あたしはものスゴく恐くなった。




 映像の中では、弥堂が隊員さんの鼻にボールペンを突き刺す。


 その酷い行為と、悲鳴に。


 あたしは思わず目を背けてしまった。



 あいつの手は、あっという間に血塗れ。


 でも、その表情は変わらない。


 感情的にこの行為をしてるわけじゃない。



 いつも通りのまんま。


 当たり前のように。


 いっそもう飽き飽きといった感じで、作業的にこんな酷いことをしてる。



 このことに、あいつはなんにも感じてなんかない。


 これがあいつにとっては、ごく自然なことなんだ。




 ようやくミラーさんが止めに入る。


 でもあいつは言うことを全然聞かない。


 さっきまでがウソだったかのように、態度を豹変させた。



 ううん。逆だ。


 態度を戻した。完全に。


 いつものオラついたものに。



 俺に命令したければ雇い主になれ――とか、メチャクチャなこと言ってミラーさんを脅してる。


 いみわかんない。


 もちろんミラーさんも意味わかんないって硬直しちゃった。



 さっきまでは二人は互角の駆け引きを応酬してたかもしれない。


 でも今は、誰もあいつに着いていけてない。



 その間に、気絶してたもう一人の隊員さんが目を醒ます。


 その人はまだかなり若いことに気が付いた。


 多分あたしよりも年下?


 まだ、男の子だ。



 でも、弥堂はそんなことに配慮しない。


 年下の男の子にも躊躇なく等しい暴力を奮う。


 相手が誰だって、あいつには関係ないから。



 そんな弥堂の危険さを察したのか。


 男の子が何かをしようとする。


 でも――



《よせシェキル! 使うなッ!》

《――ッ⁉》



 ブラジル人のお兄さんがそれを止めた。


 今のはイタリア語?


 またイタリア語? さっきは英語喋ってたわよね?


 それだけで、カフェであいつが見たからってことの信憑性が増したように感じてしまった。


 ホントにあそこにスパイが集まってたの?



 この思考はそれ以上続かない。


 弥堂がそれを許してくれない。



 あいつはシェキルくんに見せつけるように、ブラジル人のフェリペさんを痛めつける。


 すっごく性格悪い。


 と思ったら、なんか急にキレて怒鳴ってシェキルくんを投げ飛ばした。



 なにあれ?



 転がったシェキルくんを追っていって、そしてまた殴る蹴るを。



 なんかヘン。あいつらしくない。


 なんて思ってたら、あいつの足が床に落ちたエマさんのノートPCを踏んづけて壊した。



 それが目的?


 なんで?



 わかんないけど、あれをやるためにわざとキレたフリをしたように見えた。


 あいつ常に頭イッちゃってるけど、ああやって怒鳴ることってないし。


 すごくわざとらしかった。



「こんなものは挨拶代わりだ」



 バカじゃん。


 あんたもうやめなさいよ。


 こんなことしちゃダメ。



 そんなことを頭で思うだけじゃ当然止められない。


――と、思いきや。



 あいつは急に止まった。



 ん? なんだろ?


 誰かと喋ってる?



 声は出してないし、口も動かしてない。


 でも、なんかそんな気がする。



 あの様子っていうか、感じ?


 見覚えがあるのよね。


 なんだっけ。



 あっ、そうだ。


 あれって思念通話使ってる時のあたしたちじゃん。


 真刀錵(まどか)とか聖人(まさと)とかがあんな感じになってる。



 だけど。え?


 あたし以外にも誰かと思念通話してるってこと?


 そういえば魔術で似たこと出来るって……



 そうやってあたしが疑いの目を向けていると。


 普段あんま動かないあいつの眉がなんかふにゃってなった。



 あによ。


 かわいくないから。



 なんか、ざんねん……?


 ううん。多分めんどくなった感じ。


……相手は女だな?



 つーか、こんなとんでもないこと始めて、飽きてんじゃないわよ!


 なにほっぽって女と通話してんだクズやろう!



 あたしの眉が思わずナナメになると、あいつの眉もまたキリっとする。


 そしてその辺にいた隊員さんに、なんか勝手に命令しだした。


 あんたナニサマよ。



 少しゆるくなったのかなって油断してたら。


 あいつはまた尋問――拷問を再開した。



 そして――



「それで? お前はスパイか?」


「シラネエヨッ! バァァァァカッ!」



 フェリペさんがあいつを煽って。


 その瞬間――


 弥堂はシェキルくんを床に押さえつける。



 そして――



 そして――



 あいつは彼の耳を引き千切った。




 自分の耳の付け根が、熱を持ったように錯覚した。


 あたしは、ニンゲンの身体の部位が欠損する光景を、初めて見た。



 やっと止まったと思ったら、また突然の暴力。


 人間を壊す行為。



 その緩急に。


 その切り替え速度に。


 あたしはまるで着いていけない。



 止めどなく湧き上がる本能的な嫌悪感と戦うのに、ただただ必死だった。



 その間にも、あいつは黒くて、大きい――


 凶悪なナイフを抜いて。


 それをシェキルくんの目の前に突きつける。



 あのナイフ、こわい。



 流れるように。


 淀みなく。


 今度は腕の骨を折る。



 スキルじゃなく。


 繰り返して身に沁みつけた慣れた動作。


 こいつはニンゲンを壊すプロなのかもしれない。



 やがて――



「ス、スパイだ……ッ! オレがスパイだッ! ダカラ……ッ!」

「ダカラ、モウやめてクレ……ッ!」



 フェリペさんはそう自白した。


 まるで懇願するように。



 え? ホントに?


 あたしはもうなにをどう信じていいのかわかんない。


 でも、スパイだって疑われた人が、自分からスパイだって言ってる。



 なのに。


 その疑いをかけたはずのあいつ自身は、興味なさそう。


 フェリペさんの自白を無視して、まだシェキルくんを痛めつけてる。



 今度は爪を剥がした。


 なんでそんな酷いことが出来るの?



「信じてクレッ! ホントウにスパイなんダ……ッ!」



 スパイが、自分をスパイだと信じてくれと叫ぶ。


 なにそれ。


 いみわかんない。



「タノムッ! オレはスパイだ……ッ! ホントウなんダ! 神に誓ウッ! お願いだから信じてクレッ! オレはスパイなんだヨォォォォッ!」



 いみわかんないのはあたしだけじゃなく。


 多分ミラーさんも。



 職業柄、能力柄。


 きっと彼女は何度もこういう尋問をしてきたと思う。



 でも、そんなミラーさんでも。


 こんな風に『能力を使って自分が犯人だと信じてくれ』だなんて。


 こんな風に必死に懇願してくる犯人なんて見たことないんだろう。



 ミラーさんの瞳に、困惑と恐怖の色が浮かんだ。


 たぶん、あたしと同じイロ。



 自分のサイコメトリーで確かめた結果が信じられないのかもしれない。



「これがサイコメトリーの使い方だ」



 そんな動揺してるミラーさんに、あいつはエラそうになんか言ってる。



「相手の答えをコントロールして感情を見るんじゃない。使い方が逆だ。相手の感情をコントロールして、そこから出てくる言葉を見ろ。それがサイコメトリーの本当の使い方だ」



 その声はあたしにも聴こえてるけど、やっぱり頭には入ってこない。


 あたしだけじゃなくって、多分“みんな”そうだろう。



 実戦に慣れてないとはいえ、あそこに居る人たちは軍人さんとか警官みたいなものだ。



 もしかしたら任務の中で、拷問をしたりすることもあるのかもしれない。


 もしかしたら戦場の中で、人が壊れて血が流れるのを見るかもしれない。



 だけど、そうじゃない時に。


 そうじゃない場で。


 突然そうなって。


 そしてスパイが自分で名乗り出る。



 このわけわかんなくなるメチャクチャから誰もが回帰出来ない。


 たぶん、混乱が回復しないようにあいつはわざと次から次にもっとヘンなことをしてる。


 そのせいで場の空気はずっとメチャクチャなままだ。



 この醒めない混乱。グチャグチャに掻き混ぜられたぜんぶ。


 これってなんていうんだろ……



 そうだ。



 混沌(カオス)



 これがあいつなんだ。



 この混沌の中で、あいつだけが相も変わらずに、自然なまま。


 混沌に立つあの姿があいつの自然。




 ていうか。



 ホントにスパイだったの?


 こんな近いトコロに。


 こんなに居るの?


 こんなに簡単に見つかるの?




 拷問部屋の前に集まってた人たちを中に入れる。


 拷問部屋じゃないや。


 えっと、面談室? 本部だっけ?



 そういやあいつ風紀の拷問部屋とか言ってなかった?


 え? ガッコでもあんなことしてんの?



 ま、まさか、こんなことをさせる係ってことで学園に雇われて……?



 絶賛大混乱中のあたしが学園の経営陣に疑いをかけていると。


 あいつはまたいきなり人に殴りかかる。


 そして――



「そいつもスパイだ」



 また当たり前みたいに。



 ウソでしょ?


 ここだけで何人よ?



「そうだ。この二人も最初の二人と一緒に街に居た。外人街が雇った傭兵団。その一味だよ」



 やっぱりあのデートの時のことなのかな?


 直接モメたのは一人だけだったはずなのに、あの時の人混みにこんなに?


 え?


 ってことは、あの時のアレックスさんも敵だったってこと?



――いや、ちがう。


 落ち着け七海。


 ヘンよ。



 だってさ?


 あのデートの時って、まだこの仕事受けてない。


 つーか、こんなイカガワシイ出来事が美景であるってことすら知らなかったじゃん。



 あいつも。


 あたしも。



 どういうこと?


 順番メチャクチャじゃんか。



 あいつはあの時既に、今回の事件のことを知ってて、参加するつもりで、全部最初からわかってたってこと?



 そうじゃないなら――


 あの時はこんなこと何も知らなくって、そんなつもりもなくって、たまたまこういうことになっただけ?



 たまたまだったとしても、おかしいわよ。



 だってさ、そうならさ?



 普段から身の周りのその辺に敵が居るって。


 今は敵じゃなくても未来に敵になるかもしれないヤツが居るって。



 常にそう思ってて、常に周りを見張ってて、それを全部覚えてるっていうの?


 いつでもずっと、そうやって生きてるってこと?


 学園でも。



 そんなわけないって思っちゃうけど。


 でもあいつは以前に、それに近しいようなことを言っていた。



 でも、そうだったとしても。


 いくらなんでもよね?



 待って。


 一旦。


 とりあえずこの人たちが、あの時街に居た人たちで、それで実際ホントにスパイだとします。



 それを前提にして。


 あの人混みでどうやって識別して。どうやって覚えておいたの?



 こいつのスキルについての言葉も一旦ホントだとして。


 目で見て色で判別して記憶してた?


 なんか現実的じゃない。



 でも、ちょっとだけそれを想像出来る。


 何故なら、あたしのスキル――【小指で支える世界(リトル・アトラス)】がそれにちょっと似てる。



 周辺のMAPを視覚化して、そこに居る人たちを光点で表示。


 その中で敵性存在は赤く色が変わる。


 それをマーキングしておけば記憶しておける。



 あの時、あそこであたしが【小指で支える世界(リトル・アトラス)】を使ってたら似たようなことは出来なくもなかった?



 とはいっても。


 スパイを識別することなんてのはムリ。


 適性存在っていっても、明らかに攻撃行動に移るくらいの敵意を発するか、あたしがそう指定しない限り光点の色は変わらない。



 それがあいつには出来るってこと?



 なんか違う気がする。


 でも、なんかしらの手段で出来るってことなのよね?


 うーん。



 スパイだかウソつきの色がわかるってのがウソくさい?


 でも魂は見える?



 例えば。


 あいつのあの蒼く光る眼で人の魂を見る。


 その魂は一人一人違うカタチだとする。


 それを片っ端から憶える。



 スパイだと判別したのはスキルでじゃなくって、理屈?



 街で会った複数の外国人とたまたまここで再会するわけない。


 その外国人が当時すでに任務中だった“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員なわけない。


 それが都合よくここに居るなら、それはスパイに違いない。



 そういう理屈?



 あの時直接顔を見たのはほんの数人だけだった。


 あとは人混みの中で姿も碌に見えなかった。


 だけど魂は見えてて、それを完璧に記憶してた。



 うーん……、現実的じゃないよね?



 だってさ?


 そうすると。



 あいつって、特になんも仕事してない時でも、いつかなんかの役に立つかもってことで、視界に入る全ての魂を憶え続けてるってことになるわよね?


 そんなのいくら記憶力よくてもムリじゃない?



 つーか、記憶力の問題でもないわよね。


 スキルも気になるけど、普段からそうやって生きてるってのがコワイし。



 それに、例えそれが出来たとしても。


 効率悪くない?


 あんだけ「効率効率」言ってるヤツがそんなことする?



 だっていつも片っ端から全部見て、全部憶えるんでしょ?


 効率悪いし、ムリだし、頭おかしすぎる。



 ダメだ。


 あたしじゃわかんない。


 これはみらいに相談するまで保留にしとこ。



 てゆーかさ。


 あれ?


 なんかまたムカついてきた。


 なににだろ?



…………あっ! そうよ!



 つーかさ!


 あいつ、あたしとデートしてる時に、そんなイカガワシイこと考えてやってたってこと⁉



 は?


 あんたが「付き合ってる」って言い張っててキモいしウザいから仕方なくデートしてあげたんじゃん。


 それなのに、あんたはスパイの外人さんに夢中だったってわけ?



 ちきしょう。


 やっぱりあいつ、女としてあたしをナメくさってる……!



 ムカつくし、ていうか、あれ……?


 そんな理由でデートしたんだっけ?



 あー、もうダメだ。


 頭こんがらがっちゃって色々ワケわかんない。


 これも保留!


 一旦ね!




 そんな風にあたしが長考してたら。


 あいつはミラーさんに近寄って悪いことを囁きかけてる。


 おい、近いってば。



 なんかああいうのさ、あたしにもやったわよね。



 こっちがビックリしちゃうようなことしてさ。


 それで茫然としちゃってる間にああやって近づいてきて。


 そんで勝手に触ってくるのよね。


 マジ痴漢なんだけど。



 あ、でも。


 ムカついたせいで? おかげで?


 なんかエネルギー湧いたっていうか、ちょっと冷静になれたかも。



 あいつめ。


 なんなの?


 エロいことと、グロいことばっかしやがって。



 今もあいつはミラーさんの不安を煽るようなことばかりを言ってる。


 まるで洗脳でもするみたいに。



 相手には自分が必要で。


 自分にも相手が必要で。



 そんな心にもないようなことを言って。


 自分で造った相手の不安。


 その不安が空けた心の穴に入り込んでいってるみたい。



 “みたい”っていうか、まんま“それ”じゃん!



「――口説いているのさ」



 まじクズ!




 でもそのクズさは、普段からあたしが言ってるようなクズさよりも、もっともっと悪質で――


 あたしがこれまで考えてたよりも遥かに悪辣な――



――そんな屑だった。



 まるで悪魔との契約みたいに見える。



 ミラーさんはあいつのネクタイを掴まされ――


 そして離す。


 放してしまう。



 そうして――



 戦場に、狂った犬が放たれてしまった。




 あいつが最初にあのホテルに足を踏み入れた時。


 其処はあいつのフィールドではなかったはず。



 清祓課から送られた日本のヘルプ要員。


 決してホテルを根城にする“G.H.O.S.T(ゴースト)”には歓迎されていなかった。



 敵地ではないけど。


 でもアウェー感はどこかあった。


 大袈裟に言うと鼻つまみ者みたいな扱いだったはず。



 だけど――



 あいつは結局あのホテルを、自分の動きやすい、都合のいい――


 そんなフィールドに変えてしまった。


 見たことないやり方で。



 こんな人間も。


 こんなやり口も。


 あたしは見たことない。



 不安で、怖くて、悍ましくて。


 あたしはただ混乱してることしか出来ない。



 なのに――



 あたしの目に映るあいつの姿は――



 部屋を出て淀みなく廊下を歩くあの姿は――



 やっぱり自然に見えた。



 さっきまでよりももっと。



 ずっと。










 廊下に出たあいつにとりあえず文句だけでも言わなきゃって声をかけたら――



<言いたいことをさっさと言え。非効率だ。どうせ見てたんだろ?>



 バレてた。



 それをしらばっくれると何も言えなくなっちゃうから。


 仕方なくあたしはそれを認める。



 ムチャクチャすんな!――とあいつを叱る。


 当然言い返してくる。



 でも。


 あいつの反論はいつものムチャクチャなヘリクツではなく。


 いつもよりも正しく聞こえてしまう。


 結局あたしの方が言い返せなくなった。



 や。言ってること自体は、いつもと変わんないのかもしんないけど。


 でも、今は周囲の状況がそのムチャクチャに追い付いてて。


 あいつの無茶な物言いにフィットしてしまってる。



 だって実際にスパイがいたんだから。



 弥堂は最初から「スパイがいる」「敵が来る」と言ってた。


 現実は半分その通りになった。



 だから今のあいつの言葉はもう頭ごなしにムチャクチャだとは言えない。


 今は、現実と周囲にフィット出来てないのは、あたしの方なんだ。



 あいつの言うことは正しいことのように聞こえる。


 実績があるから。


 でも――



<……本当にスパイなの?>



 最初の二人組については、あたしももう異論はない。


 だけど、その後からポンポンと追加で検挙した人たち。


 あの人たちもホントに?



 なにか、そこに違和感を覚えちゃう。


 とはいえ、ハッキリと「こうだから」と云える言葉もない。



 多分これはあたしのカンで。


 あと、あたしが基本こいつのことを疑ってるから。


 だからそう思っちゃうのかも。



 なんだけど。



<それが……、キミの目の、ギフトなの……?>



 あたしにはギフトはない。


 でもスキルならある。



 少し前に自分で言っちゃったけど。


 どうしてそれが出来ているのかはわかんない。


 でも、出来るから出来てる。



 スキルはそういうもので。


 だから、同じようにそう言われちゃうと、自分にも実感があるんだから、それで納得をしなきゃいけなくなる。


 多分ミラーさんも、これで納得させられちゃったんだと思う。



 弥堂は、あたしのそれを見透かしたわけじゃないんだろうけど――



<ギフトだからそういうものだ――という風に受け入れられないのなら、理屈でも説明してやる>



 タイミングよくそんなことを。


 まじむかつく。



 そして、スパイの疑いをかけた人たちの言動なんかを解説される。


 怪しい人たちの心理みたいのなんかも。


 それは大体納得出来た。


 でも――



<というわけで。スパイであるという答えが合っていたから、スパイであると認定した方法――つまり俺のギフトも正しいということになる。話は以上だ>



 これには頷いていいものか躊躇しちゃう。



 確かに言ってることには、「それはそうかも」って思えなくもない。


 だけどさ?


 これって――



 最初の一回が正しかったんだから、その後に俺のすることは全部正しいと思え――



――って。


 こいつ暗にそう言ってない?


 すっごく詐欺師っぽい。



 うーん。でも。そっか。


 意味ないのか。



 こいつの言ってる“スパイ”は本当に合ってるかどうか。


 それは誰にも証明出来ない。


 だけど逆に。


 絶対にスパイじゃないってことも誰にも証明出来ない。



 でもそれってさ。


 この仕事が始まった時となんにも変わってなくない?


 あたしはどうしても首を傾げちゃう。



 これってさ。


 なんかさ。



 ただ、誰がスパイなのか――


 その疑いを誰にかけるのか――



 それをこいつが自由に出来るようになっただけじゃない?



 清祓課目線で見た場合、派遣したスタッフが認められて権限をもらった――


 そんな風に解釈することも出来る。



 だけど。


 あたしには、これがとってもコワイことのように感じた。




 そしてまた“とはいえ”なんだけど。


 だからといって、あたしにも何も証明が出来ない。


 それに、例えその証明が可能だったとしても。


 やっぱりこいつ相手には、それをしても意味がないんだとも思っちゃう。



 こいつの言ってることが正しかったとしても。


 あたしの持った違和感が正しかったとしても。



 それをここでこいつとどう話しても、それで弥堂が言動を変えることは絶対にない。


 それが多分、普段こいつがよく口にする「意味がない」なんだ。



 じゃあ――



<なんていうか――キミさ、やたら慣れてない……?>



 スパイのことじゃなくって。


 弥堂自身のことで、気になったことを聞いてみる。


 この状況でのこいつの自然さ。



 でも、これもちがう。


 言ってすぐに気付いた。


 これも意味がない。


 だって答えるわけない。



 それに。


 あたしも多分、なにか意味があって聞いたわけじゃなくって。


 つい、聞いちゃったんだ。


 不安だったから。



 こんなこと勘繰っても、警戒されるか疑われるだけなのに。


 だから――



<……なんかさ。女の人>



 論点を少しずらして誤魔化す。



<それも年上の人。なんか扱いが手馴れてるっていうか……>



 ちょっと苦しいけど。


 でもこれだってベツにどうでもいいことじゃないんだからね!



 あんたなんなのよさっきの!


 フツーのチャラいのとはちょっと違うけど。


 でもなんかチャラくない?


 マジないんだけど。



 自分でもちょっと意味不明な憤り。


 あいつの方も、そんなことを言われると思ってなかったのか、ちょっとぽかーん。



 なんか。


 ちょっと仕返しできたみたいで、あたしはちょっとうれしい。



 そしたら、このなんちゃってチャラ男は露骨に誤魔化してきやがった。



 あっ! こいつ……!


 確信犯ね。


 ムカついたから、ついホンキで詰めちゃう。



 すると――



<……そんなわけない。腸が煮えくりかえっているし、遺憾の意を表明する。仲間を疑うのか?>



 はぁ?


 こいつめ。


 言うに事欠いて。



<なにが仲間だよ。ソッコーで裏切ったくせに>



 あたしが見てることわかってて、なのに平気で清祓課から“G.H.O.S.T(ゴースト)”に乗り換えようとしたくせに!


 やっぱり浮気ヤロウじゃん!



 だけど。


 こいつ自身さっきの尋問?拷問?の時に、似たようなこと言ってたけど。


 裏切者のクズには、言うだけムダでした。



 なんかいっぱいヘリクツこねて、裏切ってないとか言い張る。


 こないだ学園の正門前で浮気の言い訳してた時とそっくり。



 おまけに、早速アメリカの大国さを傘に着てマウントとってくるし。


 一周まわって清々しくなるくらいのプライドの無さだ。


 あ、清々しいってのはあくまで表現で、ホントに清々しいわけないからね?


 こいつってば、マジまっどどっぐ。



 あたしが呆れてしまった時。


 弥堂を追いかけて隊員さんが二人やって来た。



 多分お目付役よね。


 いくらなんでもホントにこんなバカ犬を放し飼いには出来ないもんね。



 その人たちと合流して一緒に行動することになったので、あたしとの通話は終わり。



 すると――



 歩き出してすぐに。


 あいつは擦れ違った人をまたいきなり殴って。


 そして、スパイだと言った。



 さっき感じてた不安が一気に甦る。



 ホントにこれでいいのかな?


 このままあいつの自由にさせていいの?



 そう迷いながらも、でも何も出来ない。


 そんなあたしの前でこの後、こんな信じられない光景が信じられない程繰り返された。



 ホテル中、あいつの行く先、どこでも。



 あたしの目には――


 先行きはもう、全く見えなくなってしまった。




 だけど、この時は、まだ、だった。



 まだ、それでも。


 決定的なことまでは、起こっていなかった。



 そして、それが――



 その、決定的なことが、起こる。



 その時が訪れてしまう。



 この先で――


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