2章裏 ジャスティン・ミラー #EX➀
あたし――
希咲 七海はプロのJKである。
そしてあたしたち女子は共感を重んじます。
だから、周りの空気を読んだりだとか、相手の気持ちを考えたりだとか。
それらに合わせたりだとか。
そういう共感能力みたいなのはワリと高い方だと自分では思ってる。
ということでつまり、あたしは普段そういうのに気を付けて過ごしています。
といっても、これはベツにあたしだけの話じゃなくって、もちろん女子だけでもなくって、男子たちだって同じだと思う。
人と仲良くすること。
上手に周りとやっていくこと。
そのために大事なこと。
あたしが前にあのバカに何度か言ったように――
つかさっきも言ったように――
人の気持ちを考えろとか、わかれとか。
それって大事なことだって思ってる。
これってベツにあたしだけの特別な考えでも言葉でもなくて。
どこでも言われてるし、最近は特に強く求められてるようにも感じる。
なのに――
もしも、自分の頭の中が覗かれてしまって。
今、あたしがこうやって考えてること。
これまでのあたしのぜんぶ。
それらが全て知られてしまったら――
それはヤダなって思う。
ヘンよね。
矛盾してるし。
ヘンっていうか、勝手か。
自分のことをわかって欲しい。知って欲しい。
でも全部知られちゃうのはヤ。
知って欲しいトコだけ知って欲しくて。
そうじゃないトコには踏み込まないで。
これもこれで当たり前の人付き合いなんだろうけど。
でも、勝手だなって思う。
自分の都合のいいトコだけは察して欲しいだなんて。
共感すること、空気を読むこと。
それらがまるでマナーか法律かのように言うけどさ。
でも共感を強要することもすごく身勝手だ。
だって、どこまでは知って欲しくて、どこからは知って欲しくないかだなんて――
あたしたちは誰も、誰にも伝えていない。
そのラインすら察しろって?
それこそ身勝手よね。
あ、でも。
あいつだけは例外ね?
あのおバカは逆方向にあんまりだから。
でも。
だから。
あたしたちはちゃんと向き合って。
ちゃんと自分で言って、自分で聞いて。
相手を知って、自分を知ってもらわなきゃいけない。
曖昧で存在しないかもしれない共感能力なんてのに頼らないで。
だってあたしのスキルには、【共感】だとか【空気読み】なんてスキルはない。
そんなの見えない。
だからちゃんと向き合わなきゃいけない。
お互い同士で。
こんな風にスキルで自分を誤魔化さないで。
なのに、それがわかっていても――
あたしたちはなお、知られることをコワがってしまう。
そう考えると、あいつってば無敵よね。
共感ゼロってもしかして最強の防御?
もしかしたら、防衛本能かなんかでああなっちゃったとか?
それも、知らない。
そんな風に考えるとまた勝手に何かを想像しちゃうからやめとくけど。
だから視点を変えて――
それとは逆に。
知られるじゃなくって、知ることもコワイことだと思う。
自分を全部覗かれるのもヤだけど。
見たくもないのに、相手の全部が見えてしまうのもイヤ。
それは多分誰でも共感してくれると思う。
あっ――やっちゃった……
気を取り直して。
サイコメトリー。
ジャスティン・ミラーさん。
他人のその全部?かどうかはわかんないけど、なにかを覗けてしまう人。
それが出来るから、それをやらなきゃいけない人。
あのお姉さんはどんな気持ちなんだろう?
あの人は他人のあたしたちの気持ちをわかってくれるのに、その他人の一人であるあたしにはあの人の気持ちはわかんない。
わかってあげられない。
こうやって引っ繰り返して考えてみたところで、やっぱりあたしたちはどこまでも身勝手だ。
どこまで言ってもわからないものを考える意味などない――
あいつならそう言うだろう。
身も蓋もなくて共感性ゼロのヘリクツは、やっぱり最強の防御だ。
だけど、あたしは。
たとえ人の気持ちのホントはわかんなくても。
それでも人の気持ちのホントを考え続けたい。
きっと最強の防御で守れるのは自分だけだから。
あたしはやっぱり他の大切な人のことも守りたい。
家族や幼馴染たちはもちろん――愛苗のことを守りたい。
だから知らなきゃいけない。
あいつのことを。
実はあたしにはサイコメトリーではないけど、似たようなことが出来る。
特殊なマーキングをした相手のこと――
多分あたしが望めば何もかもを覗けてしまうチカラ。
でも、何回か言ったかもだけど、それはあたしにとってヒドく気の進まないことだ。
見てしまった内容についてもそうだし。
見ることが出来るということがそもそもとても不快だ。
罪悪感もすごい。
とはいっても、ホントになにもかもと云えるレベルまで使ったことはない。
ちょっと必要なことのみを覗くだけ――それを数回くらい。
今回もそのちょっと覗くだけで必要な情報を満たせればいいなと思う。
もしもそれで足りなかったら、ホントになにもかものレベルにまで踏み越えなきゃいけない。
ホントに。
マジで。
ゼッタイにイヤだし。
ゼッタイにそこまでのは一生使うことはないと思ってたけど。
愛苗のためなら仕方ない。
その対象は弥堂。
あたしはやる。
やるけど、そこより手前で済んで欲しい。
そんな勝手な願い。
だからこの時、あたしはミラーさんのお話をちょっと聞いてみたいと思った。
自分のその能力についてどう思っているのか。
『どう思ってるのか』だとノンデリ気味か。
どう向き合ってるのか――それを聞いてみたい。
似た種類の能力だし、きっと共感できると思う。
共感し合えると思う。
だけどきっと、共感して欲しいだけかもしれない。
やっぱりあたしは身勝手だった。
ともあれ――
やっぱあたしもあっちに行けばよかったなぁ。
今からじゃ遅いかなぁ。
みらいから佐藤さんに言ってもらうとか?
チラリと手元のスマホを見る。
すると、みらいからメッセの着信が入ってた。
なんだろ?
ん?
『顔にモザイクするからだいじょうぶです』?
は? どゆこと?
ったく、あの子はこんな時まで……
どうせ暇だからって構ってほしくてまたワケわかんないことを。
深掘るとロクなことにならない予感するし、テキトーに返事して無視しよ。
えーっと……
『マジメにやって!』
……よし。
ということであの子はアテにならない。
佐藤さんに直でお願いしてみる?
つか、あっちに行ったらあたしも尋問よね。
サイコメトリーで。
それは非常にマズイ。
バレちゃいけないことまでバレちゃうかも。
ということで結論――
――やっぱりあたしは勝手だった。
以上。
なんでだろ。
前までだったら自分のこういうヤなトコに気が付いちゃうと、けっこうヘコんだりとかしてたんだけど。
今はそうでもない。
それはもしかしたら。
こんな自分よりも遥かに身勝手なヤツのことを知ったからかもしれない。
なんて。
クスリと笑っている間に、その身勝手なヤツの尋問はもう始まっている。
あいつは――というと。
サイコメトリーの前でも全然堂々としてる。
そしていつも通りのらりくらりとテキトーなウソを吐いてる。
でも、そのウソはホントにバレちゃうみたい。
ミラーさんがあいつの手を握りながら質問をして。
あいつがそれに答える。
そしてその答えがホントかウソかをミラーさんが判定する。
ちょっと思ってたのと違った。
なんかさ?
「むむむー」とかってしたら、あのバカの悪巧みが全部バレちゃう――みたいな?
そんなのをあたしは想像してた。
なんかホントに尋問みたい。
や。尋問って言ってたけども。
この光景を見て、あたしは昔にバラエティ番組で見た嘘発見器を思い出した。
小学校の時なんだけどさ?
ちょっとふざけながら色んな実験をしたり、都市伝説とか民間伝承からおばあちゃんの知恵袋的なものまで色々と検証したりって、そういう番組があったの。
そんでそれをママと一緒に観てたのね。
って言ってもママは酔っぱらって床に転がってたけど。
ともかく、そん時流行ってたドラマがあって、そのキャストさんたちがゲストに出てた回のこと。
若い男性アイドルさんと、主演の女優さん、あと共演のグラドルさんの3人。
んでさ、番組の実験とかと関係ない風にドラマ撮影の裏話とかを司会の人が訊いてて。
そんでその男のアイドルさんに、「一番仲のいい共演者は? 異性で」って質問したの。
アイドルさんは「主演の女優さん」って答えたんだけど。
でもね? この時期って、この男のアイドルさんともう一人の共演者のグラドルさんとのウワサがあったのよ。
だからどういうことかっていうと、こんな質問をして嘘発見器にかけられたってことね?
あたしもう「きゃー」って夢中になっちゃって。
嘘発見器の結果を待ってたんだけど。
そしたらその肝心な時にさ。
酔っぱらって転がってたママが寝ながらゲロゲローってしちゃって。
だからあたし「ぎゃー」ってなっちゃって。
慌てて片付けして、ママをお風呂まで引き摺っていって洗ってあげて。
それでTVの前に戻ったらもうその番組終わっちゃってたのよ。
あれって結局ホントのトコどうだったのかなー?
――ってやば。全然カンケーないし。
アイドル俳優より今はこっちのウソつきだ。
気を取り直して「むむむっ」と監視する。
けど、あれ?
意外と平気そう?
あいつのことだから、なんかベツのヤバイことがバレて逮捕とかされるんじゃって。
そんな心配してたけど。
もしかしたら今回のことと関係ない悪事は見逃してくれてる――とか?
あいつがベツのヤバイことを実はしていないという可能性は考えないこととします。
ともあれ、ひとます、ホッ。
そう安堵したのも束の間――
「アナタの保護者について――」
ミラーさんがそんな質問をする。
それはあいつにとってセンシティブなことだ。たぶん。
なので、思わずあたしの心臓が跳ねてしまう。
あいつの顏は変わらない。
だけど――
その瞬間、あの子の心の防御力が上がった。
そんな気がした。
保護者って、ルビアさんのことよね?
前に学園から一緒に帰った時に、あたしはあいつからそれを聞いた。
聞いたっていうか、あいつがつい喋っちゃったって感じ。
一時的なママとか、保護者みたいな女とか、あの女とか――
そんな風に言ってた。
つか、“女”ってゆーな。
ともかく以前にお世話になっていたという女の人だ。
じゃあ、今は?
さっき考えてたことがまた頭の中に蘇る。
『あいつにはもう何も残ってない』
でもだいじょぶ。
あたしの勝手な想像で、気のせいだから。
だけど――
「彼女は拷問の果てに殺された。訴訟どころじゃ済まないような話になる」
あいつは躊躇なくそう言った。
それを聞いた瞬間にあたしの思考も心臓もぜんぶ止まっちゃったように錯覚した。
ただ、ミラーさんの様子を見張る。
ミラーさんはすごく気を付けて言葉を選んで、そしてスルーした。
彼女のサイコメトリーは何て言ってるんだろう。
どうせいつものタチの悪いウソよね。
ウソだって、言って欲しい。
それがわかる人に。
なんて勝手。
あの場にいない関係のないはずのあたし。
なのにすごく身体が冷たくなって、でもヘンな汗が出てきそうで。
二人のしている当たり障りのない会話が、頭の中に入ってきてそのまま出ていってしまう。
流れていく。
でも、その時。
「実は女性と話すのが苦手なんだ。だから少々困っている」
は?
何故かカチンときた。
なんかむかついた。
や。苦手は苦手よ?
それはそうでしょうね。
でもさぁ、あんたのはそういうんじゃなくない?
どういう意味でそう言ってるわけ?
なんか色々と意味不明な怒りが湧いてきて、さっきのコワイのはちょっとどっかいった。
ミラーさんのお答えは――
「そうは見えないわね。それに、ワタシも女性よ?」
うんうん。そうよね。
手なんか握ってるくせしてさ。
なんか女としてナメられてる気がしてムカつきますよね?
あいつは「博士との雑談で困った」みたいなこと言ってて。
それはなんというかフツーの会話なんだけど。
むー。
なんでだろう?
あいつが言ってることぜんぶ白々しく聞こえちゃう。
や。確かにさっき博士の時も困ってたは困ってたんだけどさぁ。
このやろう。
なにが「参った」だ?
ひっぱたくわよあんた。
つかつか、やっぱ思ってたような感じじゃない。
サイコメトリーでの診断みたいに思ってたら、フツーの尋問みたいって思って。
かと思ったら、尋問にしてはちょっとゆるい?
なんかまたガッコのこととか聞かれてるし。
ガッコトークってアメリカ女子の間じゃ鉄板ネタなのかな?
知らんけど。
つか、弥堂が進学とかってちょっと想像できない。
アレが高校にフツーにいるのはホラーって言ったけど。
それが大学になると余計かも。
なんか大学ってキラキラしてるじゃん?
あいつってキラキラと対極じゃん?
だってさ――
「戦場を抜けて日本に帰ったタイミングが、ちょうどそういう時期だった。それで、このまま足を洗えないかと気の迷いを起こしてしまったんだ」
――当たり前みたいにこんなこと言うから。
これもウソじゃないのかな?
ミラーさん何も指摘しないし。
なんか『傭兵』って言葉が浮かんだ。
それはあの島でみらいがその単語を言ってたからかも。
傭兵とかそういう系かもって。
傭兵をしてたってこと?
でも、ヘン――
みらいは弥堂の中学の卒業記録があるって言ってた。
もちろん日本の中学校。
島の洋館のお部屋でみらいと『ビトー会議』をしてた時に思ったのと一緒。
あいつの経歴には妙な空白がある。
でもその空白は、弥堂が言うような濃密な経験を詰め込むにはあまりにも短い。
だけど、その空白を無視してあいつの言うことをそのまま受け止めた方が、あいつの人物像にしっくりくる。
今言ってたような『足を洗う』、それに――
「難しさを覚えているよ」
その言葉にはホントの実感を感じる。
今ここで聞いた声だけじゃなく。
普段のあいつ。
噂で聞いてたあいつのハチャメチャっぷり。
そして初めてちゃんと絡んだ日の、その帰り道であいつ自身から聞いた話や、その時のあいつの顏。
それからついこないだのデート。あ、ニセね?
今こうして考えると、今あいつが言った『難しい』はホントのことだって納得できちゃう。
だからいっそ、記録とか空白とかそういうのは無視して、今ここに居るこいつだけを見た方がやっぱりしっくり。
だから――
中学卒業したあとの春休みに失踪した中学生が、海外のヤバイとこで行方不明になっちゃって、でも何とか帰ってきて一ヶ月遅れで高校入学した――
――じゃなくって。
いっそ――
なんか知らん他所の世界から日本に迷い込んじゃって勝手がわからなくて困ってる人――
――みたいな?
そう見た方がしっくりくるのよね。
まぁ、それは極端な例で、実際はそんなわけないけど。
うーん。
マジでわかんないヤツだなぁ。
ていうか、今あたしがしてるこれも覗きよね。
今更だけど。
この監視の目的は――
『あいつがおバカなことをしないか見張る』
『愛苗に繋がるような怪しいとこを探す』
――これだ。
だから、監視すること自体はマストだけど。
でも、ここで聞いたあいつの過去の、今回の目的に関係ないアレコレについてはあんまり考えないようにしよ。
それはズルイ気がした。
あたしがそんな風に思い直した時――
「学校でガールフレンドでも作ってみるのは?」
――ピクリと反応してしまう。
あたしがね。
これは今回の目的と関係ないこと。
だからスルーしなければと思ったばかりだ。
だというのに、あのヤロウは――
「一応いるよ」
おいこのやろう。
それあたしのことじゃねーだろーな?
付き合ってないから。
「あら。驚いたわ」
あたしもびっくりです。ミラーさん。
だって付き合ってないんですよ?
え? なに?
こんなとこでも言い張るの?
あたし居ないのに?
ちょっと待って?
ホントのホントにガチなの?
マジできしょいんだけど?
ていうか、ウソよね?
ミラーさん?
はやくウソって言って!
「そうね。でも、相手が一般人ならケジメはつけるべきよ。どんな子なの?」
や。だからウソなんですってば。
お相手のことは訊かないで!
希咲さんって言う無関係な一般女子高生に迷惑がかかります!
「信じないかもしれないが、学校でも一番可愛い子なんだ」
……きっっしょ。
見て? 鳥肌。
あ、誰もいないか。
つーか、『カワイイ』って言われてここまで嫌悪感覚えたの初めてだわ。
しかし、ミラーさんはこれにはビミョーな反応。
え? それはウソなの?
は?
なに? あんだけ「付き合ってる」って固く言い張ってるくせに、カワイイとは思ってないってこと?
は?
は?
なにそれ?
お前ぶっ殺すぞこのやろう。
「仕方ないだろ。事実なんだ。一番は言い過ぎだったとしても、間違いなくトップクラスに可愛い。みんなそう言っている」
はん。
なにが「みんな」よ。
共感性ゼロのくせに。
お前がどう思ってんのか言えよヘタレめ。
思わず自分でもビックリするくらい頭の中に流れる言葉が悪くなるけど、これは仕方ないのだ。
乙女的に。
こんなの戦争に決まってんでしょ?
ほら。なんとか言いなさいよ。
「あぁ、“ギャル”ってわかるか?」
つーん。あたしギャルじゃありませーん。人違いでーす。
「そうだ。お前らケバイ金髪女のサルマネをしてるメスザルのことをそう呼ぶんだ」
こ、こいつ……っ!
ミラーさん! もうそいつ逮捕して! スパイじゃないかもだけど、国際的な女の敵だから!
「……待って。なにか色々と聞き間違いかしら……? 本当にその子が好きなの?」
「好きだ」
「…………本当みたいね」
ぎゃーーーうそでしょおーーッ⁉
ちょっとミラーさんっ!
ウソ! ウソだからっ!
つか、ウソだって言って!
ちゃんとサイコメトってよ!
って、ハッ――⁉
その時、あたしはピキューンッと閃く。
そうだ。そうよ。
思いついた。
こいつが隠してる愛苗のこと。
ミラーさんに能力で読んでもらえばいいんじゃん!
あたし→みらい→佐藤さん→ミラーさん――ってルートでどうにか頼めないかな?
この仕事中には難しいか。
でも――
ここまでのミラーさんの言動からすると彼女の人の評価の仕方は――
それを考えるに。
あたしがこの仕事で目立って頑張って役に立てば――
そうやって印象をよくしておけば、お願いを聞いてくれるかも?
どうだろう?
少し目を閉じて、先を覗くように考えてみる。
なんかダメな気がする。
ミラーさんがお願いを聞いてくれるとこまではどうにかなる気がした。
でもその先がわかんない。
だって――
ミラーさんから愛苗のことを質問するって不自然よね?
あいつは絶対そう思う。
なんかかなりやっちゃダメなことな気がする。
なんていうか。
下手したらあいつがいきなりミラーさんに襲い掛かったりとか?
それは極端だけど。
でも、やめとくか。
あたしにも出来ることなら、自分でやって、リスクも自分だけで負うべきだ。
そうよね。
ごめんねミラーさん。
そいついきなり襲ってくるから気を付けてね?
特に性的な意味で。
思考に区切りをつけて、あっちに目を戻すと話は進行してた。
これはこんな浅ましいことを考えた罰なのでしょうか。
話題はまだあたしのことだった。
それもだいぶ聞き捨てならない。
「えぇっと……、彼女とケンカとかする?」
ケンカするっていうか、ケンカしてるのがデフォです。
「ついこないだしたばかりだな」
ちょっと! あたしとのこと勝手に他の人に言わないでよ! そういうのマジむり。
「アナタが悪いんでしょ?」
そうなの! そいつマジクズなんです!
「彼女にもそう誤解をされてしまったよ」
誤解じゃないし。
「へぇ、どんな誤解?」
「浮気を疑われたんだ」
違うし! そもそも付き合ってないから浮気じゃないし!
「まぁ。ありがちと謂えばありがちね。それで?」
こんなヤツありがちなわけないし! こんな珍獣見たことないから!
「すっかり感情的になってしまって、話を全く聞いてくれなくなったよ」
はぁ? あたしが話を聞かないんじゃなくって、あんたが意味わかんないことばっか言うから会話になんないんだっつーの!
「ふふふ、女性のそういうところが苦手?」
いいえ。そいつは人間が苦手なんです。
「あぁ。どうしたらいいかわからなくなる」
こっちのセリフだわぼけ!
「うふふ、正直ね」
なんで⁉ ウソなのに!
サイコメトリーってホントに効いてんの⁉
思わずあたしはミラーさんの能力の真偽を疑ってしまう。
あんにゃろうはいけしゃあしゃあとテキトーなことを続ける。
「参ったよ。人前で『嘘吐き』だの『変態』だのと喚き散らして。挙句の果てには『あんたなんかとそもそも付き合ってない』だぜ? 何も言えなくなっちまうよ」
だって付き合ってないんだもの! それ言えなかったらあたしだって何も言えないじゃん!
「気の強い女の子なのね。結局許してくれたの?」
許すわけないでしょ!
「あぁ。ケツを揉んだら大人しくなったよ」
ちょ、ちょっと! 初対面の人になに言ってんだ!
あんた流石にそこは言わなくてもよくない⁉
あたしの尊厳どうなってんの⁉
「ケツを揉んだら大人しくなったよ」
こ、このやろう……っ! なんで2回言った⁉
「ウ、ウソじゃ、ない……⁉ そんなバカな……ッ」
そう思いますよね……⁉ でもこいつマジで痴漢してきたんです!
「真実だよ。それに、日本ではよくあることだ」
ねーよ! あんただけ!
「ヘ、ヘルジャパン……ッ⁉」
ち、ちがうんです。日本は悪くないんです!
「ノー。ディスイズクールジャパン」
うっさいだまれ!
「オーマイガ……ッ!」
あたしだってマジ“おーまいがっ”だからっ!
ミラーさんはすっかり困惑。
あたしは恥ずかしいやら悔しいやらで、手でお顔を覆ってしまう。
なんてことなの……っ!
心を覗ける“異能”があっても、それでもあいつとは会話が成立しないだなんて……!
無敵じゃん! どうにもなんないじゃん!
あたしは匙を投げようとしてしまう。
でもそんな時でもミラーさんは――
「そ、それはそうとマッドドッグ……」
さりげない感じで――
「さて、アナタはスパイかしら――?」
ドキっと、思わずあたしの胸が跳ねてしまう。
だけど――
「――ノーだ」
あいつは、こんな不意打ちみたいな質問にも、表情を変えることなく当たり前のように答えた。
ゾクっとした。
完全にゆるい会話だと思ってたのに、あの二人は油断なくお互いを探り合っていたのだ。
二人はプロで大人で――
あたしはそうじゃない。
そんな風に言われたみたいな、事実を突きつけられたみたいな――
そんな悔しさがあった。
そして――
「――オーケーよ」
なんかオッケーみたい。
え? なんで?
あたしはミラーさんのその判定にも着いていけなかった。
よくわかんないけど。
痴漢だってのはバレたけど、スパイではないって信じてもらえたらしい。
えぇ……?
謎のサイコメトリー尋問の結果、弥堂は許された。
意味わかんない。
でも、いちお半々くらいって感じの信用度なんだって。
それを面と向かって言うあたり、ミラーさんも中々に図太くて強者感。
むー。
その展開にあたしは置いてけぼり感。
二人は尋問が終わった後も雑談みたいにまだ続けてる。
あたしはお話も置いてけぼり。
でも、そう思ってるのもあたしだけみたいで。
二人の探り合いはまだ続いてた。
気になる内容が聴こえて、あたしはピクっと反応する。
「ただ、それはサイコメトリーの結果だけの話よ。アナタの場合は残りの50%は他が埋めてくれる」
「他?」
「清祓課と郭宮よ」
――んん?
くるわみや……?
弥堂が?
なんで?
「そうね。オモテではアメリカの権威が勝るけれど、ウラではクルワミヤの名前は偉大よ。他国のワタシたちも敬意を払います」
ミラーさんのその言葉には、あたしも「へぇ~」って感心しちゃう。
郭宮の名前ってホントに海外にも有効なんだ。
や。確かにさ?
蛮もみらいも「マジヤバイ」って言ってたけどさ。
実際にアメリカの人が言ってると実感しちゃうわよね。
でも、それはいいんだけど。
なんでそんなにやんごとない郭宮サマが、弥堂の身元保証を?
だって痴漢よ?
みらいの話じゃ、あいつって郭宮のトコのスタッフさんってわけじゃないって言ってたし。
つか、てことは?
美景台学園の生徒って身元もミラーさんにバレてるってこと?
「実は郭宮にG.W中に働けと言われて断ったんだ。用事があるからと」
ふぅーん?
これはあたしらも知らなかった情報だ。
そういやこれもみらいが言ってた。
正式に雇われてるわけじゃないけど、必要な時に単発で雇われてる“外法師”かもって。
それが当たってたってこと?
でも、それもヘンよね。
弥堂が郭宮にとってそういう系のスタッフさんだってことなら。
それをみらいが把握してないわけがない。
今回のことで学園に弥堂のことを聞いても、そういう答えは返ってこなかったって言ってたし。
なんかヤな感じ。
郭宮が紅月に隠してる戦力?
そういう言い方も出来る。
でもなんのために?
あぁーーっ! ますますこいつのことわかんなくなる!
あたしが髪をバリバリしようとして帽子に爪をひっかけちゃってる間にも、二人の話は進んでる。
今はサイコメトリーについてだ。
でも、ミラーさんがじゃなくって、あいつが何か言ってる。
「違う。サイコメトリーは完全ではないということをだ」
あいつの言ってることだから反射的に「は? ばかじゃん?」って否定したくなるけど。
でも、あたしはその言葉にハッとしてしまった。
少し冷静になったから、今ならあたしにもわかる。
ミラーさんのサイコメトリーは――今あたしがこうして喋ってるような――相手の頭の中に流れてる言葉をそのまま読んでるわけじゃないっぽい。
そうじゃなくって、相手の気持ちとか感情とか?
そういうもっと曖昧なモノの動きを読んで、それでホントかウソかを判別してるみたい。
それがあたしのわかったことの一つ。
そして、もう一つ――
それは、この尋問が始まってからの、弥堂の受け答えに対する違和感だ。
あいつさ。
もしかして、最初にわざとバレるようにウソついてない?
ミラーさんがどうやって判別してるのかとか。
どこまで、もしくはどこからバレるのかとか。
それを試して、探って。
まだウソがバレても大丈夫な時に。
そうやって、どういう風に読まれるのかを見極めてた?
そう思いついて、あたしはまたゾッとする。
でも。
これも。
たぶんあたしが素人なんだ。
弥堂はやっぱり慣れてる。
そしてミラーさんも。
二人がいるホテルのあの部屋と。
あたしが居る隣のビルの屋上と。
その二つは別の世界みたい。
二人とも、きっとお互いに相手のそういうとこも織り込み済みでやり取りしてる。
初対面なのに。
それが出来るのは――
それが当たり前になるのは――
それがこういう場でのスタンダードで――フツーだから。
自分の足でここまで来た以上、あたしがそれに慣れなきゃいけない。
そして――
ある程度情報をとれたと判断したのか。
あいつがさらに踏み込む。
「――なるほど。これは嫌われる能力だな」
なんてこと言うのよ……!
なんて、反射的に怒ってしまうのもきっとあたしが素人なんだ。
多分これすらも駆け引きなんだ。
相手が何で怒るのか。
どれくらい我慢強いのか。
性格とか傾向。
そういうのを測ってるの?
自分が有利に立つために一つでも多くの材料を集める。
そうやって奪い合う場では、センシティブだのデリカシーだのハラスメントだのと――そんなものは介在しない。
少なくとも弥堂には。
だからあいつは、“ああ”なんだ。
それに。
でもそれは。
まさにあたしが知りたいと思ってたことでもある。
だからつい、興味が向いてしまう。
だけどこれも。
やっぱりあたしがわかってなかったんだと思う。
それに。
これはミラーさんもきっとわかってなかったんだ。
ここから段々、空気がおかしくなっていく。
フツーじゃ、なくなっていく。
共有していた――
共通していた――
そんなはずのフツーが――
あいつの――
あいつだけの“フツー”に侵食されていく。




