2章裏 5月5日 ➂
いよいよ――というか、今度こそ?
5月5日 火曜日。
G.Wは明日で終わり。
そんな日にうら若き乙女であるはずのこのあたしは、あのバカと一緒にテロリストと対決しにいきます。
……うぅ、高校二年生なのに……
夏休みこそはゼッタイ愛苗と一緒にキラキラしたJKライフを送るんだ……
そんなわけで――
「――よっ」
ホテルニューポート美景の地下駐車場であたしは合流。
弥堂はプイっ。
はいはい、そーですよね。知ってたし。
今日も弥堂は絶好調で弥堂してる。
不本意だけどわりと慣れてきちゃった。
かといって許さないけどね。
車に乗り込んだあたしはお尻をモジモジ。
うぅ、シートがナマあったかい……
オジさんの温もりなのかな……?
こういうのあんまよくないけど、でもモジモジ。
すると隣に座ってる弥堂もなんかビミョーそうな顔でお尻をモジモジ。
あ、自分の温もりでもヤなんだ。
じゃあ、あたしがヤになっちゃうのもしょうがないわよね。うんうん。
弥堂くんはどうもスーツを着せられたことに不満みたい。
せっかくスルーしたげたのに自分から服の話題を振ってくる。
なんでスルーしたかっていうと、それは似合い過ぎてるからだ。
もちろんワルイ意味よ?
どっからどう見ても殺し屋じゃん。
このままアメリカの人の前に行ったら、まずこいつが捕まるんじゃないの?
だいじょぶかな……
大丈夫といえば――って感じで心配事を思い出す。
それは待ち合わせの時間だ。
あたしはここで合流だったけど、弥堂はもう少し早い時間に都紀子さんの事務所で佐藤さんと待ち合わせしてたはず。
それのなにが心配かっていうと、それはもちろんこいつがちゃんと時間通りに来るかどうかってこと。
ほら? こいつってカスだから時間とか全然守んないじゃん?
遅れてきたくせにワケわかんないヘリクツ言って逆ギレしてくるしさ。
こんなおシゴトでお役人の人相手に同じことしたらヤバイんじゃないかって心配してたのよ。
ということで――
「あ、そういえばさ。キミ遅刻しなかった?」
――さりげなく遅刻チェックよ。
こんにゃろは案の定ちゃんと答えない。
お前やったな?
もうあたしにはわかっちゃったけど、弥堂は見苦しくも「ちゃんと来た」と言い張る。
誰が信じるかっつーの。
でも――
「本当だよ。30分前には来たかな? オジさん感心しちゃったよ」
――佐藤さんまでそう言う。
え、ウソ。弥堂なのに?
そんなわけないじゃん。
でもホントみたい。
そ、そんなバカな……っ⁉
さらに――
「余裕をもって仕事に従事をするのは当たり前のことだろ」
――あいつは真顔でそう言いやがった。
は? あたしこないだパパ活広場で30分以上待たされたんだけど?
え、なに? あたしのことだけナメてるってこと?
はーん……、ふぅーん……、ほぉーん……?
あははー。
おし。
かかってこいこのやろう。
ここで決着つけてやる。
――なんてわけにもいかないので、あたしは怒りを胸に秘めてスーン。
この場では見逃したげる。
でもゼッタイ忘れないから。
って、あたしはスルーしたげたのに、こいつはまたこっちの服装にケチつけてくる。
今度は帽子が気にくわないみたい。
うざ。
ってか疑ってるわね。
もう、めんどいなぁ……
「これね、スキルなんだ。隠蔽スキル――」
仕方ないからちょっとだけ教えてあげる。
でもちょっとだけ。
これ以上は――
「もう少し仲良くなったら、素顔を見せてあげるよ」
この仕事が終わった後に、愛苗を見つけた後に、そうなれることを願っている。
弥堂とお喋りしてたら今度は佐藤さんに勘繰られてしまった。
あたしとこいつが初対面じゃないんじゃないかって。
あぶないあぶない。
ちょっと素を出しすぎ?
弥堂もアレだけどこのオジさんも油断できないなぁ。
つーか、みらいはあたしのことを『紅月の関係者』って佐藤さんに説明した。
でもこの感じだと、『弥堂があたしたちの関係者』とは言ってないっぽい?
みらいの考えは全部はわからないから、あんま余計なミスをしないように気をつけなきゃ。
つか、逆に。
佐藤さんも全部知ってる上でわざとカマかけてきてる可能性もある。
もう、どいつもこいつもメンドいなぁ。
そしていよいよ、あたしにとっての第一関門。
弥堂にテレパシー――という建前でマーキングをする。
あたしの方から申し出ると弥堂の眼つきがちょっと変わる。
や。いつも通りの無表情ではあるんだけど、でもそう。
こいつは警戒心を上げた。
態度や仕草には出してないけど、あたしにはなんとなくわかった。
多分デートしたから?
ウソデートだけどね。
あれ? そういえば――
「――ん? あれ? キミ、イヤホンつけてるの?」
――近くで向かい合ったからそのことに気が付く。
あたしがそれを指摘すると、弥堂は、またなんかワケわかんない言い訳みたいなこと言ってきた。
こいつって音楽とか聴くの?
って疑問に思ってたら、またASMRとか言ってくるし。
バカじゃん。
てか、こないだもそれテキトーに言ってたんじゃなくって、ガチで好きなの?
なにが耳舐めよ。
きしょ。
その“こないだ”の時には、マーキングが出来なかった。
こうして手を握ってる今、絶好のチャンス。
だけど、本命を打ち込むのは今じゃない。
今回ここで使うのは【仮初の絆】の方。
これを繋ぐときにベツにショックなんて感じない。
それが起きるのは本命の方。
だけど。
仕事前にそれをやっちゃって致命的に疑われたりするわけにはいかない。
それに最悪の場合。
こっちが何かしたのをこいつにバレたら、そしたらこのバカはバイトをバックレてどっかに逃げちゃうかもしれない。
そうなると、『愛苗の捜索』というあたしにとっての本当の目的が叶えられなくなっちゃう。
その為にこいつから情報を抜くってのは、今回のバイトには関係ないあたしの勝手な都合だ。
バイトもあたしの目的も、どっちもダメになっちゃうようなチャレンジはこの場では出来ない。
だから、この場のこれはブラフ。
本命を狙うのはバイトが終わった後に、【仮初の絆】を解除する時だ。
まず今は、一昨日事務所で黄沙ちゃんにやったのと同じことをする。
【仮初の絆】と同時に別のスキルで微弱な電流を流して、テレパシーを繋ぐ際にはショックが発生するということを演出。
そして解除する時にも同じものが発生すると説明。
これを『そういうもの』だと思ってもらえれば幸い。
本命のマーキングをする時のショックをこれで誤魔化す。
――以上が、あたしの狙い。
これを全部成功させて、無事に仕事も終えて――
そうやって今日別れてしまえば、あたしの目的は達成に大きく近づく。
あたしが愛苗の情報を首尾よく見つけた時――
その時には、バイトで疲れてお家に帰ったこいつはもう夢の中だろう。
無事に【仮初の絆】は繋げたけど、なんかまたヘンな風に警戒されてる?
や、ちがうか。
警戒ってより、なんか違和感もたれた?
てゆーか、え? なになに?
魔術で似たようなことをしたことある?
一応試しに練習で思念通話してみたけど、ちゃんと出来てる。
弥堂は「自分からは繋げないはず」みたいなこと言ってた。
うーん……、なんかヘン。
わかんないけど、あやしい。
でもこいついつでもあやしいからなぁ。
くそぅ、へんたいエリートめ。
とりあえずオッケーってことになって、佐藤さんから本日のシフトの説明。
これはみらいから聞いてたとおり。
だからそれはいいんだけど。
てか、さ?
最初に今回の話を聞いた時にも思ったんだけど。
国と国の関係もあるせいか、味方同士だってのに色々ややこしい。
素直に協力しあえばいーじゃん、ってあたしは思う。
でもオトナはそうはいかないみたい。
メンドクサって思うし、バッカみたいって思う。
だけど、弥堂は慣れてるみたい。
あたしはそれにも「う~ん?」ってなる。
や、ほらさ?
犯罪チックなことなら、まぁそうだろうなって感じだけど。
こいつってば大体犯罪者だし。
でも、今回のってちょっと違うじゃん?
なんていうか、国の兵隊さんとして、他の国の兵隊さんとコラボする――みたいな?
そんな今の状況に、こいつはなんか慣れてるみたいにあたしからは見えた。
そんな経験がある……?
えー?
色んな国の兵隊さんに追っかけられる――とかなら、めっちゃ似合うけど。
考えすぎかな?
って、あやしんでたら。
あいつの方がこっちをジッと見てくる。
あによ。
こっちみんな。
あんたの方があやしいから。
そんな感じであたしたちが水面下で疑いあってると、佐藤さんの号令が。
改めて、今回のバイト――じゃなくって、作戦の説明が進んでいく。
テロリストが攻めてくるとか。
味方にスパイがいるとか。
そんなことが当たり前にみたいに話されてる。
うーん、イカガワシイなぁ……
ことここに至っても――
あたしはまだ現実味を感じてなかった。
少しふわついた感じ。
でも弥堂は逆に、やっぱりこんな環境にすごく馴染んでいるように見えた。
そこでふと別の心配があたしの頭を過る。
こいつさ。
アメリカの人たちに、いつもどおりのシツレーをして捕まっちゃわないかな?
ってか、英語出来ないわよね?
向こうが日本語喋ってくれたりするわけないし、どうするつもりなんだろ?
ちょっと待機になりました。
すると、あいつはすぐにイライラし始める。
こういう時でも変わんない。
ていうか、ホントにこいつはどこでも変わらない。
『――周囲がどう変わっても全て無視してしまえば、自分は変わらずに、変えずに済む』
前に言ってたこいつの言葉。
なんとなくそれを思い出した。
あたしはふわついた感じで勢いのままここまで来てしまった。
だからこんな場でもいつも通りのこいつのおバカなとこを見て、あたしは少しだけホッとしたような――
そんな気がしてしまった。
ん? いや、ないない。
そんなわけない。
気がしただけだから気のせいだし。
「そうだ。戦場のニオイだ――」
は? ばかじゃん?
なにちっちゃい子にイキってんの?
ださ。
ちっちゃいはNGワードだったらしく、何故かあたしが黄沙ちゃんに怒られる。
なんで?
ナットクいかない!
なんかムカついたからスマホしよー。
あたし忙しいから話しかけてこないでよね。
SNSを開いた瞬間にパッと目に付いたのは――
え? 火事?
しかもここの近くだ。
このピリピリしてる時に――って考えてる間に。
あたしたちを乗せたクルマは急発進。
え? なになに? どこ行くの?
警察がそんな走り方していいの?ってスピードで移動して。
ワケわかんない内にあたしたちは別のホテルに到着。
ポートパークホテル美景。
ここはあたしがさっきSNSで見た――まさに火事の現場だった。
なんかね?
さっきのホテルはウソだったんだってさ。
こっちが本命なんだって。
ウソのホテルに博士が居るって思わせといて、こっちに一気に入っちゃって周りを封鎖するんだって。
なにそれズルイ。
多分みらいが手を回したのってこれだ。
この人をバカにしたヤリ口は間違いない。
あんにゃろ。
あたしにも言っとけっての。
なんか弥堂にマウントとられたじゃんか。
とはいえ――
ブラフといっても、ホテルからはホントに火が出てるし。
現場はてんやわんやだし。
え? これだいじょぶなヤツなのよね?
ホテルの中から逃げてくる人たちは、こっち側の事情なんて知らないフツーの人たち。
そんなフツーに遊んだり働いたりしてる人たちを、人助けのためとはいえ、もう既に巻き込んじゃってる。
あたしはなんかそれがヤだった。
“ヤ”といえば――
弥堂は佐藤さんとホテルに入って行った。
……ヤな表現ね。そういうイミじゃないからね?
弥堂はアメリカの人たちと合流するから佐藤さんに連れてかれたってこと。
あたしが言った「“ヤ”といえば」はこれのことじゃないから。
てことで、そんな二人と入れ違いみたいに、ホテルの中から逃げてきた子たちがいる。
多分あたしと歳の近い男の子たち。
二人組で、その内の一人と目が合った。
や。なんかね? でっかいサングラスしてたからホントに目が合ったかどうかはわかんないんだけど。
なんかそんな感じがしたの。
問題はその瞬間。
目が合ったと感じた時に、なんかすっごく“ヤ”な感じがした。
なんでだろって考えようとしたんだけど。
でも、そのすぐ後に、めっちゃ怪しい集団が現れた。
え? なに⁉
なんかね? けっこうな人数いるんだけど、みんな頭に紙袋かぶってんの!
しかも一糸乱れぬ?って感じでキレイに整列してんだけど、よけいコワくない⁉
この人たちにビックリしたせいで、さっきの男の子のことは頭から飛んじゃう。
つか、黄沙ちゃんが言うには、この近くでなんかイベントしてたんだってさ。
ってことはあの紙袋ってコスプレなの?
ああいうカッコのキャラがいっぱい出てくるアニメってこと?
なんかみらいが好きそう。
って、そうじゃなくって!
ヘンな方に考えが逸れちゃったけど、そうじゃないでしょ七海。
あたしはちょっと……、ううん。
けっこうムカついてきた。
愛苗のこと。
弥堂のこと。
これはあたしの都合。
ぶっちゃけ、今回の事件に、あたしのこの都合はまったく関係ない。
あたしの事情とは関係なく。
罪のない博士を狙って。
罪のない一般人にも迷惑をかける。
そんな連中がいる。
それが今回の事件。
その事件にあたしは関係ないまま、自分の都合だけでここまで顔を突っ込んできた。
だけど――
あたし個人の都合や関係じゃなく。
そんなのとは全然ベツの次元で、この事件の相手を明確に敵だとこの時に思った。
こんなこと許しちゃいけない。
もしも、テロリストなんてのが本当にここに来てて。
そんなヤツらがチョーシにのって本当にここまで攻めて来たりしたら――
その時は――
「――絶対に許さないんだから」
自分の都合で勝手にここまで来たのはあたしも一緒だけど。
でもここで。
そんなあたしにも、今回の事件に対しての明確な意思やスタンスってものが。
強く、しっかりと決まった。
だから――
あたしの目的は二番目。
まずはしっかりと博士を守る。
あたしと弥堂とのことは、それが出来た後でのことだ。
それが全部上手くいくように。
あたしもあたしの準備をする。




