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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
2章 俺は普通の高校生なので、バイト先で偶然出逢わない
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2章34 零ノ捌キ~Eighth note beats feel FREE to DEATH~ ④


ーーー



零から生ず意を捌き滅す



零は零


何も無い


ただ己が其処に在るだけ



空虚(ゼロ)の世界に立つは己のみ


その世界の先へ


何かを求めるのは衝動


一つを進めるのは意思



意思は己の芯より生ず


生じる意思とは衝動


其の意思を以て 世界に顕すは威力



即ち 威は意


威を捌き敵を滅し零に還す


零から零に



発することも


加速・増幅、減速・減衰


壊滅・根絶も意のままに


それ即ち 捌き



(つい)の零を目指す道筋は無数にあれど


然れど総ては同じこと



万象総ては零より生ず


どんな道行きを辿ろうと霊なるモノ最期は死す


零より生じ 零に帰す


ならば最も直に終を巡る



其れ(まさ)に零の業の果て


捌キ――



ーーー




 エルフの女が謳うように秘奥と真理を諳んじる。



 魂にまで伝わるその響きを美しいとは思えど、しかしその意味までは弥堂には理解出来ない。


 そして、これは今日ここで初めて聴いたものでもない。



「――何度も聞いたが、だが俺にはわからない」



 全てを言い終えたエルフィーネがこちらへ目を向けるのを待ってから、これまでに何度もしたものと同じ答えを返した。


 エルフィーネの眼差しは静かだ。



『そんなはずはありません。頭で考え過ぎです』


「そうは言われてもな。天才の言語はわかんねえんだよ」



 何処か確信めいたエルフィーネに、弥堂の方も何処か頑な様子。


 その答えはとっくの昔に出ていて、今さら改めて可否を考えることでもないと――そんな振舞いだ。



 いつもならここで彼女のお決まりの『出来るまでやれば出来るのです』という台詞が出てくるのだが――


 しかしこの場では彼女はそれを言わず、静かに首を横に振った。



『――逆です』


「あ?」



 いつもとは様子の違う彼女の言い回しに、弥堂は眉を寄せる。



 ついその先の話を聞きたくなるが、しかし今は戦闘中だ。


 あまり気を散らすべきではないとレイスへ視線を遣る。



 すると、弥堂のことは最早与し易しと認定をしたのか――


 レイスは余裕を取り戻して、また“死の嘆き(キーニング)”を謳っている。。


 そして、さっき使って減った分のエサを補充するために、“G.H.O.S.T(ゴースト)”や傭兵にちょっかいを掛け始めた。



 おかげでエルフィーネの話を聞く余裕が出来たと判断し、弥堂はまた彼女の顔を視る。



「“逆”とはどういう意味だ?」



 弥堂の問いにエルフィーネは頷く。



『事、この話に関しては、私よりも貴方の方が才能――適性があるということです』


「なんだと?」


『いいえ。おそらく史上最も、誰よりも――貴方が優れている。私はそう確信しました』



 彼女の言い分に、弥堂はますます眉間を歪めてしまう。



『才能がある』


 それは弥堂とは最も縁遠い言葉であり、むしろずっとその逆のことを言われて生きてきたからだ。


 なにより、弥堂本人が一番実感している。


 己の『至らなさに』――



「今更お世辞を言っても、俺のお前への好感度はこれ以上は上がらねえぞ?」


『世辞でも冗談でもありません。私は最近になってそのことに気が付きました』


「そんなわけねえだろ。教会の他の暗殺者にだって俺より出来るヤツはいくらでもいただろうが」


『とは言っても、彼らは所詮“弐式”か“参式”止まりです』


「俺はその“弐式”すら出来ないんだが」


『そうですね。今は、まだ。ですが――』



 弥堂を写すエルフィーネの瞳が強くなる。



『――貴方は一番奥まで辿り着ける』


「一番奥? “捌式(はちしき)”のこと言ってんのか? それこそ無理だろ。お前にだって出来ねえのに」


『……私は、おそらく歴史上最も“零衝”を極めました。その自負はあります。ですが、それでも最奥の捌には届きませんでした。それがどういうモノなのか――その糸口すら見いだせなかった……』



 歴史上最も極めたという彼女の言葉は大言壮語ではない。


 弥堂もきっとそれが事実だと思う。


 しかし、そんなエルフィーネでも一番最後の八番目には至れなかったのだ。



 それが弥堂には出来ると言う。


 当然、俄かには信じられなかった。



『ユウキ。貴方は、貴方だけはきっと最奥に触れられる。貴方にだけ、出来る――』



 だが、やはり彼女の言い様はやたらと確信的だった。


 それに、異世界に居た時にはこんなことを言い出したことはなかった。



「……最近と言ったな? それはいつからの話だ? どうしてそう思うようになった?」



 だからそれを訊ねてみると、エルフィーネは少し遠くを見るような目をする。



『そう思うようになったのは、貴方と共にこちらの世界に来てからです』


「……何故?」



 日本に帰ってからも弥堂は暴力と身近な生活を送ってはいたが、しかし異世界の頃に比べればこれでも縁遠いくらいだ。


 起こった戦いも――先日の悪魔との決戦は例外だが――以前よりはヌルイと感じるものばかり。


 そんな日々の中で彼女がそう思い至るようになった理由が弥堂にはわからなかった。



『私もルビアも、もう生きてはいません。こうして私たちの声が聴こえるのも見えるのも、貴方だけ。そして、私たちもまた、貴方を通してこの世界を見ています……』


「……それが?」


『私はこれまで知りませんでした。“霊子”というモノを――』



 最小の物質であり、総ての存在の根源となるナニカ――それが“霊子”だ。


 それは普通の生物には知覚が出来ず、悪魔や天使ですらはっきりとは知覚出来ていない。


 そして知識としても、そんなモノが存在していることすら誰も知らない。



 弥堂がソレを知るのは、弥堂の先代の勇者――二代目が遺してくれた知識からであり。


 そして弥堂がソレを知覚出来るのは、異世界に渡った時に『世界』より能えられた魔眼の御蔭だ。



「今はお前らにも視えるのか?」



 弥堂のその問いには、エルフィーネは少し残念そうに首を横に振った。



『知覚は出来ません。でも、その知識を得て、貴方が実際にソレを視たり触れたりするのを見ていて、ようやく「在るんだな」という風に思えるようになった程度です』


「そうか」


『ですが、ソレを知って、私はずっと考えていました。あちらの世界では余分な考え事をする余裕などなかった。ですが、こちらは向こうに比べれば遥かに平和なので、ゆっくりと物思いに耽ることが増えました。そこで考えてみたのです。私が辿り着くことの出来なかった“零衝”の最秘奥とは何なのだろうと』


「それが……?」


『えぇ。その答えが、最近になってようやく出せました』



 生前には出来なかったことが、死後の今になってわかるようになった。


 彼女の言っていることはそういうことだ。



 だが――



「――待ってくれ。仮にお前の思っているソレがそうだとして。だが、今言われても困る。本当に俺に出来ることだったとしても――だけど、出来たことが無いものを今ここで急に出来るようになるわけがないだろう」



 弥堂はエルフィーネの言葉を嘘だとは思わないし、彼女が見出した答えが間違っているとも思わない。


 しかし、『自分にそれが出来る』――その部分だけは譲れなかった。



 だけど、やはりエルフィーネは首を横に振る。



『そんなことはありません。それに、「今ここで初めて出来るようになる」、それは間違いです。私はそんなことを言っていません。貴方はすでに出来ている』


「すでに……? どういうことだ?」


『貴方は“弐”どころか、既に最奥の“捌”にまで一度手を掛けています。辿り着きかけたことがあるんですよ』


「そんなバカな」



 弥堂自身は全く身に覚えがない。


 だが、師はそうは思っていない。



『あの時の悪魔たちとの戦い――憶えていますか?』


「それは、勿論」



 つい10日前のことだ。


 魔眼の記憶能力がなくとも、出来事自体を忘れるはずがない。



『あの時戦った敵の中に、“龍”が居たのを思い出してください』


「竜……?」



 多様性豊かな醜さの化け物どもの見本市だったが、その中にもドラゴンはいなかったように思える。


 “魂の設計図(アニマグラム)”に記録された記憶を視てみると――



「――竜って、龍か……。あの魔力のエネルギー体みたいなヤツ」


『そうです』


「アレがなんだ? というか、アレは多分精霊だぞ」


『呼び名はなんでもいいです。ですが、アレもまた実体を持たぬ魔素の集合体。謂わば霊体に限りなく近い存在』


「それこそ、アレがどんな存在だろうとどうでもいい。結局それがなんなんだ?」


『ユウキ。貴方はあの時――何故アレに零衝を徹せたのですか?』


「――っ⁉」



 師の問いに、弥堂の脳裏に電撃が駆け抜けた。


 答えを口にするよりも先に、彼女が何を言いたかったのかが理解出来てしまった。



 記憶が龍殺しの映像を再生させる。



 トドメを刺した時ではない。


 殺した時はルビアの【燃え尽きぬ怨嗟レイジ・ザ・スカーレット】で灼き殺した。



 その前の、最初の接敵。


 胸に刻まれた“勇気の証明(デモ・ブレイブ)”が初めて強く輝き、勇者の力に目醒めた時のことだ。



 当時は特に何も意識していなかったが、確かに実体の無い魔力の塊のような精霊に弥堂は零衝を当てていた。



『既に貴方は一度“それ”を経験しています。その感覚は間違いなく身体が憶えているはずです』


「……だが、あの時は勇者の力が、莫大な魔力があった。あれはそのゴリ押しだ」


『いいえ、それは違います。魔術を通さずに力尽くで魔力を奮えば、それはマナの魔法弾のようなカタチで顕れます。あの時の貴方の拳には確かに“業”が在った』


「わざ……、俺はあの時、どうやって……」


『思い出して下さい。信じて下さい。不定形な未来の可能性ではなく、過去に既に起こった確定した事実を。貴方はもう出来ている――』



 弥堂は自身の手を視下ろす。



 しかし、エルフィーネの言葉を聞いて、その時の記憶を視ても――


 やはり実感など湧かないし、その気にもならない。


 それがどうしようもなく弥堂 優輝という人間だ。



 そしてエルフィーネも彼の決心を待ちはしない。


 今は彼の師なのだから。



『どうすればいいか、わかりますね?』


「……わからねえよ」


『いいえ。わかるはずです。今なら。もう一度言いますよ――』



 エルフィーネはまた秘伝を詠む。




ーーー



零から生ず意を捌き滅す



零は零


何も無い


ただ己が其処に在るだけ



空虚(ゼロ)の世界に立つは己のみ


その世界の先へ


何かを求めるのは衝動


一つを進めるのは意思



意思は己の芯より生ず


生じる意思とは衝動


其の意思を以て 世界に顕すは威力



即ち 威は意


威を捌き敵を滅し零に還す


零から零に



発することも


加速・増幅、減速・減衰


壊滅・根絶も意のままに


それ即ち 捌き



(つい)の零を目指す道筋は無数にあれど


然れど総ては同じこと



万象総ては零より生ず


どんな道行きを辿ろうと霊なるモノ最期は死す


零より生じ 零に帰す


ならば最も直に終を巡る



其れ(まさ)に零の業の果て


捌キ――



ーーー




『――今度はどういう意味か、わかりますよね?』



 繰り返された教え。


 弥堂は「わからない」と言ってしまいそうな反射行動を眉間に力を入れて押さえる。


 そして――



「……要するに。物理でも魔力でもなく――霊子運動で零衝を徹せということか?」


『その通りです』



 即座に肯定したエルフィーネに、弥堂はまた「そんなバカな」と頭を抱えそうになった。



『そんなに突飛な話ですか? 貴方は既に何度も霊子を動かして物質に干渉しているというのに』


「それは……」



 確かにそれはそうだった。


 真っ先に浮かんだのは霊子の糸だ。


 見えない糸で触れて【切断(ディバイドリッパー)】の加護を徹す。



 それだけでなく、周囲の霊子運動を誤魔化して気配を隠したり――


 自分の“魂の設計図(アニマグラム)”を自身の手で『世界』から剥がしたり戻したり――



 これらは総て霊子を操って物質世界に影響を齎す行為だ。


 だというのなら――



「――霊子を、自分の意思で操って、『世界』を通し、相手の“魂の設計図(アニマグラム)”に、魔素を含む全ての物質的な干渉や法則を無視して、直接死を徹す……?」


『そうです。神はきっとユウキ――貴方にだけそれを許している』


「そう言われると突っぱねたくなるな。大きなお世話だって」


『ならば自らの手で業に昇華させてみせなさい。加護の域まで。誰の許可も得ず、自らの領分に於いて、自らの意思を徹しなさい』



 露悪的に皮肉を言ってみても、彼女にはもう通じない。


 本当に本気でそんな無茶を言っているようだ。



『霊子――総ての存在、あらゆる物質の根幹に在る、根源的なモノ。霊――それは零。龍を討った貴方の零衝を見た時に私は確信しました。これこそが誰も至れず、正体を知ることすら出来なかった零衝の秘奥義なのだと』



 珍しく彼女の声が少しだけ熱っぽい。


 それも無理はないかもしれないと弥堂は思った。


 彼女はその深奥をずっと目指していたのだから。



『霊子を震わせ敵の魂に破滅の意味を伝え、そして徹す。誰も至れないはずです。霊子のことをまず誰も知らない。貴方と先代――二代目勇者だけが持っている知識』


「…………」


『私はその知を得ましたが、しかし霊子を知覚することは出来ない。当然触れることも。まぁ、それ以前にもう死んでしまっているから、もう……』



 ドクッ――と。


 その言葉には弥堂の心臓が僅かに反応した。



 自分の為に死んだ女の心残り――



『貴方はあの時、ある意味で私の業を超えました。零衝の深淵、最奥に一度至っているのです。私はそれが正しく実現しているところが見たい。貴方が、それを……。だから――』


「――やってみせろってか?」



 そう問うと、エルフィーネはそれには頷かなかった。


 自己主張が苦手な女は、どこか恥を知るような仕草で目を逸らす。



「いいだろう――」



 だから弥堂は請け負った。



 自分の望みなどほとんど口にしたことが――


 下手をしたら一度すらなかったかもしれない――


 そんな女の死後の願いだ。



「やらなくてもどうせ死ぬんだ。それならお前に殺されてやるよ」



 彼らしい言い回しに、エルフィーネははにかむように小さく笑った。



『私は貴方を死なせるつもりなんてありませんよ?』


「お前も変わらねえな」


『ふふ、知ってました? 私もう死んじゃってるんです』



 そして、どこか得意げな風に、もう一度笑った。


 弥堂は――



「――笑えねえよバカが」



 圧倒的真顔で不快感を顕わにした。


 多分、弥堂の知る限り彼女が口にした初めての冗談だ。



「あまり調子にのるなよ?」


『す、すみません……』



 それが全く面白くなかったので厳しく叱ると、メイドさんは恥ずかしそうに身を縮めてしまった。



「さて――」



 呼吸をするように行われたモラハラで元カノを躾け――


 弥堂は死霊の方を向く。



 ダンッ――と、大きく床を踏み鳴らして自身の存在を強調した。



 それに反応したレイスが人間を襲うのをやめてこちらを向く。


 イヌの顔が、弥堂の顔を見て嗜虐的な笑みを浮かべた。



 弥堂は敵意を研ぎ澄ませる。



「図々しいんだよ。とっくに死んでる分際で」


『あの、それは私にも言ってますか?』


「うるさい黙れ――」



 右手に一瞬霊子の糸を創り出し、その霊子の動きをしながら弥堂は走り出した。



「本当の『死の意味』を教えてやる――」



 弥堂自身だけでなく、これまでに誰も成し得たことのない零衝の最奥義を成功させる。


 それを以て敵を討ち滅ぼす。


 そんな無理難題に弥堂は挑む。


 

 その業がどういうモノなのかもまだわからないまま――


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冒頭がかっけぇぇ...それに捌きの八の捌と霊衝の回収も
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