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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
2章 俺は普通の高校生なので、バイト先で偶然出逢わない
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2章34 零ノ捌キ~Eighth note beats feel FREE to DEATH~ ③


 戦場は混迷を極める。



 弥堂の行動に因って誰もが、『自分が誰と何の為に戦っているのか』があやふやにされてしまった。



 死霊(レイス)はここに居るニンゲンを皆殺しにする為に生み出された。


 しかし生贄となった人狼の肉体に寄生して霊体を維持している関係上、その存在を保つために魔力が必要となり、また魔術などの力を使う度にその魔力を消耗する。



 だからこの場に居るレイスは亡霊として不完全なモノである。


 ニンゲンを殺すことを目的としながら、その人間が居ないと存在を保てないという酷く不安定で矛盾した存在だ。


 目的を遂げた後でならともかく、その前に魔力回復薬であるニンゲンたちを失うわけにはいかない。


 その為、弥堂から“G.H.O.S.T(ゴースト)”やテロリストの兵士たちを守るなどという行為を強いられていた。



 一方で“G.H.O.S.T(ゴースト)”は、元々はテロリストから福市博士を守ることを目的として、この国へ訪れていた。


 現状況はその延長線上に起きてしまった戦闘だ。


 しかし、彼らは本来こういった霊害に対処する為に作られた部隊でもある。



 目の前で『ゴースト』などのモンスターに襲われる人々が居るのなら守らなければならない。


 それが彼らの存在理由だからだ。


 なのに現状はどうだ。



 本来駆除対象であるはずの『ゴースト』が、“G.H.O.S.T(ゴースト)”を殺そうと狙ってくる気の狂った人間から、自分たちを守っている。


 全く意味不明な状況だ。



 誰もが明確な意思を見失う混乱した状況――


 それが弥堂の創り出す“混沌(カオス)”だ。



 誰もが思考と足を止める中で、弥堂だけが明瞭な意思の元で先に動きだせる。



 魔力タンクどもを狙ってみせることでレイスに思い切った行動をさせないように牽制し、また攻撃を受けた際には人間たちを盾にし、或いは巻き添えにしてリソースを削っていく。



 だが、そんな状況が続く時間にも、そんな方法で出せる成果にも、やはり限界があった。



 ミラーが引き連れてきた数十人の“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちは半数以上は死んだ。


 残り十数人といったところだが、テロリストたち相手に任務を熟すにはまだ十分な人数だろう。



 対するアレックスの傭兵部隊は最早壊滅状態だ。


 生き残っているのはアレックスとビアンキ、それ以外では一人か二人だ。


 こうなっては例えレイスの討伐が成功したとしても、その後で彼らは碌な抵抗も出来ないだろう。



 そしてダリオと共に乱入してきた裏切者の傭兵たちもいる。


 彼らは一応は“G.H.O.S.T(ゴースト)”側なのだろう。


 しかし、おそらくダリオに唆されて裏切った彼らにしてみたら、この状況は「話が違う」といったものだ。


 今となっては誰に味方するのか、誰に敵対すればいいのか――その判断が出来なくなってしまっている。



 この裏切者の傭兵たちは弥堂には見分けがつかないので、“G.H.O.S.T(ゴースト)”たちと一緒に適当に巻き込んで殺している。


 それでも、正規の隊員たちと合わせると、“G.H.O.S.T(ゴースト)”の戦力はまだ30人以上いることになる。



 今はまだ混乱の中に居るので弥堂にいいように殺されているが、その時間は永遠ではない。


 そのうち彼らも弥堂の真意に気付いて、銃口を向けてくるだろう。


 そうなったらレイスと人間の両方から弥堂は攻撃を受けることになり、一気に不利になる。



 そしてその兆候はもう表れ始めていた。



 味方の数が減ってしまったこと、それとレイスが弥堂に釘付けになっていることで――


 彼らは最前線に居続ける必要が薄れてしまった。



 状況が不透明になったことで、今は無理に人狼を狙うよりも、自分たちを襲ってくる霊体の蛇や弥堂から遠ざかって体勢を立て直すことを優先させる。


 そうすると必然的に戦場の中心点である、弥堂やレイスから離れてしまった。



「ちぃ……」



 弥堂にとってはそれは不都合なことだ。



 こうなってしまうと、『たまたまレイスの攻撃に巻き添えにしてしまった』『レイスに魔力を与えない為に捕虜を殺した』という体が通用しなくなる。


 巻き添えにするにはわざわざレイスを引き連れて彼らを追わなければならない。


 そんな意味のわからないことをするくらいなら、僅かに取り繕った体裁をかなぐり捨てて、直接人間を殺しにいった方がマシだ。



 そして、魔力の供給源を断たれる心配の減ったレイスも、弥堂への攻撃に専念をすることが出来るようになる。


 そうなると、レイスへの直接的な攻撃手段のない弥堂はあっという間に劣勢へと追い込まれた。



「ミラー指揮官! あの日本人への射撃の許可を……!」



 その様子を見ていた一人の隊員がミラーに上申してくる。



「ダメよ」


「な……⁉ 何故ですか……⁉」



 即座に却下されて気色ばむ隊員に、ミラーは少し思考を整理してから答えた。



「……あのモンスターは私たちから生命力や魔力を吸う。最初はただそういう攻撃方法なのだと思ったわ。でも違ったわ。理由はマッドドッグから私たちを守ったから。どういうことかわかる?」


「……こんな状況は意味がわかりません!」


「そう。正直でよろしい。モンスターが私たちを守るのは、私たちが必要だからよ。魔力のバッテリーとしてね」


「な、なんですって……⁉」


「それを見なさい――」



 ミラーは今も霊体の蛇に囚われたままの隊員を指差す。



 人狼の肉体から10匹の霊体の蛇が生えていて、それらは人狼を守るように近づく者を襲っていた。


 まだ3名ほどの隊員が絡みつかれたままになっている。


 だが――



「――随分前に捕まってから、まだ死んでいないわ。モンスターに変わったばかりの時と、マッドドッグに顔を消し飛ばされた時はすぐに吸い尽くして殺した。でも、今はそうじゃない。今は余裕があるから。その余裕とは何?」


「……魔力、ですか……?」


「おそらく正解。あのモンスターは殺す為の手段として魔力を吸っているのではなく、自分に必要だから魔力を吸う為に人を襲っている。さっき魔術を乱射した後にも、マッドドッグに煽られて魔力をすぐに吸収しようとした。つまり――」



 ミラーは指差していた腕を下ろし、再び隊員の顔を見る。



「――あのモンスターは魔力を必要としている」



 その答えを受けた隊員は顔を顰めた。


 不満を露わにするために、反論を試みる。



「しかし、それは魔術を使うためなのでは?」


「そうね。その可能性もある」



 ミラーは彼の主張を受け入れる。


 だが、それはただの素振りだ。


 彼女の中ではもう答えが出ている。



「でも、それだけでは弱いわ。何故なら、アレは魔術を使わなくても簡単にニンゲンを殺せる。魔術を使うためだけに魔力を欲するなら、あんなに必死になったりはしない。おそらく自分自身を維持するために魔力が必要なの。だから必要以上に捕まえた餌を消費しない」


「それは……ッ」



 その説明には隊員はもう反論出来なかった。


 なので違う方向へ話を向ける。



「ですが……、だからといって何故あの男を攻撃してはいけないことになるのですか……⁉」



 奇しくもそれで最初の質問内容に戻ることになった。


 それ故に、ミラーは彼の発言の正当性を認める。



「あのモンスターはマッドドッグに固執している。その間は私たちは安全よ。でも、彼を殺してしまったら?」


「それは……」



 隊員にもようやくミラーの言いたいことがわかったようだ。



「私たちの戦力では現実問題あのゴーストへの決定的な攻撃手段がない。でも、マッドドッグはさっき一瞬だけとはいえ、蒼い炎のような魔術で霊体を消し飛ばしたわ。彼へ報復をするにも、順序は考えるべきだと思わない?」


「報復だなんて、そんなつもりは……」



 わざとその言葉を使ったことで、隊員は尚更反論が出来なくなった。


 ミラーはもう話は終わったものとして、次の指示を与える。



「人狼の方への攻撃は続けなさい。でも近づくことは禁じます。遠間から銃で狙って魔術のバリアをむしろ使わせて」


「魔力を消費させるのですね?」


「そうよ。あくまで身の安全を優先、攻撃はちょっかい程度でいいわ。むしろ絶対にこれ以上は捕まらないで」


「……その、すでに捕まっている者は……?」



 隊員が控えめに問うと、ミラーの視線は冷ややかなものへと変わった。



「諦めなさい」


「そ、それは……」



 動揺する彼の顔を見るミラーの表情は揺らがない。



「というかムリよ。現にこれまでも救出にいった者が何名か逆に捕まった。あの捕虜はエサでもあるの。次のエサを誘き寄せるための。それに、実際に助け出すための手段がない。それでも無理を通そうとすれば、逆にアレに力を能えることになる。わかるでしょ?」


「……了解しました」


「せいぜい利用してやりましょう。レイスも、彼も。勝つのは私たちよ」


「命令には、従います……。ですが、あんな狂人など……ッ!」



 隊員はその先の言葉は歯で噛み潰して、ミラーの指示を仲間に伝えるために離れて行った。



 その背を見送りながらミラーは思う。



(狂人――本当にそうなのかしら?)



 確かに弥堂の理解不能な行動によって、“G.H.O.S.T(ゴースト)”もレイスも意味不明な理不尽を強いられている。



(全部が全部、計算尽くの策略だとは思わないけれど……)



 それでもミラーには、あのマッドドッグが本当に狂っているだけの人間だとも思えなかった。


 しかし、ほとんどの者の目には彼が狂人のように映っていることも共感できる。


 それには、彼の常軌を逸した戦い方が強く影響をしている。



 彼は明確な意図を持って味方のはずの“G.H.O.S.T(ゴースト)”や傭兵をレイスの攻撃に巻き込んでいる。


 そして捕まった者は容赦なく、また一切の躊躇もなく殺害した。



 それは裏切りともとれるし、仲間を殺されたのも事実だ。


 だから先程の隊員の反応はごく自然なものだ。



(だけど……)



 ミラーも結局、レイスに捕まった者を見捨てる決断をした。


 彼女はそれを間違った選択だとは思っていない。


 この場を乗り切り、勝つために、一人でも多く生還させるためにはその選択しかない。



 彼はただその選択と決断に辿り着くのが圧倒的に速いだけのことなのだ。



 そして、それだけでなく、彼は既にそのもっと先に辿り着いている。



 レイスの攻撃にわざと他の人間を巻き込むのは、後で魔力を回復させないように先んじて補給源を断っているのだ。


 邪魔になる前に殺す。


 それが彼の意図だ。



 当然、それは人として許される行為ではない。


 称賛など以ての外で唾棄すべき外道の行いだ。



(だけど……)



 もしも――



 人道、法律、道徳や倫理――


 見栄、世間体、社会性――


 称賛、非難、繁栄、保身――


 信仰心、罪悪感、自我自賛、自己嫌悪――



 そういったありとあらゆる外聞や自尊を気にしなくてもいいのなら――



(ワタシも、同じ選択をする……)



 しかしそれは出来ない。


 たとえそれが最善で最高率だったとしても、ミラーにはその決断は下せない。


 彼女だけでなく、おそらく大多数の人間がそうだろう。



 それには以上に挙げたものが邪魔をする。


 もしもミラーがその選択をして、この場を勝利で切り抜け本国へ生還を果たしたとしても確実に職を失うだろうし、下手をしたら投獄だ。



 そんな人の道に外れたことをしたら、人の社会の中で生きてはいけなくなる。


 だから人はその道を外さないように生きるのだ。



 そして――


 もしもそれが許されたとしても、だからといって簡単には行動に踏み出せない。



 正義感や倫理観が必ず邪魔をする。


 しかし、その正義感や倫理観の多くは、先に挙げた外聞から造られた価値観だ。


 それでも、ほとんどの人間はそこから外れることは出来ない。



 だけど、彼には出来る。



 迷いも躊躇いもせずに、最短最速最高効率でそれを思いつき選び実行した。



 恐ろしく人間から外れたヒトだ。



(それは何故?)



 先に言われたように、彼が狂っているからだろうか――



(――いいえ)



 ミラーにはそうは思えなかった。



(彼は、ピュアよ――)



 サイコメトリー。


 なにより彼女のその“異能(ギフト)”が、強くそう感じさせた。



 先程彼が死にかけた時に、その能力で感じるものがあった。



 彼は知っている。


 生まれながらの狂人ではない。



 喪うことも、奪うことも――


 その痛みや苦しみ、意味を――


 彼は総て知っている。



 知っていながら、その自分を何処か他所へ置いて、身体を動かすのだ。


 目的、勝利――そういったものへの最短路に。



 彼はその身体の深い深い奥の方に、そういった心を隔離している。


 一切を隔てて閉じ込めている。


 余分なモノとして。



 そうして彼は為るのだ――


 目的だけを叶えるためのナニカに。



 そう、それはまるで――



(――マシーンよ)



 実直で、融通を排除した、ただそれだけの、その為だけのモノ――



(濁りの無い純粋(ピュア)殺人者(キリングマシーン)……)



 先述のとおり、人間としては一切認めることは出来ない。


 だが、道具(マシーン)としては別だ。



 とりわけ、ミラーのような“使う側”の人間には、弥堂の在り様は酷く魅力的に映った。



 上記に挙げた自身の社会性を保つためのものには、人間は必ず縛られる。


 そうでなければ人間でいられない。



 それらは『シガラミ』と呼ばれる。



 全ての人間が越えられない柵であり、その柵に囲まれた範囲の内が社会なのだ。



 だけど、彼は越えられる――



 ミラーには出来ないことが出来る。


 やらせられる――



 彼は誰よりも自由(フリー)で、そして純粋(ピュア)だ。



 勝手に唇が緩み、舌先が上唇を舐める。



 アレが欲しい――と、ミラーは強く思ってしまった。



 それは欲望だ。


 そしてそれもまた己を縛るシガラミの一つなのだ。




 ミラーは人狼を牽制する多くの部下たちではなく、レイスに単独で相対する弥堂に視線を釘付けにされた。


 うっかりすると彼の虜になってしまいそうだ。



(ダメよ――)



 それはいけない。



(だって――)



 自分は道具を使う側なのだから――



 ミラーは撥ねる心音を抑えながら、思考を巡らせる。



 この場を切り抜けること、勝利すること。


 そして――



――アレを手に入れること。



 無意識に胸元に手を遣る。


 スーツの下には白いブラウス。


 ボタンを上から2つ開けていてネクタイはしていない。



『これはリードだ――お前の犬を縛る。そんな鎖、縄、言い方はなんでもいい』



 彼の言葉を、あの一切の湿度の無い瞳を思い出す。



 そして――


 アレを繋ぎ止める“鎖”を、閉じ込めておく為の“犬小屋(シガラミ)”を――



 頭の中で創り出す為の計算を始めた。






「――クソが……っ!」



 レイスの突進を大きく躱すと、また魔術で狙われる。


 そうすると弥堂は後退を余儀なくされ、人間たちにはとても近づけない。



 向かう先が限定されている以上、レイスの迎撃には余裕が出てきている。


falso(ファルソ) héroe(エロエ)】を使って突破をしたとしても、今は長い距離が出来てしまっているため連発が出来なくなる。


 それは辿り着いた先での緊急回避が出来なくなることを意味する。


 今はそのリスクを踏めない。



 その不自由さに弥堂は苛立っていた。



『だから言ったでしょう』



 そんな弟子にお師匠さまは呆れた顔をしている。



『極端な行動をして一時的に混乱を生み出せても、それで仕留め切れなければ後で自分を追いつめることになる。何度も経験しているはずです』


「うるせえ。全部殺しちまやいいんだろ」


『それを完璧に出来たこともほとんどないでしょうに。まったく……』



 露骨に溜息を漏らすエルフィーネに文句を言ってやろうとすると、その隙をレイスに突かれた。


 今までと同じ突進だが、弥堂は反応が遅れる。



「くっ……、【燃え尽きぬ怨嗟レイジ・ザ・スカーレット】……ッ!」



 危うく掴みかかられそうになったレイスの腕をギリギリのところで焔で灼き切った。


 どうにか難を逃れ、今度は自分から距離をとる。



 レイスは追撃はせずに、弥堂に見せつけるようにして失った腕を再生させた。


 そしてその復元に使用した魔力をすぐに補充する。



 立ち塞がるレイスの向こうで、蛇に捕まっていた傭兵の一人が悲鳴を上げた。


 彼は見る見るうちに痩せ枯れて絶命してしまう。



 しかし、死んだのは一人だけだ。


 代わりはまだまだ何人もいる。



 レイスはニヤァッと厭らしい笑みを浮かべた。



『これではジリ貧です』



燃え尽きぬ怨嗟レイジ・ザ・スカーレット】を使ったことで、魔力の消耗をしたのは弥堂だけだ。


 削り合いをするのは明らかに分が悪い。



『ユウキ、逃げなさい。今からでも』


「断る」



 勝ち筋の見えないままの闘争。


 己に逃走を許さないのは合理的でないナニカ。



 そのシガラミの中で、弥堂は雁字搦めだ。



『焔であれを消すにはやはりあの時のような勇者の力が無いと……』



 至極尤もな師の言葉を、弥堂は「ハッ――」と鼻で嘲笑う。



「無いモノ強請りはとっくの昔にやめたぜ」


『仕方ないですね……』




 せめてもの仕返しにルビアの真似をしてやったのだが、それすらも彼女には見透かされていて溜息を吐かれただけだった。


 弥堂はまた舌を打つ。



 そんな彼に諦め、エルフィーネは表情を真剣なものに改めた。



『ならば勝つ方法は一つしかありません』


「あ? なんかあんのか?」


『はい――』



 真剣に関心を向けてくる弥堂に師は頷く。



『――“魔討(まうち)”を。アレを殺すのならそれしかありません』



 それは零衝の弐式――弥堂の前に長年立ち塞がる壁だ。



『あれはルビアの加護よりも遥かに魔力効率がいいですし、確実に殺せます』



 確かにそれはそうなのだろうが――



「無理だろ」



 今まで出来なかったものが今ここで突然出来るようになるわけがない。


 弥堂は当然そう考える。



 しかし、エルフィーネはそうは思っていないようだ。



『そんなことはありません』


「出来ねえって」


『出来ます』


「なんでだよ」



 いつものやりとりだが、彼女の姿勢はいつもよりも強硬なものだった。



 弥堂としてはもううんざりとするような話なのだが、しかし彼女の表情にいつもと違ったものを感じる。


 強制や押し付けではなく、エルフィーネの瞳には弥堂にはわからない『出来る』という何か確信めいたものがあるように視えた。



『何故なら貴方には漆式(しちしき)が――、界越(かいえつ)が使えたのですから』


「またそれか。さっきも言っただろ。憶えてねえもんは――」


『――私も先ほど言いました。その身に“超えた”記憶は宿っていると』



 エルフィーネは強い覚悟を秘めた目で弥堂の前に立つ。



『今この場で教えましょう。今までに伝えた“零衝”をもう一度。そして、私にも越えられなかったその先の深奥に在る“(ゼロ)”を――』



 師の言葉の重みに、弥堂の心臓が一つ撥ねる。



 零から一が生じた。


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