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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
2章 俺は普通の高校生なので、バイト先で偶然出逢わない
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2章32 DEMONed I Scream ①

 ダリオは傭兵団ラ・ベスティアの副リーダーであり、傭兵となる前の路地裏の悪ガキ時代からアレックスとともに生きてきた。


 団の実務的な運営や作戦立案仕事の受注などの重要な役割を一手に担っている男だ。



 今回の仕事でも彼が仕事を受けてきて大まかな作戦の決定をした。


 現場に突入して福市博士を強奪してくる実行部隊の指揮は団長のアレックスが、仮設の本部にて全体の指揮や逃走ルートの確保をする待機部隊の指揮をダリオが――


 そのように分担をしていた。



 そして彼の部隊がこの局面において伏兵となる、アレックス達が頼みにしていた戦力であった。


 しかし、彼が裏切ったことで逆転の目はなくなる。


 それも、“裏切った”というよりはまるで――



「――最初からこのつもりだったってのか……?」



 “G.H.O.S.T(ゴースト)”の指揮官ジャスティン・ミラーの隣に当たり前のように立つダリオに、アレックスは信じられないといった目を向けた。


 ダリオはどうということもないように肩を竦める。



「まぁ、そうだな」



 その言葉に、態度に――


 アレックスは余計に茫然としてしまいそうになるが、歯を強く噛み締めて自制した。


 ダリオを――


 長年の相棒を――



――敵として睨みつける。



「……何故だ?」



 アレックスの問いにダリオはやはり当然のことといった態度で答え始めた。


 そこには隠す意味もなければ、口籠る理由もない。



「アレックス。オマエが先代の団長の意思を継いでるつもりなのはわかっている。それは仕方ない。だが、戦場への出入りと犯罪を繰り返すのはリスクが高すぎる」


「それが不満だったってのか?」


「……親ナシのガキを拾って面倒を見たいなら慈善活動でもやって国から金を引っ張ればいい。そいつらを引き連れて今のシノギを続けるのは無理だ。理解に苦しむ」


「ガラじゃねェんだよ」



 興味は無くとも二人のやりとりは耳に入ってくる。


 治療を受ける弥堂の眉がピクリと動いた。


 しかし、口を挟むような理由も言葉もない。


 話は続いていく。



「オマエのやり方じゃ長生き出来ない。いつまでも野良犬(ゴロツキ)のままじゃいられないんだ」


「だからって仲間を売るのかよ……!」


「オレは何度もオマエに警告した。窘めもしたし叱りもした。提案だってした。わかるだろ? オレだってガラじゃない。もう、一緒には歩けない」



 直接的な絶縁の言葉――


 アレックスはそれには応えずに、ミラーを睨んだ。



「オマエが誘ったのか? クソビッチが」


「随分な言葉だけれど、まぁそうね。実戦経験が豊富な現場の指揮官って中々育てられないの。裏の事情にも精通していて、賢い。即戦力ね」


「アメリカ様ともあろうものが随分と見境がねェんだな?」


「今はそういう時期なの。でも、アナタの自業自得よ?」


「アァ?」



 殺気立つアレックスにミラーは冷ややかに答える。



「前からスパイを送ってきてたでしょ? ワタシはそれに適切な対処をしただけ。見つけて二重スパイにした。どう? 適切だったでしょ?」


「ハッ、買収でもしたってか」


「いいえ。犯罪なんてしなくて済むように、もっと安定していて真っ当な仕事に就かないかと、スカウトをしただけよ」


「そうかよ……いや、待て。“前から”だと?」



 ハッと気が付いて、アレックスはミラーの後ろに控えるエマを見る。



「エマ……、まさかオマエもか……?」



 エマは少しだけばつが悪そうに嘆息をした。



「ワルイな、アレックス。手引きしたのはアタシだ」


「オマエ……ッ」



 口調を崩して謝罪をし、それからとってつけたように仕事用の喋り方に戻す。



「せっかく運よく公務員になれたのだもの。あちこちの犯罪者に情報リークを続けて、いつまでもバレないでいられるほどには“G.H.O.S.T(ゴースト)”は甘くない。義理人情だけじゃヨゴレ仕事は続けられないわ。わかるでしょ?」


「そうかよ、クソッタレが……!」



 ミラーの秘書官である黒人女性のエマ。


 彼女は元々アレックスたちと昔から繋がりのある情報屋で、何年か前からは身分を偽称して“G.H.O.S.T(ゴースト)”に入隊し、そこで得られる情報をあちこちに売るという生業をしていた。



 彼女も、ダリオも――


 今日のこの時の土壇場で我が身可愛さに裏切ったわけではない。


 今回の仕事が始まる前から“G.H.O.S.T(ゴースト)”と繋がっていたようだ。



 アレックスはいい加減な性格だが経験豊富な男だ。


 決して馬鹿ではないので、今回描かれた絵の意図を察する。



 この場でのアレックスたちの役回りは、彼らが真に“G.H.O.S.T(ゴースト)”への所属を認められるための生贄なのだ。



「ふざけんなよ……ッ」



 怒りをこめて再びダリオへ顔を向ける。


 彼の態度にはやはり悪びれた様子もなく変わらない。



「オレは育ちが悪い。だが、それは運がなかっただけだ。一旦マトモでマシな仕事に就きさえすれば、オレの能力ならもっと生活環境を上げていける」


「ヘッ、ゴミ溜めで生まれた娼婦のガキがイッパシの夢見てんじゃあねェよ……!」


「夢じゃない。現実的に実現可能な人生プランだ」


「だったら真っ当に清掃員でもなんでもやりゃあカタギにだってなれただろうが!」



 アレックスのその言葉に、ダリオはキョトンっと目を丸くして首を傾げた。



「オマエはバカか? あんなハシタ金の為に毎日長時間拘束されて汗を流すのなんてワリに合わないだろ。オレの能力にも見合わない」


「……バカはオマエだよ、ダリオ」



 怒りよりも深い失望でアレックスは言葉を失くした。


 そうすると代わりにビアンキが口を開く。


 彼はまだ茫然としていた。



「ウソだろ……? ダリオのアニキ……」


「む? ビアンキか」



 話しかけられて、初めてその存在に気が付いたかのようにダリオはビアンキを見る。



「ビアンキ。オマエも誘うかどうかはギリギリまで迷ったよ。獣人であるオマエの戦闘力は優秀だし、オレの言うこともよく聞く。いい手土産にもなるしな」


「やめろよ……ッ。聞きたくねェよそんなこと……ッ!」


「だが、さっきのシェキルの件での立ち回りを見て、オマエを連れて来なくて正解だったと確認できた。オマエは口ではよく突っかかっているが、根っこの部分ではアレックスと同じだ」


「待て。待てよ……。シェキルのこと。さっきのアレを把握してんのか? 何があったのか……、アイツが何をされたのか……!」



 シェキルの名をダリオの口から聞いたことで、自失しかけていたビアンキの目に光が戻った。



「ん? 言っておくが化け物になったのはオレも予想外だ。カルトのクズの仕業でオレの手引きじゃない」


「そんなことどうでもいい! シェキルがあんなになって……、死んだんだぞ……⁉ 仲間が殺された! まだガキだったんだ! 誰のせいかなんて、そんなことよりも前に何もねェのかよ⁉」



 声を荒らげて叫ぶが、頭の中は冷える。



「もちろん、適切に処理されてよかったと思っているよ」



 ダリオとの間に感じたこの致命的なズレこそが何よりも現状をビアンキに理解させた。



「ハハ……、マジかよ……」



 その失望と喪失感が彼から抵抗の意思を奪ってしまう。


 ビアンキは脱力し項垂れいてしまった。



 アレックスやビアンキのその様子に特に思うこともないように、ダリオは話を終わらせる。



「さて、続きは取調室で――と、言ってやりたいところだが。生憎オマエたちを逮捕してやることは出来ない」


「…………」



 わかりきったその言葉の意味を訪ねる者はいなかった。


 ダリオは再びアレックスに拳銃を向け直す。


 アレックスは銃口には目もくれず、その奥のダリオの顏へ絞り出した反抗心を向けた。



「今までそれなりに楽しかったよ。だが、お別れだ。アレッサンドロ・ディ・ルフィオーリ――」


「――ダリオ……! ダリオ・ヴィンザーギ……ッ!」



 二人がにらみ合い、ダリオや“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員たちの指が引き金にかかったその時――



「――オイ! オマエなにをしている……⁉」



 ふと、少し離れた場所からそんな声が聴こえる。



 そこは弥堂が斃した人狼の死骸がある場所。


 その死骸を2名の隊員が監視していたはずだ。


 そこの様子がおかしい。



 まさかあのバケモノが復活したのではと――全員の目が思わずそちらへ向いた。



 だが、そこにあったのは想像をしていたような光景ではない。



 ギチギチッと、裂いて千切れる音が鳴っている。


 倒れたままの人狼の死骸の首を鋸で切っている男がいる。


 あれは監視の任についていた“G.H.O.S.T(ゴースト)”の隊員だ。



 それを目にした瞬間――



「【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】――」



――弥堂は『世界』から自分を引き剥がそうとする。



 だが――


――失敗した。



「ど、どうした……?」



 弥堂の腕を治療していた隊員が訝しげにするが、無視して考える。



 失敗の原因に見当はつく。


 魔力不足だ。



 さっきの【燃え尽きぬ怨嗟レイジ・ザ・スカーレット】で使い切ってから急速に新たな魔力が生成されていく感覚があったが、戦闘可能になるまでは足りていなかったようだ。



 弥堂は今までに魔力が枯渇に近い状態に陥ったことは何度もあるが、完全に枯渇した経験はなかった。



 生きている限りは心臓が動いていて、心臓が動けば魔力が生産されるので、本当に文字通りの意味で完全に魔力が尽きることは基本的には無い。


 一度に一気に魔力を全消費すれば瞬間的に魔力をゼロにすることは出来るが、そうでなければ完全に空になることにはならないのだ。



 さらに弥堂は一度に魔力を大量に使用する“消費力”が低いため、魔術を使って魔力を一気に使い切ることが出来ない。


 だから、完全にゼロになるような状態はこれが初めてだった。



 それを可能にしたのはルビアの“加護(ライセンス)”だ。



 魔術を使う時は通常は“魔術式”というモノを構成する。


 これは『世界』様のご機嫌を窺って、魔術式に描かれた内容を実現する承認を頂くための企画書やプレゼン資料であり、コストとなる魔力という燃料を流すためのパイプでもある。



 プレゼン資料の出来がよければ魔術という超常現象を起こす許可が与えられ、それが実現する。


 これには起こしたい現象を具体的にイメージ出来る想像力と、そのイメージを正確に式に書き起こす力が必要となり、これらが魔術の構成力となる。


 この工程を一般化するためにテンプレート化されたものが基本的な魔術式として広く伝えられる。



 そして燃料の魔力をその魔術式に流すことによって実際に魔術が稼働するのだが、その際に必要な魔力量というものは魔術式ごとに規定されている。


 だが、その必要量以上の魔力を流すことでテンプレートよりも威力を上げることが出来る。


 つまり、魔力の“消費力”が高い魔術師は、同じ魔術を使っても通常よりも高威力で術式を実行出来るということだ。



 しかし、天井知らずに魔力を注げるわけでもない。


 使用する魔術式の必要量を超えて消費するにも限度があり、それでも無理を通せば術式が破綻して霧散したり、最悪魔術が暴走する。



 それなら、魔力を一気に使い切ることが目的なら、その必要魔力量が元々多い大魔術を使用すればいいということになる。


 だが、高難度の魔術式は構成することの難易度も上がる。


 だから、弥堂のような構成力も消費力も低い三流の魔術師には、魔力が少ないのにも関わらず魔力を完全に使い切るということも出来ないという現象が起こるのだ。



 これが魔術における魔力の消費の工程だ。


 しかし“加護(ライセンス)”は違う。



 簡単に言えば“加護(ライセンス)”の使用には魔術式がない。


 魔力を消費するだけで“加護(ライセンス)”に副った現象を起こすことが出来る。


 魔術式がないので魔力の消費量にもリミッターがない。



 今回ルビアの加護を使うことで、魔力を全消費するという体験を初めてしたわけだが、そのせいで使い切った後の回復についてどうなるのかということが弥堂には把握出来ていなかった。


 戦闘が可能になるまでにはもう少し時間が必要なようだ。



 何かを起こされる前に近づいて、人狼の首に鋸を引いている男を殺そうとしたのだがそれに失敗し、そして機を逸する。


「チ――」と舌を打ったところで、弥堂に僅かに遅れてミラーが反応を見せた。



 弥堂同様、不審な行動をする男を見た瞬間に、ミラーの背筋に嫌な予感が奔る。


 直感だけでなく、彼女のサイコメトリー能力が伝えてくるモノもあった。



「――撃ちなさい! 今すぐに!」



 近くの隊員何名かに即座の射殺を命じる。


 ハッとした隊員たちは彼女の指示に従った。



 パラパラと数丁のライフルから弾丸が撒かれる。


 男は構わずに鋸を引く。


 一発の弾丸が顔を掠めた時、鋸の男の前に誰かが立つ。



 人狼の死体の監視には2人ついていた。


 そのもう一人の男だ。



 その男は銃撃をする“G.H.O.S.T(ゴースト)”隊員たちの方へ独鈷杵(とっこしょ)を構えて真言(マントラ)を唱える。



「オーム デーヴィー チャンドラガンターヤイ ナマハ――ッ!」



 それは【ドゥルガーの保護】――


 バリアのようなものが男の前に形成され銃弾を防いだ。



 ホテル内でハサンという魔術師が弥堂の前で使ったものと同じ――つまり、この現象が一定の効果で発動するよう規格化された魔術だ。



 ミラーが悔しげに舌打ちをした時、ついに人狼の首が落ちる。


 弥堂は魔眼で人狼の死骸と、男の持つ鋸を見た。



 人狼の“魂の設計図(アニマグラム)”にはもう生命の輝きはなく、崩壊を始めている。


 そしてあの鋸は何か特別な魔術武器というわけではなく、普通の鋸のようだ。


 つまり人狼が完全に死んでいるからこそ、魔物としての頑強さが失われ死骸に刃が徹ったのだろう。



 鋸を持った男はミラーへ顔を向ける。


 先程銃弾が掠めた時のものだろう、顔には(きず)が出来ている。



 しかし、普通の傷のように皮膚が損傷し出血をしているわけではない。


 顏に貼り付けた覆面か何かが破れたように捲れている。



 男はその捲れを指で摘まんで、ビリっと膜を剥がすように自身の顏を引ん剥いた。


 その膜は剥がしきると大きな蛇の抜け殻へと変わる――いや、戻ったのだろう。


 剥げた皮の下から露わになったその素顔は――



「――アナタ……、ヨギ……ッ⁉」



 人狼との戦闘の最中で逃亡したと思われていたカルトの魔術師ヨギだった。



「その抜け殻……、そう、そうやって紛れていたのね……!」



 ヨギの足元に捨てられた蛇の抜け殻を睨みながらミラーは歯を軋ませる。



「ヨギ――」



 防護の魔術を行った男がヨギの前にトランクを差し出す。


 その銀色のトランクケースは――



「――あれはアムリタ⁉ いつの間に……ッ!」



 博士と一緒に回収した“賢者の石(アムリタ)”が収納されたケースだった。


 慌ててそれらを保護していた場所へ振り向くと――



「――う、うわぁぁ、ヘビが……ッ⁉」


「きゃあぁぁー⁉」



 福市博士はそこに居たが、トランクの代わりに置かれていたズタ袋から大量の蛇が湧きだしていた。



「博士を守りなさい!」



 魔術が絡んでいる以上、どんな凶悪な仕掛けがあるか知れたものではないので、ミラーは慌てて何名かの隊員に対処を命じる。



 その間にヨギはアムリタを仲間から受け取った。



「タパス。ワタシもスグに」



 タパスと呼ばれた男はコクリと頷き、そして顏の皮を剥いで素顔を現す。


 ヨギはズタ袋を対峙する“G.H.O.S.T(ゴースト)”たちへ投げた。


 その袋からも蛇が大量に飛び出てきて、隊員たちの持つ銃に絡まり射撃を阻害する。



 タパスはヨギへ背を向け、足元にあったポリタンクを持ち上げた。


 自らの頭上でそれを逆さまにし、中の液体を全身に浴びる。



 すぐに漂ってきた異臭でその液体の正体に気付く。



「ガソリン――ッ⁉」



 目を剥くミラーの視線の先で、タパスは空になったタンクを放り捨てる。


 同時にヨギが点火したジッポライターをタパスの足元に投げた。



 火はすぐに爆発的に燃え上がり、タパスの身体が焼ける。



 火達磨になりながら悲鳴もあげず、タパスは独鈷杵を構えた。


 自らを焼く炎へむしろ祈りを捧げる。



「オーム ヴァイシュヴァーナラーヤ ヴィッドゥマヘー ラーリーラーヤ ディーマヒ――タンノー アグニヒ プラチョーダヤートゥ……ッ!」



 身を焼かれる痛みを生の歓びとし、火の神アグニへ一切の苦しみを燃やし尽くす導きを乞う。


 すると、タパスの身を包む炎は一層に火勢を上げ彼の全身を炭化させた。


 そして火は燃え尽きることなく、その身に留まる。



 火の魔人と化したタパスは動き出し、蛇に苦戦する隊員たちへと襲い掛かった。


 触れる端から延焼させ、“G.H.O.S.T(ゴースト)”たちを焼き殺していく。



 その光景を静かな目で見ながら、ヨギはズタ袋から注射器を取り出した。



 弥堂はその薬品を魔眼で視る。


 また“促成溶液(セイタンズミルク)”を使うつもりかと警戒したが、今度の薬品は白濁していない。


 だが、それを形成する霊子の集合体には見覚えがある。


 類似ではなく、記憶と完全に一致したそれは――



「――あれは“WIZ”……?」



 何故それを持っていると考える間もなく、ヨギは自分の首筋に生命を対価に魔力を強める麻薬を打ち込んだ。


 そして再び鋸を手に取る。


 一匹の蛇とともに。



 ヨギは、驚きに眼を見開く弥堂の方へハッキリと顔を向け――


 そして凄絶な表情で叫んだ。



「邪悪ナ魔術師ッ! “悪魔憑き”デハナイ……ッ! “神降ろし”、見せてヤル……ッ!」



 血走った目で宣言すると、ヨギは自分の首に蛇を合わせ、そして鋸の刃を当てる。


 そしてその刃を引いて一緒くたに切り裂いた。



 首から噴き出した血が、人狼の首に降りかかる。



「オーム ラーフ ナマハ……ッ!」



 ラーフ――それはインド神話において悪魔とされたアスラの名。


 ヨギは自らの神と定めた者への真言(マントラ)を口にした。



 すると零れた血が燃え上がり、不自然なほど一瞬で人狼の首を消し去る。


 ヨギはなおも血走った目で、自分の首に当てた鋸を動かし続けている。


 そして今生最期となる強い祈りを捧げた。



「ナマハ サマンタブッダーナーン ニルリティェー スヴァーハー――オーム ヴァジュラ ダンダ スヴァーハー……ッ!」



 すると、今度は首を失くした人狼の躰の方に反応が生まれる。


 首の切断面から芽が生えるように肉が外へと盛り上がった。



 艶めいた薄桃色の肉の芽は肥大化していきまるで大蛇のように蠢く。


 やがてそれはヨギの方へと向かった。



 最早半死半生の状態となっても、それでも彼は自らの首に鋸を引き続けている。


 首は半ばほどまで切れて傾き、肉の裂け目からは骨が露わになっていた。



 肉の芽の先端がグパッと口を開けるように裂けて、千切れかけのヨギの首を飲み込む。


 そしてブチィッと喰いちぎると、頭部の無くなったヨギの首から噴水のように血が噴き出る。


 その血を浴びた肉の芽が離れると、ヨギの首の切断面からズルズルと脊柱が引き抜かれた。



 完全に背骨が引き抜かれると、支えを失くした上半身はグネグネとうねり、バランスを失くして倒れる。


 そこにあるのはもうただの死体だ。



 ヨギの背骨に芽から肉が移っていく。


 人狼の肉体と繋がったまま大きく長く伸びて、皮の剝げた大蛇のように変わる。


 そして、死んで倒れていたはずの人狼の躰が立ち上がった。



 人狼の首から大蛇が生えており、それは先に向かうほどに太くなっていって、そして先端の肉が蠢いてイヌ科の獣の頭に形を変える。


 その異様な光景の前に誰もが動けなくなった。



 変化はそれだけに留まらない。


 肉を得たばかりの獣の頭がその実体を失っていく。


 ドロドロと溶けながら肉が落ちていき、それに触れた床から異臭と煙が立ち昇った。



 だが、それは滅びではない。


 形を持ったまま、ただ実在しない。



 霊体化だ――



 巨大な獣の頭が非実在存在と為り、顎の下から霊体の膜が拡がる。


 それはまるでボロボロのローブを纏っているようだ。


 ローブの裾の切れ端は蛇になっている。


 その数は10。



 ローブの中から伸びる肉の幹もどんどんと霊体化していき、それと繋がる人狼の躰だけが実在したままで立っている。


 先程は大蛇のように見えたその肉の幹は、今はまるで臍の緒のように見えた。



 人狼の躰から巨大な獣の頭のカタチをした霊体が生えている。



 その姿に人々が畏れをなした瞬間、ローブの裾の10匹の蛇が動き出した。



 霊体の蛇が手近な隊員たちに噛みつく。


 肉体のないそれの歯は人の肉体を損傷はさせなかった。


 だが――



「あ――ッ、あがががががが……ッ⁉」



――身の裡から何かを吸い上げられるように、喰いつかれた隊員は悍ましい奇声を上げながら白目を剥く。


 そして、みるみる内に鍛え上げたはずの屈強な肉体は枯れ木のように痩せ細っていった。


 その様はまるで生命力と――



「――魔力を吸っている……?」



――弥堂の魔眼にはそんな風に魔力の動きが映った。



『アヒャヒャヒャヒャヒャ……――ッ!』



 “ソレ”は歓喜の声で嗤う。


 確かに空気を振動させているのに、音として鼓膜に伝わるのではなく、霊子運動の情報が直接魂に伝わってくるように感じられた。



 さらに霊体のサイズが膨れ、そしてそれとは裏腹に、実在的な存在感はより希薄になる。



「あれは……」



 細部は違えど、【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】に映る本質は同じ――


 弥堂にはこの現象に見覚えがあった。



 弥堂は治療途中の隊員の手を振り払って立ち上がる。



「オ、オイ……?」


「逃げた方がいいぞ」


「え――?」



 事態が呑み込めていない様子の彼に一方的に告げて目線を切る。


 そして、魔眼に悪霊を映した。



 つい先日、夢で視たエルフィーネとの零衝の特訓の光景を思い出す。


 目の前の化け物はあの夢に出てきた化け物と同じモノだ。



「あれは、レイスか……」



 先程の人狼(ワーウルフ)の時とは事態がまるで違う。



 “G.H.O.S.T(ゴースト)”とテロリストとの戦争はミラーの策略により、“G.H.O.S.T(ゴースト)”の勝利で幕を閉じようとしていたところであった。


 だが、最早そんな話ではなくなった。



 あれは、特別な力を持たない人間には、どうにも出来ないレベルの災厄だ。



 弥堂、清祓課、“G.H.O.S.T(ゴースト)”、傭兵、カルト信者――


 様々な者がそれぞれの勝手で策謀を巡らし、福市博士を巡った。



 しかし、その内の誰もが勝利者と為らない。


 そんな“不運(ハードノック)”が舞い降りた。



 勝利者の存在しない戦場――



 そこに存るのは死だけだ。



 獣の頭のレイスが咆哮をあげる。



 その鳴き声は威嚇ではない。


 ここに居るニンゲンたちの心情を代弁するような死への痛み――その泣き声だ。



 嘆きを叫ぶその声が全ての戦士に死を身近に実感させた。


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