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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章15 舞い降りた幻想 ⑤


「ID交換しよ?」



 そう言って笑顔を浮かべたまま彼女はほんの少し首を傾げてみせた。




 弥堂は彼女のその顏を見て目を細めてから口を開いた。



「断る」


「へーー、やっぱそういうこと言っちゃうんだぁー、ふぅーん……」


「わかってるなら言うな。お前と慣れ合うつもりはない」


「えー? 連絡するのに必要だから言っただけじゃーん。慣れ合うとか言ってなくない? それともー、女の子にID交換しよ?って言われただけでそーゆーの想像しちゃうの? あんたでも? ふぅーん……」


「なんとでも受け取れ。揚げ足をとったところで無駄だ」


「そうねー。ムダそうだからもういいわ」


「……?」



 てっきりまた逆上してくるものだと構えていたがそんなことはなく、意外にも彼女はニッコリと笑ってみせ、自分の肩から提げたスクールバッグに手を突っ込むと何やらゴソゴソと漁り始めた。



 肩透かしをくったような形だが、弥堂は怪訝な眼を向けて警戒する。


 潔いようなことを口にはしていたものの、彼女の浮かべた笑顔が完璧すぎて、弥堂にもわかるほどの作り笑顔だったからだ。



 鞄から引き抜かれた希咲の手に握られていたのは、彼女のものと思われるスマホだ。


 彼女はそれを取り出すと鞄の口は開けたまま、特に弥堂に断りを入れることなくシームレスにスマホの操作を始める。



 弥堂は何か途轍もなく嫌な予感がした。



 すると間もなくして、その予感を裏付けるように弥堂のスマホから『ペポーン』と間の抜けた通知音が鳴る。



 基本的にほとんどのアプリは通知自体をオフに設定をしている。


 例外的に通知を行うようにしているものもあるが、電話の場合はプリメロのテーマが流れる、メールの場合はバイブレーションのみだ。


 今の様に短い通知音が鳴る時は――



「あれー? 弥堂くーん、スマホ鳴ってるよー?」


「……お前、まさか…………」


「なんだろねー? もしかしてedgeじゃないかなー?」


「…………」



 弥堂はスマホを取り出しながら、大袈裟に首を傾ける仕草をする希咲から目を離さぬよう片目だけで画面を見る。



『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばーか』




 希咲の指摘どおりSNSアプリであるedgeがDM(ダイレクトメッセージ)を受信したことを報せる通知を行ったようで、スマホのロック画面に着信したメッセージのポップアップが表示されていた。



 見覚えはない。だが、誰のものかは容易に想像できるIDからのメッセージだった。



「お前……」


「うわ…………、なにこれ……。一個も投稿ないし、誰もフォローしてないし、フォロワーも0って…………、なんかグロい……。あんた何のためにSNSやってんの……? かわいそう……」


「おい、お前なにをした……? 答えろ」


「あによ。あたしあんたの女じゃないんだから、『おい』だの『お前』だのって呼びつけんなって言ってんでしょ!」



 理解の追い付かない事態が起きて事の次第を問い質すが、全く関係のないポイントで反発を受ける。


 それに言い返してはまた無関係な言い争いに発展すると弥堂は学習をし、努めて冷静に次の言葉を選ぶ。



「そうか、それは悪かったな。では“nanamin”、お前は一体なにをした? 答えろ」


「誰が“ななみん”だっ⁉」


「ここにそう書いてあるだろうが。これはお前のアカウントじゃないのか?」


「そうだけどっ! それはただのアカウント名でしょ! 気安い呼び方すんな!」



 適格に言葉を間違えた男に、自身のSNSアカウント名で呼ばれた少女はおさげをぴゃーっとさせて眦をあげる。当然コミュ障男は彼女が何故怒っているのかわからない。



「理解に苦しむな。お前は自分で『自分が“ななみん”である』と考え、『自分は“ななみん”である』と入力をし、『自分は“ななみん”である』と登録をしたのだろう? そして日々『自分は“ななみん”である』と名乗ってインターネット上で社会生活を営んでいるのではないのか? その上で『自分は“ななみん”である』が“ななみん”とは呼ぶな、だと? 一度専門の医師の診断を受けることをお奨めする。自我の整合がとれていない恐れがある。きちんと専門家に『希咲 七海は“ななみん”である』と診断書を作成してもらい、『自分は“ななみん”である』と自覚をして、これからは『自分は“ななみん”である』と胸を張り、一人前の“ななみん”として自信を持って生きていくといい。わかったな? “ななみん”」


「うるさーーーいっ! なんかそれっぽいことグジャグジャ言ってるけど、あんた絶対“ななみん”っていっぱい言いたいだけでしょ⁉ なんなの⁉ あんたの偶に出るその、何か言ってるようで何も言ってないコメントみたいなやつ! バカにすんなっ!」


「馬鹿になどしていない。俺はただ、お前が自分で自分のことを“ななみん”と書くくらいだから、そう呼んで欲しいのかと勘違いをしてしまっただけだ。名前で人を貶めるような下劣な趣味はない」


「うそつけっ! 昨日だって法廷院にやってたじゃん!」


「なんのことだ」


「とぼけんな! あいつの名前をイジリ倒しておちょくってたじゃん! やめてって言ってたのに!」


「言いがかりはよせ。俺は彼を取り締まっただけで、決して貶めるようなことはしていない。当委員会は人権を非常に重要視しており、人道に外れるような行いは決してしない」


「……あんたってマジでテキトーなヤツね。風紀委員ってみんなそうなの?」


「貴様、当局に不満でもあるのか? 発言には気を付けろ、反乱分子だと認定されたいのか」


「なにが反乱だ! バッカじゃないの!」


「そこまで言うのなら言ってみろ。俺が奴に何と言った?」


「はぁ? いいわよ、そこまで言うんなら言ってやるわよ。絶対謝らせてやるから。あんた法廷院のことホーケ――いにゃあぁぁーーーーーーっ! 死ねぇぇぇぇぇっ‼‼」



 自信満々な様子でまるで巨悪の罪を暴くかのように喋り出した希咲だったが、どうしたことか、彼女は何か口にすることを憚れるような単語を言いかけてしまったかのように髪を振り乱して悶絶した。


 弥堂は頭をグルングルンさせて、おさげをブルンブルンさせる少女を見下した。



「ふん、もう底が割れたか。俺は生まれてこの方『いにゃーしねー』などと発言をしたことは一度たりともない」


「うっさいっ、あたしだって初めて言ったわよ! あんたマジサイテーっ!」


「最低なのは人にありもしない罪を着せるお前だ」


「あんたがゆーな! それにあんたのは『ある罪』でしょ!」


「だからそれを説明してみろと言っている」


「だから……その…………」


「どうした? 法廷院の男性器の形状について並々ならぬ関心があるのではないか?」


「ないわよ! 人聞きの悪すぎること言うな! ってか、テメーこの野郎。やっぱわかってて言わせようとしてたんじゃん! 変態っ!」


「何故そうなる」


「だってすぐえっちなこと言わせようとすんじゃん! 変態クズやろーじゃん!」


「理解に苦しむな。そんなことを言わせようとした覚えはないのだが」


「今やってただろ!」


「それは見解の相違だな。俺は『包茎』は別にえっちなモノではないと考えているが、お前はそうではないということだな。つまり、お前は『包茎』はえっちだと、そう考えているのだな?」


「うるさいっ! もういいっ! だいっきらいっ!」



 癇癪を起したようにダンっダンっと地面を蹴りつけて、希咲は明確な回答を拒否した。


 弥堂はその様子を見て満足気に頷き話を進める。



「もういいのであれば、次は俺の質問に応えてもらおう」


「その前にさ――」


「――ダメだ」


「――ダメよ。あんたさー、女の子のアカウント名イジるの禁止ね。サイテーだから」


「……女の子とはいいご身分だな」


「そうよ。いいご身分なの。だから禁止ね」


「……ふん。では、こちらの話だ。お前、どうやって俺のアカウントを特定した?」


「ちょっと! ちゃんと『わかりました』って言いなさいよ! そうやってまた有耶無耶にする気でしょ? わかってんだから」


「しつこいぞ。大体何故呼ばれたくない名前を自分で設定する? 馬鹿なのか?」


「バカはあんたでしょ! なによっ、あんたなんてどうせ実名まんまとかでアカウント作ってんでしょ? ぷぷー、ださーい」


「そんな馬鹿なことはしない」


「そ? じゃあ、あんたのこともアカウントで呼んであげる。えっと、どれどれ……?」



 そう言って嬉々として自身のスマホに表示される弥堂のプロフィールページを閲覧した希咲だったが、すぐにその眉は不審そうに歪められた。



「なにこれ…………わけわかんない数字と英字いっぱい並べまくった名前。診断したら『このパスワードはとても強固です』って言ってもらえそうね……」


「そのとおりだ。だからこのアカウントを探し出してこれを俺だと結び付けられるはずがない」


「なんでちょっと自慢げなのよ。パっと見てあんただってわかんなかったら名前の意味ないじゃん」


「ふ、素人め」


「や、素人だけど。てかさ、あんたこれ捨て垢か裏垢でしょ? 本垢教えなさいよ」


「捨て、た……裏、本……? なんだと?」


「……わかんねーのかよ。あんたの方が素人じゃない」



 プロフェッショナルなJKである七海ちゃんは、異言語に初めて触れて混乱したように頭を悩ませる男子高校生に呆れた目を向けた。



「これ……見れば見るほどにグロいわね…………投稿なし、FFなし、名前読めない……、お手本みたいな捨て垢じゃない」


「うるせえな。どうでもいいだろ」


「いいけどさ……でも、名前ちゃんとして少しは何か投稿するとかすれば?」


「必要性を感じんな。というか、俺がいつどこで何をしていたかという情報を、誰もが見れるように自分から記録を晒しておけと言うのか? そんなことをしても不利にしかならんだろう。正気を疑う」


「あんたはまず自分の価値観を疑いなさい。それで不利になるような生活改めなさいよ」


「ほっとけ」


「あとさ、自分から誰かフォローするとかしないと誰もフォローしてくんないわよ? これじゃあんたの普段の生活そのまんまじゃない。ネット上でも同じことやってんのね」


「……自分から自分を監視する者を増やすのか? イカレてるのか?」


「本気でわかんないって顏してるし…………うぅ……あたしのやってるSNSとちがう……」



 同じ学校の同じクラスに通う弥堂くんと希咲さんは、現代の若者らしくSNSについてお喋りをしてみたが、双方の見解を一致させ歩み寄ることは非常に困難であることがわかった。



「あんたマジでなんでedgeやってるの……?」


「仕方ないだろ。風紀委員の連絡用でそうせざるを得なかったんだ。やりたくてやっているわけではない」


「でもそれにしたってさぁ、わざわざこんなアヤしいアカウント作んなくても――」


「――この話はもういい。それよりもその怪しいアカウントをどうやって特定したか早く答えろ」


「あぁ、うん。特定っていうか、さっきあんたのスマホ触ってる時にedge起動してあたしのプロフ検索してフォローしたんだけど」


「…………なんだと?」



 その答えを聞いて反射的にスマホに眼を遣る。



 すると、アカウント作成以来常に0のままであったはずのフォロー数が、いつの間にか1になっていた。


 人差し指で画面に触れフォローしているアカウントの一覧を表示させると、当然そこには今までは見たことがない『@_nanamin_o^._.^o_773nn』の文字列があった。



「…………」



 あまりに想定外の出来事で、あまりに見事にしてやられたために頭の回転が鈍り、次に何を言うべきか言葉を探していると――



『ペポーン』とさっきも聞いたマヌケな音が鳴る。



 その音とほぼ同時に弥堂のスマホに表示された自らのedgeのプロフィール画面の上部に被るように通知がポップアップされる。



『@_nanamin_o^._.^o_773nnさんにフォローされました』




「…………」



 弥堂はポップアップが消えた後もしばし無言で画面を見つめる。



 何となく希咲の方を見てみると、彼女は何やら気まずげに目をキョロキョロさせた。



「えっと……なんかかわいそうだから、あたしがフォローしたげるね……?」



 弥堂は長い溜息をつきながら空を見上げ、数秒してからスマホに目線を戻して親指で画面を二回叩く。


 その行動の結果が画面に書き出される。



『@_nanamin_o^._.^o_773nnさんをブロックしました』

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