2章31 The True Traitor ①
美景新港。
そこの開発途中の区画にある倉庫にて――
弥堂 優輝は護衛対象の福市 穏佳博士を攫って逃げたテロリストたちを追い詰める。
相手は傭兵団“ラ・ベスティア”だ。
「バカ正直に正面から乗り込んできやがって。いくら魔術師でもこれだけの数の銃を向けられたら何も出来ねえだろうが」
傭兵団のボス――アレックスが獰猛に笑う。
彼の仲間である傭兵たちは既に弥堂へ銃口を向けていた。
しかし――
「女をよこせ」
――それで弥堂が恐れることなどない。
指一本で自分を死に追いやることの出来る十数の死神を前に、端的に己の要求を突きつけた。
「あ……」
テロリストたちに捕らえられた福市博士が口を開いて何かを言おうとする。
しかし、言葉が出てこなかった。
「女をよこせ」だの「手足を捥いで焼き殺す」だのといった発言がひどすぎるからだ。
自分を助けに来たのか、攫いに来たのか。
一体誰が犯罪者で、誰が自分の味方なのか。
あらゆる人の立場がわからなくなってしまって、天才研究者をしてどんな感情を浮かべればいいのかということの答えが出せなかった。
「ハッ――まるでオレたち側のような言い草だな」
「あっ……」
すると、自分の感じていたことを声に出してくれたことで、博士のアレックスへの好感度が少しだけ上がる。
「女を助けにきたヤツの台詞じゃあねェ。女を攫いに来たヤツの物言いだ。オマエはどっち側の人間なんだよ」
「くだらないな」
「なに?」
言葉どおり、心底から醒めた眼をする弥堂の言葉に、アレックスは目を細めた。
「“どっち”かなど此処に至っては最早どうでもいいことだ」
「ヘェ?」
「此処に居るのは、死体を作るクソッタレと、これから死体になるクソッタレのどちらかだけだ。自分がそのどっちかなど、考える意味があるのか?」
「テメエはそれを選べるつもりかよ?」
「そんな段階はもう過ぎている。この仕事を受けた時点で。ここはもう――戦場だ。殺されるまで敵を殺せばいい。生き残ったヤツの勝ちだ」
「ヘッ、そりゃ違ェねェ……ッ!」
福市博士には今の二人のやりとりの意味はわからない。
だが、彼らにはお互いに通じているようで、博士以外の全ての人間が殺気立った。
どうやら止まることはなく、そして終わらない。
どちらかが死に絶えるまでは。
「――アレックス。オレにやらせろ」
「アァン?」
誰か気の短い者が引き金を引く前に、ビアンキが前に出る。
鼻に張り付けていたガーゼをペリペリと剥がして投げ捨てた。
床に落ちたそれをアレックスは細めた目で見る。
「ビアンキ」
「やらせてくれよ。これはオレの不始末でもある。オレが仕留めてりゃ、このヤロウはここまで来れなかった」
「…………」
アレックスは少し考えて、溜め息を吐いた。
「ダリオの準備が出来るまでだ。その時が来ても下がらねェなら、オマエごと撃ち殺す」
「それでいいぜ……ッ! その前にブチ殺してやるよ……ッ!」
「ったく、オレら傭兵だぜ? 熱くなりすぎだ」
「このヤロウがムカつきすぎて、このままじゃ夢見がワリィんだよォ……ッ!」
再び獣人化し、怒気を上げていくビアンキとは対照的に、アレックスは醒めた顔で下がる。
手で合図して、他の仲間たちにも銃を下げさせた。
まずはこの獣人のビアンキとの決着をつけることになりそうだ。
「ケリをつけようぜ……狂犬ヤロウ……ッ!」
「いいのか? 仲間に助けてもらわなくて」
「オレ一人で十分だ……! それに……! テメエはこの手で引き裂いてやる……! 銃弾ブチこむだけじゃ気が済まねェんだよ……ッ!」
「そうか。後悔する間も与えずに殺してやる」
そう言いつつ、弥堂は内心で舌打ちをする。
ここに居る敵全員に一斉射撃をされるよりも、このビアンキ単騎で掛かって来られる方が都合が悪いからだ。
射撃をするということは殺意をのせた意思が弥堂へ向くということになる。
全員のその意識が向いた瞬間に【falso héroe】を使って、敵の最後方に居る者の背後を取る。
そしてその者の銃を奪って背後から敵の集団を皆殺しにする。
ホテル内でも用いた戦法だ。
弥堂は銃武装した集団との戦闘は今回が初めてだったが、基本的にはこの戦法でほぼ勝てると手応えを持っていた。
しかし、その銃を構えた集団に囲まれた中で、自分よりも強い相手と一対一で戦う状況を監視されるのは、十字砲火を喰らうよりもよっぽど勝ち筋が薄くなるのだ。
「それよりも。よく生きてたな」
「アァ?」
なので、適当に喋って状況の変化を試みる。
「あの高さから落ちて、よく無事だったなと言っている」
「あれくらいでライカンスロープが死ぬか。つーか、今更言うことかよ。屋上でテメエの目の前でヘリに乗っただろうが」
「そうだったか? 気付かなかったな」
「ハッ――随分と鈍いなァ。トロすぎてすぐに死んじまうぜ?」
「そうは言ってもな。仕方ないだろ?」
「アァ?」
弥堂は“WIZ”を取り出しながら肩を竦めた。
「ニンゲンの犯罪者を追うのに必死だったんだ。視界の隅で薄汚い獣がチョロチョロしてたくらいじゃ気にも留まらない」
「テ、テメェ……ッ! オレは人間だ……ッ!」
ビアンキは簡単に激昂する。
どうやらこっちの世界でも“獣人”という種族はそれなりに迫害をされているようで、揺さぶるのは簡単そうだ――
――そう一定の満足感を得て、弥堂は首筋に注射器の針を刺した。
ビアンキの表情が違う意味で険しくなる。
「テメエ……、それは……」
弥堂は答えずに内容液を血管内に流しこみ、2本目の“WIZ”を使用した。
肋骨を叩いたように錯覚するほど心臓が強く撥ね、寿命を担保に未来から魔力を前借りする。
血管が熱を持って膨張し、葉脈のように皮膚を盛り上げた。
「そうかよ……。テメエ、“Doped Slayer”かよ……ッ! 薄汚ねェのはどっちだ……ッ!」
侮蔑と嫌悪を露わにした顔で、ビアンキは吐き捨てるように言った。
どうやら世界も種族も関係なく麻薬中毒者というのは無条件で迫害されるようだと知り、弥堂は注射器を放り捨てる。
一定の高さまで上がった注射器がクルクルと回りながら落ちてくる。
弥堂とビアンキの視線の交錯点を通過すると、床に当たって割れて砕けた。
その音とほぼ同時にビアンキは落ちていた松明を弥堂に向かって蹴り飛ばし――
弥堂は首を傾けてそれを躱しながら前に出る。
福市博士と“賢者の石”を巡る戦いの最終フェーズ――
――その火蓋が切られた。