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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章15 舞い降りた幻想 ④


 しばしの間、公道で人目も憚らず罵倒し合った弥堂と希咲だったが、その人目がなくなっていることに気が付き、どちらともなく休戦を申し出て場を納めることでお互いの意思を擦り合わせた。



「……ナットクできない」


「しろ」


「出来ないっつてんじゃん!」


「うるせえ。この『世界』に納得出来るものなど何一つとして存在しないと考えろ。そうすれば恙無く諦めて生きていける」


「なんでそんな人生送んなきゃなんないのよ!」



 あまり擦り合ってなかった。



「いいから話を進めろ。何でお前一人にこんなに時間をとられなきゃなんねえんだ」


「はぁ? あんたのせいでしょ! あたしがあんたに構ってもらいたがってるみたいな言い方すんな!」


「わかった。構ってもらいたかったのは俺だ。もう十分構ってもらった。満足だ。胃が持たれるほどにな。おら、早く言え」


「なんなの! いちいちムカつく言い方ばっかして」


「言わねえんなら帰るぞ」


「言うわよ!」



 ぶちぶちと文句を言いながら希咲は切り出そうとするが――



「言うけど。でも、その前にさ……」


「あ? テメェいい加減にしろよ」


「すぐイライラしないでよ!」


「お前のせいだろうが」


「なんであたしにだけすぐキレんの!」


「そんなことはない」


「あるもん! いつもムッツリしてて態度悪いけど、他の子にそんな風にキレないじゃん!」


「お前も大概だろうが。野崎さんたちと話していた時みたいに冷静に場を回せ。何故俺にはいちいち突っかかってくる」


「あんたの頭がおかしすぎるのが悪いんでしょ!」



 またどんどんとヒートアップしていきそうになるが、弥堂が希咲へ手を向けて制止する。



「――待て。一回待て」


「あによっ⁉」



 眦を上げた希咲に怒鳴られるが言い返したくなる気持ちを努めて抑える。


 彼女に手を向けたままでもう片方の手で眉間を揉み解しつつ提案をする。



「もうやめよう。どれだけ言い合ったところで絶対に決着はつかない」


「そんなことわかってるわよ!」


「諦めよう。お互いに」


「またそれ?」


「落ち着け。これはとりあえずだ」


「……どういう意味?」



 不機嫌そうに眉を寄せる希咲へ説明をする。



「いいか? このままでは俺達は殺し合いに行き着く。それしか解決方法はない」


「そこまでなの⁉」


「だから一旦この場ではお互いに諦めよう。気に食わないことや癇に障ることもあるだろうが、今日はもうそれは口には出さずに一旦持ち帰ろう」


「……それって結局なにも解決になんないんじゃないの?」


「あぁ。だから怒りや蟠りをぶつけるのは次に会った時にしよう」


「つぎ?」



 幾分か落ち着いた様子の希咲を見て弥堂も手を降ろす。



「あぁ。幸いなことに俺たちは一か月近くだったか? 顔を合わせることはないのだろう?」


「だいたい半月くらいね」


「そうか。だからこうしよう。今日これから何か怒りを感じても今日はもう何も言わない。そして半月経ってそれをまだ覚えていたら、その時にぶつけあおう」


「……まぁ、そうね。自分でもわかってるけど、なんか知んないけどすんごいムカついちゃうだけで、しょうもないことでばっかケンカしてる自覚はあるわ。半月もすれば、どうでもよくなってるってことよね?」


「そうだ。大部分は時間の経過が誤魔化してくれる。解決するのを諦めよう」


「なんか後ろ向きなのが気になるけど、いいわ。それで手を打ったげる。感謝してよね」


「……お気に召さなかったようで悪いな。ありがたすぎて唾でも吐きたい気分だ」


「……汚いわね。別に気に食わないなんて言ってないでしょ。あんたにしてはまぁまぁいいアイデアなんじゃない?」


「……そうか。お前にしては理解が早くて助かる」


「…………」


「…………」



 男女二人向かい合いながら見つめ合う。


 しかしその空気はピリついたもので、二人ともにコメカミをビキビキさせ、その目はガンギマリだ。



 そのまま数秒睨み合って、二人同時にハッとなる。



「こういうの……っ! こういうのやめようってことね……っ⁉」


「……そうだ。お前の気持ちはわかっている。だが、どうか今は抑えてくれ。俺も同じ気持ちだ。お前がムカつく」


「フフフ……、だったらぁー、なぁーんですぐそーゆーこと言っちゃうのかしらぁー? あたしだっていっぱいガマンしてるんだからー、あんたもチョットくらいガマンしてよー。あたしだってムカつくよ? あんたのこと」



 まるで恋人同士が愛を囁き合うように熱っぽく視線を絡めて、お互いに嫌いだと素直に伝えあった。



「……ねぇ? あんたさ、ホントはあたしのことダマそうとしてんでしょ? そうやってウソついてあたしだけ黙らせて、自分ばっか悪口言おうとしてんでしょ?」


「疑り深いのはメンヘラの証拠だぞ? お前はメンヘラじゃないんだろう? だったら俺を信用することだな」


「ふふっ……うふふふ…………そうねー、もちろん信じてるー。てことはぁ、聞いてくれるのよね? あたしの話」


「…………」


「よね?」


「…………あぁ」



 コテンと首を傾げて、煽るようにあざとい仕草を見せる希咲に弥堂は渋々頷いた。



 希咲は一度目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸をして気分を切り替える。


 次に顔を上げて目を開けた時には怒りの表情は鳴りを潜めており、しかしその代わりに眉がふにゃっと下がった。



「それじゃ……えっと、その……あんた大丈夫……?」


「……どういう意味だ?」


「怒んないでよ! バカにして言ってるんじゃないのっ」


「じゃあ、なんのことだ」


「ほら、さっきの。メールっ」


「メール……? あれがどうした?」


「いや、だって、あれヤバイじゃん!」


「だから暗号だと言っただろう」


「暗号って……、じゃあ、あれ本当はどういう意味なの?」


「……そこまでは教えることはできんな」



 機密情報にあたる為に弥堂は詳細を明かさなかった。


 彼にもその機密情報がなんなのかわからないからだ。



「……ちなみにさ。あれって誰からなの?」


「……部員だ。情報を扱うことに特化した専門の者がいる」


「……女の子よね?」


「さぁな」


「それも教えらんないってこと?」


「いや。会ったことも声を聴いたこともないから知らん」


「は?」



 どうせいつもの秘密主義かと思ったら予想外の答えに希咲は目を丸くする。



「同じ部活なんでしょ? そんなことってある?」


「と言われてもな。実際そうなのだから仕方ないだろう?」


「あたし部活やってないからわかんないけど、フツー名簿とかあるんじゃないの? いくらこのご時世個人情報とか厳しいって言ってもさ、クラスくらいはわかるでしょ?」


「残念ながら部の名簿に名前は載っていないな」


「いやいや、学園の手続き上そんなわけないでしょ」


「ヤツの仕事上その方が都合がいいからな。正体不明の部員だ」


「……それは部員ではないのでは?」



 聞けば聞くほどに謎が深まり、希咲はメールを初めて見た時の恐怖がじわじわと蘇ってくるのを感じた。



「てか、名前くらいはわかるでしょ? 苗字しか知らないの? それとも中性的な名前とか……?」


「名前も知らんな」


「なにそれ……? あんたにしては危機感なさすぎじゃない?」


「俺とて一度部長に尋ねたことはある」


「そなの? それで?」


「部長は意味深に笑うだけで教えてくれなかったな」


「……あんたと部長って仲いいんじゃないの?」


「キミの言う仲がいいの意味と同じかはわからんが、関係は良好だ。しかし、それと仕事上の都合とは関係ない」


「どういう意味よ」


「彼が教えてくれないのなら、それは知る必要がないか、俺には知る資格がないか、そういうことだ。もしくは、知りたければ自分で調べろということかもな」


「闇の組織の者か、あんたらは」


「一応調べてみたことはある。学園の職員が管理する生徒名簿にはな、生徒の名前に紐づけて所属部活動も記載される。夜中に侵入して全生徒分の情報を閲覧したが、それらしき人物は存在しなかった」



 ちなみに同じ方法で希咲や水無瀬の情報を調べたこともあるが、そのことについては特に言及しなかった。



「あんたそれフツーに犯罪……」


「必要なことだ」


「……今日はいっぱいいっぱいだから聞かなかったことにしてあげる」


「それが賢明だ」


「てゆーか、うちの生徒じゃないんじゃないの?」


「正体不明の生徒だ」


「正体不明の人は入学できないでしょ!」



 混乱が極まってきて希咲は頭がクラクラしてきた。



「あんたの部活ってマジで一体なにを……いや、これは今はやめとくわ。情報量ヤバくて頭パンクしそう」



 深入りすればするほどに頭がおかしくなりそうな弥堂の日常に触れ過ぎれば、また本題が遠のくと希咲は判断した。



「というか質問が多いな。結局何が言いたいんだ?」


「……うん、もうキッパリ言うわ。それさ、ストーカーじゃないの?」


「ストーカーだと?」



 単刀直入に斬り込んだ指摘に眉を寄せる弥堂の顏を見て希咲は胡乱な瞳になる。




「なにそんな発想はなかった、みたいな顔してんのよ。どう見たってこれストーカーとかヤンデレの人とか、そんな感じじゃないっ」


「そんなわけがないだろう。言っただろう? 会ったこともないと」


「いやっ、向こうが一方的に知っててーとかあるかもしんないじゃん!」


「その可能性はあるかもしれんが、だが、そもそもストーカーとは不利益を齎す者だろう? 今のところはヤツから提供される情報などは一応は有益なものとなっている。問題はない」


「あのメールが送られてくる時点で不利益以外のなにものでもないと思うんだけど……」


「俺としては暗号が解りづらい以外には特に問題を感じていないな」


「それもどうかと思う。あんたメンタルどうなってんの……?」



 怪物を見るような目を弥堂へ向ける。



「ねぇっ、やっぱ絶対ヤバイって……! 大体情報ってなんの情報よ」


「……詳細は言えんが、風紀委員の仕事に使える情報や、テストの出題予想に、スーパーの特売情報から住まいの地域のゴミの日の知らせなど多岐にわたる」


「確かにスーパーの特売は気になるけど、でも全然部活関係なくない……? てか、あんたばっちりプライベートに踏み込まれてんじゃん! 住んでるとこのゴミの日って、なに住所教えてんのよ!」


「教えてはないな」


「は?」



 混乱する希咲へ弥堂は何でもないことのように説明をする。



「俺はヤツにパーソナルな情報は何も教えてはいない。勝手に調べたのだろうな」


「確定じゃん! ストーカーじゃん!」


「落ち着いて考えてもみろ。ヤツは腕利きの情報屋だ。それくらいのことは造作もないだろうし、またそうでなくては使い物にならん。むしろそのスキルを信頼できる。そうは思わんか?」


「頭おかしいと思う……」


「まぁ、確かにそういった言動も見受けられたが今のところは問題はないな」


「いや、あっちもだけど、あんたも頭おかしいと思う」


「それは見解の相違だな」


「うぅ……価値観がぁ…………価値観が違いすぎるよぅ……」



 自分が普段何気なく日常生活を送る学園内で、あまりにも犯罪的で猟奇的な関係性が存在することを知り、七海ちゃんは泣きが入った。



「あんたさ、ケンカ強いから自信あるんだろうけど、相手が女の子だからって甘くみちゃダメよ? アブナイ子はいきなりグサっていくからね?」


「お前が何を気にしているのかわからんが、俺は相手が女でも油断はしないし容赦もしない。心配は無用だ。慣れているからな」


「……ホントに? だって、わかってないでしょ?」


「ナメるな。俺はプロフェッショナルだ。女に刺されたことなど何度かある。だからどんな女も信用はしないし、仮に刺されたとしても慌てることはない。確実に首を圧し折って道連れにしてやる」


「それ、もうダメじゃん…………」



 なおも弥堂へ注意を喚起する反論を続けようとしたが、それ以上は言葉が出てこずやがて希咲は沈痛そうな面持ちで俯いた。



「……ごめん。あたしから言っておいてあれだけど、今日はもうこの話題ムリ……。なんかあたしどうにかなっちゃいそう……」


「そうか」


「また今度でもい?」


「半月後に覚えていたらな」



 弥堂としては特に重要な話題でもないし、特に続けたい話題というわけでもなかったため、適当に肩を竦めて流した。



「で? 本題はなんなんだ? 今の話が関係するのか?」


「あ、うん……、全然関係ない」


「…………」



『じゃあ、なんのために』と口から出かけた文句を寸前で呑み込む。一応はそういう約束だからだ。


 希咲の話は、衝撃的なメール文章を目にしたために弥堂を心配してのことなのだが、当然そんなことは彼には伝わってはいない。



「最後のも愛苗のことなんだけど……って、なによ、その顔っ」


「まだあいつを甘やかす気か? 今度はなんだ? おしめでも変えてやればいいのか?」


「……あんた愛苗にそんなことしたら絶対殺すから」



 数秒前の心配顔はどこへやら、攻撃色満載の完全に殺る目を弥堂へ向ける。



 そのまま数秒ジッと弥堂を見るが、溜息を吐いて力を抜いた。



「まぁ、いいわ。お願いしたいのは、あたしが愛苗の様子を聞いた時にそれを教えて欲しいのよ」


「……何故俺が。それこそ野崎さんにでも頼め」


「もちろんそうするけど、なんていうか念のためよ」


「いくらなんでも過保護すぎるだろう」


「いいじゃん。おねがいっ。そんな頻繁には聞かないから」


「そもそも連絡手段がない。無理だ」


「あるじゃん」


「あ?」



 希咲はニッコリと笑って指を差す。



 その細長い指が指し示す先は弥堂の手の中のスマホだ。



「ID交換しよ?」



 そう言って笑顔を浮かべたまま彼女はほん少し首を傾げてみせた。



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