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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章15 舞い降りた幻想 ③


 その後そのままの姿勢でしばらく待ってみたが、彼女が立ち直る様子はなく、自力での再起動は無理だと判断をした。



 このままこうしていても、希咲 七海(きさき ななみ)の重みを知っただけでこれ以上は何かを得ることはないだろうと、弥堂 優輝(びとう ゆうき)は放心したまま自分に寄りかかる少女とのコンタクトを図る。




「おい、希咲」


「……うん」


「その、なんだ、大丈夫か?」


「……うん、だいじょぶ」


「あれだ。消さなくていいのか?」


「……けす」


「立てるか?」


「……たつ」



 言葉とは裏腹に背中で寄りかかる彼女が、弥堂に預けた体重を引き取っていく様子はない。


 恐らく自分が今どういった状態でいるのかもわかっていないのだろう。



 弥堂は見切りをつけ、刺激をしないようそっと彼女の左手をとり、彼女がその手に持ったままのスマホを彼女の手ごと目線の高さまで持ち上げてやる。



 画面に映った文字列が視界に入ると、希咲がまた身を竦ませた。



 腹部に回した彼女の身を抱く右腕から震えが伝わる。


 その腕に何故か添えられている彼女の手がギュッと服の袖を握ってきた。


 身体を強張らせた際に肛門でも締まったのか、弥堂の足の付け根近くに圧しあてられている彼女の尻が動き、左右の尻肉が柔く噛みついてきた感触を知覚する。



 彼女が再びパニックを起こす前に声をかけてやる。



「暗号だ」


「……あんごう」


「そうだ。暗号だから大丈夫だ」


「……あんごう…………だいじょぶ……」


「ほら、お前のパンツを消すぞ。前のメールに戻れ」


「……ぱんつ……けす…………」



 しかし、復唱はするものの彼女は一向に動かない。


 焦れた弥堂は一つ舌を打ち、スマホを握る彼女の手の上から包み込むように自身の手を重ね親指で操作しようとする。



「……おっきぃ」


「あ?」


「……て」


「ん? あぁ。お前よりはな」


「……ん」


「…………」



 ジロリと一度彼女の頭部を見遣ってからスマホの画面へ目線を動かし、先程着信した新着メールの文面を流して確認する。


 わけのわからない狂気的な文章だけで他には特に何も記述はなく、またURLリンクなどもなかった。



「なんなんだこれは。仕事の連絡じゃないのか」


「……しごと、じゃない」


「見てんじゃねーよ」


「……いたい」



 一緒になってスマホの画面を覗く希咲の頭を顎で小突いてやると、彼女からはそんな痛みを訴える声が無感情に発せられた。



「悪かったな」


「……うん、いいよ……?」


「…………」



 いくら放心しているとはいえ、異常なまでに従順と表現していいのか、とにかくやけに大人しい彼女の気味の悪さに居心地が悪くなる。


 その居心地の悪さの正体を考えないようにしながら、最初の怪文書メールからいくつか後に届いたメール本文を表示させる。



「……まぁいい。このメールだ。見ろ」


「……やだ。こわい」


「駄目だ。見ろ」


「……うん」


「…………これにはお前のパンツへのリンクがあるだけだ。おかしな文章はない」


「……こわい」


「……わかった」



 弥堂は希咲の手の上から親指を画面へ伸ばして触れ、上方へ擦り上げる。すると、Y’sの用意した『希咲 七海おぱんつ撮影事件』の特設サイトへのハイパーリンクが表示される。



「おら、押せ」


「……うん」


「……押すぞ?」


「……うん」



 弥堂は彼女の代わりにリンクを踏んでやった。



 画面にどアップで表示されたのは、もう見慣れた気がするミントブルーの生地に黄色のリボンや刺繍の施されたパンツだ。


『今日もお前のせいでこんな目に……』と弥堂はそのパンツを睨みつけた。



「おら、確認しろ」


「……かくにん、する」


「これはお前のパンツで間違いないな?」


「……うん、ない」


「……それはどっちの意味だ?」


「……あたしの、ぱんつ……」


「よし」


「……りすぺくと?」


「違う」


「……りすぺくと、して」


「あ?」


「……あたしの、ぱんつも、して」


「…………」



 余程に先程の件を根に持っていたのか、そんな言葉と同時に彼女に摑まれていた右腕が解放される。


 弥堂はとても投げやりな気分になり、解放された右手で画面のパンツを指差す。



「……おぱんつ、よし」


「……よし」


「…………」



 脱力するように右手を身体の脇に降ろすと、すぐにその手はまた彼女に捕まえられた。無意識の行動なのだろうが、ギュッと握られる。



 弥堂は何か文句を言ってやりたかったが、何も言葉が思いつかなかったため止めた。代わりに厭味で溜め息を吐いてやったが今の彼女には伝わらないだろう。



「……では、確認したな?」


「……した」


「消すぞ」


「……けして」



 とは言ったものの、元々これは消したつもりの物であった。


 先程希咲が何やら特別な手順を踏まないと完全に消すことは出来ないようなことを言っていたが、その正式な手順とやらを弥堂は寡聞にして知らない。


 知らないことを考えてみても時間の無駄だと即断し、知っている者に命じることにする。



「おい。これ消せ」


「……うん、けす」



 自身の手を握っていた彼女の手を外して逆にその手の甲から掴み、その手をスマホへ近付けさせると、希咲の右手はスマホを操作し始めた。



「ついでだ。それ全部消してくれ」


「……うん、してあげる」


「…………」



 明らかにおかしくなっているのは彼女なのだが、それに釣られてのことなのだろうか、弥堂は自分までどうにかなってきそうな錯覚を覚え、気を強くもった。



「……けした」


「あぁ。ご苦労」


「……えらい?」


「…………あぁ、えらい」


「……うん」


「……じゃあ、このスマホはもういいな?」


「……うん、ありがと」


「…………謝れ」


「……え……? ごめん、なさい……?」


「いや、いい。今のはミスだ」


「……うん」



 弥堂は自分でも何故彼女に謝罪を要求したのかわからなかったが、とにかく言い知れぬ強烈な危機感を覚えた。


 とにかくこれ以上はまずいという正体不明の強迫観念に急かされ、彼女の両肩を優しく掴むと丁寧にその身を離してやる。



「さぁ、もう立てるな? 足元に気を付けろ。手を離すぞ?」


「……え? あ、うん……ありがと」



 慎重に希咲の身体から手を離して様子を見守っていると、ボーっと立つ彼女は数秒してハッとなった。



「えっ? あれ……っ? あたし今――」

「――どうやら体調はよくなったようだな。何よりだ」


「は? うん……ねぇ、あんた今抱き――」

「――無事に目的も遂げられたようでそれも何よりだ。よかったじゃないか」


「あ、うん。そうだけど……てかさ、なんであたし達あんなくっつい――」

「――これで和解ということでいいな? 俺としてもキミと敵対したいわけではないからな」


「え……? うん……、うん…………?」



 何か、乙女として軽くスルーしてしまってはいけないようなことがあったような気がして、希咲は首を傾げる。


 何やらお尻というか腰というか、そのあたりに変な感触というか違和感というか、よくわからない不快感が残っているのがやけに気になった。



 しかし、それを問おうにも、弥堂があまりに平然としていて淀みなく喋り、まるで何でもないことのようにしているものだから、自分だけ大袈裟に騒ぎ立てるのはもしやダサいのでは? といった考えが過る。


 そんな気がしてしまって、乙女的には大変アレだが、プロのJKとしてのプライドが邪魔をし、執拗に追及することを憚れてしまって七海ちゃんはお口をもにょもにょさせた。



 やがて、不満は多々あれどどうにか色々と呑み込み、先程までの自分の状況を思い出して湧き上がる羞恥を隠して平然とした態度をとることを選択する。



 また騒ぎ出されては面倒だと考えていた弥堂は、控えめにもじもじとすり合わされる希咲の太ももの隙間をジッと視て、どうやら思うような結果を得られたようだと一定の満足感を得た。



 彼女が心変わりしない内に場を終わらせるよう行動する。



「それではお前の用件は以上だな。結果は約束できんがなるべく実行できるよう心がけよう。では、な」


「あぁ、うん……。じゃね…………って! 待てコラーーっ⁉」



 彼女が完全に正気に戻りきる前に、迅速にこの場を離脱しようとしたがそれは叶わなかった。


 舌を打って立ち止まる。



「なんだ?」


「なんだ? じゃないでしょ! まだ終わってないし!」


「終わりだろ。もう用件を3つ聞いたぞ」


「聞いてない! まだ2つ!」


「あ?」



 彼女との認識の祖語に眉を顰める。


 呆けている間にまさか記憶でも飛んだのかと懐疑的な眼を向けた。



「1つ目が水無瀬の護衛。2つ目が水無瀬を4/20の月曜日に甘やかすこと。3つ目がお前のパンツを消すこと。全部で3件だろうが」


「最初の2つはそうだけど、最後のは違うっ」


「なんだと?」


「3つ目のはお願いじゃないから! 当たり前の要求でしょ⁉」


「……百歩譲ってそうだったとして。じゃあ、なんだ? 本題でもないのにあれだけの時間をとらせたのか?」


「あ、あんたが素直に言うこときかないから悪いんでしょ⁉」


「…………」


「あ、こらっ! 無言で顏触ってくんな! てゆーか、聞き慣れてきちゃったけど当たり前みたいに『あたしのパンツ』って言うな! キモイんだよ変態っ!」


「いてーな、爪たてんじゃねーよ。そんなにパンツに触れて欲しくないのならもういっそ脱いじまえ」


「ななななななっ――⁉ バカじゃないの⁉」


「うるさい黙れ。昨日といい今日といい。何でお前のパンツはこんなにも俺に無駄な手間をかけさせるんだ。ナメやがってクソガキが」


「だからいちいちあんたのこと意識してパンツ穿いてねーって言ってんだろ! 勘違いしないでよね!」


「知ったことか。お前のパンツは効率が悪い。そんなものが存在するからこうなる。2度あったのならどうせ3度目もあるだろう。じゃあ、どうする? 簡単だ。この世から消してしまえばいい」


「わけわかんないこと――って、こらっ! あ、ああああああんたどこに手ぇ伸ばして……っ⁉ さわんな! 死ね! クソへんたいっ!」


「うるせえ。いいからパンツ脱げ」


「脱ぐかボケーっ! こんにゃろ、ぶっとばしてやる!」



 ギャーギャー言い合いながら二人はもみくちゃになる。



 1秒、また1秒と、希咲のパンツに関して対立する時間が増えていく。



「なぁ……俺ら、何見せられてんだろうな……」

「さぁ? つっても、勝手に野次馬してんだけどな」

「スマホのことで弥堂が詰められてたと思ったら、ビックリするようなイチャつき方しだして、そんで今……またケンカしてんのか……?」

「いや、あれもイチャついてんだろ」

「イチャついてるわね」

「なんかムカつくからよ。今、グルチャで言い触らしまくってるわ」

「あ、あたしもやってるー」

「やっぱパフォーマンスよねー」

「ここまでやんなくたって、別に弥堂なんかイカねーっての」

「それなー。顏悪くないけどちょっとね……」

「頭おかしすぎだもんね」

「パンツリスペクトされちゃうしね」

「やっぱ希咲ムカつくわ」

「紅月くんだけで足りねーのかよってね」

「でも、あのイカレ風紀委員を引き取ってくれてると思えばまぁ、多少は……」

「おぉ……女子コエェ……」

「まぁ、俺らも弥堂ムカついてるし、そういうもんなのかもな」

「もういいだろ。帰ろうぜ? クソが」

「あぁ、クソが」



 二人を観察していた人々は口々に「クソが」と毒づいてこの場を離れていく。中には路上に唾を吐き捨てる者までいる始末だ。



 お互いを罵り合うことに夢中な二人は、周囲が静かになっていっていることには気付かない。


 お互いのことしか見えていなかった。


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