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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章14 牢獄の空 ⑤


「んっ」



 そう言って出し出された希咲の掌には目もくれず、弥堂は彼女の顔を視る。



「チッ」



 そして、すぐに彼女の意図するところを察し、舌を打ってから淀みのない動きで上着の内ポケットに手を突っこむ。



 希咲は彼の態度に怒るでもなく、満足気に数回頷きながら弥堂が懐を探るのを見守る。



「おらよ」



 やがて弥堂は目的の物を取り出し、ぞんざいな態度のまま彼女の掌の上に乗せてやった。



 鷹揚な態度でそれを受け取った希咲だったが、その手に握らされた物を見てギョッとする。



「んな――っ⁉」



 今日も彼から手渡されたのは、くしゃくしゃに丸められた何枚かの一万円札だった。



 それを見た希咲は硬直し、ぷるぷると震え出す。



 そしてすぐに――



「お、か、ね、で、遊ぶな、って、言ってんだ――って、あわわわわっ⁉」



 弥堂から渡された金を握り込んだまま奴の顔面に右ストレートをぶちこんでやろうとしたが、彼女の片手には余るようでポロポロと掌から丸まった紙幣が零れ落ちる。



 仕方なく弥堂へのお仕置きを断念し、それらが地に落ちる前に空中で全てを回収するべく素早く手を伸ばす。



 しぱぱぱぱぱっ――と、残像でも見えそうなほどの高速のパンチコンビネーションのように右手と左手を繰り出し、焦ったような口ぶりとは裏腹に、全く危なげなく全てを回収することに成功してみせた。



「ふう」と、事無きを得たと息を吐いていると、全く悪びれる様子のない非常識男が口を開く。



「強欲な女だ。金が欲しいなら最初からそう言えと言っただろうが」


「金なんて欲しくねーから何も言ってねーんだろうが! なんですぐにお金渡してくんの⁉ バカなんじゃないの⁉」


「金の催促じゃないのか?」


「女の子が手を出してくる、イコール、お金欲しがってるって、そんなわけねーだろ、ぼけっ!」


「じゃあ、その手はどういうつもりだ?」


「お前がどういうつもりだ!」



 弥堂はさっさと話を先に進めようとするが、希咲としては軽はずみに金を渡してこられるのが余程腹に据えかねたようで、女子のプライドにかけて問い質してくる。



「てっきり金を毟るためにこのペンを寄こしたものだと思ったんだ」


「んなわけねーだろ!」


「俺としてはこれを貰う意図がわからなかったからな。むしろ納得したのだが」


「あんたね! あたしをなんだと思ってるわけ⁉」


「すぐに怒るうるさい女」


「うるさいとはなんだーーっ⁉ あんたが怒らしてんでしょうがっ!」



 両手を振り上げて全身で怒りを表現しながらガーっと怒鳴る希咲に、弥堂は声には出さずに『お前ほんとにうるせえな……』と独り言ちる。



「だいたいペン一本で何万円もするわけないでしょ⁉」


「このペンは実はオマケなのだろうと思ってな」


「……は?」


「本体はペンに巻き付けたこの無駄にカラフルなゴムだろう?」


「ムダっつーな。てか、え? なに? どゆこと? てか、そのゴムも百均よ? イミわかんない」



 弥堂の言わんとすることが不明瞭すぎて、一旦怒りを引っ込め首を傾げて聞き返す。



「これは、とある有識者に聞いたことなのだが――」


「なにが有識者よ。どうせあんたんとこの部長でしょ? 変態クラブの変態部長」


「おい貴様。俺の上司への侮辱は慎め。このペンをケツ穴にぶちこまれたいのか」


「なななななな――っ⁉ 女の子になんてこと言うのよ!」



 あんまりにもあんまりな弥堂の発言に、希咲は反射的にお尻を抑えてザザザっと後退った。


 その反応が弥堂からは過剰なもののように見えて、『これは効いている』と判断し、胸ポケットから彼女に貰ったボールペンを取り出しその先端を希咲へ向ける。



「やめろ! こっち向けんなっ!」


「ほう。随分と警戒するじゃないか。もしやお前、ケツ穴が弱点か?」


「バカじゃないの⁉」



 知性も品性も僅かほども存在しない質問に、七海ちゃんはびっくり仰天しておさげがぴゃーっと跳ね上がった。



「ドぎついセクハラかましてくんじゃないわよ! あんまりにも下品すぎてセクハラされてんの気付かなかったじゃない! どうしてくれんのよ!」


「別にセクハラをしているつもりはないのだがな」


「うるさい! こんな変態すぎる話には付き合わないから! さっさと進めて!」


「うむ。とある有識者によるとだな、どんなに原価の安い商品でも流通の過程で一度でも若い女が使用すれば、その末端価格は常識では考えられないような値段に跳ね上がるそうだ。特に、それが衣類であれば殊更に高額になるらしい」


「…………あんた……マジで……っ! マジで、どんだけあたしを、バカに……っ!」



 結局、元の話題も明確なセクハラであったことが発覚し、希咲は処理しきれないほどの怒りにワナワナと身を震わせる。



 感情のままに喚き散らしたい衝動に駆られるが、希咲は胸に手をあて軽く深呼吸をして気を落ち着かせる。


 そしてスッと表情を落とした。



「弥堂君……? 昨日あれだけ言ったのに、まだわかっていないようですね……?」


「待て、わかった、俺が悪かった」



 ななみ先生(27歳)の気配を感じ取った弥堂は即座に白旗をあげた。



 ななみ先生はそんなデキの悪い生徒を無言でジッと見る。


 時計の秒針の作動音を何度か幻聴させる間を置いて、「ふん、まぁいいわ」と彼女も鉾をおさめた。



「あんた、軽率にお金で済まそうとしてくんのやめなさいよ。なんか、あたしまですっごいイカガワシイことしてる気分になるから」


「あぁ。あれはそう誤解をしてしまったという話だ。決してキミが『そう』だと思っているというわけでもなければ、『そう』だと断じているわけでもない」


「……ホントに? あんたすぐにあたしのこと、そういうえっちなお店の女の子みたいに扱おうとすんじゃん。マジでシツレーなんだけど」


「神に誓おう。キミはえっちなサービススタッフでもないし、えっちな流通業者でもない。俺はキミにえっちなサービスを要求していない」


「……なんだろ。なに言われてもムカつくわ。あんたマジでなんなの」


「それはりふ――いや、善処しよう」


「あと、もういっこも謝って!」


「もう一個? なんのことだ」


「なんのって……ペンを、その、刺すって……」


「なんの話だ」


「だからっ! 言ったじゃん! ペンをあたしのお尻に――って! なんですぐ言わせようとすんの⁉ 言わないわよ⁉」


「なに一人で騒いでんだ」


「うっさい! もういい!」



 そう言って希咲は話を打ち切ってプイっとそっぽを向いてしまったが、『それならそれで都合がいい』と弥堂は黙って彼女の横顔を眺めて機会を窺う。



「では、話は以上だな? 帰るぞ」


「以上なわけねーだろ。ふざけんな」



 機を見てそう切り出してみたが全くを以て好機ではなかったようだ。むしろ彼女の機嫌はより悪くなった。



「本題に入ってもないでしょ? セクハラするだけして自分だけ満足して帰ろうとするとかなんなの? サイテーすぎ」


「じゃあ、さっさとしろ。お前の話は長いんだ」


「あんたが長くさせてるんでしょ!」



 それは心外だと弥堂は尚も反論をしたくなるが、これ以上の長話は御免なので寸でで唇を結ぶ。


 相手は所詮子供なのだ。年長者である自分が退くしかないと、より人間性の出来ている自分が堪える他ないと呑み込んだ。



「んっ」



 そんなことを考えているうちに希咲がまた手を出してくる。



 弥堂はその手を無言で視詰め――



「お金じゃないからっ」



 何かを言ったり、したりする前に希咲から釘を刺された。



 強気に斜めに傾く、綺麗に整えられた眉毛を無言でジッと視る。



「スマホ」


「あ?」


「スマホだして」


「何故だ」


「いいからスマホかしてっ」


「自分のがあるだろ」


「あんたのスマホ見せろって言ってんのっ」


「見せるわけねーだろ。アホか」


「いいからスマホ渡しなさいよ!」



 両手を振り上げて怒りを示唆する希咲にガーっと怒鳴られる。


 弥堂は無言で、現代を生きる日本人としての時代に合ったマナーやリテラシーが備わっていないと思われる女に軽蔑の眼差しを向けた。



「あによ、その目は⁉ はやくスマホちょうだい!」


「断る」


「なんでよ! どうせ他人に見せられないようなやましいことがあるんでしょ!」


「むしろスマホの中にやましいことがない人間など一人も存在しないだろう」


「あんた基準で決めつけんな!」


「じゃあ、お前のスマホ見せてみろ。寄こせ」


「はぁ? 女の子のスマホ見ようとかマジでキモいんだけど! バカなんじゃないの? 変態っ!」


「お前、それは理不尽だと自分で思わんのか?」


「うるさーーいっ! いいから見せなさいよっ!」



 ダンダンっと地面を靴底を叩きつけて駄々をこね始めた少女に、呆れを抱きつつ嘆息する。



「だいたい、何故俺のスマホなど見ようとする? お前が見て楽しめるようなものは何も入ってないぞ」


「いいから貸しなさいよ。なんでそんなに嫌がるわけ?」


「嫌がらない奴などいるわけないだろうが」


「どうせえっちな動画とかいっぱい入ってんでしょ」


「そうだ。お前のようなガキがうっかり視聴したら一発で白目を剥くような、筆舌に尽くしがたいほどに官能的で猥褻なものが多く入っている。やめておけ」


「……ウソね。確かめたげるから寄こしなさい」


「……どうしてそう思う? 本当だったらどうする? こんな往来で白目を剥くだけではなく口から泡を吹きながらベロを突き出すようになるぞ。いいのか?」


「そんな変顔するわけないでしょ! 見ただけで卒倒するとか、そんなもん最早危険物じゃないっ!」


「ガキには刺激が強いからな」


「はぁ~? べっ、べつにー? あたし子供じゃないから、そういう動画くらい全然ヘイキだしー? 第一、もしあっても再生しなきゃいいだけだし? てか、再生したとしても別にだいじょぶだし?」


「そうか」


「そうよ、ナメんじゃないわよ」



 ドモりながら早口で何やら捲し立ててくる希咲のどんなプライドに抵触したのかはわからなかったが、弥堂は年頃の少女の難しさを感じた。



「――写真っ」


「あ?」


「『あ?』っつーな。だから写真よ写真っ。あたしの写真の画像っ!」


「それがなんだ」


「なんだじゃねーだろ! あれ消すからスマホかして!」


「あぁ。あとで消しておく」


「ウソつくな! 昨日も消してって言ったのに何で消してないのよ! うそつきうそつきうそつき……っ!」


「うるせえな。忘れてたんだ。今日はやっとく」


「信用できるかボケーっ! あんた記憶力いいんでしょ? 何が忘れただバカっ!」


「お前にそう言われたということは覚えている。ただ、それを忘れずに実行をするために覚えておくということを忘れただけだ」


「いみわかんないこと言って誤魔化すなーーーっ! こうなったら、あたしにも考えがあるんだから!」


「……なんだと?」



 強気で挑戦的な視線を突き刺してくる希咲に、弥堂も警戒感を強めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] このペンは水無瀬のあそこにぶちこまれかかったと思うとちょっと笑う
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