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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章14 牢獄の空 ④


 とりあえずどうにか彼の気分をアゲてあげなきゃと、希咲は思考と視線をキョロキョロとさせ、やがて何かを思いつく。



「あっ!」


「……あん?」



 不審な眼を向ける弥堂を他所に希咲はいそいそと自身のスクールバッグを漁る。



 数秒もかからずそこから取り出したのは、何の変哲もない安物のボールペンだ。



「はい、これ――」



 と、弥堂にそのボールペンを差し出そうとして、寸前で止まる。



 弥堂は反射的に眼を防御した。



「うーーん……」



 肩透かしを食った形になる弥堂からの警戒心たっぷりの視線にはお構いなしに、何かを考えながら手慰みに細長い指を器用に使ってボールペンをクルっ、クルっ、と回す。



「……うん」



 そしてすぐに解決に至ったのか、今度はいそいそと自身の羽織ったカーディガンの袖を捲る。



 弥堂は胡乱な瞳で彼女の様子を見守った。



 露わになった彼女の細い右の手首に巻かれていたのは腕時計――ではなく、各色揃った何本かのヘアゴムだった。



「何してんだお前?」


「んーー?」



 弥堂の問いには応えず、唇に指をあてたまま何かを見繕うようにカラフルな自身の手首を眺め、やがてその中から二本のヘアゴムを抜き取る。



 胡散臭いものを見るような弥堂の視線を浴びながら、黄色とピンクの二本のゴムを結び付け、そしてそれをボールペンに器用にクルクルと巻き付けると、最後はリボンのように結んで締めた。



 それをあらためて弥堂へ差し出す。



「はいっ。これあげる」


「…………」


「あげるっ!」


「いや、あげるって……」


「んっ!」


「……わかったよ」



 昨日の缶コーヒーを貰う貰わないの一幕から、抵抗してもきっと無駄なのだろうなと潔く諦め、それを受け取ろうと考える。


 が、その前に。



「……で? それはなんだ?」


「ん? んーーと、そうねぇ……」



 また唇に人差し指をあて――癖なのか――宙空から答えを見つけ出すように視線を遊ばせる彼女へ不審な眼を遣る。



「まさかそれが報酬のつもりか……?」


「んーーー? そうねー、それでもいいんだけど……それはやめとく」


「……やめる?」


「んとね、報酬とかお礼とかじゃなくって。全然別の意味で、それ、あげる」


「ますます意味がわからんのだが」



 抵抗は諦めたものの、最低限相手の意図くらいは訊いておこうと試みた弥堂だったが、彼女からの返答がより理解から遠ざかるようなものだったため眉を寄せた。



 弥堂の顰められた顔に気が付くと、希咲は楽し気に「ふふっ」と笑い、そして悪戯げに目を細める。



 昨日と今日で幾度か見た彼女のその表情。



 彼女の顏や仕草に『そろそろ見慣れたな』などと感想を抱く。



 そう考えながら、宝石のような碧みがかったその丸い瞳を半ば隠すように狭められた瞼。その端の目尻の上で跳ねる整えられた曲線を描くまつ毛に魅入った。



「ふふーん。意味わかんない?」


「……わからんな」


「知りたい?」


「……そうだな」


「へー、そうなんだー」



 捕らえた獲物を弄ぶ猫のように勿体つけながら、弥堂の目の前で手の中のボールペンをクルっ、クルっ、と回す。




 しかし、その次の瞬間――



 回したペンが戻ってきたと同時に握り込み、そのペン先を弥堂の眉間目掛けて突き立ててきた。



「――っ⁉」



 反射的に腕を顔面に回しながらバックステップを踏んだ弥堂だったが、完全に想定外のことだったので、反応が遅れたことを自覚し覚悟した。




 負傷を受け入れた弥堂であったが、覚悟していた衝撃も痛みもこないことを不審に思ってガードの中から彼女を窺う。



 すると、希咲は何事もなかったかのように会話をしていた時と同じ姿勢でそこに立って居た。



 顏の横に持ってきた手の人差し指をピコピコと、どこか楽し気な調子で動かすと、今度は指先をピシッと突き付けてくる。



「やーい、ビビってやんのー。びとーくんだっさーい」



 クスクスと笑みを漏らしながら、実に楽しそうな表情を形作る。



「お前――……ペンはどうした?」



 言葉の途中で彼女の手の中に先程まで在った物がなくなっていることに気が付き、「どういうつもりだ?」と問い質すつもりが、何故か全然別のことを問いかけてしまった。



「んっ」



 その質問に彼女は明確な言葉は返さず、伸ばしていた指の向き先を弥堂の顏から少し下に下げて、短い発声と共に強調する。



 それが指し示すのが自身の胸元であると気付き、弥堂は希咲から目を離さないようにしながら目線を落とす。



「――っ⁉」



 そこに在ったのは先程まで希咲の手の中に在ったボールペンだった。



(バカな――)



 信じられないと、愕然とする。



 一瞬で虚をついてペン先を突き立ててきた。そう見せかけて全く気取らせずにボールペンを弥堂の制服の胸ポケットに忍ばせてしまう。



 その身体スペックの高さや身体操作の器用さ。



 それよりもむしろ、事ここに至っても未だ彼女に対して、警戒心や敵対心が希薄なままであった自分自身に、『信じられない』とそういった心持ちになる。



 もしも彼女がその気であったのならば、胸ポケットに納まっているこのペンは今頃自身の目玉を貫通し眼窩に納まっていただろう。


 よくよく思い出すまでもなく、つい昨日も彼女の強烈な蹴りを喰らって無様に伸されていたのだ。




 これまで、一度敵対したその相手を野放しにしておいたことなどはなかった。



 その相手と対面をして、碌に攻撃を警戒することもなく呑気に世間話をするようなこともなかった。



 そして、今も、疑心や敵意は彼女よりも先に不甲斐ない自分へと向いた。



 昨日も今日も、『自分は緩んでいる』と自覚し反省をしたばかりなのにこの体たらくだ。


 明らかに敵意の瞬発力が以前よりも衰えている。



 もしかしたら。


 これは緩んでいるのはなく退化をしていて、それをもう止めることは出来ないのかもしれないと、弥堂は俄かに喪失感に囚われる。



 敵を目の前にして。




「ぷぷっ。制服にリボンつけてるみたい。かわい」



 その敵は、手際よく弥堂をやり込めてやったことへの喜びか、あまりに滑稽な弥堂の姿を見たことからの楽しさなのか、とにかく実に気分がよさそうだ。



「なんかー、意識高そうな人たちのパーティに来た、勘違いベンチャー社長みたい。おもろい」


(……こうも無様だと逆にどうでもよくなってくるな)



 一周まわって投げやりな気分になった弥堂は、気楽な調子で希咲に問いかける。



「それで? これはなんの芸なんだ?」


「ふふふーん。どう? すごいっしょ?」


「そうだな、すごいな」


「ねぇねぇっ、ビビった? ビビったでしょ? ビビってたよねっ?」


「そうだな。キミさえその気なら眼球を抉られていたと肝が冷えた」


「……グロいこと言うなし。なによ。せっかくちょっと楽しかったのに、台無しっ」



 おどけて笑っていたと思ったらすぐにプリプリと怒りだす。



 感情の移り変わりとともに彼女の瞳の色が変化する。



 笑顔の時も今も、その瞼は細められたままなのに、瞳の色が変わるだけではっきりと胡乱な瞳になる。



 その感情表現の器用さも中々に凄いなと感心をする一方で、「台無し」と彼女が言ったとおり、多少の報復をしてやれたような気がして一定の満足感を得た。



 すると、彼女の目線が動く。



 その目は自分の唇に向けられたように視えた。



『こいつ唇の動きを読む特技まで持ってねえだろうな』と疑いながら、なるべく唇の動きが平坦なものになるように、平淡な声を心掛けて問いかける。



「興味本位で訊くんだが。これはどうやってやった?」


「ん?」



 弥堂が自身の胸元を指差して問うと、希咲の目は今度は丸く開かれキョトンと首を傾げる。



「単純に俺に見えない程の速さでやったのか? それとも何か仕掛けでもあるのか?」


「えーー? 教えたげなーい」


「そうか。では、結局このペンはどういうつもりで寄こしたんだ?」


「それも教えたげなーいよー、だ」



 前者に関しては『まぁ、そうだろうな』と納得出来たのだが、後者に関しては不審感を募らせ、悪戯げな彼女の顏に今度は弥堂が胡乱な眼を向ける。



「まぁ、いいじゃん。あんたペンの一本も持ってないんだろうから嬉しいでしょ?」


「……ペンくらい持ってる」


「教室に?」


「…………」


「おばか」



 弥堂はスッと眼を逸らした。



「……だとしても、お前がそれをどうにかする筋合いはないだろう?」


「そうね。ないわね」


「まさか盗聴器でも――」


「――仕掛けるかぼけっ。フツーに百均で買ったやつだわ」


「じゃあ、何のつもりでこんな安物を寄こした」


「シツレーなヤツね。確かに安物だけどっ」



 二人、半眼でしばし見つめ合う。



 そして、希咲は嘆息しながら話し出す。



「そんなに気にしないでよ。安物で大した物じゃないんだから大した理由なんてないわ」


「そうか」


「それに、多分数日もすれば理由みたいなのはわかるかもしんないわよ?」


「どういうことだ? お前は明日からしばらく居ないのだろう?」


「さぁ? そこまでは教えたげないよーだ。でも……そうね。あんたニブすぎてマジでわかんないかもだから、宿題にしようかしら」


「宿題?」



 眉を顰める弥堂に希咲は悪戯でも思いついた子供のような瞳を向ける。



「そ。宿題。あんたがちゃんとわかったか、答え合わせしたげる」


「……お前が帰ってくるのは一か月後とか言っていなかったか? 随分と引っ張るな」


「安心しなさい。そんなにかかんないから。でも、そのために――」



 言いながら希咲は弥堂へと手を差し出す。


 掌を上に向けて。



 弥堂はその手よりも、楽し気に目を細めた彼女の顏を視ていた。


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