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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章14 牢獄の空 ①


「七海ちゃんったら、こんな場所ではしたないですよ?」




 そこに居たのは今朝も教室で視た顏の、紅月 聖人(あかつき まさと)の妹だった。




「み、みらい……」


「はーい。みらいちゃんですよー」



 希咲は幼馴染でもあり妹分でもある彼女の姿を認め、盛大に顔を顰めた。


 希咲の言動を見咎めたような口ぶりだが、彼女の表情はいつもどおりの笑顔で、にっこりと楽しそうに目を細めている。


 その顔を見たことで一気に頭が冷えて、それにより自分が今ここで何を口走っていたのかを正確に理解した。



 羞恥が湧きあがるよりも先に『マズイ』という焦燥感が走る。



「み、みらい……。あの、これは違うの……」



 よりにもよってマズイ奴にマズイところを見られたと、気ばかりが焦り弁明しようにも上手く言葉が出てこない。



 拙い言い訳を受けた紅月 望莱(あかつき みらい)希咲 七海(きさき ななみ)の言い分を特に訝しがることもなく、ただ目を細めてニッコリとしたまま口元に手を遣って、「ふふふ……」と柔らかく漏れ出る声を隠した。



「ふふふ、いいんですよぉ。大丈夫です。ちゃーんとわかってます」


「あ、あんた……! マジでやめてよ⁉ ホントに違うんだからっ!」


「えーーー?」



 何かを恐れるように強調してくる希咲と対照的に、望莱はゆるい声で語尾をあげてコテンと首を傾げる。


 そして今度はその顔を弥堂の方へ向けた。



「せーんぱい?」


「……俺か?」


「はい。弥堂せんぱい」



 弥堂は彼女の発音する『先輩』という言葉のイントネーションから感じる甘ったるさに思わず顔を顰めた。



「……なんだ?」


「わ。見て見て七海ちゃん。すっごい嫌そうな顔されました」



 見たことのない動物を発見した子供のように目をまん丸く開いて、楽し気に希咲へ報告をする。


 希咲はそれには反応せず、ただサーっと顔を青褪めさせた。



(ヤバイヤバイヤバイっ……!)



 この二人は絶対に関わらせてはいけないと思っていたのに、完全に油断していたと危機感に身を縛られる。


 暴力事件的な意味では、もう一人の幼馴染の少女である天津 真刀錵(あまつ まどか)の方が弥堂と組み合わせてはいけないと考えられる。


 だが、そっちはまだわかりやすい。



 それに比べて今現在、自分の目の前に居るこの取り合わせは、何が起こるかわからないという意味での危険性がある。



 一体、何のつもりでここに現れたのかと、彼女の出方を窺いつつ、紅月 聖人(あかつき まさと)の頭のおかしい妹を警戒した。



 そうしている間に望莱は弥堂にチョッカイをかけていく。



「ねー、“せんぱい”? わたしのこと知ってますか?」


「……紅月の妹だろ」


「はい。そうですよー。兄がいつもお世話になっております。苗字だと兄と区別がつかないので、わたしのことは『みらい』って呼んでくださいね? 弥堂せんぱいっ」


「………」


「わ。見て見て七海ちゃん。こんな露骨な無視、初めてされました!」



 再度クルっと希咲の方へ顔を向けて、今しがたの弥堂とのコミュニケーションの成果を報告してくる。


 傍から見れば、可愛い後輩――妹分が無邪気に懐いてきている姿に見えるが、希咲は彼女の笑顔に愛想笑いすら返さない。



「先輩はあんたに興味ないのよ」


「んま、七海ちゃんったらヒドイです」


「そういうのいいから。大体なんであんたここに居るわけ?」


「なんでって……ここ正門ですし。普通に帰ろうとしてるだけですけど。そしたら偶然七海ちゃんがえっちなことしてる現場に遭遇したんです」


「えっちなことなんてしてないから!」


「えーー? でもぉ……男の子に自分のパンツをリスペクトしろって強要するのはえっちですよね? わたしはそういう経験ないですし、そういう気持ちになったこともないから、よくわからないですけど……」


「ちがうからっ! 強要なんてしてないし!」


「そうなんですか?」


「そうよ! こいつがここで道行く女の子のパンツを無差別にリスペクトしてて、あたしはそれを止めてたの!」


「それは普通に性犯罪者なのでは?」



 望莱はコテンと首を傾げつつ、一方の言い分だけで判断するのは不公平なのでもう一人の当事者にも事情を伺う。



「弥堂せんぱい? 七海ちゃんはこう言ってますけど、“せんぱい”は女の子と見れば誰彼構わずにパンツをリスペクトせずにはいられない不審者さんなんですか?」


「そのような事実はない」


「なるほど。七海ちゃん? そのような事実はないそうですよ?」


「あんた、あたしには口答えするくせに何でそいつの言うことはそのまんま受け入れるわけ⁉」


「そのような事実はないです」


「あんたホントなまいきっ!」



 揶揄うような望莱の態度に希咲は目尻を吊り上げて怒りを露わにするが、彼女は希咲が怒れば怒るほどに笑みを深めていく。



「ところで、パンツをリスペクトってどういう概念なんですか? わたし実は全然わからないんですけど……」


「あたしに聞くな! あたしだって意味わかんないわよ!」


「ほう……では、“せんぱい”?」


「…………」


「わ。すっごい嫌そうな顏で無視されました」


「…………」


「あたしを見るな。助けないわよ」



 望莱からの質問を適当に無視しようとした弥堂だったが、まん丸く開いた瞼に埋まった黒曜石のような瞳にじっと見詰められ、また対応を押し付けようとした希咲にも見放されたので諦めたように嘆息してから重い口を開く。



「……掟だ」


「なるほど。掟なら仕方ないですね。よくわかりました」


「わかるな! それでよくわかる人間がいるわけねーだろ!」


「んもぅ、七海ちゃんったらプリプリしちゃって。でも、そうですね、もうちょっと掘ってみましょうか。というわけで、“せんぱい”? もう少し詳しくお願いします」


「……詳しくは知らん。俺自身はお前らの股間を覆う股布のことなどどうでもいいと考えている。しかし、妙齢の女性の下着については敬意を払って『おぱんつ』と呼称するように上司に強く言われている。命令ならば仕方ない」


「なるほど。命令なら仕方ないですね。よくわかりました。それに……わたしも若輩の身ですが、下着に関しては自分なりに拘って選んでいるので、股布などと言われては確かにリスペクトが足りないな、と思いました。ダブルでよくわかりました。せんぱいはとても効率的な人ですね」


「ほう。わかるのか?」


「ええ。ふふっ、わたしたち、もしかしたら気が合うかもしれませんね」



『効率的』というフレーズが気に入って若干気をよくした弥堂と、彼が自分との間に立てたコミュニケーションの壁を若干下げてくれたことを感じ取って気をよくした望莱が和やかに向かい合う。


 目の前のその光景を見た希咲は盛大に顔を顰めた。



「みらい。もういいでしょ。さっさと帰りなさいよ」


「えー? 何でわたしを帰そうとするんです? 何か都合悪いことでもあるんですか?」


「ないわよ。こいつはろくでもないクズだから、あんたと関わらせたくないだけ」


「んま。七海ちゃんったら本人の前でなんてヒドイことを。“せんぱい”が可哀想です」


「こんくらいで傷つくくらいのメンタルだったらもう少しマシなヤツになってるわよ」


「へぇー……随分“せんぱい”に詳しいんですね? わたし、今日まで七海ちゃんが弥堂せんぱいと仲いいなんて知らなかったです」


「別に仲良くなんてないからっ! あんたが面白がるようなことなんてなんもないし!」


「でもぉ、七海ちゃんはツンデレだしなー。強く否定すると益々怪しいです」


「その否定したらツンデレだからーで片付けるのやめなさいよ! あんたが最初にこれ言い出したのあたしちゃんと覚えてるからね!」


「えーー? そうでしたっけぇ……?」



 コテンと首を傾げて記憶を探る素振りをみせるが、楽し気な彼女の表情を見れば、わかっていて惚けているのは誰からも明らかだった。



「“せんぱい”? 七海ちゃんはこう言ってますけど、どうなんですか?」


「どう、とは?」


「ですからー。二人は仲良しなんですか?」


「こんな女と仲がいいわけあるか」


「あんたの言い方、ホントむかつくわねっ!」


「ふふふ。どうですか、“せんぱい”? 自分で仲良くないって言っておいて、“せんぱい”にもそう言われると怒っちゃうこのメンドクサイところ。ちょーカワイイって思いません?」


「なんでそうなんのよ!」


「……面倒くさい女が可愛いという概念が理解できんのだが」


「またまたー。惚けちゃってー。わたしにはわかります。“せんぱい”はメンドクサイ女が好きな人です。そしてメンドクサイ女にしか好かれない人です」


「その、ような事実はない」



 過去に思い当たる事実があるような気がしたが、気がしただけなら気のせいなので弥堂は男らしく最後まで言い切った。



「――あ! ところで、弥堂せんぱい?」


「……今度はなんだ?」



 パンっと手を叩いてから、何かに気が付いた、もしくは思いついたといった風に話題を変えようとする彼女の仕草が、いかにもわざとらしかったので弥堂は不審な眼を向ける。



「わたしのパンツはリスペクトしなくてもいいんですか?」


「結構だ」


「……あんた何言ってるわけ?」



 スカートの両端をつまんで僅かに持ち上げてみせながら、トンデモ発言をしてくる望莱に対して、弥堂は即答し、希咲は面倒ごとの気配を感じて警戒心を強めた。


 弥堂も大分アレな男だが、この後輩も何を言い出すかわからない危険性のある子だ。それを二人合わせたら何が起こるかわからない。


 早く望莱を帰らせなければと、焦りが募る。



「本当にいいんですかー? 可愛い後輩女子が拘って選んでる下着をリスペクトできる機会なんてそうそうないですよ?」


「結構だ」


「ちょっと、みらい! あんた何のつもり⁉ やめなさいよ!」


「えーー? ほら、七海ちゃんがさっき、“せんぱい”は無差別に女の子のパンツをリスペクトしたがる的なことを言ってたから、試してみたんですよ」


「何を試したっつーのよ」


「ほら、わたしって可愛いじゃないですかー?」



 そう言って自分を指差しながらコテンと首傾げる望莱へ希咲はジト目を向ける。


 しかし、彼女の言葉を否定しなかったのは、あざとい仕草が鼻につくものの、実際にその顔の造形が優れているのは事実だったからだ。



「その可愛いみらいちゃんがですよ? リスペクトおっけーしてるのにノッテこないのは、“せんぱい”は無差別リスペクト魔ではないということですよね」


「……あんた何が言いたいわけ?」


「つまり! です。“せんぱい”は七海ちゃんのパンツだけをリスペクトしたいってことになりますよね?」


「なんでそうなんのよ!」


「えーー?」



 楽しそうにクスクス笑いながら希咲を揶揄いつつ、望莱はまた弥堂の方へ顔を戻す。



「どうなんですか? 弥堂せんぱい」


「そのような事実はない」


「ほんとうに?」


「神に誓って、そのような事実はない」


「えーー? ほんとうかなぁ……?」



 丁寧な口調ではあるが、一切の遠慮もなく弥堂にズケズケと話しかける望莱の様子に希咲の焦りは加速する。


『風紀の狂犬』などという異名で呼ばれている弥堂だが、そんなものに恐れを抱くような子ではないと知ってはいたものの、このままでは非常にマズイことになると焦燥する。



「……みらい、もういいでしょ。何を勘ぐってるのか知んないけど、あんたが期待するようなことは何もないから」


「えーー? ほんとうですかぁ? ほらほら、わたしたちって幼馴染ではありますけど、同時に『紅月ハーレム』のメンバーであり、ライバルでもあるわけじゃないですか?」


「ちげーっつーの」


「正妻の座を狙うわたしとしては、お兄ちゃんの女が一人減るならそれに越したことはないですし? 的な?」


「あんたね……」



 真実味が感じられないような軽い口調でドロドロとしたことを言う彼女へ胡乱な目を向ける。



「とにかく、違うから。こいつとはたまたまここで会っただけだし、普段も別に絡みないし」


「ふ~~ん……そうなんですかー?」


「そうよ」


「へぇ~~」


「……なによ、その態度っ」



 希咲からの咎めるような視線を無視して、望莱は弥堂に問いかける。



「ねぇ、弥堂せんぱい? 七海ちゃんは違うって言ってますけど、実際のところどうなんですか?」


「何に対しての『違う』なのかがまずわからんのだが」


「こいつ絶望的にコミュ力ないから、機微みたいなの期待しても無理よ。てか、もういいでしょ。無理矢理にでも『そういうこと』にしたいみたいだけどムダだから。もう帰んなさいよ、みらい」



 希咲が望莱の肩に触れ、無理にでも帰らせようとするが、彼女はそれもにこやかな笑顔で無視して尚も弥堂に絡む。



「ちなみにです。弥堂せんぱい。もしも『違くない』って言ってくれたら、今日はもう“せんぱい”に話しかけるのをやめてあげます」


「『違くない』」


「コラーーーーーっ⁉」


「まぁっ! やっぱりそうだったんですね!」


「あぁ。キミの言うとおりだ。帰れ」


「ちょっと! 弥堂っ、あんたはなんで――」


「んもぅ、七海ちゃんったら照れちゃってー。こういうところもカワイイって思いません? “せんぱい”」


「そうだな。帰れ」


「みらい! あんたふざけ――」


「“せんぱい”が喜ぶかもって七海ちゃんのカワイイとこ引き出してあげたんですよ? わたしって気の利く後輩だって思いません?」


「キミは素晴らしいな。もう帰れ」


「んま。“せんぱい”ったらヒドイです」



 わざとらしく傷ついたフリをして望莱は下がっていく。



「七海ちゃんにも“せんぱい”にも帰れって言われちゃったことですし、わたしもう帰ります」


「ちょっとみらい! 待ちなさいよ! 違うって言ってんでしょ!」


「もう七海ちゃんったらワガママさん。ふふふ。大丈夫ですよ。わたしはちゃんとわかってます」



 口元を手で隠し「ふふふ」と見た目だけは上品に笑いながら望莱はフェードアウトするようにその場を離れていく。



「待てっつってんだろ! あんた何をどうわかってんのよ! つーか絶対わかっててやってんだろ⁉」



 希咲は離脱しようとする彼女を追おうとするが――



「では、な――」



 それを好機と見たか、弥堂もこの場を辞そうとする。


 望莱の行く方とは逆の方向へ。



「あっ⁉ こらっ! あんたなに逃げようとしてんのよ!」



 弥堂の行動に気が付いた希咲はどちらを追うか迷い、どちらを追うことも出来ない。



「あーーーーっ! もうっ! やっぱりわけわかんないことになった!」



 逡巡し、両方を止めることは難しいと判断して取捨選択をする。


 そして彼女はガッと弥堂の制服の上着を背中から掴んだ。



「追わなくていいのか?」


「…………あんたに、用があるって、言ったでしょ……」



 色々な感情を堪えながらどうにか冷静に声に出した。



「……あたし、こんなに疲れたのに、まだ用件すら言えてないんだけど……? ほんと、なんなの? あんた……」


「俺に言われてもな」



 まるっきり身に覚えのない理不尽なことを言われたとばかりに、弥堂はその無表情顏に不愉快さを僅かに表す。



 希咲はそんな男の背中を掴みながら上体を折って息を整えつつ、首だけを回して振り向く彼の顏を咎めるような目でジッと見上げる。


 弾む息と共に疲労も身体の外へ抜けていってくれないものかと願った。


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