表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
6/743

1章03 Good Morning ④


「弥堂君。今、大丈夫かしら?」


「む? 野崎さんか。構わない」


(ん?)


「♪」



 野崎さんは特に弥堂に対して怯える様子もなく自然に話しかけ、弥堂もごく自然に応対をする。


 その様子に希咲は違和感を感じ眉をピクリと動かした。


 それらには気付かず水無瀬はお母さんに髪を結ってもらう幼女のようにルンルンとしている。



「朝から慌ただしくしてしまってごめんなさい。HRの件なのだけど、これを……」


「あぁ、ありがとう」


(んん?)


「?」



 まるで秘書のように淀みのない動作で胸元に抱えていた書類の中から一枚の紙を弥堂へ差し出し、弥堂はそれに柔らかく礼を述べてから受け取って文面に目を通していく。


 それにもやはり違和感を覚えた希咲は、何がおかしいのだろうと思案しながら無意識に指で摘まんでいた水無瀬の解いた髪をクルクルと指に巻き付ける。


 水無瀬はそんな彼女を不思議そうに見上げた。



「あ、やだ、私ったら」


「どうした? 野崎さん」



 すると、野崎さんは何か自分の手落ちに気付いたといった風に声をあげる。弥堂は書面から目を上げそんな彼女を窺った。


 希咲は怪訝そうな目で引き続き二人を監視する。


 そして水無瀬はそんな希咲をじーっと見る。



「ふふふ。自分の用件ばっかりで挨拶するのを忘れていたわ。おはよう弥堂君」


「あぁ、おはよう。野崎さん」


「はぁっ⁉」


「あいたぁーっ⁉」



 ふふふ、と気安く笑みを浮かべる野崎さんに弥堂が自然に挨拶を返したのを見て、希咲はガーンっとショックを受ける。


 反射的に水無瀬の髪を少し引っ張ってしまい彼女がびっくり仰天するがそんなことには気付かない。


 そのまま茫然と弥堂たちのやりとりを見ていると、書類に目を通し終わった弥堂が野崎さんへと紙を返した。



「そうだな。この内容なら俺から全体へ伝えた方がいいだろう。任せて欲しい」


「……いいの? いつも貴方にばかり嫌われ役をさせているみたいで心苦しいわ」


「気にするな。俺は生徒を抑えつける。キミは生徒の声を拾う。適材適所だ。それに俺は身体は頑丈だが細かいことは得意ではない。こちらこそキミの心配りにはいつも助けられている」


「ふふ、そう言ってもらえると気持ちが軽くなるわ。ありがとう」


「なななななななっ――⁉」


「いたいいたいっ! ななみちゃん⁉ どうしたの⁉」



 問題ないと、野崎さんへ向けて肩を竦めてみせる弥堂へ信じられないようなものを見る目を向けながら、どこか納得がいかない希咲は思わず胸の前で拳を握った。


 当然髪を引っ張られる形になる水無瀬は、痛みから逃れるため椅子からお尻を浮かせて髪を握る希咲の手に頭を近づける。



 すると、無意識なのか反射なのか、水無瀬の髪からパっと手を離して自身の胸に近づいてきた彼女の頭をギュッと抱き寄せた。



「ぴぃっ――⁉」



 頭皮の痛みがなくなった代わりに今度は何やら硬いフレームのようなものを頬骨に押し当てられて、未知の痛みに水無瀬は呻く。



「な、ん、な、の、よっ、あれっ‼‼」


「いたいいたいっ! ゴリって! なんかゴリってしてるっ!」


「おい、うるさいぞお前ら」



 すると、騒ぎを見咎められ弥堂から注意を受けた。



「うるさいじゃないわよ! ふざけんな、ぼけぇっ!」


「何を怒ってるんだお前は」


「ふふふ。二人とも今日も仲がいいのね」



 すかさず弥堂へ怒鳴り散らすと、彼からは呆れた声が、野崎さんからは穏やかな声が返ってくる。



「はぁ⁉ こんな奴と仲いいわけないでしょ!」


「んー……こっちじゃなくって、そっち……かな?」


「え?」



 ビシッと左手で弥堂を指差して野崎さんに否定をすると、彼女は困ったような笑顔を浮かべ希咲の胸元を指差す。



 その指の指し示す方へ視線を下ろすと――



「う、うえぇぇぇ……いたいよぉ……」



 自身の胸にほっぺを押し付けられながら、すっかりとベソをかいた水無瀬がいた。



「あああぁぁぁぁっ⁉ ご、ごめん愛苗っ!」


「いたかったのぉ……」



 ようやく彼女の苦境に気が付き慌てて解放する。


 完全に泣きが入った水無瀬は自身の赤くなったほっぺを指差して痛みを主張する。



「あぁ⁉ 跡になっちゃってる。ごめんねっ」



 希咲はすかさず彼女の頭をよしよししながら、何か曲線を描くワイヤーのような物の跡がついてしまったほっぺたをふーふーしてなでなでする。当然そんなことをしても何も意味はない。



「ふふ。ね? 仲がいいわよね?」



 その様子を見てほっこりした野崎さんが弥堂に同意を求めるが、彼は適当に肩を竦めるだけに留めた。



「うぅ…………ゴリって……なんかゴリってしたのぉ……」


「うぅ……ほんとゴメン……あたし気付かなくて…………」


「…………重装備が祟ったな」


「はぁ⁉ あんた今なんか言った⁉」


「いや、なにも」



 おめめをウルウルさせて訴えてくる水無瀬に、希咲もおめめをウルウルさせて謝罪をしていたが、背後からボソッと低い声で呟かれた言葉をバッチリ聞き咎め、ギロっとそちらを睨みつけると適当に肩を竦めて流された。



「……うん。やっぱりこっちも仲がいい……?」



 一歩引いた位置でそのやりとりを見ていた野崎さんが、唇の端に指を当てそっと呟いたが、それは誰にも聴き咎められることはなかった。



「じゃあ、私は席に戻るわね。そろそろ先生も来る頃だから、3人ともほどほどに、ね?」



 懸命に水無瀬をあやす希咲を尻目に、「じゃあ弥堂君、HRの件よろしくお願いします」と綺麗なお辞儀をしてサッと立ち去っていく。そんな野崎さんを見て、弥堂は見事な引き際だと感心をした。



 きちんとメリハリをつけて行動をする彼女に比べて、いつまでもガキのようにギャーギャーピーピーと喚いている隣の座席の二人へ侮蔑の視線を送る。



 すると、希咲がカーディガンのポケットから何やら香水の小瓶のような物を取り出しそれをハンカチに振りかけて、自らの装備品である補強ワイヤーの跡がついた水無瀬のほっぺにそのハンカチをチョンチョンっとしていた。



「お前、そんなことしたってどうにもならんだろ」


「うっさいわね。カンケーないでしょ、黙ってなさいよっ」


「そりゃそうだ」



 確かに彼女の言うとおりであると、弥堂は特に裏もなく言葉通り彼女の意見に同意をしたのだが、希咲にはそれは厭味にしか聞こえなかった。


 というか、いくら強い呆れを感じたからといって何故余計な口をきいてしまったのだろうと、彼女らから目を逸らし弥堂は自分自身への疑心に眉を歪め、希咲は彼からの皮肉に――彼女は受け取った――やはり眉を歪めた。



 それまでずっとメソメソしていた水無瀬はいつの間にか泣き止み、ぱちぱちと瞬きをするとそんな二人の顔をキョトンと見比べた。



 水無瀬が自身の顏をじーっと見上げていることに気が付くと、希咲は不機嫌な顔を一転させ眉をふにゃっと下げる。



「愛苗ぁ……ホントにごめんねぇ……ゆるしてくれる……?」



 今度は逆に希咲が不安そうな顔で目尻に涙を浮かべているのを見て、水無瀬は彼女を安心させるようにニコーっと笑う。



 そして希咲の頬っぺたを指先で優しく摘まむと僅かに力をこめてから、その摘まんだ箇所をふにふにと軽く上下に動かした。



「うぇっ――⁉」



 突然のことに希咲は驚き素っ頓狂な声をあげる。


 すると水無瀬はすぐに摘まんでいた指を離し、今しがた掴んでいた希咲の頬に掌をあててじっと真っ直ぐに彼女の瞳を覗き込んだ。



「えっ……? えっ…………⁉」



 事態についていけない希咲が言葉を失っていると、水無瀬はさらに彼女へ向ける笑みを深めてあげる。



「これで『おあいこ』だよ? ななみちゃん」


「えっ…………? あっ――」


「だから許すとか許さないとか、そんなこと心配しなくていいから……私怒ったりしてないからね」


「う、うん……」


「大丈夫だよ……? 私はななみちゃんのこと大好きだから……ね?」


「う、うん……あたしも…………すき…………」



 周囲に白いお花がぶわっと咲き乱れキラキラと輝いたようにクラス中に錯覚をさせ多くの者がほわぁとする。


 隣の席に座っていた弥堂はその大ぶりな花に顔面を押し退けられたような気分になり彼女らに迷惑そうな眼を向けた。



 水無瀬が労わるように希咲のほっぺたをすりすりし、希咲がその手に自らの手を重ねてうっとりと水無瀬を見つめていると、朝のHR開始を報せる時計塔の鐘が何時もどおりの大音量で鳴り始める。



 少女たちはその音に二人揃ってハッとなり、続いてお互い苦笑いを浮かべながら顔を見合わせる。



「髪……途中になっちゃったわね……」


「だいじょぶだよ! とりあえず適当に縛っておくし!」


「HR終わったらチャチャっと直したげる」


「ほんと? えへへ……やったぁ……!」


「じゃ、あたし一回戻るわ。またあとでね」


「うんっ。ばいばいっ」



 そう約束して彼女たちは別れる。といっても同じ教室内だが。



 振り返ってすぐに希咲は歩き出さず、水無瀬の隣の席の弥堂をキッと睨みつける。



「まだ何かあるのか?」


「あんたが悪いんだからねっ!」


「なんでだよ……」


「うっさい! やっぱあんた嫌いっ!」



 ビシッと指差してそう宣言するとフンッと鼻を鳴らしてズカズカと彼女は歩き出した。



 足早に自席へ向かう彼女が通り過ぎた後で、「ヤキモチ?」「ヤキモチ」「ヤキモチか」「ヤキモチなん?」と囁き声が聴こえてくる。


 揶揄うようなその声たちにカチンときた希咲はグルンっと勢いよく振り返ると両手を突き上げ――



「うるさああああいっ――‼‼」



 教室中に響き渡るような大声で癇癪を起したように喚く。



 奇しくも、彼女のその絶叫とほぼ同タイミングで規定回数を消化した鐘の音が鳴りやみ、さらに同時にガラっと教室の戸が開かれる。


 現れたのはこの2年B組の担任教師である木ノ下 遥香だ。



 まだ社会に出て二年目である若い担任教師は異例とも云える早さで今期から担任を任されていたが、新学年が始まり1週間も過ぎた頃には自分は任されたのではなく押し付けられたのだということに気が付いていた。


 問題児ばかりを集めて纏めたのでは、と職員室内で噂のこの2年B組の素敵な生徒達と日々触れ合うことで社会で自立して生きていくことの難しさに打ちひしがれ、彼女はすっかりと自身を失くし弱気になっていた。



 そんな彼女が、「金曜だし今日さえ乗り切れば休みだ!」と己を鼓舞して自らの預かる教室に入るなり、ハーレムとかいう正気を疑うようなコミュニティを取り仕切るギャル系JKに出合い頭に大声で怒鳴られてしまった恰好だ。


 木ノ下先生はビクっと大袈裟に怯える仕草を見せた。



「あ、あの…………希咲さんごめんなさい……先生そんなに乱暴に開けたつもりはなかったんだけど…………うるさかったよね……? ごめんね……?」


「ちっ、ちがうんですうぅぅぅっ!」



 恐る恐る顔色を窺いながら謝罪をしてくる自らの担任に希咲は慌てて釈明をすることになった。




 結局、怯える担任教師を宥めすかしてどうにか誤解を解き、衆人環視の中で誠心誠意謝罪をした後、彼女は耳を紅くしながら最後列の自席へと戻っていった。




 弥堂は後方から恨みがましい視線を感じた気がしたが、当然気がしただけなら気のせいなので気が付かないフリをする。




 こうして本日の2年B組の朝のHRは数分遅れで開始された。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ