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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章13 Cat on site ⑧


 希咲は弥堂の方へ首を回すと、女生徒に向けていたふにゃっと情けない顏を一転させて険しい表情を作る。



「あんたもうこの子にはチョッカイかけんじゃないわよ!」


「…………」



 弥堂はそれには応えず、黙ってジッと希咲の顏を視た。



 目元の赤らんだ皮膚と涙に濡れた生意気な瞳を見て、先程と同じように暴力的な気分になる。



「ちょっと! 聞いてんの⁉ あたし今休憩だから! 大人しくしてなさいよ⁉」


「…………」



 目の前の二人のやりとりを見ている女生徒は『それってヤキモチ?』と心中で首を傾げ、そして『この人たちケンカしてるフリして、イチャついてるだけなのでは?』と疑心を抱いた。




「……休憩だと? 戦場で随分と悠長なことだな」


「何が戦場よ! ここは学校よ!」


「好きに考えればいい。それで守り切れるのならな」


「――っ⁉ あんた……まさかっ」


「そこで見ているといい。お前の甘さのせいで、その女のおぱんつがリスペクトされるところをな」


「そんな――っ⁉ やめなさいっ!」



 希咲は焦る。


 しかし、当事者たる女生徒は二人に白けた目を向けていた。



 彼女視点からでは、弥堂は口ぶりの割に特に動こうともしないので、希咲の気を惹きたくて挑発するようなことを言っているだけのようにしか見えなかったからだ。


 そのため特に危機感を抱いていない。



 絶賛混乱中の希咲さんには、その様子は恐怖で呆けてしまっているように見えた。



「なにしてるの⁉ ボーっとしてちゃダメよ。早く逃げてっ!」


「え? いや、大丈夫じゃないかなって……」


「そんなわけないでしょ! 甘く考えちゃダメっ! こいつはね、女の子と見れば無差別にパンツをリスペクトしちゃうようなサイアクの変態なのよ!」


「そ、そうかな……? さっきから白目むいててやる気なさそうですけど……?」


「騙されちゃダメっ! あなたは知らないかもしんないけど、こいつはね、一日の大半は白目なの! そうやって油断させてすぐ女の子にえっちなことしてくるのよ!」


「おい、お前適当なことばかり言うな」


「うっさい! あんたは黙ってて!」



 切迫した様子の希咲が危険を訴えるがその想いは通じず、女生徒は何故か逆に生温い目になっていく。



 黙って聞いていると何を吹聴されるかわかったものではないので、弥堂は希咲の気を逸らして黙らせようと靴底で地面を擦る。



 そのジリッという音に希咲はハッとなった。



(ダメ――っ! これじゃ間に合わない……っ!)



 避難勧告をしたが、どうも危険に対する実感が薄いのか、彼女は逃げようとしない。


 それに苛立ちを感じもするが、一方で仕方ないとも思う。



 危険とは無縁の普通の生活を送っている人間が、ふいにそれと遭遇した時に即座に状況に適応できるわけがない。


 ましてや、この男の変態性への対応の難易度は激ムズだ。



 今も彼女は呆けてしまっている。



 自分でさえも油断をすれば翻弄されてしまいかねない。どうにかギリギリのところで対応出来ているような状態だ。



 希咲さんは、自分はギリギリ対応出来ていると自己評価をしているようだ。


 弥堂が靴底を鳴らしたことで女生徒へ近づこうとしていると、希咲はそう誤認し焦っている。



(ヘタれてる場合じゃない……っ! あたしが何とかしなきゃ……、そうしなきゃ――)



――この少女のパンツがリスペクトされてしまう。



 希咲は鎮火した戦意をもう一度燃え上がらせて、両足に熱量を注ぎ込む。


 そして、もう関わりたくないという気持ちと、お家に帰りたいという願いをも捻じ伏せて立ち上がり、弥堂の前に立ち塞がった。



「ここは、通さないわよ……っ!」


「……一体なにがお前をそうまでさせるんだ?」


「知るか! もうわけわかんなくなってるけど、とにかくあんたの好きにはさせないんだからっ!」


「俺が好きでやってることなど何一つないんだがな」


「うっさい! 嘘つくんじゃないわよ! この『おぱんつ大好きマン』!」


「そのような事実はない」



 飄々と受け流す弥堂を無視して希咲は女生徒へ振り返る。



「えっと……あなたC組の金子さんよね……? ここはあたしが食い止めるから今のうちに逃げて」


「えっ⁉ あの、なんで――」


「ゆっくり話してる暇はないの! ゴメンね? 今は黙って逃げて?」


「おい、みすみす見逃すとでも思うのか?」


「なによ! 別にこの子に拘んなくたっていいじゃない! どうせ女の子なら誰だっていいんでしょ⁉」


「誤解を招く言い方はやめてもらおうか」


「うっさい! あんたの相手はあたしよ!」



 ビシッと指差す希咲を呆れた眼で見る。



「さぁ! 逃げるのよ! 金子さん!」


「いえ、あの、だからどうして私のなま――」


「さぁ、はやくっ!」



 いまいち自分の話を聞いてもらえない金子さんは思わず弥堂の方へ不満そうな顔を向けた。



「あの、差し出がましいですが……確かにカワイイと思いますけど、あんまり揶揄うのは……あと、他の人に迷惑をかけるのも…………」


「誤解を招く言い方はやめてもらおうか。ちょっと何を言っているのかわからないが、キミもキリのいいところで逃げるといい。その方が面倒が少ないぞ」


「はぁ……」


「ちょっと! なに人のこと無視してゴニョゴニョしてんのよ! あたしが相手したげるって言ってんでしょ!」


「お前も懲りないな」


「懲りないのはあんたじゃない! 今日先生に怒られたばっかなのに、こんなにたくさんの人にまた迷惑かけて! ケンカしてたのはあたしでしょ! 他人を巻き込むな!」


「なんのことだ」


「惚けんな! わかってんだからね! 別に誰でもいいんならあたしでいいでしょ⁉ あたしのパンツをリスペクトすればいいじゃん!」


「……何言ってんだお前……?」



 本人の申告のとおり、彼女は大分わけわかんなくなっているようで、とんでもない発言が飛び出した。


 周囲が俄かにざわつく。



「あ、あのっ……!」


「まだ居たの⁉ 早く逃げなさいって言ってるでしょ⁉」


「いえ、その、希咲さん……? 何言ってるかわかってます? 大丈夫ですか……?」


「優しいのね、金子さん……。あたしのことは大丈夫だから心配しないで! 早くっ!」


「そうじゃなくって――」


「――うるさいっ! 早く逃げろっつってんだろーーーーっ!」



 いい加減焦れた希咲にガーっと怒鳴られて驚いた金子さんは、「ひゃぁっ!」と悲鳴をあげて勢いで逃げ出した。


 希咲はその後ろ姿を満足げに見送ると、変態へと向き直り対峙する。



「残念だったわね! あんたの好きになんかさせないんだからっ!」


「……残念ってことは別になにもないんだがな……」


「なによ、そのやる気ない態度っ! ナメてんの⁉」


「いや……それで? どうすればいいんだ? お前のパンツをリスペクトすればいいのか?」


「フンっ! やってみなさいよ! でもね……っ! そう簡単にあたしのパンツをリスペクト出来ると思わないことね!」



 そう言って希咲は半身になり後ろ髪を払おうとして空振る。


 おさげをイジイジしつつも油断なく弥堂を見据え戦意を漲らせていく。


 虹を内包したような瞳が攻撃の意思で煌めいた。



「それはどういう意味だ?」


「大人しくリスペクトされてやると思ったら大間違いってことよ! 力づくでこいっ!」



 不退転の覚悟を匂わせる希咲にしかし、弥堂は嘆息した。



「随分と張り切っているところ悪いが、その必要はない」


「は?」


「お前のパンツをリスペクトするつもりは俺にはない」


「……あんたまだ他の子を狙おうっていうの……っ⁉」


「いや。他の女のおぱんつもしない。必要があればまたすることもあるかもしれんがな」


「あんた、一体なにを言って……?」



 弥堂の言っている意味が解らず眉を顰める。



「言葉通りだ。今日はもう終いだ。これ以上の不特定多数の女子のおぱんつへのリスペクトは不要だろう。もちろんお前のパンツもリスペクトしない」


「…………ねぇ?」


「なんだ?」


「ずっと気になってたけど聞きたくないからスルーしてたんだけどさ」


「なんだ」


「……なんであたしのパンツだけパンツって言うの……?」


「……? パンツはパンツだろうが」


「そうじゃなくって! 他の子は『おぱんつ』なのに、なんであたしだけ『パンツ』なのって言ってんの!」


「あぁ、そんなことか」



 希咲の言い分に合点がいき、弥堂は「そんなこともわからないのか」とばかりに見下した眼を向ける。



「最初に言っていただろう? 『御』は敬意を表す時に付けるものだと」


「はぁ? それがなんだってのよ?」


「つまり、敬意を表さない時は『御』は付けないということだ」


「そんなの当たり前じゃん。なに同じこと言ってんの? バカじゃないの」


「ふん、馬鹿はお前だ」


「なにをーーっ⁉」



 学習しない希咲さんはまんまと弥堂の謎理屈を聞いて熱くなる。



「いいか、希咲 七海――俺はお前のパンツをリスペクトしない」


「はぁ――っ⁉」



 迫真の雰囲気で白昼堂々往来でパンツについて議論する二人の会話に周囲の人々は眉を顰めた。



「お前のパンツは『パンツ』。だが他の女のパンツは『おぱんつ』だ。掟があるからな」


「なにわけわかんないことを――」


「他の女のパンツはリスペクトするが、お前のパンツだけはリスペクトしない」


「だからなんだってのよ……っ!」



 決してこのような変態のクズ男からの、自身の下着に対しての敬意など欲しくはない。それは誓って言える。


 だが、希咲は何故か物凄くイライラしてきた。



 その苛立ちはしっかりと表情にあらわれていて、弥堂はそれを見て満足気に鼻を鳴らすと、希咲によく見えるようにゆっくりと腕を動かして周囲の女子の一人に指を向けた。



「その女のパンツは『おぱんつ』」



 言ってすぐに指をその隣の女子へ向け――



「お前のパンツも『おぱんつ』」



 右方向へ流すように腕を動かしながら――



「お前も、お前も、お前も、『おぱんつ』だ」



 次々と女子を『おぱんつ』呼ばわりした。


 指を差され宣告された女子たちは、意味が解らなかったがとにかくキモかったので都度悲鳴をあげる。



「ちょ、ちょっと! あんた何して――」


「――だが……っ!」



 制止の声をかけてきた希咲の言葉を遮るように、今度は彼女へ指の先端を向ける。



「――だが。お前だけは『パンツ』だ!」



 普段平淡な話し方しかしない彼にしては珍しくドーンと大きな声で宣言した。



「なっ、なによそれっ!」


「言葉どおりだと言っているだろう。あいつも、あいつも、あの女も。世界中の女のパンツには敬意を表して『おぱんつ』と呼ぶが、お前のパンツだけは未来永劫リスペクトしない」


「なんかムカつくんだけど!」


「うるさい黙れ。この雑草パンツが」


「なんだとーーーっ!」



 自身のパンツを酷く罵倒され、七海ちゃんはぶちギレた。



「雑草じゃないもん! 確かに高いのとかは買えないけど、ちゃんとカワイイの選んでんだから……っ!」


「バカめ。値段やデザインの問題ではない。お前が穿くとどんなパンツも凡百の駄目パンツとなるのだ」


「あたしが悪いっていうの⁉」


「そうだ。お前が悪い。だからお前のパンツも悪い」


「あんたにあたしのパンツの何がわかるってのよ!」


「ふん、昨日起きた諸々のことを夜中に様々な角度から考えた結果、お前のパンツはリスペクトする必要がないと、そう総合的に判断した」


「なにが総合だっ! 一回見たことあるからって知った風なこと言うな! 大体なんで夜中にあたしのパンツのこと考えてるわけ⁉ マジキモイんだけど!」


「お前のせいだろうが。夜中にお前のパンツのこと考えさせるんじゃねーよ。昨日一日お前のパンツにどれだけ振り回されたと思ってんだクソが」


「頼んでねーんだよ、クソ変態が! なんであたしのパンツだけバカにするわけ⁉」


「馬鹿にしてんのはお前だろうが。お前のパンツは俺を馬鹿にしてる。だから気に食わん」


「はぁ? あたしのパンツがあんたなんか意識してるわけないでしょ? キモすぎ!」


「お前のパンツは俺をナメている」


「あんたがあたしのパンツナメてんでしょ⁉」



 希咲は勢いよくブワっと腕を振り上げてビシッと弥堂を指さす。



「あたしのパンツもリスペクトしなさいよ!」



 そう高らかに宣言した。



 が――



「七海……ちゃん……?」



 聞き覚えがある声で名前を呼ばれビキッと固まった。



 ギギギと声がした方へ緩慢に首を回す。



 弥堂もそれに合わせて闖入者を確認しようと希咲の視線を追った。



「七海ちゃんったら……こんな所でダイタンですねぇ……」



 そこに居た人物を見て、希咲は顔を青褪めさせた。



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― 新着の感想 ―
[一言] >C組の金子 あ、弥堂が託せらて涙目になった子ですね、思い出した
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