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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章13 Cat on site ⑦


(素人め)



 心中でそう罵りながら弥堂は対応する。



 確かに目を見張る――実際には見張ろうにもほとんど見えない程の――スピードなのだが、そうであることを知っていれば驚きはしないし、備えてさえいれば対処も出来る。



 腕枕をするようにして、折りたたんだ左腕で側頭部と後頭部も守りながら、頭上より振り下ろされるしなやかな細い脚を視る。



 インパクトの瞬間に自分から当たりに行って打点をずらす。



 相手の攻撃がヒットした腕から伝わる、相手の骨や筋肉の動きを読み、それに合わせて膝を抜き衝撃を殺す。



 一瞬沈めた身体を戻す反動を利用して速度に換え、ガードした腕を相手の蹴り足の下で回転させその足を巻き込むようにして抑え込みにかかる。


 足首を摑まえると同時に再び、今度は先よりも深く身を沈めることによって相手の重心も崩し、バランスを破壊してやる。



 そして、次に起こるであろう事象へ対処するために、間髪入れず希咲へ目掛けて右手を突き出した。



「――っ⁉」



 希咲は驚愕に目を見開きながら己の失策を悟る。



 つい、いつもと同じような動きで蹴りを放ってしまった。



 不良たちにはそれで十分でも、この男には自分の攻撃が見えるし、対処も出来るということはわかっていたはずなのに。



『お前も意外と学習しない女だな』とはそういう意味かと気付く。



(うっさいわね――っ!)



 声には出さず毒づきながら、自分も相手の攻撃に対応することを優先させる。



 自分自身のスピードも自慢ではあるが、優れた動体視力で相手のスピードを見切ることにも自信はある。



 打ち出される弥堂の拳の行き先を見る。



 顔面狙いならどうにか避けられるが、鳩尾や腹部などの身体の中心を狙われたらマズイ。



 それを回避する手段はこの人目の多い所ではあまり採用したくはないが――



(――でも、例の必殺変態パンチを打たれたらマズイ……っ!)



 コンクリートの壁を破壊するような威力の攻撃だ。それをここでまともにもらうわけにもいかない。



 贅沢は言ってられないかと、決意をしながら見守る弥堂の拳が近づく。



 奴の拳は希咲の鳩尾よりも下へ、下腹部よりも下へ、股間よりも下へ向かっていく。



(ん?)



 弥堂の右手は、昨日の文化講堂での対決時と同じようにガードされた右足を上げたまま抑えられているために開いている希咲の股の間というか、下というか、その空間へと突き入れられた。



「……は?」



 奴の攻撃は空振りしたようなものなので、肩透かしをくらったように希咲は一瞬呆ける。



 しかし、弥堂の攻撃はまだ終わってはいない。



 弥堂は希咲の股の間に突っこんだ右手で、彼女のお尻側のスカートを素早く掴み、腕を引き戻すと同時にそれを引っ張る。


 そして身体の前面、股間側のスカートも同じ手で掴み、そこで手の位置を固定した。


 股の下でスカートの前と後ろを合わせて閉じて、不細工な半ズボンにしたような恰好だ。



 希咲は自身の股間の下の彼の手を見下ろし、ぱちぱちとまばたきをする。


 弥堂は希咲の足を摑まえている左手の指を伸ばして、左耳の穴に突っ込んだ。



「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ――っ⁉」



 当然鳴り響く大絶叫に、弥堂の右のお耳はないなった。



 『素人め』などと蔑んだものの、圧倒的なスピードのスペックを持つ希咲 七海という難敵に対抗する為に、自身の右耳は諦めたのだ。


 耳は右と左で二つある。


 それはつまり片方なくなっても構わないということだ。



「なっ……⁉ ななななななななな――っ⁉」



 混乱状態に陥った彼女がバランスを崩しそうになったので、掴んでいる右足の位置を調節してやり重心を整えてやる。



「なにしてんだーーーーっ、このやろーっ!」


「昨日もそうだが、自分から襲いかかってきておいてその言い草はなんだ。反省しろバカが」


「やだやだやだっ! ちかいっ! そこちかい……っ! どこに手ぇ突っこんでんだばかやろーーっ!」


「股だが?」


「だが? じゃねーんだよ、変態っ! 痴漢っ!」


「別に触ってないだろうが、言いがかりはよせ」


「そうだけどっ! 触ってなきゃいいってもんじゃないでしょ⁉ そこは絶対ダメなとこじゃんっ!」


「あ? なにが駄目なんだ?」


「だって……っ! 近いじゃん! そこは!」


「近い……? 何が何と近いって?」


「だからっ! そこに手あるとソコと近いでしょ⁉」


「そこが多くてわからんな。はっきり言え」


「はっきりって……だって…………、ソコは、あたしの、ア――って! 誰が言うかボケがぁーーーーっ‼‼」


「お前はホントにうるせえな……」


「うるさいってなによっ⁉ あんた絶対わざとやってんだろ⁉」


「おい、暴れると手が当たるぞ」



 怒り狂って猛抗議をしようとした希咲だったが、弥堂にそう指摘されるとピタっと大人しくなり、自身の手を弥堂の手に重ねてギュッと抑える。


 どこか怯えたようにプルプルと震え、涙混じりの瞳で弥堂を睨みつける。



「なんで、すぐえっちなことすんの……? あんた変態すぎっ、マジきもいっ……!」


「そうは言うがな。むしろ俺はお前のパンツが衆目に晒されないように隠してやってるんだが」


「はぁっ?」


「……昨日のことをもう忘れたのか? 全く同じ状況になってどうなった?」


「ゔっ……、それ、は……っ⁉ お気遣いどうもっ! でもこれはなくない⁉ ここはダメなとこでしょ⁉」


「そこまで面倒を見れるか。勘違いをするなよ。そもそも別にお前のためにやってるわけじゃない。またいつまでも恨み言をグチグチと言われるのが面倒だから防いでやっただけだ」


「ツンデレみたいなこと言うな! きもいっ!」


「ツンデレはお前だろうが」


「誰がツンデレか! てか、いい加減スカート放しなさいよっ! いつまで掴んでるわけ⁉」


「別に俺は構わんが……いいのか?」


「はぁ⁉」



 そう言って弥堂は周囲に視線を巡らせた。


 彼に険悪な声を返しながら希咲もその視線を追う。



「ぅげっ――⁉」



 先程まで阿鼻叫喚としていた周囲の者たちは落ち着きを取り戻し、自分と弥堂に注目していた。


 その視線の多さに怯む。



「今これを離したらどうなるかは言うまでもないが……どうする?」


「ま、まって……、放さないでっ! ――てか、それ動かすな! 当たっちゃうでしょ⁉」



 希咲に尋ねながら、掴んでいるスカートを引っ張ってクイクイする弥堂を希咲は焦りながら咎める。



「どうすると訊いているんだが」


「どうするって…………ねぇ、どうしよ……?」



 目尻を下げてその形を歪めても美しさの損なわれない瞼に涙を浮かべ、ギュッとこちらの手を握り縋るような瞳で見上げてくる。


 そんな顏と表情を見て、弥堂は酷く暴力的な衝動が湧き上がってきたような気がしたが、気がしただけなら気のせいだろうと視線を逸らした。



 だから、『スカートを自分で掴めばいいのではないのか』と解決案を彼女へ伝えるのをやめたことには特筆するような理由はない。




「足っ……足下ろすから……っ! それまで持ってて! てゆーか、こっちもいつまで掴んでんのよ!」


「うるさい。大して強く掴んでないだろうが。外そうと思えば外せるだろ」


「そんな勢いよく動いたら当たっちゃうかもしんないでしょ⁉ 不可抗力っぽくして触ろうとしてんだろ⁉ へんたいっ!」


「そんなわけがあるか。さっさとしろ」


「あっ、待って、待って……っ! ゆっくり! ゆっくりして……? 当てちゃダメっ……、ダメだかんねっ! 絶対触んないでよ! やだっ……、やだからね……? ソコ触ったら絶対許さないかんね……っ?」


「絶対が多いな……」



 呆れたような心情で、そこまで絶対を重ねられたら何をしてももう許されないのだろうと知り、そしてそれは同時に、どうせ何をしても駄目ならもう何をしてもいいということになるなと考える。


 だが、特段何かしたいことがあるわけでもないので、流れに任せるまま大人しく彼女のやりたいようにさせる。



「立った! もう立ったから……! もう放して! 放してって……オラッ! 放せっつってんだろこのボケっ!」



 安全を確保したからか、急にオラつきだして足をガシガシと蹴ってくる少女を弥堂はうんざりとした眼で見る。



 こいつ途端に強気になったなと思うも束の間、弥堂が彼女のスカートを離して股の間から手を引き抜くとヘナヘナと脱力し、地面にペタンとお尻をつける。



「うぅ……また恥ずかしいことされたぁ……もうお家帰りたい……」



 また昨日のように複数人に下着を見られるところだった。


「大丈夫だったよね……?」とソロっと周囲に視線を遣ると思っていた以上に多くの人間がいた。


 ともすれば、昨日と同じどころか――



(こんなに大勢のひとに――)



 その想像をすると腰元からブルリと震えが背骨を駆け上がり、戦意は萎んでいく。




 そんな彼女のヘタれた姿を見下ろして「やはりこいつ意外とバカなのでは?」と懐疑的な眼を向けていると、希咲へ近づく者があった。



「あの……大丈夫ですか……?」


「え……?」



 先程希咲に助けられた少女だった。



「だっ、だいじょぶだから! セーフ! セーフだったから……!」


「セーフ……? 大丈夫ならいいんですけど……」



 一応希咲を心配して声をかけた彼女は、何がセーフなのかはよくわからなかったが、とりあえず納得した。



「うぅ……ゴメンねぇ……」


「……いえ、いいんです……」



 女生徒は口ぶりとは裏腹に、威勢よく出てきたわりにあっという間にヘタれた希咲に若干失望していたが、彼女は気遣いの出来る子なので表情には出さぬよう努めた。


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