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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章13 Cat on site ⑤


――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!



 一定の拍子で淀みなく女子のパンツがリスペクトされていく。



 暴虐の限りを尽くす弥堂 優輝の通った後には、はしたなくも白目を剥いた女子高生が地面に量産され続ける。


 往来は阿鼻叫喚に陥り、既に事が済み自失する女、恐怖から腰が抜けてへたりこみながら泣き笑いのような表情を浮かべる女、粟を食って逃げ惑う女など、様々な女でごった返した。



 その有様はまさしく――



「――じ、地獄…………っ!」



 希咲 七海はクラスメイトの男子が巻き起こした事態を茫然と見ていた。


 辺りには女たちの本気の悲鳴が背景音のように響き渡る。



 希咲は只管回らない頭に鞭を打って、この事態をどうにかしなければと考えるが思考は上手く纏まらない。



 本来であれば彼女にこの状況をどうにかしなければならないような責務はない。


 この場に居る他の女生徒たちのように、これが自らの天命なのだと悟った笑みを浮かべて地面に座り込む――のは論外だとしても、多くの女子たちのように速やかに逃げるべきなのだ。



 なのに、希咲がこの場に留まるのは――



(こ、これって……もしかして、あたしのせい、なのかしら……?)



 当然のことながら、この世の中にこんなにも頭が悪くて頭がおかしい出来事が起こりうる可能性があるなどとは、完全に想像の外で、露ほども考えていなかった。


 だから、ここに悪気も意図も一切ないことを誓える。



 しかし、頭がおかしいと予めわかっていた男を、自分が軽率に刺激してしまったが為に、このような事態に繋がってしまったのもまた事実だ。


 目先のくだらない口喧嘩の勝敗に拘ってしまったが為に、予期せぬ悲劇が巻き起こった、とも考えられなくもない。



 だからといって、ちょっと雰囲気が険悪だったとしても、日常会話をしていたと思ったら突然、周囲で目に映る女子のパンツを誰彼構わずに無差別リスペクトし始めるなどと、そんなことを予想できる人間などどこにもいない。



(うぅ……りふじんすぎる…………っ!)



 だが、認識が甘かったのは確かだ。




 弥堂 優輝。



 今月から同じクラスになった同い歳の男の子。


 無口で無表情で何を考えているのかわからない。


 だが、かといって大人しいわけでもなく、横柄で横暴で暴力的だと頗る評判が悪い。



 実際に昨日の放課後に短時間ではあるが一緒に過ごして、同じ事件のような何かに関わった上で、評判以上に頭がおかしいと理解していた。



 したつもりになっていた。



 しかし、それはまだまだ甘かったのだ。



 普通じゃ考えれないような事を仕出かす子で、普通はやんないだろうということも躊躇なくやらかす子だと認識したが、ヤツは自分の想像よりまだ上のステージに存在していた。



 確かに、彼は自分でも『目的のためなら手段を選ばない』というようなことを言っていたように思う。



 その『何でも』の認識が、希咲と彼とでは乖離があったのだ。



(こいつ……文字通り以上に、マジでなんでもやるんだ……っ!)



 希咲は内心で戦慄する。



 今ここで奴が何故このような手段を思いついたかは理解出来ない。



 しかし、奴が何を目的にして、このようなことをしているのかは理解出来る。



(あたしに……嫌がらせするためだ……!)



 希咲は目先の口喧嘩に勝利する為に、軽率に弥堂を挑発してしまった。


 そして奴は、目先の口喧嘩に勝利する為に、軽率に無関係な女子のパンツをリスペクトしてまわっているのだ。



 全ては希咲に謝らせるためか、もしくは『もう二度と関わりたくない』と退かせるために。



 昨日初めてまともに彼と会話をした程度の関係性で、彼についての広い知識もなければ深い理解も持ち合わせてはいない。



 だが、希咲は超常的な女の第六感で、そのように確信した。



 この男は、目的を遂げる為なら容易に自分を捨てられる。



 社会的な居場所を失うことを一切躊躇せずにチキンレースを仕掛けてくるイカれた野郎なのだ。



 まるでテロリストのような、極めてそれに近い性質を持っているように思える。



 希咲はここにきて、弥堂 優輝という男の本当の恐ろしさを垣間見たような気がした。



「おぱんつ! ヨシっ!」



 また新たな悲鳴があがる。



 希咲がこうして逡巡している間にも一人、また一人と、罪もない女子たちがそのパンツをリスペクトされている。



 下校のピーク時間はこれからだ。


 この後もっと多くの女子たちが校舎から出てくるだろう。



 このままでは、この学園に通う女子のほとんどが『弥堂にパンツをリスペクトされたことのある女子』という重い十字架を背負うことになってしまう。


 そんな最悪の悲劇にまで至るのはどうにか食い止めなければならない。



 そして、きっとこの場でそれが出来るのは自分だけなのだ。



 一応ここには男子生徒たちだって居る。



 しかし彼らの誰一人として状況に介入して弥堂を止めようとはしていない。



 何を考えているのかはわからないが、ほとんどの男子が一体どうしたことか不自然に前屈みの姿勢になり妙に爽やかな笑みを浮かべている。


 希咲は何故だかその表情に途轍もなく不愉快さを感じた。



(ホンット……男どもは……っ! 使えないんだから……っ!)



 図体ばかり立派なわりに何の役にも立たない男どもへジトリとした目を向けると、彼らは何故か身体の前で両手を組んでモジモジとした。



 その仕草が何故かすごく気持ち悪かったので、彼らに構っている時間はないと希咲は再び弥堂の方へ意識を戻す。




「……なぁ」

「なんだ?」


「さっきよ、希咲って彼氏待ってるとかって言ってたよな?」

「ん? あぁ、そういや言ってたな」


「…………彼氏って、アレか……?」

「…………そういや、そういうことになるな」

「えぇ……マジかよ……」


「でもよ、不思議とよ、なくはねぇなって納得しちまうよな」

「おぉ、それな」

「そうかぁ……? 普通にムカつくんだけど……」

「いや、あるあるだろ。ちょっと不良っぽい女子で一番カワイイ子は大抵一番ヤベー奴と付き合っちゃうって」


「そうそう。あるあるだよな」

「おぉ。あとよ、普通の女子の中で一番カワイイ子もさ、大抵ヤンキーに食われちまうよな」

「やめてくれよ! オレ中学ん時もろそれだったわ……!」

「キツイよな……あ! そういやよ、昨日繁華街であの二人見たわ」


「お? マジで?」

「あ! そういやオレも見たわ。あいつら一緒に居たぜ」

「んだよ……確定じゃねーか」

「カラオケ屋んとこでよ、さっきの……猿渡だっけ……? 佐城さんとこのパシリの。あいつら希咲に声かけて弥堂にボコられてたわ。それってそういうことだよな?」


「だろうな」

「それで今日も希咲に絡むとか、あいつら結構根性あるのな」

「声かけただけでボコられんのかよ、ヤバすぎだろ」

「……案外美人局だったりな」


「うわ、やりそう。弥堂ならありえそうだわ」

「あいつら見事にハメられたってことか。夢見ちゃってバカだねー」

「いや、でもよ。希咲だぜ……? 誘われたら断れるか?」

「……難しいな。非情に、難しいな……」


「オレはムリだぜ。ワンチャンに賭けちまう」

「……確かにな。付き合えるとは思わねえけど、希咲なら一回こっきりってことならイケっかもって思っちまう……」

「だよな。オレも希咲とヤりてーもん」

「くそ……っ! 汚ねぇぜ、弥堂の奴……」


「あいつらもうヤったんかな?」

「そりゃヤってんだろ」

「ムカつくな」

「他の女のパンツをリスペクトしてっから、希咲めっちゃキレてるしな。あれ嫉妬だろ」


「てか、早く希咲のパンツもリスペクトしてくんねーかな」

「それな」

「それ見るまで帰れねえよな。早くしろよ」

「あいつマジで空気読めねーよな。死ねばいいのに」



 事態の解決を図るため、野次馬から気を逸らしたが故に、希咲は自身に関する根も葉もない噂がまた一つ増えたことに気が付かなかった。


 何かと誤解を受けやすく、また恨みを買っている女子たちの悪意もあり、色々と不名誉な噂を流されがちな彼女だったが、ほぼ一つも事実はないものの、そう誤解されるのは自業自得な面もあるのが希咲 七海という少女だった。



 そんな風に好き勝手に考察をされているとは露知らず、希咲は場に介入するために必要な、あと一握りほどの勇気を絞り出そうとしていた。



 希咲とて女性の身である。


 ややもすれば希咲自身のパンツもリスペクトされてしまうかもしれない。そんな危険性がある。



 昨日もあの男に関わったばかりに、とてもひどい目にあい、とても恥ずかしい思いをしたばかりだ。


 ギュッと自身のスカートを握る。



 本音を言えば関わりたくないので、速やかに逃げ出したい。



 だが、我が身可愛さにそれをしてしまえば、何人の女の子が『おぱんつリスペクト』されてしまうかわかったものではない。



 自分がやるしかないのだ。



 ここで奴を倒せるのは自分しかいないのだ。



 そう自分を奮い立たせていると、また弥堂が一人の女の子に狙いを定めた。



 その女の子は希咲にとって知った顏だった。



 自然と足が動きだし彼女は走り出す。


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